学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

19 / 50
譲れぬもの

「おい、ジョー。ちっとばかし聞きたいことがあるんだが」

 

「そいつは友人としてか? それとも新聞部として?」

 

「新聞部としてだ」

 

 翌日の昼休み、一年三組の教室。凜堂は昨日のことを簡潔に話した。話を聞いていた英士郎はアルルカントがウチにねー、と器用にリンゴの皮を剥いていた手を止める。どうも、このところ金欠らしい。なので、昼食はリンゴだけで済ませるようだ。

 

 そのリンゴも寮の隣室の住人から貰ったものだ。何でも、実家が農業プラントを経営しているそうだ。

 

「よその学生となると、ちっとばかし値が張るぜ?」

 

 それでもいいか? という英士郎の確認に凜堂は財布の中身を思い出す。懐が温かいわけではないが、素寒貧でもない。

 

「今日の昼飯でどうだ?」

 

「オッケィ。契約成立だ」

 

 久しぶりにまともな昼が食えるぜ、と英士郎は嬉しそうに切ったリンゴを頬張りながら携帯端末を取り出す。

 

「そんじゃま、食堂に行く道すがら話してやるよ。カミラ・パレートとエルネスタ・キューネだったな」

 

 凜堂は促されるまま、英士郎と共に教室を出る。

 

 サイラスのことを話すわけにもいかないので、かなりの部分をぼかして話したが、英士郎にはそれだけで十分だったようだ。英士郎が表示した空間ウィンドウには昨日の二人組が映っていた。

 

「まずはこっちの褐色の姉ちゃんからだ。名前はカミラ・パレート。アルルカントの研究院に所属してる。アルルカントの最大派閥、『獅子派(フェロヴィアス)』の代表だ。煌式武装(ルークス)の開発が専門だ」

 

 何でも、彼女のチームが開発した煌式武装を使用したタッグが前回の鳳凰星武祭(フェニックス)で優勝しているのだそうだ。鳳凰星武祭のみならず、他の星武祭(フェスタ)でもカミラの武器武装を用いた学生が相当なポイントを稼いでいる。

 

「確か、昨シーズンのアルルカントって総合二位なんだよな?」

 

「あぁ。まさしく、立役者ってとこだな」

 

 確かにはきはきした言動といい、鋭い目つきといいデキる女という表現がピッタリの人物だった。

 

「で、もう一人はエルネスタ・キューネだ。こっちはアルルカントきっての天才って名高いな。『彫刻派(ピグマリオン)』の代表なんだが……こっちに関しては情報がほとんど無い。かなりぶっ飛んだ性格の人物って専らの噂だ」

 

「あぁ、そりゃ間違いないわ」

 

 昨日、会った時も異常にテンションが高かった。常時、あの調子ならぶっ飛んでると表現されても何の不思議も無いだろう。

 

「ただ、弱小勢力だった『彫刻派』をほとんど独力で一大勢力まで上り詰めさせたんだ。やり手なのには間違いないな」

 

「そういや褐色の方が『獅子派』とか言ってたけど、それって何なんだ? それに『彫刻派』ってのも?」

 

「どこの学園も多かれ少なかれあることだが、アルルカントは特に内部の勢力争いが激しいんだ。『獅子派』や『彫刻派』ってのは勢力争いをしてる派閥の名前さ。派閥は研究内容によって分かれてて、そいつらが研究資金やら実戦クラスの有力な学生やらを取り合ってる」

 

「へ~。まるで獲物の肉を奪い合う狼だな」

 

「違ぇねぇや」

 

 凜堂のばっさりとした評価に小さく笑いながら英志郎は更にもう一枚の空間ウィンドウを開く。そこには様々な色のついた円グラフが表示されていた。よくよく見ると、『獅子派』や『彫刻派』などの文字が見て取れる。

 

「つっても、一番でかい勢力を誇ってるのはさっきも言った『獅子派』だ。見て分かると思うが、ここが勢力図の五割を占めてる」

 

「流石にでっかいな」

 

