プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty   作:悪役

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ノー砂糖 ノーライフ


case19:血染めの華

 

 

 

 

今日もまた、陰気な雨が降っているわね、とアンジェは内心でぼやきつつ、何時もの部室で本を読んでいた。

勿論、今日もアドルフは休みである。

ただ、ベアトが言うには今までに比べれば大分良くなったという事だから回復の兆しが出てきたかも、という事らしい。

その事を聞いたプリンセスが、見た目は普通に喜んでいたが、背中で手を思いっきり握っていた事を知っているのは、さてどれくらいでしょうね、と呆れておく。

まぁ、プリンセスが喜ぶのならいい事である。ただし、アルフは一度足の小指をぶつけてもいいと思う。

そう思って、本を読んでいると

 

 

 

「何だ相棒。また本か?」

 

 

と、ドロシーが隣に座ってきたので、横眼を向け

 

 

「日が出ているのに、お酒を嗜む学生よりマシだと思うけど」

 

「釣れないなぁ。昨日はアドルフの手を握る程優しさを見せたのに」

 

 

ああ、と呆れが籠った返事をしそうになって口を噤む。

どうやらそんなイベントをプリンセスは発生したらしい。

風邪で寝込んでいる癖に、何を幸福なイベントを得ているのだろうか。発破でも仕掛けたくなるが、自重自重と念じる。

でも、少し横目で元凶を見るとプリンセスは皆から見えない位置に移動して、ウィンクとハンドサインでごめん、と謝っていた。

 

 

 

 

許す。でもアドルフは何となく許さない。

 

 

 

そう思っているとドロシーが新聞を持っていることに気付く。

 

 

「今日の見出しは」

 

「二代目ジャック」

 

 

ああ、それね…………とアンジェもどうでもいいとまでは言わないが、しかし模倣犯ですら無い殺人犯に対してそんな名前を名付けるのは、余程の飛ばし記事か、何も考えていない記者なのか。

無駄に市民の不安を煽ってどうするのだ、とは思うが、スパイである自分が考える事ではないか、と思う。

そう思っているとプリンセスが興味を持ったらしくて、ドロシーから新聞を借りて、読んでおり

 

 

 

「あら…………結構、近いわ…………」

 

「そうだねぇ…………まぁ、今回は男ばっかりを狙っているみたいだけど殺人鬼にそんな理屈が正しいか問いたくもないから、あんまり外出はしない方がいいね」

 

 

そうこう話していると、他のメンバーも気になったのか、こちらに寄ってきて、話題に集ってきた。

 

 

 

「なんだ。辻斬りか」

 

「近いって…………アドルフ様がいない今、頑張らないと……………………」

 

 

ベアトの奮起を見ると、プリンセスは恵まれているわね、と鉄面皮の下で思いつつ、アンジェは横目でドロシーの新聞を見ていると、気になるとまでは言わないが、他にも何やら書いているのを見つけた。

 

 

 

 

…………………ああ。この前、捕まえた麻薬の売人の実刑が決まったのね。

 

 

 

組織という程ではないらしいが、複数のメンバーで麻薬を売り捌いていた売人達をヤードが捕まえた事件があった。

こんな時代だ。

どこもかもが幸福とは言えない中、そこから逃げたくなる人間というのは老若男女問わずに存在する。

麻薬というのはそういった人達に対して、正しく"薬"になるのだろう──────例えそれが一方通行の道であったとしても、先よりも今が幸福である事を求めた結果なのだろう。

それを愚かとは言う資格はないが

 

 

 

「……………………気楽よね」

 

 

 

楽に終われて(・・・・・・)

 

 

 

「あ? 何か言ったかアンジェ?」

 

「黒蜥蜴星人のお呪いよ。この憂鬱な天気が吹っ飛ぶようにね」

 

 

あっそう、と手をひらひらとこちらに振るドロシーから視線を切って再び、本に集中しようかと思っていると

 

 

 

「…………ねぇ、ベアト…………今日は。今日くらいは、ね?」

 

 

