プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
気がついたら暗闇の中を歩いていた。
何の光も、それこそ星すらも見えない世界を俺は特に気にする事無く歩いていた。
何も無いというのに特に気にせずに歩いていると何か唐突に暗闇から声が響いた。
「では一つ、例を出そう」
出所も誰なのかも分からない声を何故か俺は特に気にする事無く聞いていると急速に空間に形が与えられた。
それは列車の中であった。
何やら俺はアルビオン王国の人間とは思えない………ちょんまげとか服装を見ると日本人と思われる相手に刀を突き付けられていた。
なんだなんだ、という疑問は一切湧かなかった。
───────何故ならその光景の中心に、酷く見慣れて、見守りたい少女が殺されていたからだ。
「もしも、あの時、プリンセスが殺されていたならば、どうする?」
周りに人間はいるが、それらの口は一切動いていないのに、声が耳朶に響く。
姫様が殺された。
殺されてしまった。
では、その時、アドルフ・アンダーソンがする事は…………する事なんて
「正解だ」
その讃えるような無感情な言葉で再び周りを認識すると、そこには地獄が生まれていた。
誰も彼もが死んでいる。
日本人も、アルビオン王国の兵士の服を着ている者も死んでいる。
唐突な修羅場を見せられながら、ふと何となく手を見て見ると、自分の手は真っ赤に染まっていた。
黒の皮手袋だったはずなのに、とても真っ赤な皮手袋に変貌していて、それでようやく自分が皆殺しにしたのか、と気付いた。
「そうだ。アドルフ・アンダーソンからしたらそれが正解だ─────では、
声が次を要求する。
次
次とは何だ?
もうこの場に動ける人間もいなければ、加害者と思わしき者は全員死んでいる。
壁際にはどこかで見た事があるような黒髪の少年が心底恨めしそうな死に顔でこちらを見ているが、その程度だ。
これ以上、何をしろというのだ。
そう思うが、また声が響く─────嘘はよくない、と。
まるで脳に刷り込むような声が、まだするべき事はある、と告げる。
するべき事
姫様を失ったアドルフ・アンダーソンがこれ以上、何をしなければいけないというのだ。
あるとすれば自殺くらいしかやる事など─────
「いや、するべき事では適当ではない。正しい言葉なら─────まだ
したい事、と声は言葉を言いかえた。
その程度で何が変わったというのだ、と思いながら、周りの死体を呆然と見ていたが、何か急に音が聞こえたのでそちらを見るとそこには空の列車があった。
意味も分からない並走だが、何故か俺はそこでようやく声の言いたい事が分かった。
ああ、そうだ……………実行犯は確かに殺したが、これを示唆し、補助した存在が残っている、と
瞬間
「正解だ」
言葉と同時に既に何もかもがまた終わっていた。
何やらどこかの邸宅と思わしき家の、執務室の中で細やかな殺人が終了していた。
そこには老境に踏み入れつつある男性が、首を変な方向にまで折られ、無様な死体となっていた。
今度は別に鮮血が溢れたりはしていなかったが、自分の手が普通に男の首を掴んでいたのだからまぁ、つまり自分が殺した扱いなのだろう。
特に思う事は無いけど、随分とご都合種ではあるな、と思う。
現実ならばこの光景を達成する事は不可能だろう。
恐らく途中で討ち死にが関の山だろうに、と自嘲し
「
という言葉に流石に首を傾げた。
ここから先は無いはずだ。
もう既にこれ以上やるべき事など無い。
あるとすればやはり自殺だ。
なのに、声はそんな自殺をするべきだ、というような感じではない。
終わりを始めろ、という感じではなく終わりの続きを始めろと言わんばかりだ。
だけど、俺にはここから先は無い。
「
何も言わず、思ってもいないのに世界が無理矢理切り替わり──────予想外の地獄が生まれていた。
途轍もなく豪奢なホールで、その豪奢さに負けない服装を着た人間達が折り重なるように死んでいた。
王宮だ、と思った瞬間に見たのは当然、この場所の中心である王座。
