学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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ピンチピンチピンチ

 基本的に二人の走るコースはアスタリスクの外周をぐるりと回る環状道路だ。

 

 時間帯が早いこともあり、人影はほとんどない。同じ様に早朝訓練をしている物好きな学生の姿もあるが、その数は少ない。町全体は非常に静かで、町その物が眠りこけているようだった。

 

 町のほうを見れば朝靄が幻想的な絵を描いていた。日本ではない、異国のような光景だ。

 

 一方、湖面の方へと視線を移せば、そこは数メートル先も見えないほどの様相を呈していた。最早、霧がかかってるというより、白い壁がそこに聳え立っているような現実離れした風景が広がっている。それを前に凜堂は異世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。

 

「……」

 

 そんな凜堂の下らない幻想を、強く繋がれた手が打ち砕く。隣を走る綺凛は確かにそこにいて、その手から伝わってくる温かさは現実のものだった。

 

 とまぁ、凜堂の妙な感慨はさておき、二人は人っ子一人いない、湖を臨める歩道を走っていた。

 

「……」

 

 不意に何かを感じ取り、凜堂は走ったまま歩道を振り返る。濃霧の中、何かが二人をつけてきていた。最初は気のせいかと思ったが、間違いない。一定の間隔を開け、二人のペースに合わせて走っている。

 

「高良先輩……」

 

 既に綺凛も気配を察知しているのか、声を落として凜堂を見た。頷きながら凜堂はもう一度、走ってきた道を顧みる。白い霧の中、何も見えないが、それでも何かがいるのは確かだ。

 

「気配は……四、五個か」

 

 二人は顔を見合わせると、タイミングを合わせて速度を緩めた。それに合わせ、背後の気配もペースを落としたのが分かった。

 

「誰だか知んないけど、暇な連中だな」

 

 呆れたように囁く凜堂の隣で綺凛が首を傾げる。

 

「この気配、人なんでしょうか? この感じは寧ろ……」

 

 どちらにしろ、濃霧に紛れて追跡してくるような連中だ。碌なものではないだろう。走って振り切れるかどうか考えてみたが、凜堂の思考は目の前に突如現れたそれに中断せざるを得なくなった。通行禁止のマークが二人の行く手を遮っている。

 

「何だこりゃ? こんなもん、ここに無かったはずだぞ……」

 

 正体不明の追跡者に、昨日は無かった通行止めの標識。何者かの意図が働いていることは確かだ。必然、凜堂の脳裏にはあの黒幕の少女の顔が浮かぶが、犯人は彼女だと断定するほどの判断材料は無かった。

 

「一応、抜けられる道はあるみたいですけど……」

 

 綺凛が封鎖された道の脇にある迂回路を指差す。それはフェンスに囲まれた公園へと続いていた。入り口がこれ見よがしに開いているが、どこからどう見ても獲物を待つ大蛇の口にしか見えなかった。

 

「百パー罠だな」

 

 ですよね、と凜堂の断言に綺凛は苦笑で返す。

 

「つか、俺とお前どっちが狙われてんだ? 刀藤、心当たりは……一杯あるか」

 

 仮にも星導館学園の序列一位だ。狙われるには十分過ぎる理由だろう。

 

「あはは……高良先輩にもあるんですか?」

 

 まーねー、と答えながら、三度凜堂は後ろを振り返った。謎の気配は一定の距離を保ったまま、動こうとしない。

 

「二手に分かれてもいいな。そうすりゃ、どっちが狙いかは分かる……でもまぁ、もし狙いが俺ら二人だとすれば」

 

 そうだった場合、いたずらに戦力を散らばせることになる。そうなれば、相手の思う壺だ。

 

「一緒にいたほうが安全だな」

 

「はいっ」

 

 綺凛の顔はどこか嬉しそうだった。

 

「そんじゃま、どっちから進むか……」

 

 後ろの気配が動き始めた。少しずつではあるが、確実に二人との距離を詰めてきている。

 

 距離が十メートル程度になったところで、凜堂はさっき綺凛の言っていた台詞の意味を理解した。確かに、今近づいてきている気配は人間のそれではない。

 

(人間じゃないのは確実だな……だとしたら、何で星辰力(プラーナ)が感じられんだ?)

