学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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当方に迎撃の用意ありとは続きません。


覚悟完了

「おっす、ロディア。今、時間あるか?」

 

『あら、凜堂。貴方から連絡してくるなんて珍しいですね。どうしました?』

 

 その日の夜、凜堂は自室からクローディアに連絡を入れた。コール音が数回鳴ると、空間ウィンドウが開く。ちなみに英士郎は夏季休暇ということもあり、何日も戻ってきていない。なので、気を使う必要は無かった。

 

「悪いな。ちっと、相談したいことがあって」

 

『私を頼っていただけるとは嬉しいですね。一体、どのようなご用件でしょう?』

 

純星煌式武装(オーガルクス)について聞きたいことがある」

 

 凜堂の言葉にクローディアの表情が僅かばかり引き締まる。

 

『……純星煌式武装、ですか。そうなると、直接会って話したほうがいいでしょう。では早速、と言いたいところですが、生憎と予定が詰まっていまして。少し遅い時間になってしまいますが、それでも構いませんか』

 

「幾らでも待つさ」

 

 頼み事をしているのは凜堂なので、クローディアの都合に合わせるのは当然の事だ。

 

『では、今夜の十二時に私の部屋に来ていただけますか』

 

「お、おう。分かった」

 

 また、女子寮に忍び込むのか、と凜堂は小さく嘆息する。これで通算何度目だろうか。

 

「ところで話は変わるが大丈夫なのかよ、ロディア?」

 

『と、仰いますと?』

 

「疲れてるように見えるが」

 

 空間ウィンドウに映っているクローディアは普段通りの穏かな笑みを浮かべているが、どこか活力が無いように見える。声もどこか弱々しく感じられた。

 

 凜堂の気遣いが予想外だったのか、クローディアは寸の間、目を見開いた。

 

『あらあら……よく分かりましたね』

 

「勘だがな」

 

『鋭いのか鈍いのか、どっちなのでしょうね凜堂は』

 

 どちらなのか定かではないが、些細な違いを見抜くほど凜堂はクローディアを見ているということだ。その事がクローディアには嬉しかった。

 

『少し仕事が立て込んでいるだけですよ。この時期は本当に多くて……ご心配、ありがとうございます』

 

 では、後ほどと頭を下げるクローディアに手を振り、凜堂は空間ウィンドウを消した。携帯端末を傍らに置きながら壁にある時計を確認する。針は午後九時を指し示していた。

 

「深夜まで仕事か。よぅやるわ」

 

 俺なら確実に放棄してるな、と独り言を口にしながら凜堂は大きく伸びをする。明日には試合があるので少しでも早く体を休めた方がいいのだろうが、試合の前にどうしてもクローディアに聞きたいことがあった。

 

「さてさて、どんな答えが返ってくるやら」

 

 窓を開き、夜空を仰ぎ見る。無数の星々を抱いた空の中央には赤く光る大きな月が座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の女子寮。字面だけ見れば、何ともいえない背徳的な魅力に満ちている。が、実物は凄まじいほどの圧力を放っていた。要塞と表現して何ら差し支えない女子寮を見上げながら凜堂は思う。

 

「頼むから見つかりませんように……」

 

 こうやって、神様に祈るのも何度目か。女子寮の壁をするすると登っていき、一分と経たずに凜堂はクローディアの部屋の窓に辿り着く。悲しいことに、壁を這い上がっていくその姿はどこかこなれていた。

 

「何度やっても慣れねぇな、これ……いや、慣れたら慣れたで人として終わりだな」

 

 額を伝う嫌な汗を拭い、凜堂は窓をノックする。返事は無い。もう一度やってみるが結果は同じだった。このままヤモリのように壁に張り付いているわけにもいかないので、凜堂はクローディアの部屋に入った。幸いな事に鍵はかけられていない。

 

「邪魔するぜ、ロディア……おろ?」

 

 真っ暗な部屋の中で光源が浮かんでいる。目を凝らすと、数枚の空間ウィンドウが展開されたままの状態になっているのが分かった。更に、クローディアが壁際の机に突っ伏すように寝ていることも。

 

