プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
何度も諦めれたらと思った。
何度も心を折ろうと思った。
世界に価値なんて無いと思った。
正しさは何時も強さと卑劣さに挫け、弱さは悪辣さと卑小に圧し潰される。
楽になろうとして何が悪い、と思った。
周りの人間を見るとそこには生真面目に努力をしようとする人間もいたが、大半は逃げようとする人間ばかりだった。
そんな人間は決まって努力する人間を馬鹿な事を、と嘲笑う。
その通りだ、と私も何度も思った。
周りは流石は天才だ、とか言うが私はそんな事を思った事が無かった。
苦しい、辛い、逃げたいなど何度も思った。
もしも一人ならば間違いなくそうしていた。
そう─────
あの日の後悔を、忘れた事が無い。
何度も夢に見た。何度も空想で形作った。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
間違いはどこだったのか、と考えた。
決まっている、出会った事だ、と己を憎もうとして憎めない自分が憎らしかった。
憎んだらあの幸福の光景までも憎まなければいけないと思ってしまったからだった。
そうして今度は己の事しか考えていないのか、と恥に思う。
自分が無駄な思考をしている事は途中から理解していた。
解った上でも思考が勝手に後悔を生み続けるのだ。
死を考えたのは一度や二度では無かった。
その程度でしか彼女に報いる方法を思いつかなかったからだ。
しかし、
何故なら残された少女が懸命に生きている事を情報で知ったからだ。
無論、それは戦争に放り出されて生き残っている、とかそういう情報では無かった。
ただ残された少女がただ状況に合わせて生きている、というだけであった。
それが
少女の状況は謂わば唐突に異世界に放り出されたのと何も変わらなかった。
何も知らない、誰もいない、言語ですら同じなのに別のように感じる世界に少女は放り出されたのだ。
それも自分に気付かれたら死ぬ、という酷いルールも付属されて
史上最悪のかくれんぼであっただろう。
鬼は周り全て、かくれようにも己の姿を隠す事が出来ないのだ。
故に欺く。
私も鬼の立場なのですよ、と仮面を被って嘘を吐く。
口で言えば簡単だが行っていた少女の難行を考えればどれ程の辛苦だったか。
そう思った時、私は弱音と笑みを捨てた。
泣き言など言う資格無しと判じた。
泣こうにも泣けない友達がいるのを知っているから。
少女に会うまでは笑みを浮かべずにいようと思った。
彼女が心の底から笑みを浮かべれる環境にいないのに自分が楽しんだり喜んだりするのは間違いだと思ったから。
だから、私は友達が生きる為に周りも自分も騙して生きるのに倣って──────否。
彼女が生きる為に自分と周囲を騙すのならば──────私は彼女を救う為に世界を騙そう───────
そうやって私は10年。
私は
「アンジェ、あそこの窓だ」
アンジェ。
その名前で言われた瞬間に機械が起動するかのように動き出す自分を客観的に自覚しながら、アンジェは指示された場所をフェイスパウダーに偽装した望遠鏡で覗き込んだ。
そこにあるのは茶会の様子だ。
金髪の滑らかな長髪を遊ばせた気品ある少女と亜麻色の髪をした小柄な少女が紅茶を飲みながら歓談している姿だ。
「シャーロット王女。王位継承権第4位ではあるけど政治的なバックが無い為、一部には空気姫なんて揶揄されているけど、まぁ、王女である事は確かだからこの学校でも衛兵に囲まれている」
「文武両道、容姿美麗、性格はお淑やかで穏やか。現女王のお気に入りで、国民からも人気がある。黒蜥蜴星人にもスカウトしたいくらいだわ」
「幾ら見た目中身完璧でも黒蜥蜴星人の姫になるのは御免だろうさ」
赤みがかかった長髪を腰まで伸ばした己の同僚でもある少………………女性、作戦コード名、D。
ドロシーが悪意のない皮肉を溢すが別にどうでもいい。
「そんな事は無いわよ。黒蜥蜴星は福利厚生充実よ、王族であっても例外無しよ」
「そりゃいい! 私達もそれくらい楽出来るんなら住みたいねえ」
「二十歳の女には厳しい世界よ」