するとそこには老齢の女性が心臓の辺りを凹ませ、口から血を吐いて、椅子にもたれかけて死んでいた。
現アルビオン王国の女王であった。
当然、死んでしまった少女の生みの親では無いが、一応肉親の立場である人だ。
思わず手を見るが、今度は手に血がついていない─────が、代わりに服装や顔に血が付いている事を確認してしまった。
────────
ショック─────では無かった。
今の俺には理解出来ないが、守りたい少女が死んだ後の自分が理屈や常識なんかを守るような人間になっているとはとてもじゃないが思えない、と思うからだ。
本当にここまでやるかは流石に定かでは無いが、絶対にやらない、と断言出来る程、自分を信じてはいなかった。
そうして全てが再び暗闇に帰った。
もう声もしなくなった。
何の光も無く、何の形も無い。
その事に、少しだけ沈黙を作り────でも再び歩き出した。
そんなの知っている。
自分が一皮むければただの殺人鬼になるくらいは。
自分がまともな人間だなんて一度も思った事が無ければ、自分が正しいとも思っていない。
どうしようもなくおかしく、どうしようもない生き方をしているのだと自覚している。
……………いや、それも違う。
一皮むければ、なんていうのは流石に言い訳が過ぎた。
例え殺人鬼では無くても、殺人者である以上、光何てモノは求めるのは余りにも贅沢だろうし、実にしょうがない。
何時死んでもそれは当然の報いだ。
だから、俺はこの暗闇でいい。
暗闇でいる間は俺は光の影でいられている、という事なのだから。
だから、俺はこうして虚無でいる事にどうしようもなく安心感を抱いて
─────だーーめ
え? と思わず、声が聞こえた場所に振り返ると─────そこには制服を着た姫様が笑顔で思いっきり右腕を構えており、つまり平手二秒前の構えという事で
結果として途轍もなく切れのある平手が思いっきり顔面を殴打した。
「Oh my Princess!?」
かっ! と両眼を開いて起き上がろうとし、即座に激痛が走り、あが!? とベッドに帰還した。
特に左半身から満遍なく痛みが発していて、かなりキツイのだが、食いしばって耐えていると
「………………貴方、一体どんな夢を見ていたの…………?」
と、聴き慣れた声がして直ぐにそちらを向くと姫様が少し呆れた顔でこちらを見ていた。
「……………姫様?」
「ええ、そうよ」
思わず呆然とした声を出したが、姫様はとりあえずほっとしたという笑顔を浮かべて肯定していた。
最初に思うのはまず何故姫様が俺のベッドの横に座っているのだ、という疑問だが、次のタイミングでようやくここまでの経緯を思い出して、一つ溜息。
とりあえず
「姫様はお怪我は有りませんか?」
と一番重要な事を聞く。
見た感じ、姫様の体には何の傷も見当たらないが、この御方は我慢強い所があるので余りそういった分かり易い目印だけでは当てにならない。
本当ならばベアトリス様に診て貰って本当に怪我をしていないかを確認して貰いたいのだが、いないのならばしょうがない。
そう思っていると
「……………」
姫様は何故か少し、むすっとした顔を作る。
流石に疑問を声には出さなかったが、何故今のタイミングでそんな怒った顔になるのかが分からず首を傾げていると、とりあえず、といった形で
「…………貴方やアンジェ、ちせさん、ドロシーさんのお陰で私もベアトも無傷よ。ドロシーさんは貴方と一緒で傷を負って入院しているけどアンジェやちせさんは無事。貴方の方も左手と左足が一番深いけど、暫くすれば治るレベルではあったらしいわ」
「そうですか………」
心底ほっとする─────アンジェ様やベアトリス様、姫様が無事でいて。
ちせやドロシーは別にどうでもいい。
敵か味方か完全に区別が付いていない人間に対して優しさを向ける程余裕は一切無い。
だから、自分が生きていて欲しいと願う相手が無事であるならばそれでいい、と思い─────余計に怒気が高まるのを感じた。
今は何か途轍もなく綺麗な微笑みを浮かべているが、正直、噴火数秒前の火山を見ているような気分にしかならない。