「……ロディアさん?」

 

 空間ウィンドウから放たれる光に照らされ、幻想的な美しさを醸し出しているクローディアに一瞬見惚れるも、凜堂は何か様子がおかしい事に気付く。クローディアの寝顔が苦悶を浮べており、形の良い唇からは苦しそうな喘ぎが漏れていた。

 

「ロディア?」

 

 再び声をかけるも、起きる様子は無い。どちらにしてもこのまま放置しておくわけにはいかない。意を決し、凜堂が手を伸ばそうとしたその時、

 

「うぉっ!?」

 

 二条の剣閃が闇を引き裂きながら凜堂を襲う。反射的に後ろへと下がりながら凜堂は驚愕の表情を作り、純星煌式武装を展開させたクローディアを見た。

 

「……」

 

 無言のまま立ち上がるクローディア。脱力したように垂れた両手には双剣、『パン=ドラ』が握られている。目を伏せているため表情は分からず、その心意を図ることが出来なかった。

 

「洒落になってねぇっての……!」

 

 凜堂が苦々しく呟くのと同時にクローディアが動く。風に揺れる柳の葉のようにゆらゆらと動いていたかと思えば、凜堂を間合いの中へと捉えていた。またも二つの斬撃が凜堂へと迫る。凜堂はクローディアの頭上を跳び越えるようにジャンプして双剣を回避しようとした。が、

 

「うそんっ!?」

 

 凜堂の動きが分かっていたかのように双剣の軌道が変化する。咄嗟に体を捻って一撃をかわすが、もう一撃は避け切れない。パン=ドラの切っ先が凜堂の頬を浅く切った。体勢を崩しながらも凜堂は床を蹴り、天井へと跳ぶ。両足の裏に星辰力(プラーナ)を集中させ、天井にしがみ付いた。

 

「……」

 

 パン=ドラを両脇に垂らし、クローディアは天井の凜堂を見上げる。その瞳は虚ろで、焦点が合ってないように見えた。

 

(意識がはっきりしてない? いや、それ以前に俺の動きを予期していた?)

 

 頬に流れる赤い筋を拭い、凜堂は警戒しながらクローディアを、その両手に握られたパン=ドラを睨む。ユリスの言っていた、未来視の能力を持つ純星煌式武装。実際に体験してみて分かったが、これ程厄介な能力は無いだろう。

 

(ロディアの意識が無い状態でこれか。これが本気の状態だったら……)

 

 さっきの攻防で凜堂の首が飛んでいただろう。脳内に湧き上がったイメージに背筋が震える。微かに湧いた死の想像を振り払い、凜堂は考え込んだ。このままでは落ち着いて話すことも出来ない。とにかく、クローディアを目を覚まさせるのが先決だ。どうしたものか、と凜堂は一瞬、思考に耽る。その間もクローディアは凜堂から視線を外さず、いつでも動けるようにしていた。

 

(これしかないか? いや、でも近所迷惑……武器の無い状態じゃこれが精一杯か)

 

 心の中で寝ている女子たちに詫び、凜堂は天井から離れる。それと同時にクローディアがゆらりと肉薄してきた。

 

無手(むて)揺獅(ゆらし)”!)

 

 着地と同時に凜堂は床へと足裏を叩き付けた。ぐらり、と女子寮全体が揺れる。

 

寝ている女子のことを考えて威力は最小限に止めたが、それでもかなり揺れた。普通の相手なら突然の揺れで体勢を崩すだろう。だが、相手は未来視の純星煌式武装。これすらも見通していたようで、クローディアは揺れが発生する直前に宙に跳んでいた。

 

(よし!)

