学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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原作を読んでない人への不親切仕様はデフォルトです。


物語の始まり

六爪(ろくそう)飛刺(とばし)”!!」

 

 凜堂は六爪を頭上に持ち上げ、一気に振り下ろした。六つの光刃が放たれ、綺凛へと真っ直ぐに飛んでいく。

 

 凜堂の棍が一瞬で全く別の武器に変わったことに驚き、綺凛は唖然としていたがすぐに正気を取り戻した。星辰力(プラーナ)を纏わせた千羽切を構え、飛んできた光刃全てを切り捨てる。

 

「っ!!」

 

 その手応えが予想以上に重く、綺凛は瞠目せずにはいられなかった。光刃の一つ一つに桁外れの星辰力が込められている。直撃を許していれば、それだけで戦闘不能に追い込まれていたはずだ。

 

「せぁ!!」

 

 斬り落とした光刃の残滓が消えるよりも早く、凜堂が間合いを詰めて来る。手には光刃を新たに生成させた鉄棒、六爪が握られていた。即座に綺凛は返す刀で振り抜かれた六爪を受け止める。凄まじい衝撃が綺凛を襲い、思わず膝を折りそうになるが力の限り踏ん張り、

 

「はっ!」

 

 光刃を切り裂いた。武器を失い、無防備になった凜堂に一撃を入れようとするが、断ち切ったはずの六爪に防がれる。綺凛が次の攻撃に移ろうとした瞬間に凜堂は光刃を作り出していたのだ。

 

 凜堂は六爪を自在に操り、次々に連撃を叩き込む。綺凛も持ち前の剣技で応じ、刃を合わせる度に光刃を断っていくが、その度に光刃が再生し、綺凛へと襲い掛かっていった。

 

 試合の最初の時とは真逆の状態になっていた。凜堂が連続で斬撃を放ち、綺凛はそれに圧倒されるまいと必死で対応する。

 

(これだけの星辰力を使い捨てに出来るなんて……)

 

 斬られた光刃は星辰力に戻り、凜堂へと還元される訳ではない。斬られたら斬られたで、そのまま消費されて終わりだ。高密度に練られた星辰力を次々に使っていけば、並みの星脈世代(ジェネステラ)であればあっという間に星辰力が枯渇してしまう。その筈だが、凜堂の星辰力が衰えていく様子は無い。彼の右目に宿った純星煌式武装(オーガルクス)が、宿主をそんな状態にさせるわけ無かった。

 

(このままじゃ圧し負ける……!)

 

 腕の疲労も相当なものになってきている。いずれ限界が来る事を悟った綺凛は六爪を千羽切で受け流し、大きく後ろへと下がって距離を取った。

 

六爪(ろくそう)飛円(ひえん)”!!」

 

 凜堂は綺凛を追おうとはせず、代わりに六爪を左右に広げるように投げた。持ち手から離れた六爪は円を描くように飛び、左右から挟みこむように綺凛へと迫る。

 

(受けたら確実に腕が動かなくなる……ここは回避して、一気に距離を詰める!)

 

 千羽切を鞘へと戻しながら綺凛は地面すれすれまで身を低くし、有らん限りの力でステージを蹴った。残像を残すほどの動きを捉えることは出来ず、標的を見失った六爪は空中でぶつかり合って激しい金属音を奏でる。

 

 後は丸腰になった凜堂の校章を斬るだけ。飛び出した勢いを殺さず、綺凛は凜堂へ迫っていった。同様に凜堂も前へと飛び出す。予想外の行動に面食らうも、今更他の選択肢を取ることは出来ないので綺凛は走り続けた。

 

 この時、振り返っていれば気づくことが出来たはずだ。かわしたはずの六爪が新たな武器に変わっていることに。

 

(これで決めます!)

 

 無手の凜堂と千羽切を持った綺凛。先に相手を間合いに捉えたのは綺凛の方だった。柄を握り締め、千羽切を鞘の中で走らせる。その速度たるや、達人でも見切ることは難しいだろう。だが、立て続けに六爪を受け止めた疲労が剣速を鈍らせた。

 

 校章が切り裂かれる寸前、凜堂は星辰力を集中させた肘で綺凛の抜刀を受け止めた。練り上げられた星辰力は堅牢その物で、一撃で斬ることは不可能だった。

 

「推し通ります!!」

 

