プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty   作:悪役

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気を付けて皆さん!!

初の二万+一万四千程が砂糖だ…………!!!



case23:終わらぬ愛

 

 

 

 

 

事件から数日後。

 

 

 

アドルフはやんわりと首を絞める地獄に居た。

 

 

 

あれから、途中で記憶が曖昧になったが、こうして病室で目覚めた以上、何とか助かったというのは分かる。

すっごい奇跡だなぁ、と思って、ぼーっと病室で天井を眺めていたが、それから先がイベントフルであった。

 

 

 

まず再び自分が拘束されている事実。

 

 

それも今度は全身が一切動かないくらいの拘束。

まぁ、麻薬で魘されていて且つ、脱走していた病人という事ならば普通に当然の措置だろう、というくらいは納得している。

しかし、次にまるで俺が起きたのを読んだかのようにとっても素敵な笑顔を浮かべた姫様が籠一杯のリンゴを持って、入室してきた辺りで世界は凄く変貌した。

 

 

 

「Alas, my love, you do me wrong To cast me off discourteously♪」

 

 

とっても美しい声と表情で、何故か謳われるグリーンスリーブス。

余りにも狙った選曲に、冷や汗が流れるが、姫様は部屋に入って以来、微笑みを絶やさず、しかし、未だにこちらに声をかけない。

備え付きの椅子に座って、持ってきたリンゴを剥くだけである。

それもひやひやと見ていたが、無事剥け…………………しかし、剥くのが止まらない。

何を、と思って黙って見ていたら、リンゴはあっという間に、うさぎ──────ではなく羆になった。

 

 

 

「──────」

 

 

汗が流れるのが止まらない。

リンゴからどんな技術を使えば、ここまで精巧な羆が出来るのかが分からん。

しかも、今にも獲物を口に加えかねないくらい口を開けている。

そんな、ある意味傑作を生みだしながら、姫様は二個目のリンゴに突入した。

農家に謝らなければいけない事態に、アドルフは今こそ勇気をもって、口を開いた。

 

 

 

「ひ、ひ、ひめさま?」

 

「なぁに? アルフ?」

 

 

意外な事にすんなりと答えてくれた姫様だが、その返事は実に暖かなはずなのに、温度が通っていない、という矛盾に汗が倍増するが、止まるわけにはいかなく、あーーーー、と口を動かし、目を泳がせながら

 

 

 

 

「………………怒ってます?」

 

 

 

二個目のリンゴはどこかで見た事があるような男になった。

早い話、鏡でよく見る顔であった。

実に上手くできたリンゴは、そのままそうであったかのように、少女の手で、羆の口に加えさせられた。

顔も、苦悶の表情を浮かべた自分なので臨場感たっぷりだ。

最早、冷や汗すら流れないまま、三個目のリンゴに取り掛かる姫様が

 

 

 

 

「死にに行くような無茶は止めてって何度も言っているのに、何度も無視されている私の立場を考えたら、普通、どう思われるんでしょうか? アルフ?」

 

 

 

余りにも当たり前の正論に、アルフは死すら覚悟しそうである。

ちせに教えられた日本の究極奥義、ドゲーーーザ! を発動させたいが、拘束されており、発動不可能状態だ。

あれ、これ、何気に詰んでいないか、と思うが、人生ってそんなものの連続である。

 

 

 

「ば、挽回のチャンスはあるでしょうか……………?」

 

「涙目でプルプルしながら、"お姉ちゃん、お願い……………"って上目遣いしたら考えるわ」

 

「属性的に無理が……………!!」

 

 

まさかのここで弟属性の開眼を迫られるとは………………!! 

それをした瞬間、今まで積み上げてきたアドルフというキャラの崩壊である。

死すら生温いとは正しくこの事である。

 

 

 

「で、出来れば他の事で………………!!」

 

「そう………………じゃあ──────」

 

 

と、次に取り出したのは三つ目のリンゴ。

それもまた実に見事な造形で、とっても見事に昨日? いや、日付を確認していないから昨日では無いかもしれないが、己の感覚では昨日殺したばかりの少女にそっくりな造形で、本気で上手いですね、と呑気に答えて、ありがと、と相槌を打たれつつ

 

 

 

 

「この人は、誰だったの? アルフとどういう関係?」

 

 

という、問いを笑顔を問うのであった。

くっ…………! と更なる試練にアドルフは唸る。

何故、姫様が彼女の事を知っているのだ、と実は刺された時の記憶すら朧げな少年には姫様による追及をとりあえず誤魔化そうとする。

 

 

 

「さ、さぁ…………? 運悪く殺人鬼に襲わ──────」

 

「─────ヌードかハーフヌード」

 

「あっくっ…………! 唐突に太陽の光が目に…………!!」

 

 

恐ろしい魔法の言葉を聞いて、太陽の光が目に入り、言葉を中断させる。

そのまま、無かった事にしたいが、横からのプレッシャーは増す一方である。

…………正直、姫様に伝えてもいい事柄だとは思うのだが…………何故か余り喋る気になれないのだ。

不敬だとは思うが、どうしても口に出せない以上、アドルフに出来る事は限られている。

 

 

 

 

「──────と、唐突に眠気が…………」

 

 

 

ずばり、逃げる事だけである。

手足は動かないが、喋れる以上、口は動く。

故に口を開けて、何とかシーツまで齧り付き、そのまま頑張って引っ張り上げて、顔を隠すのだ。

無論、そうすると足の方が出てしまうが、実に些細な事である。

不敬ではあるが、ここは逃げの一手である。

今も治療中である事を盾にして、自分、今日は無理です作戦で乗り越えれば、明日は明日の風が吹く筈である。

決して、問題の棚上げではない。

現実逃避と言って貰いたい。

 

 

 

 

 

──────しかし、愚かなるかな。それこそが、最も、目の前の少女の堪忍袋の緒を切れさせる選択肢であるというのに…………

 

 

 

ぷっちーーん、と何やら布団の向こうで聞こえた気がする。

何かすっごいどこかで聞いた覚えしかない音である。

具体的に言えば、どっか極東から来た馬鹿相手に怪我した時に聞いたのが最新の記憶である。

その音を聞いた時、どうなったかを思い出す前に、まず足元にある布団が捲られた。

そういえば布団捲られたら一瞬で終わりだこの作戦…………!! と絶望に、所詮、無能傍付きの浅知恵と頭の中で諦めを受け入れたが…………

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

捲られて照明の光を浴びる事になると思っていたら、特に捲られることはならず──────代わりに足元から何か温かくて柔らかいモノが侵入してきた。

 

 

 

 

Q 今、この部屋で、ベッドに侵入してくるような柔らかいモノは?