 

 凜堂の疑問を余所に、霧の中から気配の主が現れる。それは二人が今まで見たことの無い生き物だった。それどころか、地球上に存在しているどの種類にも該当しないだろう。

 

 体躯はトラやライオンのようなネコ科肉食獣を連想させる大きさだが、全身を覆っているのは滑らかな体毛ではなく、爬虫類の鱗のようなものだった。凶悪その物の顔は爬虫類に近く、口内にはずらりと鋭牙が並んでいる。

 

(翼の無いドラゴン、ってとこか……)

 

 こんな存在をドラゴンと形容していいものか分からないが、あえて描写するとしたら凜堂にはそれ以外思いつかなかった。

 

 全部で五匹。その全てが凜堂と綺凛に明確な敵意を抱いている。

 

「この子達、何ていう生き物なんでしょう?」

 

「さぁな。こんな珍妙な生き物、見たこともねぇ」

 

「でも、よくよく見てみると、ちょっと可愛いですよね」

 

「……変わった趣味してるな、お前」

 

 凜堂の生暖かい視線に綺凛があぅ、と落ち込んでいると、竜もどきがタイミングよく飛び掛ってくる。どうやら、相手の隙を窺う程度の知能は有しているようだ。

 

「うらぁ!」

 

 凜堂は容赦なく開かれた顎を蹴り飛ばした。ガツン、と上下の牙がぶつかり合って粉々に砕け散る。

 

 足にかかる重量感を意に介さず、凜堂は足を振り上げた。竜もどきは空中へと打ち上げられ、べしゃりと音を立てて地面に叩きつけられた。だが、何事も無かったかのように跳ね起き、歯を剥き出しにして凜堂を威嚇している。よくよく見てみると、砕けたはずの牙が再生していた。

 

「……本当に珍妙な連中だ」

 

「高良先輩、大丈夫ですか?」

 

 綺凛のほうを見てみると、鞘に刀を収めたまま竜もどき三匹をあしらっていた。流石は序列一位。この程度の相手、どうという事はないのだろう。

 

「問題ない。見てくれこそおっかないが、強さ自体は大した事ない」

 

(可愛いと思うんだけどなぁ……)

 

 綺凛の内心で囁いた声は凜堂に届くわけも無い。凜堂は拳に星辰力を纏わせ、再び襲い掛かってきた竜もどきの顔面に叩き込んだ。ただ殴り飛ばすだけのつもりで放たれた凜堂の拳は竜もどきの頭部にめり込み、そのまま爆発四散させる。

 

「いっ!?」

 

 想像以上の結果に驚く凜堂を尻目に、頭部を失った竜もどきが地面に倒れ伏す。だが、それも数秒間だけのことだった。砕けたはずの頭部がスライム状に変化し、見てくれからは想像もつかない俊敏な動きで竜もどきの首へと戻ったのだ。ぐずぐずと蠢いていたかと思えば、頭部を再構築する。さっきまで倒れていた竜もどきは何事も無かったかのように立ち上がった。

 

「本当にどういう生物だこいつは!?」

 

 驚愕する凜堂の背後に回った、別個体の竜もどきが大きく口を開く。牙が禍々しく光ったと思えば、周囲の万能素(マナ)がそこへ集束していくのが分かった。竜もどきの口内に焔が生まれ、渦を描きながら球状に纏まっていく。

 

「マジかよ……!」

 

 それは紛れも無く、『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』と同じ万能素に干渉する能力だ。

 

 吐き出された火球を凜堂は蹴りで弾く。星辰力を纏わせていたため、脚は無傷だった。ユリスの炎に比べれば、吹けば消えそうなほど弱っちい。だが、万能素とリンクして火球が放たれたのは確かだ。

 

(こいつがロディアの言ってた、変異体って奴か?)

