学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
「……最近、刀藤綺凛と仲が良いようだな?」
そう言って、ユリスは凜堂を振り返らせた。昼休み、凜堂が北斗食堂の食券機を前に昼食を何にしようかと考えている最中だった。肩越しに振り返ってみると、いかにも不機嫌そうなユリスが腕を組みながら凜堂を見上げている。
「よぉ、ユーリ。お前もこれから飯か?」
英士郎は金欠、紗夜は寝坊のお説教など、様々な理由で凜堂は久しぶりに一人で昼食を食べに来ていた。つい最近まではユリスとも一緒だったが、紗夜に言われた事を気にしているのかここ数日彼女は一人で昼食を済ませることが多かった。
「じゃあ、一緒に食うか? 一人で食っても味気ないし」
「む、そうか? ま、まぁ、お前がそう言ってくれるのなら、やぶさかではないが……」
と、さっきまでの仏頂面はどこへやら、ユリスは嬉しそうな表情で頷く。凜堂の誘いに舞い上がってるためか、声をかけた目的を忘れているようだ。
「さって、何食ったもんか……」
悩む凜堂の脳裏に綺凛の可愛らしい笑顔が浮かぶ。
(刀藤……銀髪……銀しゃり……)
意味不明な連想ゲームを経て、凜堂は空間ウィンドウの中から寿司のセットを選んだ。画面の中では長方形型の皿に寿司が五、六貫ほど並んでいる。今時、食券方式なのは珍しい。選ぶ際は空間ウィンドウを使うのに。古いと新しいが両方備わりちぐはぐに見える。
「で、お前さんは何にすんのさ」
「そうだな……パスタのA定食か、デザートのつくC定食にすればいいか迷うところだな」
凜堂の脇からメニューを吟味するユリスだったが、何を目的に凜堂に声をかけたか思い出したようだ。眦を吊り上げ、凜堂を睨む。
「えぇい、何を食べるか決めてる場合か! 私が聞きたいのは刀藤綺凛と……!」
大きく腕を振り、ユリスは自分の不満の程を表現する。すると、ピッ、と空間ウィンドウが購入を承認する音が聞こえた。
「「あ」」
二人の声が重なる。ガコン、と食券の受け取り口に現れたのは「スペシャルスパイシーカレー」の文字。北斗食堂の名物だ……勿論、ネタ的な意味で。
「おい、ユーリ……お前それ、食えるのか? 凄ぇ辛いらしいけど」
前に英士郎から聞いたことがある。これを頼み、一口食べてその日の午後の授業全てを受けられなくなった生徒がいると。その生徒が特別辛さに弱いという可能性も否めないが、それでもとんでもなく味が刺激的なのは確かだ。
「……い、いいのだ! 私は最初からこれが食べたかったのだ!」
どこまでも意地っ張りな彼女だった。
「私がテーブルをとっておくから、お前はさっさと受け取って来い!」
へいへい、と凜堂はそれ以上何も言わず、食堂の受け取りカウンターへと向かった。そこで寿司セットとカレーを受け取る。この時点で中々の破壊力だ。見た目は普通のカレーと大差ないが、漂う匂いが半端じゃない。
顔を近づけている訳でもないのに、目と鼻などの粘膜が痛い。正直、購入者に食べさせる気があるのか疑いたくなるレベルだ。心なし、一緒に持っている寿司が変色しているように見えた。
「凜堂、こっちだ」
壁際のテーブルに座っていたユリスが凜堂を手招きする。
「お待ち。しっかし……本当に大丈夫か、ユーリ?」
何が、とは言ってないが、凜堂の言わんとしていることは分かる。目の前に置かれたトレイを見て、ユリスは額に冷や汗が浮かぶのを感じた。
「な、何のこれしき……そ、それよりもお前と刀藤綺凛の話だ!」
「話って言われても、何もないぞ。普通に一緒に朝練してるだけだしな」
別にやましい事など何一つしてないので、素直に話した。凜堂の話を聞き、ユリスはホッとした様子で表情を緩める。
「あぁ、別に俺の手の内がばれるのを心配してるんだったら大丈夫だぞ。さっきも言ったけど、本当にただ朝練してるだけだし、内容も素振りや走り込みみたいな基礎訓練ばっかだからな。バーストモードを使うわけでもないし、刀藤とは前に決闘して色々とばれてんだから、今更だろ」