 

 

A 姫様しかいるわけないじゃないか。

 

 

 

 

「────────────!!!」

 

 

口から音にならない叫びを吐きながら、逃げようともがくが、哀れかな。

標本の蝶は何をどうしても、もう逃げられない永遠の牢獄なのである。

結果として、数秒後には毛布の中、薄暗い場所で、至近距離で姫様の顔と体が密着する事態になるのであった。

薄暗いとはいえ、たかだか布団の中で、超至近距離だ。

少女の宝石のような瞳はおろか、少し上気したような顔色も見えるし、吐息も届く距離で

 

 

 

 

~~~~~~~!!!

 

 

駄目だ、これは死ぬ、死ねる。死ね。

もし、ここに突然、ドクターが入ってきて、不敬罪で俺を殺そうとしたならば、遠慮なくやれーーー!! と叫んでしまうだろう。

俺なら遠慮なく殺す。間違いなく殺す。というか死なせて。

そう思うが、火事場の馬鹿力でも、抜け出せない拘束具に、俺は今、神の非実在性を証明したと思う。

この薄暗い中でも青色に輝く瞳とか、吐息が丁度自分の口辺りにかかっている事に気付いて、慌てて、唯一自由に動かせれる首を捻って、逃げようとするが

 

 

 

 

「に・が・さ・な・い」

 

 

とわざとらしく一音一音強調して、発声した後、両手で顔を挟まれ、無理矢理、姫様の方に顔を向けられた。

しかし、流石にそうなるのは予想で来たので、視線が合う前に両目を閉じた。

流石にここまでやられたら逆に腹が座る。

開き直りとも言うが、ここまで来たら徹底抗戦である。

 

 

 

「…………ふーーーん」

 

 

少し動いたせいで、布団がめくれ上がったのか。

瞼の裏からでも感じる光を感じながら、少女の酷く不機嫌そうな声が聞こえる。

当然、ここを乗り切ったとしても後に地獄を見る事は承知だが、もう何だが引くに引けない状況になってきてしまったので、もうせめて骨は拾われなくていいから誰か焼いてくれないだろうか……………………

そんな風に、結局現実逃避していると

 

 

 

 

「──────目、開けないと  するわよ?」

 

 

 

「……………………え?」

 

 

今、一瞬、有り得ない単語が聞こえたせいで、脳が単語を音として捉えなかった。

思わず、数秒、目を閉じたまま固まったが、処理できない現実に目が自動的に原因の少女を見ようとして

 

 

 

 

目を閉じた少女が、自身の唇に唇を合わせようとしていて──────

 

 

 

 

「すとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぷーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

思わず大音量で制止の声を投げかける。

流石に至近距離の爆音に、姫様も驚いたのか。

一瞬、猫のようにびーーーん、と硬直した後、閉じていた目を開き、拗ねた目と顔で

 

 

 

「アルフ。病院で大きな声を出しちゃいけないわ」

 

「え? ……………………あ、はい……………………そういえばそうでしたね………………?」

 

「それに体にも響くんだから大人しく──────じゃあ、続きを──────」

 

「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

最早、自分がどんな言葉で叫んでいるのか、気にする余裕も無いまま──────流石にアドルフも少し切れた。

お酒とかの事故ならばまだいいだろう。事故だし、酔ったらキス魔とかあるかもしれない。

いや、それは普通に大問題だが、この際、いいとする。

だが、素面で、そして冗談でキスをしようとするというのは流石に看過する事は出来ない。

こっちがどう想っているのか知らない癖に、そんな事を容易く出来るような立場でもない上に──────応える余裕も無い人なのだから猶更だ。

その上で、相手が天上の人なのだ、という事を忘れずに、と心掛けつつ、怒りの色を隠せずに口を開いた。

 

 

 

「姫様! 流石に冗談が過ぎます!!」

 

「冗談……………?」

 

 

至近距離のままこちらの言葉を聞いて、小首を傾げられる。

まるで、こちらの言葉こそが冗談ではないか、と言われているように思えるが、当然、思い当たる節が無いので、今はこのまま行かせてもらう。

 

 

「冗談じゃないのならば遊びが過ぎます! そういうのは流石に看過出来ないというか…………えーーと………………お、お、女の子がそう容易く体を預けるのは無防備過ぎます!」

 

「へぇーー? じゃあ容易くじゃなかったらいいのね?」

 

「気持ちだけでもだーーめーーでーーすーーー!! というか、そういう事は同性の方と話し合って下さい! 不適当不適格ーーーーーー!!」

 

 

こうして叫んでいる今も、肉体は密着しているのだが、鋼の意志で男の本能だとか何だとかを封じている俺を誰か褒めて欲しい。

何せ、今、色々とコーフンしたら、一発で処刑コース。

ギロチン待ったなし。

その前にアンジェ様に殺されるか。

頭の中で父の拷問めいた鍛錬を思い描いたり、死にそうになった瞬間を再生しつつ、ギャグに走れる自分の器用さに自分でびっくりだ。

姫様もこっちの必死さに気が変わってくれたのか。

んーーー、と言いつつ、何とか上体だけでも起こしてくれたから、大分ホッとするが──────直ぐに目の前にリンゴから作られた、ナタリー……………………というより妹の方の像が突き付けられるので、うっ、と呻く。

正直、今も話したくないし、また密着状態に入っても、口を開かなくなる自信があるくらいだが……………………しかし、少し間を置いたお陰で、冷静になってしまった。

特に賢くない自分でも、思いつくことが出来るくらいには冷静になってしまった。

 

 

 

 

例えば……………………お人好しなどこかのプリンセスからしたら、唐突に身近な人間が殺されそうになったのに、何一つ教えてもらえない、というのは忸怩たる思いではないだろうか、とか。

 

 

 

「くぅ……………………」

 

 

乗せられている……………………とは違うのだろうけど、やっぱりこのパターンになるしかないのか。

こうなったら腹をくくるしかないが……………………まぁ、それでも言わなくていい事は言わなくていいだろう。

ナタリーが何を目的に自分に近寄ったとか、あの名も知らない姉の振りをして近づいてきた妹がどうしてあんな風に狂ったかとかは。

汚い部分は出来れば、余りこの人には教えたくないのだ。