「その反面、まとまりに欠けるとこがある。でかい組織の宿命だな。しかも、アルルカントじゃ生徒会よりも研究院の議会の方が力が強い。議決には三分の二の賛成票が必要だから、これを確保するために他の派閥と手を組まなきゃならない。前は生体改造技術なんかを研究してた『超人派(テノーリオ)』ってとこと組んでたんだが、何年か前にここが洒落にならない失敗をやらかしたみたいで、勢力が大きく減退したらしい」

 

「んで、最近はその『彫刻派』とつるみ始めたのか?」

 

 正解、と英士郎はにっと笑う。

 

「その『彫刻派』は何を研究してんだ? 『獅子派』と組むぐらいだから、やっぱ煌式武装関係か?」

 

「いんや。武器関係の研究はあんまり聞かないな。サイバネ技術や擬形体の研究開発だったはずだ」

 

 ということは、やはりサイラスの裏にいたのはエルネスタということで間違いないだろう。ユリスとレスターに対抗するための処理が施された人形もあったことを考えるに、こちらの事情もそれなりに知っていた筈だ。黒幕という表現もあながち間違いではない。

 

「一つ気になってんだが、何でアルルカントは学生が研究開発に関与してんだ? 統合企業財体に任せて、学生は星武祭に集中した方が効率よくね?」

 

「そりゃ適正の関係さ。万能素(マナ)星辰力(プラーナ)を扱う分野の研究に関しちゃ、星脈世代(ジェネステラ)のほうが圧倒的に向いてるらしい。実際、落星工学で名を馳せてる有名所の大半は星脈世代だしな」

 

 どうせ星脈世代を集めるなら、彼らも一緒に育成してしまおうというのがアルルカントのコンセプトなのだそうだ。

 

「随分、無茶苦茶やってんだな」

 

「創立当初のアルルカントはクイーンヴェールと並ぶ弱小だったんだぜ? でも、学生が研究成果を出し始めると、見る間に強豪にのし上がっちまった。それに、あそこまで好き勝手研究をさせてくれるところは他に無いからな。研究者志望の奴にとっちゃ一種の楽園だな、あそこは」

 

「成る程ねぇ……あん?」

 

 英士郎と話しながら凜堂は普段、食堂に行くのに使っているのとは別の場所を通っている事に気付く。方向からして、高等部校舎から中等部校舎に繋がる渡り廊下へ向かっているようだ。

 

「ジョー。こっちは食堂じゃねぇぞ?」

 

「なーに。折角、奢ってもらうんだ。だったら、目一杯美味いもんを食ったほうがいいだろ」

 

 前を歩いていく英士郎はにやりと笑う。不意に凜堂は懐に寒風が吹き込んできたような悪寒に襲われた。

 

「今日は『ル・モーリス』で豪華なランチを楽しむとしようぜ」

 

「……マジか」

 

 『ル・モーリス』とは、星導館学園では最高級の店だ。校舎群からは少し離れた森の入り口辺りに店を構えている。普段、凜堂達が使っている高等部校舎の地下にある『北斗食堂』に比べ、三倍近く値段が高い。

 

「よその学園の情報はな、入手も裏付けも面倒でな。このくらいで買えるなら安いもんだぜ?」

 

「……そうかい、こんちきしょう」

 

 静かに毒づきながら凜堂は財布を取り出し、中身を確認する。英士郎がどれくらいの量を頼むかにもよるが、少なくとも財布を逆さにしても何も出てこなくなるのは間違い無さそうだ。

 

「暫く昼は水だけだな」

 

 ため息と共に財布をしまう凜堂の肩に腕を回し、英士郎はにやにやしながら凜堂の腹を小突く。

 

「お姫様に頼んでみたらどうだよ? 昼飯作ってきてくれって」

 

「んなみっともない真似死んでも出来るか。ってかユーリのことだし、飯作ってくれるどころか百パー金欠になったこと説教してくるぜ」

 

 ユリスは戦闘面だけでなく、生活面も妥協しない。己のパートナーが金欠になったと知れば、烈火のように怒るだろう。空腹と説教のダブルパンチなんて絶対に味わいたくない。だったら、空腹を我慢している方がまだマシだ。しかし、英士郎はんなこたねぇだろ、と確信を持って頷く。

