学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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その力は誰のために
蠢くは悪辣の王


「あの、『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』の高良凜堂先輩ですよね?」

 

「あぁん?」

 

 場所は北斗食堂。いざ、昼食を食べ始めようとした時に声をかけられ、凜堂は両手を合わせた姿勢のまま振り返る。栗色の髪の女子生徒が満面の笑みを浮かべていた。制服からして中等部だろうか。

 

「一応、そうなるわな」

 

「サインしてもらってもいいですか?」

 

 ずい、と差し出される色紙とペン。あいよ~、と気の抜けた返事をしながら凜堂は受け取った色紙に名前を書いていく。普通に高良凜堂と書き、色紙を女子生徒に返した。

 

「こんなんでいいのか?」

 

「はい、ありがとうございます! 『鳳凰星武祭(フェニックス)』、頑張ってくださいね。応援してます!」

 

 そりゃどうも、と凜堂は手を振って去っていく笑顔の女子生徒を見送る。

 

 今度こそ昼食を食べようとするも、自身に冷たい視線が向けられていることに気付き手を止めた。向かいに座っているユリス、紗夜と視線がぶつかる。両者とも、これ以上ないほどのジト目だ。

 

「何だよ、二人とも……言っとくが、やらんぞ」

 

 そういうことじゃない、と二人はテーブルの上にある天丼をガードする凜堂に突っ込む。

 

「別に。ただ、人気者は大変だと思ってな」

 

「……凜堂は愛想が良すぎる。嫌ならちゃんと断るべき」

 

「高々、色紙に名前書くだけだろ。大変な訳ねぇさ。それに嫌って訳じゃ無いしな」

 

 不機嫌そうな表情を作る二人の圧力をさらりと受け流し、凜堂は箸を動かして天丼を食べる。幸せそうにご飯を頬張る凜堂を見て、仏頂面をしていた二人も毒気を抜かれた様子でため息を吐いた。

 

 凜堂と綺凛との決闘から早一週間が過ぎていた。『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』を降した、リスト外の無名学生。今や凜堂は星導館学園内で知らぬ者がいないほどの有名人となっていた。

 

 序列一位になった結果、さっきの様なことが結構な頻度で起こっていた。最初こそ凜堂は戸惑っていたが、十回以上サインしている内に慣れていた。

 

 これ以外にもファンレターやプレゼント、メディアからの取材や企業のオファー。果ては匿名からの嫌がらせや脅迫など、もう何でもござれ状態だ。

 

 無論、学園側もこういったケースを想定して、こういったことのフォローをする部署を用意している。凜堂もそこに全てを丸投げにしているが、あぁやって直接接触してくる相手には自分で対処するしかない。

 

「そう目くじら立てんなよ、お二人さん。『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない無名の奴が序列一位に勝ったんだ。誰だって気になるし、お近づきになりたいはずさ」

 

 凜堂の隣でニヤっと笑ったのは彼のルームメイトの英士郎だった。ちなみに英士郎が頼んだのはかけそばだ。

 

「過去のケースを調べてみても、リスト外から一気に序列一位になった生徒はいないからな」

 

「あぁ、ロディアもそんなこと言ってたっけか」

 

 凜堂はついこの間、クローディアと交わした話を思い出す。かなり小難しい内容だったので大半は聞き流していたが、要点だけはちゃんと覚えていた。

 

「確か、公式序列戦に参加する連中って三つに分けられるんだよな?」

 

「そ。序列最上位の『冒頭の十二人(ページ・ワン)』、『在名祭祇書』に名前が載ってる序列入り。そして在名祭祇書に名前が無いリスト外。この三つだ」

 

 基本的に公式序列戦では下位の者からの指名を拒否することは出来ない。だが、公式序列戦で指名できるのは自分より一つ上の階層の者だけ。つまり、リスト外からいきなり『冒頭の十二人』と戦うのは不可能ということだ。

 

 故に、リスト外の者が『冒頭の十二人』と戦うには通常の決闘以外に方法は無い。この決闘も、断られるのがほとんどだ。序列上位になればなるほど、得られる特典は大きくなっていく。いたずらに決闘し、敗北すればその特典は全て失われてしまう。

