学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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開幕と終幕

「にしても、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ってのは大変だな、おい」

 

 重量型の戦斧を棍で受け止めた体勢のまま、凜堂は周囲を見回す。視線の届く範囲内は全て人形(てき)で埋め尽くされているというのに、その表情には恐怖が微塵も無かった。

 

「こんな非常識で危ない連中に付き纏われるんだからな」

 

 くくく、と愉快そうに喉を鳴らした次の瞬間、凜堂は棍を跳ね上げさせ、戦斧を高々と打ち上げた。凜堂の反撃は止まらず、重量型の関節部分に迅雷の如き連撃を浴びせる。

 

「なっ!?」

 

 サイラスが操作する隙すら与えず、凜堂は重量型をばらばらに打ち砕いた。更に流れるような動きでユリスを抑え付けている二体を破壊し、倒れそうになる彼女を左腕で抱きとめる。

 

「お、お前、何でここに!?」

 

 抱き寄せられ、ユリスの顔が紅潮する。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちに困惑しながらユリスは訊ねた。

 

「サーヤとロディアのお陰さ」

 

「沙々宮とクローディアの……?」

 

 いや、そんなことは問題ではない。問題なのは、

 

「まさか、私を助けに来たなんて言わないだろうな?」

 

 ユリスの問いに凜堂はん~、と首を傾げてから答えた。

 

「半分はそれかね」

 

 半分はな、と凜堂は続ける。

 

「もう半分は俺自身の我が侭のためだ」

 

「お前の、我が侭?」

 

 あぁ、と凜堂は穏かに微笑んだ。

 

「リースフェルト。俺はな、アスタリスク(ここ)に探し物をしに来たんだ。あの時からずっと捜し求めていたものを……そして見つけたんだ、お前を」

 

「わ、私を!?」

 

 ユリスの鼓動が一気に跳ね上がる。不意に凜堂と視線がかち合った。余りの気恥ずかしさに目を逸らそうとするが、出来ない。その瞳に吸い込まれるような感覚がユリスを包み込む。

 

「アスタリスクに来てお前と出会った。そして色々な事を話して、お前の在り方を美しいと思った。お前の気高さに憧れた。お前の生き様に尊敬の念を覚えた」

 

 そして、と凜堂は一旦言葉を切り、サイラスに視線を移動させた。飄々とした彼からは想像もできないほどに苛烈な意思を宿した瞳。そこには怒りの焔が静かに燃え上がっている。反射的にサイラスは一歩退いた。

 

「お前を汚そうとする連中を許せないと思った」

 

 滔々と凜堂が語る一方、ユリスはこれ以上ないくらいに顔を赤くして凜堂を凝視していた。肩をわなわなと震わせ、口からはあわあわと文章にならない言葉が漏れている。今まで恋愛事とは無縁に生きてきた彼女だ。いきなりこんな告白紛いのことをされて平静でいろという方が無理な話である。

 

「あの時は出来なかったけど、今はすることが出来る」

 

 一瞬、悲しげな表情を浮かべ、凜堂はユリスに視線を戻して静かに告げた。

 

「守りたいんだ、お前を」

 

「高、良……」

 

 自身を見つめる双眸から目を離せず、ユリスは見入った。恥ずかしさの余り、穴があったら入りたいくらいだが、凜堂に見られること自体は嫌ではなかった。寧ろ、もっと見詰め合っていたい。そんなことすら考えていた。

 

「僕を無視して話をしないでいただきたいですね。しかし、思わぬ飛込みゲストですね。高良凜堂くん」

 

 その声に意識が現実へと戻る。見れば、サイラスが相変わらずの芝居がかった仕草で肩を竦めていた。瞬く間に三体の人形が倒されたにも拘らず、その態度は余裕に満ちていた。

 

「いくら脆い関節部分を狙ったとはいえ、重量型を一瞬で破壊した動きは賞賛に値します。その後の澱みない連撃も中々のものでした」

 