 

 凜堂は首を振り、己の中に生じた疑問を打ち消す。もし仮にこの生物がクローディアの言っていた変異体なのだとすれば、もっと世間を賑わせているはずだ。それに何の動物がベースになったのか分からないほど、外観が変化しすぎている。

 

 既存の生物とは全く違う姿形(フォルム)。それにスライム状に変化する体を駆使した再生能力に、極めつけの万能素への干渉能力。こんなビックリドッキリメカのような生物が、今の今まで発見されなかったというのは幾らなんでも無理がある。それに、昨日今日の進化でこれほどの能力が得られるとは思えない。となれば、可能性は一つ。人工的に作られたのだ。そして、そんなことが出来るのはアスタリスクの中でもただ一つ。

 

(……また、アルルカントの連中か)

 

 確信と苛立ちを込め、凜堂は息を吐き出す。正直、いい加減にして欲しい。凜堂は募る苛立ちを抑え、ホルダーの中から鉄棒を取り出し、棍へと組み上げた。

 

「悪いが、連中(アルルカント)が関わってるってんなら、容赦はしないぞ。俺も余りいい感情は抱いてないからな」

 

 咆哮を上げ、二匹の竜もどきが左右から飛び掛ってくる。凜堂はゆらりと棍を構え、

 

一閃(いっせん)穿血(うがち)”!!」

 

 竜もどきの前足が届くよりも早く、神速の突きを二発放って二頭の心臓部分を刺し貫いた。悲鳴を上げる間もない、電光石火の早業だ。

 

 だが、次の瞬間には二頭の体がスライム状に溶け、水っぽい音を立てて地面の上へ落ちる。そして素早い動きで凜堂から距離を取ると、数秒と経たずに元の姿へと戻った。

 

「不死身か、お前……」

 

 呆れを吐き出す息に乗せ、凜堂は棍を担ぐ。想像していたとはいえ、ここまでケロリとされるとうんざりしてしまう。

 

(ユーリの炎なら塵一つ残さないで燃やし尽くせるんだがな……黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)ならいけるか?)

 

 少なくとも、通常時の凜堂が使う黒炉の魔剣では無理だろう。魔剣の威力を最大限に発揮させるためには、無限の瞳(ウロボロス・アイ)との併用が不可欠だ。しかし、そうなると制限時間が生じる。この先に何が待っているか分からない以上、不必要なバーストモードの使用は避けたかった。

 

「かといって、このままって訳にもいかねぇし……」

 

「刺突斬撃、刀剣類を用いた攻撃はほとんど効果がないみたいですね」

 

 何時の間にか、凜堂と背中合わせになるように綺凛が背後に回っていた。手には抜き身の刀が握られている。

 

「実態はあのスライムだな。あれが本来の姿なんだろ。今のあれは、擬態の類と見て間違いないな」

 

「なるほど……」

 

「相手にしないで逃げるのが手っ取り早そうだが、この霧の中を走り回るのもまずいだろ」

 

 逸れてしまえば、状況は最悪のものとなる。それに、この生き物が五匹だけだという保証も無い。

 

「少し、試したいことがあるのですが……いいですか?」

 

「試したい事?」

 

 無言で頷き、綺凛は一匹の竜もどきの方へと歩いていく。無造作と言っていい足取りだ。凜堂が訝しげに見守っていると、竜もどきが綺凛へと踊りかかった。

 

「ごめんね」

 

 綺凛は一言謝り、竜もどきの一撃を紙一重でかわし、その体を叩き切った。竜もどきの口から生き物とは思えない叫びが漏れる。先ほどと同じ様にその体はスライム状に変わった。

 

 だが、綺凛の斬撃はこれで終わらなかった。空中のスライム状の物体をもう一度斬ったのだ。さらにもう一度、返す刀でもう一度。凄まじい速さでそれを切り裂いていく。

 

 その光景を傍から見て、凜堂は改めて綺凛の斬撃の速さを痛感した。

 

 何十にも割断されたスライム片は地面の上で互いにくっつき大きくなっていくが、それに反比例するように空中に残された部分はどんどん小さくなっていく。その中に、凜堂は球状の物体が蠢いている事に気付いた。