話題を間違えたか…………とベッド……………というか今更だけどここは病院か。
病院のベッドで冷や汗をかくというのは中々に不吉な感じがして、非常に困る。
しかし、それでは状況が打破できないと思い、勇気を出して姫様に声を掛けてみた。
「………あ、あの…………姫様?」
「なぁに、アルフ?」
太陽すら跪きかねない微笑みに、布団に包まっていても隠す事が出来ない汗を流しながら、それでも一つ、言葉を問いかけた。
「……………その、…………お、怒っています…………?」
ぷっちーーーーん、と何か問いと同時に擬音が響いた気がする。
間違いなく、何か切れた音が聞こえた。
それも、切れたら自分が酷い目に会うタイプの物が切れた音が。
冷や汗を通り越して、血がさぁーーっと引いていく感覚がして、逃げるべきだと本能が囁くが、拳銃やナイフにも恐怖しない体に唯一効果的な恐怖のせいで上手い事動かない。
よいしょっと、と姫様が明るく、椅子から立ち上がる。
何をするつもりなのか、とアドルフはとりあえず何らかのアクションに対する覚悟を作ろうとしたのだが、2秒後に作り上げた覚悟を自ら投げ捨てる事となった。
「ちょ!? ひ、ひめ、さま!?」
姫様は靴も脱いだかと思うと、そのままこちらのベッドに両膝を立てて乗って来たのだ。
思わぬアクションに流石に体を動かそうとするのだが
…………あ、あれ? 本当に動かない?
布団の下にある手足を動かす事が緊張的な意味ではなく物理的な意味で本当に動かない。
いや、正確には動かそうとすると、何か、引っ掛かって自由に動かせない、というか……………拘束されている?
流石に傷が重い左半身にはそんな拘束は付けられていないのだが、重いだけあってそこは重点的に治療的な意味で固定されている為、意味が無い。
その事に気付いた時には、姫様の顔が顔の眼前にあった。
「あ……………うっ…………」
至近距離で見る青い瞳と綺麗な顔。
そして少女特有の甘い匂いと…………何か、香水による花の匂いがダイレクトに五感に触れて、慌てて顔を横に向けようとするのだが、そうする前に読んだかのように頬に触れるレベルで手を顔の横に置き、動かす事が出来なくなってしまった。
逃げられない、と気付いてしまった瞬間、思考は最早上手い形にはならなくなった。
長い付き合いとはいえ、流石にこんな至近距離でお互いを見つめ合う事なんて経験が無い。
ごくりと唾を飲みながら、しかし何とか言葉にしようとし
「ひ、姫様────」
冗談になっていません、と言おうとして慌てて口を噤む。
それを言ったら余計に冗談になっていないからだ。
口に出せば、ずっと溜め込んでいた全てを吐き出してしまいそうで、せめて目だけでも逸らしたいのだが、両方とも手で抑えられている上に視線を逸らそうにも、余りにも真っすぐに見てくる目が強制的にそちらに視線を向かせる力を持っている…………気にさせる。
「だってアルフ。こうでもしないと逃げるじゃない」
うぐっ、と思わず唸る。
実に正論だ。
というか確かに普通に逃げ道を探していた。
「だからと言って…………」
こんな至近距離。
一つ間違うか…………その気になれば触れ合う距離だ。
今が重傷で助かった、と何だかあのいずなという少年に感謝してしまいそうだ。
もしもこれが軽傷で済んでいたら、それこそ自分が何をするか分かったものではない。
というか、結局、何で姫様がこんな事をするのか、と思っていると
「アンジェに聞いたわ─────いざという時、貴方を見捨てて私を優先するってアンジェと約束したって」
聞いた瞬間に、あ、成程、と思って、即座にアンジェ様を恨めしく思う気持ちを封印する。
確かにそんな約束を聞いたら、姫様の性格だと間違いなく怒る。
絶対怒る。
だから、あんな風に姫様がいない時に約束をしたというのに、それを漏らしたら意味が無いって思うが、どういう状況でそんな事を漏らしたのか分からない以上、安易に攻めるわけにはいくまい。
えーーと、と視線を色々迷わしたりして時間を稼いで、どうするかを考えていたが、結論はもうここまで来たら素直に話すしかない、と思ったので諦めてそうするしかない。
