学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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変わるもの

「……アスタリスクの秘密。学園都市の深奥に広がるジュラシックパーク、ってか」

 

 口元を引き攣らせながらも凜堂はどうにか軽口を叩くが、それ以上のことは何も言えなかった。目の前にいきなり古代の首長竜に似た生命体が現れたら誰だって絶句するだろう。

 

 上にいる竜もどきとは比べるのも馬鹿らしくなるほどのサイズ差だ。水中から覗かせた首と頭だけで十メートルはある。水の中に隠れている体部分も含めれば、二十メートルは優に超えるだろう。

 

 上で襲ってきた竜もどきと同じ様に竜は二人に向けて敵意を放っていた。

 

「そりゃま、こんだけ大掛かりな事やっといて、そのまま帰してくれるわけねぇよなぁ」

 

「高良先輩……あの竜、上の子達と同じです」

 

 綺凛が囁く。ということは、例え攻撃したとしても上の竜もどきと同様に体をスライム状に変化させ、瞬く間に傷口を修復するはずだ。弱点である核もあるのだろうが、この巨体から核を探し出すのは至難の業だろう。

 

「何ともまぁ、骨が折れそうだな」

 

 凜堂が棍を構えると、竜は低い唸りと共に突進してきた。水面を切り裂き突っ込んでくる様はかなり迫力がある。まるで、怪獣映画の一場面のようだ。

 

「さすがにそう易々と食われてやらねぇよ!」

 

 直前まで竜を引きつけ、凜堂は牙が体に触れる寸前に横に跳んだ。すぐ横を竜の巨体が通り過ぎていき、水面が激しく揺れる。想像以上に大きな波が足下を襲い、凜堂は少し体勢を崩した。

 

 そこを狙ったように竜が首だけをこちらに向け、大きく口を開いた。竜もどきの時と同じ様に口内で万能素(マナ)が集まっていくのが分かる。

 

「そりゃま、同じ芸当が出来て当然か」

 

 凜堂の呟きを肯定するように竜は火球を吐き出す。その巨体に見合った、竜もどきのとは比較にならないほど巨大な火球だ。ミサイルよろしく飛んできた火球を跳んで避ける。凄まじい熱波が二人を襲うが、火傷を負うほどのものではない。二人の横を掠めていった火球は空間を照らしながら飛翔していった。

 

「おっかね。火じゃなくて、もうちょい動物らしいもん出せよ。胃液とか」

 

「そ、それはそれでどうなんでしょう……あれ?」

 

 綺凛が首を傾げた。凜堂も異変に気付いたのか、眉を顰める。何故か、光源のない空間で周囲が明るくなったのだ。オマケに何やら超高温のものが急速に近づいてきている。

 

 まさかと思いつつ振り返ると、方向転換したのであろう火球が二人目掛けて飛んできた。『魔女(ストレガ)』よろしく火球の軌道を操作したようだ。

 

「こんなことまで出来んのか!!」

 

 避けても意味がないと悟った凜堂は咄嗟に棍を盾に組み替えた。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”!」

 

 星辰力(プラーナ)の光を放つ星型の盾と火球がぶつかり合い、凄まじい衝撃が発生し派手に水を巻き上げる。雨のように降り注いでくる水に凜堂は悪態を吐いた。

 

「くそ、魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)じゃあるまいし、小賢しいことしてくれるぜ……!」

 

「高良先輩!」

 

 綺凛の切迫した声にハッとすると、竜がかなりのスピードでこっちに迫ってくるのが見えた。さっきと比べると、手加減していたのではないかと思ってしまうほどの速さだ。

 

「ちぃ!!」

 

 牙が二人の体に突き刺さるギリギリで凜堂は盾を前に突き出した。牙と盾がぶつかり合い、耳障りな不協和音を奏でる。超重量の突撃を受け、さしもの凜堂も踏ん張りが利かずに水面を押されていった。歯を食い縛りながら満身の力を込めるが、竜を押し返すことは出来ずに柱へと叩き付けられる。

