学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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『星武祭』、開催

 アスタリスク中央区総合メインステージは『シリウスドーム』と呼ばれている。それは通称なので、正式名称かどうかまでは分からない。

 

星武祭(フェスタ)』はこのシリウスドームを含む大中十一のステージ上で行なわれる。今はそのシリウスドームで第二十五回の『星武祭』の開催式が執行されていた。

 

「そういや、アスタリスクに来たばっかの時にユーリに案内してもらったな」

 

「まぁ、中まで案内した訳ではないがな」

 

 シリウスドームのステージはかなり広い。『鳳凰星武祭(フェニックス)』の参加者全員が並んでいても、まだ余裕があるほどだ。と言っても、試合の時まで全面使うわけではない。

 

 学園ごとに出場する選手が並んでいるが、欠席している学生もいるようだ。レヴォルフは特にそれが顕著だ。整然と並ぶガラードワースとは偉い差だ。騎士団の名は伊達ではないらしい。

 

「しっかし、多すぎだろ人」

 

「出場者達のことか? それとも」

 

 そこまで大きい声で言ったわけではないが、隣にいるユリスには凜堂の囁きが聞こえていたようだ。苦笑しながらドーム中に視線を巡らせる。視界に入ってくるのは出場する生徒の群れ、そして観客席を埋める人、人、人……。

 

「どっちもだな」

 

 ユリスの視線を追いながら凜堂は肩を竦めた。このシリウスドームの収容可能人数は十万人と言われている。正確な数かどうか定かではないが、その謳い文句を掲げるシリウスドームが今や満員御礼状態だ。立ち見する余地も無い。

 

「重さで崩れたりしねぇだろうな、観客席。ってか、あんだけ遠くて俺たちのこと見れんのかよ?」

 

 何階層にも分けられた観客席。その最上階層は見上げるほどに高く、どんなに頑張っても個人を特定することは無理だ。ステージの上でこうなのだから、観客も同じだろう。

 

「無理だろうな。まぁ、試合時は観客席の上層部分に巨大な空間スクリーンが展開されるから、見えない者はそっちで見るだろう。私達が心配する事ではない」

 

「わざわざ、ここに来る必要なくね?」

 

「私もそう思うのだが……ここに来る事自体が重要なのだそうだ」

 

 よぅ分からんな、と零す凜堂にユリスは相槌を打つ。二人が視線を正面に戻すと、出場者の前にある演壇の上で人が入れ替わっていた。さっきまではアスタリスクの市長が話していたのだが、今は壮年の男性が立っている。男性は放射線状に並ぶ学生達を一瞥してから口を開いた。

 

「諸君、お早う。今年も君達のような勇敢な若者の前に立てることを嬉しく思う。そして今年からアスタリスクに来た者達には初めましてと言っておかなければならない。『星武祭』運営委員会委員長のマディアス・メサだ」

 

 張り上げてるわけではないが、よく通る落ち着いた声の持ち主だ。

 

「あのおっさん、ってか兄ちゃんが運営委員長? 若くねぇか?」

 

 人好きのする笑みを浮かべる男性を見ながら凜堂は率直に感想を吐露する。歳は三十半ばといったところだろうか。『星武祭』の運営委員ということは、実質『星武祭』を取り仕切っている最高責任者ということだ。それも委員長なのだから、その権力たるや絶大だろう。

 

「委員長ってこたぁ統合企業財体の幹部なんだよな? 刀藤のおっさんよか若いのに大したもんだな……」

 

 精悍な姿と快活な口調は人を惹きつける魅力がある。それでいてどこか落ち着いた雰囲気を纏っており、その雰囲気に違わない実力者だということは遠目でも分かった。それに『星脈世代(ジェネステラ)』であることも。

 

「……マディアス・メサは星導館(うち)のOBだぞ。それくらい、知っておけ……って、この手のことをお前に言っても無駄だな」

 

 綺凛の時もこの男はそうだった。ユリスは小さく息を吐く。

 

「私も歳までは覚えてないが、若いのは確かだ。まだ四十にはなっていないだろう。学生時代には『鳳凰星武祭』を制したこともある猛者だ」

 

