学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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少し中途半端になってしまいましたが、ご容赦ください。


目的

「確かに我が星導館学園は学生同士の決闘の自由を認めています。しかし、この度の決闘は無効とさせていただきます」

 

 声と共に野次馬達の中から現れたのは流れるような金髪の少女だった。落ち着いた雰囲気の、どこか大人っぽさを感じさせるユリスとは別のタイプの美少女だ。年齢は凜堂やユリスと同じくらいだろうが、大人びた佇まいのせいか年上のような印象を受ける。

 

「……クローディア。一体、何の権利があって邪魔をする?」

 

「勿論、星導館学園生徒会長としてですよ。ユリス」

 

 不機嫌その物のユリスとは対照的にたおやかな笑みを浮かべながらクローディアと呼ばれた少女は自身の校章に手をかざした。

 

「赤蓮の総代たる権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと高良凜堂の決闘を破棄します」

 

 彼女の言葉が終わると、ユリスと凜堂の胸で輝いていた校章が光を失う。どうやら、決闘は正式に破棄されたようだ。クローディアは優美な笑顔をそのままに凜堂へと向き直る。

 

「これで大丈夫ですよ。高良凜堂くん」

 

「そいつぁ重畳」

 

 凜堂は棍を空に向かって投げる。棍はくるくると回転しながら天へと昇っていき、やがて六本の棒へと戻った。数秒後、凜堂は落下してきた棒を器用に全てキャッチし、制服の内側へと戻す。

 

「サンキュー。マジで助かった。あ~、生徒会長さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。以後、お見知りおきを」

 

 差し出される手。これはご丁寧にどうも、と頭を下げながら凜堂は彼女の手を取る。改めて近くでクローディアを見る。道行く男達のほとんどが揃って振り返るレベルの美人だ。何より目を引くのは豊満なバストだ。その凶悪なまでに豊かな胸の膨らみは野朗は勿論、同性の視線をも集めるだろう。

 

 凜堂とクローディアが和やかに握手を交わす一方、決闘を邪魔されたユリスは表情に浮かんだ不満を隠そうともせずにクローディアを睨みつけていた。

 

「いくら生徒会長とはいえ、正当な理由なくして決闘への介入は出来ないはずだぞ。まして、中止させるなんて」

 

「理由ですか? それは彼が転校生だからです。既にデータが登録されているので校章が認証してしまったようですが、彼にはまだ最後の転入手続きが残っています」

 

 つまり、厳密には凜堂はまだ星導館学園の生徒ではないということだ。

 

「決闘は互いが学生同士である場合のみに認められます。ですので、今回の決闘は成立しません」

 

 よろしいですか? と相変わらず微笑み続けているクローディアにユリスは悔しそうに唇を噛む。続いて、クローディアは野次馬の生徒たちへと体を向けた。

 

「そういう訳ですので、皆さんも解散してください。このままでは授業に遅刻してしまいますよ?」

 

 その言葉に集まっていた生徒たちもそれぞれの教室へと戻っていった。勝負がついてない、何とも中途半端な結果に納得してない者もいるのだろうが、生徒会長に文句を言うほどのことではないようだ。と、ここで凜堂はさっきの狙撃を思い出す。ちょいちょい、とクローディアの肩を突いた。

 

「何でしょう?」

 

「いや、さっきの狙撃。あれ、放っといていいのか? あん中に犯人がいるかもしれないのに」

 

「捨て置け。どうせもう逃げているだろう」

 

 クローディアに代わって答えたのはユリスだった。自身が狙われた割にはその反応は軽いものだ。

 

冒頭の十二人(ページ・ワン)が狙われるのはそう珍しい事じゃない」

 

「いや、珍しい事じゃないからって放っておいていいもんじゃなかろうよ」

 

「凜堂くんの言うとおりですが、残念ながら今回のようなケースは少なくありません。しかし、決闘中に第三者が不意打ちをするなどいとわしいことです。風紀委員に調査を命じましょう。見つけ次第、犯人は厳重に処罰いたします」

 

 そうするよりも、ユリスに差し出してウェルダンにさせてしまえばいいんじゃないか? と考える凜堂の思考も割りと、いや、かなり過激だ。

 

(つぅか、この会長さんも見えてたのね、狙撃(あれ)

 

 凜堂の一閃“轟気”を隠れ蓑にして放たれたあの攻撃を捉えていたということになる。野次馬もかなりの数がいたが、そのほとんどが凜堂の技で地面に引っくり返っていた。狙撃に気付いていた者はほとんどいないだろう。

