矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
Only My Sunshine #1
四年間の大学生活を終え、俺――
にこの方もプロのアイドルになってからはアイドル活動により力を入れていてる。多忙な時間を互いに過ごしていた俺たちは、会う時間も必然的に減っていき寂しさを覚えることもよくあった。
それでも今の仕事を頑張ることが俺たちの将来のためになると信じて、会えない寂しさを感じながらも切磋琢磨する日々が続いていた。
社会人として迎える仕事にも慣れてきた夏のある日。俺のもとに嬉しい誘いが舞い込んできた。
「今度の土日が休みだから、一緒にどこか旅行に行くわよ」
電話口から聞こえたにこの誘い。こみあげてくる嬉しさを電話越しに悟られぬよう抑えながら、彼女の誘いに乗ったことをよく覚えている。
それからどこに旅行に行くか、旅行先で何をしようかと考えることが多くなり、仕事が手につかない日もあった。
お互いのラインで連絡を取り合って旅行の内容を詰めていき、おおよその予定を立て。
そしてとうとう、にことの旅行当日を迎えた。
***
「ふぅー……やっと着いたわね」
駅から降りて外に出ると気持ちの良い日差しが迎えてくれた。空は雲一つない快晴で、絶好の旅行日和と言えるだろう。
「なかなか良いな。空気が綺麗な感じがする」
「そうね、東京の空気とはやっぱり違うわね。んんーっ、気持ちいい」
隣でにこがグーッと背伸びをしているが、残念ながら小さいまま。
アイドルで有名人のにこは、正体がバレないように軽い変装をしている。ステージに立つときやテレビに出るときには決まってしているツインテールの髪は下ろしていて、普通のロングヘアーとなっている。
ツバの長いオシャレなハットを深く被り、大きな黒縁の伊達メガネまでしている手の凝りようだ。この変装ならば彼女が矢澤にこであるとバレることはそうそうないだろう。
「譜也、とりあえず宿に行くわよ!」
「おお、そうだな」
旅先で一体なにが待ち受けているのか、にことどんな時間を過ごせるのか。
そんな期待に胸を膨らませながら、俺とにこの旅行は始まる。
バスに乗ってこれからの予定を話ながら移動していると、あっという間に宿の前に到着した。目の前には立派な造りをした和風の建物があり、ここが今日俺たちが宿泊する旅館となっている。
「立派な旅館ね。譜也が予約したんだっけ?」
「そうだな。ネットで色々探した結果ここが一番良さそうだったから」
「やるじゃない。さあ入りましょうか」
旅館の入口をくぐると、受付には一人の少女が立っていた。
「あっ、いらっしゃいませ!」
少女が俺たちに気づくと、元気よく声をあげて俺たちの方に近づいてくる。
この少女が従業員なのだろうか。見たところ高校生ぐらいにしか見えないんだけど。
「予約していた音坂ですけど」
「音坂様ですね。ようこそ
少女の勢いに押されるがまま俺たちは少女のあとをついていく。
にこは旅館の中を物珍しそうにきょろきょろと見渡しているが、俺は旅館よりも仲居の少女が気になって仕方がない。バイトで働いているのだろうか。
「あの……失礼ですけど、学生ですか?」
「私ですか? はい、高校二年生です」
「ちょっと譜也、彼女が横にいるのになに女子高生口説いてんのよ」
「いや、口説いてないから。ちょっと気になっただけだよ」
「そう、ならいいわ」
軽く殺意のこもったような視線を向けられて弁明するが、にこの機嫌を少し損ねてしまったようだ。あとでなんとかして機嫌を戻してもらわないと。
「ああ、そうですよね。私みたいな学生だと不安ですよね」
「いや、そんなことはないんだけど。きみはバイトか何か?」
「そんな感じですね。私、この家の子だからたまにこうしてお手伝いしてるんです」
「へえ、家の手伝いなんて偉いね」
「えへへ、ありがとうございます。あ、こちらが部屋になります」
少女は照れたような笑みを浮かべながら、立ち止まった部屋の扉を開けて俺たちを中に案内してくれる。
それを受けて部屋の中に足を踏み入れようとしたところ、足に何かが衝突したような痛みが走った。
「痛っ!? ……おいにこ、なんでいきなり蹴るんだよ!」
若干目尻に涙が浮かびながらにこに抗議すると、にこは腕を組んだまま「ふんっ」と俺から顔を逸らした。
「譜也なんか女子高生とイチャイチャしていればいいじゃない」
にこは冷たくそう吐き捨てて部屋の中にずけずけと進んで行く。
そんな様子を目にしていた少女は、困ったような顔で俺に話しかけてきた。
「あの……私なにかマズいことしちゃいました?」
「いや、きみは何も悪くないよ。むしろ悪いのは俺というか」