「道理で立ち振る舞いに隙が無い」

 

 それに加え、彼の放つ星辰力(プラーナ)は静かではあるがそれでも尚、よく練られていることが分かるほど強大だった。

 

「選手としてだけでなく、運営委員としてもやり手だ。就任してまだ数年しか経ってないが、改革派の筆頭として様々なことをやっているそうだ」

 

 そのどれもが高評価されているそうだ。

 

「星導館のOBってこたぁ、銀河の幹部か?」

 

「名目上はな」

 

「あん、何だそりゃ?」

 

 よく分からない答えに凜堂は眉を顰める。私に言うな、と言わんばかりにユリスは凜堂から視線を外した。

 

「さっき、彼は『鳳凰星武祭』を制したと言ったな? その際、彼は卒業後の運営委員会入りを望んだそうだ」

 

「んなこと出来んのか。本当に何でも叶えるんだな」

 

 優勝した者の望みはどんなものであっても叶えるというのが『星武祭』の根幹条件だ。しかし、そのシステム部分に当事者がしゃしゃり出てくるのは運営側にとっては面白い事ではないだろう。

 

「まぁ、入っただけで何かを出来る世界でもない。学生時代からも色々と根回しをしていたようだぞ。私も何度か会ったことがあるが、中々に喰えない男だ、あれは……お前程ではないがな」

 

「褒め言葉として受け取っておくぜ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるユリスに凜堂は片手を上げて応える。演壇に視線を戻して話を聞いていると、一瞬だけマディアスと目線が合ったような気がした。

 

(あん?)

 

 凜堂が瞬きすると、マディアスは生徒達に向けて話を続けていた。気のせいか、と凜堂は一瞬だけ感じた視線を振り払う。

 

「さて、長々と話をさせてもらったが、これ以上続けてもこの場を白けさせるだけだろうから、最後に一つだけ重要なレギュレーションの変更を諸君に伝えようと思う。と言っても学園側に通達は既にしてあるし、その辺りから情報の一部が漏れているだろうけどね」

 

 レギュレーションの変更という言葉に対する生徒達の反応は様々だった。警戒を露にする者や興味津々な者。そしてまたかとうんざりした様子の者などがいる。

 

「元来、煌式武装(ルークス)にはこれといった制限が設けられていなかった。だが、それだと不都合なことになる要素が現れた。技術の進化は目覚しく、正に日進月歩と言っていいだろう。具体的なことをいうと、自律起動する機械を武器としてどのように扱うのか」

 

 ちら、と凜堂は紗夜を振り返る。さっきまでうつらうつらしていたにも拘らず、マディアスの言葉に真っ先に反応していた。今では演壇の方へ真剣な眼差しを向けている。

 

「我々は諸君等に出来うる限り自由な場を提供してきた。それが我等運営の基本理念だからね。だが、この問題を放置すると、一個人が複数の自律機動兵器を武器という扱いで持ち込めることになってしまう。これは流石によろしくない……それが『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』の能力であるならば話は別だがね」

 

 立場上、説明する事には慣れているようで、適度な間を挟みながらマディアスは丁寧に話を続ける。

 

「だからといって、武器の数に制限をつけるのは論外だ。なら、自律機動兵器の使用を禁止すれば話は早いが、先ほども言ったとおり、我々は安易な制限を設けるつもりはない。それは停滞を招き、その先には衰退が待っている。そこで、これはあくまで次回以降の論議の参考にするための措置であるという事を理解して欲しい。今回に限っては『代理出場』という形を取ることにした」

 

 その言葉に会場中が騒がしくなる。出場生徒だけではなく、観客までもがこの発表に驚きを隠せずにいた。

 

「聡明な諸君にはこれが一部の学園を贔屓するための措置ではなく、近い将来の平等性を確保するためのものだということを理解していただけると私は思っている。我々が常に、諸君に最善の道を用意するために全力を尽くしている事を信じて欲しい」

 

 喧騒が収まってからマディアスは言葉を続ける。生徒達に話し終えると、今度は観客席側へと向き直った。

 