 

(星導館学園生徒会長……ただ者じゃないってことか)

 

「と、ところでその……さっきはありがとう」

 

 と、クローディアをしげしげと見ていた凜堂にユリスはぎこちないながらも、頭を下げる。突然、礼を言われて頭上に疑問符を浮べる凜堂だが、すぐにさっきの不意打ちからかばった件のことだと察した。

 

「気にすんな。俺が勝手に、俺のやりたいようにやっただけだ」

 

 それでもだ、とユリスは深々と頭を下げ、凜堂に感謝の念を伝える。一方の凜堂は困惑半分、照れくささ半分といった顔をしながら頭を掻いていた。どうも、ストレートに礼を言われることが苦手らしい。

 

「今回のことは貸しにしてくれていい」

 

「貸しぃ?」

 

「あぁ。分かりやすいだろう?」

 

 そうね、と凜堂は頷く。貸し借りの関係といわれると多少ドライなものを感じるが、別段、凜堂に彼女の提案を断る理由は無かった。

 

「相変わらずですね、ユリス」

 

 と、これはクローディアの言だった。腰に片手をあて、少し呆れたような目でユリスを見ている。

 

「もう少し素直になったほうが生き易いと思いますよ」

 

「余計なお世話だ」

 

 憮然とした様子でユリスは言い返した。

 

「私は十分素直だ。それに人生に何の支障もない」

 

「あら。それでしたらタッグパートナーのほうもさぞかし順調なのでしょうね」

 

「そ、それは……」

 

 途端、ユリスは視線を落としながら口をモゴモゴさせる。素直かどうかは兎角、分かりやすい性格なのは確かだ。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)』の締め切りまであと二週間。出場するならそろそろパートナーの目処をつけておかないとまずいですよ?」

 

「そ、そんなことお前に言われなくても分かっている!」

 

 ユリスは二人に背を向けると、肩で風を切りながら寮へと戻っていった。そんなユリスの後ろ姿にクローディアは子供の我が侭に付き合う母親のような視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クローディアに連れられ、凜堂は星導館学園の校舎を歩いていた。クローディアについていきながら廊下を進んでいると、通りがかった教室から年配の教師の声が聞こえてきた。その授業内容は歴史のようだ。『落星雨(インペルディア)』と呼ばれる隕石群の襲来という大災害。それに伴って生じた既存国家の衰退と統合企業財体の台頭、そして隕石がもたらした万能素(マナ)によって生まれた新人類、『星脈世代(ジェネステラ)』について語られていた。

 

「こんな朝っぱらから授業か。ご苦労なことで」

 

「ふふ。授業といっても、今こちらで行なわれているのは補習ですが」

 

 補習。学生であるならば誰もが敬遠するだろう言葉。凜堂も例外ではなく、補習という言葉に盛大に顔を顰めていた。

 

「一応、我が学園は文武両道をモットーとしていますので。転校早々、補習を受けなきゃならない、なんてことがないように気をつけてくださいね」

 

 勉強嫌いなんだけどなぁ、とぼやく凜堂の足が止まる。それは教室の中から聞こえる補習が原因だった。

 

「既存の人類を遥かに凌ぐ身体能力、星辰力(プラーナ)という力を持つことから星脈世代(ジェネステラ)を危険視する者も多く、そういった人たちは十年ほど前に星脈世代が起こした事件、『双星事件』を引き合いに出して星脈世代の危険性を訴えていますが……」

 

「……」

 

 どこか、遠くを見るような目で凜堂は吸い込んだ息を吐き出す。どうかしました? と訊ねてくるクローディアに首を振って見せ、何でもないことを示す。そうですか、とクローディアは余り納得してないようだが、それ以上踏み込んでくる事は無かった。

 

「あ、言い忘れてましたけど。私と凜堂くんは同い年ですから、生徒会長さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくても結構ですよ」

 

「同い年? ってことは生徒か……じゃなくて、エンフィールドも一年なのか?」

 

 驚きの表情を作りながら凜堂はクローディアを注視する。大人びた雰囲気に成熟した肉体。とてもじゃないが同い年とは思えなかった。

 

「へぇ。高校一年なのに生徒会長なのか。凄いな」

 

「うふふ。私、中等部の時から生徒会長を任されておりましたので」

 