 

 リスト外の者との決闘で得られるものなどほとんどない。失うものと得るものを天秤にかけ、自分の損が少ないように行動するのは当たり前の事だ。それ以前に今回のケースが前例が無いほどに珍しいのだ。

 

「私の時は運良く最初の決闘で『冒頭の十二人』になれましたけど、それでも十一位です。凜堂先輩の場合、いきなり一位ですから、凄くセンセーショナルだと思います」

 

 これは紗夜の隣でうどんを食べている綺凛の言葉だ。凜堂に敗北し、序列一位の特典を全て失ったわけだが、特に未練は無いようだ。

 

「それに凜堂はキャラがかなり強烈だからな」

 

 英士郎が携帯端末を操作し、空間ウィンドウを展開する。ウィンドウの中では六爪を構えた凜堂が綺凛と対峙していた。あの決闘の映像だ。

 

『こっから先は俺のステージだ!!』

 

「この台詞からの逆転劇はかなり格好良かったしな。そりゃファンも増えるだろ」

 

「そうですね。実際、中等部の男子も真似してましたし。フィナーレだ、って決め台詞も」

 

「マジで!?」

 

 こくりと綺凛は凜堂に頷いてみせる。それも、一人や二人ではない。結構な人数、凜堂の台詞を真似て決闘をしているそうだ。

 

「嘘だろ……何か滅茶苦茶恥ずかしい」

 

「有名税、というやつだ。諦めろ」

 

 頭を抱える凜堂をユリスは冷たく突き放した。いけないとは思うのだが、満更でもない様子でファン(特に女子)の相手をする凜堂を見ていると、どうしても口調が刺々しくなってしまう。

 

「ってか、お姫様だって凜堂ほどじゃないにしろ、『冒頭の十二人』になった時はかなり騒がれてたじゃねぇか」

 

 それはそうだが、とユリスは不満げに頬を膨らませた。

 

「だとしても、私の時はこれ程長い騒動にはならなかったぞ」

 

 そりゃそうだ、と英士郎は苦笑する。凜堂と違い、当時のユリスは近づいてくる者達全てを完全にシャットダウンしていた。あれだけ頑なに拒まれれば、誰だって諦めるだろう。

 

「それに私は凜堂と違ってサービス精神を持ち合わせていない。応援には素直に感謝するが、利害のために利用されるなど真っ平だ」

 

 言いながらユリスは携帯端末を取り出し、凜堂にある物を見せる。ん? と首を傾げていた凜堂はそれを見て、あれまと目を見開いた。

 

 空間ウィンドウに表示されたネットオークションのサイトで凜堂のサインが出品されていた。せめてもの救いは書いたサインの割りに出品数が少ないこと、そして値段がかなりのものになっていることだ。

 

「やっぱ、こうなったか。ま、気にすんなよ。学生の小遣い稼ぎの一環だ」

 

 ちょっとだけ寂しそうな凜堂を元気付けるように英士郎はその肩を叩く。

 

「そんなのは気にしなくて大丈夫。凜堂のファンはちゃんといるから」

 

「マジで? 誰?」

 

「私」

 

 ふんす、と息を吐きながら紗夜は胸を張った。臆面も無く言ってのける辺り、彼女の胆力はクローディアに匹敵するかもしれない。紗夜の隣にいる綺凛もコクコクと頷く。

 

「さ、紗夜さんの言うとおりです! 私のクラスにも凜堂先輩のファンの子はいますし……私とか」

 

「幼馴染と後輩の優しさが胸に染みるでぇ……」

 

 二人の思いやりに涙腺が緩む凜堂だった。

 

「と言いつつ、『鳳凰星武祭』で私達と当たったら全力で倒しに来るのだろう?」

 

 どこか挑発的な口調のユリスに紗夜は当然、と頷き返す。綺凛も一転して刀のような鋭い視線をユリスと凜堂に向けた。

 

「はい。戦う以上、手は抜きません」

 

 ユリスに目的があるように、紗夜と綺凛にも叶えるべき願いがある。互いの望みをかけて戦うのだから、手を抜くなどあってはないらないことだ。

 

