矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
俺は彼女である矢澤にこと内浦という場所に旅行でやって来ている。普段はビルが並び立つ東京を拠点にしている分、こういった自然豊かな場所は空気が綺麗なので気分が安らぐ。
現在俺たちは旅館で出会った女子高生――高海千歌から聞いたダイビングができるという場所へ向かう船に乗っている。頬を撫でる気持ちいい潮風を味わいながらにこと他愛のない会話をしていると、船はあっという間に俺たちを目的地の島まで送り届けてくれた。
船長さんにお礼を言って島に降り立ち、ダイビングショップを目指して歩みを進めて行く。
「楽しみね、ダイビング」
「そうだな。おっ、あれが店じゃないか?」
「そうね。ほら譜也、早く行くわよ!」
「ちょっ、急に走り出すなよ」
しばらく歩いてダイビングショップらしき店が見えてくると、にこは一目散に走って行った。よほどダイビングを楽しみにしているのか。俺もにこを追いかけて走り出す。
走り出したにこを追いかけていくと、にこは店から少し離れた場所で立ち止まっていた。ようやく追いつきにこの隣に立つと、にこはある一点を興味深そうに見つめている。
店の前にある広々としたスペースに二人の少女がいた。青髪のポニーテールをした少女と、金髪の外国人っぽい見た目の少女。
二人の少女は声でリズムを取りながら踊っている。
俺はその光景を見て懐かしい気分になった。大学一年生のとき、にこが大学構内でダンスの練習をしていたあのときの光景を思い出したのだ。
「あの二人、スクールアイドルかしら?」
「多分そうなんじゃないか?」
「やっぱりそうよね。でもあの二人、どこか見覚えがあるのよねぇ」
「彼女たちがスクールアイドルなら、映像で見たことがあるとか?」
「たぶんそうね」
短く言葉を交わしたにこは、二人の少女に熱のこもった視線を向けていた。プロのアイドルとして何か感じるものがあるのかもしれない。それが何なのかは分からないけれど、にこはとにかく二人に視線を向け続けていた。
やがて二人の少女が最後のポーズをとって動きを止めた。息を切らしながらも満足気な良い表情をしている二人を見て、俺は自然と二人に拍手を送っていた。
すると二人が一斉に俺たちのほうに顔を向けた。その顔が少し驚いたような表情をしているのを見て、俺は自分が拍手していることに気づいてすぐに手を止める。
すると今度はにこが、その二人に向かって歩き始めていった。
「こんにちは。アンタたち、スクールアイドル?」
「ええ、そうですけど」
青髪の少女が首を傾げながらにこの質問に答えた。二人とも突然話しかけられたことに困惑しているような表情をしている。
プロのアイドルであり、スクールアイドルで伝説的なグループであるμ'sの元メンバーである矢澤にこに話しかけられていると知れば、二人の反応も違ったのかもしれない。しかしにこは今、俺と旅行中なので正体がバレないように変装している。旅館の千歌ちゃんにはお詫びとして正体を明かしたけれど。
そんなふうに思っていると、にこは二人に向かってとんでもない発言をしていた。
「ふぅん……それにしては動きがぎこちなかったわね」
「ちょっ、に……お前なに言ってんだよ」
「譜也は黙ってて」
「…………はい」
いきなり厳しい言葉を二人に浴びせたにこ。さすがに可哀想だと思って止めに入ったが、語気の強さに気圧されてしまった。
しかしにこの言ったように、二人の動きに少しぎこちなさを感じたのは俺も同じだった。大学生のときに見ていたにこのダンスと比べてたらそう感じてしまう。でも俺の場合は他のアイドルのことをあまり知らなくて、にこが基準になってしまっているからそう感じただけなのかもしれない。
だけどにこは二人にハッキリと言った。プロのにこが言うんだから、きっと間違ってはいないのだろう。
そんなにこの言葉を受けて、今度は金髪の少女が話し始める。
「私たち三年生なんだけど、一年間スクールアイドルを辞めていて、ブランクがあるんです」