 今年で三期目になるそうだ。ここでは学園全体を統括する組織としての生徒会があるだけだという。そのため、メンバーも中等部、大学部の生徒などが入り混じってたりする。

 

「ですから、どうぞ名前で呼んでください」

 

「いや、遠慮しとく」

 

「そう言わずに」

 

「はっはっは。新参が学園の総代たる生徒会長様の名を呼ぶなどおこがましいことですよ」

 

 廊下の真ん中で意味不明な戦いが続く。

 

「クローディア、です」

 

「エンフィールド」

 

「ク・ロ・オ・デ・ィア」

 

「エ・ン・フィ・イ・ル・ド」

 

 こんな感じで不毛な争いが続いていた。先に話を切り上げたのは凜堂の方だった。

 

「俺、気に入った奴の名前しか呼ばない主義なんだ。ってか、自分のこと呼び捨てにさせる前にまず俺のことをくん付けで呼ぶの止めてくれよ」

 

 背中が痒くなるぜ、と凜堂は肩を竦める。少しだけ不満そうだったが、クローディアは首肯して了解した。

 

「分かりました、凜堂」

 

「序にその敬語も止めてくれると嬉しいんだが」

 

「こればかりは習慣ですので、そう簡単には変えられません。凜堂の主義と同じですよ」

 

 こう返す辺り、この金髪の美少女も中々に強かだ。習慣ねぇ、と苦笑いする凜堂にクローディアも素敵な笑みを浮かべて頷いてみせる。

 

「はい。私はとても腹黒いので、せめて外面や人当たりは良くしておかないといけなかったので」

 

 女神のような笑顔を作りながら言うことではない。その表情と言葉の意味が余りに乖離しすぎていたため、流石の凜堂も頬を引き攣らせた。

 

「……自己申告するくらい腹黒いのか?」

 

「それはもう。私のお腹は暗黒物質を焦げ付くまで煮込んで、それをブラックホールに放り込んで黒蜜や黒酢、しょう油を滅茶苦茶にかけたくらいに真っ黒ですから」

 

 何ともコズミックホラーな味わいがしそうだ。

 

「何でしたらご覧になります?」

 

「いや、遠慮しておく」

 

 上着の裾を捲り上げようとするクローディアの手を凜堂はやんわりと止めた。

 

「流石に転校早々、生徒会長の腹黒さを確かめるために彼女の腹を掻っ捌いた、なんて猟奇的な事件は起こしたくない」

 

「あら、過激ですね。もっとこう、可愛らしい反応を期待していたのですが」

 

「俺みたいな野朗が可愛らしい反応をしたって気持ち悪いだけだろ」

 

「私はそうは思いませんけど」

 

 苦笑する凜堂の言葉をクローディアはあっさりと否定する。面食らった様子の凜堂を相変わらずの笑顔で見るクローディア。どうやら、口の上手さに関してはクローディアの方が上らしい。やがて、匙を投げるように笑いながら凜堂は両手を挙げる。

 

「オーライ、俺の負けだ。そんじゃま、俺が可愛らしい反応をするよう頑張ってくれ」

 

「えぇ、頑張らせてもらいます」

 

 そんなあほなやり取りをしている内に二人は生徒会室に着いた。生徒会室は高等部校舎の最上階にあった。クローディアが校章による認証システムをパスして扉を開ける。その目の前に広がる光景を見て、凜堂は唖然と口を開いた。

 

「……これ、どっからどう見ても生徒会室じゃねぇだろ」

 

 同感です、と小さく笑いながらクローディア生徒会室の中へと入っていく。床にはダークブラウンの絨毯、その上には革張りの応接セット。壁には星導館学園全体が描かれた絵画がかけられていて、壁の外全てを一望できそうなほど巨大な窓の前には樫で出来た執務机がデン、と巨体を自己主張させていた。慣れた様子で執務机に腰を下ろし、クローディアは指を組む。その姿は生徒会長というより、どこぞの大手企業の女社長に見えた。

 

「それでは改めまして。星導館学園へようこそ、凜堂。我々はあなたを歓迎します」

 

 そしてくるりと椅子を回転させ、窓の外へと視線を向ける。

 

「そしようこそ、『アスタリスク』へ」

 

 凜堂もクローディアに倣って窓の外を見やる。そこには整然とした町並みがあった。巨大なクレーター湖に浮かぶ人工都市は正六角形の市街地エリア、それぞれの角から飛び出した六つの学園からなる。つまり、『∗』の形になっていた。この都市の名が『六花』なのはこの形が由縁となっている。

