矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
12月31日、大晦日。
今年もいよいよ最後の日を迎え、あと少しに迫った新しい年に俺は期待に胸が高鳴っていた。
時刻は既に夜の23時を回り、あと一時間もしないうちに今年が終わろうとしている。
そんな時間に俺は電車に乗っていた。
向かう先は秋葉原。
みんなで初詣に行こうとにこに誘われ、今こうして電車で秋葉原に向かっている。
この時間に秋葉原に向かうと帰りの電車はおそらく運行していない。もし終電を逃した時にはネットカフェにでも泊まるつもりだ。
そんなこんなで秋葉原に到着。時刻はもうすぐ0時になろうとしていて、新年はすぐ近くまでやってきていた。
改札を抜けると、にこの姿を見つける。
待っているにこの元へと近づいていくと、にこも俺の姿に気がついた。
「よう」
「あ、譜也。時間通りね。さっそく行くわよ」
会話もそこそこに俺とにこは他の皆、μ’sの元メンバー達が待っている場所へと向かい歩いていく。
「そういえば、どこの神社に行くんだ?」
道中、ふとそんな事が気になってにこに尋ねる。
「あれ、言ってなかった?
「神田明神? 聞いた事ないな」
「まあ、そこまで有名じゃないからね。神田明神は、私達μ’sにとって特別な場所なの」
「へえ、そうなのか」
「そ。去年もμ’sのみんなで神田明神で初詣したのよ」
その時の事を思い出しているのだろうか、隣を歩くにこの顔が笑顔で綻んでいる。
「みんな神田明神の階段前で待っているわ。早くみんなと合流するわよ」
神田明神という場所を目指し、俺たちは他愛のない会話をしながら歩いていった。
神田明神に近づいていくにつれ、人の姿が多くなっていった。にこはあまり有名じゃないと言っていたが、なかなかどうして人が多い。
同じ方向に向かって歩いている人達は、きっと地元の人達なんだろう。
わざわざ遠くから足を運ぶことは無くとも、地元の人は近くにある神田明神を初詣の場所に選ぶのだと思われる。
「もうすぐ着くわよ」
にこの言葉で、神田明神に近づいている事が分かる。
それから歩みを進めていくと、見知った人達の姿を見つけた。
「あ、にこちゃんにゃ!」
「譜也さんもいるよ、凛ちゃん」
凛と花陽の声に出迎えられ待っていたμ’sの元メンバー達、プラス雪穂と亜里沙と合流する。
「譜也君、こんばんは」
「希か、こんばんは。振袖似合ってるな」
「ふふっ、ありがとう」
声をかけてきた振袖姿の希と挨拶を交わす。紫色の鮮やかな振袖に身を包んだ希に、普段とはまた違う印象を受けた。
希の他には絵里と真姫が振袖を着ていた。絵里は淡い青の振袖を、真紀は派手な赤の振袖をそれぞれ着こなしている。
になみに言うと、にこは普通の私服である。
「よし、みんな揃ったね! それじゃあ初詣に出発進行ー!」
「待ちなさい穂乃果。その前に、言うべき事があるでしょう?」
「言うべき事?」
「穂乃果ちゃん、時計見て」
ことりに促されて穂乃果はスマホで時間を確認する。気になって俺も時間を見てみると、時計はちょうど0時を示していた。
「あ、そうだね! じゃあみんなで一緒に言おっか!」
穂乃果の言葉にそれぞれ首を縦に振る。
「それじゃあいくよ! ――せーのっ!」
『あけましておめでとう!』
新年の挨拶を行った俺達は、その足で神田明神の境内へと向かい歩き出した。
境内に向かうには、長い石の階段を上っていかなくてはならない。
にこ曰く、この階段――通称『男坂』にて、μ’sの時にトレーニングをしていたという。
男坂を登りきって境内へとやって来る。そこは初詣に訪れた人で賑わっていた。
「さあ、初詣するわよ!」
