学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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自分の物語
炎天下の出会い


「……今日もあっついな」

 

 ギンギラギンに輝く、だが全くさりげなくない太陽を見上げながら凜堂は小さく呟く。七月にもなると日が長くなり、空にでんと居座った太陽が地上に向けて容赦なく日光を放っていた。

 

「授業中もくっそ熱いのに、放課後までこんな調子だとはたまったもんじゃねぇな」

 

 額にうっすらと滲んだ汗を拭いながら凜堂は中庭を足早に歩いていた。

 

「しっかし、あんのボケ先生。教室の掃除なんか押し付けやがって……このままじゃ間に合いそうに無いな」

 

 時間に関して特に厳しいユリスの怒った顔が浮かび、凜堂は小さく身震いする。愚痴りながら凜堂は目的地であるトレーニングルームへと急いだ。というのも、放課後にユリスとの特訓の約束をしていたからだ。

 

 凜堂とユリスがペアを組み、『鳳凰星武祭(フェニックス)』に出場申請をしてから早三週間。二人は放課後のほとんどを訓練に充てていた。なにせ、凜堂にはタッグ戦の経験がほとんどない。それはユリスも同じことだが、凜堂はそれに加えて星武祭(フェスタ)のルールも分かっていなかった。なので、覚えることは山ほどある。

 

 『鳳凰星武祭(フェニックス)』が開催されるまで後一ヶ月と少し。時間的余裕は余り無かった。

 

「ま、どうとでもなるか」

 

 なのに、この男はどこまでも気楽だった。凜堂のマイペースさにはパートナーであるユリスも呆れ返っているが、彼が決めるべき時にはきっちり決める人間だということは知っているので何も言わなかった。

 

「そういや今日、会議があるって言ってたな、ロディア」

 

 ふと、凜堂は昼食の時にクローディアから聞いたことを思い出す。何でも月に一回、アスタリスクの中央区にあるホテル・エルナトと呼ばれる超高層ビルで六つの学園の生徒会長が一堂に会し、会議を行なうのだそうだ。

 

(六人の生徒会長。ロディアみたいなのが六人もいるのか……)

 

 想像してみる。

 

(絶対その場に居たくないな)

 

 権謀術数の渦巻くそこに好き好んで入ろうとする馬鹿はいないだろう、と凜堂は一人静かに頷く。

 

 今正に、そこでとんでもないことが決めれれようとしていることを凜堂は知らなかった。

 

「今何時だ……うし、これならギリギリだけど間に合いそう」

 

 中庭を抜け、中等部校舎と大学部校舎を結んでいる渡り廊下を突っ切ろうとした時、凜堂は人の気配を察知する。丁度、死角にある柱の陰からだ。

 

 唐突に一人の女の子がそこから飛び出してきた。それも急いでいるのか、かなりの速度で。

 

「っ!?」

 

 慌てて止まろうとするが、とても間に合いそうに無い。一瞬遅れて女子も凜堂に気付き、驚きの視線を向けてくる。

 

「くそっ」

 

 小さく悪態を吐きながら凜堂は無理矢理に方向を変えた。無茶な動きに体が悲鳴を上げるが、正面衝突するよりかはマシだ。

 

 衝突を回避し、ほっとする凜堂の目の前に何故かかわしたはずの少女の顔があった。

 

「「は(え)?」」

 

 間抜けな声が重なる。避けきれず、互いの額をぶつけ合わせる二人。派手に転がってしまった。

 

「あだだ……お、おい。大丈夫か?」

 

 頭がぐわんぐわんしながらも、凜堂は急いで立ち上がって女の子座りしている少女へと駆け寄った。

 

「怪我は無いか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 心配そうに問う凜堂を見上げ、少女は恥ずかしそうに微笑みながら頷く。本当にすまん、と謝りながら凜堂は少女を観察した。見た限り、怪我は無さそうだ。少女が無傷なのを確認し、凜堂は安堵のため息を吐く。

 

「よかった……立てるか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 礼を言いながら少女は差し出された凜堂の手をおずおずと掴み、立ち上がった。かなり小柄な少女だ。体格は紗夜といい勝負かもしれない。ただ、スタイルという一点に関しては少女の圧勝だが。着ている制服からして中等部の生徒なのだろうが、それにしては凶悪すぎるくらいに豊満な双山の持ち主だった。

