矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
「お、お邪魔します……」
真姫と海未に曲作りを教えてほしいと頼んだ俺は、真姫の家にやって来ていた。
「前に来た時も思ってたんだけど、そんなに畏まらなくていいわよ」
「こんなデカい家に入るのに、畏るなっていう方が無理だろ……」
「ふふっ、真姫の家は大きいですからね」
真姫と海未に頼んだ曲作りを教えてほしいという話は、その場であっさりと了承された。
二人にとって殆どメリットが無いような話を呆気なく快諾された事には、思わず面を食らってしまった。
そして早速、教えを受けるために真姫の家にやって来ている。これ程とんとん拍子に事が進んでいて、俺自身とても驚いている。
真姫の部屋に通される。気心知れた仲なんだろう、海未は慣れた様子で中へと入っていくが、俺は部屋の前で数瞬ばかり躊躇っていた。
「なにボサッとしてるのよ、早く入ってきなさい」
「あ、ああ。お邪魔します……」
真姫に急かされて部屋の中へと入っていく。
女子の自室に入る事すら片手で数える程しか経験していないのに、いかにもお嬢様の部屋に招かれるなんて、緊張しないはずがない。
部屋の中へと入ったはいいが、どうにも居場所が見つけられず、俺は隅っこの方で黙って突っ立っているしかなかった。
真姫は椅子に座り、デスクに置かれた赤色のノートパソコンを立ち上げている。その横に海未が立ち、真姫と何やら笑顔で談笑している。
「作曲を教えてほしいのよね? どうして私と海未に教えてもらおうと思ったの?」
クルッと椅子を器用に回転させて、真姫は俺に向き直って問いかけてくる。
話すのは少しばかり躊躇われるが、これを理解してもらわない事には話が前に進まない。
俺は真姫と海未に、にこの現状について説明をした。
その話を二人は深く頷きつつ、時折表情を曇らせながら、最後まで聞いてくれた。
「にこちゃん……」
「そのような状況に、にこが……」
にこの現状を聞いて、二人は複雑な表情になる。
「ああ。だから俺がもう一度、にこに曲を作ってやらなくちゃいけない。でも今までの俺では、何も変わらないと思う。だから二人に教えてほしいんだ。どうしたらμ’sの曲に近いものを作れるのか。頼む、教えてくれ!」
深々と頭を下げ、真姫と海未にもう一度きちんとお願いする。
「それって、私達がにこちゃんの曲を作るのはダメなの?」
真姫の口から、核心を突く言葉が飛び出した。確かに、真姫の言う通りだった。
彼女達がにこの曲を作っても、何も問題はない。むしろ、その方がにこにとっても良いのかもしれない。
俺は何も言い返す事ができず、ただ黙って視線を落とす事しかできなかった。
「譜也さん、そんなに落ち込まないで下さい。今の真姫の言葉は、冗談ですから」
「……え、冗談?」
「ええ。ですよね、真姫?」
「まさか本気にするとは思わなかったわ。ごめんなさい」
いたずらっぽく微笑む真姫。その言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「譜也さんがにこに曲を作ってあげたいという気持ちは、今までの反応で分かっていますから」
あっさりと俺の心境を、海未に読み取られる。そこまであからさまな態度をとっていた事を気付かされ、今更ながら恥ずかしさを覚えた。
「そういう事よ。それじゃあ、早速始めましょうか。まずは、譜也の作った曲をしっかり聴いてみるわね」
「よろしく頼む」
真姫はノートパソコンで動画サイトを開いて、一つの動画を再生させた。それは、ラブライブでにこが踊っているライブ映像。
歓声が入り混じっている音声の中から、真姫と海未は真剣な表情で曲を聴きとろうとしている。
今の段階では、俺は二人のその様子を見ているしかできなかった。
動画を何度も再生していく中で、真姫と海未は紙に何やらメモを取っていた。
やがて動画の再生を終えて、二人は何やらコソコソと俺に聞こえないように会話をし始めた。
そして結論が出たのか、二人は俺に向き直る。俺に向かって、海未が口を開いた。
「譜也さん、すいません。まだ少し時間がかかりそうなので、また土曜日ここに来てもらってもいいですか?」
「ああ、分かった。二人とも、よろしく頼む」
時間がかかるのは仕方がない。何より俺は二人にお願いしている立場だ。早く何とかしたいという気持ちはあるが、焦ったって仕方がない。