と、何時の間にかプリンセスがベアトに対してわざとらしいアングルから上目遣いで首を傾げて、お願いをしていた。

遂には自分の顔を利用してまで、落としにかかってきたわね…………とアンジェは親友が悪女の道を笑顔で突っ切っている事にどうしたものか、と内心で頭を抱える。

流石のベアトも一度は鬼になれても二度目は鬼になる事が難しい上に、あの凶悪な仕草だ。

数秒後に俯く侍女を見て、落ちたわね…………とアンジェは忠義と友情の陥穽を見た。

まぁ、今回は変な誤解を得ずに済むか、と思って、今日も元気に振っている雨を見る。

雨を見ながら……………何となく思った事実を頭に思い浮かべる。

 

 

 

 

そういえば……………………アドルフも金髪ね。

 

 

 

そういう意味では風邪で寝込んでいるお陰で助かったか、と思った。

 

 

 

 

 

アドルフは重い体を引きずるような形で体を起こした。

 

 

 

「ぅ……………………」

 

 

全身に重りでも埋め込まれたような体を認識しながら、ああ、そういえば風邪を引いていたんだと思いだす。

何かずっと同じシークエンスを行っているような感覚だが、仕方がない。

幸いと言うべきか、今日は少しだけ目が冴えている。

復活した、とは到底言えないが、それでも思考が回るだけマシになったか、と思う。

ああ、でも、こんな事で、姫様の警護から外れるなんて腑抜けているなんてものじゃない。

この隙に暗殺者が動いて姫様自身を狙われていたら、どう責任を取るというのだ。

 

 

 

「くそが……………………」

 

 

思わず零れた本音が口から洩れたが、一言漏らしただけで頭痛が脳を軋ませた。

 

 

 

「薬……………………」

 

 

情けないが薬で何とかするしかない、とノロノロとベッドから降りて、薬があったと思わしき場所を探すが

 

 

 

「…………ない」

 

 

一つもない。

少しくらいはあったと思うのだが、全部が無くなっている。

アドルフには記憶というか認識が出来てないというか、既に風邪になって一週間と一日が経っているのだ。

"少し"しか常備されていない薬など全て無くなるのが道理である。

 

 

 

ちなみに余談だが、姫様の部屋には各種薬が常備されており、そんじょそこらの病に対してならば万全な態勢が整えられている。

実に完全な過保護な傍付きと侍女によるものである。

 

 

ともあれ、薬がないなら、この頭痛に耐えるしか選択肢はない。

今にも頭蓋の中から引きずり出ようとするような頭痛に耐えて、ベッドに戻ろうとして

 

 

 

 

■■ッ、と吠■る音が響いた。

 

 

 

「────────────」

 

 

頭が真っ白になる。

引き裂こうとしていたのは頭ではなく、意識(こっち)だったのか。

嫌な雑音が耳にこびりつく。

その音だけは聞きたくない。

想像するだけならばともかく、本当の音を聞いてしまえば、ガリガリとアドルフという人格を削る鑢になりかねない。

 

 

 

 

■■■■ッ、と再度外から元気に俺を■しに来る音が聞こえる。

 

 

 

駄目だ、とてもじゃないが、この部屋にいられない。

あの音を聞いているとうっかり自殺しかねない。

薬を買いに行くという言い訳もある以上、外に出るのに躊躇う必要もない。

クローゼットから適当に服を引きずり出して、羽織り、傘だけを持って、外に出る。

 

 

 

 

最後にもう一度だけ■■ッ、という音が鳴り響いて、脳を掻きむしる。

 

 

 

ナイフを今、持っていなくて良かった。

もしも、持っていたら、手首にでも突き刺していたかもしれない。

 

 

 

 

 

プリンセスは昨日も来た男子寮のアルフの部屋で異常事態を発見した。

まず最初の異常が

 

 

 

「ドアが…………」

 

 

開いている。

昨日、離れる時、しっかりと鍵を閉じていたはずの部屋が不用心に開いている。

それだけで十分に廊下を走る理由になり、そのまま部屋に駆け込むと

 

 

 

「──────」

 

 