(真っ直ぐだねぇ、俺の周りにいる女の子は)

 

 若干、腹黒い人物は一名いるが。己の願いのために戦う彼女達の姿は酷く眩しく見えた。

 

(願い、ね……)

 

 無論、凜堂にも願いはある。ユリスを護り、彼女の力になること。それが凜堂がアスタリスクで見つけた成すべき事だ。その想いに偽りは無い。ただ、微かな疑問が凜堂の胸の中で燻っていた。

 

(それだけでいいのか……)

 

 ユリスは金を必要としているが、それは故国にある孤児院を、友人達を救うという『目的』があるからだ。金は手段でしかない。

 

 一方、凜堂には『目的』がない。ユリスの力になること事態が『目的』と言えなくも無いが、彼女に力を貸しているのもただ自分がそうしたいからだ。はっきり言ってしまえば自己満足にすぎない。

 

(ユーリを護って、ユーリの力になって……どうするんだ、俺は? 何をするんだ?)

 

 思考に没頭しそうになる寸前、凜堂は頭の中の考えを振り払った。今の凜堂がすべきはユリスの力になることだ。それ以外のことなど、後で幾らでも考えれば良い。考え事を止め、凜堂はユリス達の話に加わる。

 

「ま、当たりたくないってのが本音だよな」

 

 ここ数日、凜堂とユリスは紗夜と綺凛のペアとタッグ戦をしていた。勝率は五分五分だ。お互いに急造のタッグだが、そうとは思えないほどの動きをしている。もし、彼らが大会でぶつかり合ったら、長く語り継がれる名勝負となるだろう。

 

 ちなみに凜堂は剣(黒炉の魔剣(セル=ベレスタ))の修行のため綺凛と一対一で戦っているのだが、こちらは十回に一回勝てる程度だ。

 

 綺凛の太刀を捌く事しか出来なかった最初の頃に比べれば相当マシになっているのだが、それでも凜堂はかなり悔しがっていた。その様を女性陣は苦笑いしながら見ていた。

 

 それ以前にこの短期間で綺凛と剣の戦いで勝てるようになった凜堂の成長速度も異常だが。

 

「うふふ。皆様、意気軒昂のようで何よりです」

 

 耳に心地よい声と一緒に凜堂達の下に現れる生徒会長(クローディア)。おっす、と凜堂が手を上げると、クローディアもおっすと応える。

 

「おひさ。最近、会ってなかったけど、やっぱ忙しいのか?」

 

「えぇ。やはり、この時期になるとやる事が多くなって大変です」

 

 実のところ、クローディアと顔を合わせるのは久しぶりだ。星武祭(フェスタ)の時期になると色々と仕事が多くなるらしい。

 

「まぁ、だからこそ恩恵もあるのですが」

 

 クローディアは失礼、と一声かけてからテーブルの上に空間ウィンドウを広げた。通常のものに比べ、かなり大きい。

 

「先ほど、『鳳凰星武祭』のトーナメントの組み合わせが発表されたので、皆様にお知らせしておこうかと」

 

 クローディアの言葉にテーブルについていた全員の目が空間ウィンドウに向けられる。

 

「……多いな、おい」

 

 参加者一人一人の名前に視線を走らせていた凜堂は目尻の辺りを揉み始めた。その数は五百十二人、そして組み合わせは二百五十六組。名前の上には迷路のように線が続いている。

 

「え~と、私達は……ありました! Lブロックです!」

 

「我々はCブロックか。ということは、本戦までお前達と当たることはないみたいだな」

 

 『鳳凰星武祭』は約二週間に渡って行なわれる。前半の一週間は俗に予選と呼ばれ、ベスト三十二までが選出される。今、凜堂が見ているトーナメント表がその予選の組み合わせだ。

 

 その後、予選を勝ち抜けた三十二組は新しいトーナメント表に振り分けられ、予選以上の激闘を繰り広げる事になる。この後半の戦いは本戦と言われており、各学園にポイントが入るのはこの本戦からだ。

 

「ってか、こんなことしてていいのかロディア? 忙しいんじゃねぇのか?」

 