「それと、これから連絡を取りやすくするために、良かったら連絡先を交換しませんか?」
海未からの提案。今日アポ無しで二人を訪ねるために音ノ木坂の前で待っていたのは、二人の連絡先を知らなかったという事もある。
「俺の方こそ、海未と真姫の連絡先を知っていられると助かる」
それから俺達は互いの連絡先を交換し、俺は真姫の家をあとにした。
* * *
土曜日。約束通り俺は真姫の家にやって来た。チャイムを鳴らすと真姫と海未に出迎えられ、そのまま真姫の部屋へと通された。
俺は正座をして、海未と真姫の言葉を待っていた。先日から今日に至るまで、二人は俺の曲を聴いてくれて、それぞれ感じた事を言ってくれるのだろう。
「まずは私から。譜也さんの曲……歌詞なんですが、メッセージ性が強いと思いました」
先陣を切ったのは海未だった。曲を聴いて、歌詞に対して彼女なりに思った事なのだろう。
そして海未の指摘したそれは、見事的中していた。流石はμ’sで作詞を担当している海未だと、感心する。
「そうだな。作詞する時、そこを意識している」
海未の言葉を肯定する。それを聞いて、海未は先ほどの言葉に続けて言った。
「そうでしたか。これは私の考えなのですが……この歌詞だと、にこの良さを上手く引き出せていない。そう思いました」
「にこの良さ……」
海未の指摘を素直に受け止める。今まで作ってきた曲が歌詞にメッセージ性を持たせるものだったから、彼女の指摘は目から鱗だった。
「その、希と絵里に頼まれて作詞した曲は、そういう風にして歌詞を書いたので」
「そうか……うん、確かに海未の言う通りだ」
新しい考え方を発見できた。それだけで、彼女に教えを受けて正解だったと思える。
「次は私ね」
「ああ、遠慮なく言ってくれ」
そう言わなくても遠慮なく言ってきそうな印象の真姫だが、あえてそう念押しする。
「と言っても、作曲について私が口出しできる事なんて殆ど無いわ」
「えっ?」
なんとなくボロクソに叩かれる想像をしていたので、あまりにも呆気ない言葉に思わず面食らった。
「譜也の場合、たぶん歌詞を先に考えてから、それに合うように作曲をしていると思うの。だから歌詞が変われば、自然と曲調も変わってくるはずよ」
真姫の言う通りだった。曲の作り方、作詞をしてから音を探していく作業に移るので、作曲については真姫の意見が正しいのかもしれない。
「そうだけど、それでももっとこう……何かないかなぁ」
ただ、今の作曲技量に自分自身、納得しきてれいないところがある。だからμ’sの作曲担当――西木野真姫に意見を求めたのだ。
「それなら、まずは海未のアドバイスをもとに、歌詞を書いてきて」
「歌詞を?」
「そう。歌詞が出来たら、その歌詞をもとに一緒に作曲してあげるわ。と言っても、私が出来るのは意見を出すぐらいだけれど」
真姫から出たのは、そんな提案だった。これは、作曲に真姫の――μ’sの色を取り入れるいい機会だと思う。
今までやってきた曲作りは、孤独との戦いだった。他人に意見を求める事なく、全て一人でやってきた。
曲作りに限らず創作者というのは、そういうものだと思っていた。全て一人でこなしてこそ、一人前だと思い込んでいた。
だけど今、その考えはあっけなく打ち砕かれた。
いや、今じゃない。
彼女達に曲作りを教えてほしいと。
自分の曲の中にμ’sを取り入れようと。
にこの為に、俺にできる事は何だってしようと。
そう思った時点で、俺の考えは変わり始めていたのだ。
全ては、大学の入学式に出会った、一人のアイドルのため。
偶然再会した高架沿いの海岸。そこで密かに苦しんでいた思いを明かした、彼女のため。
俺が一瞬にしてファンになったキャンパスアイドル――矢澤にこのため。
「分かった。海未のアドバイスを参考にして、歌詞を書いてみる」
力強く、そう言う。決意は既にできている。
「譜也さん。その作詞、よければ私にも手伝わせてくれませんか?」
「……いいのか?」
すると海未が、そう申し出てきた。俺としては海未の申し出は有難いのだけれど……。
「はい。私自身、少しでもにこの力になりたいので」
迷いのない澄んだ瞳でそう言い切る海未。
きっとにこの現状を聞いて、彼女なりに思うところがあるのだろう。
「そうか……うん。こちらこそ、海未に手伝ってもらえると助かる」
何にしても、海未の力を借りる事ができるのは有難い。むしろ俺の方からお願いしたいぐらいだった。
俺はその申し出を、迷う事なく了承した。