学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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タッグって大変

「……」

 

「黙ってたのは謝るってユーリ。機嫌直してくれよ」

 

 ひんやりとした床に体育座りし、頬を餅のように膨らませながらユリスは凜堂を非難するように見ていた。うっすらと涙が浮かんだジト目で睨まれ、凜堂は特訓が終わってからユリスにずっと謝りっぱなしだった。

 

ここはユリス専用のトレーニングルームだ。故に二人以外に人はいない。広さはかなりのもので、体育館くらいはありそうだ。無論、誰にでもこのような設備が与えられる訳ではない。偏にユリスが『冒頭の十二人(ページ・ワン)』だからだ。

 

「……聞いてないもん。私、天井に立てるなんて聞いてないもん……」

 

「(かわいい)いや、本当。マジで悪かったと思ってるってば」

 

 若干、言語が幼児退行しているユリスに萌えつつ、凜堂は頭を下げ続ける。

 

「しかし、天井に立つなんてどうやってやっているんだ? もしやお前、シノビの末裔なのか」

 

 数分後、機嫌を直したユリスは両手で印のようなものを作り、期待の眼差しで凜堂を見ていた。外国人によくある、日本文化への誤解だ。んなわきゃあるかい、と凜堂が答えると、ユリスは露骨にがっかりした表情になった。

 

「普通に星辰力(プラーナ)を使っただけだ。防御にも使えるんだから、それ以外にも何か出来るんじゃないかって、色々やってる内に出来るようになったんだ」

 

 色々やってる内に出来るようになった、という時点で凜堂も大概だ。

 

「お前には何度驚かされればいいのだろうな……この際だから聞いておくぞ、凜堂。お前、他にも何か隠し玉を持っているんじゃないのか?」

 

「い~やぁ、そんなお前のお眼鏡に適うようなもんはないぞ? 後、やれることって言ったら……」

 

「言ったら?」

 

「水の上を走れるってくらいだな」

 

 十分過ぎる。呆れればいいのか、感心すればいいのか分からず、ユリスは何とも複雑そうな面持ちで凜堂を見ていた。

 

「ちなみに聞きたいのだが、それは私にも出来るか?」

 

 ユリスの問いに数秒考え、凜堂は首を振る。

 

「一朝一夕には無理だな。俺も出来るようになるまで何年もかかったしな」

 

 今から学んでも、星武祭(フェスタ)で使えるようにはならないだろう。それにもし仮に使えるようになったとしても、天井や水上を走れることが戦闘の役に立つとは限らない。残念だ、とため息を吐きながら話題を変えた。

 

「しかし、こうまで勝てないと自信がなくなりそうだ。序列五位が聞いて呆れる」

 

「いんやぁ、そうでも無いぜ。最後のラフレシア、だっけか? あれには本気で焦ったしな」

 

「全くそうには見えなかったがな」

 

 お世辞はいい、と憮然とするユリスに凜堂は困った様子で頭を掻く。別にお世辞を言った訳ではない。事実、凜堂は大輪の爆耀華(ラフレシア)に発動直前まで気付くことが出来なかった。寸前で防げたからいいものの、防御が間に合ってなければ今頃凜堂は無様に床の上に転がっていただろう。

 

「そもそも、お前は慣れるのが速過ぎんだよ。何だよ、完全に無限の瞳(ウロボロス・アイ)を発動させた状態の俺についてこれるようになるって?」

 

 その証拠にユリスは迅雷のように動く凜堂を捕捉出来るようになっていた。特訓を始めた頃は凜堂に翻弄されていたが、今では完全に凜堂の動きに対応している。現に凜堂はユリスの設置型の技に何度も引っかかっていた。

 

「……引っかかった上でその罠を食い破り、一瞬の内に間合いに飛び込んでくるお前ほどではない」

 

 もっとも、その罠で凜堂を仕留められたことは一度としてないが。しかし、凜堂がユリスの技から逃げられるのも使っている武器が黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)であることが大きい。特訓の間、凜堂が長年愛用している棍でも、逃れられそうに無い場面が何度もあった。

 

「いや、俺よりも黒炉の魔剣(こいつ)が凄いんだよな。本当、ふざけた威力だぜ」

 

「まぁ、確かにな。だが、問題が無いわけではないぞ」

 