 

 技をかわされたにも関わらず、凜堂は焦るでもなく次の行動へと移る。この時点でパン=ドラも凜堂の目的に気付いたようだ。慌ててクローディアの体を動かそうとするが、彼女がいるのは空中。翼でも生えて無い限り、動くことは無理だろう。

 

 これが凜堂の狙いだった。いくら未来が分かっても、思い通りに動くことが出来ないのなら対応するのは難しい。そんな状況に誘い込むため、凜堂は揺獅(ゆらし)でクローディアを宙へと飛ばさせたのだ。

 

 苦し紛れの剣撃を星辰力を纏わせた両手で弾き、凜堂はクローディアの体を抱きとめた。

「っ!」

 

 凜堂の腕の中でクローディアの体がびくんと震える。

 

「凜、堂……?」

 

 クローディアの目に光が戻っていく。自身の手に握られた双剣と、凜堂の頬に走る一筋の切傷。自分が何をしたのか一瞬で把握したらしく、クローディアは愕然と目を見開いた。両手から待機状態へと戻ったパン=ドラが滑り落ちる。

 

「ご、ごめんなさい、凜堂! 私は……!」

 

「大丈夫、大丈夫。何にも無いから」

 

 激しく動揺し、感情を露にするクローディアを安心させるように凜堂は彼女の背中を擦った。僅かな沈黙の後、凜堂はゆっくりとクローディアを放した。意識は完全に目覚めたようだ。申し訳なさそうな、怯えたような目で凜堂をちらちらと見ている。

 

「ユーリから聞いちゃいたが、本当に強いんだな。意識の無い状態であそこまでやれるとは恐れ入ったぜ」

 

 努めて明るい口調を保ちながら凜堂はパン=ドラを拾い上げ、クローディアに差し出した。言外に気にしていないと伝えられ、クローディアは戸惑った様子で凜堂を見る。

 

「お、怒ってないんですか?」

 

「いや、怒るってぇより、驚いてる。それに冷静に考えてみると俺、これくらいの事されても仕方ないことしてるしなぁ……」

 

 例えば、無断で女子寮に複数回侵入したこととか。襲われたにも拘らず、何事も無かったように振舞う凜堂にクローディアは唖然としていたが、やがて小さく噴出した。

 

「そう、ですね。私だからこの程度で済んでいますが、もしこれがユリスだったら」

 

「言わないでくれ。考えただけで髪の毛がアフロになりそうだ」

 

 大袈裟に震えてみせる凜堂にクローディアはクスクスと笑うが、すぐに表情を真剣なものにして深々と頭を下げた。

 

「本当に、申し訳ありませんでした。言い訳のしようもありません」

 

「……なら、言い訳しなくていいからお前に何があったのか教えてくれよ」

 

 クローディアの剣は鋭く疾かった。それこそ、綺凛と比べてみても何ら遜色ないだろう。冗談こそ言ってみたが、凜堂にはクローディアに剣を向けられる心当たりが全く無かった。

 

「……分かりました。良い機会ですし、お詫びも兼ねてお話しましょう。凜堂の用件とも無関係ではないでしょうし」

 

「どういうこっちゃ?」

 

 凜堂の問いに答えず、クローディアはさっきまで自分が据わっていた席に腰を下ろす。凜堂もソファを勧められ、首を傾げながらソファに身を沈ませる。

 

「お話の前に凜堂、一つ私のお願いを聞いてくださいますか?」

 

「お願い……ってぇと?」

 

「かなり先の話になりますが、来年の『獅鷲星武祭(グリプス)』に私のチームの一員として参加して欲しいのです」

 

「『獅鷲星武祭』、にか?」

 

 予想外の話に凜堂は目を白黒させる。『獅鷲星武祭』。シーズン二年目の秋に行なわれるチーム戦の『星武祭(フェスタ)』だと聞いているが、それ以外の知識は凜堂に無かった。とは言っても、既に凜堂の成す事は決まっているのですぐに返答する。

 

「別に構わねぇよ。ユーリが一緒ならな」

 

 凜堂はユリスを手伝うと決めている。そして、ユリスはグランドスラムを目指すと言っていた。個人戦の『王竜星武祭(リンドブルス)』では無理だろうが、ユリスが拒否しない限り『獅鷲星武祭』でも一緒に戦うつもりだ。

 

「予想通りの答えですが……そこまではっきり言われると妬けますね。その点は問題ありません。ユリスもチームに勧誘する予定ですから。彼女も断りはしないはずです」

 

