学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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とりあえず、それなりにヒロインさせてみた。


序列一位

「んで、あいつが序列一位ってのはマジなのか?」

 

「こんなことで嘘をついてどうする。というよりもだな、お前も自分の学園のトップを知らないとはどういう了見だ。この馬鹿者」

 

 ユリスは床の上に倒れる凜堂の額に濡れたタオルを置いた。

 

 周囲にタイムリミットがあることをばらさないため、無理にバーストモードを維持していたつけがここ、ユリス専用のトレーニングルームに来た瞬間に出てきた。

 

 他にも場所があったのではないかという気もするが、確実に誰にも見られない所といえばここくらいしかなかった。壁に開いた人型の穴は既に修復が始まっているのか、シートのようなものが被せられている。

 

「いやぁ、だってねぇ。『冒頭の十二人(ページ・ワン)』っていうと、お前の印象が余りにも強すぎて、他の奴のことなんか気にかける余裕なかったというか……」

 

「ほう、それはどういう意味だ?」

 

 口答えは許さん、とばかりにユリスの視線が険しくなっていった。あははは、と引き攣った笑みを浮かべながら凜堂は視線を逸らす。

 

「やっぱ……怒ってます?」

 

 ユリスの瞳がギラリと輝く。

 

「やっぱりということは、何か私を怒らせるような心当たりがあるのだな?」

 

 ユリスの問いに凜堂は指折り数え始めた。もう片方の手まで使いだしたのをみて、ユリスはもういいとため息を吐く。

 

「冗談はさてとして……やっぱ、勝手に決闘したことかなー」

 

 不用意に決闘をするなと言われた昨日の今日でこれだ。もし仮に凜堂がユリスの立場なら怒りを通り越して呆れ返っている。ユリスも凜堂が大まかな説明をしている間、一言も口を開かなかった。もっとも、これは別のことが原因のようだが……。

 

「その件に関してはもういい」

 

「と、言いますと?」

 

「その男、刀藤鋼一郎と言ったか? 言語道断の振る舞いだ。たとえ伯父とはいえ、いや、家族だからこそ、肉親を道具のように扱うなど、許される訳が無い」

 

 静かで落ち着いた声音だが、内に純粋で激しい怒りを秘めながらユリスは断言する。

 

「むしろ、お前がそれを見逃していたら、逆に幻滅していたぞ。仮に私がお前と同じ立場なら、私も同じことをやっていたはずだからな……何をニヤニヤしている?」

 

 いや、と首を振りながら、それでも凜堂は嬉しそうに口元を綻ばせながらユリスを見上げた。

 

「気高い人だと思ってな。それに、俺の選んだ道が間違って無かったって改めて確認できた」

 

 お前と出会えて良かった、と凜堂は心の底から嬉しそうに微笑む。ユリスの顔が見る間に赤く染まっていった。どストレートにこんなことを言われて気恥ずかしいのか、ぷいとそっぽを向く。

 

「ふ、ふん。何を言うかと思えば。そんなの、人として当然のことだ。それに、私だってお前と出会えて……」

 

 顔を赤くさせたままごにょごにょと口を動かすが、前半はともかく後半は声が余りにも小さくはっきりとしないため、凜堂にはユリスが何を言っているか全く分からなかった。

 

「おーい、ユーリ?」

 

「と、とにかく! 私が怒ってるのはそこではない!」

 

 照れ隠しか、ユリスはタオルの上から凜堂の額をぺチリと叩く。あう、と額を撫でながら凜堂は首を傾げた。

 

「じゃあ、何を怒ってんだよ?」

 

「……お前が負けたからだ」

 

「はい?」

 

「分かってる! これが私の身勝手な我侭にすぎないことは!」

 

 だが、それでも、とユリスは思わずにいられなかった。例え相手が無敗の序列一位であっても、高良凜堂という男だったらもしかしたらと。

 

「……ユーリ」

 

 ここまで己が買われていたとは欠片も思っていなかったのか、暫し凜堂は呆然とユリスを見つめた。やがて、申し訳無さそうに彼女から目を逸らす。

 

「……期待に応えられなくて、悪い」

 