 

 くりくりとした可愛らしい瞳にツンとした鼻、顔立ちの整ったかなりの美少女だった。紗夜は人形のような雰囲気を醸し出しているが、少女のそれは小動物のようだった。何というか、思わず撫で繰り回したくなるようなオーラを全身から放っている。

 

 長い銀髪を二つに結び、背中に流している。ユリスも紗夜もそうだが、星脈世代(ジェネステラ)には奇抜な髪の持ち主がいる。彼女もその内の一人だろう。細い腰には真剣が納められているだろう鞘が差されていた。

 

「悪かった。急いでたとはいえ、こっちの完全な不注意だ」

 

「そ、そんな、謝らないで下さい。私のほうこそごめんなさいです。音を立てずに歩く癖が抜けなくて……伯父様にいつも注意されているのですが」

 

 スカートについた埃を払い、少女はぺこりと頭を下げた。言われて、凜堂は少女をまじまじと見る。

 

 凜堂は急いでいたし、その上周囲への注意が散漫だった。だが、あれほど近づいたのに気配を感じ取れなかったというのは今回が初めてだった。

 

 それだけではない。二人が仲良く激突したのは同じ方向に、同じタイミングで互いをかわそうとしたからだ。少女の身のこなしに凜堂は顔に出さずに感心した。

 

「あ、あのぉ、何か?」

 

 小首を傾げながら少女は凜堂に問う。何でもない、と答えようとしたところで凜堂はあることに気付く。少女の綺麗な銀髪に小さな枯れ葉が絡みついていた。

 

「そこ、葉っぱついてるぜ」

 

「ふぇ? ど、どこですか?」

 

 凜堂の指摘に少女は顔を赤くさせながら髪に手をやるが、てんで見当違いな箇所を触っていた。そのおろおろとした様がとても可愛らしく、凜堂は妙に和やかな気持ちになってしまう。

 

「ちょい落ち着け。取ってやるから」

 

 ぽふぽふと安心させるように少女を撫で、凜堂は髪を傷つけないように葉っぱを取った。これで大丈夫、と頭を一撫でして少女に笑いかける。

 

「あ、ありがとうです……」

 

 赤かった顔を更に赤くさせ、少女は俯いきながらもお礼を言った。もじもじしながら時折凜堂を見上げるが、視線が合うとすぐに逸らしてしまう。

 

(……どうしろと?)

 

 少女の扱いに困り、凜堂が悩んでいると中等部校舎の方から怒鳴り声が飛んできた。

 

「綺凛! そんなところで何をやっている!」

 

「は、はい! ごめんなさいです伯父様! すぐに参ります!」

 

 少女はビクッと体を強張らせ、あたふたしながら凜堂にお辞儀する。

 

「そ、それでは……」

 

「お、おう」

 

 走っていく少女を視線で追うと、中等部校舎の入り口に立っている壮年の男の姿があった。何かしら運動をしていたのか、かなり体格がいい。だが、星脈世代(ジェネステラ)ではない。その男からは星辰力(プラーナ)がまるで感じられないからだ。

 

 少女は伯父様と呼んでいたので、親族だということは分かる。だが、生徒の親族であっても学園の敷地に入ることは用意では無いので、学園の関係者だという可能性が高い。

 

(にしても、家族に対して随分と横柄な態度だな)

 

 先ほど聞こえた、まるで動物でも呼ぶような声。無意識の内に凜堂は表情を険しくしていた。

 

 不意にポケットに入れていた携帯端末が軽快な音を奏で始める。ん? と凜堂は疑問符を浮かべ、すぐにはっとして時間を確認した。約束の時間はとうに過ぎている。

 

「あっちゃ~……」

 

 頭を掻きながら携帯端末を取り出す。無視するという手もあるが、そんなことをしたら後が怖い。恐る恐る空間ウィンドウを開くと、そこには予想通り、怒りを露にしたユリスの顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲き誇れ、赤円の灼斬花(リビングストンディジー)!」

 