それに仮に綺凛が凜堂の手の内を知って、それを悪用するなんて天地が引っくり返ってもあり得ないだろう。
「いや、私が言いたいのはそういうことでは……」
どうやら心配しているのはそこではないらしく、ユリスは口をもごもごさせる。やがて、首を振って心配するだけ無駄か、と嘆息した。
「まぁいい。お前に限って、そんなことがある訳も無いし、お前がその調子なら大丈夫だろう」
そんなこと? と凜堂は首を傾げる。ユリスの意図は読めないが、とりあえずは納得してくれたようだ。
「ところでユーリ。それ、食わないのか?」
凜堂は水を一口含みながらカレーを顎でしゃくった。う、と凜堂の指摘にユリスは言葉を詰まらせる。一目見て分かる事だが、ユリスのスペシャルスパイシーカレーは全く減っていなかった。当人がスプーンを動かすだけで食べていないのだから当然のことだ。
「食えないなら、それ残して別なの買ってくれば」
「馬鹿者! そんな勿体無い事出来るか! それに作ってくれた人に失礼だろう!」
こんな悪戯心の塊のようなものを作る者のことを考える辺り、やはりユリスは高潔な人物だ。勿体無いとは、国の友人達からの影響なのだろう。
覚悟を決めたのか、ユリスは手を震わせながらもスプーンを動かしてカレーを口に運んだ。
「っ!!??」
その瞬間、ユリスの体がビクリと痙攣した。顔は真っ赤になり、次には真っ青になったりと忙しかった。
(わぁ~、信号機みたい)
と、考えずにはいられなかった。
「おい、ユーリ。無理せんほうがいいぞ」
「だ、大丈夫だ……これしきで、私の心は屈さない……!」
彼女は何と戦っているのだろうか。しかし、悲しいかな。目尻に涙を一杯に浮べながら言っても、驚くほどに説得力がなかった。
やせ我慢していたようだが、すぐに限界が来たらしい。凄い勢いでコップの水を飲み始めた。しかし、一杯飲み干してもまだ辛そうにしている。見かねて、凜堂は自分のコップを差し出した。
「すまん……!」
引っ手繰るようにそれを受け取ると、ユリスはまた水を喉に流し込み始める。と、そこでユリスはさっき、凜堂がコップに口をつけていたことを思い出した。これは俗にいう、関接キスと呼ばれるものではなかろうか。
「ぶー!!」
「あっぶね!?」
放水機よろしくユリスは水を噴き出した。当然、彼女の前に座っていた凜堂に直撃しそうになるが、凜堂はその反射神経を遺憾なく発揮してどうにか事なきを得る。激しく咳き込むユリスの後ろに回り、凜堂は小さな背中を優しい手つきで擦った。
「おい、本当に大丈夫かユーリ? さっきから色々変だぞ?」
「だってお前……うぅ~!!」
凜堂の様子に変化はない。別に関接キスなんて気にもしてないようだ。そもそも、関接キスという自覚があるかどうかも怪しい。ユリスは相棒が妙に鈍かったり、とても食べられそうにないものを買ってしまったり、自分が自意識過剰な女になったような気分になり、とにかく踏んだり蹴ったりだった。人目がなければ、その場で地団太を踏んでいただろう。
「ジョーから聞いちゃいたが、本当に辛いんだなそれ……俺のと交換するか?」
「な、何だと!?」
凜堂の提案にユリスは目を見開いて驚く。
「流石に寿司に辛いって要素はないだろ。まぁ、ワサビ使ってるけどよ。だから、そっちよかマシだと思うぜ」
「し、しかしだな……これは私の食べかけたものだぞ?」
「いや、別に気にしないけど……って、ユーリの方が気にすんのか」
配慮が足りなかった、と席に戻りながら凜堂は額を叩く。その台詞を言うには、幾らばかりかタイミングが遅すぎるが、言っても詮無いことだ。
「い、いや、そういう訳ではなくて、それはそれで……違う違う!」
何かを言いかけ、ユリスは自身の頭を軽く叩く。余りの辛さに色々と頭のネジがぶっ飛んでしまったらしく、とんでもないことを口走りそうだった。
「申し出はありがたいが、やはりこれは注文した私が食べる責任がある。お前に押し付けるわけにはいかん」
「相変わらず頑固ね、君」
ユリスの意地っ張り振りに凜堂は頬杖を突きながら苦笑いする。