 

 その球は綺凛の一撃から逃れるように動いていたが、既にスライムは拳大の大きさになっている。逃げることは不可能だ。

 

「終わりです」

 

 刀を一閃。綺凛はスライムの中の球を切り裂いた。真っ二つとなった球が地面に落ち、同時に地面の上のスライムが動きを止める。その球状の物体がスライム部分を制御していたようだ。

 

 目の前で仲間が一体倒されたのを見て、残された竜もどきは綺凛から距離を取る。

 

「思ったとおり、核となる部分があったみたいです。これで退いてくれると、嬉しいんですけど……」

 

 納刀しながら、綺凛は何でもないことのように言ってみせた。だが、その横顔はどこか悲しげだった。

 

「しっかし、核があるなんてよく分かったな」

 

「あの子達の星辰力の流れがちょっと変でしたから。私、昔からそういうのに敏感で」

 

 己の星辰力の流れを理解することは星脈世代にとって、出来て当然の事だが他人のとなると話は違ってくる。量や練度を量るならともかく、動きまで感じることが出来るのは尋常な事ではない。最早、特殊能力の域だ。

 

「……本っ当、大した奴だよお前」

 

 綺凛に感嘆の意を示しながら凜堂は地面に転がった球状の残骸を摘み上げる。感触からして、無機物で構成されている事は確実だ。

 

「ってことは、やっぱアルルカントか……」

 

「アルルカント?」

 

 手の中で残骸を握り潰す凜堂に、綺凛は不思議そうに訊ねる。

 

「色々あってな。後で話す……刀藤!」

 

 凜堂は綺凛の肩を掴むと、自身の背後へと彼女を押し込んだ。さっきまで綺凛が立っていたところに火球が殺到し、道路を抉り飛ばす。四匹全ての竜もどきが綺凛へと狙いを定めたのだ。一対一では勝てないと理解しているのか、四匹が同時に火球を発射してくる。しかも火球を放つことだけに集中しているらしく、かなりの速さで連射していた。

 

「冗談じゃねぇぞ!」

 

 小さく毒づきながら凜堂は嵐のように迫る火球を棍で弾き、受け流していく。この量の火球を対処するのは綺凜でも難しいだろう。まして、彼女が使っているのはただの日本刀だ。炎を斬るくらいの芸当、綺凛には出来るのだろうが、日本刀が無傷でいられるとは思えない。凜堂は棍に星辰力をチャージし、火球の悉くを打ち払っていった。

 

 それでも、じりじりと後退させられる。気がつけば、公園の入り口付近まで追い込まれていた。

 

(どうにか刀藤だけでも……)

 

 綺凛を逃がすための糸口を探すが、次々に放たれる火球がそれを許さない。しかも発射のタイミングに緩急がつき始め、対処が次第に難しくなっていった。

 

「戦いの中で成長してるってか? 何だその少年バトル漫画みてぇな展開……! おい、刀藤! 俺がどうにか隙作るから、その間に逃げろ!」

 

「え? で、でもそれじゃ高良先輩が……!」

 

「俺のこたぁ心配するな! こんなちんちくりんな生き物に負けるほど柔じゃねぇよ!」

 

 その時だ。竜もどきの火球が二人の足下に着弾したのは。外した、という訳ではないだろう。ビシリ、と着弾点を中心に亀裂が広がっていった。

 

「えっ?」

 

「これが狙いか……!」

 

 次の瞬間、二人が立っていた石畳が崩れ、二人の足下に巨大な穴が開いた。人二人が楽に落ちれるほどの大きさだ。あの程度の威力の攻撃でアスタリスクの地盤をこれ程壊せるわけもない。事前に仕組まれていたようだ。

 

「どわぁぁぁぁ……」

 

「きゃぁぁぁぁ……」

 

 悲鳴だけを残し、二人は穴の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「これで第一幕終わり? つまんないの」

 