 トレーニングルームに澄んだ声が響き渡る。同時に声の主であるユリスの周囲に紅蓮の炎が舞い踊った。空中で渦を描くそれは瞬く間に形を変えていった。焔の刃を回転させて燃え上がる戦輪(チャクラム)。その数、十数個。赤い焔の花を周囲に従え、佇むユリスに凜堂は感心の口笛を吹く。

 

「ひゅー。凄ぇな、ユーリ。流石に壮観だぜ」

 

「その余裕、何時まで保っていられるだろうな? 行け!」

 

 主の命に従い、紅蓮の戦輪は火の粉を撒き散らしながら凜堂へと殺到していった。避ける素振りも見せず、凜堂は右目から黒い星辰力を揺らめかせて迫る戦輪を見据える。右手に握られた黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の刀身の上では黒い紋様が待ちきれない様子で踊り狂っていた。

 

「しっ!」

 

 小さく鋭い息と共に放たれた斬撃は戦輪の一つを捉え、真っ二つに切り裂く。二つに分かたれた戦輪は地面に落ちる寸前に雲散霧消していった。当然、これだけで終わりではない。間髪入れずに左右から四つの戦輪が時間差をつけて飛び掛ってくる。

 

一閃(いっせん)周音(あまね)”!!」

 

 凜堂は瞬時に魔剣を逆手に構え、全身で回転しながら第一波の戦輪を断ち切った。すぐさま順手に持ち替え、続けて飛んできた第二波を逆回転斬りで両断する。

 

 技を放ち終えるのと同時に頭上から戦輪が降ってきた。更に背後にも燃える花の姿があった。

 

「大した空間把握能力だ!」

 

 三次元機動する物体を十数個も同時に、それも完璧に統制するユリスに驚嘆しながら凜堂は頭上と背後の戦輪を迎え撃つ。

 

 怒り狂った蜂のように迫る戦輪のほとんどを斬砕するが、一つを逃した。反射的に身を捩ってかわしたが、戦輪は制服の脇を掠っていく。服の焦げる嫌な臭いが鼻をついた。

 

黒炉の魔剣(こいつ)じゃ小さいの相手にはでかすぎるか!)

 

 小さな戦輪を対処するには黒炉の魔剣では大きすぎる。そう判断した凜堂は瞬時に魔剣を待機状態へと戻し、ホルダーへと収めた。かわりに制服の中から六本の鉄棒を取り出した。鉄棒を棍に組み上げながら周りに視線を走らせる。戦輪は幾つか残っており、凜堂を中心に旋回していた。その上、ユリスの側にもまだ放たれていない戦輪が残っている。凜堂は静かに息を吐いて棍を構え、炎が触れても熔けないように星辰力(プラーナ)を集中させた。

 

「さぁ、これをどう対処する!」

 

 ユリスが細剣を振るう。衛星のように凜堂の周りを回っていた戦輪が襲い掛かってきた。凜堂は目にも止まらぬ速さで棍を操り始める。超高速で動かされる棍は突風を巻き起こし、近づいてくる戦輪の中心を悉く貫いていった。

 

 ふぅ、と静かに息を吐く凜堂の手に握られた棍には百舌の速贄のように戦輪が突き刺さっている。凄まじい熱が棍と凜堂を襲うが、集束された星辰力が熱を防いでいた。

 

「返すぜ」

 

 目を見開くユリスに向け、棍を振り下ろす。棍から解放された戦輪がユリス目掛けて飛んでいく。すぐに驚きから醒めたユリスは慌てずに己の周囲の戦輪で肉薄してくる戦輪を相殺した。戦輪同士がぶつかり合い、火花を散らせながら消えていく。

 

「全く、とぼけた面でとんでもないことをしてくるな、お前は」

 

 呆れ半分、感心半分といった様子でユリスは腰に手を当てた。へらへらと締りの無い顔で笑いながら凜堂は棍を両肩の上に置く。

 

「いやいや。こちとらかの有名な『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』と組むんだ。これくらいの芸当が出来なきゃ話しにならねぇよ」

 

「それは頼もしい限りだな」

 