 

 ちなみに何故、六花ではなくアスタリスクのほうが名前として定着しているかというと、全世界から学生が集まるから和名が馴染まなかったからだ……と言われているがそれが真実なのかどうかは定かではない。

 

「我が星導館学園の特待転入生としてのあなたに期待することはただ一つ、勝つことです」

 

 窓の外を向いたまま、クローディアは言葉を続けた。

 

「ガラードワースに打ち勝ち、アルルカントを下し、界龍(ジェロン)を退け、レヴォルフを破り、クイーンヴェールを倒すこと。即ち星武祭(フェスタ)に制すること。そうすれば我が学園はあなたの望みを適えましょう。それが現実可能なものならば、どんなものでも」

 

 だが、凜堂は大きく欠伸を一つ漏らしながら一言呟く。

 

「別にそういうの興味ないんだけどなぁ」

 

 高良凜堂、本心からの言葉だった。ここ、アスタリスクに来た生徒の目的は大体二つに分けられる。己の望みを適えるためか、持て余した力を思う存分発揮するため。このどちらかだ。そして凜堂はそのどちらでもなかった。

 

「えぇ。あなたがそういうことにまるで興味が無いことは分かっています。再三の特待生の招請を断っていることも」

 

 そこでクローディアは言葉を区切りながら椅子を戻し、凜堂へと向き直った。

 

「ですが近年、星武際における我々星導館学園の成績は芳しいとは言えません。前のシーズンでは総合五位。六位のクイーンヴェールはその戦略上、総合順位を度外視しているので、これは実質最下位に等しいのです」

 

 その状況を打破するため、星導館学園は一人でも優秀な人材が必要という訳だ。

 

 『星武祭(フェスタ)』とはあくまで総称で、実際は三つに分けられる。すなわち一年目の夏のタッグ戦の『鳳凰星武祭(フェニックス)』、二年目の秋に行なわれるチーム戦の『獅鷲星武祭(グリプス)』。そして三年目の冬に行なわれる個人戦の『王竜星武祭(リンドブルズ)』だ。

 

 大会ごとに成績上位者とその所属学園にポイントが与えられ、『王竜星武祭』終了時点の総合成績でそれぞれの学園の順位が確定する。つまり三年で一区切り、一シーズンとなる。ちなみに学生が『星武祭』に出場できるのは三回まで。どんなに優秀な学生がいても、三回しか出れないということだ。

 

 優秀な学生は多ければ多いほど良い。故にどの学園も例外なく有能なスカウトを用いて世界中から人材を集めているのだ。

 

 特待生は学費の免除やら様々な恩恵が与えられる。それは学園によって差はあるが、是が非でもウチに来て欲しいと白羽の矢を立てられた者であることに変りは無い。そして、凜堂もその白羽の矢を立てられた者の一人なのだ。

 

「ってか、一つ聞きたいんだが、何で俺って特待生としてここに呼ばれたんだ? はっきり言って、そんな大層な扱いを受けるような人間じゃないぞ」

 

 凜堂の言葉は真実で、大会や競技などで優秀な成績を残した訳ではない。ましてや、『魔法使い(ダンテ)』や『魔女(ストレガ)』の類でもない。一つの望みを胸に抱くただの人間に過ぎない。

 

「はい。あなたは完全に無名でしたから、スカウト陣からは猛反対されました。説得するのには骨が折れましたね」

 

「って、お前が俺を推薦したんかぃ!?」

 

「えぇ。生徒会長の権利を使って無理矢理」

 

 あの時ほど、生徒会長をやっていて良かったと思ったことはありません、とにこやかに微笑むクローディアに凜堂は軽く戦慄し、同時に感心していた。権力の乱用も、当事者がここまで悪びれていないといっそ清々しい。

 

「おっかないねぇ」

 

「これで断られていたら私の面目は丸潰れでした。心変わりしてくれて感謝しています」

 

「別に心変わりなんてしてねぇよ」

 

「では、何故この学園に?」

 

 目を細くしたクローディアから投げかけられた問いに凜堂は押し黙る。何をしに来たのか? 少し間を置いてから唯一言、凜堂は簡潔に答えた。

 

「探し物を見つけるためさ」




読んでいただきありがとうございます。文章は読みやすいでしょうか?

さて、少し先の話ですが、一つだけオリジナルの純星煌式武装(オーがルクス)を出そうと思ってます。そんだけです。

では、次もお付き合いいただければ幸いです。

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