 そこだよなぁ、と凜堂はユリスと一緒にため息を吐く。凜堂が抱える最大の問題。それは制限時間だ。

 

「やはり、全力を出せるのは五分が限度か」

 

「だな。それ以上力を出し続けようとすると、前みたいに動けなくなる。最悪、意識を失ってそのまま失格だ……やっぱ、五分は短いよな?」

 

「正直に言えば、かなり厳しいだろうな」

 

 ユリスは難しそうに表情を歪める。

 

 凜堂は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)、二つの純星煌式武装(オーガルクス)を同時に使う。その戦闘力たるや絶大だが、反面、反動も馬鹿にはならない。五分というのは、反動が出ないぎりぎりのタイムリミットだ。無理にその状態を維持しようとすれば戦闘が困難なほど衰弱し、そのまま意識を失う可能性もある。

 

「確認したいのだが、その状態からもう一度全力を出すのは無理か?」

 

「無理ってこたぁねぇだろうが、やらないほうがいいのは確かだな。やったとしても一分も保たない」

 

 普通に使う分には大丈夫なんだがな、と凜堂は嘆息した。両方同時にではなく、どちらか片方を使うのは問題ないのだ。ただ、そうすると別の問題が出てくる。

 

 黒炉の魔剣だけを使うと、発動状態をキープするのに精一杯になるのだ。消費する星辰力が余りにも多く、無限の瞳なしではまともに扱うことすら出来ない。費やす星辰力をギリギリまで抑えれば使えないこともないのだが、そうすると今度は威力ががた落ちする。精々、普通の煌式武装(ルークス)に毛が生えた程度だ。

 

 次に無限の瞳の場合だが、こちらは黒炉の魔剣と併用しなければ問題ない。全力を出しても、一時間以上その状態を保つことが出来たのだが、今度は武器のほうが耐えられなくなっていた。

 

 試しに普段使っている棍に黒炉の魔剣に与えるだけの星辰力をチャージしてみたら、一瞬の内にぐにゃぐにゃにひん曲がり使い物にならなくなってしまった。なので、今凜堂が使っているのは予備の物だ。

 

 通常の煌式武装でもやってみたが、こちらに至ってはコアであるマナダイトが狂ったように明滅し、発動体ごと粉々に砕け散ってしまった。その煌式武装が壊れていたのではないか、というユリスのアドバイスに従い、もう一つ装備局から借りてやってみたが、結果は同じだった。

 

「魔剣を使えば消耗が激しく、魔眼を使えば耐えられる武器が無い……悩ましいな」

 

「まぁ、棍の方は扱い慣れてる分、どうにか無限の瞳と一緒に使えるようになったけど、やっぱり完全に力を引き出すには黒炉の魔剣と無限の瞳の組み合わせしか無理みたいだ」

 

 がっくりと肩を落とす二人だったが、すぐに気持ちを切り替えた。

 

「うじうじと無いものねだりをしても仕方ない。お前が全力を出せるのは五分と前提して作戦を考えるとしよう」

 

「それが一番現実的だわな。俺もバーストモードを出来るだけ長く保てるように訓練しておく」

 

「バーストモード?」

 

「俺が全力を出してる状態。今、名づけた」

 

 そ、そうか、と戸惑うも、ユリスは咳払いして話を戻す。

 

「とにかく、五分もあればある程度は戦えるだろう。私と同レベルであればさほど問題にはなるまい……悔しいが、それは今までの特訓で実証済みだからな。しかし、それ以上の相手となれば話は別だ」

 

「へぇ、お前よりも強い奴がそうそういるとは思えないんだが」

 

 率直な感想にユリスは嬉しいような困ったような、何ともいえない表情で凜堂を見た。

 

「凜堂。お前が私のことを高く評価してくれているのは素直に嬉しいが、私より強い学生などアスタリスクにはいくらでも……とまでは言わないが、かなりの数いることは確かだ」

 

「そうなのけ?」

 

「あぁ。少なくとも、両手両足の指では数え切れないだろうな」

 

 そんなにかぁ? と首を傾げながら凜堂はユリスを頭から爪先まで観察した。その屈強な意思もさることながら、ユリスには実力も備わっている。先日はサイラスに後れを取りこそしたが、あれは罠に嵌められたのだから仕方ない部分も多々あった。真正面からぶつかり合えば、十回中十回ともユリスが勝利するだろう。