 

「俺の見立てじゃ喜んで作ってくれると思うけどね、お姫様」

 

「そう見えるなら、眼科に行くことを勧めるぜ」

 

「にぶいね~、お前さんも……お」

 

 苦笑いしていた英士郎の足が止まった。必然、肩を組まれていた凜堂も引っ張られるように立ち止まる事になる。ぐぇ、と蛙が潰れたような声が凜堂の口から漏れた。

 

「げほ、ごほ……いきなり止まんなよ」

 

「悪い悪い。ちょいと面白そうなネタを見つけてな」

 

 興味津々に目を輝かせながら英志郎はある方向を指差す。そちらへ目を向けると、渡り廊下の柱に隠れるように立つ二つの人影があった。そして、凜堂にはそのどちらにも見覚えがあった。

 

「あいつ……」

 

 先日の放課後に激突した銀髪の少女と、彼女に伯父様と呼ばれていた壮年の男だ。

 

 それなりに距離があるにも拘らず、あまり穏かな雰囲気でないことは容易に理解出来た。諍いと呼ぶほどのものではないが、ピリピリとした嫌な緊張感が伝わってくる。

 

「こいつはついてるぜ。こんなところで刀藤綺凛のネタが拾えるなんてな。こいつも日ごろの行いがいいからだな、きっと」

 

 英士郎の手には既に手帳が握られていた。かなり年季の入ったものだ。英士郎はメモ帳に視線を落とすことなく、何やらそこへ書き付けている。

 

「あいつのこと知ってるのか、ジョー?」

 

 英士郎の日ごろの行いはともかく、先日のこともあって少女が気になった凜堂は率直に英士郎に聞いた。すると英士郎は手を止め、ビックリした顔で凜堂を見返した。

 

「……凜堂。それ、本気で言ってるのか?」

 

「俺は何時だって本気だぜ?」

 

「そうとも思えないんだが……本当に知らないのか? お前、刀藤綺凛っていったら」

 

 パァン、と乾いた音が英士郎の言葉を遮る。

 

「……あ゛ぁ?」

 

 男が少女の頬に平手を打ったのだ。

 

「それはお前が考えることではないと言った筈だぞ、綺凛」

 

「で、ですが伯父様」

 

「口答えを許したつもりもない」

 

 もう一度、男が腕を振り上げる。綺凛の体が強張るのが遠目でも分かった。

 

 男の腕が振り下ろされる。しかし、男の手が綺凛を襲うことは無かった。代わりにパシ、と何かを掴む音が綺凛の耳に届く。

 

「え……?」

 

「……」

 

 驚いたように綺凛が目を開くと、そこには無言で男の腕を掴む凜堂の姿があった。

 

「……何だ、貴様は」

 

 男は僅かに眉を顰め、人間ではない何かを見る目で凜堂を見下ろす。その目には冷ややかな嫌悪と明確な敵意が同居していた。

 

「何があったかは知らねぇが、大の男、それも大人が無抵抗な女の子に手を上げてんじゃねぇよ」

 

 同じくらい冷え冷えとした目で男を見返しながら凜堂は言った。男はその言葉を嘲笑う。

 

「ふんっ、笑わせるな。己の欲のために戦いを繰り広げるお前等が、今更どの口でそんな綺麗事をほざく?」

 

 綺麗事ぉ? と今度は凜堂が嘲笑を浮べる。

 

「何言ってんだあんた。俺の言ってることは綺麗事じゃなくて常識だぜ?」

 

 威圧的だった男の顔がこれ以上無いくらいに不愉快そうに歪む。

 

「貴様、目上の人間に対して失礼な物言いだな。貴様の親は貴様に碌な教育をしてなかったと見える」

 

 両親のことを言われ、一瞬凜堂は気色ばむが、すぐに表情を冷然としたものに戻した。

 

「ご明察。俺は親から教育なんて呼ばれるようなものは受けてないさ。そんな時間も無かったしな」

 

