矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第8話

 

 

 アイドルショップを後にした俺達は、特に行き先を決めるわけでもなくただ秋葉原の街をぶらぶらと散策していた。

 

 

 歩いていてひしひしと感じるのが、通行人から向けられる嫉妬の篭った視線。

 アイドルショップに向かう途中でも俺に突き刺さるようにして向けられていたそれは、横を歩く二人――東條希と絢瀬絵里がかつてのスクールアイドル、μ’sの一員だった事が原因であることは明白だ。

 

 

 元人気スクールアイドルの二人に挟まれて歩いているあの男は一体誰なんだと。ある種そんな懐疑的な視線。

 

 

 気にしているのはどうやら俺だけのようで、東條と絢瀬はさっきから自分達に向けられる目を気にせずどこ吹く風といった様子で歩いている。

 

 

 人気者が故にそういった視線に慣れてしまったのか、単に鈍感なだけなのか。

 

 

 そんな事、俺の知るよしもないのだが。

 

 

「少し歩き疲れてきたわね。どこか店に入って休憩しない?」

 

 

 右側を歩く絢瀬がため息混じりに言った。

 

 

「確かに店を出てからずっと歩いているし、いいかもな」

「そうやね、ウチも賛成!」

 

 

 俺と東條もそれに賛同する。確かにずっと歩きっぱなしだったから、休憩するのには丁度いい頃合いなのかもしれない。

 

 

「そうだ、ことりがいる店に行かない?」

「ことり? それいいな、賛成」

 

 

 小鳥の囀りを聞きながら優雅に寛ぐことができる店かな? 想像すると雰囲気がよさそうな店だ。小鳥カフェ的な。

 

 

「音坂君はことりちゃん知ってるん?」

「ああ、好きだよ」

 

 

 スズメとかウグイスとか、小さくて愛くるしい姿がとても可愛い。ペットで飼うなら犬や猫より断然小鳥だ。

 しかし東條は小鳥のことをちゃん付けで呼ぶのか、少し変わってるな。

 

 

「へぇー……そうなんやね」

 

 

 東條が少し冷ややかな目で俺を見つめる。あれ、小鳥が好きってそんなに変な事なのだろうか……。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませご主人様、お嬢様!」

 

 

 東條と絢瀬に連れてこられた先は、何故だかメイドカフェだった。

 

 え、ここに小鳥いんの?

 どう見てもいなさそうなんだけど。

 

 

「ミナリンスキーさんはいるかしら?」

 

 

 出迎えてくれたメイドさんに、絢瀬は慣れたようにそう口にする。

 メイドさんは少々お待ちくださいと言って離れていった。

 

 

 しばらくすると、さっきの人とは違うメイドさんが俺達の元へやって来た。

 

 

「――絵里ちゃん、希ちゃん!」

 

 

 そのメイドは東條と絢瀬の姿を見るやいなや、トテトテと小走りでやって来て2人に抱きついた。呼び方から察すると、3人は知り合いなんだろう。

 

 

 グレーが強めの長い髪。白と黒のコントラストが美しいメイド服越しでもハッキリと分かるスタイルの良さ。

 そして何より特徴的なのは、脳をトロけさせるような甘い声。

 

 

 東條と絢瀬の名前を呼ぶ声を聞いただけで耳がふやけそうになる。

 

 

「久しぶりやね、ことりちゃん」

 

 

 え、ことり?

 

 

「そうね。ことりと会うのは卒業式以来かしら」

「絵里ちゃん、希ちゃん、会いたかったよ〜」

「もう、ことりったら。少し会わない間にすっかり甘えん坊になって」

 

 

 もしかして、メイドさんの名前が『ことり』と言うのだろうか。

 

 

 それにしてもこの『ことり』と呼ばれるメイドさん。彼女に対しても東條と絢瀬を見た時に覚えた既視感と似たようなものを感じる。

 

 

 きっと彼女も、μ’sの元メンバーなのだろう。そういえばさっきのアイドルショップで手に取っていた写真に写っていたような気がする。

 

 

「絵里ちゃん、希ちゃん。そっちの男の人は……もしかして絵里ちゃんか希ちゃんの彼氏さん!?」

 

 

 ことりと呼ばれる少女はハッと驚いた顔をして言う。

 

