学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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理由

 結局、ユリスの案内が終わったのは日も落ちかけた時間だった。

 

「今日はありがとうよ、リースフェルト。色々と勉強になった」

 

「そ、そうか。それなら良かった……いや、あくまで私は借りを返しただけだ。礼を言う必要は無いぞ」

 

 凜堂の礼にユリスは指先で髪の毛を弄りながら答える。さいですか、と凜堂は苦笑しながらユリスと共に地下鉄の駅へと向かっていた。

 

「あん?」

 

「どうした、高良?」

 

 不意に凜堂が怪訝そうに目を細める。不審に思ったユリスがその視線を追うと、十数人の学生が揉めていた。怒号と罵声が飛び交い、かなり剣呑な雰囲気だ。周囲には遠巻きに騒ぎを見ている野次馬の姿もあった。関わり合いになりたくないというのが本音のようで、大半は足早に去っていく。

 

「あれはレヴォルフの連中だな。相変わらず馬鹿なことをやっているようだ。よく飽きないな」

 

「レヴォルフって言うと戦闘狂の集まりって噂のレヴォルフ黒学院か?」

 

 全部が全部そういう訳ではないがな、とユリスは軽く両手を上げる。確かに、騒動を起こしている生徒達の胸元にはレヴォルフ黒学院の校章である『双剣』が輝いていた。

 

 六学園の中でも飛びぬけて好戦的で、勝利を絶対とする校風のためか校則は皆無だ。基本的にアウトローな連中が多く、スラムにたむろしている者は大半がレヴォルフ出身だというデータさえある。

 

「何て言うか、族の抗争みたいだな……あ、手が出た」

 

 二人の眼前で双方のグループが煌式武装(ルークス)を構えた。あれよあれよという内に双方は乱闘を始めた。それぞれの学生が周囲に散らばり、あちこちでやりあっている。

 

「……まずいな、はめられた」

 

「は? 何て?」

 

 ユリスの台詞の意味が分からず、凜堂が訊ねようとしたその時、短剣型の煌式武装を構えた学生が凜堂目掛けて真っ直ぐに突っ込んできた。

 

「うおっ!?」

 

 意表を突かれた突進に驚きながらも凜堂は半身になってそれをかわす。

 

「気をつけろ、危ねぇだろうが!」

 

 怒鳴るも、既にその学生は乱闘の中へと姿を消していた。まさか、と思いつつ凜堂は周囲を見回す。気付けば凜堂とユリスは乱闘を続けるレヴォルフの学生達に囲まれていた。

 

「レヴォルフの馬鹿共が街中で誰かを襲う時に使う常套手段だ。こうやって乱闘にターゲットを巻き込んで痛めつけるらしい。あくまでも、ターゲットは『巻き込まれた』だけだ」

 

「そりゃまた、ずいぶんと狡い手だな!」

 

「私も、経験するのは初めてだ!」

 

 言葉を交わしながら二人は襲い掛かってくる学生達をあしらう。言われてみれば、確かに周りの学生に勝とうとする意志はまるで見えず、何ともお粗末な殺陣を演じていた。そんなふざけた乱闘を繰り広げているにも関わらず、時折鋭い視線を二人に向けて襲い掛かるタイミングを窺っている。

 

「しっかし、随分と面倒な方法で襲ってくるんだな」

 

「こいつらは正式に決闘の手続きをしているはずだ。万が一、警備隊に捕まってもある程度の言い訳はつく」

 

 無罪放免ということは流石にないが、通常よりも軽い罰で済むことが多いようだ。

 

「ってこたぁ、お前を狙ってたのはレヴォルフ(こいつら)だったってことか?」

 

「さぁ、それはどうだろうな。こいつらは金さえ積まれれば何だってやる。裏でどんな奴が糸を引いているか分かったものではないな……おっと!」

 

 煌式武装の矢を避け、ユリスは唇を三日月のように歪める。

 

「何より、こいつらは三下だ。もし、レヴォルフが関わっているならもう少しましな連中を用意するだろう」

 

