矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第3話

 

 

 寝坊したぁぁぁぁ!!

 

 

 ヤバい! 今日は大学の講義が一限目からあるのに何故かセットした目覚まし時計が鳴らず、授業開始まであと5分という時間に目を覚ましてしまった!!

 

 

 とりあえず顔を洗って軽く歯を磨き、服を着替えて準備完了! 要した時間はたったの2分。ってあと3分しかねぇ!!

 

 

 俺は家を出るとダッシュで大学に向かった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……間に合った」

 

 

 

 教室の前。俺は膝に手を付きながら荒れた息を整えていた。ハァハァと肩で息をしながら中に入っていくのもカッコ悪い。男ならクールに入っていきたいものだ。

 

 その場で何度か深呼吸をする。よし、だいぶ落ち着いた。

 

 

 俺は後ろの扉を開けてクールに教室内へと入っていく。教室は既に講義を受ける学生で埋め尽くされていて、俺が扉を開けた音に反応したのか大半の人が視線を俺に向けていた。

 やべぇ……超恥ずかしい。全然クールじゃねえ。

 

 

 講義の準備を始めている教授も遅れて入ってきた俺を睨むように見つめている。いつまでも立っているわけにはいかないので、どこか空いている席がないか見渡す。

 後ろの席は人気なようで埋まっている。真ん中の方も満席になっていて空いているのは前の方の席だけだった。

 

 

 仕方なしに前の席に向かって歩いていく。すると、一番前の席に見覚えのある顔を見つけた。

 

 

 

 矢澤にこ。

 

 

 

 大学の『キャンパスアイドル』にして、入学式の日に俺にぶつかってきた当たり屋中学生だ。人気スクールアイドルμ’sの元メンバーだった彼女の学内での人気は凄まじい。

 にもかかわらず、彼女の隣は空席になっていた。ああ、畏れ多くて隣になんか座れないという事か。

 

 

 俺は矢澤のいる席の方へと歩いていき、

 

 

 

「隣、座っていいか?」

 

 

 

 自分に声をかけられたと気付いた矢澤は、顔を上げて俺を一瞥する。

 

 

 

「どうぞっ」

 

 

 

 矢澤は甘々しい声色でそう言った。周りに大勢の人がいるからアイドルモードの声で言ったのだと思うが、コイツはもっと杜撰(ずさん)な対応を俺にする奴だ。

 いきなり人にぶつかってくる当たり屋だし、ライブの礼を言うために声をかけた時とはかなり口調が違っている。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

 その変わりように戦慄しながら、俺は椅子を1つ開けて彼女の右隣に腰を下ろす。すると講義が始まって、教授が講義の概要をスライドを使って説明し始めた。

 

 

 つんつん、と突然左腕に何かに突かれた感触がする。見ると、左隣に座る矢澤がペンで俺の腕を突いていた。

 

 

「なに?」

 

 

 周囲に聞こえないよう声をなるべく小さくして矢澤に聞く。すると矢澤はノートを取り出してそこに何やら文字を書いていく。書き終わるとそれを俺に見えるよう丁度俺たちの間に置いてきた。

 

 

『何でにこの隣に座るわけ?』

 

 

 これは……筆談!? まさか大学生にもなって講義中に筆談をするとは思わなかったぞ。

 とりあえず、矢澤が書いた文字の下に俺も文字を書いていく。

 

 

『空いてたから』

『そう』

 

 

 俺の書いた事に対する矢澤の返答はそっけないものだった。これで終わらすのは悔しいので今度は俺から話題を振る。

 

 

『μ’sの動画見た』

『どうだった? にこ凄かったでしょ?』

『入学式のライブより凄かった』

『腹立つんだけど! でも実際そう思うわよね、にこだってそれは感じてるわ』

『……自覚あるんだ』

『当然よ、にこを甘く見ないで』

『なあ、μ’sって何で解散したの?』

 

 

 

 他愛のないやり取りが続いていたが、俺のその質問に矢澤が答える事はなく、筆談はそこで終了となった。

 

 

 

 

 μ’sの解散。それは彼女にとって触れられたくない話題だったのだろう。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 大学生になって初めての休日。雲一つない快晴となったこの日、俺は電車に揺られていた。昼頃に目を覚まして太陽を浴びるとぽかぽか陽気が心地良くて、どこか出かけようと思い俺は電車で少し遠出をしていた。

 

 

 大学の最寄駅から電車に乗ることおよそ2時間。ようやく目的の駅に到着して電車を降りる。改札を出て少し歩いていくと、ようやく目的の場所に到着した。

 

 目の前に広がる壮大な青、緩やかに吹き付ける潮風、微かに聞こえる波の音。

 

 

 そう。

 

 

 

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

 

 海にやって来た!

