矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第46話

 

 

「――にこッ!」

 

 

 俺は走った。砂浜の上を全力疾走でにこに近付いていく。

 

 

「来ないでッ!!」

 

 

 にこの悲痛な叫び。

 

 

 だけど俺は止まらずに、にこのもとへ走っていく。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 するとにこは踵を返し、俺から逃げるように反対方向へと走り出した。

 

 

 しかし、女の子の脚力だ。

 いくら普段の練習で鍛えているからといっても、俺に敵うはずがない。

 

 

 少しずつ、少しずつ、にことの距離が縮まっていく。

 

 

 そして。

 

 

「にこッ!」

 

 

 逃げていたにこの手を、捕まえた。

 

 

「やめて! 離して!」

「離さない! 絶対に離さない!」

 

 

 手を掴まれたにこが暴れる。力ずくで俺の手を振りほどこうとするが、俺は絶対に離すまいとにこの手を強く握った。

 

 

 やっと、やっと掴んだチャンスなんだ。

 

 

 絶対に離してやるもんか。

 

 

「やめてよ! いや――ッ!」

「お、おい!? ちょっ、それは――」

「きゃあっ!」

 

 

 暴れることで必死に抵抗するにこが、砂浜に足をとられバランスを崩す。

 

 

 ここは海、浜辺の波打ち際。

 バランスを崩したにこが海の方に倒れていく。

 

 

 にこの手を強く握っていた俺も、にこに釣られて海の方に身体が傾いた。

 

 

 そして。

 

 

 激しい水の音と共に、俺達は海の中へと倒れた。

 

 

 

「ぷはっ……お、おいにこ、大丈夫か?」

 

 

 

 ずぶ濡れになった身体を起こして、にこの安否を確認する。

 

 

 繋いでいた手を引き寄せて、にこを起き上がらせた。起き上がったにこは、俺の手を振りほどく。

 

 

「はぁ、はぁ。アンタねぇ……何考えてんのよ!」

「……ごめん」

 

 

 明らかな怒気を孕んだにこの声。俺には謝ることしかできない。

 

 

「大体ねぇ、もうにこの前に顔を見せないでって言ったじゃない!」

「……ごめん」

「なんで……なんでアンタが、ここにいるのよ!」

「……ごめん。でも、一つだけにこに伝えたい事があるんだ、聞いてくれ」

 

 

 にこに伝えたい事がある。その為に俺はにこを探していたのだ。

 

 

 にこは俺から顔を逸らし、小さくポツリと呟いた。

 

 

 

「……嫌、聞きたくない」

 

 

 

 聞きたくない……か。これはどうやら、本格的に嫌われたのかもしれない。

 

 

 だけど。

 

 

 ここまで来て引き下がる訳にはいかない。

 

 

 

「そうか。なら俺は今から独り言を言う」

 

 

 

 にこが聞かないと言うのなら、俺はどんな屁理屈を並べてでもにこに伝える。

 

 

「……そう、勝手にすれば」

 

 

 呆れたようににこは言う。

 

 

 それでは、勝手にさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

「――俺は、にこが好きだ」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 にこが俺の方を向いて、目を大きくした。

 

 

 構わず、俺は続ける。

 

 

 

 

「これからもずっと一緒にいたいと思ってる。俺はにこが好きだから。だから、さっかは無神経な事を言って悪かった」

「……」

 

 

 にこと一緒にいたいと思っていたのに、俺はその気持ちに気付かず、にこにアイドルになるよう言ってしまった。

 

 

 そして、後悔した。

 

 

 だから俺は後悔しないように、にこに想いを告げる。

 

 

 

 

「――矢澤にこさん、好きです。俺と付き合ってください」

 

 

 

 

 にこに手を差し伸べる。

 

 

 願うなら、その手をにこにとってほしい。

 

 

 

 

「……もう、遅いわよ」

 

 

 

 

 にこは俺の手をとってはくれず、下を向いてそうポツリと漏らした。

 

 

 

 

「遅い……遅いのよ! なんであの時言ってくれなかったのよ! そうすればにこは迷う事なくアンタの手をとったのに! もう遅いのよ! プロになる話、さっき受けちゃったじゃない!」

 

 

 

 

 にこは、泣いていた。

 

 

 海水で顔も髪もびしょ濡れだが、にこは明らかに泣いていた。

 

 

 

 

「あの時、アンタの家でそう言ってくれたら、プロの誘いなんか断ってたのに! にこはアンタといる事を選んだのに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――にこもアンタの事、好きなのに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 にこは、俺の事が好き?