 グランドスラムを目指す以上、ユリスはより強い仲間がいるチームを望むだろう。ユリス自身、クローディアの強さを知っているようなので、クローディアの誘いを拒否することはないだろう。

 

「んで、これ(俺が襲われたこと)それ(獅鷲星武祭のこと)、どう関係してるんだ?」

 

「同じチームで戦う仲間にならば、秘密を明かしても問題は無いということです」

 

 クローディアは徐にパン=ドラを再起動させる。反射的に凜堂はソファから体を浮かせ、いつでも動けるようにしていた。

 

「ふふ、ご心配なく。もう、さっきのようなことはしませんから……お聞きしたいのですが凜堂。死んだ事はありますか?」

 

 突拍子も無いクローディアの質問に凜堂ははぁ? と間の抜けた顔を作る。

 

「……いや、流石に死んだ事は無いな」

 

 仮に死んだことがあるとしたら、この場にいる凜堂は誰だという話になってくる。

 

「私は既に千二百回以上死んでいます」

 

「……ってことは何か? 今、ここにいるお前は亡霊か何かか? それともゾンビ?」

 

 凜堂の反応を楽しそうに見ながらクローディアはパン=ドラを持ち上げた。

 

「この子が使い手に求める代償はかなり変わっていまして、この子は使い手に『己の死を味あわせる』んです。私は眠るその都度、『いつか来る自分が死ぬ瞬間』を体験しているのですよ」

 

「……」

 

 想像の遥か斜め上を行く話に凜堂は絶句する。

 

「この子は中々いやらしくて、一度として同じ死を見せてくれないんです。一体、どれだけの死に方を人は出来るのだろう、と感心すらしてしまいます。病死に事故死、餓死に凍死、自殺に他殺、圧死に焼死、窒息死」

 

「ロディア」

 

 気付けば凜堂は立ち上がり、淡々と自身の死因を口にしていくクローディアの肩を握り締めていた。どこか虚ろな表情をしていたクローディアは凜堂に揺さ振られ、意識を覚醒させられる。

 

「私としたことがまた……流石に根を詰め過ぎたようですね。とにかく、この子は『いつか私が迎え入れる可能性がある死』を見せてきます」

 

 クローディアは穏かな口調で話した。その話の内容とクローディアの声音が余りにも乖離していて、凜堂は背筋に薄ら寒いものを覚える。

 

「先ほどもちょうど殺される寸前でしたので、つい夢現に襲い掛かってしまったようです。目が覚めると、夢で見たことは泡のように消えています。残っているのは断片的な記憶と死の感覚、倦怠感といったところですね。未来視という尋常ならざる力を持っていながら、この子を使いこなせる者が出てこなかった理由がそれです。私以前にこの子を使おうとした方々は三日ともたなかったそうです」

 

「……よく、耐えられるな、お前」

 

 余りに凄惨な話の内容に言葉を失い、凜堂は辛うじて一言を搾り出した。

 

「たまに今日のようなことも起こりますが、意外に慣れてしまうものですよ」

 

「いや、そういう問題じゃねぇだろ」

 

 己の死の瞬間。そんなもの、慣れることの出来るものではないはずだ。いや、慣れてはいけないものだ。さっき見たクローディアの苦悶の表情を思い返し、凜堂は強く思った。

 

「嬉しいですね。私を心配してくださるのですか?」

 

「そりゃそうだろ」

 

 からかいを含んだ口調のクローディアにいたって真面目に返す。凜堂の生真面目な顔にクローディアは少し驚くが、薄く微笑んだ。

 

「……以前にも言いましたが、私には叶えなければならない望みがあります。そのためにはこの子が必要なんです」

 

「そこまでしなきゃいけない望みって何だ?」

 

「それは……内緒です」

 

 クローディアは人差し指を唇に当て、可愛らしく片目を瞑って見せる。

 

 叶えたい望みのために戦い、戦いに勝つために力を求める。ここはそういう都市(まち)だ。

 

「話を戻しましょう。このように純星煌式武装はその能力が強力であればあるほど、使い手に求められる代償も厳しくなっていきます。例えば凜堂の黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は並みの星脈世代(ジェネステラ)なら起動させることすら困難な星辰力を要求してきます。それ以前に適合率が高く出ること自体が稀です。手にするためのハードルの高さが代償といってもいいでしょう」