 

「っつぅ!」

 

 厚みのある柱にクレーターが出来るほどの衝撃。背中からぶち当たった凜堂の息が寸の間止まった。足裏から放出する星辰力の調節も乱れてしまい、膝辺りまで沈んでしまう。ひっ、と綺凛が息を呑むのが分かった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 綺凛を安心させるため、不敵な笑みを浮かべて頷こうとするが、呼吸が上手く出来ず激しく咳き込んでしまう。逆に不安を駆り立てることになってしまい、綺凛は今にも泣きそうな顔になってしまった。

 

「だ、大丈夫だから安心しろ。この状況は流石にまずいけどな」

 

 竜は追撃をかけようとはせず、距離を離して二人の様子を窺っている。竜もどきと同じくらいの知能はあるようだ。少なくとも、竜もどきよりも馬鹿ということはないだろう。

 

「た、高良先輩、私が足手纏いになるなら、いますぐ離してください!」

 

 と、綺凛がいきなりとんでもない事を言った。はぁ!? と凜堂は眼球が零れるくらい目を見開きながら綺凛を見る。

 

「刀藤、お前何言って……」

 

 語気を強めるも、綺凛の頬を伝い落ちていく大粒の涙に凜堂は言葉を失った。

 

「私のせいで高良先輩がお怪我をされたら……私……!」

 

「刀藤……?」

 

「やっぱり、私は駄目な子なんです……いくら剣術をやっても、こうやって誰かのお荷物にしかならない……あの時だってそうでした……もう嫌です、私なんかのせいで誰かが犠牲になるのは……」

 

 肩を震わせ、激しくしゃくりあげながら綺凛は掠れ声を搾り出す。

 

「私なんて、私なんて……生まれて来なければ良かったんです……!」

 

 腕の中で咽び泣き始めた綺凛に凜堂は大きくため息を吐く。刀藤、と呼びかけてから徐に抱き寄せ、

 

「ふんっ!!」

 

 かなり強めの頭突きを叩き込んだ。みぎゃん! と可愛らしくもどこか可笑しい声が綺凛の口から漏れる。相当痛かったのか、凜堂に回していた両腕を外して頭を押さえていた。綺凛を離さないようにしっかりと腕に力を込めながら、凜堂は棍を竜に向ける。

 

「耳元でぴーぴー泣き喚くな。俺が前に言った事、忘れたのか?」

 

 忘れたわけではない。女の一番の化粧は笑顔、と凜堂が言ってくれた言葉を綺凛はしっかりと覚えている。しかし、この状況で笑えというのは些か無理な話だ。ふっ、と険しくしていた表情を緩め、凜堂は子供をあやす様に語り始めた。

 

「刀藤。俺もお前と同じだったよ。何にも出来ない、弱い自分が大嫌いで仕方なかった」

 

 脈絡無く始まった凜堂の話に綺凛は目を丸くする。己のことを嫌っている凜堂を、何より弱い凜堂を想像できなかったからだ。

 

「俺もさ、自分のせいで大切な人達を殺しちまったんだ。親父が戦っているのを震えながら見ることしか出来なくて、お袋の疲労にも気付けずに見殺しにしちまって、姉貴が目の前で襲われてるのに何もしてあげられなかった……本当に、どうしようもないくらい弱くって、何も出来ない。その上、自分のことを棚に上げて周りに当り散らすクソガキだった」

 

 当時のことを思い出し、凜堂はどこか悲しげに笑う。その横顔を見ながら、綺凛は黙って凜堂の言葉に耳を傾けていた。

 

「そんな自分を大嫌いになって、憎んで絶望した……そして決めたんだ、変わろうって」

 

 高良凜堂は弱かった。故に何も出来なかった自分を嫌い、強くなろうと決めた。

 

 高良凜堂は無力だった。故に動けなかった自分を憎悪し、絶大な力を欲した。

 

 高良凜堂は護れなかった。故に護れなかった自分に絶望し、次は護り抜くと誓った。

 