 

 もっとも、そういう状況を作ることも実力の内といえば話は変わってくるが。

 

「有名どころを挙げるならガラードワースの生徒会長は剣士の最高峰と言われているな。私も試合を見たことがあるのだが、少なく見積もっても全り、バーストモードのお前と同格以上なのは間違いない」

 

 全力ではなく、バーストモードと態々言い直してくれる辺り、ユリスも中々のお人好しだ。

 

界龍(ジェロン)の生徒会長も相当な化け物だと聞くが、彼女はまだ星武祭に参加できる年齢ではない。そうそう戦うこともないだろう」

 

「へぇ~。ロディアもそうだけど、やっぱ生徒会長ってのは強ぇんだな」

 

 と、ここで凜堂は記憶の片隅からあるものを引っ張り出す。星武祭に欠片も興味が無かった凜堂でも記憶出来てしまうほど報道された、史上二人目の『王竜星武祭(リンドブルス)』を連覇した少女のことだ。

 

「俺も一人知ってるぞ。去年、嫌でも目に入ってくるほど報道されてたしな。王竜星武祭の三連覇も確実だとか言われてたレヴォルフの……」

 

「……『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』、オーフェリア」

 

 ボソリと、搾り出すようにユリスは囁く。

 

「そうそう、確かそんな名前……ユーリ?」

 

 凜堂はパチンと指を鳴らすが、ユリスの様子がおかしいことに気付いた。怒りとも悲しみともつかない、色々な感情がごちゃ混ぜになったような表情で唇を噛み締めている。

 

「ユーリ?」

 

 顔を近づけ、目の前で手をヒラヒラしてみせる。そこまでされれば流石に気付いたらしく、ユリスは想像以上に近い凜堂に驚き一歩たじろいだ。

 

「あ、あぁ。すまん、少し考え事をしててな」

 

 誤魔化すように笑い、ユリスは人差し指を立てて見せる。

 

「他にもアスタリスクには学生以外の実力者が多いぞ。例えば、警備隊の隊長はアスタリスク史上最強と言われるほどの魔女(ストレガ)だ」

 

「ほぉ、そいつぁ凄い」

 

「それに、我々のクラス担任の谷津崎女史も私よりも遥かに強いだろう」

 

「あんの先生が?」

 

 教室の清掃を押し付けられたことを思い出し、凜堂は眉根に皺を寄せる。凜堂の分かり易い反応にユリスは苦笑いしながら肩を叩いた。

 

「まぁ、そんな顔をするな。あぁ見えてあの人はレヴォルフで唯一『獅子星武祭(グリプス)』を制したことがあるチームのリーダーだ」

 

「そんな人が何で星導館で教師なんぞやってんだ?」

 

「さぁ? そこまでは知らないな」

 

 目つきと口が悪い担任の姿を思い出す。言われてみれば確かに、普段の動きに隙が無いように思える。それに、彼女は騒いだりふざけたりしている生徒に容赦なく鉄拳制裁をしている。そんなことは星脈世代(ジェネステラ)で、かつ相応の実力がなければ出来ない。

 

「もしかしてあの人の持ってる釘バットって、レヴォルフの学生だった頃から愛用してたんじゃねぇか?」

 

「その可能性、大いにありだな。さて、だが今例に挙げた者達よりもお前が有利な点がある。何か分かるか、凜堂?」

 

「はい、ユーリ先生」

 

「言ってみろ」

 

 シュピッ、と手を上げた凜堂を指名するユリス。まるで生徒と教師のようなやり取りだ。

 

「それは俺の実力が広まってない事です。サイラスの一件も公にされてないですし、俺の情報を知っている人はほとんどいません」

 

「正解だ。花丸をやろう」

 

 アスタリスクで名が知れ渡れば、それだけ情報が広まる。そうなれば当然、対策を立てられる。そうなれば、負ける可能性も増えてくる。アスタリスクでは序列を維持するため勝ち続けることが重要になってくるので、対処されればそれだけ勝ち続けるのが容易ではなくなっていく。中には対策なんて歯牙にもかけない規格外な者もいるが。

 