「3年後を楽しみにしていろよ…………!!」
無視する。
「もう一人の、あの少女は?」
「ベアトリス。下級貴族の娘らしい。理由は不明だけどプリンセスが学校においてほぼ唯一と言える交友相手だ。侍女も兼ねているらしい。ざっと見ていたがどうもベアトリス本人の意志らしいな」
「つまり、割って入るには強固な関係。完全にシャットアウトしているよりは手強いわね」
人間関係が閉じている人間を解放する手段なんて
人の心程移ろいやすいものも無ければ、不定の物は無い。
一日前に聞いた曲を気に入らなかった人間が次の日に聞いたら気に入るなんて事がざらにある。
信じているとあれだけ叫んでいた人が数日後には容易く言を撤回するのを何度も見た。
それに私達はスパイ。
人が信じてしまいたくなる嘘のような言葉と振る舞いをする生き物だ。
閉じた心何て得意分野だ。
だが、あんな風に特定の人物のみ接しているという事は他人に対して開く扉を用心しているという事なのだろうか、と思いながら、特に諦める事は無いと判断した。
その程度では不可能には余りにも程遠い。
「さて、チェンジリング作戦の為にもここは一つ主席兼作戦の要であるアンジェ。何か案はあるかい?」
「不用心過ぎ。油断は拷問部屋に直結よ」
チェンジリング作戦。
妖精の話を例えにした、聊かロマンチックな作戦名だが、妖精というものが善性の存在として描かれていたわけではない事を考えると悪趣味な作戦名なのかとどうでもいい事を考える。
内容は実にシンプルだ。
私とプリンセスが入れ替わるのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
己の容姿がプリンセスに似ているからこそと形作られた作戦。
実際、相手が空気姫であったとしても王室の関係者に私達、共和国側のスパイが入り込めばどれ程の有利が生まれるかなど考えるまでも無い。
「流石のアンジェも事の大きさに緊張してきたかい?」
「別に。任務なら遂行するだけよ」
事の大きさなんて関係ない、と呟きながら望遠鏡で歓談をしているプリンセスを見ていると
……………え?
一瞬の大きな変化を見て、少し心を乱したのを
「ドロシー、あの男は───」
「アンジェ、直ぐに目を離し、下がれ」
理解よりも先に同僚の言葉に従う。
そうすると当然、目視では見れないが、仕方がない。
吐息を一つ、吐く同僚を見ると恐らくこの行為が正しかったのだ。
アドルフは振り返った。
「……………」
一瞬で得た感覚は消えた。
暫くそのままの態勢で感じ取った視線を辿ってみるが、再び見られている感覚に陥る事は無い。
……………単に見られただけか?
周りに人が決していないわけではないのでその可能性があるのは十分にあるのだが……………今の時点では判断材料が無い。
保留にはするが油断は捨てる。
簡単だ──────
「アルフ?」
姫様がこちらの振り返りに疑問を思って、こちらに振り返るからアドルフはしまった、と感じつつも一切顔には出さずに努めて笑顔で応対する。
噓には、もう慣れている。
「いえ──────何でもありませんよ、姫様」
「この距離からでも気付かれるんるかもしれないんだから気ぃ使うよ」
ドロシーがそんな事を
己を首席とか言って持ち上げるがドロシーとて此処にいる時点で優秀なスパイなのだ。
その少女がそう言うのならば信用出来る事だ。
「彼は?」
「アドルフ・アンダーソン。一応貴族ではあるらしいが元は軍人家系らしいな。名誉騎士って言うのかね。だけど、そのお陰か、本人の実績かは知らないが現女王にプリンセスの傍付を命じられはべっているらしい。流石に四六時中ってわけじゃないけど、それ以外だとほぼガードしている──────正直、周りの衛兵は飾りなんじゃないか?」
「プリンセスの荒事における切り札、という事かしら。どっちにしろ手強いわ──────真正面からじゃ」
ほぅ、と愉快そうに呟くドロシーに私は終始無表情。
「じゃ、どうする?」
「そうね─────まずはパーティドレスね」
即座には? という顔になるドロシーを一瞥しながら─────鉄面皮の下でたった一つの疑問を抱く。
……………プリンセス?