 ここが勝利の分水嶺と信じ、綺凛は持てる力を全て振り絞る。使い手に応えるように千羽切の刃が集中している星辰力に刃を食い込ませていった。後数秒、鍔迫り合いが続いていれば勝っていたのは綺凛だっただろう。綺凛が勝利を確信したその時、凜堂の唇がにぃっと歪んだ。六爪を披露した時と同じ、悪戯っ子のような笑み。

 

「後方不注意だ。刀藤」

 

「え……?」 

 

 ゴッ、と綺凛の後頭部に何かが直撃した。予想だにしなかった一撃に綺凛の意識が遠くなる。薄れていく意識の中、綺凛は更に一撃二撃と何かが自分の後ろに当たるのを感じた。傾いていく視界に戦輪(チャクラム)のように回転する三組の鉄棒が映る。さっき、避けたはずの六爪だ。それが今になって、三つの戦輪となって綺凛を背後から襲ったのだ。

 

三車(みぐるま)戻利(もどり)”」

 

(まさか、最初からこれを狙って……)

 

 いくら綺凛でも、認識していない攻撃を防ぐのは難しい。それが既に避けたもので、死角から飛んでくるのだから尚更だ。

 

 床が立ち上がってくるような錯覚を覚えながら綺凛は倒れていく。負けたのだ、と理解出来た。凜堂の用いた奇策の前に自分は敗れたのだと。

 

(ち……が、う……!)

 

 今まで感じたことの無いような衝動が体を突き動かす。ステージに倒れ伏す寸前、綺凛は一歩を踏み出し、ギリギリのところで踏ん張った。

 

(私はまだ……負けていない! 負けたくない……!)

 

 これまでの決闘には無かった、勝利への執念。それを原動力にして綺凛は最後の一振りを放つ。技術もへったくれもない、ただ想いを乗せただけの一撃。

 

「悪いな。俺も負けてやる気はないんだ」

 

 腕ごと千羽切を跳ね上げ、拳を握り締める。

 

「フィナーレだ」

 

 意識を失いかけて尚、負けたくないという一念で戦おうとした相手への礼儀として、最高の一打を打ち込む。

 

零乃(ぜろの)奥義(おうぎ)無手(むて)貫気(つらぬき)”』」

 

 ただ、真っ直ぐに突き出すだけの愚直な拳撃。凜堂の放った拳が綺凛の校章を打ち抜いた。綺凛の矮躯が宙を舞い、どさりとステージの上に落ちる。その胸の上で校章が粉々に砕けた。

 

「『決闘決着(エンドオブデュエル)! 勝者(ウィナー)、高良凜堂!』

 

 機械音が決闘の終了を告げる。水を打ったような静寂の数秒後、アリーナは拍手と歓声に包まれた。生徒達の惜しみない、万雷のような喝采を受けながら凜堂は転がっていた千羽切を拾い、仰向けに倒れている綺凛へと歩み寄った。

 

「よぉ、大丈夫か、刀藤?」

 

「……はい、どうにか」

 

 まだ意識がはっきりしてないのか、ぼんやりとした様子で返事をしながら綺凛は苦笑いする。

 

「……高良先輩はずるいです。無手の技以外にも、あんな奥の手を隠してたなんて」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ。ただ、今までお披露目する機会が無かっただけだ」

 

 それは隠していたのと大差ないような気がするが。少しだけ苦しそうに咳き込むも、綺凛はどこか清々しさを感じさせる笑顔を作りながら目を閉じる。

 

「分かりきってる事ですけど、言わせて下さい。私の完敗です」

 

 ですが、と綺凛は瞼を持ち上げた。そこには小さいながらも、闘志の炎が燃え上がっていた。

 

「次は負けません」

 

「何度でも挑みに来いよ。俺は逃げも隠れもしねぇ。立てるか?」

 

 はい、と頷きながら綺凛は差し出された手を掴み、凜堂に引っ張って立たせてもらった。あの勝敗を決した拳を受けた時の、肺の中の空気が全て叩き出されたような痛みが若干残っている。だが、もう歩ける程度には回復している。

 

「見ろよ、刀藤」

 

 綺凛の小さな肩に手を置きながら凜堂は観客席を示す。それに倣って綺凛も視線を動かすと、アリーナ中に轟くほどの歓声を上げる生徒達が見えた。誰もが立ち上がり、決闘の勝者敗者の両方に惜しみない賞賛を送っていた。

 

「これだけの人がお前の始まりを祝福してくれてる。中々良い物語になりそうだな」

 