清廉潔白な人、というわけではないが………………それでも、この人を汚したくないというのは、まぁ、完全な自分のエゴなのだろうけど。

とりあえず、無い頭を動かして、何とかでっち上げるか、と殺し合いする時よりも真剣になりつつ、顔は一切、そんな事を考えず、実に仕方が無さそう、という顔で

 

 

 

 

「とりあえず……………………マウントポジションから離れてくれませんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

結局、マウントポジションからは離れてくれなかった。

上体を起こしてくれただけでも、大分マシと思うこの思考は不味いとは思うが、しょうがない。

とりあえず、そんな間抜けな格好で、出来る限り色々とぼやかして話した。

まず、本当にあの殺人鬼相手とは知り合いではなく、その姉と知り合いであった事。

その姉とはまぁ、普通に話をするくらいの関係だったが、その姉が事故で亡くなったから、不安定になってあんな凶行に走ったのではないか、という風に纏めた。

我ながら即興にしてはまずまずではないかと思い、最後に姫様がどんなリアクションを返してくるかを唾を飲んで待ち構えていると

 

 

 

 

「そうだったの………………」

 

 

と、成程、という顔で小さく頷いてくれたので、小さく、気付かれないようにホッと吐息を吐き

 

 

 

 

──────実は納得顔を浮かべたまま、こちらが安堵の吐息を吐いた瞬間を見逃さず、目を細めているのにアドルフは気付けなかった。

 

 

蜘蛛の巣からようやく逃げられたと思い込んでいるが、逆により深く絡まってしまった、という事に気付かないのは、女の経験値の足りなさ、とここにスパイ二人がいれば、そう言っていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

プリンセスは彼の腰より少し下辺りに座りながら、とりあえず、どう料理するべきかを考えた。

本当ならば、流石にお腹辺りに座りたいのだが、傷を考えるとここしかないので、ここでマウントを取るしかないのだが……………………それはそれとして、未だ一切、少年からのそーーいう反応が無いのは少しむかつく。

男の子はこういう事をされたら、落ち着かないっていうのは嘘か? いや、嘘ではないと思う。

という事は、理性で押さえつけているという事か。やっぱりむかつく。あ、いや、今はそこじゃない。今は。

今、やらなければいけないのは誤魔化したと達成感に震えている少年を、駄目に決まっているじゃない、と張り手をかます事だ。

さて、じゃあ、まずはと思いつつ、拘束されて身動きでない少年の手を探り当てて、触れてみる。

 

 

 

「え、ちょ………………?」

 

 

少年が何か言おうとするが、その前に

 

 

 

「手、握られた?」

 

 

と、少年からしたら酷く唐突な質問をされ、抗議しようとした言葉を潰されながら、何かを言う前に、少年が意識を現在よりも過去に視線を向けたのを察知して、更に目が細くなった気がする。

容赦はいらないわね、と認識を切り替え、アルフが冷静さを取り戻す前に、プリンセスは触れていた手を、気合で離し、次は細く見えるが、実はがっしりと鍛えられている胸板に手を付くように触れ

 

 

 

 

「体は触れられた? 腕組みとかした?」

 

 

 

凄い勢いで瞳がキョロキョロとするのを見る限り、自分の誤魔化しが通じていなかったという事に気付いたのだろう。

気付いても遅いが。

とりあえず、反応から察する限り、腕組み辺りは怪しい所である。

何か色々と込み上がってくるが、最後に、アルフの唇を少し撫でて

 

 

 

 

「キスした?」

 

 

 

少し、不安になりつつも、聞いたら、アルフが唯一自由に動かせれる首を物凄い勢いで横に振る。

その本気の態度だとどうやらキスはされていないようだ……………………が

 

 

 

「……………………」

 

 

一瞬、首を振りながら目が泳いだことは見逃さなかった。

……………………つまり、キス自体はされていないが、強請られた事はあるか──────もしくはそれに準ずる何かをされたか、した事はあるという事か。

 

 

 

 

なぁんだ、アルフってば……………………可愛い女の子相手なら誰にでも格好つけるの?

 

 

ふふふ、と思わず、笑いが零れそうになる。

 

 

 

「あ、あの姫様? ……………………私が、何も言っていないのに、事態が進行している感があるのですが?」

 

「"そう言いながら、アルフの体は震えていた。次に自分がどこを触られるのか、何を聞かれるのか分からない不安と……………そして微かな期待と共に、無意識に顔を赤らめながら、見上げる瞳には、恐怖ではなく……………………懇願の色がある事を、少年は知らない………………"」

 

「変な心理描写を勝手に出すのはどうかと思います……………………!!」

 

 

無視する。

勝手に知らない女の子といい雰囲気になっていた浮気性のアルフのツッコミを素直に聞くほど、器は大きくないのだ。

 

 

 

 

……………………言わないって事は、めでたしめでたしで終わったわけじゃないのでしょうけど……………………

 

 

 

隠そうとしているせいで逆に何を隠しているのかが分かるのだ。

流石は傍付き以外ではポンコツである事に定評があるアルフである。

 

 

ポンコツ可愛い。

 

 

じゃなくて。

問うてもいいのだけど、恐らくその事についてはセクハラしても言わないのだろう。

別に、そこまで清廉潔白な人間であるわけじゃないのに、少年は妙にそういう事だけは私に触れて欲しくないのだ。

だから、その件は無理に問おうとは思わない。

聞けば、傷つくのは私ではなくアルフの方なのだから。

だから、わざと茶化すように、ついでにちくちくと刺すように言葉を突き刺す。

 

 

 

 

「──────で。どこがただの知り合いですって?」

 

 

 

地震が起きたように振動するアドルフをジト目で見つつ、ちょっと思いっきり腹に手を載せて体重をかける。

おぶっ……………と腹にかかる重みに酸素やら何やらを吐き出す光景に多少留飲を下げつつ

 

 

 

「嘘吐き。意気地なし。女たらし」

 

「一個増えました称号……………………」

 

 

前二つは言われたのか。

私も似たような事はいった事あるが、ナタリーさんにも言われたのか。

実に趣味が合いそうな人である。

