プリンセス・プリンシパル Blood Loyalty 作:悪役
いずなはまだ敵の少年が生きている、という事実に全身が煮える程の怒りを脳内を埋め尽くす勢いで込み上がるのを、必死で抑えながら刃を振るっていた。
アルフと呼ばれた少年は義父と自分を相手に攻撃をする事を諦め、全ての技を防御に回す事によって未だ生存していた。
小刻みなフットワークで刃をギリギリで躱し、殴ろうとしているより押し出そうとしている拳を、顔面に目掛けて速度重視で放たれる為にこちらは躱すアクションを取らなければいけない。
無論、そんな攻撃と呼べるか分からない攻撃ですらこちらが攻撃を10回放つ間に一回放てるかどうかだ。
それ以外は全て防御。
拳で弾き、体捌きで躱し、こちらが放とうとする攻撃をむしろ向かってくる事によって抑えるなどして生き残っている。
悪足掻き
そう言える行動かもしれないが、それを己だけでなく義父も含めての二人の攻撃から生き残っているのならばそれは快挙と言えるだろう。
本来ならば敵ながら天晴れと言ってもいい綱渡りのような攻防をする相手を、しかしいずなは全く褒め称える気が起きなかった。
思い浮かべるのは火のような疑問であり、怒り。
アルフと呼ばれたこの少年が目の前にあるのがどうしようもなく許せないという理屈の通っていない怒りと義父を貶した男が許せないという憎悪だ。
ああ──────本当に嫌になる。
この少年が未だ立って拳を構えているという事実が許せない。
この少年が未だ呼吸をして、戦っているのが本当に許せない。
この少年がまるで自分の命なんてどうでもいいから大事な何かの為に生きたい、と無言で叫んでいるのがどうしても許せない…………!!
自分達の攻撃は致命傷にはならなくても十分に相手の体に掠らせている。
義父の攻撃を含めれば二桁以上の傷を作っている。
致命にはどれも至っていないが、どれも痛覚を刺激し、出血を伴っている。
出血による不安、痛みによって生まれる肉体の不自由。
既に十分に死の予感に抱かれているはずだ。
なのに、少年の瞳にはこちらへの殺意と自分自身に対する怒りはあっても、死が近づいている人間に宿る恐怖を宿していない。
それが何故か余りにも許せなくて…………否
それが余りにも
その熱に抱かれながらいずなは剣を振るう。
この水面に向かって剣を振るうよりも苛立たしい姿を斬り殺し、己の存在理由こそが上なのだと示す為に。
アドルフは一切の恐怖を捨てて敵の挙動に全ての集中を捧げた。
右から来る刃を拳だけの動きで弾き、追撃で左から来る首切りの一撃をギリギリで首を傾げて躱す。
続いて放たれる突きを、首を傾げた状態のまま踏み込みつつ膝を曲げる事によって頭上に通らせる。
懐に入ろうとする俺の胴体を斬ろうとする一撃を左で弾いていると敵の柄に当たる場所で胴体を打たれる。
回避、防御共に間に合わずにまた後ろに戻ろされる。
息が詰まり、餌付きそうになる己を無視しながらまたファイティングポーズを取る。
別に攻撃を受ける事自体はもうどうでもいい。
死ななければ全てOKだ。
切り傷や打撲が幾ら作られても手足が動くのならば、自分は姫様を守れるのだ。
なら、いい。
背後から姫様と思わしき声が叫ばれているのは知っているが、生憎耳を傾ける余裕が無い。
ベアトリス様には申し訳ない事をしたな、と思いながら、ふと今の状況で思い出すには少し場違いな事を思い出す。
『ごめんなさい…………私は何時も貴方から奪ってばっかりで………』
そんな風に、あの御伽噺のようなダンスの最中に謝られた言葉を思い出す。
姫様の事だ。
今もこんな自分が傷付くのを悲しんで叫んでいるのだろうなぁ、と思いながら、一瞬口が緩む。
酷い勘違いだ──────何故ならずっと身の丈に合わないモノを俺は貰っているというのに。
特にどこに居ようなんて思う人間では無かった。
両親が言うように国家と王家の盾になる機構であり人形になるだけの人生だと思っていた。
そんな自分が傍にいたいと願い──────傍にいて欲しいと言ってくれる人と出会えた。
自分には夢も祈りも無いけど──────こんな自分を望んでくれる事がとても嬉しかった─────
「──────」
嗚呼─────何て今更。
何て卑怯な人だ。
こんな戦場で死ぬ寸前の状態で未練を抱くなんて呆気なく死んでいく人間の特徴だと言うのに。