 

「違うでことりちゃん。彼は音坂君って言うて、ウチが事故に遭いそうなところを助けてくれた優しい人なんよ。それで音坂君、ことりちゃんはウチらと同じμ’sの元メンバーなんや」

「そうなんだ〜。彼氏だったらことり、ビックリだったよ。あ、音坂さん初めまして、南ことりって言います」

「どうも……音坂譜也です」

 

 

 メイドカフェの入口付近でお互いに自己紹介、こんな体験は人生で初めてだ。そもそもメイドカフェに来ること自体が初めてなんだけど。

 

 そしてやはりメイドさんはμ’sの元メンバーで、名前はことりだった。まあ名前で呼ぶのは恥ずかしいから南って呼ぶんだけど。

 

 

「音坂君は、ことりちゃんの事が好きなんやで」

「ちょっ、それ違っ!?」

 

 

 まさかさっきまで小鳥のいるカフェに行くと勘違いしていた事がここに来て裏目に出るとは……!

 しかし東條。もし仮に俺が勘違いしていないとして、好きだと言った事を本人に直接言うのはどうなの!?

 

 

「そうなんだ〜。ありがとうございますっ」

 

 

 ニッコリと笑顔で対応する南。俺知ってる、これ営業スマイルってやつだ。にこがよくやっている。

 

 

「違うんだって、話を聞いてくれ!」

 

 

 俺は3人に今まで勘違いしていた事を話す。

 

 すると――

 

 

「音坂君、それはいくらなんでも……」

「ひどすぎるんとちゃう?」

「鳥さんと間違えられていたなんて……ことりショックです」

「だから名前だと思わなかったんだって! μ’sの事もまだ全然知らないし!」

「そうなの?」

 

 

 μ’sを知らないという言葉に、南が反応する。

 

 

「ああ。東條と絢瀬も最初はμ’sの元メンバーだって分からなかったんだ」

「そっか〜。なら仕方ないのかな」

「そう思ってくれると助かる」

 

 

 この件はこのまま水に流してくれると非常にありがたい。

 

 

「うん。それじゃあ席に案内するね」

 

 

 ニッコリと微笑んで南は仕事モードに切り替える。

 

 

 店内の空いている座席へと案内される。休日の昼間とあって店内は八割方埋まっていて中々繁盛しているようだ。

 

 

 絢瀬と希が隣同士に座り、俺はどちらの前に座ろうか一瞬迷った末、東條の正面のイスに腰を下ろした。

 

 

 それぞれドリンクを注文して、南がそれを受け取る。

 

 

 他愛ない会話をしながらしばらく待っていると、注文したものが運ばれてきた。

 

 

「お待たせしました。こちらご注文の品になります」

 

 

 テーブルに置かれるグラス。それと一緒に頼んだ覚えのない食べ物まで置かれた。

 

 

「ことりちゃん、これ頼んでないよ?」

「それはことりからのサービス。2人に久しぶりに会えて嬉しかったし、音坂さんは希ちゃんを助けてくれたから」

「こんなサービスして大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。だってことりはミナリンスキーだから」

「それもそうね」

「ことりちゃん、ありがとうね」

「うん。じゃあことりはお仕事に戻るから」

「頑張ってね、ことり」

 

 

 そうして南は仕事に戻っていった。3人の会話には俺の入る余地がなく、μ’sというグループはメンバーの仲が相当良かったと推測できる。

 

 

 さっきいたアイドルショップでも東條と絢瀬はにこのことを心配していたし。

 

 

「μ’sの事、もっと知りたくなってきたな」

 

 

 無意識にそんな言葉が口から出てしまった。

 

 

 それを目の前に座る東條と絢瀬が聞き逃すはずがなく。

 

 

「ハラショー! いいわ、μ’sの事は私達が教えてあげる」

「そうやね。音坂君、何でもウチらに聞いてくれていいよ?」

 

 

 親切にそう言う2人。本当に、ただ無意識にそう言っただけなんて、2人の良心を前に言えるはずもなかった。

 

 

 どうしよう……正直何を聞いたらいいのか分からない。

 

 あ、そうだ。

 

 

「南って、μ’sでどんな感じだったんだ?」

 

 

 ついさっきまで接客してくれた南の存在を思い出し、彼女について聞いてみる。

 

 

「やっぱりことりの事が気になるのね」

「だから違うって! さっきまでそこにいたから聞いただけで他意はない!」

「ふふっ、冗談よ。少し希みたいにからかってみたかったの」

 

 

 上品な笑みを浮かべながら絢瀬は楽しそうにそう言う。

 希みたいにっていう事は、さっきのアレはからかわれていたって事だったのか!?

