学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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 う~ん……短い。


自分勝手に

「そろそろ時間だな」

 

「っし、いきますか」

 

 掌に拳を打ち込みながら凜堂はソファから立ち上がる。妙にやる気に満ちた凜堂の動作にユリスは不思議そうな顔をしていた。

 

「……何かあったのか、凜堂?」

 

「ん? いや、別にこれといって何もねぇけど?」

 

「そう、か。何、随分と吹っ切れた顔をしていると思ってな」

 

 昨日の別れ際に浮べていた思い悩んでいるような表情に比べ、随分とさっぱりとしたものになっている。開き直っただけさ、と凜堂は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「俺はただ、自分がやりたいと思ったことをやってきただけだ。それは今後も変わらない。精々、自分勝手を貫くだけさ……あぁ、ユーリに迷惑かけるつもりは無いから安心してくれ」

 

 ふむ、と頷きながらもユリスはどこか不満げな表情を作っている。何か言いたげに口を開くが、壁にかけてある時計を見て小さく息を吐いた。そのまま二人で控え室を出る。

 

「凜堂」

 

「あん?」

 

 いきなり名を呼ばれ、凜堂は足を止めずに規則的な靴音を響かせて前を歩くユリスを見た。

 

「私は勝つためにここにいる。叶えなければならない願いがあるからだ。相手が誰であろうと、この願いを譲る気は無い」

 

「分かっとりますがな」

 

「だが、勝てるのであればその過程を問うつもりは無い」

 

 きょとんとした表情を浮べる凜堂。

 

「さっき、お前は自分勝手を貫くだけと言ったな。お前はそれでいいんだと私は思う」

 

 足を止め、凜堂を振り返ったユリスの顔には穏かな笑みが湛えられていた。

 

「お前がどんな考えで行動しているか分からないが、お前の自分勝手は結果的に誰かを救っている」

 

 私もお前に救われた、とユリスは自身の胸に手を置く。

 

「綺凛にしてもそうだ。お前の自分勝手のお陰で彼女は自分自身の意志と力で歩いていく事を決めた。他の誰でもないお前の働きでな……きっと、ウルサイス姉妹(あいつら)もお前の自分勝手に助けられることになるだろう。少なくとも、私はそう信じている」

 

 だから思い悩むことは無い。恥じる必要も無い。誰憚ることなく、自分が正しいと思ったことを成せばいい。飄々と、そして凜然と己の道を行く姿こそ高良凜堂には相応しい。

 

「それにお前、私に迷惑をかけるつもりはないとも言ったな? 似合わぬ遠慮などするな」

 

 少しだけ怒った顔を作りながらユリスは凜堂の胸を小突く。

 

「我々はパートナーだ。互いが互いを助け、協力し合って困難に立ち向かう。それが普通だろう? まさかとは思うが、お前は一方的に私を助けて何もさせない気か?」

 

「いや、別にそういうわけじゃ」

 

「だったら、私にも手伝わせろ。私はお前の相棒なのだからな」

 

 かつて、凜堂はユリスにこう言った。『お前の生き様、お前の気高さ、お前の願い。それを貫く手伝いをさせて欲しい』と。だから彼女もこう言った。

 

「お前の想い、お前の信念、お前の自分勝手。それを貫く手伝いをさせてくれ」

 

「……その台詞、最初に言ったの俺だけど、改めて聞いてみるとかなり気障だな」

 

 いつか、自分が彼女に言った言葉。それが今、自分に向けられている。気恥ずかしくなり、凜堂は照れ笑いしながら頭を掻いた。

 

「ありがとう、ユーリ。お前は最高の相棒だよ」

 

 本当に嬉しそうに凜堂はユリスを抱き締める。想像の斜め上を行く反応にユリスは顔を真っ赤にさせるが、満更でも無い様子で凜堂の抱擁を受け入れた。

 

「ふ、ふん。別に礼を言われるようなことではない。それで、お前はどうするつもりなんだ? 自分勝手にやるというくらいだ、何か考えがあるんだろ?」

 

「あぁ、試したいことがある」

 

 ユリスを離し、凜堂は考えていたことを話す。それを聞いてユリスは驚いたように眉を持ち上げるが、最後は納得したように頷いた。

 

「なるほどな。確かに前例が無い訳ではない。もしそれが成功すれば確実に勝てるだろう。しかし、相手は『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』だぞ?」

 

「相手が何かなんて関係ない。やるだけだ」

 

 決然たる口調で凜堂は答えた。その瞳には峻烈な覚悟の焔が燈っている。そんな凜堂の横顔にユリスは知らぬ内に頬を赤く染めていた。そうだ、彼女はこの顔にやられたのだ。

 

「……分かった。そこまで言うのならやってみせろ。私も全力でサポートする」

 

「頼んだぜ、相棒」

 