「でもよ、こういう些細なことでお互いをちゃんと支え合えないってのはタッグパートナーとしてどうなんだ?」
「そ、それは……」
こういう説得の仕方は卑怯かもしれないが、目の前で一口食べる度に悶絶する様を見せられるのは精神衛生的によろしくない。
「……」
ユリスは少しの間、凜堂とスペシャルスパイシーカレーを見比べていたが、やがて恐る恐るトレーを差し出してきた。
「じ、じゃあ、お前のと、こ、交換してくれる、か?」
まだ痛いのか、目を潤ませながらユリスは上目遣いに凜堂を見る。普段の凛とした彼女とは違った可愛さがあった。
「……凜堂」
「……うん、可愛い」
な、と固まるユリス。凜堂はトレーを受け取り、代わりにユリスの方へ自分の皿を差し出す。
「なななななな、おおおお前は何を言って……」
「素直に思ったこと口にしただけだが? んなことより、はよ食っちまえ。休み時間終わるぞ」
あ、あぁ、と頷くも、ユリスは寿司には手をつけないで凜堂の方をちらちらと見ていた。
「何だよ?」
流石に見られたまま食べるのは嫌なのか、凜堂はスプーンを持つ手を止めてユリスを真っ直ぐ見た。いや、その、と彼女にしては珍しくあたふたしていたが、おずおずといった風で訊ねた。
「さ、さっき、私のことを、か、可愛いって……」
そのことか、と何でも無いことのように凜堂は食べるのを再開する。
「出会った時からずっと思ってたよ」
今度こそ、ユリスは顔を茹蛸のようにさせ、何も言えなくなってしまった。凜堂の顔を碌に見ることも出来ず、ユリスは誤魔化すように寿司を口に放り込む。ワサビ、という初体験のものに彼女が悶絶するのはそれから数秒後の事だった。
「……」
一方の凜堂は顔色一つ変えずにスペシャルスパイシーカレーを食べていた。が、午後の授業中、時々辛そうに口元を押さえているのを見たのは紗夜だけだった。
かつかつ、と固い靴音を響かせながら褐色の女性が廊下を急いでいた。
アルルカント・アカデミー、研究院棟地下ブロック。最もセキュリティーレベルが高い場所だ。ここはごく一部の、明確な実績を持ったものしか入れない、一種の魔境だ。
無機質な壁と機能的な廊下は学校の校舎というより、研究所を連想させる。花や絵画といった装飾品は全くと言っていいほど無い。あらゆる無駄をそぎ落とした、機能のみを追及した世界だ。
女性は生体認証と校章のチェックを抜け、部屋の主から与えられたパスワードを打ち込んで扉を開く。
「『
部屋に入るなり、カミラは勢い込んで言った。しかし、部屋の主からは何の返事も無い。反応するものといえば、明滅する大小様々な空間ウィンドウだけだ。
部屋には光源がほとんどない。あるとすれば、研究機材と空間ウィンドウのぼんやりとした明かりだけだ。ほとんど何も見えない。それでも、床には菓子の空き袋やぬいぐるみ、よく分からない玩具の成れの果てなど、様々なものが散乱しているのが分かる。
「……エルネスタ?」
呼びかけるも、やはり返事は無かった。
カミラが床の上のものを踏まぬよう慎重に奥に進むと、最も巨大な空間ウィンドウの前にある椅子の上に目的の人物を見つけた。漫画チックな目玉を描いたアイマスクをつけ、毛布に包まって穏かな寝息を立てているが。
「……起きろ、エルネスタ。お前が待ちに待った状況が始まるぞ」
「……にゃほ?」
よく分からない寝言を無視し、カミラは毛布を剥ぎ取った。あれー、とエルネスタは椅子の上から転げ落ち、どしんと大きな音を立てた。
「あたた……ちょっとカミラ。起こすなら起こすで、もう少し優しく」
「やかましい。この肝心な時に眠りこけている君が悪い」
口調こそ厳しいが、優しい手つきでカミラはエルネスタの口端に垂れていた涎を拭き取る。あんがとー、とまだ眠そうにしながらエルネスタはアイマスクを外した。
「そいで『超人派』の連中が動き出したの?」
「……聞いていたのか?」
驚くカミラにエルネスタはにししと笑ってみせる。
「私の神経は寝ている時でも研ぎ澄まされているのさ!」
それはそれで気の休まるときがなさそうだ。エルネスタの冗談か真実か分からない発言を無視し、カミラはエルネスタを椅子に座らせる。