アルフはどこにもいなかった。

シーツはぐちゃぐちゃになって落とされ、クローゼットからは乱雑に服を引っ張り出して落とされたような形跡。

一瞬、頭が眩むが、そんな事をしている場合では無い。

とりあえず、まずベッドに駆け寄って寝ていたと思わしき場所を調べてみると、まだ温かい。

ベッドから降りてから、そう時間は経っていないことに気付く。

そして、他に見回すと散らかったクローゼット以外にも机の引き出しから何かを取り出そうとして開いたままの個所がある。

 

 

 

「ここは確か…………」

 

 

昨日、ベアトが薬を取り出した場所だ。

だから、今日、ベアトと一緒に薬を持ってきたのだ。

他にも何か、情報がないかと探るがそれらしい物はない、

つまり、状況だけを見ると

 

 

 

 

「もしかして…………薬を買いに行った…………?」

 

 

私は昨日しかアルフを見ていないが、昨日のアルフを見る限り、この一週間を正しく認識していたとは思えない。

昨日の事はおろか、もしかしたら倒れた翌日とか思っていたりしてもおかしくないような感じであった。

だとしたら…………十分にあり得る。

あの少年は基本、自己評価は低いし、己に価値を見い出していない。

自分が誰かに気遣われるとか考えようともしないのだ。

だから、それを変えたくて私はあんな事を言って──────

 

 

 

「っ…………!」

 

 

そんな事を言っても仕方がない。

今はアルフに追いつく為に、急いで走る事だろう。

今も、あわあわしているベアトには悪いが、幸い、薬局はここからそう遠く離れた場所ではない。

雨故に2~3分時間はかかるだろうが、走れば遅くても10分くらいで着くし、あの調子ならば道の途中で合流できるはずだ。

だから、今、感じる嫌な予感は気のせいのはずだ。

 

 

 

彼に追いついて、何をしているの、と叱って終わり。

 

 

そのはずだ。

そう思って、無理矢理予感を振りほどく。

そんな私に対して、一度、外から犬が大きくワンッ、と吠える音が聞こえた。

思わず、顔を顰める。

当然だが、この学校に犬猫などのペットは持ち込めないし、そうそう入り込む事も無いはずの場所。

勿論、絶対とは言わないが…………ともあれ、今はそれは関係ない。

ただ、何となくふと、頭によぎった記憶が思考を作った。

 

 

 

 

そういえば…………アルフは犬が苦手だったな、と

 

 

 

 

 

雨の中、アドルフは微睡む様に歩いていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

視界が淀む。

元々、アルビオン王国は霧が深い街だが、今はそれ以上に白んでいる気がする。

時折、風景はダブり、色はモノクロに剥がれ、地面何か今にも崩れ落ちそうだ。

それこそ夢の中を歩いているようにしか思えない。

案外、本当に夢の中な気もしてきたが、どうでもいい。

とりあえず、今は薬を購入するだけ購入して、帰ればいい。

その時になってまだあの雑音がふするのならば…………聞こえない場所で適当に寝ればいい。

だから、今は勧めればいい。

最悪夢ならば夢で、無意味なだけだ。

 

 

 

 

"────────どうしてアルフは、何時も命を賭け(捨てて)私を助けてくれるの"

 

 

 

ふと、何時かの言葉が蘇る。

随分と昔のように思えるが、そんなことはどうでもいい。

今、思い返せば冷静に思う事がある──────何て実に当たり前な疑問なんだ、と。

姫様からしたら、特に何か恩賞も与えていない男が命懸けで勝手に自分を守ろうとしているのだ。

薄気味悪いと思うのは当然の帰結だ。

俺ですら、そんな自己犠牲野郎が勝手に俺を守ってきたら、なんだこいつは、と思う。

それをまぁ、勝手に逆ギレして姫様を困らせるとは、何て様だ。

父が今の自分を見れば、とんだ失敗作に落ちた、とでも言うだろう。

 

 

 

 

酷い堕落だ──────昔の自分には無かった余分が今の自分を追い詰めている。

 

 

 

ずっと機械でいれば良かったのか、と思う。

ただの道具であれば、これ程の無様は晒さなかっただろう。

だけど、それは……………………機械であった自分はとある少女に持っていかれてしまった。

姫様──────ではなく別の少女に。

 