 しかし、それだけです、とサイラスは神経を逆撫でする笑みを浮かべる。凜堂一人が増えたところで、状況は変わらないと思っているようだ。

 

「貴方の戦いぶりは何回か拝見させてもらいました。それなりにやるようですが、それだけです。正直言って、この学園にはその程度のレベルの者は幾らでもいます。今は奇襲がうまく効いたようですが、百体を超える僕の軍団を相手に何が出来るのですか?」

 

 サイラスの問いに凜堂はん~、と考えてから答える。

 

「ここにあるガラクタ全部をバラバラにぶった斬って、気持ち悪い笑みを浮かべてるお前の面をぶん殴るくらいは出来るかなぁ」

 

 煽るとかを通り越し、宣戦布告と言っても差し支えない挑発だった。余りの挑発的な物言いに顔を真っ赤にさせるサイラスを凜堂はケラケラと小馬鹿にするように笑う。

 

「っ……言ってくれますね。しかし、大言壮語は見苦しいですよ。己の力量を弁えず、出来もしないことを出来ると言い切るのは滑稽を通り越して哀れですよ」

 

 怒声を飲みこみ仰々しく首を振るサイラスにそうかい、と軽口を叩きながら凜堂は器用に片手で棍を六本の鉄棒に戻し、制服の内側へと仕舞った。そして代わりにある物を取り出す。剣型の煌式武装(ルークス)だった。ただ一点、違うのがコアの色だ。鮮やかな赤。ユリスが発する焔の如き色。

 

「『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』……」

 

 ユリスの呟きに頷きながら凜堂は魔剣を起動させる。魔剣は主の求めに応じ、その刀身を露にする。純白に輝く炎熱の刃を。

 

「だったら、やって見せろよ、サイラス・ノーマン」

 

 巨大な白い切っ先をサイラスへと突きつけるように向け、凜堂は言い放つ。

 

「かかって来な、不意打ちしか出来ない臆病者。大物を演じる大根役者。叩き斬ってやるよ」

 

「やれるものならやってみるがいい!!」

 

 怒りに顔を紅潮させながらサイラスが指を鳴らすと、人形達が一斉に得物を凜堂とユリスへと向けた。

 

「高々一人で僕の軍団を如何にかできるものか!!」

 

 四方八方から光弾が迫り、近接武器を持った人形達も打ちかかってくる。凜堂は防ぐでもかわすでもなく、静かに目を閉じた。そして囁く。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり」

 

 刹那、莫大な漆黒の星辰力が解放され、巨大な光の柱となって襲い掛かってきた人形達と光弾を弾き飛ばした。

 

「は?」

 

 サイラスが間抜けな声を出すのと宙に浮かんでいる人形達がバラバラになるのはほぼ同じタイミングだった。切口は刃物で切ったようであると同時に高温で切り裂かれたように赤熱している。

 

 呆然と口を半開きにしたまま、サイラスはさっきまで凜堂が立っていたはずの場所を見ていた。その空間には誰もおらず、ただ四散した人形の成れの果てが転がっているだけだ。

 

「へぇ、これが黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の力か。大したもんだ」

 

「なっ!?」

 

 背後から聞こえてきた声にぎょっとしながら振り返るサイラス。そこには右手に魔剣を持ち、左腕にユリスを抱きかかえた凜堂が立っていた。

 

 何のことはない。ただ、ユリスを抱えたままの状態で、サイラスに知覚出来ない速さで移動したのだ。しかも、人形を切り裂きながら。サイラスには勿論、凜堂に抱きついているユリスにも凜堂がどう動いたのかは認識できなかった。ただ、突風と共に景色が変わった、くらいにしか見えなかった。

 

「な、な、な……」

 

「悪いが、お前のお粗末な人形劇もこれで幕だ」

 

 青ざめ、後ずさるサイラスに向け、凜堂は口角を持ち上げてみせる。

 

「こっから先は俺のステージだ。観劇して、感激しな」

 