ほんの刹那でしかその変化を見れなかったが…………アンジェが見たのは笑みであった。
誰かがそれを見たら普通の笑みだと言うのだろう。
親しい人でもそう思うかもしれない。
でも、私は違った。
あれは心底から出た喜びか、嬉しさによって形作られた笑みだった。
疑いはしない。
気のせいだったとも思わない。
だって、その笑みをまた見たいが為に私はここに立っているのだから。
だからその笑みを向ける相手がいるという意味はよく理解している。
「─────」
思う所が無い、と言えるような生半可な覚悟ではこの場にはいない。
でも、そうであったとしても
良かった…………
貴女が心底から笑みを向ける相手がいて、本当に良かった、と■■■■■■は思った。
外務卿主催のパーティが始まり、プリンセスはお馴染みの、と口には出してはいけないが少し疲れる挨拶周りを行っていた。
大抵の人は私の挨拶と笑みを見て、実に分かり易い表情を浮かべる。
取り繕ったえみを浮かべるか、心に一物を持った笑みだ。
偶に本当の笑みをくれる人がいたりするが、そういうのは稀なのは分かっているのでこの挨拶は必要な事は解っても少ししんどい事だ。
でも、一つだけ嬉しい事がある。
それは
「─────失礼、皆様。余り続くと姫様もお疲れになるので、どうか一度間を取って貰えますでしょうか」
傍で控えていたアルフが冷静な顔で頭を下げて懇願すると仕方がない、と浮かべる顔もあれば露骨に余り見たくない表情を見せる者もいるが少年はそこら辺無頓着に捌く。
人の悪意に鈍感というわけでも無いのにそういう風に強行してくれるという事がどういう事か、私もそこまで鈍感では無い。
「ありがとう、アルフ」
「姫様のお体こそが一番大事な事ですから」
余り目立たないように小声で喋るのも随分と慣れたものだ、と私は笑い、アルフも私にだけ見える様に小さく笑った。
「ベアトリス様も大丈夫でしょうか?」
「はい、勿論ですアドルフ様。姫様が一番頑張っているのに私が音を上げるわけにはいけませんからっ」
むん、と可愛らしく頑張るぞ、とアピールしてくれる侍女が頼もしくて嬉しい。
有難い人が二人もいるとどんな場所でも自分の居場所のように思えるから素敵だ。
この二人の尽力に応えれるような自分にならないと、と思いながら口では
「でも、ベアトもアルフも少しはパーティを楽しんでいいのよ? 私ばっかり気を遣われたら今度は二人の気が休まらないでしょう?」
そう言うと二人は一度目を合わせ、直ぐにうん、と頷き
「姫様から目を離す方が気が休まりません」
と同時に全く同じ事を言うから思わず一歩引く。
「そ、そう? 私、そんなに頼りないかしら」
「いえ、姫様は頼りがありますし、とっても凄い人です!」
「ですが、同時に行動力の塊過ぎて何をされるかが読めませんので」
ベアトが持ち上げ、アルフがジト目で痛い所を突いてくる侍女と傍付のコンビプレイにうぅ、とプリンセスは周りには気付かれないようにダメージを受ける。
どうでもいいのではあるけど、ベアトも小声で喋るの上手いわ…………。
「アルフ…………こんなに強く且つクールになって………出会った時はあんなにも可愛かったのに………」
「おや、姫様。あそこにニンジンのサラダが置いてありますよ。山盛りで取ってきましょうか?」
口が引き攣りそうになって冗談よね? と場の雰囲気に合わせた笑みで小首を傾げるが、少年は冗談ではありませんが? と瞳の奥に隠した本音を鉄面皮で覆った答えが帰って来るので本気だわ…………とプリンセスは理解する。
ちなみに私はニンジンが苦手である。
ついでに傍でベアトが成程……と頷いているのがとっても頼もしい反面怖い。
「……………アルフ、怒っている?」
「いえいえ、ただの傍付が姫様に対して怒りを覚えるなんてありません」
絶対嘘だ。
言葉にはしなかったが、今、物凄く小さな動きで多分って漏らしたのを見逃さなかった。
「そ、そういえば………あの、姫様? 一つ聞いて宜しいでしょうか?」
少しこちらの旗色が悪いのを察してくれたのかベアトが話題を変える様に提案してくれので自分もそれに即座に乗る事にする。
瞬間、物凄く小さな舌打ちが聞こえた気がするが、そんなやさぐれた傍付は記憶にはいないので聞かなかった事にする。
「え、ええ。何かしら? ベアト」
「あの、その………姫様はどうしてアドルフ様をそんな略称で呼ぶのですか? アドルフ様を愛称で呼ぶにしても少し違いますよね?」