もしも出会えたら仲良くなれていたかもしれない──────見えない角度で牽制を入れていただろうけど。

 

 

「女の子と友達になったりするのはいいけど、こうも隠されたりしたら不倫を疑いたくなるわ」

 

「不倫ってなんですか…………それに、結局、俺は愛せませんでしたよ」

 

 

苦笑して呟く声と顔には力が無い。

愛せなかった、という件に関しては余り問い詰めない方が良いみたいだ、と思いつつ

 

 

 

 

「─────────俺は(・・)?」

 

 

 

再び始まる振動。

余り揺れると傷口に障りそうだったので、傷に関係ない鳩尾辺りに手を置いて体重をかけて、動けなくしながら、笑みを浮かべて顔を近づける。

 

 

「つ・ま・り。アルフはそのナタリーさんに愛されていたって事かしら? へーーーーーーーーー? アルフ、もてもてねーーーー?」

 

モテてない、全然モテてません、と首を滅茶苦茶に横に振るが無視する。

何て油断できない。

実は他にも似たような関係があるのではないか、この傍付きは。

 

 

 

全く……………………

 

 

 

こっちが今日(・・)色々と覚悟を決めてい(・・・・・・・・・・)()から良かったものを。

少し前の自分なら我慢して、一人で泣いていたかもしれない。

だから、今は嫉妬を感じても、穏やかに────────聞きたい事を聞けた。

 

 

 

 

「────────何故、愛せなかったの?」

 

 

 

アルフの語りからでも分かるくらい、そのナタリーという少女はとても綺麗で、そして魅力的な少女だった、というのは分かる。

綺麗で魅力的ならば惚れるというわけではないが、聞いてみたいと思う。

そう思っていたら、アルフは非常に複雑そうな顔をした後に、口をとがらせて

 

 

 

 

「……………………姫様にだけは言いたくないです」

 

 

 

と、子供みたいな反応をして────────期待通りの反応に私は思わず、笑った。

子供みたいないじけ方をした少年はそのまま、急に笑い出した私に対して何で笑うのですか? と言おうとしているのだろう。

だから、その流れを切るように唐突に少年の顔に至近まで自分の顔を近付け

 

 

 

 

 

「それは私の事を愛しているから?」

 

 

 

 

次の瞬間、口を開けようとした少年の全挙動がが完全停止したが、悪いが付き合う事は出来ない。

むしろ大チャンス到来、と思い、隙だらけの少年の唇をその勢いのまま奪った。

 

 

 

 

「────────っ!!!?」

 

 

 

衝撃も二回続けば、気付になるのか。

唐突にキスをされるという事態に、どうにか対応しようと少年はもがくのだが、当然、拘束が解けているわけではないので、逃げるどころか、こちらの動きを抑える事も出来ない。

動かせれる首をどうにかしようにも、ちゃっかりと私が両手で首を押さえている為に、横に向ける事すら出来ない。

詰み、というのは正しく今の状況だろう。

 

 

 

 

アルフにはもう、私を見るしかないのだ。

 

 

 

そのまま顔を押さえていた両手を、彼の後頭部に持って行って抱きしめるようにして、更に唇を押し付ける。

こちらは目を閉じている為、アルフの表情は見れないのが残念だが、口の中に少年の驚きを表すように息が入って来ている為に、くすぐったいのと同時に満足感も得れた為、良しとする。

そんな幸福的な時間も、唇を離せれば終わる────────わけではなく。

離した後、何が起きたか分からないという風に動揺しているアルフを見れば、実にほっこりである。

勿論、ここで更に追撃するのが、私クオリティ。

 

 

 

 

「アルフ────────貴方、麻薬で錯乱していた時の事、覚えている?」

 

 

 

アルフからすれば、余りにも唐突な話題提起。

怒涛の連続に、理解が追い付ていない少年は、声すら出せずに、言われたことに脳が勝手に反応して首が動いた、という風に小さく首を横に振る。

それにくすり、と笑って、本当に楽しみながら────────もう一生逃げられないわよ? と告げる。

 

 

 

 

 

「貴方────────その時、私にとっても情熱的な告白を、私にしたのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

最早、何が起きているのかさっぱり分からない無理解な世界の中、少女の言った言葉が意識に突き刺さる。

 

 

 

 

情熱…………的な、告白?

 

 

 

俺が、姫様に?

意味が分からない。

一体、どんなとち狂った状況になれば、俺が姫様に対して情熱的と言えるような状況になるのだ。

 

 

 

……………………あーーー麻薬でとち狂っていたからかーーー

 

 

 

確かに、正気じゃないのならば正気ではない行動を取るよな。

何か、熱暴走して逆に冷静になりつつあるが……………………だが、つまり……………………その…………その上でさっきの行動をしたって事は……………………

 

 

 

「あの……………………姫様…………?」

 

「言葉にした方が良い?」

 

 

 

うわぁぁぁぁぁぁぁーーー…………読まれている。もう、完璧に読まれている。

 

 

謎の敗北感に包まれながら、現実感が徐々に失っていくので、夢じゃないかと疑いそうになるが、流石にここで逃げるのは男が廃る。

 

 

 

「ほ、本当に良いんですか? 私は、その…………貴族ではないですし…………姫様の、夢の邪魔に……………………」

 

「階級社会に関しては、それらを何とかする為に私は動いているのよ? 邪魔云々はそもそもアルフが私の邪魔になった事ないし────────夢も愛も、両立していいものだってちょっと教えられたの」

 

 

最後の教えられたって所は誰から? と思ったが、今は正直気にしていられない。

ただ、一つの事実だけが自分の中でリフレインされていた。

 

 

 

 

もう、諦めなくても、我慢しなくてもいいのか、という

 

 

 

 

「……………………」

 

「唐突過ぎて信じられない?」

 

 

勿論、それはある。

こっちからしたら、初めて読む本を開いたらいきなり起承転結の結だけを読まされている、という感覚だ。

正しく降って湧いたような奇跡だ。

だけど…………流石にここでそこまで疑う程、落ちぶれてもいなければ、女に恥をかかせたくない。

 

 

 

 