 

 

「どんな感じって言われてもなぁ……ことりちゃんはいつもあんな感じやったで」

「そうね。あと、ことりはμ’sの衣装を作ってくれたわね。夢はファッションデザイナーになる事だそうよ」

「衣装だって!?」

 

 

 その単語を耳にして、俺は思わず大きな声を上げてしまう。

 

 

 アイドルがステージに立つ上で欠かす事が出来ない衣装。曲が変わる毎に衣装も変えるのがもはや当たり前となっている。

 俺がにこに曲を作った場合、当然の事ながら衣装も新調しなくてはならない。

 

 

 入学式で見せたにこのライブ。歌ったのはμ’sの曲で、衣装も動画で見たものと同じだったはず。

 

 

 今のにこに、大学内で衣装を頼める当てがあるのだろうか。キャンパスアイドルとして人気を博しているにこだが、今まで関わってきた感じ大学内での友人は少ないと思う。

 

 

「……にこの衣装、南に頼めないかな?」

 

 

 もしかしたら既に衣装の当てはあるのかもしれない。余計な世話かもしれないが、それでも無かった場合の事を考えると南に頼んでおいた方がいいだろう。

 

 

「にこっちの衣装?」

「新しく曲を作るなら、それに合わせて衣装も合わせた方がいいと思うんだ」

「そうね。アイドルにとって衣装は重要だもの。きっとことりなら快く引き受けてくれると思うわ」

「そうやね。おーい、ことりちゃーん」

 

 

 東條が呼ぶと、南はそれに気付いてこちらにやって来た。

 

 

「どうしたの希ちゃん?」

「あ、ウチじゃなくて音坂君がことりちゃんに頼みたい事があるみたいなんよ」

「音坂さんが? 何ですか?」

 

 

 南は初対面の俺に対し嫌な顔一つせずに話を聞こうとする。少々恥ずかしいところはあるが、俺は思い切って話を切り出す。

 

 

「実は……南に衣装を作って欲しいんだ」

「…………音坂さんのですか?」

 

 

 的はずれな言葉が返ってきて俺は思わず呆れ返る。しかし、よくよく自分の言葉を思い返してみると、目的語が抜けていた事に気付く。

 

 

「俺の衣装な訳ないだろ……。俺じゃなくてにこ、矢澤にこの衣装を作って欲しいんだ」

 

 

 改めてそう説明する。南は俺の言葉を咀嚼するようにじっくりと考え込む。

 

 

「いいですけど。どうして音坂さんがにこちゃんの衣装を頼むんですか?」

 

 

 当然の疑問。そういえば南にはまだ言ってなかったっけ。

 

 

「にことは同じ大学なんだ。成り行きで俺がアイツの曲を作る事になったから、それで衣装が必要だと思って」

 

 

 新しい曲には新しい衣装が必要になる。スクールアイドルとして活躍し、その衣装を作っていた南なら分かってくれると思うのだけど……。

 

 

「分かりました。にこちゃんの衣装、ことりが作らせてもらいますね」

「ありがとう。曲が出来たら南にも聴いてほしいから、連絡先を教えてくれるか?」

「いいですよー」

 

 

 お互いにスマホを取り出して、連絡先を教え合う。

 

 

「よし、登録完了。よろしくな」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 

 連絡先を交換し終えたところで、南は再び仕事に戻っていった。

 

 これから彼女とは多く関わっていきそうだ。

 

 

「なあ音坂君」

 

 

 東條が俺を呼んだ。

 

 

「ウチらとも連絡先交換しない?」

「ああ、いいぞ」

 

 

 東條と絢瀬とも連絡先を交換する。

 

 

 初めて訪れた秋葉原。そのメイドカフェにて、にこの知り合いと連絡先の大交換会が行われていた。

 

 

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