「すでに状況は開始している。ぼやぼやしていると見逃す事になるぞ」
「はいはい、分かってますよ隊長殿ー」
大欠伸をかますエルネスタ。しかし、呼び出された光学キーボードを打つその手に澱みは無かった。
エルネスタはキーボードを操作し、空間ウィンドウを一つ残し、それ以外を全て消した。その残った一つを自分達の前に移動させ、エルネスタはあり、と首を傾げる。
「剣士君以外にも誰かいんの? 『
「私も最初聞いたときは驚いたよ。星導館の序列一位だ」
ここまでは流石に予測していなかったらしく、エルネスタは目を丸くする。
「ほっほー、あの『
「それだけ自信があるのだろう」
カミラは床の上に転がっていた椅子を立たせ、それをエルネスタの隣に置いて自身も腰を下ろした。
「そんな凄い自信作なのか。そりゃ少しは期待できそうだね。もしかしたら、剣士君達もあっさりとやられちゃったりして」
全くそうは思って無さそうな口振りだった。
「で、どのあたりまで釣れたの? もしかして、『
「あいつが出てくるわけないだろ。この件にかかわっているのは『超人派』の副会長までだ」
カミラが答えると、エルネスタは興味なさ気に頷いた。
「流石にそこまでは出てこないかー。ま、これで予定してたよりもずっと長く『超人派』を抑えることが出来るそうだし、そこまで高望みはしちゃ駄目だね」
「そうだな。あまり追い詰めすぎるのもまずい」
それこそ、あいつが出てくれば本当に彼らがやられてしまうかもしれない。そうなれば、全てが水泡に帰す。
「しかし、お前は本当に賭けが好きだな」
「はぇ、何が?」
疑問符を浮べるエルネスタにカミラは苦笑しながら答えた。
「危ない橋を渡りすぎる、という意味だ」
にぃ、とエルネスタは唇を三日月のように歪めた。
「そっちのほうが楽しいじゃない」
早朝のアスタリスクはほんの僅かな時間だが、霧を発生させて白い世界を作り出す。
湖水と大気の温度差から霧が発生しやすいとか何とか。日が昇れば、誰にも見咎められることなく消えていく。儚いが、そこに美しさを見出す詩人のような人間もいるだろう。
「白に満ちた世界、ってのも中々に壮観だが、ここまで来るとかなり鬱陶しいな」
この男、高良凜堂も割りとロマンチストな部分があるが、それでも辟易としてしまうほど今日の霧は濃かった。歩み寄ってくる綺凛の姿が至近距離じゃないと視認できないほどだ。
「お早うございます、高良先輩」
「お早うさん。しっかし、今日は霧が妙に濃いな」
丁寧に頭を下げた綺凛も凜堂の言葉を肯定しながら周囲を見回す。やはり、どこを見ても白一色だ。
いつものように星導館学園高等部校舎前。これほどの濃霧は早朝訓練を始めて以来、一度も体験したことがない。それは綺凛も同じらしく、物珍しそうにしていた。
「でも、聞くところによると冬なんかはもっと凄い日があるみたいですよ」
「マジかよ」
見たいような見たくないような、何とも複雑な気分にさせられる。
「何にせよ、これじゃ確実にはぐれるな。走りにくいかもしれねぇけど、かなりピッタリくっ付いて走らないと駄目だな。もしくは、手を繋いで走るか」
「で、では……!」
凜堂の冗談を本気で受け止めたのか、綺凛は妙に気合の入った表情で凜堂の手を握ってきた。温かく柔らかい、女の子らしい手だ。
「……いや、刀藤、じょ」
「高良先輩の手、暖かいです」
「そう、か……そんじゃま、行くか」
「はい!」
その眩しすぎる笑顔に冗談だと言い出せず、凜堂はそのままいつも走り始める位置へと向かう。その横に並びながら綺凛は嬉しそうな足取りで付いていった。
案の定、凄く走りにくかった。でも、綺凛の笑顔を曇らせるのは気が引けたので凜堂は何も言わなかった。
「この映像を『
「止めんか」
凄く楽しそうなエルネスタの頭にカミラは容赦なく拳を落とした。
ガブリアス、スターミー、グレイシア……残りの三匹どうしよ?
あ、ちなみに作者は御三家で絶対に炎を最初に選びます。二週目とかはその限りじゃないけどね!