 別に彼らは祝福している訳ではない。ただ、自分達を楽しませてくれた二人に賛辞を送っているだけだ。観客の全員がどういう経緯で二人が決闘をやったのかを知らないはず。知っているのは凜堂から話を聞いていたユリス達くらいだろう。そんなことは百も承知している。それでも、悪い気は全くしなかった。

 

「はい!」

 

 一歩前に進み出て、綺凛は観客席へと頭を下げた。歓声が更に大きなものになる。大歓声を一身に浴びる少女を見ながら、凜堂は静かに願った。

 

 己の道を歩み始めたこの少女に幸多からんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何がお前のお眼鏡に適うようなもんはないぞ、だ。しっかりと切り札を隠していたな、凜堂。それを披露した上に勝利をもぎ取って来たのだから驚きだ」

 

 アリーナ控え室。

 

 ユリスは嬉しそうに何度も頷きながら凜堂を撫でていた。自分のパートナーが、自分の認めた男が序列一位を破ったことが誇らしくて仕方ない、といった様子だ。

 

「ま、勝って来たんだから黙ってたことは許してくれよ」

 

 気楽そうに笑いながら凜堂はドリンクを喉に流し込む。バーストモードを発動させた後の特有の疲労感はあるが、動けないほどではない。体中の節々が少し痛むも、その痛みすら心地よかった。

 

 決闘の後、飴に群がる蟻よろしく取材しようとしてくる報道クラブの学生から逃げ切り、この控え室でようやく一息ついたところだ。諦めの悪いことに連中は控え室前で待機しているようだが、流石に控え室の中まで踏み込んでくるようなアホはいなかった。

 

「それにしても、お前も晴れて序列一位か。全く、とんでもない奴だよ、お前は」

 

「序列一位、か。実感湧かねぇな~……ま、ユーリの期待に応えられただけでも良しとすっか」

 

 期待? とユリスは顎に指を当てる。

 

「何のことだ?」

 

「前に言ってくれたじゃん。俺なら序列一位にも勝てるかもしれないって。その時の期待に応えられなかったこと、これでも気にしてたんだぜぃ」

 

 それに凜堂が『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に入ることが出来れば、『鳳凰星武祭(フェニックス)』のトーナメントで比較的楽な場所に配置されるとも。

 

 ユリスの目が驚きに見開かれる。

 

「凜堂、お前……私の期待に応えるために刀藤綺凛と戦ったのか?」

 

「いや、そのためだけって訳じゃねぇよ? 刀藤の力になってやりたいってのもあったし……でもま、一番の理由はそれだよ」

 

 どうだろう、と凜堂は表情を引き締めてユリスを見つめた。

 

「ユーリ、俺はお前の期待に応えられてるか?」

 

「……全く、お前という奴は」

 

 呆れたように首を振り、凜堂の頬に手を添える。愛おしそうに凜堂を撫でながら、穏かな笑みを浮かべた。

 

「私の想像以上だよ。お前と組めて、お前と出会えて本当に良かったと思う」

 

「……そっか」

 

 ユリスの最大級の賛辞に照れ臭そうに凜堂は頭を掻く。ユリスも頬を朱色に染めながら手を引っ込めようとしなかった。何だかとても良い雰囲気だ。

 

「……こほん」

 

 そこにわざとらしい咳払いをしながら割り込んでくる少女が一人。紗夜だ。

 

「流石は私の凜堂。とっても格好良かった」

 

「そ、そうか? ありがとよ、サーヤ……にしても、こうも褒めちぎられると悪い気はしねぇなぁ」

 

 抱きついてきた紗夜を愛でながら凜堂は頬を緩ませる。

 

 現在、控え室にいるのはこの三人だけだ。クローディアは試合を見届けると、そのまま席を外してどこかへ行ってしまったそうだ。レスターは「馴れ合うつもりはねぇ」とだけ言い残し、さっさと帰ったらしい。控え室に入る直前まで英士郎もいたのだが、号外を出さなければと息巻いてどこかへ飛んでいった。その際、凜堂への独占インタビューを取り付けるのを忘れなかった。

 

「そ、それにしても凜堂。お前は一体いくつの攻撃のバリエーションを持っているんだ?」

 

 これはユリス。

 

「……凜堂は“六爪(ろくそう)”、“五矢(ごや)”、“四風(よつかぜ)”、“三車(みぐるま)”、“二打(ふたつうち)”、“一閃(いっせん)”、“無手(むて)”の合計七つの型を持ってる。どれも我流だけど強力」