「お前でも勝てないほどか、刀藤綺凛は?」

 

「あぁ、強かった。少なくとも、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』の威力に頼り切ってるようじゃ話にならないだろうな。使ってたのが棍ならまだ勝ち目があっただろうけど、それでも勝てるかどうか……」

 

 あの小動物のようなおどおどした態度からは想像もつかない剣の絶技。その腕前は、威力に任せて黒炉の魔剣を振り回しているだけの凜堂では遠く及ばない。

 

 それだけじゃない。速さや体さばき。どれをとっても、バーストモードの凜堂と同等かそれ以上だ。

 

(一体、どれだけの鍛錬を重ねてきたんだろう)

 

 そうか、とユリスは小さく苦笑しながら凜堂の額に手を置く。

 

「いや、この場合は彼女を褒めるべきなのだろうな。なにせ、あれでまだ十三歳、中等部の一年だ。今年の四月に入学し、初日に決闘で序列十一位を降した、その上、最初の公式序列戦で旧序列一位を打ち負かし、新たな序列一位となった。末恐ろしいにも程がある」

 

 それがどれだけ尋常なことでないかは、アスタリスクに来て日が経ってない凜堂でも理解できる。だが、しかし彼は別の事に驚いていた。

 

(あの体型で十三歳!?)

 

 剣技の腕や身のこなしもそうだが、何より驚くべきはあの豊満なプロポーションだ。身長はともかく、バストの大きさはユリスを完全に上回っている。クローディアともいい勝負が出来るだろう。どれだけ発育が良いのか。

 

「……何か今、非っ常に不愉快な気分になったのだが?」

 

「ひほふぇいふぁふぉ(訳:気のせいだろ)」

 

 ユリスは目元を険しくしながら凜堂の頬を引っ張る。凜堂は笑って誤魔化すしかなかった。

 

「あつつ……それより、もう少し刀藤のこと教えてくれないか?」

 

「……随分と彼女のことが気になるようだな」

 

 頬を擦る凜堂をユリスはジト目で睨んだ。ユリスが不機嫌になっているのにキョトンとしながら、凜堂はまぁな~、とお茶を濁す。

 

 刀藤綺凛という少女に興味があるのは事実だ。だが、それ以上に凜堂は彼女の伯父、刀藤鋼一郎に嫌悪感を抱いていた。

 

 姪である綺凛を物のように扱っていたから? それもあるだろう。

 

 星脈世代(ジェネステラ)を化け物と蔑んでいたから? 理由の一つには上げられる。

 

 だが、これらのことだけでは説明できないほど大きな忌諱を凜堂は鋼一郎に対して募らせていた。言葉では説明できない、生理的なものだ。

 

(何で俺はあの野朗が死ぬほど気に入らないんだろ……)

 

 考え込んでいる凜堂の眼前にユリスがん、と携帯端末を突き出す。そこには学生の名前が十二人分表示された空間ウィンドウが展開されていた。その中にはユリスとレスターにクローディア、そして綺凛の名前があった。

 

「これって」

 

「見ての通り、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』の一枚目、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』の一覧だ。以前にも言ったが、私よりも強い者はそれなりにいる。この星導館学園に限定すると、今の私では絶対に勝てないと思った者は三人。一人は凜堂、お前とクローディア。そして刀藤綺凛だ」

 

「ロディアも?」

 

 意外そうに眉を持ち上げる。ユリスがクローディアを認めるような発言をするのは非常に珍しい。

 

「不本意だが、事実だ。あいつは強い。伊達で序列二位の看板を背負ってるわけではない」

 

「へぇ~、凄いなロディアの奴。冒頭の十二人(ページ・ワン)だとは聞いてたけど」

 

 知らなかったのか? とユリスは再び呆れた表情になるも、一位を知らないのに二位を知ってるわけ無いか、と肩を竦める。

 

「クローディア・エンフィールド。二つ名は『千見の盟主(パルカ・モルタ)』。未来視の能力を持つ純星煌式武装(オーガルクス)『パン=ドラ』の使い手だ」

 

「未来視? 予知能力のことか?」

 

