矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第34話

 

 

 希から告白されたあの日から一ヶ月ほどの時間が経った。

 

 

 太陽が姿を見せる時間が少なくなっていき、すっかり紅葉の似合う季節となっている。

 

 

 この一ヶ月間、俺は真姫と海未と一緒ににこの曲作りを進めた。

 曲作りは二人のアドバイスもあり、順調に完成へと近づいていった。

 

 

 曲を作る時間は無我夢中で考える事は少なかったが、それ以外の時間は希の事を考える時間が多くなった。

 

 

 希とメッセージアプリでやり取りする事も増えた。するのは何でもない日常会話で、送ってくるのは大体希の方からだ。

 

 

 

 

 そんな風に希とのやり取りも行いつつ曲作りの方も進めていき。

 

 

 

 

 そして、にこに捧げる曲が完成した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 今日も私は一人、ガラス張りの図書館の壁を鏡代わりにして練習をしていた。

 踊るのはμ’sの曲。高校生の時に散々練習した曲を、一人でも踊れるように工夫しながら練習をしている。

 

 

 練習を繰り返すたびに、焦燥感が加速度的に増していった。

 

 

 踊れば踊るほど、段々下手になっている事を肌で感じる。μ’sの皆と踊っていたあの時より成長している筈なのに、今の私はあの頃の私に遠く及ばない。

 あの頃の私を取り戻そうと必死に練習を繰り返しても、その度に下手になっている事を痛感する。

 

 

 胸に芽生えるのは怒りの感情。

 こんな筈じゃないと苛立ち、孤独な自分に嫌気がさす。

 

 

 そう、私は孤独と闘っていた。

 自ら選んだ孤独に苦しんでいる。

 

 

 脳裏に浮かぶのは、私に曲を作ってくれていた一人の男性。入学式の日に私の前に現れた、高架沿いの海岸で私に手を差し伸べてくれた彼。

 だらしない生活を送っていて頼りない彼だけど、作る曲は素敵だった。

 

 

 以前は私の練習中に姿を見せる事が多かったけど、最近めっきり現れなくなった。

 当然だ、私から彼を拒絶したのだから。

 

 

 なのに、そうなのに。

 

 

 私は心のどこかで、彼がまた来てくれることを望んでいた。

 自分で拒絶したはずの彼の姿を、望んでいた。

 

 

 私にぽっかりと空いた孤独という穴を、埋めてくれそうな気がするから。

 

 

 だけど、それは望んではいけない事。

 私はアイドルだ。みんなに笑顔を与えるアイドルが、助けを求めるなんて。

 

 

 そうやって私は溢れそうになる感情に蓋をする。なるべく考えないように半ば自暴自棄になりながら、私は今日も練習をしていた。

 

 

 背後から、足音が聞こえた。ゆっくりと私の方に近付いてきて、やがて音が聞こえなくなった。

 

 

「よう」

 

 

 声が聞こえた。私の背中に向けられた声。

 

 

 後ろを振り向かずとも、その声の主が誰なのか私は瞬時に理解した。理解させられた。

 

 

「なによ。にこは今練習中なの、邪魔しないでくれる?」

 

 

 身体を動かし続けながら、振り向かずに私は答える。

 

 

「新曲が出来たんだ。お前の新曲だ、聴いてくれ」

 

 

 ぴくっと身体が無条件に反応する。動きが止まりそうになったけど、私はそのまま練習を続けた。

 

 

「頼んでない、帰って」

「俺と、真姫と海未の三人で作ったんだ。以前よりμ’sの曲らしくなった。聴いてくれ」

「……お願い、帰って」

「帰らない。なあ、にこ」

「帰って……」

「お前、今楽しいか?」

「――ッ!? 帰れって言ってるでしょ! バカ譜也!!」

 

 

 引き下がらない譜也に、私は遂に痺れを切らして練習を中断し後ろを振り向いた。

 

 

 そこに立っていた譜也は、良い表情をしていた。そして私と目が合うと、小さく微笑んだ。

 

 

「よう、久しぶり」

 

 

 まるで久方ぶりの再会を喜ぶように。私にされた仕打ちが無かったかのように、譜也はごく普通に私に声をかけた。

 

 

「……何の用?」

「いや、言っただろ。新曲が出来たんだ、聴いてくれよ」

「イヤよ、帰って。前にも言ったでしょ、もう私に曲を作らないでって」

 

 

 ラブライブで希と絵里に負けて優勝を逃した私は、譜也にそう言った。

 これ以上彼の時間を私が奪ってしまうのは、譜也に迷惑をかけるだけだと思ったから。

 

 

「ああ、言われた」

「なら! どうして!?」

「俺がにこの曲を作りたいから……じゃダメか?」

「……」

 

 

 なによ、なによそれ。

 

 

 これ以上私を苦しませないでよ。

 

 

 ああ、今理解した。

 私は苦しかったんだ。苦しい事から目を背けて、逃げていたんだ。

 

 

 譜也を遠ざけたのは、彼の為なんかじゃない。私が苦しみたくなかっただけ。

 傍にいる譜也にまた迷惑をかけてしまうんじゃないかと。その事で私が苦しい思いをする事から、逃げただけだった。

 

 

 でも。

 

 

 それが分かったところで、今更引き返せない。

 

 

「譜也の曲は、もう必要ないから」

「にこがそう思っていても、俺にはにこが――アイドルの矢澤にこが必要なんだ」

「なら、ファンとして黙って見てなさい」

「無理だ」

「何でよ!?」

 

 

 決して食い下がろうとしない譜也。そんな彼に、段々と苛立ちが募っていく。

 

 

 やめてよ。

 

 これ以上私の心を揺らさないで。

 

 

「約束しただろ?」

「約束……?」

「俺が曲を作るって。にこが望んだ理想のアイドルになれるように」

 

 

 覚えている。忘れた事なんて一度もない。

 

 

「それは……でも! もう譜也の曲はいらないって言ったでしょ! それなのに、今更何なのよ!」

「今更か……なあ、にこ」

「今のお前は、お前が望んだ理想のアイドル――矢澤にこに近づけたのか?」

「…………」

 

 

 何も言い返せない。

 譜也がいなくなってからの醜態は、私自身が一番理解していた。

 

 

 だけど、今更もとに戻ろうなんて――

 

 

「だから、俺が曲を作る。お前が望む、理想のアイドルになれるように」

 

 

 やめてよ。

 

 

 やめてよね。

 

 

 私に優しくしないでよ。

 

 

 そんなに優しくされると――

 

 

「……曲」

「えっ」

「あとで聴くから、頂戴」

「ああ、もちろん」

 

 

 譜也から曲の入ったCDを受け取る。

 そのCDは、普通のものより少し重たいような気がした。

 

 

「アンタにまた曲を作ってもらうかどうかは、聴いてから判断するから」

「それで構わない。じゃあな」

 

 

 私のわがままを譜也はあっさりと受け入れると、踵を返して去って行った。

 

 

 遠ざかっていく譜也の背中を、私は見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 家に帰って、譜也に貰った曲を聴く。

 

 

 今まで聴いてきた譜也の曲とは、少しだけ変化があった。

 

 

 以前のものより、よく耳に馴染んでいる。どこか懐かしさを感じさせる曲だった。

 

 

 真姫ちゃんと海未に手伝ってもらったと譜也は言っていた。

 確かに、少しμ’sの曲に似ている。

 

 

 

 

「アンタの魔法、届いたわよ」

 

 

 

 

 この日、私は理想のアイドルになるための正しい選択をした。

 

 

 そして、私の理想とは反する一つの感情を自覚した。

 

 

 

 

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