 

 これは紗夜。

 

「えぇい、邪魔をするな沙々宮! 私は今、凜堂に聞いているのだ!」

 

「……私だって今、凜堂と喜びを分かち合っているところ。リースフェルトこそ邪魔しないで欲しい」

 

「……何やってんのお前等?」

 

 角突き合わせるユリスと紗夜に凜堂は呆れるしかなかった。

 

「はい、どーどーどー。子供じゃねぇんだから止めろっての……ん?」

 

 がるる、と互いを威嚇しあう二人を引き離しながら凜堂は訝しげに控え室ドアを見た。二人も何かに気付いたらしく、扉へと視線を向けている。何やら、静かだった外がざわめいてる様子だった。

 

「凜堂、私です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 ノックと一緒に聞こえたのは耳に心地よい、落ち着いた声だった。

 

「ロディア? どうぞどうぞ」

 

「お邪魔いたしますね」

 

 ドアを開けて入ってきたのは予想通り、クローディアだった。ただ、その傍らに予想外の人物が立っている。

 

「刀藤?」

 

「あ、あの、お邪魔しますです……」

 

 状況がよく掴めてない顔をしているが、とりあえず綺凛は頭を下げた。どこまでも律儀な子だ。

 

「ここに来る途中、報道陣の皆様に捕まっていたようでしたので、こちらにお連れしました」

 

 彼らも中々にしつこいですからね、と小さくため息。きっと颯爽と、一陣の風のように綺凛を連れて行ったのだろう。唖然とする生徒達の顔が目に浮かぶようだ。

 

「そ、その節はありがとうございます!」

 

「いえいえ。刀藤さんも何かこちらに用があったでしょう?」

 

「は、はい……あ、会長からお先にどうぞ」

 

 そうですか、と綺凛の申し出に遠慮する様子も無くクローディアは一歩前に出て、凜堂、綺凛の順に視線を動かした。

 

「まずは凜堂、刀藤さん。素晴らしい試合でした。星導館の長として、貴方達のことを誇りに思います」

 

「そこまでストレートに言われると照れるな」

 

「そ、そんな……」

 

 凜堂はむず痒そうに身を捩じらせ、綺凛は恐縮した様子で体を縮こませる。次にクローディアは凜堂の方に向き直った。

 

「そして凜堂。貴方はこれから序列一位、星導館学園の顔になります。努々、そのことをお忘れないように精進を怠らないで下さい」

 

「へいへい、と」

 

 気楽そうに肩を竦める。自覚があるかどうか疑わしい限りだ。もっともこの場にいる全員、序列一位という肩書きに縛られる凜堂を想像することが出来なかったが。その程度で緊張するほど、この男の神経は繊細じゃない。

 

「私からは以上です。刀藤さん、次は貴方ですよ」

 

「あ、はい……」

 

 クローディアに促され、綺凛は凜堂の前へと進み出た。

 

「ん、どした刀藤?」

 

 凜堂は勿論、ユリスと紗夜も興味津々で綺凛を見ている。いきなり視線が自分の方へと向き、綺凛は一層身を竦ませた。それでも、凜堂の目を真っ直ぐ見て自分の言葉を伝える。

 

「あの、高良先輩。以前にも話して下さった、高良先輩達の特訓のことなのですが」

 

「あぁ、あれがどうかしたか?」

 

「私も参加してよろしいでしょうか?」

 

 何? と声を上げたのはユリスだった。

 

「ま、前に誘われたのですが、その時は事情があって話を受けられなくて……でも、今は、大丈夫なので」

 

「どういうことだ、凜堂。私は何も聞いてないぞ?」

 

 柳眉を逆立てるユリスに凜堂は悪びれる様子も無くしゃあしゃあと答える。

 

「そりゃそうだ。だって言ってねぇし」

 

「お前という奴は……」

 

 怒りに肩を震わせるユリスを見ても、凜堂は微塵も焦らなかった。

 

「でも実際、刀藤ほどの奴が特訓に参加してくれれば、それだけで相当鍛えられると思うぜ」

 

「た、確かにそうだが……」

 

「……構わない。私達は歓迎する」

 

 凜堂とユリスの間での話なのに、何故か紗夜が答えた。待てぃ、とユリスが紗夜の小さな肩を掴む。

 

「何故、貴様が答える? それ以前に貴様もあれから毎回ちゃっかり付いてきてるが、私は許可した覚えなど一つも無いぞ!!」

 