「今のところ、お前の情報で唯一公開されているのは純星煌式武装の貸与情報だけだからな。その点に関しては警戒されるだろうが、そればっかりは仕方がない。くれぐれも、不用意に決闘をして手の内を晒すようなことはしてくれるなよ」

 

「アイアイサー」

 

 凜堂の暢気な返事に本当に分かっているのか、と言いたげにユリスは表情を曇らせたが、それ以上は何も言わなかった。代わりにホルダーから細剣型煌式武装を取り出し、手の中でくるりと回す。

 

「よし、では訓練再会だ。出来れば、上位陣以外を相手にお前のバーストモードを使うのは避けたいからな。通常の状態で勝てるようにするにはもう少し連携を詰めねば。私も相棒を相手ごと丸焼きにしたくはない」

 

「そんなの、俺だってご免だっての」

 

 肩を竦めながら凜堂も鉄棒を取り出し、棍へと組み上げた。

 

「本当なら模擬戦形式で練習相手を置ければいいのだが、そればっかりはどうにもならんからな」

 

「そうか? そんなの、クラスの誰かに頼めば……」

 

 己の失言に気付き、凜堂は尻すぼみに声を小さくするが、ユリスの耳に届いていたようだ。むすっとした顔で凜堂を睨む。

 

「ほう。凜堂、貴様。それは私にお前以外に友人がいないと知った上での発言か?」

 

「あ、いや、決してそういう訳では」

 

「それに、さっき言った事をもう忘れたのか? いくらクラスメイトとはいえ、訓練に参加させるということは、イコールこちらの手の内を晒すことになるのだぞ。大体、お前には危機感というものが」

 

「わふー」

 

 始まったユリスのお説教を凜堂は神妙な様子で受けていた。と、そこで鈴を鳴らすような音が室内に響いた。少し遅れて空間ウィンドウが開く。

 

『来訪者です。取り次ぎますか?』

 

 予想外の訪問者に二人は無言で顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ。これはまた珍妙な組み合わせだな」

 

 トレーニングルームの入り口に現れた二人組みを見てユリスは面白そうに眉を持ち上げる。一人は二メートル近い身長の屈強な青年。もう一人は華奢で小柄な少女だった。何もかもが対照的な二人だが、共通している点が一つ。どっちもむすっとした表情をしているところだ。

 

「サーヤに……マクフェイル? 何しに来たんだ?」

 

 凜堂の疑問に答える代わりに少女、沙々宮紗夜はずいと一歩踏み出し、ユリスに人差し指を突きつけた。そして一言。

 

「ずるい」

 

「はぁ?」

 

 唐突過ぎる紗夜の言葉にユリスはポカンとするしかなかった。言葉の無いユリスに構わず、紗夜は淡々とした調子で言葉を続ける。

 

「ここ最近、リースフェルトは凜堂を独占しすぎている。これは明らかに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反。即刻、改善を求める」

 

「高良。お前、ワシントン条約か何かで保護されてるのか?」

 

「な訳あるか、絶滅危惧種じゃあるまいし」

 

 呆れるレスター・マクフェイルに凜堂は嘆息しながら肩を竦めて見せる。ユリスも額に手をやり、やれやれと首を振っていた。そんなユリスの反応に構わず、紗夜は更に一歩踏み出してユリスとの距離を詰める。

 

「とぼけても無駄。既にネタは上がっている」

 

「ネタ? 一体何のことだ?」

 

「ここ暫く、リースフェルトは放課後、凜堂をトレーニングルームに引きずり込んでは人には言えないような行為に耽っていることは調べがついている」

 

 な、と顔を真っ赤にさせるユリス。一方で凜堂はあぁ~、と妙に納得したような顔をしていた。

 

「確かに、手の内を晒しちゃいけないって意味じゃ人には言えんわな」

 

「凜堂、お前は黙っていろ! 私達は鳳凰星武祭に向けて特訓しているだけだ! それに私は引きずり込んでなどいない、凜堂(こいつ)も合意の上だ! そもそも、誰から聞いたそんな与太話!?」

 

「それは言えない……情報通のE・Y氏の協力、とだけ言っておく」

 

「おのれ夜吹!」

 

 何やってんだよジョーの奴、とこれには凜堂も呆れ顔を作る。

 