「だから、俺は今ここに居る。自分の成すべきことをするために、俺自身の物語を紡ぐために」

 

 大嫌いで、憎くて、絶望しきった凜堂が過去(そこ)にいる。だからこそ、今の凜堂がここに立っているのだ。

 

 当時の自分の無力さを何度も悔やんだ。周囲に八つ当たりしていた時のことを黒歴史と嘆いた事もある。だがそれでも凜堂はその時の自分を、そして自分自身の人生を否定することだけはしていない。

 

「なぁ、刀藤。俺はな、こんな自分の人生も悪くないって思ってるんだよ」

 

 悲しいことや辛いこと、苦しいことも許せないこともたくさんあった。そんなものは無い方がいいに決まっている。でも、それが無かったら今の凜堂は存在しない。今の凜堂がいなければユリスとの、心の底から護りたいと願った人との出会いすら無くなってしまうのだ。

 

「刀藤、お前の人生も色々あったんだろうさ。辛かったことも、痛かったこともたくさん。でも、それって否定していいのか? そんな簡単に捨てられるほどお前の歩んできた道は、お前の物語は安っぽいものなのか?」

 

「……違い、ます」

 

 小さく、だがはっきりと綺凛は断言する。凜堂の言うとおり、たくさんの嫌なことがあった。だが、それと同じくらい嬉しいことも。宝物のように胸に秘めたその大切な思い出を、捨てていいはずが無い。

 

「なら、もう二度と自分が生まれなければ良かったなんて言うなよ。それはお前の人生に関わった全ての人を侮辱する言葉だからな。約束できるな?」

 

 はい、と涙を拭いながら頷いた綺凛に微笑みかける。頬に残った涙の跡が痛々しいが、その顔には吹っ切ったような、爽やかな笑みが浮かんでいた。

 

「よし……そいじゃま、この状況をどうにかしますかね」

 

 凜堂は棍を鉄棒に戻してホルダーに収め、黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を取り出した。主の求めに応じ、魔剣は純白の刀身に黒い紋様を躍らせる。

 

「とりあえず、一番必要なのは足場だよな」

 

 口を動かしながら、背後の柱に黒炉の魔剣を振るう。融けかけたバターかチーズのように柱にあっさりと穴が開き、人二人が立てるだけの場所を作った。

 

「今更ですけど、こんなことしていいんでしょうか?」

 

「緊急事態だ。大目に見てもらおう」

 

 そこへ綺凛を下ろしていると、今まで様子見に徹していた竜が火球を撃ち込んできた。凜堂は振り返ることなく魔剣を一閃させ、火球を難なく叩き切った。雲散霧消する火球に鼻を鳴らす。この程度の炎、ユリスのものと比べれることすら馬鹿らしい。

 

「うぜぇ」

 

 さっきしまった鉄棒を取り出し、棍を作り出す。凜堂が手首をスナップさせると、棍の真ん中辺りがパキンと折れた。まるでブーメランのような形状だ。

 

 凜堂は無造作な動作でブーメランを投げた。空気を切り裂きながら飛翔していくブーメランは狙い過たず、竜の首を切り裂いた。大きな水音と一緒に竜の首が水面に落ちる。だが、予想通りと言うべきか竜の首は瞬く間に溶け、生理的嫌悪感を覚える動きで元通りの首へと戻った。

 

「やっぱな」

 

 戻ってきたブーメランをキャッチしながら凜堂は呟く。想像はついていたので、大して驚きはしなかった。

 

「やっぱ、核ごとぶった切るしか方法はないみたいだな……刀藤、あいつの核の場所って分かるか?」

 

「はい。でも、体の中で常に動いてるみたいで詳しい場所までは……」

 

 面倒な奴、と凜堂は肩を竦める。

 

「このままじゃジリ貧だしな……やるっきゃねぇか。刀藤、それ借りて良いか?」

 

 凜堂は綺凛の腰に差してある日本刀を指差す。

 

「これですか? どうぞ」

 