「リースフェルトは一々細かい。そんなだと、将来禿げる」

 

「だ、誰が禿げるものかぁ!!」

 

「あぁ~、もう止めんか!!」

 

 再び噛み付き合う二人の首根っこを掴み、猫のようにぶら下げながら凜堂は苦笑いした。

 

「刀藤。俺から誘っておいて難だが、こんな面子だ。それでもいいか?」

 

「は、はい! 全然大丈夫です」

 

「そうかい。そんじゃ、一つよろしく」

 

 頼む、と続けながら手を差し出そうとしたその時、また扉の外が騒がしくなり始めた。一拍置いて、ドアを殴りつけるようなノックが始まる。

 

「綺凛! ここにいるのだろう、さっさと出て来い! 綺凛! ……えぇい、開けんか!!」

 

 誰か、など考えるまでもない。クローディアは頬に手を当てながら、困ったように凜堂を見た。

 

「どうしましょう?」

 

「いやいや。聞くべき相手が違うだろ」

 

 全員の目が綺凛へと向けられる。両手をぎゅっと握り締めながらも、綺凛は気丈に頷いて見せた。

 

「だそうだ、ロディア」

 

「分かりました」

 

 クローディアが扉のロックを解除する。瞬間、扉をぶち壊しかねない勢いで中に飛び込んできたのは刀藤鋼一郎だった。息も荒く、顔を真っ赤にさせているその様はロデオに出てくる暴れ牛を連想させる。

 

「お前はどれだけ愚かなのだ、綺凛!! 勝手に決闘した上にあんな無様な負けを……! それも『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ですらない雑魚に負けおって! 計画がぶち壊しだ!!」

 

「おいおい、開口一番、失礼極まりないな」

 

 凜堂の声も激昂した鋼一郎には届かなかった。

 

「だが、これで分かっただろう! お前は一人じゃ何も出来ない能無しだと!! お前には私の力が必要なのだ! さっさと来い! ……全て一からやり直しだ!!」

 

 綺凛の腕を掴もうと手を伸ばすが、綺凛はするりとかわした。

 

「……ごめんなさいです、伯父様」

 

 それだけ呟く。その瞳にどれだけの想いと覚悟が込められているのか、鋼一郎は感じ取ることは出来なかった。

 

「口答えするな!! お前は何も考えず、ただ私の言う事だけを聞いていれば良い!!」

 

 再び腕を伸ばすも、今度は間に割って入ってきた凜堂に弾かれた。邪魔する凜堂を突き飛ばそうとするも、その冷え切った視線に体が凍りつく。

 

「ガキじゃあるまいし、いい加減分かれよ。もう、こいつにあんたの力は必要ない」

 

「こ、小僧が舐めた口を……」

 

 どうにか口を動かすも、言葉尻が小さくなってしまう。凜堂は口調こそ平坦だが、そこには有無を言わせぬ圧力と、綺凛を護り抜くという屈強な意志があった。

 

 凜堂の威圧感に圧倒され、鋼一郎は一歩一歩と後ずさりしていった。

 

「ここから先はこいつだけの物語だ……少なくとも、こいつの物語にあんたが出しゃばる資格は無い」

 

「高良先輩……」

 

「成る程。話には聞いていたが、予想していたものの上を行く下種だな」

 

「……耳障りで目障り」

 

 凜堂の後ろに立っているユリスと紗夜が侮蔑の視線を鋼一郎へと向けている。いつ、攻撃してもおかしくないほど剣呑な雰囲気だ。

 

「な、なんだ貴様等? 私はただの一般人だぞ? 私に星脈世代(ジェネステラ)である貴様等が手を出せばどうなるか……」 

 

 そこまで言って、鋼一郎は逆転の一手を思いついたようだ。醜悪に口元を歪ませ、綺凛へと視線を戻す。

 

「い、いいのか、綺凛!? お前の父の、誠二郎の罪を隠蔽してやったのは私だぞ! もし、私の言うことを聞かないというなら、その全てを世界に公表してやる! そうすれば、お前も、刀藤流もどうなるか……」

 

「どんだけ下らない人間なんだ手前。そんなんだから刀藤流を継げなかったんだよ」

 

 凜堂の冷え冷えとした声が鋼一郎の言葉を遮る。一瞬、表情を失った後、鋼一郎は顔を憤怒に染め上げながら凜堂に詰め寄った。

 

