矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
希との電話で背中を押された俺は、すぐさま家を飛び出した。
行き先は、にこのいる場所。
正直なところ、にこがどこにいるのか全く見当もつかない。
だけど俺は、この足を止めることなく走らなくてはならない。
それが俺にできる精一杯なのだから。
一応スマホでは、にこに電話をかけている。
しかし、いくらコールが鳴ってもにこが電話に出る気配がない。これは本格的に嫌われたかな。
もしそうなら、謝ろう。
許されなくたっていいから、とにかく謝ろう。
そしてせめて想いだけでも伝えよう。
だから俺は、何としてでも見つけださなくてはならない。
俺が好きになった女の子、矢澤にこを。
――俺はにこが好き。
だからこそ、アイドルになるという夢を叶えてほしい。希に散々言われたあとだけど、その想いも揺るがない。
にこがアイドルになって、俺がにこに想いを伝え、その上で二人とも幸せになる。
これが最高のハッピーエンド。
その方法を考えながら走り続け、俺は最初の目的地に辿り着こうとしていた。
それは、俺達が通う大学。
息を切らしながら、大学構内を駆けていく。そうして辿り着いた先は、図書館の前の広いスペース。
ガラス張りの壁に、肩で息をする自分の姿が映し出される。
ここは、にこが毎日のように練習に使っていた場所。
「くそっ! ここにはいないか……!」
にこがいないと判断した俺は踵を返してすぐさま大学図書館をあとにする。
にこのいそうな場所。
連絡がつかない今、それをあてにしてにこを探すしかない。
全力で走った俺は大学の最寄駅に辿り着く。一応周囲を見渡してみるが、にこらしき人の姿はない。
俺は秋葉原までの切符を購入し、タイミングよくやって来た電車に乗った。
座席に座り、全力で走りきった身体を休める。
身体を休めている間、今度は頭を働かせる。
第一の目的は、にこに会って想いを伝える事。ついさっきまで想いを伝えられずに後悔した、これだけは譲れない。
次に、にこがプロのアイドルになる事。これはにこを納得させて、プロの誘いを受けるようにすればいい。
最後に、これが一番難しいのだが。
その二つを達成した上で、俺とにこが幸せになる事。これがかなりの難関だ。
そのためにはどうするべきか、俺は電車に揺られながら考えた。
気が付けば、秋葉原の駅に着いていた。
電車を降りて駅を出る。
秋葉原に着いた俺がまず最初に向かう先は決まっていた。
走る、ただひたすら走る。
通行人の目なんか気にしていられない。
秋葉原の街を全力で駆け抜ける。
そうして辿り着いたのは、とあるマンション。にこが住むマンションだ。
にこの誕生日に一度だけ訪れた場所。
マンションの中に入り、記憶を辿りながらにこの家へと向かっていく。
記憶を頼りに辿り着いた家の前。そこに掲げられているのは、矢澤の二文字。
どうやら、俺の記憶は間違っていなかったみたいだ。
インターホンを押す。
正直、ここににこがいる確率はかなり高い。
扉の向こうから足音が聞こえてくる。
にこが出てきたら、まずは謝ろう。
そして、俺の想いを伝えよう。
どうすれば幸せになれるのかは、その後で考えればいい。
扉がガチャリと音を立てる。
ギィッと重たい音を鳴らして扉が開かれる。
そこには――
「どちら様ですか……あなたは、お姉さまのご友人のお兄さん!」
俺を出迎えたのはにこの妹、こころちゃんだった。
「こんにちは、こころちゃん。にこ、家の中にいるかな?」
「ごめんなさい。お姉さまなら、お昼頃に出かけてまだ帰ってきていません」
「そうか……ありがとう」
まだにこは帰ってきていない。
かなり自信があっただけに、外れたショックは大きかった。
「突然押しかけてきてごめんね。ばいばい、こころちゃん」
「ばいばいですお兄さん!」
こころちゃんに手を振り、俺はにこの家から立ち去った。
どこだ? にこはどこにいる?