 彼の右目には漆黒の星辰力が炎のように揺らめいていた。

 

「その星辰力、無限の瞳(ウロボロス・アイ)か!?」

 

「イェ~ス。右目だけグラサンかけてるみたいで妙な気分だな」

 

 ユリスの問いに軽口を叩きながら凜堂は魔剣を握り直す。サイラスと同じ様に唖然とするユリスだが、我に返ると慌てて凜堂の肩を掴んだ。

 

「それよりも私を下ろせ! 足手纏いになるつもりはない。それに片手で扱えるような代物ではないだろ、それは!」

 

「だったら俺じゃなくてあいつに言えよ。今お前を一人にしたら確実に狙ってくるぜ、あいつ」

 

 言いながら凜堂はサイラスを顎でしゃくる。今までのサイラスの手口から考えて、一人になったユリス(それも手負い)を放ってはおかないだろう。しかし、と渋るユリスに凜堂は悪戯っぽく笑って見せた。

 

「ま、今は素直にお姫様気分を味わってろよ。普段からお姫様っぽくないんだから、こんな時くらい大人しくしてろ」

 

「なっ!?」

 

「それにお前一人抱えてたってこんな奴相手なら負けねぇよ」

 

 凜堂は白い大剣を振るう。さっきまで真っ白だった刀身には何時の間にやら黒い紋様が巻き付くように浮かび上がっており、さながらそれは地獄から溢れ出す黒い炎のようだった。

 

(これが『黒炉の魔剣』の名の由来なのか……)

 

「正直なこと言うとこいつら使うの初めてだし、しかも同時に発動させたから負担とか馬鹿になんねぇだろうけどさ。ま、やれるさ」

 

 ユリスを抱く左腕に微かに力を込めながら凜堂はサイラスを見据える。

 

「ふ、ふん。少しはやるようですね。ならば、こちらも本気を出すとしましょう……!」

 

 どうにか平静を装うとしているが、明らかに動揺を隠しきれてない。そんな無理しなくても、と呆れる凜堂の視線の先、今まで凜堂やユリスを囲むようにしか動いていなかった人形達が整然と隊列を組み始めた。

 

 前衛に槍や戦斧の長柄武器、後衛には銃やクロスボウを持った人形が並び、その間から剣や斧を持ったものが埋めている。肝心のサイラスは指揮官のように最後列に鎮座していた。

 

「これぞ我が『無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)』の精髄! 一個中隊にも等しい戦闘能力! やれるものならやってみせろ!」

 

 その声を合図に前衛の人形が二人へと襲い掛かる。対して凜堂は無造作に一歩踏み出し、向かってくる穂先の群れを魔剣で切り払った。更に返す刀で人形達の胴体を真っ二つにする。

 

 直後に光弾の嵐が凜堂へ殺到した。凜堂は神速の動きで魔剣を引き戻し、その腹で光弾を防ぐ。息つく暇も無く、今度は剣を握った人形が何体も突っ込んでくる。

 

「おっと!」

 

 迫る白刃をギリギリでかわし、凜堂は僅かに膝を曲げて跳躍する。正面から突進してきた人形の顔面に蹴りを入れるように足の裏をめり込ませ、そこを足場にして後ろへととんぼ返りして距離を取ろうとする。当然、光弾が放たれるが、凜堂は大きく体を捻りながら魔剣を振るって悉くを切り裂いた。結局、光弾が二人を傷つけることはなかった。凜堂は地面にぶつかる直前に体勢を直し、危なげなく着地する。そこでようやくユリスは息をつけた。

 

 文字通り、ユリスが敵の攻撃を避けられるかは凜堂にかかっている。何しろ彼女は今、足に怪我を負っているのだから。万が一にも凜堂が相手の一撃を受け、その拍子でユリスを離してしまうかも知れない。そうなったら、満足に動けないユリスは格好の的だ。

 