「…………別に、私とて自殺願望があるとかじゃないです────単に姫様が生きて欲しいだけです」
かと言って自分に価値があるとか思っているわけでもないのだが、そんなどうでも良い事は謂わなくていい。
実際、これも真実だ。
本当に姫様に生きて欲しいのだ。
その為の手段に自分を切り捨てれば、そうなるというのならばこれ程嬉しい事は無い。
ああ、別に姫だから、とかではない。
そんな理屈的な理由で動くのは傍付になると決めた時から捨てている。
一国の姫だから優先しているのではなく、少女が少女だから独断と偏見で優先しているだけだ。
勿論、それも言うわけにはいかないからさっきの言葉だけで収めるのだが、そうすると姫様はさっきまでの不機嫌振りはどこへ消えたのか。
少し悲しそうな顔と縋るような声で
「…………貴方は、私が、貴方が死んだけど私は助かったから、良かったって思うって思っているの…………?」
思わず、問われた無い様に顔を顰めて、心の中で叫ぶ。
その質問は余りにも卑怯だ、と。
Yesを述べてもNoを述べても姫様が傷付くしかない質問だ。
その手の質問を少女は無意識的に何時も俺に言ってくる、本当にこの人は卑怯だ。
「…………そうではありません。失礼を承知でもうさせて貰えるのならば、これは私の願いです。私は姫様に生きて欲しい、だからその為の手段は厭わない────そこに自分の命も含まれているだけです」
だから、自分も少女が否定できないように私の意志を答える。
これは決して職務だから、身分の関係から、とかではなくあくまで己がしたい事をしているだけだから、と。
─────だからこそ、次の返しは予想外の一言であった。
「─────大事な人を亡くした後でも、今まで通りを貫けって、貴方は言うの?」
「──────」
想定、想定外ではなく完全にそれは考えてもいない事柄だった。
そして姫様の傍付ならば考えていなければいけない事柄であった。
よく考えなくても、人一倍優しい少女だ。
だからこそ、自分もこの人の為になれれば、と思ったのだし、美しいと思ったのだ。
そんな人が自分のような人間でも10年も付き合った人間だ。
人一倍優しいから、他人の事でも人一倍傷付く人なのに、それを失念していたとは。
自分が忠義者だとは思った事は無いが、それでも姫様の為に動きたい、とか言っていた人間がそんな事も失念していたとは、本当に馬鹿か俺は。
「あ、いや、それは…………」
どうにかして何か言おうとするのだが本当に言葉が見つからない。
確かにこれは何の言い訳もできない事なのだが、でも才能の無い自分ではどんな相手でも無傷で帰って来ます、なんて格好いい事も出来ないし、現実的ではない。
今回だって運が悪ければ死んでいたのだから。
どう言おうにも言葉を裏付ける物が無いと思う。
そうしていると姫様は悲しさと非難が混じった顔からそれらが少し薄れ、呆れの感情が籠った溜息を一度吐いてから
「じゃあ前のダンスの約束から追加の約束をする事で今回は手打ちにしましょう」
と仰られるから、ちょっと首を傾げて、はぁ、と頷いていると
「じゃあまずはこれからは必ず、生きて私の元に帰って来る事。死んでも私を守るなんて以ての外だから」
「え…………そ、それはこ─────」
「ちなみに了承しないと今後一切、絶対、完璧に荒事に関わらせないから。最悪首にするから」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………ぜ、善処します」
初っ端から高難易度の約束を取り付けられる。
もう既に不可能事な気もするが、ここで無理ですと言って少女から離れる結果になる方が辛いから肯定するしかない。
「よろしい─────じゃあ次は貴方、自分を過小評価したり、大事にしない癖は改めなさい。意識しているのか無意識的かは知らないけど、言葉や態度の節々に出てるから……………前々から言おうか言うまいか悩んでいた事なんだけど、でも今回の件ではっきりしたからこの場ではっきり言わせて貰います」
「………………姫様にだけは言われたくないような…………」