 

 

 

「……………………くっ」

 

 

 

酷く懐かしい人間を思い出したものだ、と思わず笑う。

そういえば、少女の最後もこんな雨の日であった事を思いだし──────

 

 

 

 

「──────」

 

 

思考が全て、冷却される。

澱んだ視界は即座にピントを修正され、力の入らなかった体には活力(さつい)が籠る。

半死人だった体は向けられる殺意のお陰で、復帰する体に内心で嘆息しつつ、殺意の出所に振り返る。

 

 

 

 

そこには──────少女の形をした人殺しの鬼がいた。

 

 

金髪の髪を適当に後ろに流しつつもぼさぼさな前髪で顔を覆い隠し、この大雨の中、傘もささず、代わりに片手に血に濡れたナイフを構えている。

そしてその上で、物凄い血の匂いがするから何かと思えば、よく見れば黒のドレスかと思えば、単なる黒色のドレスじゃなくて、血によって染められた純血のドレスであるという事に気付く。

それに加え…………少女の体は痩せこけていた。

大雨に濡れ、髪やドレスがぐしゃぐしゃである事もだが、肌は病的に白く、腕は骨のように細かった。

ナイフを握る手指など、逆に握っただけで砕け散るのではないかという繊細さ。

 

 

 

 

一見すれば、亡霊にしか見えない

 

 

 

しかし、亡霊と言うのならば、それは最早害悪でしかない。

一見、まるで助けを乞うような姿で生者を引きずり込むのがその手の話の結末で──────何より少女の顔はとても綺麗な三日月を形作っている。

それだけで俺が同情する理由も無ければ、手を緩めようとは思わなくなる。

故に考えるのは相手の事情ではなく、己が狙われた理由。

一瞬、自分を狙った暗殺者かと思ったが…………それにしては足元が覚束ない上に、余りにも色々と疎かだ。

こんな殺意だけは一人前の奴が暗殺に成功するならば、俺がノルマンディー公を暗殺している。

そうなると…………中々嫌な考えだが…………偶々殺人鬼と出会ったという最悪な不幸かもしれない、と辟易する。

ともあれ、殺しに来るならば殺し返すだけ。

例え、相手がどれ程の絶世の美女であろうが、例え、相手がどんなに可哀想な子供であったとしても

 

 

 

 

──────敵であるならば容赦も情けもいらない

 

 

 

拳を握るのに躊躇う理由はない。

体調は最悪だが、あれだけ脆そうな体ならば、一撃あれば事足りる。

力も速度も出せない体だから狙うのはカウンターになるが、今の体調であってもこの集中力があれば過つことはない。

故に何時でも殺せる姿勢と心を作って待っていると

 

 

 

 

 

「──────見つけた(・・・・)

 

 

 

 

泥のような声が囁かれた。

見つけた、という事はもしかしてこれで暗殺者であったのかと思いつつ──────何か、聞いた覚えがあるような声色に内心で首を傾げる。

どこかで見た事があったか、と思うが、生憎、今、見えるシルエットからでは上手く思い出さないし、そんな暇もない。

色々と気にはなるが、真実は地獄行になるようだ。

まぁ、自分の情報収集なんて何時もそんなものだ。

そこら辺はプロのスパイ二人はおろかちせやベアトリス様にも劣っている気がする。

そんな風に適当に思っていると少女は何やら体を震わし──────まるでスイッチが入ったかのように嗤い出した。

 

 

 

 

「あは、はは、は──────あははははははははははははははははははははーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

唐突なイカレ具合に、眉を顰めるが、構う理由もないので放置していると殺人鬼は何やら勝手に口を動かし始めた。

 

 

 

「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた!! ああ、やっぱり! 私達は必ず見つけて見つかって、最後には結ばれるの! ううん、いいえ! 違う! 違うわ! 最初から結ばれているの! だって、愛しているんだもの(・・・・・・・・・)!! 神様にも悪魔にも止められない! ねぇ、そうでしょう!? アルフ(・・・)! 私の、私だけの王子様!!」

 

 