「……………………あの、姫様。拘束を、解いてくれません?」

 

 

 

こちらの言葉に、少しだけきょとんとした顔になるが、姫様は数秒後に、意地悪そうな顔になる。

この人、本当にこっちをからかえそうな時は生き生きとする…………

 

 

「我慢できなくなった?」

 

「……………………もう、それでいいですからお願いですから拘束を解いてくれませんか?」

 

「そうねぇ…………」

 

笑ながら流し目でこちらを見てくる辺りが実にいい性格である。

それに関しては、正直、反抗したいのは山々だが、今はそんな余裕はない。

だから、つい、諦めたように口を滑らせる。

 

 

 

 

「後で何でも言う事聞きま────────」

 

「傷に障るから激しく動かない事だけは守ってね?」

 

 

全てを言い終わる前に、拘束に手を出している姫様の姿を見て、早まった感がバリバリ出ているが、後悔はとりあえず未来のアドルフに押し付ける。

女装したんだから、もう今度は猫耳だろうが語尾だろうが、何だろうがやってやる。

ガチャガチャ、とベルトを外す音が響くが正直、焦れる一方だ。

一つ一つ外れ、ようやく上半身の拘束具が全て、外れた時、自分は我慢出来ずに勢いよく起き上がり────────姫様を腕の中に無理矢理収めた。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

流石の姫様も想定外だったのか。

可愛い声を上げるが、そんなのはどうでもいい。

ずっと、抑えていた感情を、もう抑えなくていいと言われたのだ。

向こうもあれだけ好きにやってくれたのだ。自分がやり返してはいけない、なんて法則は無いだろう、と思い、驚いて反射的にもがこうとしている少女の顎を掴んで、無理矢理顔を上げさせた後、貪るように今度はこちらから唇を奪った。

 

 

 

 

「んんっーーーーー!!?」

 

 

 

驚いた顔と赤面で顔が染め上げられるのを瞳を閉じる前に目で刻みながら、それだけでは終わらない。

溜め込んでいた熱を送り込むように、無理矢理唇を舌でこじ開け、そのまま舌を少女の口内に侵入させる。

口内に唐突に異物が入ったからか。

姫様は流石に苦しむようにこちらの胸に手を置き、押そうとするが、その程度で負ける程軟な鍛錬もしていないし、離れる気も無い。

押そうとしてくる手を逆に開いている手で掴み、余計に逃げられないようにする。

顎を掴んでいた手も、今は姫様の背に回している。

もう一本空いた手が推してくるが、少女の細い腕一本ではなしのつぶてもいい所である。

だから、遠慮なく少女を力で蹂躙し────────永遠のような刹那は少女の舌と自分の舌の間に出来た糸のような物が断ち切られると同時に終わった。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

少女がとろんとした目をしつつ、荒れた吐息をしているのを見ると罪悪感と共に、ちょっとぞくぞくとするものが背筋を貫くが、ここで後悔する程恥知らずではない。

少女がそうしたように、自分も今までの感情を吐露しようとして

 

 

 

 

「────────姫様可愛い」

 

 

 

本音ではあるが、何か心の内に秘めておくべきのような、べきじゃないような本音の方が口から漏れてしまった。

自分にしてはえっらい剛速球の誉め言葉に、朦朧としていた少女は、ただでさえ赤い顔を、更に赤色に染め、しかし

 

 

 

「アーーールーーーフーーー」

 

 

こちらの言葉が姫様の負けん気を刺激したみたいで、声に怒り…………というと大袈裟だが、よくもやったなレベルの攻撃色が見える。

自分はあれだけからかう癖に、他人にされると反発するのだから、普段はどちらかと言うと防御的な人なのに、どうして俺に対しては何時も攻撃的なのだと思うが、今はそれどころではない。

流石にこのタイミングで低身長になり、お説教されるのは嫌だ。

だから、もうタイミングとか雰囲気とかは無視して、出来る限り急いでいるように見せずに、しかし少女の怒りを断ち切るように────────混乱の中で言ったと言われた言葉を、自分の意志で今度こそ告げた。

 

 

 

 

 

「────────愛しています、姫様」

 

 

 

 

告げられた言葉を姫様が受けている内に、更に畳みかけるように告げる。

 

 

 

 

「姫様さえいれば他には何もいりません…………貴女がいれば、他の誰かも、他の何かもいりません────────世界で誰が一番姫様を愛しているか、と言われたら、アン…………いえ、シャーロット様にも負けない自信があります」

 

 

 

だから

 

 

 

「貴女が────────いや、お前が欲しい」

 

 

 

 

酷く滅茶苦茶で支離滅裂であったのは自分でも理解しているが、ぶっつけ本番だから仕方がない。

それに、そんな形ではあったが、自分が伝えたい事は伝えた、と思えたのだから、これでいい、と思う。

後はもう、彼女の反応を待つだけだ、と死ぬかもしれない、という時ですらここまで心臓がうるさく鼓動しなかった、と思えるくらい緊張していると

 

 

 

「……………………ぷっ」

 

 

 

渾身の告白は、何故か少女の笑いを作る結果となった。

何故…………? と思っていると

 

 

 

 

「もしかしてアルフ────────私からキスされた事、根に持っている?」

 

 

 

ぐっ…………と思わず詰まる。

詰まるのは当然、言われた言葉が事実だからだ。

流石にそれは意識しなかったとは言えない。

勿論、その理由も言いたくないが、どうして? とこちらの目を真っすぐ覗き込んでくる少女の顔を見させられたら、嫌々でも言うしかない。

 

 

 

 

「だって、その…………そういうのは男からやるべきだと思いますし…………お、女の子にリードされ続けるなんて負け犬にも程がある」

 

「そんなの誰が決めたの?」

 

 

クスクス笑って、問われるという事は滅茶苦茶からかわれている…………と思うしかない。

もう一回キスして黙らせてやろうか、と常なら考えない不敬を考えるどころか、体がそのまま動こうとするのだが

 

 

 

「だーーめ。何度も不意は討たれないわ」

 

 

 

こちらの唇に人差し指を刺されて、断念せざるを得なかった。

ちくしょう…………可愛い、と思いつつ、引いてしまうのだから、もうずっと負け続けるのかもしれない、と思っていると

 

 

 

 

 