小声でちょっと抗議を上げると直ぐにへ・ん・じ・は? と更に笑顔で迫って来るのではい! はい! と頷く小市民である俺。
さっきから吐息とかが顔だったり首に当たって、既にもうやばいのにこれ以上狭まれたら本当に死ぬ。医療事故起きますから。
具体的には恐らく心臓発作辺りが。
「じゃあ、今回はこの二つの約束を守る事を条件にって事にするわ。ちゃんと守ってね?」
そう言って笑って、ようやく顔を離してくれたのでホッとする。
心臓に悪いとは正にこれだな、と思いつつ、姫様がベッドからも降りてくれたので─────実は最初から疑問に思っていた事を口に出してみた。
「所で姫様………………その格好は?」
姫様が何時も来ている私服でも無ければ、制服でも無い。
当然、こんな所で着る様なドレス姿でも無い少女は……………何故かナース服を着ていた。
さっきとはまた別の嫌な予感が体を支配しようとしているのだが、アドルフは無理矢理あれは姫様の趣味…………姫様の趣味………と無理矢理現実を捻じ曲げようとするのだが、よく考えればそれはそれで駄目では無いだろうか、という思考は封印する。
そうすると、これ? と笑って、その場で一回転して
「似合う?」
「それは勿論」
流石にそこで言葉を濁す理由は無い。
というか少女が本当にあらゆる衣装を着こなせる器量持ちだから似合わない衣装を探す方が逆に難しいのだ。
似合わなかったら、それは間違いなく衣装の出来か、センスが悪いと断言してもいい。
だから、おべっかも誤魔化しも無い言葉を吐き、少女も分かってくれたのかありがとう、と花開くような笑みを浮かべながらスカートの端を握り
「何事も形からが肝心って言うでしょう?」
思わず呆れの溜息を吐くけど、まぁ、確かに少女らしい理由だった。
大人っぽいように見えて、実は中身は見た目相応の少女なのだ。
それに、微笑に近い苦笑をして
「──────では遠慮なくドロシー様の看病をどうぞ」
「何を言っているの? ドロシーさんもそうだけど、今は貴方の看病よ?」
即座に逃走に走ろうとするのが当然、体が動けないのを改めて認識するだけ。
だから、逃げようとしているのを悟られないように笑みを浮かべながら
「姫様、そろそろこの拘束を解いてくれませんでしょうか?」
「ええ。そろそろご飯よね」
全く聞いていない。というか完全無視の態勢で笑みを浮かべながら近くに置いてあったお粥と思わしき物を取る。
さては、この少女、看病がしたいが為にこんな事をしたのか。
「姫様………お戯れはやめて下さい」
「じゃあ、アルフ──────敬語止めて、戦いの時みたいな感じで私と喋ってくれる?」
「うぐぅ!?」
思わぬ反撃に心が一刀両断される。
そういえば、あの時、ついずっと素で喋っていた!!
姫様の傍付なのに、あんな乱暴な口調をつい漏らしていたのかと思うと恥を感じて、布団の中に潜り込む。
「い、嫌です。あんな口調で姫様と会話出来ません」
「どうして? あの口調だって立派なアルフ自身じゃない。私は好きよ?」
この人は本当にこんな事には容易くそんな言葉を漏らすのだから卑怯だ、と思いながら
「嫌です、駄目です、お断りします。幾ら姫様の命令であってもしませんっ」
「もう、意地っ張り」
「姫様にだけは言われたくありません」
一瞬、頬を膨らますような間が空いた感じがしたから、間違いなくそうしたんだろうな、と思ったが、その後に、持っていたお粥の皿を置いたのか。
コトリ、という音と共に今度はしゃりしゃり、と恐らくリンゴを剥く音を響かせながら、ポツリと漏らした。
「─────藤堂十兵衛は実の父親で、藤堂いずなは義理の兄だったらしいわ」
誰の実の父親で、義理の兄なのかを述べてはいなかったが、大体はもう理解していた。
とある少女が言った。
藤堂十兵衛と藤堂いずなは私から父と義兄を奪ったのだ、と。
成程、確かに彼ら二人は少女からその通りのモノを奪っていった。
家族として生きる事が出来た二人は、それらを全て捨てて言ったのだから、少女からしたら奪われたに等しい。