 参加者である以上、トーナメント表なんて嫌でも目にする事になる。わざわざクローディアが、多忙を極める生徒会長が足を運ぶほどのものではないのではないか。凜堂の言いたいことを言外に察したクローディアはたおやかに微笑んだ。

 

「いえ、そんなことはありません。皆さんは優勝候補の一角なのですから、入念に準備していただかないと」

 

「優勝候補ねぇ」

 

 んな大袈裟な、と続けようとする凜堂を英士郎が小突く。

 

「アホかお前。片や『疾風刃雷』と、その『疾風刃雷』を降した『切り札(ジョーカー)』のタッグだぞ? 優勝候補以外の何だっていうんだよ?」

 

「夜吹さんの言うとおりですね。凜堂も刀藤さんも謙遜が過ぎるきらいがありますので、もう少し自信を持ってくださいな。何せ、貴方達は星導館学園(我々)の顔なのですから」

 

「んなこと言われたってなぁ、リン?」

 

「そ、そうですね……」

 

 互いに顔を見合わせる二人。両者共に強さを誇示する性質ではないので、どうしても謙虚になってしまう。もっとも凜堂の場合、謙遜しているのではなく自然体でいるだけだが。

 

「今回の『鳳凰星武祭』はずば抜けた選手がいないからな。正直言って、お前等のどっちがか優勝してもおかしかないぜ? 見た感じ、前々から予想されてた面子みたいだしな。目ん玉が飛び出るような大物もいねーし」

 

 どの学園も『星武祭』に出場する選手を事前に公表したりしない。相手に対策を立てる時間を多く与えないためだ。

 

 だが、どこからか情報が漏れることはあるようで、大体は巷が予想したとおりの面子が出てくるようだ。

 

「幸い、『獅鷲星武祭(グリプス)』や『王竜星武祭(リンドブルス)』のような絶対的な選手はいるわけではないですしね」

 

「絶対的ってぇと、あれか? ガラードワースの何たら騎士団……「銀翼騎士団」そうそう、それそれ。後、レヴォルフの『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』のことか」

 

 名前が出てこない凜堂にユリスが助け舟を出す。

 

「彼らは評判以上の圧倒的な力を以ってそれぞれの『星武祭』を制しました。今回は逆に想像もつかない大乱戦になりそうですね。各学園の『冒頭の十二人』もそれなりに出ていますが、いずれも各『星武祭』で優勝などの成績を残しているわけではありません」

 

 他にも前回の『鳳凰星武祭』優勝組は卒業して参加してないらしく、その上、準優勝した界龍のペアは『獅鷲星武祭』に鞍替えしているそうだ。

 

「流っ石、生徒会長と新聞部。ポンポン情報が出てくるな」

 

 感心した様子で凜堂はすらすらと話すクローディアと英士郎を見ていた。

 

「いずれにしても、今回の『鳳凰星武祭』は戦略上、非常に重要な位置づけにあります。その成否は皆さんに懸かっています」

 

 プレッシャーをかけるような物言いだが、クローディアの言葉も強ち間違ってはいない。

 

 アスタリスクにある六つの学園にはそれぞれ得意とする『星武祭』がある。聖ガラードワース学園はチーム戦の『獅鷲星武祭』を、レヴォルフ黒学院は個人戦の『王竜星武祭』を。そして星導館学園はタッグの『鳳凰星武祭』に強い。過去のデータもこのことを裏づけしている。

 

 つまり、星導館学園としてはこの『鳳凰星武祭』で可能な限りのポイントを稼いでおきたいのだ。そうでなければ、総合順位で上位に入るなど無理な話になってしまう。

 

 余談であるが、界龍第七学院は得意なものが無い代わりにどの『星武祭』でも安定した結果を残していた。アルルカント・アカデミーは波があり、シーズンによって得意な『星武祭』が変わるという特異性を持っている。クインヴェール女学院には得意な『星武祭』は無い。

 

「……質問」

 

 不意に紗夜が手を挙げる。今の今まで黙ってオレンジジュースを飲んでいたいにも拘らず、その目には強い光が灯っていた。その光を言葉で表現するなら敵対心がピッタリだろう。

 