「ねぇアルフ────────最後まで愛してくれる?」

 

 

 

 

そんな当たり前のようで────────酷く重い言葉を放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

余りにも唐突で、聞くにしても余り聞くようではない言葉を私は少年に問うた。

言葉だけを聞けば、浮気はしないよね? と念押ししているようだが、そうではない。

 

 

 

そうではないのだ。

 

 

だって、私達の愛は砂上の楼閣のような儚さと脆さによって形作られるものだ。

アルフの方も勿論、今回みたいな命の危険が多い事もあるが…………それ以上に、私は自分の願いが形になったハッピーエンドの先でも、終わる未来があるかもしれない身だ。

むしろ、それこそがハッピーエンドを作る為の最後のピースであるかもしれない。

 

 

 

 

そして、そうなった場合…………私は、躊躇わないと決意している

 

 

 

公衆の面前で罵倒されながらギロチンを落とされようとも、この国が、民が救われるのならば怖くても、好みを捧げるだろう。

だって、その先には、自分が愛する者達の幸福が待っているからだ。

アルフは当然の事、ちせさんは日本に帰るかもしれないから恩恵を得れないかもしれないが、ドロシーさんもベアトも────────アンジェも笑える世界。

そんな報酬があるならば、首一つ容易いと思ってしまう。

その事実を、アルフだって分かっているはずだ、と思っていると

 

 

 

「わぷっ」

 

 

唐突に、アルフがまた私を抱きしめに来た。

でも、今度は抱きしめるだけで、キスによる奇襲どころか、顔はこちらの左肩に乗るような形になっているので、見る事も出来ない。

どうしたのだろう、と思っているとすぐに答えが返ってきた。

 

 

 

 

「────────もしも、私が姫様の意志を無視して、どこか遠い所に連れ去ったら、姫様は私を憎みます?」

 

 

「……………………」

 

 

 

余りにも不器用なもしもに、プリンセスは小さく苦笑した。

いきなり嫌うではなく、憎むの辺りがアルフらしい。

それとも、これはわざとなのかしら?

だって、そこまで強い否定の言葉を持ち出されたら

 

 

 

はい、そうです、なんて言えるわけないじゃない…………

 

 

 

それにだ。

もしも、アルフに連れ去られて、プリンセスという肩書から逃げて、どこかでただの村娘として生きていくなんて、そんなIFの物語なんて────────何度夢想したか。

 

 

 

 

 

夢想して、夢想して、夢想して────────そして夢想で終わった。

 

 

 

何故なら

 

 

 

 

「────────いいえ。アルフの事は憎まないし、嫌わないわ」

 

 

 

 

ただ

 

 

 

 

 

「────────その時は、きっと自分を軽蔑するわ。軟弱な女だって」

 

 

 

 

 

私の言葉を聞いたアルフは、まるで砕けたかのように、こちらを抱きしめる力が弱まった。

その事実に、ごめんね、と思いながら、言葉にする資格が無い私は自分の両の腕を同じように少年の背に回して抱きしめるしか出来なかった。

 

 

 

 

本当に────────酷い女だ

 

 

 

こんなに振り回して、ようやく互いに捕まえたと思ったら、最後の最後に私は振るのだ。

悪い女であり、酷い女の典型だ。

スパイである二人なんて実に可愛らしく見える。

勝手な女、と思いつつ、弱ったアルフの耳に囁く。

 

 

 

「……………………軽蔑した?」

 

「……………………頑固姫」

 

 

とんでもなく分かりやすい意地に小さく笑う。

何時もの様を付けれていない時点で、意地以外の何物でもないのに。

でも、私はそれに敢えて気付かずに、今までの雰囲気を無視するように軽口を返すことにする。

 

 

 

「私が頑固ならアルフは意地っ張りじゃない」

 

「それも姫様には負けますよ」

 

「お腹刺されたのに、律義に付き合う人に言われても応えません」

 

「ぬ…………今回だけですよ。流石に私も二度はごめんです」

 

 

 

どうだか。

意地っ張りな男の子の言う事なんて信じる方が難しいと今回学んだ。

お互い様、というのもどうかと思うが、結局の話、私もアルフも自分勝手という事なのだおる。

アルフを責め続ける事は自分を責め続けるのと同義になってしまうレベルで。

 

 

 

「……………………都合のいいハッピーエンドには中々辿り着けないモノね」

 

「これが報いだと言うならば、出来れば姫様が生きて、私が死んでの形になってくれた方が嬉しいですね。姫様の泣き顔を見て、この世を去りたいです」

 

「それはちょっと趣味悪くない?」

 

「ええ、単なる悪趣味です────────実は前々から姫様を泣かせたいと思っていたので」

 

「やだ…………アルフ、ケダモノ?」

 

「……………………」

 

「…………今、真面目に計画を立ててない?」

 

「正直に言わせて貰えば、私も男です」

 

 

などと冗談交じりに互いを笑いながら、空白の未来から目を逸らす。

未来は誰にも語れない。

それは王女だろうが、傍付きだろうが、スパイであっても変わらない。

仮に完全完璧の未来を当てれる人間がいるのならば、それは詐欺師の類だろう。

人間に語れるのは良くて、今日か、明日を曖昧に語る事なのだ。

だから、私に出来る事は今を約束する事だろう。

 

 

 

「────────貴方が望んでくれるならば私は今日を貴方と生きるわ」

 

「────────貴女が望んでくれるなら、私も貴女と生き続けます。」

 

 

 

自分で言い出した事だが、思わず笑ってしまう。

 

 

 

「これ、プロポーズ?」

 

「…………さっき、私は似たような事を言った気はしますが…………まぁ、それは追々…………」

 

「じゃあそろそろさっきみたいに敬語外して、俺とか言わない?」

 

「………………………………まぁ、時々なら」

 

「あら? すっごい進歩」

 

 

こうして二人の永遠のような幸福は幕を閉じる。

互いに未来に対しての不安に強がりながらも、ただ離れぬことだけを夢見て。

 

 

 

 

────────未来に恐怖を抱き続ける事。

 

 