「さぁな。私も詳しいことは分からない。あれはクローディア以外にまともに扱えるものがいないらしくてな」

 

 お前の無限の瞳(ウロボロス・アイ)と一緒だな、とユリスは凜堂の右目をそっと撫でた。

 

「噂では数十秒程度の未来を見ることが出来るのではないかと言われている」

 

 それが事実かどうかは定かではなく、あくまで彼女の戦いを見た者の推測だ。

 

「数十秒くらいね……そいつは強いな」

 

 たとえ数十秒でも、相手の行動全てを知ることが出来るのなら、それは無敵と言って差し支えない。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)とベクトルの違いはあるが、パン=ドラも強力な武器である事に変りは無い。やはり、純星煌式武装(オーガルクス)はどれも相当にぶっ飛んだ能力を秘めているようだ。

 

「この推測が正しいかどうかは分からないが、クローディアが強いのは確かだ。故に今となってはクローディアに決闘を挑む学生はいない。お前も迂闊に決闘なぞ仕掛けるなよ」

 

「そういう状況にはならんと思うが……確認したいんだが、ユーリって序列五位だよな?」

 

 そうだが? とユリスは凜堂の問いに首を傾げながら頷く。

 

「刀藤が一位でロディアが二位。んで、お前が五位。その間にいる三位と四位は勝てない相手に含まれないのか?」

 

 凜堂の疑問ももっともだ。あぁ、とユリスは首肯しながら話を続けた。

 

「前にも言ったと思うが、序列など言うほどあてにはならん。序列の差がイコール実力差になる訳ではない。三位と四位、特に四位の『魔術師(ダンテ)』はかなりの手練であることに間違いないが、幸いな事に私の能力と相性が良い。十回やれば、五回は勝てるだろう。だが、序列が下の、例えば七位の純星煌式武装(オーガルクス)の使い手と戦った場合、かなり分が悪い。三回勝てればいいほうだろう」

 

 そこまで言って、ユリスは空間ウィンドウを閉じて携帯端末をしまった。

 

「だが、別格の存在がいるのも確かだ。私が十回中一回も勝てない相手。お前やクローディア、刀藤綺凛はそのくくりに入ってると思っていい」

 

「ふ~ん」

 

「刀藤綺凛は入学以来、無敗を保っている。それだけならクローディアも同じだが、お前やクローディアと決定的に違う点は、彼女が純星煌式武装の使い手でも、『魔女(ストレガ)』でもないことだ」

 

 綺凛が凜堂との決闘の際に使っていたのは何の変哲も無い、ただの日本刀だった。使い慣れた姿から察するに、普段からあの刀を愛用しているのだろう。

 

「さっき、序列などあてにならないと言ったが、それでも序列一位だけは特別でな。学園の顔となるべき存在だけあって、とてつもなく競争が激しい。公式序列戦で指名されないことはまず無いし、相当な実力者でない限り一位に居座ることは不可能だ。その一位の座を、まだ三ヶ月とはいえ日本刀一本で死守するということは尋常ではない。実際、今の他学園の序列一位は『魔女』か純星煌式武装の使い手のどちらかだからな」

 

 今の話を聞いただけでも、刀藤綺凛がどれだけ並外れているかを理解することが出来る。

 

「とまぁ、これが私の刀藤綺凛の印象だ。これ以上のことが知りたいのなら、夜吹にでも聞いたほうが早いだろう。私はゴシップ屋ではないしな」

 

「そんだけ聞けりゃ十分さ」

 

 本当は綺凛の伯父、鋼一郎のことについて聞きたかったのだが、それはユリスに聞くことではない。

 

「よし。では『鳳凰星武祭(フェニックス)』の話に移るぞ」

 

「……本当にすまん」

 

 謝罪する凜堂にユリスはやや投げ遣りに笑って見せた。

 

「もう、そのことはいいと言っただろう。もっとも、お前の実力がばれてしまった以上、もう今までの作戦は使えないがな」

 

 序列一位である綺凛と真っ向正面からやり合ったのだ。それだけでも凜堂の実力がどれ程のものか推し量るには十分だ。

 

 さっきの決闘の時にもギャラリーは大勢いたし、動画も出回ってると見て間違いないだろう。

 