 そうならないようにするため、ユリスは凜堂の首に回した両腕に力を入れる。そうすると当然、凜堂と密着する事になるので、ユリスは顔を赤らめずにはいられなかった。しかし、嫌な感じは微塵もしない。

 

「ふ、ふふふ、よくかわしますね。しかし、そのような体たらくで僕に敵うとでも?」

 

 凜堂に距離を取らせた事に余裕を取り戻したのか、多少引き攣ってはいるがサイラスが挑発の笑みを浮かべる。一方、凜堂もにやりと笑った。

 

「そうさな。今ので大体見えてきた」

 

「……見えた?」

 

「お前の能力の底さ。お前、その能力で動かせる人形って六種類が限度だろ」

 

 はぁ、とサイラスが怪訝そうに眉を顰める。ユリスも凜堂の台詞に首を傾げる。

 

「何を言い出すかと思えば……貴方の目は節穴ですか? 現にこうして僕は貴方の目の前で百体の人形を動かして」

 

「あぁ、動いているな。しかし、それだけです」

 

 先のサイラスの発言への意趣返しのつもりか、口調を真似しながら凜堂は唇を三日月のように歪めた。

 

「戦力と呼べるくらいに動けてるのは六種類だけ。後は馬鹿の一つ覚えみたいにワンパターンな行動を繰り返しているだけだ……それが出来てるのも十六体くらいか? 残りのなんて突っ立って引き金引いたり、腕振ってるだけじゃねぇか」

 

「……!」

 

「ハッタリには使えるかもな。いや、ハッタリくらいにしか使えないな、こんなお粗末な能力。どうしてお前が不意討ちや搦め手に徹してたのか合点がいったよ。こんなちんけな能力、奇襲でも無い限り即行でネタが割れて返り討ちになるのがオチだ」

 

 顔を青ざめさせ、小刻みに震えるサイラスを凜堂は愉しげに眺める。敵対者であるとはいえ、かなり容赦ない。

 

「何も言い返せないところを見ると、俺の考察はほとんど当たってるってことだな。あぁ、それとこれってチェスのイメージなのか?」

 

「六種類、十六体……あぁ、そういうことか」

 

 凜堂の腕の中でユリスが納得したように頷いた。魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)は能力を発動させる際、自分なりのイメージを構築する。ユリスにとってそれが花であるように、サイラスにとってはチェスだったのだろう。

 

 何よりもユリスが驚いたのは、あの僅かな戦闘のみでサイラスの能力を見抜いた凜堂の観察眼だった。

 

(こいつ、さっきの攻防だけでそれを見抜いたのか?)

 

 もしそうなのだとすれば、この少年の実力はサイラス如きにどうこう出来るようなものではない。文字通り、大人と子供の喧嘩だ。それよりももっと酷いかもしれない。少しだけ、ユリスはサイラスに同情した。

 

「その妙に大袈裟な仕草、ゲームプレイヤーでも気取ってたのか? だとしたら止めとけ。お前、ゲームプレイヤーとしてはどう考えても三流だし、それ以前に似合ってないぞ。レスターの取り巻きを演じてた時の態度の方が遥かにしっくり来る」

 

「くそったれがああああああっ!!!!!」

 

 凜堂の言葉が余程許せなかったのかサイラスは今までの余裕をかなぐり捨て、顔を真っ赤にさせながら吠える。

 

「お前如きに僕が負けるはずないんだぁぁぁぁ!!!!」

 

 再び前衛の人形が襲い掛かってくる。凜堂は軽く肩を竦めた。

 

「こんな程度の挑発でプッツンしてちゃ、三流以下だな」

 

 強く地を踏み締め、ロケットのように飛び出す。人形達の間を駆け抜け様、魔剣を奔らせた。人形は次々に両断されていき、操り糸を切られたように動かなくなる。

 

「無駄無駄。それぞれが大して強くないんだ。タネが割れれば、文字通りの木偶だ」

 