 一瞬の躊躇いすら見せず、綺凛は腰から鞘ごと引き抜いて凜堂へ差し出す。余りの迷いの無さに凜堂は面食らってしまった。

 

「……聞いといて難だけど、いいのか? 大切なものなんじゃ」

 

「大丈夫です。高良先輩なら大切に使ってくれるはずですから」

 

 綺凛の信用が微妙に重い。そっか、と小さく笑いながら凜堂は竜の方へ向き直る。さっきのブーメランの一撃で警戒心がより一層強くなったようだ。牙の間から剣呑な唸り声を上げているが、襲って来ようとしない。

 

「んじゃ、刀藤。俺が合図したら、それ投げてくれ」

 

 はい、と綺凛の返事を背に受け、凜堂は数歩前に出る。竜が警戒の声を上げるも、それ以上のことはしてこない。まだ、凜堂との距離が遠いと判断したようだ。だが、既にそこは凜堂の間合いの中だった。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”」

 

 凜堂は棍を盾に変え、大量の星辰力を流し込んだ。星辰力の量が増えるにつれ、盾が漆黒に輝いていく。光る盾を構え、凜堂は円盤投げよろしく盾を投げ飛ばした。狙いは竜本体ではなく、その下だ。盾が水中に飛び込み、竜の真下辺りに行ったのを確認して凜堂は盾の星辰力を解放させる。

 

六星(りくせい)弾鬼(はじき)”!!」

 

 刹那、凄まじい爆発が竜の真下で発生した。火球と盾がぶつかり合った時とは比ではない大きさの水柱が立ち上がり、竜の巨体を上へと吹き飛ばす。その全容は凜堂の予想通り、かなりの大きさだった。

 

「刀藤!」

 

「はい!」

 

 綺凛は凜堂の声に従い、日本刀、千羽切を投げた。くるくると弧を描いて飛んできた千羽切を空いた手でキャッチし、凜堂は竜目掛けて跳躍した。同時に大量の星辰力を黒炉の魔剣へと注ぎ込み、千羽切に同じ量の星辰力をチャージさせる。

 

一津(ひとつ)奥義(おうぎ)一閃(いっせん)屠理(ほふり)”!!」

 

 宙を飛ぶ凜堂の手の中で魔剣が姿を変えていく。刀身は長大なものになり、その上を紋様が狂ったように舞っていた。そして千羽切も鍔元から星辰力を発生させ、巨大な光の刃を形成する。その光の刃の上では黒炉の魔剣の紋様と同じ様なものが踊っていた。

 

 竜は逃げ出そうと鰭のような手足をばたつかせるが、空中で動けるわけも無い。

 

「行くぜ首長野朗!」

 

 凜堂は竜と同じ高さまで飛んでいくと、全身で両腕の剣を振るって竜の体を矢継ぎ早に切り裂いていく。地上で綺凛が竜もどきを相手にやってのけたのと同じ技だ。

 

「す、凄い……!」

 

 その光景に綺凛は驚嘆を禁じえなかった。振るわれる二つの光剣は暗闇の中に無数の軌跡を描いていく。それは現実離れした、まるで星のない夜空を幾つもの流星が乱舞しているかのようなとても幻想的な絵だった。スライム状に変化した竜の体が見る見るうちに小さくなっていき、いよいよ体内にある核を露出させた。竜もどきに比べ、かなり大振りなものだ。

 

「フィナーレだ」

 

 振り抜かれた魔剣が容赦なく核を断ち切る。再生のため蠢いていたスライムはビクリと震えると、力なく水の中へと沈んでいった。

 

「よっと」

 

 軽い音を立てて凜堂は水面に降り立った。既に黒炉の魔剣は待機状態になっており、千羽切も元の姿へと戻っている。

 

「これでよし、と。刀藤、出口探してこっから出るぞっ!?」

 

 がくりと凜堂の膝から力が抜け、一気に腰まで沈んだ。全身から力が抜け、右目から星辰力の輝きが消えていく。

 

「反動がこのタイミングで出るって、嘘だろ……!」

 