 つまり、凜堂は手の内をかなりの部分晒してしまったのだ。相手にとって、凜堂の実力が未知数という前提で立てた作戦はもう使えない。

 

「そうしょげた顔をするな。棍を使っている場面は見せなかったのだし、何よりタイムリミットのことがばれなかったのは不幸中の幸いだ。それに、いずれは分かることだったんだ。それが早くなったというだけだ」

 

 ポンポン、と凜堂の頭を撫でるユリス。

 

「まぁ、お前が刀藤綺凛に勝てれば少しは楽になれたのかもしれんが……言っても詮無いことか」

 

「どういうこっちゃ?」

 

「その場合、お前が序列一位になるわけだからな。『鳳凰星武祭』で比較的楽な場所に配置される可能性が高くなるということだ」

 

「楽な場所……トーナメントの配置のことか」

 

 凜堂は納得したように手を打つ。

 

 イベントとして最大限盛り上げるため、『星武祭(フェスタ)』では運営委員会の思惑がトーナメントの組み合わせに大きく関わっている。具体的な例を挙げると、一回戦から有力な選手が当たらないよう分散させるといった操作だ。

 

「私は序列五位だし、それなりに箔が付いている。だが、お前は現状リスト外。刀藤綺凛との一戦で実力が広まったとしても、肩書きが無ければそれほど有望視はされまい。元『冒頭の十二人』というなら話は変わってくるのだろうがな」

 

「そうか……」

 

「今から序列上位を狙っても、今月の公式序列戦は既に終わっている。この時期にほいほいと決闘を受ける者もいないだろうしな」

 

 不正防止などのため、トーナメント表はギリギリまで作られない。そのため、直前までの序列変動にも対応しているらしいが、相手がいなければ話にならない。

 

「まぁ、その辺りのことは気にするな。チャンスがあれば、程度に考えておけ」

 

 今度は優しく微笑し、ユリスは凜堂の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、凜堂は委員会センターの窓口に向かっていた。綺凛との決闘の際に壊した校章を新調するためだ。

 

 この学園では校章が身分証明書の代わりに使われている。セキュリティのチェックや、授業の出欠席もこの校章が必ず必要になる。なので、ないと非常に不便なのだ。朝一で委員会センターに申請し、放課後には受け取れるという事でやって来たのだが。

 

「あぁ。それでしたら会長が直接お渡しするそうです」

 

 とても事務的な口調で窓口の女性は何枚かの書類を取り出す。

 

「こちらにサインをお願いします」

 

 あ、はい、と凜堂は素直にサインする。

 

「で、ロディア、でなくて会長のところに行けばいいんですか?」

 

「えぇ、生徒会付属のレスティングルームでお待ちしているそうです」

 

「レスティングルーム? それってどこ」

 

 訊ねようとしたが、それよりも早く窓口がぴしゃりと閉じられた。おい、と突っ込むも開くはずも無い。ため息を一つ吐き、高等部校舎へと向かう。前にクローディア本人から聞いたのだが、生徒会関係の部屋は全て高等部棟の最上階にあるのだそうだ。

 

「ま、行きゃ分かんべ」

 

 校舎内を歩きながら窓の外を見る。雲一つ無い、絵に描いたような晴天だ。屋内は冷房が効いているのでそれなりに快適だが、一歩外に出れば正に炎熱地獄だ。それこそ、鉄板の上のたい焼き気分になれる。

 

「鉄板の上で焼かれてお尻があっちっち~♪」

 

 調子っぱずれに歌を歌っているうちに目的地のレスティングルームとやらが見つかった。いつもの生徒会室の二つ隣。いわゆる角部屋だ。外から見るだけでも、かなり広いことが分かる。

 

 インターホンがあるので、躊躇うことなく押す。すぐにクローディアの声が聞こえてきた。

 

『ようこそ、凜堂。そのまま、お入りください』

 

 なら遠慮なく、と凜堂は中に入った。そして目をまん丸にする。

 

 彼の目の前には南国の光景が広がっていた。

 