命は惜しくないけど─────傍にいられなくなる事はとても惜しいなんて女々しい事を考えさせられるなんて。
「ああ、もう…………」
死んでもいいけど死にたくはないなんて中途半端な
視界に入るは相も変わらず己を斬り殺そうとする敵対者二人。
そんな正しく死ぬ寸前のような現状を受け入れる。
それでも絶望を受け入れる理由にはなっても、拳を握らない理由にならない事に内心で苦笑を浮かべ
─────次の瞬間、壊れた壁から小さな影が突撃してきたのを見て、状況は一変した。
プリンセスは飛び込んできた影がちせであると同時に悲鳴のような叫びを聞く。
「十兵衛ーーーーーー…………!!」
まるで大事な者を求めるようであり、同時にどうしようもない断絶の色が塗られた叫び。
思わずこの場にいる全員が叫びの主に意識を向けられる。
「
いずな、という少年が思わず、と言った感じで叫びの主の名を呼びながら視線を向けられ─────その隙を見逃さず、アルフが一瞬で少年の懐に詰め寄り、拳をお腹に放つ。
今度こそその真価が発揮される。
体がくの字に折れ曲がり、呼気が無意識に漏れる程の一撃を与えられた少年は襲撃者の列車とは逆の方向の壁に叩きつけられる。
それと同時にちせさんが十兵衛と切り結び、同じ方向に押される。
偶然だが殺し合いにおいては広いとは言えないこの列車の中で空白地帯が生まれ
「プリンセス………!!」
襲撃者の列車から親友の声が響いた瞬間に道が開かれたと思った。
砲弾によって空いた穴から覗く風景に襲撃者が遣っている列車の屋上に立っているアンジェの姿を確認する。
スパイなのに隠せていない心配の表情を確認するが、少女のCボールが光るのを見て、その前に叫ぶ。
「アンジェ!! 列車を止めよう!!」
それだけを叫び、プリンセスは即座に走り出した。
話を続けたら、アンジェが否定するかもしれない、と思っての行動だ。
ちせさん達の斬り合いを通り過ぎ、アルフと少年の隣を抜ける様に走る。
一瞬、いずなという少年から殺意と同時に刃をこちらに翳す気配がしたが、それこそ立ち塞がる様にアルフが間に立ってくれるのを見る。
「──────」
唇を噛み破りたくなるくらい噛み締める。
何時も私はこうして誰かに守られてばっかり。
アルフやアンジェは言うまでも無く、ベアトにも恐らくドロシーさんも、遂にはさっき会ったばっかりのちせさんにすら守られている。
死んだら地獄に行くくらいは当然の報いだろうと自嘲しながらも走る。
このまま行けば列車の衝突は避けられない。
後、どれくらいの距離があるのかは定かでは無いが、そう遠くないはずだ。
Cボールでもそう多くの人数を助けれない筈だ。
故にこの場では無能な自分でも、この手で出来る事があるのならばするだけ。
だから─────
無事でいてちせさんも、当たり前だけどアルフも。
死体になって戻って来るとか言ったら天国だろうが地獄だろうが必ず追いかけて絶対に叩くんだから。
最早、どれ程戦ったか。
いずなは刀を振るいつつも、目の前の怨敵を見る。
最早、憎悪すら感じる気も無くなった相手の顔を見ながら、ただ殺意だけを持って殺し合う。
敵の方が傷は多いとはいえ、相手の拳の勢いが削がれていない以上、傷の有無など有利不利を生む原因にはならないと考える。
この男を殺して、自分は止めないといけないのだ。
向こうで殺し合いをしている義父と小さな娘を。
何度も斬り合う音を聞く度に心が軋む。
止めてくれ、と叫びたくなるような刃の音に焦りが思考を揺らし、その度に致命は避けれているが、軽くは無い拳を打ち込まれるが、あの二人の事を思えば軽いモノだ。
ああ、もう邪魔過ぎて殺したいくらいなのに殺す暇が無い。
何故だ、何故来てしまったのだちせ。
ここに来たらお前が
だから、早く止めないと。
あの刃を止めないと。
この世でたった二人しかいない二人を止めないと。
ああ、だから本当に邪魔だ。
そんな願いなど知った事かと目の前の怪物のような人間が邪魔で邪魔で刃を振るうのだが、今の雑な刀では軽く躱される。
「くそっ…………!!」
二人の攻防は一秒ごとに深化していっている。
最早、何時行き着く先に到達してもおかしくない。
邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ
邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ…………!!
「そこをどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー…………!!」
獣のような獣声が喉から漏れる事に一切頓着せずに殺意を曝け出す。
しかし、目の前の俺以上に血塗れの少年は少しだけ目を細めて
「──────知った事か」
それだけを吐いて、拳を振りかぶった。
こちらの都合を見ようとしないのではなく、あるとすら感じれない態度に刃で構える事で返事としようとして─────瞬間、列車が壮大に揺れる。
「くっ……………!?」
口で衝撃に対する吐息を吐いたはずなのに、全く聞こえない激突音と摩擦音。
列車同士が激突したのだ、と気付いたが、気付いた所で仕方がない。
これで終わりか、とは思うが……………それでもあの二人を殺し合わせ続けるよりかは、マシかと思い、凄絶な揺れが視界を一瞬黒く染め、終わったか、と思い
「──────え?」
次の瞬間、取り戻した視界と己の命がある事の理解を得る。
未だ死んでいない所か、両膝を折ってはいるが、さっきと余り場所も体勢も変わっていないのに気付き、列車の衝突は失敗したのだと悟る。
あの姫と小さい従者の少女のせいか。
いや、そうなるとこちらの列車側も止めなくてはいけないからもう一人敵がいたのかと思うが、そうなるならそうなるで今は気にしてはいられない。
「義父──────」
上、そう告げようとした口はまるで刃で串刺して閉じられたように固まった。
何故なら全機能が全て、瞳に映った光景によって停止させられたから。
そこには義父と■■が抱き合うように重ねながら─────義父の背中から刃が生えている光景であった。
「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────あ」
とっても大きくて、とっても大事なモノが滑り落ちる手応えを感じ取る。
藤堂いずながこの世で最も見たくなかった結末が今、目の前で作られ、そして終わっていた。
義父は痛みに少し呻きながら、しかし刀を離した手でちせの頭に乗せ
「────────」
自分には聞こえない言葉を告げていた。
どんな言葉かは分からない。
ただ聞いた本人が背を軽く震わせた事だけを確認した。
その姿を義父は小さく笑みを浮かべ──────こちらを見た。
思わず駆け寄ろうとして立ち上がるのに失敗する自分を見ながら、もう音にすら出来ないのか。ただ唇を動かした。
「 」
4回、唇を動かし、その言葉の意味を租借した時──────義父は使命を果たしたかのように崩れ落ちた。
「まっ……………」
待って、と言おうとした言葉すら本当に待たずに義父は崩れ─────────死んだ。
余りにも呆気なく、黄泉路に向かった。
自分とちせを残して。
本当に呆気なく、死んだ。
「あ…………あぁ…………」
この世で最も目の前で死んで欲しくないと願った人が目の前で逝った。
それだけを避けたくて、俺は他の全てを裏切ったのに、零れ落ちた。
裏切りの報いだ、と言わんばかりの結果。
だから、そんなのが許せなくて
「ち─────」
せ!! と叫ぼうとした。
完全な八つ当たりと理解しても尚、突き動かす衝動を少女に向けようとして──────また止まった。
ちせのち、の単語で振り返った少女の顔を見てしまったからだ。
そこには先程まで戦っていた侍はいなかった。
ただ、どうして? と泣く
「───────」
呼吸までが止まる。
少女は意識しているのか。
そこには瞳から一筋の涙を漏らし、こちらを焦点が合っていない目で見ているだけであった。
余りにも弱弱しい。
殺したのは少女なのに、少女はどうしてこうなったの? と哀切の悲鳴のような視線でこちらを見ていた。
「ぁ……………う……………」
その瞳に、情けない呻き声しか上げれない。
正しくその通りだ。
どうして? と問い詰められるのはこちらであって俺ではない。
俺達は少女を裏切ったのだ。
裏切った側に許されるのは断罪であって、復讐ではない。
少女のそれは正当な復讐であった。
故に俺がそれを踏み躙る事も、怒りを抱く権利なんて無い。
無いのだ。
だけど──────なら、今、俺が胸に生まれつつあるこの空虚の、穴のような感情を我慢し続けろ、というのか?