「アルルカントのお二人ですか?」

 

 紗夜の疑問に先んじ、クローディアが問う。紗夜は何も言わずに眉を動かすが、クローディアはそれを肯定と受け取った。

 

「そういや、騒がしい方が言ってたな。『鳳凰星武祭』にエントリーしてるって」

 

 先日のアルルカントの二人組の訪問を思い出し、凜堂は小さく呟いた。紗夜は訪問の際に起こったカミラとの諍いの決着を付けたいのだろう。傍から見ればかなり感情の起伏に乏しい紗夜だが、その内側には誰と比べても見劣りしない負けん気が燃えている。

 

「あいつらは……Hブロックだな。少なくとも、私達が予選であたることはないようだな」

 

 トーナメント表に目を走らせていたユリスが目敏くアルルカント二人組の名を見つける。

 

「実際のとこ、どうなんだロディア? あの二人、どう見ても研究一本って感じだったけど」

 

 短い時間あって話しただけだが、凜堂にはあの二人が戦うための鍛錬をしているようには見えなかった。

 

「あの方達に関しては運営委員会のほうから発表がありますので、そちらをお待ちください」

 

「ってことは、また何か特例なんすか?」

 

 捉えどころの無いクローディアの答えに英士郎は鋭く目を光らせる。

 

「またってどういうこっちゃ?」

 

「『星武祭』ってのはしょっちゅうレギュレーションが変わったり、特例が出来たりなくなったりってのがあるんだよ」

 

 良識ある者はこういう、試行錯誤と。そして辛辣な者はこういう、無節操と。

 

「ま、常識的に考えて研究クラスの学生が『星武祭』に出るなんてありえねぇんだから、きっと何か」

 

「運営委員会の最優先事項は『星武祭』を盛り上げる事です。そのためなら新しいものを際限なく取り入れますし、不利益なものは即座に切り捨てる。それだけです」

 

 英士郎の言葉を遮ってクローディアは話を切り上げる。何にせよ、クローディアからこれ以上のことを聞き出すのは無理だろう。

 

「むぅ……」

 

「で、では、それ以外の有力な選手の情報なんかは……」

 

「落ち着いてください、刀藤さん。今から皆さんにデータを送りますから」

 

 不満げな紗夜に代わって綺凛が訊ねると、クローディアは携帯端末を操作し始めた。その数秒後、凜堂達の携帯端末にデータが届く。

 

「そちらのデータをどうするかは皆様にお任せします。対策の一助にしてください」

 

「へぇ~。こりゃまた随分と詳細だな」

 

 よく調べたもんだ、と数十人以上の学生のデータを見ながら凜堂は感嘆を示す。身長や体重は勿論のこと、戦い方や使用武器、純星煌式武装(オーガルクス)や能力者であればその能力。有名な者になると、決闘の映像データがついてることもあった。

 

「どうでもいいけど、ここまで詳細に調べていいのか? プライバシーの侵害とかに抵触したりしないだろうな?」

 

「その点はご心配なく、どの学園もやってることですから」

 

 赤信号、皆で渡れば怖くない、というどこかの有名人の言葉を思い出す凜堂の隣、英士郎が楽しげに笑う。

 

「こういうデータの確実性や充実度でその学園の諜報機関の能力が分かるって言われてるんだよなー」

 

「そういえば、伯父様がレヴォルフやクイーンヴェールがこういったことを得意としてるって話してました」

 

 ということは、他の学園の選手も凜堂達のデータを受け取っているということだ。まぁ、そんなことは分かりきっている事なので、誰も慌てたりはしなかった。

 

「……やはり、出てきたか」

 

 不意にデータを見ていたユリスが厄介なと小さく唸る。

 

「どした、ユーリ?」

 

「純星煌式武装、『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の使い手だ。アルルカントの連中もそうだが、奴等を除けばこの中で最も危険なのはこいつだろう」

 

 ユリスが凜堂に分かるように操作し、データを拡大させる。妙に目つきが鋭い、不敵な笑みを浮かべる女子が映っていた。名前は、

 

「イレーネ・ウルサイス、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レヴォルフ黒学院と言えばどんなイメージがある? この問いに多くの者はこう答えるだろう。