 愕然としながらも、凜堂は足を動かして綺凛がいるところに向かう。しかし、体は鉛のように重く、思うように動かなかった。オマケに意識も遠のいてきている。

 

(こりゃ本格的にまずいな……)

 

「高良先輩!!」

 

 朦朧とする意識の中、凜堂は綺凛の叫びを聞いた。体が水中へと没していく中、凜堂が聞いたのは何かが水に飛び込む音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぱい……ら先輩……高良先輩!」

 

「ん……」

 

 体を揺り動かされ、凜堂は不承不承といった様子で覚醒した。正直、目を開く事さえ億劫なくらい体が疲れ切っている。目を開くと、泣き笑いしている綺凛と目が合った。何故か、凜堂の視界に映る綺凛は逆さまだったが。

 

「高良先輩! 良かった……!」

 

 凜堂の意識が戻ったので緊張の糸が切れたのか、綺凛はぽろぽろと涙を零した。悲鳴を上げる肉体を叱咤し、どうにか凜堂は片腕だけ持ち上げて綺凛の頬の涙を拭う。

 

「……悪い、心配かけたな……ってか、あの後、俺どうなったんだ?」

 

 完全に水中に沈んだところで、凜堂は意識を失った。そこから先は覚えてないが、自力でここまで来たという可能性は皆無だ。だとすれば、答えは一つ。

 

「お前が助けてくれたのか、刀藤? でもお前、泳げ無い筈じゃ……」

 

「無我夢中で体を動かしてたら、何時の間にか高良先輩をここに引き揚げてました。火事場の馬鹿力かもしれませんね」

 

 序に千羽切も黒炉の魔剣も無事に回収できたようだ。照れくさそうに綺凛は笑う。そうか、と凜堂は目を閉じた。後頭部が妙に幸せだ。この感触には覚えがある。あれは確か、サイラスを倒した際にバーストモードの反動で意識を失った時のことだ。ユリスに膝枕をしてもらった時も、確かこんな感じだった。

 

(膝枕!?)

 

 ぎょっとしながら目を開け、出来る限りの範囲で周囲を確認する。凜堂の想像通り、綺凛の膝枕で寝ているような状態だった。ここまではユリスの時と同じだ。しかし、決定的に違う点が一つ。綺凛が下着姿だということだ。よくよく見てみると、凜堂もシャツを脱がされていてズボンだけの姿になっている。

 

(ってことは待てよ……おいおいおいおい!)

 

 現状、凜堂は綺凛のむき出しになった太腿に直に頭を置いていることになる。見上げてみると、さっきは気付けなかった豊かな双山がこれでもかと自己主張していた。

 

「すすすすすまん! 今すぐどくかるぁっ!!??」

 

 慌てて動こうとして、凜堂の体が絶叫する。全身を貫いた激痛に凜堂は力なく身を横たえた……綺凛の生太腿を枕にして。

 

「だ、大丈夫ですか!? 急に動いたら駄目ですよ!」

 

「で、でもな」

 

「大丈夫です。わ、私は全然……その、嫌じゃありませんから」

 

 頬を桜色に染め、口元に手を当てながら綺凛は視線を逸らす。そ、そうか、と凜堂も顔を真っ赤にさせながら綺凛の好意に甘えた。

 

「「……」」

 

 何ともいえない沈黙が二人の間に流れる。ある意味、拷問以上に拷問だ。

 

 確かにこのバラストエリアは空気が冷たい上に湿っているので、濡れたままの服装は確実に体温を奪っていく。なので、服を脱がせるという綺凛の判断は実に的確だった。凜堂もそれは重々承知している。だがしかし、

 

(何で膝枕してんだ!? ユーリの時もそうだったけど、流行ってんのか膝枕!?)

