矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
秋葉原を巡ってからおよそ一月もの歳月が流れた。早いもので4月が終わり、暦の上では5月に突入。
桃色の桜はすっかりその色を変えていて、季節の変化を否応無く実感する。
あれからにこに、南が衣装を作ってくれることを伝えると、どうして南を知っているのかと小一時間ほど問い詰めらた。
秋葉原に行った日の出来事を説明すると、にこはそれで納得したのかそれ以上の事は追及してこなかった。
肝心の衣装だが、どうやらにこも失念していたようで、南に作ってもらう事で結論が出た。
それが終わると、俺は曲作りに専念した。
大学とアパートをただ往復するだけの毎日。大学ではしっかり講義を受け、家に帰ると寝る間も惜しんで曲を作った。
ゴールデンなウィークもあっという間に過ぎ去ってしまった。その時は大学が休みだったので、おかげでずっと家に篭って曲を作る羽目になってしまった。
その甲斐あってか、遂に、とうとう、満を持して――
「出来たぁぁぁぁ!!」
曲が完成した。
時刻は夜の10時を少し過ぎたところ。完成した事をにこに報告しようと、スマホを操作していて気が付く。
にこの連絡先を知らない。
今まで俺からも彼女の方からも、連絡先を交換しようなんて話を持ち出した事が無かった。
明日、大学で会うのだから、そこで直接伝えればいいだろう。
そう結論付けて体の力を抜くと、途端に疲労感が押し寄せてきた。
ずっと座りっぱなしで凝り固まった体を、両手を広げて大きく伸びをすることでリラックスさせる。
そういえば、俺の誕生日もいつの間にか過ぎ去り、十代が終わって
20歳というと、大人になる1つの目安である。選挙権が与えられる事は勿論、お酒を飲めるし、煙草だって吸うことが出来る。
俺は冷蔵庫の中から缶ビールを1本持ってくる。自分の誕生日にコンビニで買ってきたものだ。
缶を開けてコップに注ぎ、一気にそれを飲んでいく。疲労の溜まった体に染み渡っていくような感覚に、自然と飲むペースが早くなる。
そうして飲んでいくと、缶が空になった。
若干体が熱くなり、頭がボーッとする。
やべえ、酔った。
少し夜風に当たろうと思い、ベランダに出る。
ひんやりと心地の良い風が吹き付ける。夜空を見上げるとキラキラと星が煌いていた。
ポケットから煙草を1本取り出す。これも20歳になった日に、酒と一緒にコンビニで買ってきたものだ。
フィルターを親指と人差し指で挟みギュッと力を入れて、そこにあるカプセルのようなものを潰す。
煙草を咥え、ライターで先端に火を点ける。
スッと息を吸い込むと、煙草の味とメンソールの香りが火照った体を落ち着かせる。
肺に溜めた煙をフッと息を吐き出して外に出す。なんとなく、吐き出した紫煙を視線で追った。
それは外の空気と混ざっていき、少しずつ見えなくなっていった。
* * *
翌日。この日の最後の講義の時間。後ろの方の席に座って、俺は教授が黒板に書いていく文字をノートに書き写していく。
最前列の座席にはにこの姿が見える。アイドル特待生としてキャンパスアイドルをやっている彼女だが、真剣に講義を受けている。
そんな彼女の姿を見ていると、俺も真面目に講義を受けなくてはと刺激を受ける。
アイドルとして不真面目なところを見せない為に、そうしているのかどうかは分からないが。
それでも何事にも真剣に取り組むその姿勢には好感が持てる。
にこのそういう姿を見て、応援しようと思ってくれる人は少なからずいるはずだ。
講義が終わる。
ぞろぞろと人が出て行く中、にこはしばらく席から離れずにいた。
人があらかた出て行った頃合いを見計らって、俺はにこの所へと行く。
「よう、お疲れさん」
後ろから声をかける。にこはクルッと振り向いて俺の姿を目にした。
「なんだ、譜也か。お疲れ」
社交辞令のようなやり取り。実際のところ俺とにこはビジネスパートナーのような関係だから、そんなやり取りにも違和感がない。
にこはμ’sの曲とは違う新しいものを欲し、俺がにこの為に曲を作る。
一見、にこだけが得をしているように見えるが、俺は曲を作る事自体が好きだし、アイドルソングは今まで作った事のないジャンルだったので勉強にもなった。
「そうだ。曲、出来たぞ」
昨日完成したばかりの出来立てホヤホヤ。衣装を作ってくれる南にも報告しなくてはいけないけど、まず知らせるべき相手はにこだ。
「本当っ!? 早く聴かせなさいよ!」
それを聞いたにこはググッと俺に迫って、服を掴んできた。心なしか目が血走っているような気がする。
「お、落ち着け。まずは俺から離れろ。ちゃんと聴かせてやるから」
言われてにこは俺の服を掴んでいる事に気が付いたようで、パッと手を離して飛びのいた。にこの少し顔が赤くなっている、自分の行動を恥じているのだろうか。
鞄からデータを入れておいた音楽プレーヤーを取り出そうと、ゴソゴソと鞄の中を漁る。
しかし、いくら手探りで漁ってもそれらしきものが見つからない。
「ちょっと、早くしなさいよ!」
「だから待てって」
よっぽど早く聴きたいのか、にこはウズウズしながら俺を急かしてくる。
鞄の中を覗き込み、音楽プレーヤーを探す。
「あれ? ない……」
おかしいな。いくら探しても音楽プレーヤーが見つからない。
「ねぇまだー?」
あ、そうだ。今日の朝は音楽を聴かずに来たんだった。つまり、音楽プレーヤーは家に帰って置いたままという事。
「すまん。家に忘れたみたいだ」
「はぁ!? なんで忘れてこれるのよ!」
「いやぁ、申し訳ない」
「まったく、しっかりしてよね」
そうは言うが忘れたものは仕方ない。少しでも早く聴きたい気持ちは分かるから、明日忘れずに持って来るとしよう。
「ねえ譜也。家に行けば聴けるのよね?」
「そうだな……ってお前まさか!」
にこはニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。これは……嫌な予感しかしない。というか、にこが何を考えているのか大方の予想はつく。
「譜也! アンタの家に行くから、さっさと曲を聴かせなさい!!」
……やっぱりそうなるか。
今は部屋が散らかっているから正直言って来てほしくない。
中学生みたいな体型をしているとはいえ、にこも分類上は女子大生だ。
散らかってる家に女性を上げるのは躊躇うところがある。
「ほら行くわよ、さっさと案内しなさい!」
どうやら俺に拒否権は無いようだ。
にこは俺の服を掴んで家に案内するよう急かす。今の彼女は、早く曲を聴きたいという気持ちが強いのだろう。
「はぁ。分かったから服を引っ張るな」
ため息を一つ吐く。
俺は大人しくにこを家に案内するのだった。