 

 無秩序、無法地帯、アウトローの溜まり場、等々。様々あるが、極論すると個人主義者の巣窟と言われる。

 

 確かに『要塞』と表現して差し支えない校舎や、力こそが全てを地で行く九割以上の生徒の姿はそういわれても仕方ないものだ。だが、決して決まりが無いわけではない。ただ一つ、一つだけだがレヴォルフには決まりごとがある。

 

『強者への絶対服従』。

 

 それこそがレヴォルフにおけるたった一つの法であり、何者も破る事の許されない掟なのだ。

 と、大層な事を書いてはみたが、基本は凶暴で粗野な、野獣のような連中しかいないという認識で間違っていない。そうでない生徒もいることにはいるが。

 

「ぼさぼさすんな、ころな。さっさと来い」

 

「は、はいぃ!」

 

 彼女、樫丸ころなも数少ない、真っ当な生徒である。もっとも、彼女の先を歩いている小太りの青年は真っ当なんて言葉とは対極に位置する存在だ。

 

 名をディルク・エーベルヴァイン。力こそが絶対の法律であるレヴォルフにおいて非『星脈世代(ジェネステラ)』、即ち一般人でありながら生徒会長の座に上り詰めたただ一人の青年だ。

 

 基本的にレヴォルフの生徒は好かれる事がない(好きになれというのが無理な話だが)。その校風上、悪役(ヒール)として扱われるからだ。そんなレヴォルフの中でも、最大級に嫌悪されているのが彼である。

 

 人を駒のように動かし、己は決して動かず手を汚さずに陰謀を巡らせる……はっきり言おう。彼の評判は最悪だ。序列に入っていないにも関わらず、『悪辣の王(タイラント)』などと呼ばれるのだからその悪名は推して知るべしである。

 

 そんな碌でもないという表現でも足りない人間だが、ディルクの後ろを歩くころなは噂ほど彼が悪い人間だとは思っていなかった。

 

 というのも、ころなはディルクに助けてもらったことがあるからだ。助けたといっても直接的なものではなく、手違いでレヴォルフに入ってしまったころなを秘書として取り立てたのだ。

 

 生徒会長、それも『悪辣の王』と呼ばれる男の秘書にわざわざ手を出そうとする馬鹿はいない。何の取り柄も無い、無力な搾取される側の生徒だったころなは、ディルクの庇護があるからレヴォルフでもやっていけるのだ。

 

(やってることとか考えてることとかは確かに褒められたものじゃないけど、あそこまで言われるほどの悪人でも無いと思うんだけどなぁ……)

 

 実際のところはどうなのだろか。ころな本人は勿論のこと、神ですらも知らないだろう。

 

 さて、話は変わるが、ディルクはあるところに向かっていた。セキュリティレベルの高い、一般の生徒は立ち入りが禁止されている区画だ。アルルカントのような重大な機密があるからという理由ではない。単純に危険だからだ。

 

「あ、あの会長。今から行くのってもしかして……」

 

「懲罰教室に決まってんだろうが」

 

「や、やっぱり!?」

 

 懲罰教室。読んで字の如く、仕置きのために生徒をぶち込んでおくための教室(牢獄)だ。どの学園にも懲罰教室はあるが、レヴォルフにおける懲罰教室の意味合いは他校に比べて大きく異なる。

 

 『強者への絶対服従』以外の法が無いレヴォルフでも見過ごす事のできない行為をした生徒が閉じ込められているのだ。つまり、レヴォルフでもトップクラスに危険で凶悪な生徒がたくさんいるということだ。

 

 怯えるころなを意に介さずにディルクは懲罰教室のあるエリアを進んでいき、奥へと向かっていく。ナンバープレートだけがある、ドアの無い部屋からは聞くに堪えない怒声や罵声、壁を殴ったり何かを破壊する音が聞こえる。二人が歩いているのが狭い通路ということもあり、その音は非常に大きく聞こえた。

 

「ひえぇぇ……」

 

 情けない声を上げ、涙目になりながらころなはディルクと逸れないように必死で付いていった。ここでディルクから離れたら最後、二度とお天道様を拝めなくなるだろう。

 