 そうなぁ、と返しながら凜堂は周囲の学生を観察する。ユリスの言うとおり、二人を襲っている学生達はお世辞にも腕が立つとは言えなかった。その証拠に攻撃されている二人は掠り傷はおろか、埃一つついていない。

 

「んで、どうすんだ?」

 

「決まっている。この状況は明らかに正当防衛だ。叩きのめして色々と聞き出す」

 

「ま、そうなるわな」

 

 軽く応えながら凜堂は視線を巡らせる。この乱闘自体、ユリスに隙を作るためのものだろう。なら、どこかで襲撃者がチャンスを待っているはずだ。そんな凜堂の考えを察したのか、ユリスは笑みを更に物騒なものにさせる。

 

「心配するな。この程度の連中、警戒しながらでも焼き上げられる」

 

「少しでいいから手心を加えてやれよっと!」

 

 周囲に炎を踊らせるユリスに忠告しながら凜堂は真正面から突っ込んできた学生を迎え撃つ。上段に構えられた剣型煌式武装が振り下ろされる前に学生の手首を掴んだ。そのまま手首を握り潰すように握力を強めるが、学生が煌式武装を取り落とす前に他の学生が一斉に襲い掛かってきた。その数、五人。凜堂を囲むような形だ。

 

「おぉ、少しは頭を使ったか」

 

 感心したように呟きながら凜堂は素早く周囲を見回す。前後左右、どの方向に逃げてもかわすことは無理そうだ。

 

「まぁ、無駄だけど」

 

 言うや否や、凜堂は学生の手首を握ったまま、投げ縄のように回し始めた。予想を遥かに超えた凜堂の反撃に飛び掛ってきた学生達は空中で止まることも方向を変えることも出来ず、纏めて回転に巻き込まれる。計六人の学生から成る人間団子の出来上がりだ。

 

「そぅらぁ!!」

 

 大きく勢いをつけ、凜堂は人間団子を高々と放り上げる。落下してくるタイミングに合わせて跳躍し、

 

「ぶっ飛べやぁ!!」

 

 掛け声と共に放ったドロップキックで人間団子を吹き飛ばした。

 

「その細い体のどこにそんな力があるんだ?」

 

「鍛えてますから」

 

 そう言って、凜堂は獰猛に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして数分。その間に凜堂とユリスはレヴォルフ学生のほとんどを片付けていた。半分は白煙を上げながら、もう半分は打撃痕を体のどこかに作って地面の上に転がっている。

 

 中には運良く逃げ出せた者もいる。その際、「あ、あいつ『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』じゃねぇか!」だの「んなの聞いてねぇぞ!」とか「もう一人の男も滅茶苦茶強いじゃねぇか!」などと悲鳴じみた声を上げていた。

 

「自分達が狙った相手くらい、確認しておかなくてどうする……高良、そっちはどうだ?」

 

「ん~、こいつで最後だ」

 

 ユリスの問いに答えながら凜堂は学生にかけていたバックブリーカーの力を強くする。学生の断末魔の叫びと共に彼の背骨が悲惨な狂想曲を奏でた。学生が動かなくなったのを確認し、凜堂は力を失った学生を投げ捨てる。

 

「ほとんど片付いたか」

 

「とりあえず、こいつらから色々と聞き出すぞ。意識を失ってない奴を探そう」

 

「オーライ」

 

 二人は転がっているレヴォルフの学生を調べ始めた。泡を吹いている者、助けてママとうわ言を繰り返す者、痙攣し続ける者など、どれだけ二人が容赦なく学生達をとっちめたかが窺える。

 

「おい、リースフェルト。こいつ起きてるぞ」

 

 少しすると、凜堂はユリスの前にモヒカン頭の学生を引きずっていった。片方のグループのリーダー格の学生だ。凜堂に起きていると言われて尚、寝たふりをしている辺り結構な大物だ。

 

「おい、いつまで狸寝入り決め込んでるつもりだ。起きろ」

 

「……」

 

 反応は無い。二人は無言で顔を見合わせると、ユリスは周囲に炎を踊らせ、凜堂は拳を鳴らした。二人がやったのはそれだけだが、脅しとしての効果は十分だったようで、モヒカン頭は情けない悲鳴を上げながら飛び起きた。