 

「……こいつはどうなんだろうな?」

 

 凜堂はそっと右目を撫でる。右目の中に眠る漆黒の純星煌式武装。クローディアも困ったように首を傾げた。

 

無限の瞳(ウロボロス・アイ)に関しては前にも言いましたが、使用者の精神を破綻させるほどの強い渇望を代償として与えてます。そのはずなのですが……」

 

 何故か凜堂にはその渇望が無かった。六百パーセント近い破格の適合率を持ち、使用後の精神も非常に安定している。気に入られてるのではないですか、とクローディアが茶化すが、それだけで納得していいものなのか。

 

「とにかく、純星煌式武装にはそれぞれ異なった代償があります。察するに、凜堂の用件もこのことが関係しているのではありませんか?」

 

 察しのいいことで、と凜堂は苦笑する。それならそれで話が早い、と凜堂は本題を切り出した。

 

「『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』。あれをどう思う?」

 

「あの純星煌式武装に関しては、渡したデータ以上のことは分かりませんよ?」

 

「データなんてもんはどうでもいい。お前さんの意見が聞きたいんだよ。純星煌式武装の使い手としての考えを」

 

 焦らさんでくれ、と凜堂は仏頂面を作るが、当のクローディアは面白そうに肩を小さく震わせていた。

 

「それはすみません。既に知っていると思いますが、純星煌式武装には意思があります。それが何を意味するか分かりますか?」

 

「純星煌式武装の意思、か……」

 

 顎に手を当て、凜堂は考え込む。さっき、クローディアは無限の瞳が凜堂のことを気に入っていると言った。ただの道具が人のことを気に入るなんてことはあり得ない。黒炉の魔剣にしてもそうだ。黒炉の魔剣はレスターを拒絶し、凜堂を使い手に選んだ。これもただの道具にはあり得ぬことだ。つまり、

 

「こいつらには個性がある。人間と同じ様に」

 

「その通りです。個性があるということは、線引きによってある程度分けることが出来ます」

 

 即ち、性格の良い純星煌式武装と性格の悪い純星煌式武装。人間と同じだ。ユリスのようの誇り高い人もいれば、ディルクのように他者を駒として見ているような人もいる。

 

「他にも色々な言い方が出来ます。例えば、人間に友好的かどうか」

 

「友好的、ね……黒炉の魔剣と無限の瞳はどっちだろうな?」

 

「どうでしょう、黒炉の魔剣は比較的友好な子だと思いますよ。多少、捻くれてますが。無限の瞳は……正直、分かりません。無限の力を与える代わりに渇望を増大させる。もしかしたら、使い手を試しているのかもしれませんね」

 

 無限に等しい力が欲しいなら、それを扱うに相応しい価値を示してみろということだろうか。どちらにしろ、かなり上から目線だ。

 

「ちなみにパン=ドラは?」

 

「言うまでも無く最悪です。私といい勝負だと思いますよ」

 

 こう言える辺り、実にクローディアらしかった。

 

「なら、覇潰の血鎌は?」

 

「あの子は……」

 

 クローディアは微かに言い淀む。

 

「あまり余所の子を悪く言うのは良くありませんが、少し危険だと思います」

 

「少し、で済むかねぇ?」

 

 とは言うが、概ね凜堂も同意見だ。覇潰の血鎌は危険だ。その能力がではない。その個性が。

 

「直接見たことは無いのであくまで印象ですが、あの子は随分と我が強いように見えます。あの手の純星煌式武装は総じて使用者に干渉しますから」

 

「干渉、か?」

 

「乗っ取るというのは流石に言い過ぎですが、純星煌式武装の中には使い手の意識や性格を自分好みに変質させるものがあります。使っている期間が長ければ長いほど、それは顕著になっていく。まして、あの子は使い手の肉体をも変えてしまうほどの影響力を持っていますしね」

 

「……つまり、そういうことか」

 

 ゆっくりと息を吐き出しながら凜堂は天井を仰ぐ。その体勢のまま思考を巡らせていたが、クローディアへと視線を戻し頭を下げた。

 