 

 

 俺以外誰一人として姿が見えない浜辺の景色に、まるで世界に自分一人だけしかいないように感じる。

 

 

 浜辺の近くにはバイパスが通っていて、その高架下には階段状になった場所がある。その一段目に腰を下ろして誰もいない浜辺を眺める。

 そうする事で気分を落ち着かせて、俺はバッグからノートとシャーペンを取り出す。ノートを開き、一度深く目を閉じる。よし、準備完了。

 

 

 思いついた単語や文字をそこに書き連ねていく。

 

 

 ここで一つ自己紹介。俺の趣味は曲づくりだ。小さい頃から音楽が好きだった俺は、様々な楽器に触れて毎日を過ごしていた。

 やがて自分でも曲を作りたいという思いが強くなっていき、高校生の頃から自分で曲を作ってネットの動画投稿サイトに投稿したりしていた。

 

 

 まあ曲作りに夢中になる余り勉強が疎かになってしまい、大学受験に一度失敗したのだけれど。さすがに浪人している身で曲を作るわけにはいかず、1年間は曲を作らず真剣に勉強に取り組んだ。

 その結果晴れて都内の大学に合格。そして自粛していた曲作りをこうして再開している。

 

 

 今書いているのは新曲の歌詞。浮かんだフレーズを書いては消し、書いては消しを繰り返す。

 

 

 一朝一夕で歌詞が出来上がるものでは無いのだけれど、今日はどうにも調子が出ない。これは長丁場になりそうだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 それから歌詞を考える事およそ2時間。気が付けば太陽はとっくに傾いていて、空は綺麗なオレンジに染まっていた。

 その色が海面に反射して映っていて、薄暗い中でキラキラと輝いている。

 

 

 それほどの時間が経っているにもかかわらず歌詞の進捗状況は悪く、ノートの殆どが真っ白なままだ。

 

 

 1年間も歌詞を書いていなかったから、勘を取り戻せていないのかもしれない。曲作りに夢中になっていたあの頃のように、スラスラと文字が浮かばない。

 

 

 ならば、勘を取り戻すまで同じ事を繰り返すのみ。決意を新たにペンを握りしめたその時。

 

 

 

 

 目の前の砂浜に向かって歩く、一つの小さな人影が見えた。

 

 

 

 やや小さめなその体。特徴的なツインテール。あれは――――

 

 

 

 

「……矢澤」

 

 

 

 

 俺と同じ大学に通うキャンパスアイドル、矢澤にこ。

 

 

 彼女が昨年開かれた『ラブライブ!』で優勝した伝説のスクールアイドルグループ――μ’sのメンバーだったという事を、俺は先日μ’sについて調べていた時に初めて知った。

 

 

 μ’sは矢澤の他に8人のメンバーがいたのだが、その8人の名前まで覚える気が俺には無かった。

 俺が興味を持ったのは矢澤にこというアイドルだったから、その他のメンバーには関心が持てなかった。

 

 

 μ’sの動画を見ている時も、矢澤にしか目がいかなかった程の入れ上げっぷり。あれ、なんか俺ストーカーっぽくね? いや、動画を見ろって言ったの矢澤だし。

 

 

 自分が矢澤のストーカーなのではないかという疑惑に若干肩を落としながら、それでも俺は砂浜を歩いていく矢澤に視線を向けてしまう。

 

 

 

 歩みを進めていき、波打ち際で立ち止まる矢澤。

 

 

 

 

 ――――そして。

 

 

 

 

 

 

「アイドルになりたーーーーいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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