 空間ウィンドウの中で凜堂と綺凛が巨大な穴に飲み込まれる。それを前にエルネスタは心底つまらなさそうに欠伸を漏らした。

 

「あんなに大きなの開けちゃってどうすんのさ? 警備隊が嗅ぎ付けるのも時間の問題だねぇ」

 

「あそこは元々、工事予定地だったらしい。しばらくは大丈夫だろう」

 

 エルネスタのぼやきに片手間で答えながらカミラは携帯端末を操作する。計測端末から送られてきたデータをチェックしているのだ。

 

「あれがフリガネラ式粘性攻体かぁ。『超人派(テノーリオ)』の取って置きって聞いて期待してたけど、全然大した事ないじゃん」

 

「厳しいな。私としては中々に興味がそそられたがな」

 

「万能素の流動制御と擬似変換技術は結構面白かったよ? でも、それ以外は特に目ぼしいとこ無いね。そもそも、姿が可愛くなーい」

 

 唇を尖らせながらエルネスタは手近にあったぬいぐるみを抱き締めた。何の動物なのか分からないが、女性から見て可愛いといえる形をしている。

 

「それは単に君の趣味だろう。それに考えてもみろ。仮に君の望み通りの形のものが出てきたとして、それが火を吐いたりあんな声を出したりするんだぞ?」

 

「……無いわー」

 

 エルネスタの表情がげっそりとしたものになる。想像してみて、可愛らしいとはとても言えなかった。

 

「何にせよ、星辰力を用いた原形質変化は予め記憶してあるものにしか出来ないようだ。核一つにつき、一種類というのも痛いな」

 

「たったの一種類? 本気で大したことないじゃん。『大博士(マグナム・オーパス)』抜きの『超人派』なんてこんなもんかぁ」

 

 ますますエルネスタの興味が失われていく。

 

「それ以前に弱すぎないあいつら? 何の役にも立たないよあれ。精々、見た目のインパクトで相手を驚かせるくらいじゃん」

 

「いたし方あるまい。別に『超人派』も生物兵器を作っているわけじゃないんだ。あれらはただの副産物だしな」

 

「そりゃそうだけどね。でも、これなら今の段階のうちの人形ちゃんの方が断然強いよ?」

 

 あれと比べれば何だってそうなると思うが、とカミラは心中で吐露する。そもそも、比べること自体がナンセンスだ。あれと比べ物になる創造物など、それこそ純星煌式武装(オーガルクス)くらいだろう。

 

「フォローをするなら、相手が悪すぎる。星導館の序列一位に、それに君が注目している男だぞ? どうこう出来るものの方が少ないだろう」

 

「確かにあのクラスを相手取るのは厳しいよね。今のアルルカントにも真っ当にやり合える人もそういないだろうし」

 

「去年の『鳳凰星武祭(フェニックス)』優勝タッグもそうだが、実践クラスの有力学生は軒並み卒業してしまったからな」

 

「だからこそ、私達の舞台を始められるんだけどね」

 

 そこで空間ウィンドウの画面が切り替わった。

 

「お、いよいよ第二幕の始まりですか」

 

「一応、次が連中の本命らしいぞ」

 

「なら、期待しておきましょうか」

 

 

 

 

 

 ガラガラと瓦礫が落ちていく中、まず最初に凜堂は棍を握っていることを確認する。次にすぐ横を落ちていく瓦礫に乗り、周囲を見回した。大小様々な道路の破片の中に綺凛の姿を見つける。

 

「刀藤!」

 

 叫ぶ凜堂の右目に漆黒の星辰力が灯った。口上があったほうがバーストモードを発動させるイメージがし易いのだが、今はそんなことをやっている暇は無い。凜堂は落下する瓦礫を足場にし、綺凛に向かって跳躍していく。星脈世代でも出来るかどうかの動きだが、バーストモード時の凜堂はそれをやってのけた。

 

「高良先輩!?」

 

「ちょっち失礼!」

 

 擦れ違い様に引き寄せ、綺凛の華奢な体をしっかりと抱き寄せる。落ちながら、凜堂は棍の先を上へと向けた。

 