 身を縮めるころなとは対照的にディルクはずんずんと歩いていく。常人とはとても思えない、尊大な足取りだ。やがてディルクは一つの部屋の前で足を止める。

 

 ナンバープレートに手をかざすと、光学ディスプレイがディルクの手元に現れる。ディルクがディスプレイを操作すると、音も無く通路に面した壁が消える。といっても消えたわけではなく、ただ透過機構が働いただけだ。

 

「起きやがれ、阿婆擦れ」

 

 ぶっきらぼうにディルクが言い放つと、畳三畳ほどの部屋で何かが動く。明かりが無いので確かなことはいえないが、奥の壁にもたれるようにして誰かが座っているようだ。

 

「……あんたか。一体、何の用だよ?」

 

 乱暴な口調とは裏腹に声音は高い。明らかに女子のものだ。ころなが目を凝らして見ると、その存在が確認できた。壁から伸びた鎖に繋がれているも、そんなことを全く感じさせない不遜な態度でディルクと対峙している。

 

 豪快に胡坐をかき、制服を着崩した姿は阿婆擦れ呼ばわりされても仕様が無いものだ。特に異様なのは首に巻かれた長いマフラーだ。今の季節は夏。どこぞの仮面なライダー達じゃあるまいし、マフラーをつける必要はないはずだ。

 

 ころながまじまじと女子を観察していると、狼のような鋭い眼光を放つ目と視線がかち合った。威嚇するように歯を剥きだしにする女子に対し、ころなはディルクの背後で小さくなる。

 

「ちょっとばかしお前に頼み事がある」

 

 頼み事だぁ? と女子は鼻で笑い飛ばす。

 

「命令の間違いだろ? あんたが本気で言ったら、あたしに拒否権なんざ無いんだからな」

 

「聞いてくれるんなら、今すぐにでもここから出してやるよ」

 

「その前に何か食わせてくれや。腹が減って腹が減って仕方がねぇんだ。何なら、お前の後ろにいる嬢ちゃんでもいいぜ?」

 

 ひぃ! ところなは更に体を小さくさせた。多分、本気でやる。確信も似た直感がころなの中にあった。

 

「やるのかやらねぇのかどっちだ?」

 

「へいへい、やらせていただきますよ……んで、あたしに何をさせたいんだよ?」

 

「大したこっちゃねぇ。星導館のガキを一人、ぶっ潰してくれりゃいい。再起不能になるくらいにな。いい具合に『鳳凰星武祭』があるからそれに出ろ。そいつも出る。ころな、出場登録は済ませてるな?」

 

「え? あ、はい! ……あれ、本人に話してなかったんですか?」

 

 話を振られ、赤べこよろしく首を振りながらころなは疑問を口にする。確かにディルクに言われて『鳳凰星武祭』への代理申請をした。だが、まさか本人に何も言ってないとは驚きだ。ころなの問いに答えず、ディルクはギロリところなを睨む。ぴぃ、と悲鳴を上げてころなは黙った。

 

「『鳳凰星武祭』に出ろ、だぁ?」

 

「決闘でもいいが、この時期じゃまず断られる」

 

 だが、『星武祭』ではそうはいかない。当たった以上、互いに戦わなければならない。

 

「お前なら余裕で本戦まで進めるだろう。そいつは向こうも同じだ。そうすりゃ否が応でもどこかでぶち当たるだろうから、潰せ。勝つ必要は無い。最悪、そいつの右目を抉れ(・・・・・)

 

 聞く者を戦慄させる、ぞっとするほどの冷気を孕んだ声だった。ころなは背中に氷柱を突っ込まれたような感覚を覚える。

 

「……あぁ。出来るなら、優勝してくれたって構わないぜ」

 

「簡単に言いやがるなおい……」

 

 ばりばりと頭を掻きながらも、女子はどこか楽しげだった。

 

「いくつか聞きたいことがある」

 

「聞くだけ聞いてやるよ」

 

「まず一つ。何で『猫』を使わない? そのガキを潰す、というか右目を抉るならあいつらでも出来んだろ」

 