 部屋の中央には大きなプール。そこかしこには椰子や蘇鉄などといった、普段ならお目にかからない植物がいくつも植えられていた。壁一面がガラス張りで、燦々と日光が降り注いでいる。

 

 プールサイドに白いデッキチェアが一脚。その上に寝そべったクローディアが複数の空間ウィンドウを広げて作業をしていた。

 

「なぁにこれ?」

 

「ふふ、驚きましたか?」

 

 唖然としている凜堂にくすくす笑いながらクローディアは全ての空間ウィンドウを消し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……わぉ」

 

 クローディアの姿に凜堂はそれしか言えなかった。プールサイドに相応しい水着だが、そのデザインが問題だった。いわゆる、ビキニタイプと呼ばれる代物だ。非常によく似合っている。しかし、それを纏う人物のプロポーションが余りにも良すぎて目のやり場に困った。はっきり言って、肌色の面積が大きすぎる。

 

「アハハハ……ヨク似合ッテルヨ」

 

 何故か片言の似非外国人のような話し方しか凜堂には出来なかった。

 

「ここは数代前の生徒会長が無理を言って作らせた部屋なんですよ。中々、大胆な無駄遣いですが、元に戻すお金も時間も勿体無いですし、ありがたく使わせてもらっています」

 

「何考えてこんなの作らせたのか皆目検討がつかねぇ」

 

 頑なに目を逸らす凜堂。そんな凜堂をクローディアは艶然と微笑みながら見ていた。

 

「でもよ、ロディア。すぐそこに湖があんだから、そこで泳げばいんじゃねぇの? わざわざ、屋内にプールを作らんでも」

 

「あら、知らないのですか凜堂。ここの湖は遊泳禁止ですよ」

 

「そなの?」

 

「この辺り一帯は万能素(マナ)の濃度がかなり高いですから、変異体が何種か確認されているんです」

 

 それが原因だろう。

 

 変異体とは、『落星雨(インベルディア)』以降万能素の影響によって変異したとされる動植物の総称だ。人間ですら、『星脈世代(ジェネステラ)』という新種族が現れたのだから、他の生物に影響が出るのも当然だ。

 

 とはいえ、今のところ人間に害を及ぼすような、もしくは星脈世代のように原種とかけ離れた能力を持った変異体は見つかっていない。

 

「正式に捕獲されたことがないのであくまで噂ですが、水中に巨大な影を見たという報告があります。それに地下区画で怪物を見たとも。怖いですね」

 

 凜堂の前までやって来ると、クローディアはがおーと両腕を広げる。少しも怖がってるようには見えないし、少しも怖くない。寧ろ、大きな胸が揺れて眼福だ。

 

「ネス湖のネッシー改めアスタリスクのアッシーか……テレビ特番が組めそうだな」

 

「タイトルは『学園都市の謎。アスタリスクの最奥に蠢く謎の影』といったところでしょうか」

 

 取り留めの無いやり取りをしている最中、クローディアは肝心な事を思い出す。

 

「あぁ、そうそう。凜堂はこれを取りに来たのですよね?」

 

 そう言ってクローディアは新品の校章を凜堂に手渡した。礼を言って受け取るも、あれと凜堂は首を傾げる。

 

「あの、ロディアさん。これってどこから出したん?」

 

「ふふ、禁則事項です」

 

「禁則事項っすか……」

 

 何やら、校章から微かな温かさを感じる。それこそ、さっきまで一肌に包まれていたような……。頭を振り、凜堂はそれ以上は考えないようにした。

 

「それにしても驚きました。まさか、凜堂が刀藤さんと決闘をするなんて」

 

「色々あってね」

 

 嘆息しながら肩を竦める。どうせ、大体の事情は既に知っているだろう。

 

「刀藤鋼一郎氏、ですか?」

 

 クローディアの口から出た名前に凜堂はピクリと眉を動かした。

 

「ロディア。あの野朗のこと知ってるのか?」

 

「勿論です。中々、厄介な御仁ですから」

 

 それにしてもあの野朗とは、とクローディアはプールに向かって行く。話を聞くため、凜堂もクローディアの後についていく。

 

 クローディアはプールの縁に座ると、脚だけをプールに入れた。

 