とりあえず、最初から最後まで聞いて判断したが、実に傍迷惑な話し、且つ何を勝手に人を殺人鬼の人生設計に巻き込んでいるのだろうか、と欠伸をしたくなる台詞であった。

 

 

 

 

何が愛しているだ。鬱陶しい

 

 

 

ナイフを片手に持ちながら、殺意を持って語る愛なんてどこも信じられるか。

ああ、本当に鬱陶しい。

己の身体の状況を理解していても、思わず殺したくなるような胡乱さだ。

風邪じゃ無かったら、もう既に殺しているというのに何て間の悪さだ。

そして何より

 

 

 

 

たかがイカレが俺をア(・・・・・・・・・・)ルフと呼ぶな(・・・・・・)

 

 

 

その名を呼んでいいのはこの世で一人だ。

誰にも許しはしないし、許さなかった(・・・・・・)

なのに、それを、まるで我が物顔で口に出すとは、余程死にたいらしい。

ああ、心底腹立たしい。

いずなも中々むかつく奴だったが、殺したいから殺すというわけではなかった。殺さないといけないから殺した、であった。

今は風邪であったり、常態であったり、敵の言動であったりでタガが外れつつある。

もう殺しに行こうか、と思っていると──────髪で顔を覆い隠していた隙間からアンバーの色をした目が片方だけ覗き、一切殺意を隠さず

 

 

 

 

「じゃあ──────(あい)さなきゃ──────!!!」

 

 

 

と、飛び掛かってきた。

実に脈絡もない殺意だが、今更理屈も何もないし、それこそ些末だ。

こっちはやっと殺せるとずっと握っていた腕を開放できるのだから、実に清々する。

もう、わずか数歩で抱きしめられるような距離だから、直ぐに決着がつくと無感動に拳を振りかぶり、相手の顔を覆っていた髪が揺れ動き

 

 

 

 

 

 

 

 

プリンセスは大雨の中、走っていた足を止める光景を見ていた。

 

 

 

「……………………え?」

 

 

アルフがいたから──────だけではない。

それだけではなく──────アルフの胸にまるで飛び込む様に寄りかかっている少女の姿があったからだ。

思わず脳内に浮かぶのは浮気? 捨てられた? 選択肢ミス? などと最早、意味もわけも分からない言葉の呂律を脳内に浮かべ──────ようとして更にもう一つ気付いた。

この大雨の中、水溜りばかりが出来る場所で──────水とは違った色が地を染めているのを。

 

 

 

 

それは丁度──────アルフと少女の間から零れていて…………

 

 

 

 

「……………………アルフ?」

 

 

問い掛けるが、少年はこちらに振り返らず─────ただ少女の方がこちらを見るように顔を出し、とても憎々しそうにこちらを睨んだ。

 

 

 

 

私の物よ(・・・・)

 

 

酷く簡潔な意思表示を目の前の少女が言い放ったのだと気付くのに、数秒時間を要した。

本当ならばここで何を、と問い返したい所なのだが……………………少女と少年の間から零れる赤い雫が脳と肉体を切り離している。

いや………………と思わず、否定したいという思いでノロノロと少年に近付こうとするが、そうすると少女の方がまるで親の仇のような顔で──────少年のお腹の間に置いているように見えた手を抜き放った。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

その手にはどこにでもあるようなナイフがあり──────そこには最早言い訳が出来ない…………血液がついていた。

事態を完全に理解した脳はようやく肉体の支配権を取り戻した。

 

 

 

「アルフ!!」

 

 

肉体は欲求に素直に動いた。

少年の元に向かおうと足は動き、手は求めるように伸びる。

必然、加害者の少女に近寄ることになるのだが、知ったことでは無かった。

今はただ少年に触れなければ、という必死が体を動かし、視界はただ少年だけを見つめる。

故に加害者の少女が更に憎悪を焦がして、持っているナイフを振り上げようと知った事ではなく

 

 

 

だから、二人の動きを止めたのは少年の動きであった。

 

 

 

 

「ぇ…………」

 

 

 