 でもな、と声のトーンを一つ落として続ける。

 

「目の前で怯えて縮こまってる女の子を見捨てるような屑にも育てられてねぇんだよ」

 

 僅かに男の腕を掴んだ凜堂の手に力が籠る。男は忌々しそうに凜堂を振り払い、大きく鼻を鳴らした。

 

「今のはただの躾だ。こちらの事情も知らない部外者がしゃしゃり出てくるな」

 

「あぁ、そっちの事情は知らないさ。知ろうとも思わない」

 

 でも、この子のことは知ってる、と凜堂は肩越しに綺凛を振り返る。寸の間、驚きに見開かれた目を見つめ、男に視線を戻した。

 

「自分にぶつかってきた、見ず知らずの男にキチンと謝ることが出来る子だ」

 

 相手の方が悪いのにな、と凜堂は続ける。

 

「その上、キチンとお礼も言える素敵な女の子だ。そんな子がぶっ叩かれるようなことをするとは思えないんだがな」

 

 腕を組みながら凜堂は男を観察した。歳は四十代前半。昨日の印象に違わない、がっしりとした体格の持ち主だ。レスターほどではないが、分厚い胸板と太い腕をダークブラウンのスーツに包んでいる。

 

 身のこなしを見ても、何かしらの武道をやっていることは確かだ。だが、星脈世代(ジェネステラ)でないの間違いない。星辰力(プラーナ)が全く感じられなかった。

 

「私は刀藤鋼一郎。そこの刀藤綺凛の伯父だ。身内の問題に首を突っ込んでくるな小僧。そもそも、貴様等星脈世代がこの程度でどうにかなる訳ではないだろう?」

 

「だから暴力を振るっていいなんて理屈は通らねぇよ。星脈世代だって痛みは感じるんだ」

 

 凜堂の言葉に綺凛ははっと顔を上げる。何か言いたげに口を開くが、結局は何も言わずに口を閉じた。

 

 鋼一郎は不快そうに顔を顰め、凜堂を睨みつける。凜堂も一歩も引かず、その視線を真っ向から受け止めていた。

 

「学生の分際で生意気な。貴様、名前は?」

 

「高良凜堂」

 

 凜堂の名を聞くと鋼一郎は携帯端末を取り出し、手馴れた手つきで操作し始めた。そして空間ウィンドウを展開させる。

 

「高良……『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない雑魚か」

 

 短時間で凜堂の素性を調べたようだ。短時間で学生の情報を調べられるのだから、学園関係者であることは間違い無さそうだ。

 

 鋼一郎の顔は嘲りと落胆を浮べていたが、不意に真剣なものにする。

 

「ほぉ、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』に『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』か。ならば、無価値という訳でもないか」

 

 鋼一郎の顔が不敵な笑みを作った。

 

「いいだろう、小僧。貴様が物申したいというなら、言ってみろ」

 

「あん?」

 

 鋼一郎の態度の変化に凜堂は露骨に怪訝な表情を浮べる。

 

「聞いてやると言っているのだ。言ってみるがいい」

 

 これ以上ないくらいに尊大な態度だ。もっとも、態度に関しては凜堂も人のことは言えないが。

 

 胡散臭く思いながら凜堂はすぐに言い切った。

 

「もう二度とこの子に暴力を振るうな」

 

「あぁ、構わん」

 

 横柄に頷きながら悪意の塊のような顔で笑う。

 

「ただし、貴様が決闘に勝ったらの話だがな」

 

「決闘だぁ?」

 

「伯父様! 待ってください!」

 

 上げられた綺凛の声を無視し、鋼一郎は言葉を続ける。

 

「そうだ。これが貴様等の、この都市のルールだろう」

 

「確かにそうだぜ。でも、そのルールの中にあんたは入ってないだろ。学生じゃあるまいし、まして星脈世代でもない」

 

「当たり前だ!」

 

 凜堂の言葉を遮り、鋼一郎は大きな怒声を飛ばす。その余りの剣幕に凜堂も言葉を続けることが出来なかった。

 