 

 そう思わずにいられなかった。凜堂が黙り込む一方、綺凛も静寂に耐えかねているようで、必死に話題を探していた。

 

「そ、そう言えば落ちた時から気になっていたんですけど、高良先輩の右目から黒い星辰力が溢れてたのって、無限の瞳(ウロボロス・アイ)を使っていたからなのですか?」

 

「え? あ、あぁ。そうだ。無限の瞳から力を最大限に引き出そうとすると、自然とあぁなるんだ。普通なら一時間近くはもたせられるんだけど、黒炉の魔剣と一緒に使うとリミットが一気に五分くらいになっちまうんだよ。その反動が割りときつくてな」

 

 お陰でしんどいのなんの、と凜堂は苦笑いする。

 

「そう、なんですか……高良先輩はどうしてそんなになるまで闘っているのですか?」

 

 唐突な質問だった。以前の凜堂ならすぐには答えられなかっただろうが、今の彼は既に答えを見つけている。

 

「護りたい奴がいるんだ」

 

 それが凜堂の戦う理由であり、アスタリスクでなすべきことだ。

 

「……リースフェルト先輩、ですか?」

 

「あぁ」

 

 凜堂が言葉短く頷くと、綺凛は傍目から見ても分かるほどしょぼんと表情を曇らせた。

 

「や、やっぱり、高良先輩は……リースフェルト先輩のことが……すす、好きなのですか?」

 

「ユーリのこと? あぁ、好きだぜ」

 

 何の迷いも無い答えだった。ぎゅっ、と綺凛が握り拳を作ったことに気付かず、凜堂は言葉を続ける。

 

「確かな意志があって、それに伴った実力も持ってる。高潔な人だ。心の底から尊敬してる」

 

 あれ、と綺凛は首を傾げる。何だか、凜堂の言っている好きと自分が考えている好き。そこに差を感じたからだ。

 

「高良先輩、リースフェルト先輩のことが好きなのって、その……人間的にという意味なんでしょうか?」

 

「へ、そうじゃねぇの?」

 

 この男も大概ど天然だ。きょとんとするも、綺凛は少しだけ嬉しそうな顔をしながら頭を下げる。

 

「いえ、何でもありません。変なことを聞いてごめんなさいです……それなら、まだ私にも……」

 

 何かボソボソと言っているが、声が余りにも小さいので凜堂の耳には届かなかった。変なの、と訝しげに眉根を寄せるが、凜堂はその事に関して何も言わない。代わりに自分も聞きたいことを訊ねる。

 

「刀藤、俺も一つ聞きたいことがある。お前は何で、アスタリスクで戦ってるんだ?」

 

 凜堂の問いに綺凛は意外そうな顔をするも、ゆっくりと話し始めてくれた。

 

「私の戦う理由は、以前にも少しだけお話しましたとおり、父を助けるためです」

 

「あぁ、親父さんもやっぱ星脈世代(ジェネステラ)だったのか?」

 

 こくんと頷いて綺凛は答える。星脈世代が必ずしも星脈世代の子供を生むわけではない。が、常人の夫婦が星脈世代を生むより確率が高いことは確かだ。

 

「でも、父は今、罪人として収監されています。私は一刻も早く父を釈放したいだけなのです」

 

 罪人? と穏かじゃない言葉に凜堂は顔を顰めた。『星武祭(フェスタ)』で優勝することが出来れば、統合企業財体はどんな望みでも叶えてくれる。それこそ、法を踏み躙るような、例えば受刑者を即座に自由の身にするとか。実際、そういう例も少なくは無いようだ。

 

「父は何も悪いことはしてないんです! ただ、私を助けようとしてくれただけで……!」

 

 興奮のためか、綺凛の声音が強くなる。少し落ち着け、と宥める凜堂。

 

「何があったんだ?」

 

「……今から五年前、私と父のいた店に強盗が入ったんです。そして人質にされそうになった私を助けるため父は……父は……」

 

 そこから先は言わずとも分かった。綺凛を助けるため、彼女の父は強盗犯を殺めてしまったのだろう。その結果、罪人として収監される事になった。

 

「相手は星脈世代じゃない、一般人だったんだな」

 

 頷く綺凛。

 