 

「手間をかけさせるな。簡潔に答えろ。さもないとその珍妙な頭を焼け野原にするぞ」

 

「まったく、しゃばい髪型しやがって。どうせならアフロみたいなブラザーソウル溢れるのにしろ」

 

 違うだろ、と呆れた表情で凜堂に突っ込みを入れるユリス。

 

「話がそれたな。誰の指示でこんな真似をした?」

 

「お、オレは何も知らない! あんたらを少し痛めつけてくれって頼まれただけだ!」

 

「どんな奴に頼まれた?」

 

「全身黒尽くめで、かなりタッパのある奴だった。でも、顔とかはほとんど見てないんだ!」

 

「声は? 流石に顔は分からなくても、話は聞いたんだからどんな声だったかくらい分かるだろ」

 

 凜堂の問いにモヒカン頭はぶんぶんと首を振る。

 

「こ、声は分からねぇんだ。そいつ、一言も喋らなかったから」

 

「「喋らなかった?」」

 

 凜堂とユリスの声が重なる。何度も頷きながらモヒカン頭は話を続けた。

 

「指示は金と一緒に袋に入れられてた紙に書いてあったんだ」

 

「紙だと? 指示の他に何が書いてあった?」

 

「これは前金で、見届けたら残りを払うって」

 

「見届けたら……」

 

 ユリスが無言で考え込んでいると、突然モヒカン頭は目を見開きながらある方向を指差す。

 

「あいつだ! あいつがオレ達に頼んできたんだ!!」

 

 凜堂とユリスがほぼ同時に振り返ると、路地へと逃げ込んでいく人影を発見した。一瞬だけしか見えなかったがモヒカン頭の言ったとおりの体格だ。それに、紗夜と一緒にいた時に襲ってきた大男とも姿が重なる。襲撃者と見て間違いないだろう。

 

「待て!」

 

 叫ぶや、ユリスは男を追って走り出した。慌てて凜堂が引き止めようとするも、既にユリスは凜堂の手の届かない所まで走っていた。

 

「リースフェルト! 深追いは悪手だぞ!」

 

 凜堂の叫びにユリスは一瞬だけ視線を向けるが、走るのは止めなかった。相当に頭に血が上っているようだ。正常の判断力を失ったユリスは大男を追いかけ、そのまま路地へと飛び込む。それこそ襲撃者が待ち望んでいたものだった。

 

「なっ!?」

 

 ユリスを出迎えたのは待ち伏せしていた大男の戦斧の一撃だった。咄嗟に横に飛び退いて避けるユリスだったが、戦斧が地面に振り下ろされた時の衝撃で吹き飛ばされる。更にそこへもう一人の黒尽くめがユリスへと迫っていた。手にはアサルトライフル型の煌式武装が握られている。

 

「もう一人いたか……!」

 

 己の迂闊さに歯噛みしながらユリスは放たれる光弾の嵐を地面を転がって回避する。星脈世代(ジェネステラ)の目から見ても、驚嘆を禁じえない反射神経だ。

 

「くそがぁ!」

 

 悪態を吐きながら走る凜堂の眼前の地面に剣型煌式武装が一つ、転がっていた。レヴォルフ学生の内の誰かが使っていたものだろう。

 

「リースフェルト、これ使え!!」

 

 凜堂は煌式武装に走り寄ると、ユリス目掛けてそれを蹴り飛ばした。凜堂の声にユリスは跳ね起き、飛んできた煌式武装を器用にキャッチしてすぐさま起動させる。

 

 個人用に微調整された煌式武装でないのが幸いした。すぐに煌式武装は光の刃を形成し、ユリスに操られて放たれる光弾を防いでいた。

 

(これで互角だな!)