 凜堂の軽口にユリスは嬉しそうに口角を持ち上げた。以前のユリスであれば突っかかっていたかもしれない。そうしない辺り、ユリスは凜堂がどういう人間かを理解してきている。二人は順調にタッグとしても、友人としても絆を育んでいた。

 

「そんじゃま、そろそろ決めさせてもらうぜ」

 

「やってみろ」

 

 周囲に炎を躍らせるユリスに不敵な笑みを見せ、凜堂は一気に駆け出した。瞬く間に加速し、一陣の風となって打ちかかろうとする。だが、ユリスは凜堂が近づいてきても逃げようとしない。それどころか、防ぐ素振りさえ見せていなかった。

 

(こりゃ何かあるな)

 

 不用意に近づくのは危険と判断し、凜堂は急ブレーキをかけて止まる。それが仇となった。

 

「かかったな!」

 

 ユリスの声が聞こえるのと同時に凜堂の足下に、というよりも、トレーニングルームの床の半分近くを埋め尽くすほどの巨大な魔方陣が展開されていた。

 

「そいつは私の設置型能力の中でも最大の火力だ。存分に味わってくれ」

 

「いやいや、これどう考えてもお前も巻き込まれ……」

 

 言葉を失う凜堂の目の前では、ユリスが地面から現れた五本の火柱に囲まれていた。名は確か栄裂の炎爪華(グロリオーサ)。見る間に五本の炎爪はユリスの姿を覆い隠す。ただ、そのまま握り潰すのではなく、ユリスを守るように隙間無く閉じていた。

 

「あ、そういう使い方も出来るんすかそれ……」

 

 莫大な星辰力が注ぎ込まれ、魔方陣が異様に赤く輝く。これがどれだけの威力を持っているのか、その光景を見るだけで容易に想像することが可能だ。

 

「綻べ、大輪の爆耀華(ラフレシア)!!」

 

 耳を劈く爆裂音を放ちながら巨大な紅蓮の花弁が広がる。爆風が嵐のように吹き荒れ、衝撃がトレーニングルーム全体を揺らした。

 

 カランカラン、と乾いた音がトレーニングルームに虚しく響いた。ユリスが炎爪の間から外を窺うと、黒煙が漂う中、床の上に六本の鉄棒が転がっていた。勝利を確信したユリスはぐっ、と拳を握り締め、炎爪を解除する。

 

「ふふん。悪いな、凜堂。今回は勝たせてもら……」

 

 今度はユリスが絶句する番だった。黒煙が晴れていくが、トレーニングルームのどこにも凜堂の姿は無い。ただ鉄棒が六本、転がっているだけだ。

 

「いやぁ、大したもんだ。最大の火力っていうだけはある」

 

「っ!?」

 

 周囲を見回していたユリスは聞こえてきた声にギョッとする。その声が上のほうから聞こえたからだ。見上げると、天井に立つ(・・・・・)凜堂と視線がかち合った。ヒラヒラと手を振る一方、反対の手には起動された黒炉の魔剣が握られている。

 

「お前、何だそれは? マジックか? それ以前に私の大輪の爆耀華(ラフレシア)をどうやって……」

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”」

 

 凜堂の答えにユリスはハッとする。凜堂の六星(りくせい)防義(ふせぎ)”はサイラスの切り札であるクイーンの一撃を容易く防いでいた。全力を出せば、大抵の攻撃を通さないのかもしれない。

 

 しかも、凜堂は防ぐだけでなく、爆風と衝撃を利用して天井へと飛んだのだ。それもどうやっているのか、天井に立つという離れ業までやってのけて。

 

「くっ、隔絶の赤(レッドクラ)

 

「遅い!」

 

 ユリスは頭上に防御の傘を顕現させる前に凜堂は天井を蹴った。落雷のように降ってきた凜堂は宙で体勢を直し、ダンと力強い着地音を上げる。そして呆然としているユリスの胸元へと黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を突きつけた。

 

 静寂の中、ビー、と甲高いアラームだけが鳴り響いた。




綺凛ちゃあぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!


















失礼、取り乱しました。そういや、凜堂の技名にルビ振っといたほうがいいのかしら?


にしても、アスタリスクの二次創作増えないな。何でだろ……?

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