「気持ちいいです。どうですか、凜堂もご一緒に」

 

「いや、ご一緒も何も、俺制服だからね」

 

「脱いでしまえばモーマンタイです」

 

「水着無いから問題大有りだな」

 

「私は気にしません。寧ろ、ウェルカムです」

 

 ウェルカムってあーた、と凜堂は呆れるも、クローディアが気持ち良さそうなのは確かだ。なら、と凜堂は上履きと靴下だけ脱ぎ、裸足になってズボンの裾を捲り上げた。その状態のままプールに入る、と見せかけて水の上に立った。

 

「あら、びっくり」

 

 目を丸くするクローディアの前に立つ。どうやっているのか、足元は踝までプールに浸かっていた。が、それ以上は沈まない。

 

「凄いですね、凜堂。まるで江戸時代の忍の者みたいです」

 

「その反応、ユーリにもされたよ。んなことよりロディア」

 

 凜堂に急かされ、はいはいとクローディアは小さく笑いながら続けた。

 

「刀藤さんの伯父様ですね」

 

 と、そこまで言ってクローディアの表情が少し引き締まった。いつもニコニコとしている彼女がこんな表情をしたのは、サイラスの一件を調査して以来だ。

 

「刀藤綺凛の伯父様、刀藤鋼一郎氏は我が星導館学園の運営母体である統合企業財体『銀河』の社員です。肩書きは総合エンターテイメント事業本部第七教導調査室室長」

 

「長いな肩書き、無駄に」

 

「えぇ、本当に。極東エリアのスカウト関連部門を統括しています。教導調査室は我が学園のスカウトを実質的に管理している部署で、『星武祭(フェスタ)』の成績にも密接に関わっているためそれ相応に強い権力を持っています」

 

「へー、偉いんだな」

 

「んー。そう言っていいかどうか微妙なラインですね。幹部候補、といったところでしょうか」

 

 人差し指を顎に当て、クローディアは凜堂の呟きに答える。

 

「もっとも、刀藤氏本人は幹部の椅子を手に入れる気満々のようですが。そのために実の姪を目一杯利用しているようです。彼女の決闘相手の選出、スケジュール管理など、殆どのことを刀藤氏が決めているようですね」

 

「利用って家族だろ? そんな無理矢理戦わせるみたいな真似……」

 

「それはどうなのでしょう。刀藤さん自身、自分なりの目的をお持ちのようですし」

 

 確かに凜堂との決闘の時も彼女は言っていた。自分には叶えたい望みがあると。

 

(……それでも)

 

 だとしても、あの時に彼女が浮べていた悲痛な表情が許されていいはずが無い。黙り込む凜堂の気を紛らわすようにクローディアは話を続けた。

 

「注目すべきは刀藤氏のやり方です。確かに自分が目をかけた学生が活躍すれば、出世への足がかりになります。しかし、普通ここまで一人の学生に肩入れすることはありません」

 

 その学生が失敗した時、自分に返ってくるダメージが大きいからだ。ましてやそれが身内とあれば、批判は倍増するだろう。なのに、鋼一郎はあえてそれをやっている。

 

「そんだけ自信があんだろうな、刀藤の腕に」

 

「ご明察です。流石、凜堂」

 

「こてんぱんにぶちのめされたからな。彼女の実力は痛いほど体験してるよ」

 

「そんなことは無いと思いますが。かなりいい勝負をしていたように見えましたけど」

 

 クローディアの探るような視線に凜堂はピラピラと手を振って応える。

 

「まぁ、何にせよ、刀藤氏が幹部の椅子に座れる可能性は限りなく低いと思います。刀藤さんの成功失敗を問わず、ね」

 

「何でよ? 刀藤が活躍すれば、そんだけ出世の足がかりになんだろ?」

 

 そう言ったのはクローディア本人だ。

 

「刀藤氏は余りにも我が強いですから」

 

「あぁ~、確かにそんな感じだった」

 

 傍から見てるだけでもそれは理解出来た。

 

「強すぎる我欲の持ち主は統合企業財体である程度までしか出世できません」

 

 これは銀河だけでなく、界龍やフラウエンロープといった他の統合企業財体にも共通する事なのだそうだ。

 