 すると、棍が上へと急速に伸びていった。注意して見ると、棍が伸びたのではなく、鉄棒同士を星辰力が繋いでるというのが分かる。

 

 ゴッ、と先端が何かに刺さる感触が伝わり、同時に二人は振り子のような動きで地面(?)の上すれすれを通過した。

 

 どぼん、と後ろから音が聞こえた。肩越しに見てみると、瓦礫が水柱を上げて水中に落ちていくところだった。

 

「地面じゃなくて、水なのか」

 

 綺凛を放さないようにしっかりと抱き締めながら凜堂は動きの勢いが止まるのを待つ。最初はブラーンと擬音がつきそうなほど見事に揺れていたが、それも徐々に収まっていった。

 

 よし、と頷き、凜堂は棍を持った手を捻る。カコッ、と軽い音と共に棍が元に戻り、二人は水面目掛けて落ちていった。

 

「っ!」

 

 綺凛が息を呑むのが分かる。だが、綺凛の心配を余所に、凜堂は地面の上に着地でもするように水面に着水した。派手な水飛沫があがるが、体が水中に沈むことは無い。水面に大きな波紋が広がっていった。

 

「……た、高良先輩! みみ、水の上に立ってます!」

 

「あぁ、星脈世代なら割と誰にもで出来るぞ。ニ、三年かかるけどな」

 

 二人分の体重+ウェイトの重さはかなりのもので、水面に立っているためにはかなりの星辰力を消費した。無限の瞳に内蔵されている力はその程度で枯渇するほど少なくは無いが、消耗を少なくするに越したことは無い。

 

「おい、刀藤。悪いけど、ウェイト外してもらっていいか? 序に俺のも」

 

 現在、凜堂の手は綺凛と棍で塞がっている。なので、ウェイトを外すには綺凛の助けが必要だった。が、凜堂の声は綺凛に届いていなかった。凜堂が水面に立っていることに余程興奮してるらしい。

 

「お~い、刀藤」

 

「これ、どうやってやってるんですか!? 私、こんなの生まれて初めて見ました!」

 

 とてもじゃないが、落ち着いてウェイトを外せる精神状態ではない。小さくため息を吐き、凜堂は綺凛の耳元へそっと息を吹きかけた。

 

「ひゃん……たた、高良先輩、なな何を?」

 

 色っぽい吐息を漏らすも、落ち着くことは出来たようだ。顔を真っ赤にさせながら綺凛は凜堂を見返す。

 

「とりあえず、ウェイト外してくれ。結構、重い」

 

「は、はい! 分かりました」

 

 慌てながら綺凛はまず自分のウェイトを外し、水面へと投げ捨てた。不法投棄になるだろうが、緊急事態なので気にしないことにする。

 

「じ、じゃあ、失礼します……」

 

 次に綺凛は凜堂のウェイトに手をかけるが、自分がどういう状況になっているのか理解し始めたらしい。顔がどんどん赤くなっていき、極度に精神が昂ぶって指先は思うように動かないようだ。

 

「……ふぇ」

 

「落ち着け。普通にやれば外せるから」

 

 涙目になる綺凛に凜堂は優しく話しかける。その後、綺凛は数分を要して凜堂のウェイトを外した。

 

「サンキュー。にしても、どこだここ? 刀藤、お前分かるか?」

 

 綺凛からの返事は無い。不審に思いながら首を動かすと、真っ赤になった綺凛と視線がかち合った。

 

「あうぅ! あのあの、その、ちょっと……」

 

「? どしたお前?」

 

 綺凛の態度に凜堂は首を傾げるが、改めて自分の状況を確認して納得した。

 

 現在、二人は凄い密着状態にある。凜堂は綺凛の腰に腕を回し、綺凛は凜堂に両腕を使ってしがみついている。傍から見ると、ほとんど抱き合っているような有様だ。その上、凜堂のよく鍛えられた胸板に綺凛の豊かな双丘がこれでもかというくらいに押し付けられている。

 

「あ、わ、悪い……」

 