「そして『星武祭』を愛し、応援してくださる諸氏にはこれが『星武祭』を新たなステージに押し上げるものであることを期待していただきたい。『星武祭』は常に世界最高のアミューズメントであり、無二の感動と興奮を生み出すステージであり、魂を震わせる至高のエンターテイメントなのだから!」

 

 マディアスが声高らかに宣言すると、観客席から万雷のような歓声が湧き起こった。とにかく、観客は盛り上りさえすれば何だっていいようだ。

 

 湧き上がる観客とは対照的に出場者の方は冷めた反応を示していた。マディアスのいう措置が何であれ、面倒を増やす事に変わりは無いからだ。

 

 挨拶を終えたマディアスが手を振りながら演壇を降りていく。それから先は特筆するような話も無く、退屈な開催式は終わりを告げた。既に時刻は正午近くになっている。

 

『それではこれで第二十五回『星武祭』と第二十四回『鳳凰星武祭』の開会式を終わります。本日、『鳳凰星武祭』に出場されるAブロックからIブロックまでの選手は規定の時間までに該当ステージに移動してください』

 

「俺らはこのメインステージが会場だから移動しなくていいんだよな?」

 

「あぁ」

 

 会場のアナウンスを聞きながら生徒達がぞろぞろとステージから引き上げていく。その中に混ざりながら凜堂とユリスはこの後どうするかを話していた。

 

 一回戦は四日間に渡って行なわれるが、凜堂達の試合は初日である今日行なわれる。

 

「特に移動する必要も無い上、試合までかなり時間もあることだし、軽く昼食を済ませてもいいだろう」

 

「んじゃ、そうしますか。何食うかねぇ。どうせだからサーヤとリンも来るか? ……ありゃ」

 

 凜堂は周囲を見渡す。さっきまで一緒に歩いていたはずの紗夜と綺凛の姿が無い。ユリスもその事に気付いたらしく、凜堂と一緒に周囲に視線を走らせていた。

 

「二人とも、どこに行ったのだ? まさか、沙々宮が道に迷ったのか?」

 

「いやいやいやいや、流石にそりゃないだろ。リンも一緒にいるし、それにステージから移動しただけだぜ。その間に迷うなんていくらサーヤでも……サーヤでも……出来そうだな」

 

 それはないと言い切れないのだから紗夜の方向音痴は恐ろしい。一応、彼女の名誉のため書いておくが、断じて迷子になったわけではない。少なくとも今は。

 

「まぁ、あの二人も子供では無いのだ。その内、合流できるだろう」

 

「だといいんだけど。いや、でもサーヤだしなぁ……」

 

 頭を抱え込む凜堂。その様は幼馴染というより、子供を心配する親のそれだった。しゃきっとしろ、とユリスに軽くデコピンされ、ようやく凜堂は普段の落ち着きを取り戻す。

 

「ん? あいつは」

 

 ドームの正面ゲートへ向かう生徒達の中に凜堂は見知った顔を見つけた。というより、その見知った人物は人ごみの中にいてもどこにいるのかがすぐに分かる。

 

「よぉ、マクフェイル。お前も今日試合なのか?」

 

「……だったら何だってんだ?」

 

 朗らかに声をかけた凜堂とは正反対にレスター・マクフェイルは渋面を作りながら足を止めた。

 

「俺とユーリも今日試合でよ。試合の前に飯でも食おうって話になったんだが、もしよかったらお前等もどうだ?」

 

 凜堂はレスターの隣できょとんとしているずんぐりとした生徒、ランディ・フックにも声をかけた。以前、レスターが言っていたタッグパートナーとは彼のことだろう。

 

「あのなぁ、高良。何度も言ってるが、俺はお前と馴れ合うつもりはねぇ!」

 

 イラつきを隠そうともせずにレスターは言い放つが、凜堂相手にはそれも暖簾に腕押しだ。飄々と笑いながらレスターを宥めようとする。

 

「そうかっかしなさんな。いいじゃないの、馴れ合ったって。同じ学園の仲間なんだしよぉ」

 

「ふざけんな! 百歩譲って同じ学園の仲間とつるむにしたって、お前とだけは死んでもご免だ! それに俺たちの試合があるのはここじゃねぇし、飯なら移動した先で食う! ランディ、行くぞ!」

