矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
新曲が完成してから、二週間ほどの時間が経った。
日に日に寒さは増していく一方であり、部屋には
大学は冬休みに突入したばかりで、今はこうしてのんびりと休日を満喫している。
新曲も作り終えてひと段落した俺が考えるのは、希の事。
希に告白されてから、もう二ヶ月以上の月日が経っていた。これまでは新曲作りで忙しくて考える暇がなかったが、今ようやく落ち着いて考える事が出来ている。
スマホで何度もメッセージのやり取りはこれまでもしていたのだけど、直接会った事は告白されたあの日以来一度もない。
今日の俺は暇を持て余していたので希と会ってみようかとも思ったが、今日という日に会うのは違うと思い、こうして家に一人でいる。
告白の返事もまだ決めていないのに、会いに行って変な期待をさせるのも気の毒だと思ったから。
今日は、12月24日。
そう、クリスマスイブだ。
イブもあと六時間ほどしかないのだけど、俺はこうして一人で過ごす事を選んだ。恋人がいないクリスマスを迎えるのは慣れている。
ピーンポーン。
そんな事を考えて悲しみに暮れつつもテレビを見ていると、ふいにインターホンが鳴った。
わざわざクリスマスイブに誰か来る予定はないし、訪ねてくる人物もいないと思っていた。
クリスマスだし、宗教の勧誘だろうか。そう思いながらも立ち上がって玄関まで向かう。
覗き穴からインターホンを鳴らした人物を確認しようとすると、誰の姿もなかった。
宗教の勧誘なら居留守を決め込もうと思っていただけに、誰の姿も映ってないのは不思議に思った。
一体どういう事だろうとドアを開けると、そこにいたのは――
「わっ!? 急に開けないでよ、ビックリするじゃない……」
見慣れた黒髪ツインテール、矢澤にこ。
なるほど、誰もいないと思ったのはにこの背が小さくて見えなかったからだったのか。
いやそうじゃなくて。
「お前……なんでいるんだ?」
なぜ家の前ににこがいるのか。なぜ俺の家のインターホンを押したのか、ますます疑問が膨らむ。
「なんでって、譜也に会いに来たのよ。そんな事も分からないの? 馬鹿ね」
「いや、会いに来た理由が知りたいんだけど……」
馬鹿呼ばわりされた事は一旦置いといて、わざわざ訪ねてきた理由を聞き出す。それもクリスマスイブという日に。
「理由を聞かれると……アンタ、今日はどうせ予定ないでしょ?」
「まあ……ないけど」
心底馬鹿にされている気がするが、実際予定が無いので何も言い返せない。
「にこも予定ないから、遊びに来てあげたってわけよ」
なるほど、つまり。
「クリスマスイブを一緒に過ごす恋人がいなくて寂しいから、俺のところに来たと」
「はぁ? やっぱり譜也は馬鹿ね。アイドルのにこは恋愛禁止なの、恋人と過ごすなんて最初から頭にないの」
やはり俺の事を馬鹿だと言ってくるにこだけど、言っている事はもっともだ。
今のご時世、アイドルの恋愛はご法度。
まだプロのアイドルではないにこだけど、ファンを悲しませないように恋愛禁止を貫いているのだろう。
まったく、大したアイドル根性だ。
しかし、当然疑問は浮かぶわけで。
「でも、どうして俺のところに来たんだ? 家族とか、μ’sのみんなと過ごせばいいだろ」
そう、わざわざ俺のところに来る理由が分からない。家族やμ’sのみんなと過ごした方がにこも楽しい筈だろうに。
「だ、か、ら! さっきも言ったじゃない。イブを一人で過ごす寂しい譜也に、にこが付き合ってあげるって。にこの優しさに感謝する事ね!」
何だか釈然としないが、そういう事にしておこう。
「はいはい、ありがとうございます矢澤にこ様」
「むっ、馬鹿にしてるでしょ?」
「してないしてない」
さっきまで散々人の事を馬鹿呼ばわりしておいて、どの口が言うか。
「そんな訳で出かけるから、準備しなさい」