「大体、リースフェルトは最近凜堂に引っ付きすぎ。これに関しては生徒会長も文句を言っていた」

 

「……一つ確認させろ沙々宮。お前にここを教えたのは」

 

「生徒会長」

 

「クローディアぁぁぁ!!!」

 

 ユリスは憎悪を込めた声で星導館学園生徒会長の名を叫ぶ。鷹揚とした笑顔で紗夜に情報を渡すクローディアの顔が容易に想像できた。

 

「この前だって昼食で偶然席が一緒になった体を装っていたけど、不自然極まりない」

 

「何が不自然か! あれは本当に偶然に」

 

「五回も続けば偶然じゃない。その言い訳は無理がある」

 

「誰が言い訳など……!」

 

 額をぶつけ合わせるように口論を開始するユリスと紗夜。どうでもいいが、こんな状況でもやはり紗夜の表情は変わらなかった。

 

「……あいつの面は能面か何かで出来てんのか?」

 

「いや、それはない。あいつ、あれで笑うと結構可愛いんだぜ。まぁ、向こうは勝手にやらしておくとして」

 

 凜堂は二人の言い争いを無視してレスターと向き合った。

 

「退院したんだな。おめでとさん、マクフェイル」

 

「……はっ。別にあんな程度の傷、どうってことねぇよ」

 

 居心地悪そうに眉を寄せながらレスターはぶっきらぼうに答える。サイラスの一件で怪我を負い、治療院に入院したとは聞いていた。こうも退院が早いのは予想外だが。怪我その物が大した事なかったのか、それともレスターの回復力が凄いのか。凜堂にはどっちなのか判断は出来なかった。

 

「で、今日はどういう用件だ? ってか、何でサーヤと一緒に行動してたんだ?」

 

「こっちだって好きで一緒に来たわけじゃねぇよ。そのちんちくりんが道に迷ってたみたいで、行く場所が同じだったからついでだ」

 

「誰がちんちくりんか」

 

 耳聡く二人の会話を聞きつけた紗夜がそちらに顔を向ける。

 

「でも、連れて来てくれたことは感謝している。ありがとう」

 

 軽く頭を下げるが、すぐに紗夜はユリスとの言い争いへと戻った。本当にマイペースな少女だ。

 

「しっかし、どう頑張れば校舎からここまでの道を迷えるんだ、あのちんちくりん?」

 

 レスターの疑問も尤もだ。そもそもこのトレーニングルームは公式序列戦が行なわれる総合アリーナにあり、校舎からはほぼ一本道だ。ほとんど迷う要素は無い。

 

「まぁ、そこはサーヤだからとしか言い様がねぇな。で、お前は何の用で来たんだよ?」

 

 途端、不本意そうだったレスターの顔が更に曇った。

 

「まぁ、その、何だ。サイラスの一件だが、その事で一応世話になったからな。結果的にとはいえ、助けられたのも事実だし、礼というか、けじめっつぅか……」

 

 非常に言い難そうに、顔を逸らしながらレスターは小さく頭を下げる。

 

「と、とにかく世話になった! そんだけだ!」

 

「それを言いにわざわざ? 律儀だねぇ、お前もって待て待て待て!」

 

 言うだけ言って帰ろうとするレスターを慌てて引き止める。

 

 かなり、いや、相当不器用ではあるが、レスターなりにお礼を言いに来てくれたようだ。ならば、この際なので和解しようと凜堂は考えた。この先、一々些細なことで角を突き合わせるのも面倒だ。そこで凜堂は一つの案を思い浮かぶ。

 

「閃いた。おい、マクフェイル。ちょうどタッグ戦の相手が欲しかったんだ。お前さえ良ければ手伝ってくれねぇか? サーヤも一緒に」

 

「訓練相手だぁ?」

 

「ん?」

 

 レスター、紗夜、そしてユリスの視線が凜堂に集まる。

 

「お、おい凜堂! お前、何を勝手に」

 

「訓練相手が欲しいのは本当だろ。こいつらになら色々説明しても問題ないだろ」

 

 レスターは事件の関係者なので、ある程度まで凜堂のことを聞いている。紗夜は純星煌式武装(オーガルクス)を使った時はともかく、凜堂の本来の実力を知っていた。それに二人が不用意に第三者に凜堂の情報を話すとも思えなかった。