 口を動かしながら凜堂は右側から突っ込んできた人形を頭から真っ二つにした。そこから魔剣を逆手に持ち替え、背後に立っていた人形の胸を貫く。胸部を刺された人形は武器を振り上げた体勢のまま熔け落ちた。

 

「『一閃(いっせん)周音(あまね)”!!』

 

 魔剣を逆手に握ったまま凜堂は右足を軸に体を一回転させ、周囲の人形を薙ぎ払うように切り裂く。更にそこから魔剣を順手に握り直し、逆回転して人形達にもう一度刀身を叩き込んだ。

 

 リィン、と刃音が鳴ると、凜堂の周りに立っていた人形群が頭、胴体、下半身の三つに分かたれる。これで先ほど凜堂に突進した人形のほとんどが切られた。

 

「さって、これ以上長引かせても意味ないし、終わらせるぞ」

 

 言うや否や、凜堂は人形達の中へと踊りこんだ。サイラスはどうにかして凜堂を攻撃しようとするが、その動きは到底捕捉できるようなものではない。迅雷のような動きと共に放たれる剣撃は一切の容赦なく人形を襲い、その数を減らしていく。

 

 どうにか凜堂の剣を防ごうとするが、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』の前では防御など何の意味も持たなかった。黒炉の魔剣の威力が強すぎるため、並の煌式武装では剣を合わせた瞬間に光の刃ごと切り裂いてしまうのだ。

 

 柱や瓦礫などの障害物の間から狙撃しようとする人形もいたが颶風と化した凜堂に狙いを定めることが出来ず、近寄る事を許して遮蔽物ごと焼き切られていた。

 

(何て威力だ……)

 

 その光景を間近で見ていたユリスは戦慄せずにはいられなかった。

 

 防御不能の斬撃を放つ『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』に。

 

 その魔剣を維持するための膨大な星辰力(プラーナ)を持つ『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』に。

 

 そして何よりもこの二つの純星煌式武装(オーガルクス)を制御し扱う高良凜堂という男に。

 

(高良、お前は一体どんな道を歩いてこんな力を……)

 

 時間にして数分足らず。凜堂の周囲に立っている人形は一体もいなかった。ただ、地面の上には百体以上の人形の残骸が転がっている。対レスター用の重量型も、ユリスのために耐熱処理を施された特別製も有象無象の区別なく斬り伏せられていた。

 

「そんな、バカな……こんなこと、ある訳がない。これは何かの間違いだ……」

 

 目の前の悪夢のような光景にサイラスは顔面を蒼白にしながらぶつぶつと呟いていた。虚脱状態のサイラスに凜堂が一歩歩み寄ると、サイラスは甲高い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。

 

「ちょいちょい。現実逃避するのは構わねぇけどよ、落とし前はキッチリつけてもらうぜ」

 

 言葉と共に凜堂から放たれる威圧感が高まっていく。それに伴い魔眼は星辰力を立ち上らせ、魔剣は熱気を揺らめかせた。

 

「サイラス・ノーマン。お前は手前の欲望のために大勢の夢を踏み躙った……当然、手前自身が蹂躙される覚悟は出来てるよなぁ?」

 

「……ま、まだだ! まだ終わってない! 僕には切り札がある!」

 

 切り札ぁ? と眉を顰める凜堂が見ている中、サイラスは座り込んだ姿勢のまま腕を大きく振る。すると、派手な音と共にサイラスの背後にあった瓦礫の山が内側から弾け飛んだ。その中から現れたのはさっきまで相手をしていたものの五倍はありそうな巨大な人形だった。

 

「へぇ、でけぇな」

 

 その大きさに凜堂は軽く目を見開く。吹き抜けではなく、屋根があったら確実に突き破っていただろう。腕や脚の太さは廃ビルの柱とほぼ同等だ。最早それは人型とは呼べる代物ではなく、あえて形容するならゴリラが一番近かった。

 

「ってか、切り札って言えるほど大したもんか、それ? ただでかくなっただけじゃねぇか……何と言うか、能力と同じくらい底の浅い男だな、お前」

 