「サンキューな、ロディア。話せて良かった」

 

「どういたしまして。もう、お帰りですか?」

 

「明日は試合だからな。流石にそろそろ寝ておかないとな」

 

 あら、とクローディアは艶かしく微笑むと、ゆっくりと手を伸ばして凜堂の顎をくすぐる。

 

「何なら、泊まっていってくださっても構いませんよ」

 

「それは遠慮しておく」

 

 素早くクローディアの魔手から逃れ、凜堂は窓辺へと走った。そのまま窓枠を蹴って外に出ようとするが、あることを思い出してクローディアを振り返る。

 

「あぁ、そういや無限の瞳のことなんだが、レヴォルフの生徒会長殿が何か知ってるらしい」

 

「ディルク・エーベルヴァインが?」

 

 凜堂の口から出た予想外の名前にクローディアは目を見開いた。

 

「もしかしたら、無限の瞳の使い手を見たことがあるかもしれないんだと」

 

「……俄かには信じられませんが、こちらでも少し調べてみます」

 

 頼む、と言って凜堂は窓枠に手をかけ、もう一度クローディアへと向き直った。

 

「まだ何か?」

 

「いや、その、何かって言うほどじゃないんだが……俺に出来ることって何かあるか?」

 

 凜堂の質問の意図が読めないのか、クローディアは首を傾げる。だからその、と凜堂はどこか照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「ロディアのために何かしてあげれることってあるか? 俺なんかに出来ることなんて高が知れてるだろうけど」

 

 凜堂なりにクローディアを気遣っているようだ。凜堂の言葉にクローディアは嬉しそうに笑った。

 

「本当に優しいですね、貴方は」

 

「優しいんじゃない。多分、俺は誰に対してもいい顔をしたいだけなんだ」

 

 ウルサイス姉妹に関してもそうだ。関わる必要なんて無いのに、自分から首を突っ込んで余計なお世話をしようとしている。自嘲気味に笑う凜堂。クローディアは優しい微笑を浮かべ、凜堂に歩み寄った。

 

「いい顔がしたいだけの人に、誰かのために力を尽くす事は出来ませんよ。凜堂、もっと自信を持ってください。貴方は自分で考えているよりも素晴らしい人です」

 

「そう、かな?」

 

 照れたように笑う凜堂の頬にクローディアは愛おしそうに手を添える。この笑顔を自分だけのものに出来ないだろうか、とどす黒い思いが胸の中に湧き上がったが、慌ててそれを消し去った。今はただ、凜堂の好意に甘えることにする。

 

「ではそうですね……凜堂、そのままじっとしてて下さい」

 

「じっとって、ただ立ってればいいのか?」

 

 はい、と頷き、クローディアは凜堂の背中に両腕を回した。そのまま凜堂を抱き締め、胸に顔を押し付ける。

 

「ろ、ロディア?」

 

 いきなり抱きついてきたクローディアに凜堂は戸惑い気味に声をかけるが、クローディアは何も言わなかった。最初の方こそ困惑していたが、一分もする内にクローディアの柔らかな感触になれたらしい。ぎこちない手つきではあるが、凜堂はクローディアを撫で始める。

 

 五分ほど経ってからクローディアは凜堂から離れた。少しだけ名残惜しそうな顔をしながらクローディアは凜堂に礼を言う。

 

「ありがとうございます、凜堂。これで当分は頑張れそうです」

 

「そ、そうか。こんなことでお前が頑張れるなら、お安い御用だ」

 

 じゃ、と軽く手を上げ、凜堂は窓枠に手をかけた。明日の試合、頑張ってくださいというクローディアの応援に笑みを返し、今度こそ凜堂は夜の闇へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ベットの上に寝転がった体勢のまま、凜堂は壁の時計を見る。現時刻、午前四時。もう起きる時間になっていた。

 

「結局、一睡も出来なかったか」

 

 ため息を吐きながらベットから起き上がる。

 