 

「し、しかしだな」

 

「どうだ。やってくれると嬉しいんだが」

 

 渋るユリスを無視し、凜堂は再度二人に尋ねた。

 

「別に構わない。断る理由もないし」

 

 即答する紗夜。すると、必然的に全員の目がレスターへと向けられた。 

 

 面食らった様子だったが、やがて頬を掻きながらぼそっと答えた。

 

「し、仕方ねぇな」

 

 

 

 

「成る程。リースフェルトとそんなことが……」

 

 準備体操をしている最中、凜堂はユリスとタッグを組むまでの経緯を話した。

 

「触れるもの全てを傷つけるギザギザハートの持ち主だった凜堂が心の底から護りたいと思える人と出会えたのはいいこと。私も嬉しい」

 

「自分のことのように喜んでくれるのははいいんだけどよ、サーヤ。俺の幼少期の黒歴史をほじくるのは止めてくんねぇ?」

 

 見境無く暴れていた子供の頃を思い出し、凜堂は小さく項垂れる。肩を落とす凜堂の頭の上に紗夜の小さな手が乗せられた。

 

「大丈夫。凜堂はあの時の凜堂とは違う。悲しいことも、苦しいことも誰のせいにしないで、自分自身で責任を背負ってる。それは凄く大切なこと」

 

「そう生きていきたいと思うけどな。ま、ありがとよ、サーヤ」

 

「それに凜堂の格好良さは少しも損なわれて無い。バッチグー」

 

 腕に抱きついてくる紗夜の感触がひどく懐かしい。だが、ノスタルジーを感じる割には思い出の中の紗夜と今現在の紗夜。どちらもびっくりするほど変わりなかった。

 

「こほん! そろそろ始めたいのだが」

 

 ユリスは微妙に機嫌が悪そうだった。

 

「とりあえず、そちらも急造のタッグなのだから贅沢は言わん。幸いどちらも前衛と後衛がはっきり分かれていることだし、まずはサポートの練習から始めたいと思う。前衛が戦闘を始めたところで、後衛は互いを牽制しつつ、前衛のサポートをする。いいな?」

 

「問題ない」

 

 ユリスと紗夜が火花を散らす。前衛そっちのけで、今すぐにでもガチンコを始めそうな雰囲気だ。

 

「お前等、気合は入りすぎだろ……」

 

 二人の迫力に若干引き気味の凜堂にヴァルディッシュ=レオを起動させたレスターが声をかけてくる。

 

「小娘共を心配するのはいいがよ、お前自身は大丈夫なのか?」

 

「あん?」

 

「聞いた話じゃ、お前、一日にそう何度も黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)を同時に使えないらしいじゃねぇか」

 

「あぁ。確かに今日はもうユーリとの特訓で使ったし、何時間か休憩しないと発動は無理だな」

 

「悪いが、手加減するつもりはねぇぞ?」

 

 にやっと底意地の悪そうな笑みを浮かべるレスター。やはり、思うところは少なからずあるようだ。若干、顔を引き攣らせつつ、凜堂は棍を構える。

 

「ま、お手柔らかに頼むぜ」

 

 

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。同時にレスターが猛然と凜堂に向かって突っ込んでいった。以前にレスターの過去の試合を見たことがあるが、実際に対峙してみるとその圧力は相当なものだった。

 

「行くぜぇ!!」

 

 薙ぎ払うような一撃が凜堂を襲う。凜堂は正面に構えた棍でそれを受け止め、大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

 見かけに違わない凄まじい膂力だ。両腕が痛いほどに痺れる。体勢を整えようとする凜堂に時間を与えず、レスターは二撃目を放ってきた。凜堂は大きく後ろに跳び、レスターの攻撃を回避する。ヴァルディッシュ=レオの刃は床を捉え、大きく抉った。

 

「まだまだぁ!!」

 

 勢いをそのままに突進してきたレスターの三撃目が凜堂を襲う。だが、凜堂も負けてはいなかった。

 

一閃(いっせん)纏威(まとい)”!!」

 

 棍へと星辰力(プラーナ)がチャージされ、鈍色を黒一色に染め上げた。凜堂は床を舐めるように棍を振るい、上段から降ってきた戦斧の刃を弾き飛ばす。

 