「だからブランクを取り戻そうと練習してるんです。でも、言われた通りまだまだ……」
「そうだったのね……キツイこと言って悪かったわ。でもまあ、ちゃんと分かってるなら心配ないわね」
そう言ってにこは言葉を続ける。真剣な表情で二人に語りかけるその姿を、俺は隣で見守っていることにした。
「所々に良い動きもあったわ。あとは勘を取り戻すためにひたすら練習すれば、自然と良くなっていくわよ。頑張りなさい、応援してるわ」
にこはしれっと真顔で二人を激励する。二人は驚いたように目を丸くさせて顔を見合わせていた。
彼女たちからしてみれば、ついさっきまで厳しい言葉を投げかけていたのに急に応援していると言われれば、驚いても仕方のないことだろう。
「じゃあ私は行かせてもらうわ。譜也、行くわよ」
「おう。二人とも、頑張ってな」
俺も二人に言葉をかけて、俺はにこのあとを追いかけていく。
「「ありがとうございました!」」
声がして振り返ると、二人は頭を下げていた。彼女たちを見ていると、近い将来ステージで輝く未来が待っているような気がする。きっと素敵なスクールアイドルになるだろう。
そんな予感を抱きながら、俺はにことダイビングショップに向かっていった。
***
「ダイビング、楽しかったわね」
「あぁ、海の中が透き通っていて景色が綺麗だった」
「そうね、またやってみようかしら」
「いいんじゃないか」
目的のダイビングを終えて、俺たちは山道を歩いていた。今は宿屋の千歌ちゃんに教えてもらったもうひとつの場所、お寺に向かっているところだ。
「それにしても、結構登るわね……」
「汗もかいてきたし……宿に帰ったら温泉入りてえ」
「賛成。ほんと、この階段どれだけ長いのよ」
「もうすぐ着くだろ……たぶん」
確証はなかったけれど、しばらく歩くと階段は終わりを迎え、開けた場所にたどり着いた。奥には寺が見えて、ようやくひと息つけそうだ。
「あれ? 誰かいるわね。お寺の人かしら」
「本当だ、ちょっと声かけてみるか」
にこに言われて目を向けると寺の前にひとりの女性がいた。声をかけてみようと思い、にこと二人でその女性の方へと近づいていく。
「あのー、すいません」
「きゃっ! な、なによアンタたち! さてはこの堕天使ヨハネを狙う魔の刺客ねっ!」
声をかけると、女性は驚いた声をあげて一歩後退して身構える素振りをみせた。
それにしても彼女の言動、俺には分かる。あれは思春期特有の病気――中二病だ。そして彼女の言葉は的確に俺の心を抉っていく。
「なに意味不明なこと言ってんのよ。私たちはこのお寺を見にきたの、アンタこのお寺の人?」
「否。そして寺のずら丸は、この堕天使ヨハネの力を怖れて姿を隠している」
「お寺の人じゃないのね……って譜也どうしたの? 耳を塞いでうずくまってるけど」
「頼む、何も聞かないでくれ……」
「そう、わかったわ」
確実に古傷を抉ってくる彼女の言葉。もはや抗う術は見当たらず、俺はその場で耳を塞ぐしかなかった。
そうしていると、寺の方から微かに足音が聞こえてきた。足音はゆっくりとこちらに近づいていて、そして聞こえなくなった。
「善子ちゃん、来ていたなら読んでほしいずら」
「ずら丸!? ……って、善子じゃなくてヨハネ!」
現れたのは落ち着いた雰囲気をした、茶髪の女の子だった。
「善子ちゃん、その人たちは?」
「あぁ、お寺を見にきたみたいよ」
「そうだったずら。ごめんなさい、善子ちゃんがご迷惑をおかけしました。何もないお寺ですけど、ゆっくり見ていってください」
彼女はペコリとお辞儀をした。会話を聞く限り彼女はヨハネの知り合いで、そして常識人なのだろう。
「さあ善子ちゃん、今からランニングに行くずら! ラブライブに向けてマルたちに足りないのは体力! ランニングずら!」
「やだやだ、走りたくない! そうだずら丸、ランニングやめてゲームしましょ!」
「ランニングずら」
「うぅ……ずら丸の鬼ィ!」
二人のそんなやり取りを俺とにこは傍観していた。どうやらヨハネはずら丸さんに頭が上がらないらしい。仲が良さそうで見ていて微笑ましい。
