矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
ラブライブが終わった翌日。
未だにライブの興奮が冷めやらぬまま、俺は昨日に引き続き秋葉原にやって来ていた。
秋葉原の街を歩いていると、すれ違う人々は昨日のラブライブの話題で盛り上がっていた。
その中でも多く耳にしたのが、にことのぞえりの話題。三人ともμ’sの元メンバーということで知名度が高く、どちらが優勝したのかという話が頻繁に聞こえてきた。
結果は数日後にラブライブの公式サイトにて発表される。それまでは優勝予想で盛り上がるのだろう。
正直なところ、優勝はにこかのぞえりの二組に絞られているだろう。
のぞえりとにこのライブは、どちらとも最高の盛り上がりを見せていた。のぞえりの連続優勝か、にこの初優勝か、どちらに転んでもおかしくない。
個人的には、にこに優勝してほしいが。
俺自身も、道行く人と同じく優勝予想なんてしながら秋葉原を歩いていく。
しばらく歩いていき、目的の喫茶店まで辿り着いた。
扉を開けて店内を見渡すと、既に呼び出していた人物が奥の席に座ってカップを傾けていた。
「悪い、待たせた」
そこに向かい、待たせた事を詫びる。
その人はカップに向けていた顔を上げて、俺の姿を確認した。
「いや、ウチもさっき来たところやで」
東條希。
ラブライブの翌日でありながら、俺がこの喫茶店に呼び出した人物。
「いつまで立ってるん? ほら座り」
「ああ、そうだな」
ボーッとしていて立ったままだった俺は、希の一言で向かいの椅子に座る。
「あのさ、今日は――」
「譜也君、なにか注文したら?」
「あ、そうだな。すいません、ホットコーヒーひとつ」
店に入ってから何も注文していなかった事を指摘され、店員さんにホットコーヒーを注文する。
今日は希に話さなくてはならない事があり、この喫茶店に希を呼び出した。
さっきの俺はいきなり本題に入ろうとしたのだが、おそらく焦っていたのだろう。
コーヒーが運ばれてきて、一口啜る。
そんな間を挟むことによって、俺は幾分か冷静さを取り戻した。
「希、今日は来てくれてありがとう。ラブライブお疲れ様」
まずは希を労う。きっと希はラブライブ翌日で疲れているだろう。にもかかわらず俺の誘いを受けてくれたのだ、感謝しなくてはならない。
「ありがとう。ウチどうやった?」
「素晴らしいライブだったよ、感動した」
「そっか、嬉しいな」
希と絵里のライブは、前回以上の盛り上がりを見せた。ステージを華麗に舞いながらドーム内に響く二人の歌声に、鳥肌が立ったのを覚えている。
「ウチな、最初は大学でもアイドルを続ける気はなかったんよ」
「え?」
唐突にそう告げる希。
「でも、車に轢かれそうやったウチを助けてくれた譜也君に出会った。王子様みたいにウチを助けてくれた譜也君を好きになった」
初めて秋葉原に来た時に俺が希を助けた事を、希はそんな風に思っていた。
「譜也君がにこっちの曲を作ってると聞いて、ウチももう一回アイドルになったら譜也君に見てもらえると思ったの。でも一人やと心細いから、エリチに無理言って二人でアイドルを始めた」
俺に、見てもらうため……?
「それが、ウチが大学でもアイドルを続けた理由」
希がキャンパスアイドルになった理由。
それを聞いて、俺は激しく困惑した。
俺が希を助けたから、希は俺のことを好きになって。それが理由でアイドルを始めたと言う。
そんな事、そんな事を聞かされてたら、今日言うつもりだった言葉が言えないじゃないか。
「それで、譜也君の話って何なん?」
「……」
「って、大体分かってるけどね。ウチの告白に対する返事やろ?」
ハッと俯いていた顔を上げて希を見る。
希は笑顔でいながら、その裏では泣いているように見えた。
どこまで分かっているんだ、この人は。
希にそんな顔をさせたままではいけない。感情を押し殺して無理をさせてはいけない。
俺は意を決して、今日ここに希を呼び出したその理由を口にした。
「希、俺は……にこの事が好きだ。多分ずっと前から好きだったんだけど、この前やっと気が付いた。だから――俺は、希の気持には応えられない、ごめん」
にこの事が好き。初詣の時にようやく気が付いたその感情。
だから、希の想いに応える事ができなかった。
「そっか……うん、何となくやけど、断られると思ってた」
あくまでも表面上では希は笑顔を浮かべている。けどその言葉には悲しみが篭っていて。そんな表情をさせているのは、俺なのだ。
「ごめん……」
「謝るのは、無しにしよ。ウチは譜也君に告白して、後悔してないから」
「……ああ」
俺は希をフったのだ。フラれてなお、希は俺に優しい言葉をかけてくれる。
それはきっと偽りではなく、希の本心なのだろう。
どこまでも優しくて他人思いなのが、東條希という女の子だ。少なくとも俺はそう感じた。
「でもそっかぁ、残念やなぁ……」
ポツリとそう呟きながら、天井を見上げる希。そんな彼女に、俺は言葉をかける事ができなかった。
「うん、大丈夫」
「希……」
希は明らかに無理をしている。無理にでも明るく振舞っていて、作り笑いを浮かべている。
「なあ譜也君。最後に、ウチのお願い一つだけ聞いてくれる?」
最後に一つ。
希はそう言った。
「ああ、俺に出来る事なら、何でもする」
希に無理をさせているのは俺だ。
だから俺には、彼女の最後のお願いというものを引き受ける責任がある。
希は言葉を探すように目を閉じる。
数秒すると希は目を開き、言った。
「にこっちはウチの大事な親友やから、絶対に幸せにしてあげてな」
それは自分の為でなく、にこの為の言葉で。
最後のお願いは、にこの為のもの。
自分より他人を思う、最後まで希らしい言葉だった。
だから俺は応えなくてはならない。
「ああ。絶対、幸せにする」