 

 丸腰ならともかく、煌式武装を手にしたユリスがそうそう遅れを取るはずがない。凜堂はアサルトライフル型煌式武装を持った大男をユリスに任せ、自身は戦斧を構えた方へと向かった。その刹那、

 

「んだと!?」

 

 凜堂の視界に近くの建物の屋上に立った人影が映った。襲撃者二人と同じ、黒尽くめの格好。その手にはクロスボウ型の煌式武装。しかも、狙われているのはユリスではない。

 

「マジかよ!」

 

 凜堂に向けて放たれた光の矢が空気を切り裂く。完全に凜堂の不意を襲った矢は凄まじい速さで凜堂に迫った。一瞬の内に避けられないと判断した凜堂は上着とTシャツに星辰力(プラーナ)を注ぎ込んだ。服が黒い燐光を放つのと同時に矢が凜堂の脇腹に突き刺さる。

 

「っつぅ!!」

 

 矢の直撃を受け、吹き飛ぶ凜堂。咄嗟に星辰力で防いだのが幸いし、矢は凜堂の体を傷つけるには到らなかった。が、上着は見事に引き裂かれていた。

 

「Tシャツが無事だったことを喜ぶべきなのか……」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 苦い表情で立ち上がる凜堂にユリスが駆け寄ってくる。問題ない、と答えながら凜堂は周囲を見回す。既に襲撃者の姿はどこにもなかった。建物の屋上から凜堂を狙撃した襲撃者も煙のように消えている。後、どうでもいいがレヴォルフの学生達も蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

 

「……そろそろ警備隊がやってくる頃合いだな。私達も退散するとしよう」

 

「オーライ。色々と説明すんのも面倒だし、とんずらしましょ」

 

「それに、折角手がかりを掴んだのに横から掻っ攫われては癪だからな」

 

 ユリスの瞳には静かな怒りの炎が燃え上がっている。それは虚仮にされたこと、そして何より、凜堂が狙われたことに対しての怒りだった。

 

「ここまでされたのだ。私の手で決着をつける」

 

「狙われた本人が勇ましいことで」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてユリスはそっぽを向く。無茶をするな、と言っても聞かないだろうし、凜堂は何も言わなかった。

 

(どちらにしろ、ロディアに報告しとかないとな)

 

「それよりも高良。この後、時間はあるか?」

 

「この後? 別に何の予定も入ってないし、大丈夫っちゃ大丈夫だけど」

 

「そうか。なら、私の部屋に来い」

 

「……はぁ?」

 

 その声は今までの生涯で一番間が抜けていた、と後に凜堂は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訳の分からぬまま、ユリスに連れられ凜堂は女子寮に辿り着く。まぁ、正面から入ることは勿論出来ないので。

 

「……完全に不審者だな、俺」

 

 窓を経由してユリスの部屋に訪れることになった。これで三回目の侵入だ。もし、このことがばれたらと思うと背筋が寒くなる。女子は勿論、男子にばれても碌なことにならないだろう。

 

「来たか。悪いが、少し待っててくれ」

 

 先に(当然だが)部屋に戻っていたユリスは部屋の隅で何やら探し物をしていた。待っていてくれ、と言われてもやることがなく、凜堂は窓枠に腰かけながら部屋の中を眺める。

 

(ガーデニングが趣味なのか?)

 

 そう思わずにはいられないほどの鉢植えやプランターが並んでいた。ちょっとした植物園だ。配置はキチンと考えられているようで、邪魔にならないように置かれている。中には綺麗に花を咲かせているものもあった。

 

「前は即行で顔面爆撃されたからなぁ……」

 

 あれから色々あったなぁ、と凜堂がしみじみしていると、探し物を終えたらしいユリスが歩み寄ってきた。

 

「よし、あったぞ……どうした?」

 

「いや、俺の人生、色々あるなぁって」

 

「定年を迎えた老人かお前は」

 

 ユリスの突っ込みに凜堂はうるせぃ、と歯を剥く。

 

「んで、何の用だよ?」

 

 帰る時間が遅くなると、どんな勘繰りをされるか分からない。早々に用事を済ませたく、凜堂は早速切り出した。

 

「そうだな。さっさとすませるとしよう。上着を脱げ」

 

「はい?」

 

 目を丸くする凜堂にユリスは手を突き出す。

 

「上着を寄越せ、と言っているんだ。繕ってやる」

 