 

「ま、待ってよレスター!」

 

 大股に歩き去ろうとするレスターをランディは慌てて追いかける。以前にも見た気がする光景だ。というか、レスターと会う度に凜堂はこの場面を見ているような気がする。

 

「一つだけ言っておく。俺が今回の『鳳凰星武祭』で戦いたいのはお前等だ。他の学園の連中なんかに負けたら承知しねぇぞ!!」

 

 それだけ言い残し、今度こそレスターはランディを伴って去っていった。その後ろ姿を見送りながらユリスは嘆息する。

 

「あれも難儀な男だ……」

 

 その声音に同情というか、若干の共感みたいなものがあった気がしたが、凜堂はそれに触れることはしなかった。

 

「……凜堂捕獲」

 

「うぉ!?」

 

 正確には出来なかっただ。背後からいきなり抱きつかれ、凜堂は驚きの声を上げながら振り返る。彼の腰に抱きつくように両腕を回しているのは先ほどから姿を消していた紗夜だった。

 

「お前かサーヤ。何してんだよ?」

 

「……隙だらけだったから、つい」

 

 ついじゃねぇよ、と凜堂は紗夜を引き剥がす。

 

「どこ行ってたんだよ? 迷子になったんじゃねぇかって心配してたんだぜ?」

 

「……失礼な。流石に私でも施設内で迷うことは無い」

 

「ほほう」

 

「……綺凛がいるから大丈夫」

 

「後輩に頼り切って恥ずかしくないのかお前は……」

 

 それ以前に誰かの案内が無ければ施設の中ですら迷うのか。紗夜の額に軽いチョップを落とし、凜堂は紗夜の後ろに立っている綺凛に視線を向けた。

 

「リン、こいつの面倒見るの疲れるだろ。大変だったら何時でも相談してくれ」

 

「あ、ははは……」

 

 綺凛は乾いた笑いを浮べるだけで、否定も肯定もしなかった。苦労してるんだな、とユリスは綺凛への同情を禁じえない。

 

「それにしても、何だそれは? 見た感じ、かなり大きいが」

 

 ユリスは綺凛が抱えている大きな荷物を示す。答えたのは紗夜だった。

 

「ふっふっふ、聞いて驚け。お弁当だ」

 

「「弁当?」」

 

 訝しげな顔をする凜堂とユリスに対し、紗夜は胸を張ってみせる。

 

「あ、あの、実はですね。この前、紗夜さんと相談して、二人で作ったんです……その、応援の意味を込めて。よ、良かったら食べてください!」

 

 綺凛は顔を真っ赤にさせながら抱えていた重箱を凜堂に差し出した。受け取ってみると、かなりの重さがあることが分かった。どんだけ作ったんだ、と凜堂は微かに首を傾げる。だが、わざわざ二人が自分達のために作ってきてくれたことに変わりは無いので素直に礼を言った。

 

「ありがとな。サーヤ、リン」

 

 上目遣いに見てくる綺凛と自信満々に胸を張っている紗夜がとても対照的だった。

 

「その、私はほとんど料理の経験が無くて……だから、紗夜さんに教えてもらいながら作ったんです……作ったと言っても本当に簡単なものですが……!」

 

「ほう、沙々宮は人に料理を教えられるほどの腕なのか?」

 

「えへん」

 

 胸を張る、の域を超えて最早踏ん反り返っている紗夜を見ながら凜堂は少しだけ首を傾げた。

 

(あれ? サーヤってそんなに料理上手だったっけか?)

