矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
希から告白されたあの日から一ヶ月ほどの時間が経った。
太陽が姿を見せる時間が少なくなっていき、すっかり紅葉の似合う季節となっている。
この一ヶ月間、俺は真姫と海未と一緒ににこの曲作りを進めた。
曲作りは二人のアドバイスもあり、順調に完成へと近づいていった。
曲を作る時間は無我夢中で考える事は少なかったが、それ以外の時間は希の事を考える時間が多くなった。
希とメッセージアプリでやり取りする事も増えた。するのは何でもない日常会話で、送ってくるのは大体希の方からだ。
そんな風に希とのやり取りも行いつつ曲作りの方も進めていき。
そして、にこに捧げる曲が完成した。
* * *
今日も私は一人、ガラス張りの図書館の壁を鏡代わりにして練習をしていた。
踊るのはμ’sの曲。高校生の時に散々練習した曲を、一人でも踊れるように工夫しながら練習をしている。
練習を繰り返すたびに、焦燥感が加速度的に増していった。
踊れば踊るほど、段々下手になっている事を肌で感じる。μ’sの皆と踊っていたあの時より成長している筈なのに、今の私はあの頃の私に遠く及ばない。
あの頃の私を取り戻そうと必死に練習を繰り返しても、その度に下手になっている事を痛感する。
胸に芽生えるのは怒りの感情。
こんな筈じゃないと苛立ち、孤独な自分に嫌気がさす。
そう、私は孤独と闘っていた。
自ら選んだ孤独に苦しんでいる。
脳裏に浮かぶのは、私に曲を作ってくれていた一人の男性。入学式の日に私の前に現れた、高架沿いの海岸で私に手を差し伸べてくれた彼。
だらしない生活を送っていて頼りない彼だけど、作る曲は素敵だった。
以前は私の練習中に姿を見せる事が多かったけど、最近めっきり現れなくなった。
当然だ、私から彼を拒絶したのだから。
なのに、そうなのに。
私は心のどこかで、彼がまた来てくれることを望んでいた。
自分で拒絶したはずの彼の姿を、望んでいた。
私にぽっかりと空いた孤独という穴を、埋めてくれそうな気がするから。
だけど、それは望んではいけない事。
私はアイドルだ。みんなに笑顔を与えるアイドルが、助けを求めるなんて。
そうやって私は溢れそうになる感情に蓋をする。なるべく考えないように半ば自暴自棄になりながら、私は今日も練習をしていた。
背後から、足音が聞こえた。ゆっくりと私の方に近付いてきて、やがて音が聞こえなくなった。
「よう」
声が聞こえた。私の背中に向けられた声。
後ろを振り向かずとも、その声の主が誰なのか私は瞬時に理解した。理解させられた。
「なによ。にこは今練習中なの、邪魔しないでくれる?」
身体を動かし続けながら、振り向かずに私は答える。
「新曲が出来たんだ。お前の新曲だ、聴いてくれ」
ぴくっと身体が無条件に反応する。動きが止まりそうになったけど、私はそのまま練習を続けた。
「頼んでない、帰って」
「俺と、真姫と海未の三人で作ったんだ。以前よりμ’sの曲らしくなった。聴いてくれ」
「……お願い、帰って」
「帰らない。なあ、にこ」
「帰って……」
「お前、今楽しいか?」
「――ッ!? 帰れって言ってるでしょ! バカ譜也!!」
引き下がらない譜也に、私は遂に痺れを切らして練習を中断し後ろを振り向いた。
そこに立っていた譜也は、良い表情をしていた。そして私と目が合うと、小さく微笑んだ。
「よう、久しぶり」
まるで久方ぶりの再会を喜ぶように。私にされた仕打ちが無かったかのように、譜也はごく普通に私に声をかけた。
「……何の用?」
「いや、言っただろ。新曲が出来たんだ、聴いてくれよ」
「イヤよ、帰って。前にも言ったでしょ、もう私に曲を作らないでって」
ラブライブで希と絵里に負けて優勝を逃した私は、譜也にそう言った。
これ以上彼の時間を私が奪ってしまうのは、譜也に迷惑をかけるだけだと思ったから。
「ああ、言われた」
「なら! どうして!?」
「俺がにこの曲を作りたいから……じゃダメか?」
「……」
なによ、なによそれ。
これ以上私を苦しませないでよ。
ああ、今理解した。
私は苦しかったんだ。苦しい事から目を背けて、逃げていたんだ。
譜也を遠ざけたのは、彼の為なんかじゃない。私が苦しみたくなかっただけ。
傍にいる譜也にまた迷惑をかけてしまうんじゃないかと。その事で私が苦しい思いをする事から、逃げただけだった。
でも。
それが分かったところで、今更引き返せない。
「譜也の曲は、もう必要ないから」
「にこがそう思っていても、俺にはにこが――アイドルの矢澤にこが必要なんだ」
「なら、ファンとして黙って見てなさい」
「無理だ」
「何でよ!?」
決して食い下がろうとしない譜也。そんな彼に、段々と苛立ちが募っていく。
やめてよ。
これ以上私の心を揺らさないで。
「約束しただろ?」
「約束……?」
「俺が曲を作るって。にこが望んだ理想のアイドルになれるように」
覚えている。忘れた事なんて一度もない。
「それは……でも! もう譜也の曲はいらないって言ったでしょ! それなのに、今更何なのよ!」
「今更か……なあ、にこ」
「今のお前は、お前が望んだ理想のアイドル――矢澤にこに近づけたのか?」
「…………」
何も言い返せない。
譜也がいなくなってからの醜態は、私自身が一番理解していた。
だけど、今更もとに戻ろうなんて――
「だから、俺が曲を作る。お前が望む、理想のアイドルになれるように」
やめてよ。
やめてよね。
私に優しくしないでよ。
そんなに優しくされると――
「……曲」
「えっ」
「あとで聴くから、頂戴」
「ああ、もちろん」
譜也から曲の入ったCDを受け取る。
そのCDは、普通のものより少し重たいような気がした。
「アンタにまた曲を作ってもらうかどうかは、聴いてから判断するから」
「それで構わない。じゃあな」
私のわがままを譜也はあっさりと受け入れると、踵を返して去って行った。
遠ざかっていく譜也の背中を、私は見えなくなるまで見送った。
* * *
家に帰って、譜也に貰った曲を聴く。
今まで聴いてきた譜也の曲とは、少しだけ変化があった。
以前のものより、よく耳に馴染んでいる。どこか懐かしさを感じさせる曲だった。
真姫ちゃんと海未に手伝ってもらったと譜也は言っていた。
確かに、少しμ’sの曲に似ている。
「アンタの魔法、届いたわよ」
この日、私は理想のアイドルになるための正しい選択をした。
そして、私の理想とは反する一つの感情を自覚した。