「貴様等のような化け物と一緒にするな……!」

 

 怒りに肩を震わせながら凜堂を睨み、綺凛の背後へと回り込む。

 

「お前の相手はこれ(・・)だ」

 

「……あぁ?」

 

 綺凛の華奢な肩に置かれた手を見て、凜堂はドスの利いた声を出した。いや、凜堂は綺凛を見ておらず、鋼一郎へ激しい視線を叩きつけていた。

 

「どうやればそんな話になんだよ?」

 

「安心しろ。貴様が負けたところで、こちらは何も要求しない」

 

「そういう問題じゃねぇだろ……」

 

 怒りを抑えた震え声で凜堂は吐き捨てる。これは勝ち負け以前の問題だ。

 

「伯父様! 私は……」

 

「黙れ。お前は私の言うとおりに動けばいい」

 

 綺凛の抗議の声にも鋼一郎は耳を傾けようとはしない。自分の言うとおりにして当然、といった態度だ。

 

「で、ですけど!」

 

 なおも拒もうとする綺凛に鋼一郎は氷のような視線を向ける。とてもじゃないが、身内に対して向けるものではない。

 

「綺凛。私に逆らうつもりか?」

 

 一切の反論を許さない、圧力に満ちた暗い声に綺凛の体、そして心が萎縮する。

 

「いえ、そんな、ことは……」

 

「ならいい。『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』と『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』を降したとあればそれなりに箔が付く。期待しているぞ」

 

 言うだけ言って、鋼一郎は二人に背を向けて距離を取った。残されたのは唇を噛み締める綺凛と怒りを押し殺すように歯を食い縛っている凜堂だけだった。

 

 早速、騒ぎを聞きつけたのか、足を止めた数人の学生が遠巻きにこちらを見ていた。野次馬共が、と凜堂は苛々した声を吐き出す。その最前列に英士郎の姿を見つけ、凜堂は更に強く歯噛みした。

 

「おい、ジョー!」

 

 返ってきたのは満面の笑みとサムズアップだけだった。助けは期待するだけ無駄だろう。

 

「いくら新聞部だからって節操無さ過ぎだろ」

 

 大きく嘆息しながら凜堂は綺凛へと視線を移した。

 

「あー、おい、刀藤。俺は」

 

「……ごめんなさいです」

 

 凜堂の言葉を遮り、綺凛は俯きながら囁いた。

 

「私……刀藤綺凛は、高良凜堂先輩に決闘を申請します」

 

 その声に応じ、両者の校章が赤く発光し始める。

 

「おいちょっと待て。何でそうなんだ!?」

 

「私だって先輩と闘いたくなんてありません。でも、仕方ないんです」

 

 仕方ない? と首を傾げる凜堂が見たのは悲痛に顔を歪める綺凛だった。

 

「私には叶えたい望みがあります。そのためには伯父様の言うとおりにするしか……」

 

「だったら、そうやって納得してるなら、何でそんな苦しそうな面してんだよ……!」

 

 搾り出すように凜堂は囁く。その声は感情を押し殺した綺凛のものとは正反対に、様々な感情が剥き出しになっていた。

 

「お願いします、先輩。ここで先輩が引いてくれればそれで収まります。だから、お願いします」

 

 綺凛の懇願に凜堂は少し考え込み、真っ直ぐに綺凛を見据える。

 

「そうしたら、お前はどうなんだ?」

 

 凜堂の視線から逃れるように綺凛は顔を背けた。

 

「私は……私のことは別にいいんです。どうにもならないことですから」

 

「なら、引けないな」

 

 覚悟を決め、凜堂は拳を握り締める。

 

 傍から見れば、何とも本末転倒な展開だ。助けようとした少女とこれから刃を交える事になるのだから。

 

 だが、どれだけ辻褄の合わないことだとしても、凜堂は引きたくなかった。

 

 さっきの光景を、あんな仕打ちを肉親からされ、それを「どうにもならない」と言わなきゃならない少女を見てみぬ振りするなど、出来なかった。

 

「そうですか……高良先輩は優しいのですね」

 