「クイーン、その男を潰せぇぇぇぇぇ!!!」

 

 サイラスの命に従い、クイーンは見た目に似合わない俊敏な動きで凜堂に襲い掛かる。武器は持ってない。この巨体に見合うだけの煌式武装はまず無いだろうし、そもそもこれだけの質量を持った人形なら武器など必要ないだろう。

 

 軽くため息を吐き、凜堂は魔剣を高々と放り投げた。驚くユリスを傍目に腰へと手を伸ばす。巨大な拳が迫るが、凜堂は身動ぎ一つしない。

 

 ドォン! と轟音が響く。クイーン渾身の打撃が大地を震わせ、大量の砂塵を噴き上げさせた。その砂煙の中で何かが動く気配は無い。

 

「は、ははは……潰れやがった! ざまぁみろ、お前なんかに僕が負ける訳が無いんだ! ははははは!!!」

 

 狂ったようにサイラスは哄笑する。時間が経つにつれ、砂煙は徐々に晴れていき、周囲の状況がはっきりしていった。それに比例するようにサイラスの声が尻すぼみに小さくなっていく。

 

「『六星(りくせい)防義(ふせぎ)”』」

 

 そこには無傷の姿の凜堂が悠然と立っていた。クイーンの拳は凜堂に直撃する寸前に何かに阻まれていく。それは*の形に組まれた六本の鉄棒だった。それぞれから星辰力を盾のように形成している。

 

「『六星(りくせい)弾鬼(はじき)”』」

 

 次の瞬間、盾が爆裂するように星辰力を解き放った。拳を弾き飛ばされたクイーンは体勢を大きく崩し、地響きを立てながら仰向けに転がった。

 

「今度こそ、終わりだ」

 

 頭上へと手を掲げ、落下してきた魔剣をキャッチする。同時に凜堂の右目が妖しく輝き、漆黒の星辰力を迸らせた。その勢いは留まる事を知らず、周囲一帯を黒一色に染め上げていく。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を上段に構えたまま、凜堂は体から溢れ出す星辰力を右手に集中させた。

 

一津(ひとつ)奥義(おうぎ)」 

 

 莫大な星辰力を与えられた魔剣は唸りを上げて姿を変えていく。あれよあれよと言う間に刀身は伸びてゆき、それに伴って黒い紋様が踊り狂う。数秒後、そこには巨大になった黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の姿があった。刃の長さは優に十メートルを超えている。

 

「『一閃(いっせん)屠理(ほふり)”』」

 

 無造作に魔剣を振り下ろす。それだけで十分だった。クイーンが抵抗するように両腕を持ち上げるが、その両腕ごと光り輝く刀身はクイーンの全身を呑み込んだ。僅かな手応えが凜堂の右手に伝わる。

 

「あぁ~、やりすぎたか?」

 

 元に戻っていく魔剣を脇にぶら下げながら凜堂はばつが悪そうに呟く。『一閃“屠理”』は跡形も無くクイーンを消し去った……序にクイーンの背後にあった廃ビルの階層もぶった切って。まぁ、廃ビルだし問題ないだろ、と凜堂は己を納得させる。

 

「……」

 

 もう、言葉すら出てこないらしい。サイラスはアホのように口を開けている。それでも凜堂が近づいてくるのを認識すると、情けない悲鳴を上げながらその場を逃げ出した。もっとも、ほとんど腰が抜けているような状態なので、逃げるスピードは遅い。更に言うなら、半泣きの表情で人形の瓦礫の間を逃げ回るその姿はとても無様だった。

 

「ゴキブリかよ……あっ」

 

 最初は呆れ返っていた凜堂だったが、何かに気付いたように口を開く。すぐに走り出したが、僅かにサイラスのほうが早かった。サイラスが人形の残骸に縋りつくと、それは意思を持ってるかのように浮き上がった。そのまま速度を上げて吹き抜けを飛んでいく。

 