加害者の少女がどうして? と言いたげに──────振り上げた腕を掴んで無理矢理引き下ろした少年を見る。

プリンセスは少年がただ動いたという事実に莫大な安堵を覚えて、少年の名を漏らす。

二人に見られる少年はどちらの反応にも応える事は出来ずに、しかし、ただナイフを持った加害者の少女の腕を震える腕で握りしめた。

 

 

 

 

まるで、それだけは許せない、と叫ぶような姿勢

 

 

 

その事実に──────殺人鬼である少女の憎悪が今こそ牙をむいた。

 

 

 

 

「──────どうしてぇ!? 何で!?」

 

 

少女が濁った眼で少年を見る。

最早、少女の意識にプリンセスの事なんて一欠けらもなく、ただ己の愛を見てくれない少年だけが全てであった。

元より少女の愛は盲目の愛。

ただ相手に愛を叫ぶことしか出来ず──────故にそのただ一つを拒絶こそ、彼女の世界に亀裂を刻むものであった。

 

 

 

 

「私! こんなにも愛しているのに! こんなにも墜ちたのに!! どうして見てくれないの!? どうして受け止めてくれないの!? ──────どうして愛してくれないの!!?」

 

 

支離滅裂な言葉ではあった。

何故なら少女がしようとした事は殺害であり、少年がした事はそれを止めただけ。

少女が叫ぶ愛なんて全く関係ないし、繋がる事も一般的には無い事だ。

しかし、少女の中ではそれが繋がるのか、少女は心底必死の表情で受け入れて、と叫んでいた。

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

プリンセスですら息を呑む。

少女の言葉は確かに無茶苦茶で、通りは通っていないが──────その感情だけは本物であった。

そして、同時にプリンセスはようやく気付く事実があった。

 

 

 

少女の顔は酷いモノであった。

 

 

醜いとか傷があるとかいうわけではない。

ただ、単純に酷くやつれていた。

目は窪み、頬は痩せこけ、アンバーの美しい瞳であったであろう目は光を失い、唇は一切の瑞々しさを失い、切れてすらいた。

有り体に言えば、死人のような顔つきであった。

尋常ではない顔つきと、行いから、プリンセスは一つの答えに辿り着く。

 

 

 

「麻薬…………?」

 

 

麻薬を使っている人間を直接は見たことは無いプリンセスだが、麻薬という物がどれほど人体に有害な事態を起こすかは伝聞ではあるが知っているから、絶対とは言わないが、そうではないかと思う。

それならばこの支離滅裂な言動や行動も、死人のような体も理解出来る。

勿論、そんなプリンセスの納得など関係なく、少女は少年に問い詰めていた。

 

 

 

「愛しているの! この世の誰よりも!  貴方しか見てないの! 貴方しか知らないの! 貴方しかいらないの! お願い…………お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い……………………!! ──────私を、愛してぇ!!!」

 

 

血を吐くような言葉とは正しくこれだろう。

この大雨と雷の中、血に塗れたドレスを纏い、死人のような体であるはずなのに、それでも胸を突くような美しさを表現していた。

きっとそれが麻薬で思考が狂わされようとも、抱き続けた真実だからだろう。

だけど、それを受ける少年の方は言葉を放つ余裕も無いのか。

 

 

 

帰ってきたのは沈黙で──────しかし、少女を握る腕の力が一切揺るがなかった、という事実だけが形に残った。

 

 

 

 

沈黙が世界に刻まれる中、プリンセスは動くべきかどうかを悩んだ。

今ならば、少女から少年を奪う事が容易く出来るかもしれない。

だが…………麻薬に侵されている少女が果たしてどんな事をされたら刺激されるか読めないのだ。

少なくともアルフに執着しているのは理解したが……………………アルフに比べれば、というだけで私にも含みがあるような反応をされている以上、私が動けば状況が悪くなる可能性もあるのだ。

一か八かになるかもしれないが……………………しかし、動かないままでいれば少年の傷が悪化するのだ。

ならば、動くしかない、と思い、足を踏み出そうとして

 

 

 

「じゃあ──────」

 

 

泥のような殺意が声に宿る。

私の踏み出そうとした一歩は彼女の空いている手がポケットから何かを取り出すよりも遅く

 

 

 

 

 

貴方も墜ちて(・・・・・・)