そして、その少女の義兄をどんな理由であっても命を奪ったのが自分である事も、俺は理解しながら、しかし何も言う気は無かった。
「…………私は駄目ね。もしも同じ立場なら──────」
「駄目な事ではありません」
姫様が語る言葉を途中で切って、己の発言を被せる。
本来ならば無礼だが、不敬であっても告げなければいけない言葉がある、という衝動が口を動かしていた。
「ちせ殿がどういう覚悟と気持ちで動いたのかは存じ上げませんが────────大事な人に捨てられて、困惑し、傷付く事に駄目な事なんてありません」
例え、最終的に憎悪を向けようが、大事な人に捨てられた事に動揺する事が駄目だなんてあってたまるか。
大事っていうのは、文字通り己にとって大きな事なのだ。
そんな大きな事柄を手放したり、手放されたりして傷付かないなんて、それこそ駄目な事だろう。
そんな事を布団越しに伝えると少女は間を一つ、置いて、その後に少し吹き出し
「─────貴方もそう思うの?」
「それは勿論。私だって詰まらない人間ですよ」
その一言に、今度こそ姫様は笑った。
布団越しでも分かるくらいお腹を抱えて笑いをから得ているので一目瞭然だ。
何故そんな風に笑われるかは知らないが、まぁ、自分のような面白味の無い人間が姫様を笑わせる事が出来たのならばいいか、と思ってちょっと自分も笑って────その隙を布団を捲られる。
あ、と思っているとそこにはやはり姫様が涙目になるからいの笑みを浮かべ
「──────本当に、貴方と会えて良かったわ」
などと言われた。
思わず、憮然とした表情を浮かべた事を許して欲しい。
だって、その言葉は俺が言うべき言葉なのだから。
そうしてプリンセスはアルフの看病をして(本人は暴れてやーめーーてーーくーーだーーさいーーーとか言っていたが、完全無視して)、食べ終わったお粥を片付け終わった後──────ふと、今まで意識的に忘れようと努めていた事柄を思い出してしまったので、思わず少年の方に視線を向けると少年は何時の間にか寝ていた。
「…………」
当然といえば当然だ。
これだけの重傷を受けた後にあんなに騒いでいたのだから、寝落ちしてしまうのは当たり前だ。
むしろ、怪我人相手にあんな風に接してしまったのは、無事に起き上がって嬉しくなったとはいえ問題行為ではあったのだ、と今更思う。
だから、唐突に浮かび上がった疑問は自分の中で処理をしなければいけない事になる。
それはあの時、最後に少年が自分を抱きしめた事だ。
少年の意識が朦朧としていたのは理解していた。
瞳は焦点が合っておらず、抱きしめる腕は常とは違い遠慮という物が無かったから、意識は混濁していたのが分かった。
だから、抱きしめるだけならばいい。
問題はその後、少年は私を力強く抱きしめながら、耳元に顔を寄せ、こう呟いたのだ。
──────良かった、と
決して愛の言葉を呟いたとかではない─────ではないが、その一言は余りにも
たった一言に乗せれたとは思えない感情の熱量。
どれ程の美声で囁かれても、あれ程、
思わず、火照って来る体を両の手で抑えようとするが全く止まらない。
分かっているつもりだった。
知っているつもりであった。
少年が何時もどれだけ私の事を考えてくれているか、どれだけ支えてくれているか──────少年の本心をどれだけ抑えているか、分かっているつもりだった。
そう、つもりだった。
それが、蓋で封をされていた中身に少し触れてしまっただけでこれだ。
知っている知っている知っている知っている
知らないわけがない。
分からないわけがない。
だって
だって
だって…………………
駄目…………、と頭の中で
ただでさえこれまでの人生とこれからの人生を棒に振らせているのに、
だから、無理矢理首を振って、その想いを封じ込めようとして────寝息を聞いてしまった。
視界に入るのは少年の穏やかな寝顔だった。
何一つとして警戒の色がない寝顔を見て、視線が吸い込まれるように一点に集中する。
その事に、もう一度駄目、と─────思う事が出来ず、立ち上がる。
そんな無警戒なのがいけない。
あんな声を私に聞かせたのがいけない。