 上着? と言ったところで凜堂は手を打つ。先の襲撃で、凜堂の上着は見事に引き裂かれていたはずだ。

 

「いや、そりゃありがたいが……裁縫できるの、お前?」

 

「得意、とは言い難いが、出来なくはない。それは私の責任だしな。これ以上、お前に借りは作りたくない」

 

「まぁ、そういうことなら」

 

 言われたとおりに上着を脱ぎ、ユリスへと手渡す。ユリスは椅子に座ると、裁縫セットの中から糸と針を取り出して危なっかしい手つきではあるが上着を縫い始めた。

 

「それも友達から教わったのか?」

 

「……そうだが、何故分かった?」

 

 勘だ、と答えながら手持ち無沙汰になった凜堂は改めて部屋の中を観察する。

 

 クローディアの部屋と違ってワンルームだが、大きさだけで言えばこっちの方が広い。掃除もキチンとしているようで、清潔感もある。

 

 ベッドの脇には勉強机があり、その上には一輪挿しのバラと、今時では珍しい写真立てが飾られていた。微かに興味が湧き、凜堂は近寄ってその写真を覗き込んだ。そこにはシスターと思しき女性と様々な年代の子供が教会を背景に写っていた。身なりからして、裕福な生活を送ってはいなさそうだ。

 

 その中で、一人だけ明らかに浮いている少女が一人。服装こそ周りと同様に質素だが、それでも育ちの違いが見て取れた。だが、その薔薇色の髪をした少女は周りの子供と同じ、心の底からの笑みを浮かべていた。

 

(……これが、リースフェルトの友達か)

 

「しかし、派手にやられたな。これだけの攻撃を受けて破れたのが上着だけとは……お、おい、何をしてるんだ!?」

 

 凜堂がマジマジと写真を見ていると、ユリスが慌てて駆け寄ってきて机の上の写真立てを胸に抱くように隠した。

 

「悪い。目に入ってな。そいつらか、お前の友達って?」

 

「……あぁ、そうだ。この写真に写っているのは私の友人達で間違いない」

 

 嘆息しながらユリスは机に写真立てを戻し、椅子に腰を下ろして作業を再開する。

 

「私はこう見えて、子供の頃はお転婆でな」

 

「大体想像つく」

 

 ギロリ、なんて擬音がつきそうな目つきでユリスは凜堂を睨むが、作業する手を止めずに話を続けた。

 

「ふん……とにかく、幼い頃の私はよく勝手に宮殿を抜け出したりしていたのだ。まぁ、王族としての生活が窮屈だったのだろうな。元々、うちの血筋は王族といっても傍系。王政復活に際し、血族がほとんど残っていなかったから担ぎ上げられたに過ぎん」

 

 凜堂は口を挟まず、無言でユリスの話に耳を傾けていた。

 

「ある日、少しばかり遠出をした私は道に迷ってしまった。うろうろしている内に貧民街の方に迷い込んでしまったのだ。当時のリーゼルタニアの治安はそれ程悪くなかったが、そんな場所を裕福な身なりの子供、それも一人でうろついていればどうなるかは目に見えている」

 

 何だか、映画によくあるシチュエーションだ。

 

「その頃からお前は力に目覚めてたのか?」

 

「まぁ、一応な。と言っても、精々ライター程度の炎を起こすのが精一杯だったが。それにあの時の私は今の私と違って実戦はおろか、喧嘩さえ碌にしたことがない。仮に当時から強力な力を使えても、何も出来なかっただろうな。柄の悪い連中に捕まり、路地裏に連れ込まれた私はただ泣く事しか出来なかった」

 

 そんな時に助けてくれたのが彼女達、という訳だ。

 

「その時の私の気持ちが分かるか? 彼女達は正しくヒーローだった」

 

 強い憧憬の色を瞳に映しながらユリスは語る。

 

「さぁね。俺にはそんな経験ないし」

 

 肩を竦めてそう答えながらも、凜堂の脳裏にはある光景が浮かび上がる。

 

 幼い自分を護るように目の前に立つ大きな背中。彼にとってそれは憧憬の対象ではなく、己の全てを懸けてでもなりたい人生の目標だった。

 