 どの国にも共通している事だが、星脈世代の人権的位置は低い。人権が制限されているといっても過言ではない。特に星脈世代が常人を傷つけた場合、それが顕著に現れる。傍から見て正当防衛であっても、過剰防衛と断じられることが多々あった。

 

 その上、犯罪者が相手とはいえ死んでしまった場合、厳罰を下されるのがほとんどだ。

 

「強盗犯は私が星脈世代だと気が付いてなかったようでした。もし、その事に気付いてたら人質に私を選ばなかったでしょうし……でも、私は刃物を突きつけられて、体が震えて、何も出来ませんでした」

 

 その気持ちは痛いほどに分かる。凜堂も父親が戦っていた時、体を竦ませながら見ていることしか出来なかった。

 

「親父さんが助けてくれたってことか」

 

「はい……私もその頃からそれなりの修行をしていました。今になって思うと、当時の私でも十分に取り押さえることが出来たはずです……でも、私は意気地なしの弱虫で……」

 

 当時を思い出しているのか、綺凛は小さく鼻をすすった。

 

「このままでは父は後数十年、出て来れません」

 

 そこで綺凛に声をかけたのが刀藤鋼一郎だ。父親を助ける方法が一つだけあると。

 

「だからアスタリスクに」

 

「はい。父と伯父様は折り合いが悪くて……伯父様は酷く星脈世代を嫌っていますから。多分、長兄である自分じゃなく、弟の父が刀藤流を継いだことを怨んでるからだと思います。それでも伯父様は私に力を貸してくださいました。それが私利私欲に基づいたものだとしても、私にはそれしか方法が無かったんです」

 

 凜堂は何も言わず、今にも泣きそうな綺凛を見上げる。

 

「実際、伯父様は本当に優秀なんです。父の一件を統合企業財体の力で抑えてくれましたし、父が釈放されたときのための肩書きや地位も別のものを用意してくれてるそうです」

 

「そりゃ凄い」

 

 統合企業財体の力はそれ程のものだったのか、と凜堂は目を丸くさせた。国家や法を超えるほどの力というのも、あながち誇張表現ではないようだ。

 

 確かに刀藤流宗家の当主が殺人で逮捕されたというニュースは見たことが無い。刀藤流の規模の大きさを考えれば、『双星事件』並みの出来事として大々的に報道されていたはずだ。

 

「私のことでもそうでした。今年の春に入学したばかりの私をセンセーショナルに宣伝し、効率の良い決闘をするための決闘相手を選び、勝つための情報を得て、戦略を指示してくれます」

 

 長年、アスタリスクの学生を見てきた経験があってこそなせることだ。

 

「私はただ、伯父様の指示したとおりに戦えばいいのです……」

 

 そう言っている割には、どこか言葉が空虚だった。綺凛の独白にも近い話を黙って聞いていた凜堂は無言で体を起こし始める。全身を苛む痛みに渋面を作った。慌てて綺凛が止めようとするも、彼女の制止を無視して上半身だけを起こして綺凛と向き合う。

 

「刀藤。お前の人生だ。それに横から口出しする気は無い……でも、二つだけ言わせて貰うぜ」

 

 一つ、と人差し指を立てる。

 

「自分の道は自分で決めろ。たとえその先にお前の求めるものがあったとしても、今お前が歩んでいるのはお前の道じゃない。そんな道を歩いていっても、求めるものは手に入らない。そんな安易な道で何かを手に入れられるほど、俺達は強い存在じゃないんだ」

 

 欲しいものを手にするためにはそれ相応の意志の力が必要だ。そしてその意志の力は自分自身の選んだ道でしか発揮されない。

 

「お前自身が選んだ道じゃなきゃ、絶対に歩けなくなる時が来る。その時、お前は後悔するはずだ。そして周囲に怒りをぶつけるかもしれない」

 

 かつての凜堂がそうだった。ただ、安寧とその時を生きていた。そして家族が奪われ、後悔すると同時に怒りを周囲にばら撒いた。

 