相変わらず俺の隣にいるにこが気合を入れてそう言う。気合を入れているのはおそらく、今年も良い一年にしたいという気持ちの表れだろう。
たくさんの人混みの流れに任せるようにして神殿へと進んでいく。
他のみんなは若さ故かどんどん先へと進んでいっており、俺とにこはみんなから随分と離されてしまった。
「みんなとだいぶ離れてしまったわね……譜也、早くみんなに追いつくわよ!」
そう言ってにこは先を急ごうとする。
「あ、おいにこ!」
気が付けば俺は、先走ろうとするにこの手を掴んでいた。
「きゃっ! ちょっ、アンタなに手握ってるのよ!」
「あ、悪い。でもほら、にこと
「はぁ……しょうがないわね。このままゆっくり初詣を済ませましょう」
にこは若干肩を落としながらも、渋々といった様子で俺の言葉を受け入れてくれた。
μ’sのみんなと一緒に出来なくなってしまった事は申し訳ないけど、にこがいないと俺が困るのは間違いない。
それからはゆっくりと進む人の流れに身を任せながら、俺とにこは会話も無いまま神殿に辿り着くのを待った。
その間、俺の手はずっとにこの手と繋がれていて。
きっと、恥ずかしかったのだろう。
心なしか顔が熱くて。それを紛らわそうとにこに話しかけようにも、上手く言葉が出てこない。
にこも何故か黙ったままで、顔を少しだけ俺から背けている。
だけど、俺たちは逸れないように手を繋いでいる。
にこの手は小さくて、柔らかい。
繋いでいる手が熱い。鼓動が普段より早くなっているのが分かる。
それは人混みの中にいる緊張からか、にこと手を繋いでいる事に対する恥ずかしさからか。それとも、もっと別の何かなのか。
互いに手を繋いだまま、俺とにこはようやく神殿へと辿り着いた。
そこでにこの手が俺から離れる。
にこの手が離れる事に、少し寂しさを感じたのは何故だろうか。
「ほら譜也、ぼーっとしてないでお参りするわよ」
「あ、ああ。悪い……」
神殿に設けられた鐘を鳴らす。
賽銭を投げ入れて、二礼二拍手。
そして一礼。ここで願い事を念じる。
俺の願い事……何だろうか。
欲しい楽器や音楽編集のソフトはあるのだけど、そういう事を願うのは何か違う気がする。
なら無病息災?
学業成就?
それとも恋愛成就?
……どれも違う気がする。
なかなか願い事が浮かばない俺は、隣で礼をしながら願い事をしているにこを見る。
にこは何を願っているのだろうか。
意外と、家内安全とかだったりして。
ああ、そうだ。
自分の願い事が無いなら、俺はにこの為に願おう。そう思い目を深く閉じて、願いを思いに込める。
――にこがアイドルになれますように。
そう願った時、俺の中にストンと落ちてきた一つの感情があった。
にこの為に曲を作りたくて。
にこと過ごしたクリスマスイブは楽しくて。
にこと繋いだ手は熱くて。
にこの隣にいると胸がドキドキとして。
――俺はにこの事が好きだ。
その感情に、今ようやく気が付いた。
「いつまで願い事してんのよ」
その声で、俺は現実へと引き戻される。
「あ、ああ。悪い今終わった」
好きだと自覚してしまったからか、にこの顔を直視できない。
上手く話せているだろうか。身だしなみは変じゃないだろうか。そんな下らない事に気を取られてしまう。
「終わったらならさっさとどくわよ、後ろの人達に迷惑でしょ」
「ああ……悪い」
「本当にもう……しっかりしなさいよね。ほら行くわよ、穂乃果達も待ってるんだから」
にこは呆れながらも、神殿から立ち去ろうと俺の手を握って歩き出していく。
にこに引かれるようにして歩いていく俺は、にこと繋がれた手を真っ直ぐに見つめた。
やっぱり、繋がれた手は熱くて。
その原因は、恋だった。