「『鳳凰星武祭』という舞台じゃお前の方が適任だ。それに『猫』は金目も銀目も手が空いてねぇ」

 

 餌代もかかるしな、とディルクは吐き捨てるように呟く。

 

「それだけか?」

 

「……そのガキは星導館の序列一位になった男だ。万が一、『猫』共が返り討ちにあって足が付いたらこっちがやばくなる。だから、出来るだけ真っ当な手段でやるのが望ましいってこった」

 

 序列一位、の部分に女子はけらけらと笑った。

 

「序列一位? おいおい、そんなのの相手をさせようってのか?」

 

「出来もしねぇ仕事はやらせねぇよ」

 

 数秒の沈黙の後、女子は次の疑問を口にする。

 

「二つ。何だってそのガキを狙う?」

 

 その問いにディルクは舌打ちする。彼がイラついた時の癖だ。

 

「そんなこと聞いてどうする気だ……まぁいい。『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』は知ってるか?」

 

「あぁ。無限の力を持ってるとかって眉唾もんの純星煌式武装だろ……まさかそいつ、『無限の瞳』の使い手か?」

 

「あぁ。力を引き出すだけで、まだまだ使いこなせちゃいねぇみたいだがな。放っておけば厄介な障害になるのは確実だ。だから今の内に潰しておきてぇのさ」

 

「純星煌式武装ね……あんたがそこまで警戒するんだから、よっぽど強い奴みてぇだな」

 

「……あれを見せられちゃ、誰だってそう思うさ」

 

 加えてその目的の人物は『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』まで所持している。この二つの純星煌式武装の組み合わせがどのような力を生み出すのか。完全に予測不可能だ。

 

「ふん、まぁいいさ。そんじゃ最後の質問、っていうより確認だ」

 

 女子の目が更に鋭利なものになる。

 

「……契約は破ってねぇだろうな?」

 

「当たり前だ。俺は絶対に契約を守る」

 

 視線の余波で気絶寸前のころなを尻目にディルクは平然と答えた。無言のまま睨み合う二人。先に視線を逸らしたのは女子の方だった。

 

「はん。たかがカジノで暴れたくらいでこんなとこにぶち込まれていい加減うんざりしてたとこだ。その仕事、ありがたく頂戴するよ、ディルク・エーベルヴァイン」

 

「さっさとそう言え、イレーネ・ウルサイス」

 

 鼻を鳴らしながらディルクはキーボードを操作し、女子、イレーネの鎖を外す。イレーネは立ち上がると、動きを確かめるように体のあちこちを動かした。その動作にあわせ、彼女の関節がパキポキと音を鳴らす。

 

「さてと……」

 

 腰に両手を当てながらイレーネは二人へと向き直った。その体は非常にしなやかで均整が取れており、大型のネコ科肉食獣を連想させる。

 

「そんじゃまずは、腹ごしらえをさせてもらおうか」

 

 三日月形に歪められた口元からは大きな犬歯が二本、顔を覗かせていた。




 ども、北斗七星です。

 遅くなって大変申し訳ありません。無双OROCHI2 Ultimateをやってました。今更? という突っ込みはなしでお願いします。

 にしても面白いわねこれ。キャラ多すぎてどれ使おうか迷ってしまいますわ……個人的に気に入ってるのはステケンさん。攻撃範囲も広いしモーションもスタイリッシュで格好いいのでかなり使ってます。時点で周泰とかかなぁ。

 どうでもいいけど、相変わらず呂布の性能がおかしいですわ。何なの、あの人間型機動殲滅兵器。適当に武器ぶん回してるだけで画面の中から敵が消えていくぞ。

 ま、こんな下らない雑談はさてとして。これからはそれなりのペースで書けると思います。どうも、一旦書かないと本当に書けなくなるけど、ある程度書けばそのまま突っ走れるらしいです、俺。
我ながら面倒くせぇ……。

 とは言っても、バイトが決まったのでそんな毎日更新とかは無理なんでそこんとこはご了承ください。

 んで、何か別の作品を書こうってのを二話くらい前の後書きで書きましたが、とりあえず三巻を終わらせてから考えます。

 では皆様、また次の話でお会いしましょい。

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