矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第32話

 

 

 海未と真姫の協力を得て曲作りを始めてから、およそ二週間が経った。今日も今日とて真姫の家にお邪魔し、海未も含めて三人で作業を行っている。

 

 

 今日、俺は新曲の歌詞を完成させてきた。今は真姫と海未にそれぞれ見てもらっている。μ’sの曲を手掛けた二人に見てもらうって、よくよく考えればかなり贅沢な事なんじゃないだろうか。

 だけど、二人に協力してもらってまで、俺はにこの曲を作らなければならない。

 

 

「……うん。いいんじゃない?」

 

 

 まず、真姫が俺の書いた歌詞の感想を口にした。そう言われて、ひとまずホッとする。

 

 

「私も、いいと思います」

 

 

 海未からも同じような意見がもらえる。しかし、海未は穏やかな表情に少しばかり真剣さを持たせて、更に言葉を続けた。

 

 

「ですが、表現に少し疑問に思うところがありました。参考程度ですが、私なら――」

 

 

 海未は赤のボールペンを手に取り、歌詞が書かれた紙に校正を入れていく。

 俺は海未に近寄り、どのように歌詞が変わっていくのかを真剣に見つめる。

 

 

 すると、それまでスラスラと動いていた海未の手が突然ピタリとその動きを止めた。

 

 

「あの、少し近いです……」

「あっ、悪い」

 

 

 海未の書く文字に気が付けば視線が釘付けになっていて、思っていたより顔を近づけてしまっていた。それを海未に指摘され、パッと顔を離す。

 

 

「まったく……にこちゃんがいるのに、海未にヘラヘラしたらダメじゃない」

 

 

 からかうような、呆れているような。そんな口調で真姫は俺に向かって言った。

 

 

 いや待て、その口ぶりだとまるで俺とにこが付き合ってるみたいじゃないか。以前、ここでラブライブの打ち上げをした時に、それは否定したはずだ。

 

 

「いや、俺とにこは付き合ってないって。それは前にも言っただろ」

 

 

 改めてもう一度否定しておく。俺とにこが付き合うなんてあり得ない。

 

 

 俺とにこの関係は、楽曲提供者とキャンパスアイドル。それ以上でも以下でもない。

 まして、にこはキャンパスアイドルだ。アイドルといえば恋愛禁止が鉄則。本気でアイドルを目指しているにこが、それを破ってまで俺のことを好きになるなんて、絶対に無い。

 

 

 だけど真姫は、そんな俺の言葉を無視するかのように続けた。

 

 

「ならさっさと付き合っちゃいなさいよ。じゃないと希が可哀想じゃない」

「真姫」

 

 

 真姫の言葉を、海未が語気を強めて制するように咎めた。注意された真姫は、海未のことを気にしていないのか澄ました顔をしていた。

 

 

 いや。そんな事はどうでもよくて。真姫の言葉の意味が分からず、俺は混乱していた。

 

 

「希? どうしてそこで希の名前が出てくるんだ?」

「はぁ……分からないの? 希はたぶん、譜也のこと好きよ」

 

 

 そう答える真姫。ますます訳が分からなくなる。

 

 

「あはは、そんな、嘘だろ?」

「たぶん本当よ」

 

 

 嘘だと聞いても真姫は肯定する。

 

 

 助けを求めるように俺は海未を見た。すると海未は若干下を向きながら、絞り出すように呟いた。

 

 

「……おそらく真姫の言う通りです。少なくとも私と真姫はそう思ってます」

 

 

 求めていた言葉とは違うものが、海未から返ってきた。

 

 

 希が俺のことを好き。

 

 

 仮に。もし仮にそうだと仮定しよう。

 その事は素直に嬉しい。今まで彼女がいなかった俺からすれば、手放しに喜んでいいはずの出来事だ。

 

 

 だけど、どうすればいいのか分からない。

 

 

 二人からその事を聞かされても、それが事実だとは限らない。仮にそうだとしても、付き合うとか想像もできない。

 