にこが家にいなかった今、他に思い当たる場所なんて……。
「いや、もしかしたら……」
あの場所にいるかもしれない。
そう当たりをつけ、俺は再び走り出した。
音ノ木坂学院の校門前は静かだった。
学校はまだ冬休みの時期だ、生徒の姿は殆ど見受けられない。
にこがいるかもしれないと思った俺は、ここ音ノ木坂学院の前までやって来た。
しかし、部外者の俺が敷地内に入れる筈がない。以前来た時はにこが許可を取ってくれていたから入れた事を、すっかり失念していた。
どうしたものかと思案していると、校門から二人の生徒が出てきた。
時刻は普段なら放課後の時間帯。部活動で登校している生徒は、丁度下校する時間だった。
俺はその二人に歩み寄り声をかける。二人が知り合いで助かった。
「雪穂! 亜里沙!」
二人は足を止め、くるりと振り返る。
「譜也さん!? どうしたんですか?」
「すっごく汗掻いてます……」
雪穂ちゃんに驚かれ、亜里沙ちゃんに心配される。しかし、自分の事なんて気にしていられない。
「二人とも、今日は部活?」
「はい! 私と雪穂の二人だけですけど」
二人だけ。亜里沙ちゃんのその言葉で望みは薄くなったが、もしかしたらという事もある。
「それでさ、今日にこ来なかった?」
「にこ先輩? 来てないですよ」
雪穂ちゃんが答える。
そうか、やっぱりにこは音ノ木坂には来ていなかったか。
「分かった、ありがとう! いきなり声かけて悪かった!」
雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんに別れを告げ、俺は音ノ木坂学院をあとにした。
秋葉原の街でにこがいそうな場所。その最後の心当たりのある場所までやって来た。
アキバドーム。
ラブライブが開催され、にこがステージに立った場所である。
夏に行われた一度目でにこは敗北し、つい最近の二度目でにこは優勝した。
そんな、思い出の場所。
当然ドーム内に入る事はできない。
俺はゆっくりとドームの外周を歩いていた。隅々まで目を凝らして、にこの姿を探す。
一周して、にこの姿は見つからなかった。
どこか見落としがあるかもしれない。そう思ってドームをもう一周したけど、にこを見つける事は出来なかった。
「にこ……」
どこにいるんだ、にこ。
ダメ元で電話をかけてみるが、やはりにこは電話に出ない。
「くそ……!」
もうにこがいそうな場所に心当たりが無い。
完全に心が折れてしまった俺は、すっかり重たくなった足をゆっくり進めながら、駅へと歩き出した。
* * *
電話に乗った俺は、家とは別の場所へと向かっていた。
結局、にこを見つけられなかった。
このまま家に帰るより、どこか遠くに行ってしまいたい気分だった。
そんな俺が訪れたのは、とある砂浜。
ここは、大切な思い出が詰まった場所。
この砂浜は、春に作詞に訪れた俺が偶然にこと出会った場所。俺がにこに曲を作ると最初に約束をした場所。
そんな、キラキラした思い出に浸りたかったのだろうか。俺は無意識のうちにこの砂浜までやって来た。
高架下の階段になっている所に腰掛け、目の前に広がる海を眺める。
黄昏に染まった空が、海を赤く照らしている。そんな幻想的な空間。
そういえばあの時も、こんな夕焼け空だった。
春ににこと出会った思い出に浸りながら、今度は砂浜一面をぐるりと見渡してみる。
あの時と変わらず、人の姿は無い。
あの時と違うのは、にこがいない事だけ。
――その筈だった。
遠くの砂浜にぽつりと映る小さな人影。
波打ち際に立っているその人物は、明らかに女性の服装だった。
それだけでない。
黒髪、ツインテール、今日目にしたその服装。
「にこ……?」
立ち上がり、砂浜を踏みしめながら一歩、また一歩と近付いていく。
ある程度歩いていくと、その姿が鮮明に映し出された。
「にこ……にこッ!」
間違いなくにこだと思い、俺はその人に向かってにこの名を叫び、走り出した。
その人がこちらを振り向く。
「し、んや……?」
真っ赤に目を腫らした女の子。
俺の好きな女の子。
矢澤にこ。
そこにいたのは、にこだった。