「き、貴様……今、何と言った?」

 

「刀藤流を継げなくて当たり前って言ったんだよ。俺も詳しいことは知らないけどよ、刀藤流を継ぐってことは、刀藤流の顔になるってことぐらいは分かるぜ」

 

 そういうことだ。実力もそうだが、人格も当主に求められる要素の一つになるのだ。

 

「当主ってのは、その背中で門下生全員を導いていくような、そういう存在なんだろ。あんたはどうなんだ? 自分の欲しいもの(刀藤流)が手に入らなかったのを全部周りのせいにして、人の弱みに付け込んで思い通りにいかなきゃ暴言と暴力を振るう。そんな奴に人を教え導くことなんて出来てたまるか」

 

 絶対零度の声音で凜堂は鋼一郎に止めを刺す。

 

「ただの人間だ星脈世代(ジェネステラ)だ下らねぇことほざいてる暇があるなら、手前を顧みて少しでも刀藤流に相応しい人間になれよ」

 

 その言葉に鋼一郎の中で何かが切れた。

 

「お前等みたいな星脈世代(ばけもの)に何が分かる!!」

 

 絶叫と共に鋼一郎は凜堂に拳を振り下ろした。凜堂が反撃も防御もしないのをいいことに、何発も何発も殴っていく。

 

「貴様ぁ!!」

 

 ユリスが怒声を上げながら鋼一郎を取り押さえようとするが、紗夜がそれを制した。

 

「何故止める、沙々宮!?」

 

「……凜堂を信じて」

 

「止めて下さい伯父様!!」

 

 綺凛も鋼一郎を止めるために前へ出ようとするが、凜堂本人がそれを許さなかった。クローディアは視線を物騒なものにして鋼一郎を見ているが、何も言わずに推移を見守る。

 

「私はなぁ、私はなぁ! 刀藤流を継ぐために幼少の頃から鍛錬してきたんだ! 本当なら私が継ぐはずだったものを、弟が、星脈世代(ジェネステラ)が奪っていった!!」

 

 今まで心の奥底で燻らせていたもの全てを爆発させ、鋼一郎は凜堂に拳を打ち込んでいく。凜堂は何もせず、ただされるがままになっていた。

 

「化け物の分際で私のものを横から掠め取っていった……化け物の分際で、化け物の分際でぇぇぇ!!!」

 

 血が飛び散る。それは凜堂から出たものなのか、それとも鋼一郎の手から出たもののどちらなのか。

 

「刀藤流を化け物に奪われた私の苦しみが星脈世代(貴様等)に分かってたまるかぁぁぁ!!!」

 

「分かりたくねぇよ」

 

 初めて、凜堂は鋼一郎の拳を受け止める。鋼一郎の手を砕かない程度に握り締めながら見返す。その目には怒りと、ほんの僅かな共感があった。

 

「手前のこと全部棚に上げて、周りのもの全部に責任押し付けて怒りをぶつけてる奴の気持ちなんて……分かりたくもねぇ!!!!!」

 

 突き飛ばすように鋼一郎を放す。尻餅をついた鋼一郎を見下ろしながら、胸糞悪そうに吐き捨てた。

 

「前から不思議だった。何で、あんたのことがこんなに気に入らないのか……ようやく分かった。似てるんだ、俺とあんた」

 

 凜堂の言葉に鋼一郎は勿論、その場に居合わせた全員が驚いていた……紗夜一人を除いて。寸の間、唖然としていたが、鋼一郎は顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

 

「ふざけるな! 私と化け物(貴様)を一緒にするな!!」

 

 唾を飛ばす勢いの怒声を無視し、心底嫌そうに凜堂は呟いた。

 

「本当、むかつくほど似てるよ……昔の俺と」

 

 その台詞にユリスがハッとする。確かに凜堂と鋼一郎には奪われたという共通点があった。

 

 高良凜堂は“家族”を奪われ、“世界”を憎悪した。

 

 刀藤鋼一郎は“当主の座”を奪われ、“星脈世代”を憎悪した。

 

 憎む対象こそ違えど、両者は奪われたことに激怒し、周囲に憎しみをばら撒いた。その一点において、二人は類似している。でも、

 

「それは違うぞ、凜堂。お前とその男は別だ」

 

 ユリスがそれを否定する。

 

 確かに凜堂は世界を憎み、周りにその責任を押し付けた。だが、それは違うと自分自身で気付いた。憎しみと怒りを滾らせる己を振り切り、変わろうと決めたのだ。

 