それこそが、互いにとっての償いであり、罰である事を知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは過日の話。

どこにでもある蛇足であり、最早誰にも関係のない話。

ある屋敷で、金髪の瞳を胸辺りまで伸ばし、アンバーの瞳をした少女は悲しみに更けていた。

理由は酷く単純。

 

 

 

自分の姉が亡くなったからだ。

 

 

 

自分達の家族には母がいない。

父はいたが…………善良であったせいか。

詐欺師に騙され、結果、家は借金によって首が回らなくなって、余裕なんてものが一切ない人間だ。

だから、自分を育ててくれたと言われれば、やはり姉の名を思い浮かぶし、姉として尊敬し、愛していた人であった。

その姉が唐突に誰かに殺害されたのだ。

それを聞いて、私の心は折れ、父はもう何もかもが終わった、と呟いて崩れ落ちた。

 

 

 

 

…………もう私達の先には破滅しか待っていない、というのは分かった。

 

 

 

何れ、今いる家からも追い出され…………どんな風に破滅するか、というだけだろう、と。

だから、死ぬ前の遺品整理のような気持ちで、少女は姉の部屋に入っていた。

お金が無い以上、姉の部屋は私と同じで質素で、特に何も無い部屋ではあったが…………ここに温かみを覚えるのは、私が姉にそういうイメージを持っているからだろう。

 

 

 

 

 

だけど……………………ここにはもう姉は帰って来ないのだ

 

 

 

 

破滅を受け入れるために、ここに来たというのに寂寥感しか募らない。

やはり、出るべきか、と思い、ドアから出ようとして────────ふと、この部屋にある姉の机の引き出しが一つ、しっかりと閉まっていないモノがある事に気付いた。

姉はしっかり者だ。

整理整頓をしている人が、そんな風に中途半端な事をしている事に興味を覚え…………件の引き出しを開いてみると…………そこには本…………いや、日記があった。

姉ならば日記をつけていてもおかしくないか、と思い……………………流石に躊躇したが…………正直、ほとんどやけくそのような精神状態の中で、大好きだった姉が恐らく最後に触れていた物に、自分も触れたいという甘えから、少女は日記を開いた。

 

 

 

 

日記の始まりは衝撃的な一文で始まっていた。

 

 

 

 

 

"私は人を殺さなければいけない"

 

 

 

心臓が止まるような一文に、私は目を見開いた。

姉が人を殺す、というのは考えた事もない行いだ。

だって、これ踊追い詰められた家庭で父や私が絶望に沈まなかったのは、姉が強かったからだ。

体格的ではなく、精神的に。

きっと姉も苦しかったのに、それでも裏表のない優しさで私に微笑みかけ、父にエールを送っていた。

そんな人が人を殺そうとするなんてというのは考えられない事であり、お陰で日記を勝手に読む罪悪感はどこかに吹き飛んだ。

じっくり読めば……………………凡その事は分かった。

 

 

人を殺さなければいけなかったのは……………………私達の為。

お金がないという事実に付け込まれ、姉は人を暗殺する事を覚悟したのだ。

 

 

 

 

そして殺さなければいけない人物────────アドルフ。アンダーソン。

 

 

 

 

それが姉が殺さなければいけなかった人物であり────────そして姉が間違って愛してしまった人であると。

 

 

 

そこから先の日記は正直に言えば……………………結構ぐちゃぐちゃであった。

最初の方は殺さなければいけない対象に惚れるなんて何をしているんだ、という類の自己嫌悪が書かれているし、それが過ぎたらそのアドルフという男に対する愚痴だったり嫌味だったりが書かれるようになっていた。

例外除いて全く他人に興味関心が無い顔だけイケメンの女泣かせだとか、容赦のない口の悪さばっかり目立つ性悪だとか、色々と反応に困る事が書かれていた。

優しくて誇らしかった姉にしては、珍しく感情を前面に出した文章であった。

もしも、これが姉の机の引き出しから見つけて居なかったら、どこかで間違えて他人の物を取ってしまったのではないか、と疑いかねないレベルだ。

しかし、だけど、と思う事もある。

 

 

 

 

……………………もしかしたら……………………これこそが姉の素であったのではなかろうか?

 

 

 

窮屈で出口が見えない家で、ずっと気を張っていた少女が、もしも自由に生きていたら、本当はこうであったのではなかろうか?

そう思って、より重く後悔と罪悪感を生み出す中……………………文面が変わり…………ページに所々染みのような跡が目立つようになってきた。

さっきまでが、思い通りにならない自分と男に対する不満や怒りならば、今度は自分が胸に抱いた想いと現実の板挟みによる苦しみが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

"どうしようもなく彼を愛してしまった…………でも、彼は私を愛してくれない…………否、それ以前に、私は生きる為に、家族の為に彼を殺さないといけない…………!!"

 

 

 

日記の文章からでも読み取れるほどの慟哭が書き殴られていた。

書かれた内容もそうだが、文字その物が文体が乱れるくらいにぐちゃぐちゃに書かれている物もあり────────恐らく、涙を落としたような跡が多々あった。

 

 

 

 

愛している。どうしようもなく愛してしまった!!

 

私の全てをあげてもいい…………だから、彼の全てが欲しい!!

 

でも、彼は私を見てくれない、触れてくれない、触れさせてくれない!!

 

いや…………それ以前に、私に彼を愛する資格が無い! だって、私は彼を殺さないといけないから!

 

 

 

見てもいないのに、姉が日記を前にどんな風に苦しんでいたのかが伝わってくるようだ。

それを前にして、私は人魚姫を思い出していた。

海に落ちた王子を拾い上げた人魚姫は、そんな彼に恋をし、人として彼と愛し合いたいと願った姫は魔女に頼み、人魚姫にとっては自慢であり、誇りであった美声を渡して、人の足を得た。

少しあるけば針の上を歩いているのと同じような痛覚を感じるが、恋に盲目であった姫はそれでも王子と一緒に居られるのならば、と耐えた。

だが、結果、王子は人魚姫と一緒にならずに、他者との婚姻が決まり────────人魚姫は悲しみに崩れ落ち、最後は泡となって散る。

完全完璧に同じとは言わないが……………………似ていると言えば似ていた。

 

 

 

 