 

 

 

 

「好きなの! 譜也が好きなの! 譜也が作ってくれる曲が好き! 譜也と一緒にいると楽しいのよ! にこも譜也とずっと一緒にいたいって、そう思ってたわよ!」

 

 

 

 

 

 そんな……。

 

 

 じゃあ、あの時にこが怒った理由って。

 

 

 

 

「でも、もう一緒にはいられない。だってにこは、プロのアイドルになるから」

 

 

 

 

 俺と一緒にいたいと願っていたのに、プロになるよう俺が言ったから?

 

 

 だとすれば俺は、なんて大きな間違いを犯したんだ。

 

 

 俺が……俺のにこの為だと思い込んでいた言葉が、にこと一緒にいられるチャンスを失くしてしまった。

 

 

 

 

「だからもう、アンタと一緒にいる事どころか、会う事すらできないわ。にこはアンタが勧めてくれたプロのアイドルになる」

 

 

 

 

 俺の言葉があったから、にこはプロのアイドルになる。それはにこにとっての夢であり、俺自身も望んだ事だった。

 

 

 会えない事も覚悟していた。

 

 

 だけど、その未来を想像したくなかった。

 

 

 

 ――にこと一緒にいたい。

 

 

 

 その想いは、俺の想像を遥かに超えて強固だった。

 

 

 

 

「だからもう、アンタと会う事はないと思うわ。それじゃあ――さようなら、譜也」

 

 

 

 

 俺に背を向けてにこは歩き出す。

 

 

 差し伸べていた手を伸ばしても、届かない。

 

 

 

「待って! 待ってくれ、にこ!」

 

 

 

 呼びかけても、にこは止まらない。

 

 

 追いかけようとするが、足が思うように動かない。

 

 

 もうにこに会えなくなるなんて、そんなのは御免だった。だが全ては、俺の引き起こした事態。

 

 

 

「待って、にこ! ……にこッ!」

 

 

 

 考えろ。

 

 

 考えるんだ。

 

 

 プロになったにこと一緒にいられる方法を。

 

 

 

「――ッ!!」

 

 

 

 ある。

 

 

 これなら、にこと一緒にいる事ができる。

 

 

 時間はかかるけど、不確定要素も多いけれど、これしかない。

 

 

 

「にこッ!」

 

 

 

 さっきまで動かなかった足が動いた。

 

 

 海から上がり、にこのもとへ走る。

 

 

 

「待ってくれ、にこ!」

 

 

 

 にこは立ち止まってくれない。

 

 

 にことの距離が縮まらない。

 

 

 

 

「俺も、俺もプロに! プロのソングライターになる!」

 

 

 

 

 にこの足が止まった。

 

 

 俺は全力で走り、にこに追いつく。

 

 

 

 

「だから……だから、それまで待っててくれないか?」

 

 

 

 

 にこが振り向いて、俺と目が合う。

 

 

 

 

 

 

「本当に……? 本当に、プロのソングライターになる? プロになって、またにこに曲を作ってくれる?」

 

 

「ああ、絶対にプロになる。プロになって、またにこの曲を作る。時間はかかるかもしれない。でも、それでも待っててくれないか?」

 

 

「分かったわ、待っててあげる。だから、絶対にプロになって。約束よ」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

 

 

 

 

 俺は絶対にプロのソングライターになる。

 

 

 再びにこに俺が作詞作曲した曲を歌ってもらう。

 

 

 そうすれば、今までのように一緒にいられるはずだ。

 

 

 

 

 

 

「――でも、言葉だけじゃ足りないわ」

 

 

「えっ?」

 

 

「にこが譜也を信じて待っていられるように、誓いを頂戴」

 

 

 

 

 

 

 にこが目を閉じる。

 

 

 何をするべきなのかは明白だった。

 

 

 

 

 にこに近づく。

 

 

 

 

 愛おしいその顔に、ゆっくりと接近する。

 

 

 

 

 そして俺達は。

 

 

 

 

 

 夕焼け空の下、誓いを交わした。

 

 

 

 

 

 

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