すると、にこが彼女たち二人に話しかけた。
「もしかしてアンタたち、スクールアイドル?」
「ずら? はい、マルと善子ちゃんはスクールアイドルです」
「堕天使ヨハネよ!」
「善子ちゃんは黙っててほしいずら」
「……はい」
ずら丸の厳しい一言にヨハネは意気消沈する。まるで俺とにこみたいだ。
「そうなのね。アンタたち、気に入ったわ。特に堕天使ヨハネ!」
「ふぇ?」
にこにビシッと指をさされながら呼ばれて、ヨハネは気の抜けた表情になった。おそらく、あれが普段の彼女の顔なのだろう。
「アイドルにとって一番重要なのはキャラ作り。アンタはそれをよく分かっているわね!」
「違う……ヨハネはキャラじゃなくて本当にヨハネよ!」
「分かるわ。アイドルたるもの、ファンの前ではキャラを崩してはならない。ますます気に入ったわ!」
「うぅっ……ヨハネはヨハネなのに……」
にこは上機嫌に熱く語る。ヨハネは落ち込んで膝を抱え、小さくそう呟いた。
にこ自身、キャラ作りを大切にしてきたアイドルだ。普段のにことアイドルのスイッチが入ったにことでは、別人のように思えるほどに。
だからにこは、ヨハネの振る舞いをキャラ作りと思ったのだろう。
「ちょっと、に……おい」
「なによ譜也。アンタもそう思うでしょ?」
「いや。ヨハネのあれはキャラ作りじゃなくて、一種の病気みたいなものなんだ」
「病気? そんな病気があるの?」
「まぁ……あるにはある」
そこでまた中学生の頃を思い出してしまい、俺は強く言えなかった。ヨハネの気持ちが俺には痛いほど分かる。
「ふぅん、まぁいいわ。ヨハネ」
「……はい」
納得したのかどうかは分からないけれど、にこは再びヨハネに話しかけた。ヨハネは先ほどのにこの言葉に参っているのか、弱々しい声で返事をした。
「アイドルだったら、そのキャラを貫きなさい。誰かにバカにされたり否定されることがあるかもしれないけど、アンタのその姿は魅力的よ。ヨハネが好きなファンだっているはず。私もその一人ね。だから負けそうになっても、自分を信じて貫き通しなさい。いいわね?」
にこのその言葉は、まるでにこ自身がそういった経験をしてきたかのような言葉だった。俺と出会う前のスクールアイドル時代に、大学時代も俺の知らないところで、にこは否定の言葉をかけられてきたのかもしれない。
それでもにこは自分を貫いてきた。アイドルにかける情熱と、アイドル矢澤にこを好きだと言ってくれるファンのために。そして自分のために。
「ふっ……つまり其方は堕天使ヨハネに仕える眷属というわけだな」
「眷属?」
「善子ちゃんのファンのことずら」
疑問に思ったにこに横からずら丸が説明してくれた。
「なるほど。そうね、私はアンタの眷属よ」
「よかろう。ならば堕天使ヨハネの活躍、しかと見届けるがよい。ヨハネの力で偶像共が集う絢爛の舞台を漆黒の闇に染め上げてみせよう」
「楽しみにしてるわ」
にこが右手を差し出し、ヨハネは得意気な顔でにことガッチリ握手を交わした。
「ヨハネ。アンタのスクールアイドルのグループ名を教えてくれる?」
「水の名を冠する女神――
「Aqoursね、覚えておくわ」
にこも満足気な顔を浮かべて、二人は握手している手を自然と離した。
Aqoursというスクールアイドルは初めて聞く名前だ。せっかくだから、俺もこれから注目して見ておこう。
「じゃあ善子ちゃん、ランニング行くずら」
「よかろうずら丸。舞台を闇に染める力を蓄えに行くぞ」
そうしてヨハネとずら丸はその場から去って行った。
その背中を見送りながら、俺はにこに話しかけた。
「あの二人、いいスクールアイドルになりそうだな」
「当然よ。にこの目に狂いはないわ」
「それは頼もしいな」
にこが言うと説得力がある。プロのお墨付きだから、ヨハネとずら丸はスクールアイドルとして良いコンビになるだろう。
「じゃあ譜也、お寺見て回るわよ」
「おう」
ヨハネとずら丸、そしてダイビングショップの前で出会った二人のスクールアイドルの活躍を願いながら、俺はにこと寺を見て回るのだった。