ああ、成程とベアトの質問に納得する。
確かにアドルフをアルフは少し略し方としてはおかしいとは思う。
では何故アルフなのかというのは実は
そう呼んでいる、ととある友人から教えて貰ったのをそのまま使い続けていただけだからだ。
だから、この場ではどう答えようかと思う。
一瞬、アルフが肩を強張らせていたのを大丈夫よ、と小さく笑って安心させる。
友人がどう思って彼をアルフと呼んだかは知らないが、私の中では決まっている。
それは
「だって────出会った当時は可愛かったから。アドルフじゃ厳めし過ぎると思ったんだもの」
だから、折衷案でアルフにした、と半ば本心の言葉を聞いた二人は何故かベアトは顔を赤くし、アルフは天を見上げながら片手で顔を覆っている。
あらあら、と笑っていると
「こんにちわ!」
と場に響くわけでも無いけど、何故か耳に残る声を聴いた。
また、誰か挨拶に来たのか、と思って声がした方向に振り返り
「───────」
途轍もない既視感に襲われる。
銀髪の髪を短く纏め、体に青と黒の綺麗な夜空のようなパーティドレスを纏いながら、ワインをグラスを持っている少女。
顔には眼鏡をかけ、そしてとても綺麗に笑った少女がいた。
見た事なんて無い。
見覚え何て無い筈だ。
でも、気付いたら
「こんにちわ────どこかで会ったかしら?」
と本音が零れた。
直ぐ傍でアルフが自然な形で前に出ようとしたら赤みがかかった髪をしたスタイルがいい少女がアルフに倒れこむのを見るが、顔が赤いのを見ると酔っ払いらしい。
何時もならそっちにも顔と注意を向けるのに、今はそんな気が起きない。
だけど少女は首を振って、初めてだ、と告げる。
そう答えられるとそうよね、と思うと同時に何故か噓、という言葉が心から湧き上がる。
その疑心に必死に蓋を閉めながら姫としての笑みを浮かべながら、名前は、と聞く。
すると
「
息を呑みそうになる名前と
「私と───お友達になってくれませんか?」
とっても懐かしい響きが記憶と心を揺さぶった。
「 」
漏れそうになったのは今までの全て。
知ってる。
知ってる。
知っている。
その言葉を覚えている。
その言葉を忘れる事なんて出来ない。
ずっとずっと覚えていた。
辛い事も苦しい事も悲しい事もあったけど、その言葉だけは後悔しなかったと記憶した言葉がある。
だから、漏れそうになる言葉を微笑で閉じて
「私はつまらない人間よ? お友達になっても楽しくないと思うわ」
と返した。
まるで演劇のよう、と思いながら、この二人だけの舞台を私は心から楽しむ。
「ううん、楽しい」
「どうして?」
合いの手を入れる様に、ダンスで手を取り合うように言葉を告げて、返す。
銀髪の少女も一切変わらない笑顔で、でもやっぱり私のように台詞を言うように────でも一瞬、覗いた懐かしむ様に、愛おしく思うような表情を浮かべて
「私達──────正反対だから」
貴女が信じる貴女がきっと手を取りに来てくれます────────
そう言ってくれた傍付の少年の言葉が脳内で再生される。
直ぐ傍に今もいる少年の言葉を信じていなかったわけでは無い。
少年の言葉は信じていたし、少女の存在も信じていた。
信じてはいたけど直面すると涙すら浮かべたくなる。
奇跡というものがあるのならば今夜の事だろう。
「いいわ───────」
長年培ってきた処世術はこんな時でもちゃんと笑みを浮かべさせてくれる。
その事が、少し悲しかったけど、でもやはり嬉しさが体を貫く。
あぁ…………
心の中で涙を流す。
今こそはっきり断言しよう。
私は幸福なのだ、と。
何故ならこの世で最も信じる二人が約束を守ってくれたのだから─────
今回は比較的シリアス…………というよりはアンジェが出てくると砂糖だけになるのは不可能で御座います。いや、アンジェが悪いとかいうわけじゃないのですが。
今回はアンジェの心理描写がかなり作者個人の見解が入っているので、何かこれ違うんじゃとか思う人が出るかもしれませんがご容赦をお願い致します。
次回はダンスパーティーを駆け足で終わらせる感じになると思います。
中身を弄る理由が全く無いのでここのシーンはそういう意味では二次創作泣かせなんですよねぇ。避けた相棒は正しい選択をしました。ちくしょう。
感想・評価などよろしくお願い致します。