「俺も大概詰めが甘いな……リースフェルト、ちょっくら追いかけてくる」

 

「それは構わないが……間に合うのか?」

 

「どうだろうなぁ」

 

 難しそうに凜堂は小さくなっていくサイラスを視線で追う。既にサイラスは最上階付近を飛んでいた。このままでは逃がすのは時間の問題だ。

 

「なら、私の出番だな」

 

 はい? と聞き返す凜堂にユリスは不敵に笑って見せた。

 

「言っただろう。足手纏いになる気はないと」

 

 星辰力を集中させながらユリスは言葉を紡ぐ。

 

「咲き誇れ、極楽鳥の燈翼(ストレリーティア)!」

 

 万能素(マナ)が集束し、凜堂の背中にいくつもの焔の翼が広がった。

 

「あら、ファンタジーみたい」

 

「操作は私がやる! お前は今度こそあの卑怯者に止めを刺してやれ!」

 

「……オーライ、お姫様」

 

 ユリスのお姫様らしからぬ台詞に苦笑しながら凜堂は身を任せる。ユリスは翼を大きく羽ばたかせ、爆発的な加速で吹き抜けの外へと飛び出した。

 

「あそこだ!」

 

 夕焼けに染まる空の中、凜堂は点のようになったサイラスを見つけ出し指差す。ユリスは頷くとそっちの方向へと矢のように飛んで行く。他人を抱えて飛ぶなんて行動は初めてだが、不思議と不安も恐れも無い。寧ろ、体の底から力が湧き上がってくる。

 

 残骸如きで焔の翼から逃げ切れるわけもなく、ユリスはあっという間にサイラスを追い越した。反転し、驚く不届きものと対面する。

 

「フィナーレだ、サイラス・ノーマン」

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 絶叫を無視し、擦れ違い様に魔剣を叩き込む。残骸を斬られ、飛行手段を失ったサイラスは悲鳴を上げながら廃ビルの谷間へと落下していった。普通の人間ならまず助からないだろうが、サイラスも『星脈世代(ジェネステラ)』だ。大怪我はするだろうが、死にはしないだろう。

 

「あれじゃ遠くにゃ逃げられんだろ。近くにロディア達が待機してるから、後はそっちに任せようや」

 

「そうだな……流石に疲れたぞ」

 

 大きく息を吐き出すユリス。だろうな、と凜堂はけらけらと笑う。その飄々とした笑い声にむっとするも、助けられた側だということを思い出し、口から出そうになった言葉を飲み込む。

 

 色々とあったが、とにかく一段落だ。

 

「お、いい景色じゃねぇか」

 

 凜堂の言葉にユリスは視線を動かす。そこに見えたのは夕陽に赤く染め上げられた学園都市アスタリスク。海も街も校舎もただただ赤かった。

 

「確かに、いい景色だな」

 

「これが見れたんだ。今回の騒動に巻き込まれた甲斐があったってもんだろ」

 

「それはないな」

 

「ないか」

 

「あぁ、ない」

 

 天空の中で二人は顔を見合わせ、おかしそうに笑い合った。互いに屈託の無いいい笑顔だ。

 

「ん?」

 

 不意に凜堂の顔が歪む。

 

「どうした、高良?」

 

「リースフェルト。俺のこと放したほうがいいぞ」

 

 は? とユリスが首を傾げていると、凜堂の右目から溢れていた星辰力が収まっていく。星辰力が完全に消えると、眼窩から爆ぜるように血が噴き出した。

 

「ほ、本当にどうしたんだ!?」

 

「多分、純星煌式武装(こいつら)の反動だな……」

 

 血涙を流す右目を閉じる凜堂の体から力が抜けていく。顔から生気が失われていき、開いた左目もどんどん虚ろになっていった。

 

「悪ぃ、もう限界だわ……」

 

 その言葉を最後に凜堂は完全に意識を失う。

 

「おい、しっかりしろ、おい!!」

 