「違うな。俺はただ、我が侭なだけだ」

 

 凜堂の返しに儚い笑みを浮かべ、綺凛は腰の鞘へと手を伸ばす。

 

「では、仕方ありません。私も負ける訳にはいかないのです」

 

 刹那、凜堂の全身が警鐘を鳴らした。まるで、全ての神経を鑢で削られたような寒気。反射的に凜堂は臨戦態勢を取っていた。

 

 綺凛に変りは無い。相変わらず、泣き出しそうな、困ったような表情だ。その表情のまま、綺凛は鞘から刀を抜く。

 

 見た目どおり、煌式武装ではないようだ。作りは現代風だが、間違いなく真剣の日本刀だ。

 

 万能素の反応も無いので、『魔女(ストレガ)』ではない。星辰力もかなり練り込まれているが、凜堂を身構えさせたのはそれじゃない。

 

 剣気、とでも表現すればいいのか、凄まじい圧力が綺凛から放たれている。そのどれもが冷たく、そして鋭い。

 

「だからって、譲っていいわけねぇな」

 

 凜堂は胸の校章に手をかざす。

 

「決闘を受諾する」

 

 同時に目を閉じる。星辰力が高まるのと同時に右目が熱くなっていく。

 

 対峙しただけで理解出来た。この少女を相手取るには、全力でなければ話にならないと。

 

 右目の熱に伴い、体も燃えていくような感覚に襲われる。耐え切れなくなる寸前に凜堂は目を見開いた。体の内側で暴れ回っていた力を解放する。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり!!」

 

 全開にされた星辰力が漆黒の柱を作り出す。おぉ、と周囲からどよめきが起こった。光の柱が薄れていくと、その中から星辰力を漲らせた凜堂が現れる。右目から溢れる星辰力が炎のように揺らめいた。

 

 その光景を目の当たりにし、綺凛は驚きに目を見開く。だが、構えられた剣先は少しも揺らがなかった。

 

「綺凛。そいつの純星煌式武装(オーガルクス)と剣を打ち合わせるな。刃ごと斬られるぞ」

 

 凜堂がホルダーから黒炉の魔剣を取り出すと、鋼一郎が綺凛へと声を飛ばした。黒炉の魔剣の能力も知っているようだ。知っているところで対処できる代物ではないが。

 

「行くぜ」

 

 凜堂は魔剣を右腕一本で脇にぶら下げながら綺凛と相対する。

 

(さて、どう来る……)

 

「参ります」

 

 凜堂は綺凛の一挙一動を逃さないように目を光らせていた。その凜堂の目の前で綺凛の姿が消える。

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、凜堂の胸元に白刃が閃いた。一瞬で距離を詰めたのだ。どうにかかわし、後ろに下がって距離を取ろうとするが、間髪入れずに追撃が迫る。

 

 尋常じゃない剣速だ。

 

 それにただ速いだけじゃない。凜堂が黒炉の魔剣で受け止めようとすると、その寸前で軌道を変えて更なる斬撃を放ってくる。上手さも目を見張るものがあった。

 

 綺凛は刀の動きを変化させ、黒炉の魔剣の刃をかわしながら凜堂の手元を切り下ろす。刀が届く寸前、凜堂は手の中で柄を滑らせて綺凛の一撃を避け、同時に受け止めた。

 

 空いた左手を伸ばして綺凛を掴もうとするが、素早く間合いを取った綺凛を捕らえることはかなわず、左手は空を切った。

 

 右手一本で魔剣を構えたまま、凜堂は綺凛に向き直る。それを受け、綺凛も構え直した。

 

「高良先輩、お強いんですね。驚きました」

 

「こっちは驚いたなんてもんじゃねぇぞ……」

 

 純粋な賞賛の声に凜堂は引き攣った笑みしか返せなかった。

 

 向き合った瞬間から相当な強者だということは分かった。少なくとも、速度は凜堂と同じかそれ以上。

 

「とんでもねぇことになっちまったな……」




本当は綺凛との戦闘まで書き上げるつもりでしたが、長くなりそうなので切りました。中途半端でごめんね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。