「助けられた私は宮殿に戻って色々と調べてもらい、彼女達が貧民街にある孤児院の子供達だと知った。その日以降、私は宮殿を抜け出して彼女達について回るようになった。当然、最初は鬱陶しがられていたが、しつこく通っている内に何時の間にか仲良くなっていたな」

 

「そいつらはお前がお姫様だって知ってたのか?」

 

「いや、当時は身分を隠して遊びに行っていたからな。もっとも、シスターは気付いていたようだが」

 

「家族とかは?」

 

「それはもう、耳にタコが出来るくらいうるさく言われたが、その頃には父も母も亡くなっていたからな。私は別段気にしなかったな」

 

「親御さんが?」

 

「うん? あぁ、知らなかったか。今のリーゼルタニアの国王は私の兄上だ。その先代が私の両親で……と、聞かされているが、私自身、両親のことは余りよく覚えていない」

 

 そうか、と頷きながら凜堂はユリスとの妙な共通点があったことに驚く。幼少期に両親を失っているという点。決定的に違うのは、凜堂は両親の死に様を胸に焼き付けているところだろうか。

 

「驚く事に、その孤児院は母の創設した基金で作られたものだったということだ。それが分かった時は流石に奇妙な運命を感じたな」

 

 そこまで語ったところでユリスの手が止まる。

 

「とは言っても、その基金はもうない。孤児の数も年々増えていき、資金繰りは徐々に厳しくなっていってる。だから、私はアスタリスクに来たんだ。今度は私が皆を助けるために、守るために……悲しいが、彼らに一番必要なのは金だからな」

 

「へぇ」

 

「あぁ、言っておくが私は誰かに頼まれてやってる訳じゃないぞ。私は私の意志で、自分のためにやりたいことをやっているだけだ」

 

 そんなこと、言われなくたって分かる。目の前にいる少女、ユリスはそういう人間だ。

 

「色々大変ね、お姫様も」

 

「私の選んだ道だ。後悔はないし、これからしていくつもりもない……アスタリスク(ここ)はどこまでも下劣で下らない街だ。学生同士を戦わせ、世界中がそれに魅入られ熱狂していく。ありとあらゆる欲望が渦巻き、飲み込んで大きくなっていく醜悪な街……だが、だからこそこの街はあらゆる望みに最も近い場所だ。ここで私は己の望むものを手に入れる。それが私の戦う理由だ」

 

 ふと、ユリスは凜堂を見た。

 

「……」

 

 凜堂は何も言わず、ただただじっとユリスを見ていた。普段の軽薄な態度からは想像もつかないほど静かで、穏かな瞳。そこには抑えがたいほどのユリスへの尊敬と憧憬、そして羨望の光があった。

 

「ほ、ほら、終わったぞ。これを持ってさっさと帰れ」

 

 あぁ、と頷きながら凜堂は繕われた上着を受け取る。少々、いや、かなり不恰好だが、引き裂かれたままなんてパンクな状態よりも遥かにマシだ。

 

「これで貸し借りはなしだからな」

 

「へいへい」

 

 礼を言いつつ、窓へと向かう凜堂はテーブルの上に置かれたハンカチに気付いた。ユリスと出会う切っ掛けになったものだ。初めて見た時は不恰好なハンカチだと思ったが、ユリスの話を聞いた今ではそれが彼女に取ってどれだけ大事なものかが分かった。

 

「あぁ、これか。これは昔、誕生日に友人達がくれたんだ。皆で刺繍を入れてくれて……特に一番下手なのが私の親友のものだ」

 

 最後に「私の宝物だ」と付け加える。そうか、と微笑み、凜堂は部屋から出るために窓枠へと手をかけた。

 

「リースフェルト」

 

 振り向かず、何時でも飛び出せる体勢で凜堂は言った。

 

「失うなよ。大切な人を、守るべきものを……失ってからじゃ何もかもが遅いからな」

 

「? 高良、それはどういう」

 

「じゃあな」

 

 ユリスの言葉を最後まで待たず、凜堂はまた明日、と手を振って窓枠を蹴った。

 

(戦う理由、か)

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