 慌ててユリスは凜堂にしがみ付く。いくら焔の翼を操作しているのがユリスだとはいえ、今までは凜堂がユリスを抱き抱えていたのだ。このまま飛び続けるのはどう考えても危険だ。

 

「えぇい、頼りになるのかならないのか分からん男だなこいつは!」

 

 悪態を吐きながらユリスは安全に着地できる場所を探すべく、焔の翼をはばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり瞼を持ち上げると、上下逆さになったユリスの顔が視界に飛び込んできた。心配そうな表情をしていたが、凜堂の意識が戻ったことに気付くと、ぱぁっと顔を輝かせた。妙に頭の後ろが柔らかい。そして花のようないい匂いがする。どうやら膝枕されているようだ。

 

(道理でさっきから後頭部が幸せなわけだ)

 

 起きるべきかこのままでいるべきか悩んだ結果、このまま寝転がることにした。

 

「やっと気付いたか。かなりの時間、意識を失っていたからな。一時はどうなることかと思ったぞ」

 

「そうか……」

 

 視線を巡らせる。ユリスの言うとおり、長い時間寝ていたようだ。夕暮れだった空が今や満天の星空となっている。

 

「無理はするな。ここはあの廃ビルの屋上だ」

 

 あぁ、俺が切った、と凜堂は頷いた。

 

「既にクローディアには連絡した。じきに迎えが来るだろう」

 

「そうか。気絶したのか、俺……あそこまで反動がきついとは思わなかったな」

 

「無理もなかろう。純星煌式武装(オーガルクス)を同時に二つも発動させるなんて無茶をしたんだ。寧ろ、この程度で済んで良かったと思わなければ」

 

「もうちっと上手く扱えると思ったんだがなぁ」

 

 凜堂は瞼越しに右目を撫でる。魔眼、そして魔剣。この二つを使いこなしていけるかはこれからの凜堂次第だろう。

 

「本当に、こんな無茶をして……」

 

 ユリスの手が凜堂の頬を撫でる。その胸中には一つの疑問があった。助けられた時からずっと考えていたことだ。

 

「何で、ここまでしてくれるんだ?」

 

 それが分からなかった。別に高良凜堂とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは友人という訳ではない。初対面の時のことを考えると、その逆の関係になっていてもおかしくはなかった。なのに、凜堂はユリスを助けるために駆けつけ、こんな無茶をしてくれた。それだけのことをされる理由がユリスには無かった。

 

「何でって言われてもね~……」

 

 ユリスの疑問に凜堂は軽くはにかみながら答えた。

 

「守りたいって思っちまったんだ。仕方ないだろ」

 

 気負うでもなく、さらっと言ってのけた。

 

「どうして……」

 

 無意識の内にユリスは更なる疑問を凜堂にぶつけていた。

 

「どうして、そんな生き方をしているんだ?」

 

 かつて、凜堂はユリスにこう言った。

 

『真面目っつぅか頑固っていうか……真っ直ぐすぎるな、お前は。肩が凝らねぇのか、その生き方?』

 

『何でもかんでも背負いこんで、疲れないのか? いつか、ばっきり折れるぜ、お前』

 

 ユリスにしてみれば、凜堂の生き方の方が余程疲れると思えた。危ういとさえ。守りたいと思ったから守る。言葉にすればそれだけだが、実際にやろうとするにはそれがどれほど難しいことなのか。ユリスはそれを知っていた。

 

「どうしてって。んなこと聞いてどうすんだよ?」

 

 凜堂の返しにユリスは一瞬詰まったが、素直に答えた。

 

「……知りたいんだ、お前のこと」

 

 顔を真っ赤にさせるユリスをまじまじと見ていた凜堂だったが、観念したように嘆息する。

 

「言っとくが、大して面白くないぞ」

 

 そう前置いて、凜堂は語り始めた。




書きました。読んでいただければ幸いでっす。次もなるだけ早く書くよう頑張ります。
感想も近い内に返信するつもりでっす。では、次でお会いしましょう。

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