矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
「――プロに誘われたわ」
真剣な表情で、にこはそう言う。
プロへの誘い。
それは、にこの夢を叶えるもの。
そういえば、前回優勝した希と絵里もプロに誘われたと言っていた。二人は断ったようだけど、ラブライブ優勝者はプロに誘われる決まりでもあるのだろうか。
何にせよ、これでにこの夢が叶ったのだ。
「良かったじゃないか、おめでとう」
そう言葉にした時、何故だか胸がチクリとした。だけど痛みは小さすぎて、すぐに消え去った。
「まだ話は終わってないの、最後まで聞いて」
素直に祝福するが、にこは依然として険しい表情を保っていた。
まだ話は終わってないと言うので、俺は黙ってにこの言葉を待つ。
「正直言うと、迷ってるの」
「……迷ってる?」
その言葉の意味が理解できずに、俺はにこに聞き返した。
「そう、にこはプロになる事を迷ってる。だからその話は、一旦保留にしてもらってるの」
……驚いた。
にこはプロのアイドルを目指していた。
キャンパスアイドルとして周囲とのギャップに苦しみ、自身の理想とするアイドルを目指していたにこ。プロになるという事は、にこが望んだアイドルになれるという事だ。
チャンスが目の前にあるというのに、にこは迷っていると言う。
「どうしてだ?」
あれだけ望んでいたものが目の前にあるというのに掴もうとしない。その理由を知りたいと思った。
「プロになったら、プロの楽曲提供者がつくみたいなの。つまりプロになったら、アンタの曲はもう歌えないのよ」
「……」
そんな。
そんな理由で、にこは迷ってるというのか。
「プロになれるのはもちろん嬉しい、昔からの夢だったから。……でもね。その夢と天秤にかけるぐらいに、にこは譜也の曲を歌いたいって思ってる」
「ねえ譜也。にこはどうすればいいと思う?」
にこの言葉は、嬉しいものだった。
アイドルになる夢と比較されるほど、俺の曲を歌いたいとにこは思ってくれている。
それは彼女に曲を作ってきた俺にとって、最大級の賛辞だった。
今までにこの曲を作ってきて、本当に良かったと思う。
――だから、俺はその言葉が聞けただけで満足だった。
「俺は、にこにはプロになってほしい。昔からの夢なんだから、俺のことは気にしないで夢の舞台で輝いてほしい」
また胸がチクリとした。
だけど、気にしていられない。
もともと、にこが望むアイドルになるために協力していた曲作りだ。
だから、にこがプロになる事こそが俺達の終着点。いずれこうなる事は、最初から分かっている事だった。
――にこの事は好きだ。
だけどにこはアイドルで、俺は曲作りしか取り柄のない一般人。
この恋が叶わない事は明白だ。
ふと、希に言われた言葉を思い出す。
『にこっちはウチの大事な親友やから、絶対に幸せにしてあげてな』
俺はそれに幸せにすると答えた。
にこの幸せとは何だろう?
それはアイドルになる事だと即答する。
俺はにこの事が好きで、にこと結ばれたいと思っている。だけどそれは俺の幸せであり、にこの幸せとは限らない。
そもそも、にこが俺の事を好きになる筈がない。にこのアイドルに対するプロ意識は相当なものだから。
にこを見る。
にこは肩を震わせながら下を向いている。
するとにこはいきなり、両手を勢いよく炬燵机に叩きつけた。
「――ッ! なんでアンタは、そんな簡単ににことの関係を終わらせられるのよ!」
にこは叫んだ。その叫びは俺の鼓膜を通り抜け、胸に直接突き刺さる。
にこの表情は、怒りと悲しみで出来ていた。
だけど、何故にこがそんな顔をするのか、その理由が俺には分からない。
「なんでって……それがにこの夢なら、叶えればいいじゃないか。せっかくのチャンスなんだから」
「アンタねぇ……! もう少し……もう少しにこの気持ちを考えてくれてもいいじゃない!」
気持ちを察しろと言われて、俺はつい頭に血が上ってしまった。
「そんなの分かるわけないだろ! 俺はお前じゃないんだから!」
分からない。
にこの気持ちが、にこが何を考えているのか分からない。
プロのアイドルなればいいのに、どうして迷っているのか分からない。
夢を叶えるチャンスが目の前にあるというのに、どうして掴もうとしないのか分からない。
分からない。
「もういいわよ! アンタの事なんか綺麗サッパリ忘れて、プロになってやるわ!」
「だから、そうすればいいって言ってるだろ!」
プロになればいいと言った俺に、どうしてにこは怒るのか分からない。
「アンタに相談したにこがバカだったわ! このバカ譜也!」
「バカはにこの方だろ! どうして夢を掴もうとしないんだよ!」
「何だっていいじゃない! あぁもう! アンタとは絶交よ! 二度とにこの前にその顔を見せないでよね!」
「そうかよ! 勝手にしろ!」
「――ッ! もう知らない! さようなら!」
その言葉を最後に、にこは立ち上がって俺の家から出ていった。
立ち去る時のにこの頬には、涙が伝っているように見えた。
さっきまでにこがいた空間を見つめる。
ポッカリと空いたその空間を見て、俺は自分の胸にも同じような穴がある感覚を認知した。
穴が空いた胸を埋めようとしていたのは、痛みだった。
にこと話していて少しずつ感じていた痛みが、今は隠しきれないほど大きくなっていた。
――ああ、そうか。
俺は好きな人に想いを伝えられぬまま、別れる事を選んでしまったのか。
後悔の二文字が押し寄せる。
希は俺に想いを告げた。
そういえば、俺に想いを告げた希はフられたけど告白して後悔はないと希は言っていた。
その理由を、今の俺は痛いほどに思い知らされている。
これほどまでに後悔するとは知らなかった。
だが全ては、俺がにこにプロになる事を進めたから。
今更にこを追いかけたところで、追いつけないだろう。それに、こんな喧嘩別れをしておいて、にこが取り合ってくれる筈がない。
二度と顔をみせるなとも言われてしまった。
だけど、後悔すると知っていたなら。
せめて想いだけは、伝えておきたかった。