 一方、鋼一郎は変わっていない。未だに星脈世代を憎み、化け物と蔑んだまま己の望むものを手に入れようとしている。

 

 変わった者と変わらなかった者。始まりは似ているが、二人の間には決定的な違いがあった。

 

「……ありがとう、ユーリ」

 

 ちらっと振り返り、ユリスに礼を言ってから凜堂は再び鋼一郎を見る。

 

「星脈世代は化け物だって? まぁ、確かにそうかもな。星脈世代の能力は化け物と呼んで差し支えないレベルだ」

 

 でもだからって勝てない訳じゃない、と凜堂は目を閉じる。思い出すのは、かつて死にながらも己の務めを全うした男の背中。

 

「俺の親父がそうだった。星脈世代を相手にして、それでも護るべきものを護り抜いた」

 

 鋼一郎の表情に憤怒から、戸惑いへと変化した。

 

「貴様……まさか、高良凛夜の……」

 

「何だ、俺の親父のこと知ってる……って、統合企業財体に勤めてんだ、それくらいすぐ調べられるか」

 

 確かに調べた。高良、という苗字に聞き覚えがあり、もしやと思って『双星事件』の資料を調べてみた。そうしたら、血縁関係者の名前に凜堂の名前があった。最初は驚きもしたが、すぐに同姓同名の他人だろう、と高を括った。

 

 だが、本人だった。目の前にいる少年は、あの『双星事件』で死んだ高良凛夜の息子なのだ。

 

「……」

 

 高良凛夜が死んだ後、凜堂がどのような人生を送ってきたかは資料を読んだのである程度知っている。続けざまに母、そして姉を失っていき、天涯孤独の身となった少年。

 

 一体、どれだけの苦痛を味わってきたのだろう。一体、どれだけの悲しみに直面してきたのだろう。一体、どれだけの絶望とぶつかってきたのだろう。鋼一郎には想像も出来なかった。

 

「……ガキの俺だって乗り越えて変われたんだ。あんただって出来るはずだ」

 

 沈黙が流れる。暫しの間、鋼一郎はただ凜堂を見ていた。やがて、スーツのポケットからハンカチを取り出すと汗まみれになった顔を拭った。その下から現れたのは、どこか吹っ切れたような顔だった。

 

「見苦しいものを見せた」

 

 ユリス、紗夜、クローディアの順番に頭を下げていく。次に鋼一郎は凜堂に向き直った。

 

「殴ってすまなかった。本社の方に抗議してくれて構わない」

 

「んなことしねぇよ」

 

 口端から流れる血を拭いながら凜堂は鼻を鳴らす。

 

「それに俺は星脈世代だからな。この程度でどうにかなる訳じゃない」

 

「……本当にすまなかった」

 

 凜堂の痛烈な皮肉に鋼一郎は深々と頭を下げた。余りの変わりようにその場にいる全員が顔を見合わせる。

 

「綺凛」

 

「は、はい!」

 

 名を呼ばれ、綺凛が凜堂の背中から顔を出した。綺凛を見る鋼一郎の目は今までの物を見るようなものではなかった。

 

「もう、私はお前のやることに口出しはしない。お前の好きなようにやれ」

 

 それだけ言って鋼一郎は凜堂達に背を向け、部屋から出て行く。

 

「お、伯父様!」

 

 少し逡巡するも、綺凛はその背に向かって呼びかけた。鋼一郎は振り返らず、足だけを止める。

 

「私、伯父様には凄く感謝しています! それは本当です! だから、その、今までありがとうございました!!」

 

 綺凛は頭を下げた。誰に対してもやってきたように、真摯に丁寧に、心を込めて。そうか、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁き、鋼一郎は今度こそ部屋を出て行った。

 

「……俺も道を間違ってたら、あんな風になってたのかな」 

 

 誰に言うでもなく、凜堂は独り言を口にする。ぽんぽんと肩を叩かれたので振り返ってみると、そこにはユリスの笑顔があった。

 

「格好良かったぞ」

 

 ただ一言、そう言う。馬鹿正直な褒め言葉に凜堂は顔が熱くなるのを感じ、無言で顔を逸らした。

 

「「「「……」」」」

 

 凜堂の意外な反応に女性陣は目を丸くし、互いに顔を見合わせて小さく笑う。

 