「統合企業財体の幹部というのは、何段階もの精神調整プログラムを受けて、徹底的に我欲を排除した方しかなれないのですよ。故に統合企業財体において幹部以上の方々が関与するような不正はほとんど存在しません」

 

 絶大な権力を得る代わりに、彼らは統合企業財体という巨大な力に奉仕するだけの存在となった、ということだろう。それは最早、洗脳の類のものだ。

 

「そいつは何とまぁおっかない話だ……ってか、詳しいな、ロディア」

 

 統合企業財体の内部情報、それも幹部クラスの情報となれば、極秘事項のはずだ。

 

「えぇ。私の母がそうですから」

 

「お袋さんが?」

 

 これには流石に凜堂も驚いた。いいところのお嬢様であることは予想していたが、まさか統合企業財体の幹部の親族だったとは。この世界ではある意味、王族であるユリスよりも上流階級の存在だ。

 

「ふふ、幹部の方達が集まっている光景は中々面白いですよ。皆同じ人に見えてしまって、誰が誰だか分からないくらいです」

 

 それこそ、実の娘が自分の母が分からないほどに。コロコロと鈴を鳴らすように笑うクローディアに凜堂は笑いを返すことが出来なかった。

 

「……笑えねぇって、それ」

 

 辛うじて、それだけ呟いた。

 

「そうそう、ところで刀藤さんはあの刀藤流宗家のお嬢さんらしいですね。凜堂はご存知でした?」

 

 ある程度はねー、と凜堂は腕を組む。

 

「戦った時点で分かったよ。俺も強くなりたくて、色々やってたからな」

 

 刀藤流とは今現在、かなりの栄耀を誇っている剣術流派の一つだ。

 

 精神性を重要視した指導を徹底し、星脈世代(ジェネステラ)の幼少期精神修練プログラムにも推奨されている。そのため門下生には星脈世代が多く、海外にも支部道場を持っているとか。

 

 その宗家の娘とあれば、あの実力にも納得がいく。

 

 過去に凜堂も一度だけ、刀藤流に師事してみようかとしたことがあったが、いい加減な自分では修行についていけなくなるだろう、と結局は我流の強さを求めていった。

 

「ところで凜堂、あれは何でしょう?」

 

 これまた唐突にクローディアが話題を変える。あん? と凜堂はクローディアが指差す、窓の外を見た。クローディアには見えてるのかどうか定かではないが、凜堂には何も見えなかった。

 

「何にも無いぞ?」

 

「あら、おかしいですね。あそこです、あそこ」

 

 だからどこよ? と凜堂はプールの中央へと足を進める。凜堂の歩みにあわせ、水面に波紋が広がっていった。改めて窓の外を探すが、これといって目を引くものは無い。

 

「本当に何も無いぞ……って、あれ、ロディア?」

 

 振り返ってみると、座っていたはずのクローディアの姿が無い。周りを見回してみるが、どこにもいなかった。

 

「おーい、ロディア。どこ行った~? 出て来ーい、生徒会長」

 

 返事は無い。おっかしいなー、と凜堂が首を傾げたその時、何かが彼の足首を掴んだ。

 

「え゛?」

 

 声を上げる間もなく、凜堂はプールの中へと引きずり込まれる。自分一人が浮かんでるだけの星辰力(プラーナ)しか使っていなかったため、水の中に沈むのは一瞬だった。がぼがぼ! と激しくもがきながら水面に頭を出す。目にも鼻にも水が入り、痛いことこの上ない。

 

「げほっ、ごほっ! ……ロディアぁ!!」

 

 咳き込みながら怒鳴る。すぐ隣の水面が盛り上り、クローディアが姿を現した。凜堂が何かを言う前に、口封じと言わんばかりに抱きついてくる。その豊満な感触に一瞬怯むも、眦を吊り上げて凜堂はクローディアを問い詰めた。

 

「どういうつもりだよロディア! 悪戯にしたって質が悪いぞ!」

 

「うふふ、真面目な話を長く続けたので、少しからかいたくなっちゃいました」

 

 鷹揚に微笑んでいたクローディアが不意に悲しげな表情を作った。

 