「それってさ、凄くみっともないことだと思わないか? その時は楽になれるだろうけど、何時か真実に気付いて絶望するんだ……自分にな」

 

 綺凛がそんな結末を迎えることなど、凜堂には到底容認できなかった。彼女の無垢な笑顔と彼女の振るう刃には何時でも曇り無くあって欲しい、と願う。

 

「でも、自分自身で道を選べば、少なくとも周りを責める事は無い。全て自分自身の責任なんだからな」

 

 悔いることはあっても、周囲へ怒りを撒き散らすなどみっともない真似はしなくて済む。綺凛は黙って凜堂の話を聞いていたが、すぐに悲しげに首を振った。

 

「私には……出来っこありません。自分で道を選んで、その道を歩んでいくなんて……私みたいな者に出来るわけ」

 

 その二、と凜堂は強引に綺凛の言葉を遮る。

 

「そうやって自分を卑下するな。お前の人生(ものがたり)の主人公はお前なんだぜ? 人生(ものがたり)を彩れるのは主人公(お前)だけなんだ。その主人公が自分を卑下しながら歩んでいく物語なんて陰鬱すぎるだろ」

 

 お前なら大丈夫、と凜堂は満面の笑みを浮かべて力強く言い切った。

 

「泳げないって言ってたお前が溺れそうになってた俺を助けてくれたんだぜ。お前はお前自身が思ってるほど駄目な奴なんかじゃない。俺が保証する」

 

 笑いながら凜堂は綺凛の頭を乱暴に撫でる。

 

「胸を張って生きていけ。出来ないことがあれば出来るように変わればいい。それでも駄目だと思った時は俺が力になる」

 

「変わればいい、私自身が……」

 

 目から鱗が落ちたといった風に綺凛は囁いていた。そして恐る恐る、上目遣いで凜堂を見る。

 

「た、高良先輩。私も……変わることが出来るでしょうか?」

 

 何の迷いも無く凜堂は断言した。

 

「勿論!」

 

 綺凛の顔が心の底から嬉しそうに輝く。年相応の、純粋な笑顔だった。時折、彼女が見せていた笑顔とは比べ物にならないほどの可愛らしい笑顔だ。

 

 ふと、そこで凜堂はあることに気付く。もしかして、綺凛はこういうプラスな考えが出来ることを久しく言われたことが無いのではないだろうか、と。例えば、褒められたりとか。

 

 父親が収監されてから、ずっとあの鋼一郎の指示を受けて動いてきたのだ。あの男が星脈世代である綺凛を褒めるとはとても思えない。そこまで考えた時、無意識の内に凜堂の手が動いていた。綺凛の頭に置き、今度は優しい手つきで撫で始める。

 

「高良先輩?」

 

「今までよく頑張ってきたな、偉いぞ……綺凛」

 

 綺凛の体が硬直した。凜堂の言葉は驚くほど温かく、彼女の胸の奥へと染みこんでいった。

 

「……うぇ」

 

 悲しくないはずなのに、嬉しいはずなのに涙が溢れてきた。止めようにも、後から後から涙が零れ落ちてくる。自然と泣き声が口から漏れていた。

 

「うぇえええん……」

 

 気付いた時には綺凛は大声で泣きながら凜堂の胸に顔を押し付けていた。

 

(無理も無いよな……)

 

 胸に熱い涙が落ちるのを感じながら凜堂は綺凛を抱き寄せた。

 

 彼女まだ十三歳。親にだってまだまだ甘えていたい年だ。そんな年頃の彼女が涙すら見せず、今の今まで伯父の暴言と暴力から孤独に耐えていたのだ。それがどれ程の苦痛なのか、凜堂には想像する事すら出来なかった。

 

(今まで我慢してた分、好きなだけ泣け、刀藤)

 

 やれることは、こうして彼女に胸を貸すことだけだ。凜堂は何も言わず、綺凛が泣き止むまで彼女を抱き締めながら撫で続けていた。




主人公が妬ましい(血涙)……!
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