 

 まぁいいか、と気を取り直して凜堂は重箱の蓋を開ける。そこには一杯におにぎりが詰め込まれていた。三角形の物もあれば楕円形の物もある。かなりの量あるが、どれも形が酷く歪だ。

 

「ご、ごめんなさい。私、本当に不器用で……」

 

 綺凛の言葉が終わる前に凜堂はおにぎりの一つを手に取り(この時、ボロボロに崩れそうになったが)、口の中に放り込んだ。具は鮭だった。綺凛が見守る中、凜堂は二十回ほど咀嚼を繰り返しておにぎりを飲み込む。

 

「……うん、美味い。ありがとな、リン」

 

「あぅ……」

 

 凜堂に笑顔で礼を言われ、綺凛は顔を真っ赤にさせる。俯いているが、それでもとても嬉しそうな表情を浮かべているのが分かる。

 

「むむむ。凜堂、私のも」

 

「へいへい、と」

 

 紗夜にせっつかれ、凜堂は重箱の二段目を開けた。そこにもみっちりとおにぎりが詰め込まれている。一段目の綺凛が作ったものに比べ、形も綺麗でとても美味しそうだ。ただ、

 

「……随分と大きいな」

 

 ユリスの率直な感想に凜堂と綺凜も何ともいえない顔で頷く。紗夜のおにぎりは普通のサイズの三倍くらいの大きさがあった。砲弾といわれても一瞬納得してしまいそうなおにぎりだ。

 

「大は小を兼ねる。それが私のモットー」

 

「うむ。お前のモットーをどうこう言うつもりは無いがな、沙々宮……この重箱の中身は全てこれなのか?」

 

「そうだけど?」

 

「……これで料理を教えたと言えるお前に感心しただけだ」

 

「えっへん」

 

「褒めてないぞ」

 

 頭が痛そうにユリスは額に手をやる。そんなユリスの姿などどこ吹く風と紗夜は気にしていなかった。

 

「こんだけボリュームがあれば全員で食べられるだろうし、丁度良いだろ」

 

「元よりそのつもり」

 

「だと、ユーリ」

 

 話を振られ、ユリスは煮え切らない表情を作るも頷く。

 

「そ、そうか。なら、相伴に預かるとしよう」

 

「決まり。静かに食えるとこは……俺らの控え室だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさん。いやぁ、美味かった」

 

 最後のおにぎりを食べ終えた凜堂は両手を合わせ、頭を下げる。

 

「お粗末さまでした。あ、お茶です」

 

 どうぞ、と綺凛が差し出したお茶を凜堂は礼を言いながら受け取った。前もって用意していたようだ。準備がいい上に気が利く。

 

「……うん。リンは将来いい嫁さんになるな」

 

「ふぇ!?」

 

「ぶー!!」

 

 凜堂が何気なく呟いた言葉に綺凛はお茶の入っているボトルを落としかけ、ユリスは飲もうとしていたお茶を盛大に噴き出した。

 

「どした、ユーリ? 大丈夫か?」

 

「げほ! ごほ! 大丈夫なものか、気管に入りかけたぞ……というよりも、お前は何を突拍子もないことを言ってるのだ!」

 

「いや、思ったこと素直に口にしただけだが」

 

 この言葉に綺凛は更に顔を真っ赤にさせる。

 

「そそそそ、そんな、私が(凜堂先輩の)お嫁さんだなんて……」

 

「……綺凛、口元がにやけてる。後、お茶注いでるそれ、コップじゃなくてスプレー缶」

 

「え? きゃあああ! ごごご、ごめんなさいです~!」

 

 紗夜の指摘に綺凛は正気を取り戻すも、既に床には水溜りが出来ていた。慌てて綺凛は布巾で床を拭き始める。手伝おうと三人がほぼ同時に立ち上がろうとするが、水溜り自体そんなに大きいものではないのですぐに片付きそうだ。

 

「凜堂。私はいいお嫁さんになれる?」

 

「……少なくとも、飯食ったすぐ後に人の膝を枕にするような女の子じゃ厳しいと思うぜ」

 

 おにぎりを食べ終えてすぐ、紗夜は凜堂に膝枕してもらいながらソファの上に寝転がっていた。綺凛は羨ましそうに紗夜を見ていたが特に何も言わず、ユリスに至っては諦めたようにため息を吐くだけだった。

 

「ご飯を食べたすぐ後に横になると牛になってしまうぞ、沙々宮。っと、そろそろか」

 

 凜堂の嫁発言から回復したユリスは控え室に備え付けられているテレビをつけた。すると、壁面近くに空間スクリーンが展開される。

 