「うぉ!?」

 

 予想以上の威力の反撃にレスターは大きく体勢を崩す。そこへ炎の槍が飛び掛ってきた。ユリスの技、鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)だ。

 

「ちぃ!」

 

「そこぉ!!」

 

 ヴァルディッシュ=レオで炎の槍を受け止めるレスターへと肉薄する。走る勢いをそのまま棍に乗せ、渾身の力を込めて戦斧へと叩き込む。打撃の瞬間、棍に溜められていた星辰力が解放され、レスターの巨体を弾き飛ばした。

 

「ちぃ、見かけからは想像出来ねぇパワーだな! ユリスの炎も鬱陶しいぜ……! おい、ちんちくりん! お前もちゃんと仕事し……」

 

 床を削りながら滑っていったレスターが怒鳴るが、背後に立っている紗夜へ視線を飛ばしたまま動かなくなる。

 

 レスターだけではない。ユリスもあんぐりと口を開けている。ただ、凜堂は苦笑いを浮べていた。その顔は若干、引き攣っているが。

 

「相変わらずぶっ飛んでるなぁ、創一おじさんは」

 

「仕事なら今からやる」

 

 紗夜が構えた銃、と呼ぶにはそれは余りにも大きすぎた。大きく太く重く、そして口径がでかかった。それは正にキャノン砲だった。

 

 砲身は優に二メートルを超えている。周囲には複数の空間ウィンドウが展開されていた。中には臨界点突破、と危なっかしいアラートを鳴らしているものもある。だが、そんなことはお構い無しにコアからは煌々と輝きが放たれていた。紛れも無く、流星闘技(メテオアーツ)の前兆だ。

 

「三十九式煌型光線砲(レーザーカノン)ウォルフドーラ、掃射」

 

 戦いとは程遠い、マイペースな声で紗夜が呟いた瞬間、低い唸りと共に砲口から光が濁流となって溢れ出た。

 

「ちょ、待て!!」

 

 戸惑いつつも、レスターとユリスは床へと伏せて砲撃をかわした。凜堂は真っ直ぐに向かってくる光線に対し、目の前に*型の盾を展開させる。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”!」

 

 光の柱と星の盾がぶつかり合い、派手な音と共に大量の火花を散らす。盾はどうにか砲撃を抑えているが、明らかに圧されていた。その証拠に凜堂の体がじりじりと後退している。

 

 最終的に競り勝ったのは紗夜の砲撃だった。凜堂は大きく弾き飛ばされ、背後にあった壁に直撃、体を壁の中にめり込ませた。

 

「そ、想像以上の威力だったぜ……やっぱ、普通にかわしとけば良かった」

 

 アスタリスクの建物、主に総合アリーナなどの戦闘が想定されている場所の壁はかなり頑丈に強化処理されているのだが、そんなのものともしない破壊力だ。

 

「何しやがる! 俺ごと吹き飛ばすつもりか!?」

 

 我に返ったレスターは額に青筋を浮かせながら紗夜へと詰め寄る。対して、紗夜は顔色一つ変えずに言い放った。

 

「かわせないほうが悪い。それに、凜堂はちゃんと防いでる」

 

「いや、最終的には吹っ飛ばされて壁にめり込んでるぞあいつ……」

 

 余りにも悪びれない紗夜の態度にレスターも言葉が小さくなっていく。

 

「沙々宮、お前……というか凜堂! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫。こんなくらいでどうにかなるほど、凜堂はそんなに脆くない」

 

 紗夜の言葉を肯定するように凜堂は壁から体を引き剥がす。あだだ、と呻きながら体を捻り、無事な事を確認した。振り返ってみると、壁には見事な人の形をした穴が出来上がっていた。

 

「あらあら。これは派手に壊してくれましたね」

 

 そこへ穴の向こうから妙に聞き覚えのある、ゆったりとした声が聞こえた。




アスタリスクの五巻出たぜひゃっふぅぅぅぅぅ!!!!! 鳳凰星武祭も終わったみたいだし、一段落したって感じですね。これを機に二次創作が増えると嬉しいんだけど……。


前にもした質問ですが、行と行の間に空白を入れたほうがいいですかね? それともこのままでいいかな?

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