「そうなんですね……。あの、ちゃんと仲直りしてくださいね。私にも出来ることがあれば手伝いますから!」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、俺ひとりでなんとかするよ」
にこが機嫌を損ねた原因はわかりきっている。俺がにこに全然構わずに少女のほうばかり相手にしていたからだ。
それでもまさかこんな小さなことで機嫌が悪くなるとは思わなかったが、どうであれ彼女の機嫌を損ねてしまったのは男である俺に責任だ。
部屋の中に入っていくと、にこはいじけたように膝を抱えている。俺がにこの方に近づいていっても、にこはその場から動こうとしない。
少し恥ずかしいが、俺は膝をついてにこを後ろから軽く抱きしめるように腕を回した。
「にこ、悪かった。あまりお前に構ってやれなくて」
「……べつに、怒ってないわよ」
「いや、怒ってるだろ。悪かった」
「…………にこの方こそごめん、せっかくの旅行なのに」
「俺もお前との久しぶりの旅行で気が回ってなかった。これからはちゃんと、にこのこと大事にするから」
「……………………ばか」
なに今の可愛すぎるんだけど。あまりにも可愛すぎてにこを抱きしめていた手につい力が入ってしまった。
「ちょっ譜也……痛い、痛いって、だめっ……」
可愛い。可愛すぎる。可愛い。
「い……痛いって言ってるでしょうがーーーー!!」
気がつけば顎にゴツンと衝撃が走っていた。視界が一瞬くらくらとするが、しばらくすると徐々にピントが合っていく。
目の前には若干怒っている様子でにこが仁王立ちをしていた。
「いつまで抱きしめてんのよ! 痛いじゃない!」
「すまん……にこが可愛くてつい」
「も、もう……ほら観光行くわよ! いつまでも部屋にいるわけにはいかないでしょ!」
「お、おい引っ張るなよにこ!」
ようやくいつもの調子を取り戻したにこに腕を引っ張られていく。
部屋を出ようとして扉を開けると、すぐ目の前に先ほどの少女がいて危うくにことぶつかりそうになっっていた。
「わわっ! ……あ、仲直りできたんですね。良かったです!」
「そうね。さっきはアンタに対して失礼なことをしたわ、ごめんなさい」
「いえいえそんな、私はなにも気にしてないですから」
目の前でにこが頭を下げている様子に少女は困った様子で慌てふためいている。年上の相手から頭を下げられているという状況に、どう対処すればいいのか分からないようだ。
そんな状況がしばらく続いたあと、にこが顔を上げて少女に尋ねた。
「アンタ、名前は?」
「え、私ですか?」
「アンタ以外誰がいんのよ」
呆れたように肩を落としてそう言うと、少女は元気よく自身の名を声にする。
「――――
少女は満面の笑顔を見せて、自身の名を名乗った。
高海千歌というその少女の目はどこまでも前を見据えている。それはにこに初めて会った時と同じような目をしていて、四年前の春を少しだけ思い出し懐かしくなった。
「そう、千歌っていうのね。ねえ千歌、このあたりでオススメの観光スポットとか知ってる?」
「そうですね……淡島にあるダイビングショップで、ダイビングが体験できるのでオススメですよ!」
「ダイビング……いいわね。面白そうだしやってみたいわ! 譜也はどう?」
「ああ、俺もやってみたいかも」
俺もダイビングの経験がないので、その提案には賛成だ。にこも乗り気なようだし、海の中の景色が見れるのだったら楽しそうだ。
「じゃあ決まりね。他にはどこかある?」
「あとは……お寺ですかね。昔からある有名なお寺らしいです!」
「じゃあそこにも行ってみようかしら。ありがとう、千歌」
「いえいえ、お役に立てて良かったです」
「それじゃあ譜也、まずはダイビングに行くわよ!」
「ちょ、だから引っ張るなって」
「行ってらっしゃいませー」
にこは俺の手を引いて歩き出していく。千歌ちゃんはにこにこと笑顔で手を振りながら、旅館の入口に向かっていく俺たちを見送ろうとしていた。
「あ、ひとつ言い忘れてたわ」
急に立ち止まったにこは、そう言って後ろに千歌ちゃんに振りかえった。
「さっきの非礼のお詫びってことでもうひとつ。アンタには特別に私の名前を教えてあげるわ。他の人には内緒だからね」
得意げな笑みを浮かべたにこが、ニコニコと千歌ちゃんに向かって言い放つ。
「――――矢澤にこ! アイドルよ!」
そう言い切ってにこはくるりと振り返り、旅館の入口をくぐっていった。俺もにこの後を慌てて追いかけていく。
最後に旅館から出て行く間際に見た、千歌ちゃんの表情が印象的だった。
考えるように顔を上に向けていた千歌ちゃんの表情が、少しずつ驚愕に染まっていったのだ。
「アイドル…………矢澤にこ…………えっ」
「ええええええええええええええええ!!!!」
#1初投稿 2018/01/01
再投稿 2018/06/09
#2~4はこれが初投稿となります。