──────彼と私は同じ想いなのだから、いいではないか、という勝手な考えが理屈を全て取り除いていく。
眼前にアップされる彼の寝顔。
先程も顔を近づけたが、意味合いが違う以上、心臓の高鳴りは耳の直ぐ傍で鳴っているのではないかと思うくらい振動する。
止めなきゃいけない。
直ぐに動きを止めなければいけない。
なのに、体が自分の意志で動かすことが出来ない。
─────噓
そんな思いを、想いが否定する。
頭の中で欲深い自分が耳元でたった一つの真実を語る。
動いている以上、それは貴方の心が望んだ事を体が応えているだけなのだ、と
「──────────」
その真実に、プリンセスの思考は完全凍結し、しかし体はそのまま彼の顔に近付く。
せめて、と思う。
ここで都合のいい事が起きてくれれば、と。
誰かがこの病室に来るでもいいし、少年が唐突に起きるでもいい。
何かが起きれば、自分はそれを理由に感情を止める事が出来る筈なのだから、と。
そんな人任せな事を考えながら、しかしやはり誰も病室を訪ねず、アルフも起きないまま
プリンセスはその唇に自分の唇を重ねた。
「ん…………」
やってしまった、という思いは、直ぐにようやく一つになれた、という想いに塗り潰された。
止めようとしていた理性が全てを放棄した以上、感情だけとなった私は今の状況に心底から感激していた。
ずっとこうしたいと思っていた。
貴方が欲しい、と願い続けていた。
身も心も捧げてもいいから、貴方の身と心が欲しいと思っていた。
愛している、と伝えたかった─────
数秒経ち、感情が収まった瞬間を狙って唇を離す。
唇には今も彼の温もりがあるし、キスをした、という事実が胸に残る。
そうして無意識的に下がって、椅子に座って───────瞳から涙を溢してしまった。
「……ごめ……………ごめ、ん……………ごめんな、さい…………」
顔を押さえる様に目を両手で抑えながら、私は謝った。
何について誤ったのかは私ですら、どれの事か、多過ぎて分からなかった。
寝ている少年から無断で唇を奪った事か。
少年に対しては戒めている癖に、自分だけは甘やかして少年を好きに欲してしまった事か。
それとも王女として壁を解き放つと決めている癖に、恋に浮かれている事だろうか。
それとも────
それとも────
あり過ぎてもう、何が何だか分からなくなって余計に泣いてしまった。
泣いている事すら申し訳が無くて、少女は目の前で穏やかに寝息を漏らしている少年に知られないまま──────ただ、自分で作り上げた罪の意識の中で一人泣いていた。
私だけが幸福になってごめんなさい、と少女は謝っていた。
そんな病室の扉の外で気配を消していた少女は、少女の
少女は何も言わないし、寄り添わない。
でも、たった一つ、少女は泣いている少女が叫んだ言葉を思い出した。
それは少女が持っていた全ての前提を崩す言葉。
それは
『私は───────大事な人だけは手放したくないの!!』
酷く直情的で、在り来たりで、そして夢見がちな言葉だった。
きっと誰もが夢見て、そして夢破れる言葉であり、正しく理想論と呼ぶに相応しい言葉だった。
でも、それを聞いて少女は一切笑う気は無かった。
元より少女を守ると決めた身だ。
少女が願う事も叶えたいし、助けたいと願っている。
ただ、それに少女の為に、一人の少年も守らなければいけない、というのが追加されただけだ。
だから、少女は特に何も変わらない。
今までと変わらない。
だから、誰もいない廊下で、少女は一つ呟いた。
謝る事じゃない
貴女が幸福になろうとする事は謝るような事じゃ、絶対ない
─────アンジェはまるで世界の法則に刻むかのように、宣言した。
はぁい、更新です。
さて、色々ありましたが何時も通り悪役を皆さん殺すようにお願いします。
今の悪役ならば何をされても死にます。
ちなみに小説書いて初のキスシーンで御座ります。
もうごちゃごちゃ言うのはあれですよね。皆さん、どうか楽しんで頂ければと思います。
感想・評価などよろしくお願い致します。
皆様の声援が本当に楽しみな悪役なのでーーー。