 ユリスを抱き抱えながら戦った時には無い経験だ。綺凛ほどでないにしろ、凜堂は顔を赤くさせる。

 

「嫌なら、すぐ放すけど」

 

「い、嫌なんかじゃありません! それに私、泳げないですし……」

 

 語気を強めるも、最後の部分はほとんど囁くように綺凛は言った。綺凛の告白に凜堂は目を丸くさせる。

 

「泳げねぇのか?」

 

「はい……ごめんなさいです」

 

 謝るこたぁねぇだろ、と凜堂は小さく笑いながら綺凛の額と自身の額をくっ付けた。

 

「人間なんだ。出来ない事の一つや二つあったって、それは恥ずかしい事じゃない。お前の場合、それが偶々水泳だったってだけの話だろ」

 

 だから気にすんな、と凜堂は朗らかに笑う。綺凛は恥ずかしそうに、だが、それ以上に嬉しそうにコクリと頷いた。

 

「よし……しっかし、どこだここ?」

 

 凜堂は改めて周囲を見回す。とんでもなく巨大な空間だ。天井から水面までは二十メートルはある。左手には壁があるが、反対側はどこまでも広がる水面と巨大な柱しか無かった。照明はほとんど無く、中途半端な数存在する光源が空間の暗さに拍車をかけている。

 

 斜め上辺りを見てみると、二人が落ちてきたであろう穴が顔を覗かせている。

 

「あ、アスタリスクは地下空間も色々な形で利用されているので、そこにも穴が開いてたんだと思います。自然に出来ることは無いと思うので……」

 

「ご丁寧に全部ぶち開けたのか。本当に暇だな」

 

 その行動力に凜堂は呆れと感心を通り越し、畏敬の念すら抱いた。

 

「多分、ここはバラストエリアだと思います」

 

「バラストエリア? 何じゃそら」

 

 聞き覚えの無い単語に凜堂は疑問符を浮べる。

 

「えっと、アスタリスクはいわゆるメガフロートですから、バランスを取るための重りとして水を使ってるんだと思います……多分」

 

「そうか。だとすれば、点検のための出入り口があるはずだよな?」

 

 流石にこのまま水の上に立ち続けるのは辛い。それに、もしバーストモードが解けたらその時点で二人は仲良く水の底に沈む事になる。

 

「手足をかけれる場所を探そう。このまま水の上を歩き続ける訳にもいかな……」

 

 不意に凜堂の視線が厳しいものになる。綺凛が声をかけるも、答えず凜堂は無言で水面を、その先を睨んでいた。水底で何かが動いたように見えたのだ。だが、周囲にほとんど光源が無いため、何かがいると断定できるほどはっきりと見たわけではない。

 

「……水の中に何かいる」

 

「えぇっ!?」

 

 それでも、凜堂には妙な確信があった。ここには何かがいると、彼の勘がそう囁いている。不安そうに縋りついてくる綺凛を安心させるように抱き返しながら凜堂は水底に目を凝らした。やはり、何が潜んでいるかは分からない。

 

 出し抜けに凜堂の全身が泡立つ。綺凛も何かを感じたのか、体を竦ませた。

 

「刀藤、しっかり掴まってろ!」

 

「はい!!」

 

 警鐘を鳴らした直感に従い、凜堂は力の限り跳んでその場から大きく距離を取る。その瞬間、凜堂が立っていた水面が盛り上り、巨大な顎が現れた。ギラリと牙が輝き、ガツンと音を立てて閉じられる。これに噛まれたら、いくら星脈世代でも無事では済まなかっただろう。

 

 牙の持ち主は獲物を逃した事に不満げに息を吐き出しながらその姿を露にする。

 

「……」

 

 腕の中で綺凛が息を呑むのが分かった。かくいう凜堂も、目の前の光景に驚愕を禁じえない。

 

「ビックリ生き物ショーもここまで来ると笑えねぇな」

 

 二人の視線の先、巨大な竜が鎌首をもたげていた。




今週からバイトがまた始まるので、一日一回の更新は無理になりました。

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