 

 

 

取り出した物で少年の腕に叩きつけるように刺すのは、私が声を上げるよりも早かった。

何か、と思っていた物は注射器であり──────そしてその中身が何であるかは先程の予想が正しければ…………………

 

 

 

 

「──────!!?」

 

 

口から悲鳴のような叫び声が上がる中、少女はようやく少年を突き飛ばし、その上で再び告げた。

 

 

 

 

「──────約束の場所で待っているから」

 

 

 

そんな事だけを告げて、去っていく少女を、しかしプリンセスは無視した。

地面に引っ付いていたような足をようやく動かし、大雨の中、倒れこんだ少年に近寄って、ようやく自分が何時の間にか傘を手放していたことを思いながら、私は構わず倒れこんだ少年を支えた。

 

 

 

「アルフ! アルフ!? しっかりして!?」

 

 

思わず揺らそうとする自分を自制しながら、プリンセスは傷口を見た。

服の上からではっきりと分からないが、少なくとも今もまだ出血している時点で深いと察し、プリンセスは躊躇わず傷口を押さえた。

押さえた衝撃で激痛が走ったのか、アルフは少し呻いて…………薄く目を開く。

 

 

 

「…………ま、さか…………死人に復讐されるなん(・・・・・・・・・・)()…………3流な…………」

 

 

はは、と小さく口から吐血しながら笑う少年が今の自分を正しく認識出来ていない事を悟る。

思わず、プリンセスが再び彼の名を叫ぶとようやく彼は私を見た。

 

 

 

「…………あれ? 姫様…………いつ…………」

 

「いいから!! 今、病院に連れて行くから! 意識をしっかり持って!」

 

 

こんな状況なのに能天気な事を聞く少年にもう怒りか不安か分からない叫びをしつつ、プリンセスは一番近い病院の地図を脳内に描きながら、しかし血を押さえないといけない事を考えると人手が足りない。

周りを見回すが、この大雨のせいか、人の姿は見えず、絶望が心をよぎるが、振り払い、諦めないと思っていると

 

 

 

「…………いいん、です…………ひめ、さま…………これも、当然です…………」

 

 

 

当然

 

当然?

 

 

こんな事が起きるのが?

こんな誰も見ていない場所で大雨に撃たれながら刺されることが当然?

そんな事があるはずない。

少なくともプリンセスが知る限りで、少年だけがこんな目に合う当然があるはずがない。

だから、プリンセスは無視して、傷口を押さえる力を入れなおす。

止まって、と少年に願う。

何時もならば私の願いに何時も応えてくれるのに、今日だけ何も応えてくれない少年に首を振りながら、手が血に汚れ、全身が雨で冷えていく感覚にぞっとする。

そんな中、アルフだけがまるでしょうがない、という表情で、小さく、唇を動かした。

 

 

 

 

「              」

 

 

 

読唇術で無意識に読んだ私は思わず、顔を歪ませた。

何て酷い言葉だ。

こんな、自分だけが危険な状態になって、更には麻薬を注射されたかもしれない状況で──────言うに事を欠いて姫様が無事で良かった(・・・・・・・・・・)ですだなんて(・・・・・・)…………!

思わず、脳が沸騰しそうになる中、意地でも思う事があった。

 

 

 

 

諦めたりしない(・・・・・・・)

 

 

 

全てがハッピーエンドで終わるとは思っていない私だが、だからと言って彼がこんな終わり方で終わるのは許せない。

もしも死ぬのならば、彼はせめてこう思うべきだ──────私と一緒にいられなく(・・・・・・・・・・)なるのは嫌だ(・・・・・・)、と。

こんな良かった、で終わる終わり方なんて嫌だし許したくない。

だから、私は無為に終わらせない為に叫んだ。

 

 

 

 

 

「誰か…………! お願いします…………!」

 

 

 

 

この生きる事も死ぬことも不器用な少年を助けて、と少女は叫んだ。

 

 

 

 

 

 




はぁい! 今回は駆け足で投稿させて貰います!!


感想・評価など出来るだけ来て頂ければ本当に幸いです。
次回も頑張る更新…………!!
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