『……はいはーい。てなわけで、こちら第二十四回『鳳凰星武祭』第一試合会場であるシリウスドームでーす。実況はABCアナウンサーである私、梁瀬ミーコ、解説は界龍第七学院OGであり、現エグゼクティブ・アラファドルの部隊長であるファム・ティ・チャムさんでお送りしまーす』

 

『よろしくっす』

 

『さてさて、選手の皆様は何を今更と思いますでしょうが、ここで基本ルールの再確認をしておきましょう! 試合の決着はペア両名の校章が破壊された時点、もしくは意識消失、ギブアップなどで敗北判定がされた場合に交渉を通して勝敗が宣言されます』

 

『そこら辺がリーダーがやられたら負けの『獅鷲星武祭(グリプス)』との違いっすねー』

 

「へー、この姉ちゃん二人が実況と解説すんのか」

 

 空間スクリーンにはふわふわした巻き毛の女性と黒い短髪の女性が映っていた。ちなみに巻き毛の女性が実況の方である。

 

「もうすぐ第一試合だな。私達は第二試合だから、まだ時間はあるな」

 

「他の試合も別の会場で同時に行なわれるんだよな? 放送ってどうなるんだ?」

 

 凜堂の疑問にユリスは興味なさそうに答える。

 

「各ステージごとの放送枠があるから、好きなところを選んで見るのが普通だ。熱心なファンになると、複数のチャンネルで同時に視聴したりするそうだぞ」

 

 目ぇ疲れないのかそれ、と凜堂は妙にずれた感想を零した。今日一日に行なわれる試合の数は三十三。試合開始時間を少しずらしているとはいえ、同時にチェックするためにはかなりの労力を使うだろう。

 

「……後で全試合をまとめたのが放送されるのに」

 

「そういう人たちはライブで見るのが醍醐味みたいですよ」

 

 紗夜に答えたのは綺凛だった。既に床の掃除は終わったらしい。

 

「でも、このメインステージに試合が割り振られた選手って色んなところから有力視されてるんですよね?」

 

「そうなのか?」

 

「過去のデータを見る限りそうだな。序列一位のいるペアならばまぁ当然だろう」

 

 それに、とユリスの視線が空間スクリーンに移る。凜堂達がユリスに倣うと、スクリーンの中にはシリウスドームで試合を行なうタッグの名前が表示されていた。その第三試合にエントリーされている名前は綺凛を除く三人にとって、因縁深いものがあった。

 

「あいつらも試合か」

 

 エルネスタ・キューネとカミラ・パレート。あのアルルカントのペアだ。

 

「……」

 

 無言で起き上がり、紗夜は強い光を湛えた目でスクリーンを睨む。険しい表情を浮べる紗夜の頭に大きな手が乗せられる。

 

「今から気負ってもいいことねぇぞ、サーヤ。まずは目の前の試合を片付けねぇとな」

 

 紗夜の髪をくしゃくしゃにしながら凜堂は立ち上がった。

 

「凜堂の言うとおりだ、沙々宮。あいつらに何か思うところはあるだろうが、それは向き合ってからぶつければいい」

 

 凜堂に同意しながらユリスも腰を上げ、体を伸ばし始める。

 

「確か凜堂先輩達の試合の相手はガラードワースの騎士団候補の方でしたよね?」

 

「あぁ。確か序列三十位と四十一位だったか」

 

 ガラードワースの『冒頭の十二人(ページ・ワン)』は『銀翼騎士団(ライフローデス)』と呼ばれており、それ以下の序列者はその候補生とされている。

 

「ま、アスタリスクにある学園で唯一“名門”って言われてるガラードワースの序列入りだ。強いのは確かだろ」

 

 実際、データや戦績が彼らの実力を裏付けている。だが、

 

「どうだ、『切り札(ジョーカー)』殿。やれそうか」

 

「精々、星導館とお前の名前に泥を塗らない程度に頑張るさね」

 

 特に気負うでもなく、凜堂はユリスの軽口に応えた。余裕綽々という表現がピッタリな二人の雰囲気に綺凛は不思議そうに訊ねる。

 

「何か必勝の策でもあるんですか?」

 

 綺凛の問いには答えず、二人はただ笑って見せた。




アスタリスクの新刊が来月に出る……間に合うか?
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