「ごめんなさい。でも、凜堂が余りにも思い詰めたような表情をしていたので……凜堂のそんな顔は見たくありません」

 

 笑ってる方が素敵ですよ、と物悲しい笑顔でクローディアは凜堂を見つめる。対して、凜堂は言葉も無くクローディアを見つめ返していた。

 

(周りの人間に心配かけるほど、俺は考え込んでたのか……)

 

 もしかしたら、ユリスも感じてたのかもしれない。凜堂が動けなくなっていた時、何度か撫でていたのも彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「ロディア、ありがとう」

 

 手段はともかく、クローディアが自分を元気付けようとしてくれたのは事実だ。なので、凜堂は素直にクローディアに感謝した。どういたしまして、と微笑みながらクローディアは凜堂の瞳を覗き込む。

 

「それで凜堂。これからどうするつもりですか?」

 

 どこか、からかうような響きを持った声だ。

 

「どうしようかね~」

 

 答えを期待している訳ではないと分かっていたので、凜堂は適当にお茶を濁しながらクローディアの温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしたって、もう少しやり方を考えてくれないかねぇ、ロディアの奴……ぶぇっくしょい!!」

 

 派手にくしゃみをしながら凜堂は寮へ戻る道を歩いていた。結局、クローディアが凜堂を解放したのは三十分くらい経ってからだった。その間、ずっとクローディアの体が密着していたわけで、凜堂は色々(男性の生理的)な意味で大変だった。

 

 それに制服も濡れてしまった。ギリギリと絞ってはみたが、それだけで乾く訳も無い。せめてもの救いは、靴下と上履きが無事だったことだ。

 

「んなの慰めになるかぁ!! ふぃっくしょーん!!」

 

 一人突っ込みしつつもう一度、豪快なくしゃみをぶちかます。

 

「にしても、刀藤綺凛か」

 

 理由は分からないが、鋼一郎のことを差し引いても気になる少女だった。

 

 ぼんやりと考えている内に寮についていた。そのまま部屋に向かおうとするも、何やら様子がおかしいことに気付く。何やらざわめいてるというか、妙な緊張感があるというか。

 

「何かあったんか?」

 

 誰かに聞いてみようとするが、凜堂を見た学生達が一斉にざわめきだした為、それは出来なかった。

 

「おい、来たぞ」

 

「高良だ……」

 

「あいつが件の……」

 

「一体なんでまた……」

 

 何かを言っているのは確かだが、声が小さくて聞き取れない。好奇心や嫉妬、憐憫などの感情が見え隠れしているが、どうしていいか分からず凜堂は頭を掻いた。

 

「何のこっちゃ?」

 

 周囲を見回すと、学生達の中に英士郎の姿を見つけた。英士郎も凜堂に気付いたようで、こちらに歩み寄ってくる。もう、楽しくて仕様が無いという顔をしていた。

 

「よう、凜堂。遅かったな、お客さんが待ちわびてるぜ」

 

 客ぅ~、と眉を顰めながら凜堂は思い当たる節が無いか考える。自分を訊ねに来る人物といったら、誰がいるだろうか、と。これだけ皆が騒いでいるのだから、かなり有名な人物とみて間違いないだろう。真っ先に思い浮かぶのは生徒会長と序列五位の彼女だが、クローディアでは無いのは確かだし、ユリスだとも思えない。

 

 となると、一体誰か。数秒、考え込み、あぁと指を鳴らす。一人いた。有名人で、かつ凜堂と接点のある人物。

 

「どこにいんだ?」

 

「応接室に通してる。さっさと行ってきな」

 

 あぁ、と英士郎に答え、凜堂は応接室へと向かった。様々な視線を向けられるが、全てを無視する。

 

「失礼するぜ」

 

 応接室の前にやってきた凜堂は扉をノックした。すると、中から返事が返ってくる。

 

「あ……ど、どうぞ」

 

 女の子の声だ。凜堂は確信し、応接室に入る。そこには予想通り、星導館学園序列一位、刀藤綺凛がちょこんと座っていた。




念のために聞きたいのですが、ブロックされてる方とかいませんよね?

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