 凜堂がつーんとそっぽ向いたままでいると、誰かが制服の裾を引っ張った。見ると、凜堂よりも顔を赤くさせた綺凛と目が合う。

 

「ど、どした、刀藤?」

 

「あの、その……高良先輩に二つほどお願いがあるのですが……いいですか?」

 

 お願い? と首を傾げるも、凜堂は内容を聞かずに頷いた。別に断る理由は無い。

 

「た、高良先輩のことを、お名前でお呼びしてもいいでしょうか?」

 

「名前で? 別に構わねぇよ。で、もう一つのお願いってのは?」

 

 耳先は勿論、項まで真っ赤にしながら綺凛は消えそうなほどの声で囁いた。

 

「わ、私のこと……名前で呼んでもらっても、いいでしょうか?」

 

 数秒の沈黙の後、凜堂は勿論と笑いながら綺凛を撫でる。

 

「これからよろしくな、リン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってエルネスタの研究室。大小様々な空間ウィンドウがある中、一際大きなものを前にエルネスタとカミラが並んで映像を見ている。その中ではアルルカントの実践クラスの生徒二人が何かと戦っていた。

 

 この二人、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』に名を載せる実力者だ。前回の『鳳凰星武祭』でも優秀な成績を残している。加えて、彼らが使っている煌式武装(ルークス)は『獅子派(フェロヴィアス)』が作った最新型だ。当然、性能は折り紙つきである。

 

 であるにも拘らず、彼らは戦っているそれらに一撃も入れられていなかった。やがて、二人が絶叫を響かせるという結果でその戦いは幕を閉じた。

 

「と、お見せしたわけだけど……どう、カミラ。細かい調整は必要だけど、あの子達もそれなりのもんでしょ」

 

 空間ウィンドウを消しながらエルネスタはカミラを見る。

 

「……正直な感想を言っていいか?」

 

「どぞどぞ」

 

「私は今日ほど、お前を恐ろしいと思ったことは無い」

 

「そりゃどうも。私にとっちゃ褒め言葉も同然よ」

 

 戦慄しているカミラとは対照的にエルネスタは自慢げに笑って見せた。

 

「だが……それ以上に私は彼が恐ろしい」

 

「うん、それ私も同感」

 

 表情を真剣なものにさせながらエルネスタは空間ウィンドウの一つを呼び出す。そこにはバラストエリアであの竜をバラバラに切り刻んだ凜堂の姿が映っていた。エルネスタはその画像を更に拡大し、凜堂の振るっている光剣の一つ、千羽切を巨大化させる。

 

「これマジで凄かったよね。最初見た時、何も言えなかったもん」

 

「私もだ……いくらオリジナルに比べて劣化してるとはいえ、純星煌式武装(オーガルクス)を複製するなんて」

 

 画像に表示されたグラフと数値が物語る。巨大な光の刃と化した千羽切は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)より一回り小さいものの、同じくらいの性能を示していた。

 

「いやー、『超人派(テノーリオ)』如きで彼を測ろうと思った私のミスだねこれ。どんだけのポテンシャルを秘めてるんだろ……」

 

「だが、当初の目的は達成したといえるだろう。失敗した『超人派』は大人しくなり、お前は動くことなくデータを揃えた。一石二鳥だな」

 

「う~ん、これ見て揃えたって言えるほど私も神経太くないけど……ま、賭けには勝てたしそれでよしとしよう」

 

 不敵に笑いながらエルネスタは椅子の上に立ち上がった。

 

「いよいよ本番の幕開けでございます。最後までお付き合いくださいませ」

 

 仰々しく一礼する友にカミラは惜しみない拍手を送った。




はい、前書きに関しましてはすみません。でも、原作読んでないと確実に首傾げるよなこれ……。

毎回、次話投稿する度思うけど、何で俺の文章はこうも稚拙なんだ。もっと読みやすくて分かりやすい文章が書きたい……。

さって、作者のどうでもいい愚痴はさてとして、これで原作二巻の内容は終わりです。まさかの鋼一郎さん改心っていうとんでも展開。

書いてる最中、「あれ、凜堂と鋼一郎さんって過去似てね?」と思ってたらこんな内容になってた。うん、反省はしてる。

この後は閑話を二、三個書いてから三巻の内容に入ります。さって、どれだけ日数がかかるか不安になってきた……。

じゃ、次の話でお会いしましょう……凜堂の二つ名どうしよ? 一応、考えちゃいるけど。

後、原作三巻の凜堂はどチートになる予定です。
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