「出かけるって、どこにだよ?」
急に出かけると言い出すにこに、どこに行くのか尋ねる。聞かれたにこは待ってましたとばかりに無い胸を張り、俺の問いに答えた。
「クリスマスといえば、パーティーでしょ?」
「えっ、パーティー行くの?」
「馬鹿ね、譜也の家でするのよ!」
「え、ここで?」
「そう! だから――買い出しに行くわよ!」
* * *
にこと二人で近所のスーパーまで、二人だけのクリスマスパーティーの買い出しに行き、重たい荷物を持って家に帰ってきた。
買ったものは鍋をしたいというにこの要望で鍋の食材。他にはホールケーキ、チキン、ジュース、俺が飲む用の酒。残念ながらにこはまだ未成年なので酒は飲めない。
鍋の食材をにこと二人で狭い台所に並んで切っていき、それを炬燵まで持って行く。そしてそれらを、カセットコンロに火をつけて出汁を入れておいた鍋の中に入れる。
一人暮らしをする時に持ってきたけど今まで一度も使った事の無かったカセットコンロが、今日初めて役に立った。
食材に火が通ると俺とにこは鍋をつつきながら、クリスマス特番の歌番組をテレビで見ていた。
「なかなか美味しいわね。流石にこが作ったって感じ?」
「そうだな。鍋だから食材切っただけなんだけど」
「うるさいわね、にこが切ったって事が鍋を美味しくさせるのよ」
「あーはいそうですか」
意味の分からない事を言うにこをあしらいながらも、鍋をつついていく。
寒い冬に炬燵に入りながら鍋を囲むのも、存外悪くない。
俺はスーパーで買ったビールを飲みながら、にこはジュースを飲みながら、途中で買ってきたチキンを出してそれも食べ進めていく。
そうして二人で駄弁りながら食べていくと、買った時は多いかなと思っていた鍋があっという間に空っぽになった。
「あー食べた食べた、お腹一杯だわ」
「おいにこ、だらしないぞ。アイドルなんだからもっと恥じらいを持ってだな……」
「別にいいじゃない、ここにはにこと譜也しかいないんだから」
「それでいいのか……」
アイドルらしくない姿を見せるにこに呆れながらも、にこがそれでいいと言っているので無理矢理納得する事にした。
「いいのよ。それより、ケーキ食べるわよ!」
「さっきお腹一杯だって言ってたのに?」
「分かってないわね。甘い物は別腹なの!」
ケーキを要求するにこ。二人で鍋などの片付けてをしながら炬燵の上を空ける。
炬燵の上が綺麗になると俺は冷蔵庫で冷やしていたホールケーキを持ってきた。
台所から包丁を持ってきたにこが、ホールケーキを丁寧に切り分けていく。食べるのは俺とにこの二人だけど、にこは食べやすいように八当分にケーキを切り分けた。
「美味しそうねー!」
「ああ、早く食べようぜ」
「待ちなさい! 折角なんだから、クリスマスソングでも歌うわよ!」
「まあ、悪くないな」
そんなにこの提案に賛同し、俺は部屋の隅に置いていたアコースティックギターを手に取る。
「いいわね! 演奏付きなんて最高っ!」
それを見てにこはグッと親指を立てて喜びを表現する。
「それで、何歌うんだ?」
「そうね……『赤鼻のトナカイ』なんてどう?」
「ああ、いいぞ」
「準備はいい? 歌うわよ。――せーの!」
合図と同時ににこが『赤鼻のトナカイ』を歌い始め、それに合わせて俺はギターを弾きながら一緒に歌っていく。
ギターの音色とにこの歌声、それに合わせて俺はハモりながら歌っていく。たくさんの音が部屋の中に溢れ返って心地良い。
今ここでは、二人だけの小さなクリスマスライブが開かれている。
誰にも邪魔されない、俺とにこだけのライブ。
『赤鼻のトナカイ』を歌い終えた後も、俺たちは他にも様々なクリスマスソングを二人で歌った。
突然押しかけて来たにこと過ごしたクリスマスイブ。
それは、とても幸せな時間で。
この瞬間がずっと続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。