姉の目的は最初こそ殺人であったが、途中では愛に変わり、しかし、現実(さつい)がある以上、胸を張って言えるわけがなく、そして王子役である少年はそもそも姉を見ていなかった。

 

 

 

そして、姉は泡となって死んだ、という結末を迎えてしまったのか、と私は日記には落とさないように気を付けつつ…………悔し涙を流した。

余りにも悔しい。

優しい姉、綺麗な姉、強い姉と思って、何もかもを背負わせた事も、そんな姉が追い詰められて、殺害を考えていた事に気付きもしなかった事も。

何時も自分達を支えてくれた姉に対して何も出来なかった、と憤懣を抱えながら────────ドロリとした憎悪をアドルフ・アンダーソンという文字に向けた。

 

 

 

 

────────そんな姉を、何故見なかった?

 

 

 

八つ当たりの思考である事は分かっている。

だけど、思わずにはいられない。

姉はそんな苦しみの中でも、それでも貴方に視線を向けたはずだ。

愛してほしい、助けて欲しい、手を取って欲しい、と。

それらの懇願を全て、無情にも無視したと言うのか。

それとも姉に不満があったとでも言うのか?

姉の容姿は妹であり同性であり自分からしても素敵な人であった。

性格も優しくて、その上で自分の意志を強く持っている人で、まるで物語から出てきた理想の女性みたいだ、と半ば本気で姉を持ち上げていたくらいだ。

冗談ではなく、どこに出しても問題が無い、それこそ王宮に出ても問題がないのではないか、と思うような人を……………………見向きもしなかった? 触れる事すら許さなかった?

 

 

 

 

……………………許せない…………!

 

 

 

自身の憎悪が見当はずれな八つ当たりである事を受け入れても、収まりきらない憎悪。

そうして、憎悪に瞳を曇らせていると、日記は最後のページに何時の間にか辿り着いていた。

罪悪感だったり、憎悪だったり、悪感情を募らせたりもしたが、姉の最後の足跡がもう終わってしまう事にどうしようもない残念さを感じながら、最後のページに視線を向き────────絶句した。

 

 

 

 

"今日、どうなるかは分からないけど…………敢えて最後に言葉に残そうと思う。

辛くて苦しい日々だったし……………………報われない想いになる可能性が高い愛だったけど────────それでも、アドルフを愛する事が出来て…………幸福(しあわせ)だった。

 

 

 

────────間違いだったとは思わない。もしも来世があるのならば、私は何度でも彼を愛したい"

 

 

 

数分程、硬直していたと思う。

その後は、一度、前の分を読み返したのだが、姉は日記は感情をぶつける為に書いていたみたいで、そこら辺は途切れ途切れであり、姉がどうしてこの心境に至ったのかは書かれていなかった。

どうして…………と思わず呟く。

文字からでも分かるくらい姉は苦しんでいたはずだ。

なのに、最後の最後…………恐らく死ぬ当日か前日にでも書いたこの文章には強がりや嘘の感じが無い────────一人の女としての願いと愛が込められていた。

 

 

 

分からない。

 

 

 

あれ程苦しんでいたのに、それでも死んでも愛したいと思えるのが。

 

 

 

 

分からない・

 

 

 

私や父を置いてでも、人を欲する気持ち────────愛というの感情に、どうしてそこまで必死になれるのか。

 

 

 

 

分からない。

 

 

 

最後にはどんな形になったのかまでは知らないが…………恐らく死も覚悟していたのではないかという姉の文章は────────まるであらゆる贅沢があったとしても、この愛には叶わない、と言わんばかりに己の想いをそこまで誇れるのかが。

 

 

 

 

 

その疑問を…………………少女は己という人格が壊れる寸前まで抱き続ける事になり、そして狂った少女はそんな姉を見習うかのように、姉が愛した人間を追いかける鬼と化し……………………ある意味で己が抱いた鬱憤を叩きつけて、儚く散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アドルフ」

 

「…………何ですか」

 

「もしも、来世というのがあったら…………その時は私と付き合ってくれる?」

 

「……………………毎度御馴染みの唐突なイカレタ質問にはもう慣れましたが…………余り来世という考えは好きじゃないです」

 

「どうして?」

 

「まるで、次があるから今はどうでもいい、みたいに聞こえて仕方が無いからですよ……………………生まれ変わったとしても、このアドルフ・アンダーソンという個が下らない人間である、という評価は覆りませんからね」

 

「自虐…………………いえ、自罰的ねぇ」

 

「何とでも言って下さい────────それに、貴女だって嫌でしょう? 来世の自分を今の自分が今の自分みたいになるかは知りませんが………………こんな男にまた振り回されるなんて」

 

「見る目が無いのは止めろって? お生憎様。私、きっと貴方に何度でも出会うわ。世界の、端の端にいたとしても、きっと貴方を探し出す。そして何度でも貴方を求めるわ────────だって、それが私の幸福なのだから」

 

「……………………とりあえず、一つだけ言える事があります」

 

「なぁに?」

 

「────────君はとんでもなく馬鹿だ」

 

「……………………ええ、そうね。うん、知ってる。でもね────────そうと分かっていても、貴方が欲しいの」

 

「……………………」

 

「だから……………………その時は、私に笑いかけて。それだけで私、幸せだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ…………これにて殺人鬼編終了、という形です。
長々と待たせて申し訳ない!



諸所からナタリーを殺しやがってブーイングが来ましたが、仕方がないのです!! 自分も殺したくなかったぁーーー!!!



ちなみに、最後の二人の掛け合いは敢えて、何時にあったか、もしくは本当にあったかは明言しません。
もしかしたら、夢の中の話かもしれないですし、妄想かもしれない。
もしくは、過去にあった話かもしれません。



ただ、夢だろうが何であっても、確かに、これはあった、のだと、そう信じるような形
でお願いします。


余り長々と語るのもあれなので、何かあれば感想などでどうぞ。




感想・評価などよろしくお願いいたします。

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