理性がそれに答える。是である、と。
それは遺族が得る絶望的な上に膨大な感情であり、同時に自分が今まで斬った人間の数だけ生み出してきたものなのだ、と。
奪うだけ奪って己だけがそれを受け入れないのは余りにも卑怯である、と理性が答える。
本能がそれに答える─────
無理だ駄目だ不可能だ、と脳内で結論が暴れ出す。
これが自然死ならば受け入れるが他人の手による喪失ならば絶対に受け入れない、許せない、全てを塵となるまで殺戮するしか選択肢を選べない、と。
ならば────この泣いている少女に、八つ当たりだと分かってこれをぶつけるのか?
理性と本能が同時に答えた──────出来ない、と。
それも絶対にやってはいけない、と。
自分が義父に従ったのと同様に─────────それだけは何をしても己にはやってはいけない事なのだ、と。
故に、己の耳に軋む音が伝わった。
無論、幻聴だ。
己の精神が耐えられない感情の津波が幻聴を生み出してきているのだ、と無駄な思考を考えながら崩壊する自分を空っぽの人形のように見つめ
「……………っう…………」
少女でも己でもない呻きが耳に入る。
自動的な反射でそちらを見る────────
それを見た瞬間、崩壊していた精神は止まり─────ニタリ、と邪悪に笑う。
あぁ、なんだ。
アルフはくらつく頭を押さえて足を動かそうとしていた。
列車の衝突の時、拳を振りかぶっている状態であったが故に諸に衝撃に吹き飛ばされ、壁に頭から激突をしてしまったのだ。
運よく攻撃はされなかったらしいが、そのままではいられない。
止まったという事は姫様達が何とかしたという事なのだろうが、まだ敵がいる。
藤堂十兵衛と藤堂いずながまだいる。
なら立ち上がらない理由は無いので立ち上がろうとして──────顔を鷲掴みにされてそのまま壁に叩き込まれた。
「……………っ!」
後頭部に衝撃と視界が揺れるが、割れた音を聞く限り後ろは窓だったらしい。
お陰でダメージはそんなに大したは無かったのだが…………万力のような力で握りしめられる顔面の方が問題だった。
「ぐぅ…………!?」
思わず掴んでいる手を離そうともがくのだが、全く外れない。
顔からメキメキと音が聞こえそうな握力に思わず、犯人を見ようとして───────少し絶句する。
犯人が予想外であったからとか、さっきまでとは全く違う表情を見せていたからとか、そんな些細な事ではない。
殺気によって鬼のような形相になっていたとかの方がマシだ。
むしろその逆。
さっきまでは殺し合いの最中であったが、それでも藤堂いずなは間違いなく人間のように意志を持ち、迷っている気配がしていたのに──────今の少年の表情には一切の揺らぎが無く、幽鬼が立っているとしか思えなかった。
故に少しその唐突な変化に一瞬、硬直し───しくったと思うと同時に刀を握ったままの拳が顔面に叩き込まれた。
次回で出来ればちせ回というか戦闘を終了させたい所ですね。
今回はまずアルフの心理描写。
アルフがギリギリ殺戮人形にならのは、小さいかもしれないけど確かな自分の為の欲があるからです。
目的を果たすだけの歯車じゃなくて、個人の欲望を持っている以上、ギリギリで人間でいられている。
FGOのナイチンゲールを例に出すとメンタル極まっても、それでもある意味人間らしいのは治った患者と握手をするのがささやかな幸福であった、という感じです。
彼女と比べるとアドルフも男の子っぽいですねぇ。誰かと傍にいたいと願えるなら本当、ギリギリ人間ですね。
そしてそれとは逆に人間であったことから滑り落ちていく少年の姿も。
どうなるか、次をお待ちをお願いします。
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