 ウルサイス姉妹との試合に備えて、凜堂はクローディアの部屋から戻ってすぐに横になった。だが、妙に目が冴えてしまい寝ることが出来なかった。寝返りを打っている内に起きる時刻になっていたのだ。

 

「考えすぎかねぇ」

 

 ベットの上で考えていたことを振り返る。ウルサイス姉妹がレヴォルフの学生として戦っている理由だ。考えるといっても、凜堂は粗方の見当をつけていた。

 

 性格的に考えてイレーネのほうはともかく、プリシラが自ら望んでアスタリスクに来るとは思えない。何か、アスタリスクに来ざるを得ない理由があったのだろう。

 

(ウルサイス姉はレヴォルフの生徒会長に金を借りたって言ってた。何のために?)

 

 考えるまでも無い。確実にプリシラ絡みのことだ。彼女は能力者の中でも珍しい、高レベルの再生能力者(リジェネレイティブ)だ。彼女の能力を欲しがるものは数多いる。例えば、アルルカント・アカデミーのような研究機関とか。

 

 どのような訳があってかは知らないが、プリシラはアルルカントに特待献身生として売られたのだろう。風の噂で聞いたことがあるが、生徒とは名ばかりで、早い話が何をされても文句を言えない被験体(モルモット)だ。

 

 イレーネはそれを良しとせず、プリシラを連れて逃げ出した。その道中でディルクに拾われたのかもしれない。ディルクはイレーネに手駒としての価値を見出し、莫大な金を払ってプリシラを買い戻した。そして借金という鎖でイレーネを縛り上げた。

 

「世の中金、か。世知辛いったらねぇや」

 

 ユリスも自分が昔お世話になった孤児院のために金を欲している。理由は様々あれど、金が必要とされているのはどこも変わらないようだ。

 

 もう一度、深々と息を吐き出した。凜堂自身、イレーネがどのような気持ちでいるのかは痛いほど分かる。護るもののためなら、願いのためなら悪魔にでも魂を売っていい。悲壮さすら感じさせる覚悟と想いでイレーネは覇潰の血鎌()を手にしたのだ。だが、

 

「その力は駄目だ。イレーネ・ウルサイス」

 

 それは危険過ぎる力だ。一歩間違えれば、その力は己自身を傷つけ蝕む猛毒と化す。そして、最愛の存在(プリシラ)にすら牙を剥くだろう。力を使い続けた先に待っているのは目を覆いたくなるような悲劇だけだ。

 

 それはイレーネ自身も分かっているはずだ。分かっていても、その力を手放すことが出来ない。彼女の状況がそれを許さない。

 

「あいつ等のために俺に出来ること……」

 

 己の口から漏れた呟きに気付き、凜堂は失笑する。出来ることなど何も無い。あるのは自己満足だけ。そして自己満足を押し通す力だけだ。

 

 ユリスにしてもそうだ。凜堂はユリスを護りたいという手前勝手な願いを叶えるために彼女の傍にいる。

 

 そんな自分勝手な凜堂のことを彼女は認めてくれた。凜堂と会えて良かったと言ってくれた。笑顔になってくれた。

 

 この自己満足で誰かを救えるなら。この偽善で誰かを笑顔に出来るのなら。

 

「やるしかねぇか」

 

 悲劇では終わらせない。ひたむきな強い意志をその目に宿し、凜堂は立ち上がった。




 ども、こんばんわです。え~、発売までに終わりませんでしたね。色々ごちゃごちゃ考えている内にこの日が来てしまいました。

 アスタリスク最新刊。皆さんは買いましたか? 俺は買いました。そして読みました。

 ……どうしようorz

 このまま進めていったら確実に話が破綻する。え、今更遅い? HAHAHA、そんなこと分かっとりますがな。やっぱり、遥さんがいないのがネックよねぇ……三巻くらいまではともかく、そっから先は姉ちゃんが主人公の戦う理由の半分を占めてるし。
 
 一応、どうにか出来そうな感じはしてます。オリジナルの理由満載になりそうですが。

 にしても、毎度思うが俺の文章は何でこうもお粗末なんだろう……。

 最後に愚痴ったところでおさらばです。感想くれると嬉しいです。では。
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