 

 まず何より、俺自身の気持ちがよく理解できない。

 

 

「希の好意を受け取るか受け取らないのか、ハッキリさせなさい。私、アンタみたいな優柔不断なタイプを見てると腹立つのよ」

「真姫、言いすぎです」

 

 

 ハッキリさせろと真姫は言う。それを海未が咎める。ハッキリさせろと言われても、誰かと付き合う自分が想像できない。

 ましてやそれが希かにこかだなんて、非現実的だ。彼女達はキャンパスアイドルなのだから。

 

 

「あとはことりも、アンタのこと慕ってるみたいね。それが好きっていう感情なのかは分からないけど」

「真姫……!」

 

 

 今の海未の声には、明らかな怒りの感情が篭っていた。

 

 

 しかし、それよりも真姫の発言の方が俺には問題だった。

 

 

 ことりが何かと俺を慕ってくれているのは薄々気づいていた。だけどそれが、真姫の言うように恋愛的な好意から来ているものなのかは、俺にも分からない。

 

 

 希とことり。二人の魅力的な女の子から好意を寄せられているかもしれない。

 その事が俺を混乱させる。全くもってどうすればいいのか、見当もつかない。

 

 

「……悪かったわ。さあ、気を取り直して曲作りを進めましょ」

 

 

 真姫が頭を下げたことによってその場は落ち着いた。だけど俺の頭の中は落ち着きを取り戻せないままだった。

 

 

 その後の今日の曲作りの間、俺はずっと上の空だった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 夕方になり、今日の曲作りはお開きとなった。

 真姫の家をあとにして、俺は駅に向かって歩みを進めていた。

 

 

 歩きながら考えるのは、希のこと。真姫に言われたその可能性に、俺は答えの無い難問を解いているような気分でいた。

 

 

 考える。考えるのだけれど、決して答えは出ない。

 本当は分かっている。これは正答の無いものなんだと。だけど、答えを探さずにはいられない。

 

 

 どれだけ歩いただろうか。気がつけば駅の近くまでやって来ていた。

 

 

 頭の中は正答を求めグルグルと彷徨いながらも、足はまっすぐに駅の方向へと運んでいく。

 

 

 意識はほとんど思考の中へと置き去りにしている。道行く人たちにぶつからないよう、少しだけ外に意識を残して。

 

 

 だからだろうか。

 

 

 俺に近づいてくるその人影に、気づけなかった。

 

 

 今まさに考えていたその人の存在に、気づかなかった。

 

 

「譜也君」

 

 

 ポンポン、と背後から肩を二度叩かれる。そこで俺はようやく足を止め、思考を完全に外側へと向けた。

 

 

 振り返る。そこにいたのは――

 

 

「希……」

 

 

 東條希。俺が今まさに考えていたその人。

 

 

「こんばんは。こんなところで会うなんて奇遇やね」

「こんばんは……。そうだな、奇遇だな」

 

 

 実際には本当にただの偶然なんだろうけど、俺にはこの邂逅が偶然とは思えなかった。

 

 

 たった今まで希のことを考えていたのだ。

 まるで神様に仕組まれたかのような、そんな巡り合わせ。

 

 

「譜也君がアキバにいるなんて珍しいやん。何か用事とか?」

「ああ、真姫の家に行ってたんだ。今はその帰り」

「真姫ちゃんの?」

「曲作りが難航してるから、少し協力してもらってるんだ」

「へえー、そうなんや」

 

 

 何でもない世間話。

 目の前にいる希は、真姫と海未が言ったように本当に俺のことが好きなのだろうか。

 

 

「あ、じゃあもしかして今から暇やったりする?」

「まあ。あとは家に帰るだけだったし」

「そうなんや! じゃあ、よかったら……」

 

 

 希はそこで一旦言葉を切る。

 

 

 そして、

 

 

「今からウチと一緒に、ごはん食べにいかへん?」

 

 

 

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