 二人を笑みを交わし、ステージへと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁさぁ! 各会場で白熱の試合が行なわれている四回戦! ここ、シリウスドームでトリを飾りますは星導館学園の高良・リースフェルトペア、そしてレヴォルフ黒学院のウルサイス姉妹です! 果たして、ベスト十六に進むのはどちらのタッグでしょうか!』

 

『お待ちかねの試合っすねー。どちらのペアも予選では相手を完封する形で勝ち上がってきまし、どっちが勝つかが一つの分水嶺になると思うっす』

 

『チャムさん。この一戦、どのように考えてますか? イレーネ選手の使う覇潰の血鎌は燃費が悪いですから、やはり長期戦になると不利になるのでしょうか?』

 

『一概には言えないっすねぇ。イレーネ選手にはプリシラ選手っていう、言い方は悪いっすけど、補給路があるっす。それに……』

 

「相変わらず勝手な事を言ってくれる」

 

「長期戦が出来ないのは寧ろこっちだよなぁ」

 

 眉を顰めるユリスにだけ聞こえる声量で凜堂は呟く。

 

 今回の試合、凜堂は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)を使わざるを得なくなるだろう。この二つを封印したまま勝てるほど、今回の相手は甘くない。そしてこの二つの純星煌式武装(オーガルクス)を使うということは、凜堂にタイムリミットが架せられることを意味する。凜堂の言うとおり、長期戦は出来ない。

 

 この四回戦を終えた後にも試合は残っている。ここから先、決勝戦までは間に一日だけ調整日が入るが、それ以外に休息日はない。

 

 長時間使用し続ければ、それだけ反動が大きくなる。翌日以降の試合のことあるので、なるべく無理はしたくない。だが、

 

「凜堂、無茶はするなよ……と言っても無駄か」

 

「無茶無しで勝てる相手じゃねぇしな」

 

 同感だ、と頷きながらユリスは細剣型の煌式武装(ルークス)を起動させる。

 

「行くぞ。一気に勝負を決めよう」

 

 あぁ、と頷きながら凜堂は目を閉じ、右目に宿った魔眼に呼びかけた。魔眼は主の命に呼応し、無限の力を解放する。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり」

 

 解き放たれた漆黒の星辰力(プラーナ)が光の柱となって立ち上がる。暴風が渦巻く中、魔眼の主は右目に黒き炎を宿していた。

 

『こ、これは凄い! 高良選手からとんでもない量の星辰力が柱のように立ち上がりました! ど派手なパフォーマンスに観客の皆様も興奮を抑えきれないようです!』

 

『あれが無限の瞳の星辰力っすか。名前に『無限』を冠するだけあってぶっ飛んでるっすね。よくこんだけの量の星辰力をコントロール出来るっすね、高良選手』

 

 一気に湧き上がる観客達。歓声で耳がおかしくなりそうだ。

 

「はっ、やる気満々じゃねぇか、高良」

 

「そういうお前さんこそ。唯でさえ怖い顔が更におっかなくなってるぜ」

 

 覇潰の血鎌を肩に乗せたイレーネが獰猛な笑みを凜堂に向ける。対して凜堂は黒炉の魔剣を起動させながらイレーネを、正確にはその手に握られた純星煌式武装を睨んでいた。発せられる紫の燐光が何時にも増して禍々しい。

 

(あいつ、試合前に妹の血を……)

 

 覇潰の血鎌からプリシラへと視線を移す。今回も彼女は後ろに控えていた。

 

「こっちも全開でいくぜぇ……!」

 

 覇潰の血鎌の輝きが増し、万能素(マナ)が不気味に蠢く。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)』四回戦第十一試合、試合開始(バトルスタート)!」

 

「咲き誇れ、赤円の灼斬花(リビングストンディジー)!」

 

 試合開始と同時にユリスは能力を解放させ、周囲に焔の戦輪を作り出す。視界の端で凜堂が飛び出したのを確認してからイレーネに向けて戦輪を放った。

 

「鬱陶しいっての!!」

 

 襲い来る十数の戦輪をイレーネは無造作に覇潰の血鎌を振るって掻き消す。その一瞬で凜堂はイレーネの間合いへと入り込んだ。触れるか触れないかくらいの距離を飛んでいく戦輪をまるで意に介さず、黒炉の魔剣を振り下ろす。

 

「うおっと!」

 

 イレーネは覇潰の血鎌でその一撃を受け止める。刃同士がぶつかり合い、激しく火花を散らした。

 

(やっぱりか。同じ純星煌式武装、そう簡単にはいかねぇか)

 

 覇潰の血鎌が黒炉の魔剣を防いだのを見て、凜堂は心の中で悪態を吐く。よくよく見れば、魔剣が相手の刃を少しずつ切っているのが分かるが、その程度では有利と言えない。

 

 黒炉の魔剣が防がれる事は予想していた事なので、凜堂はさして驚く様子も無く次の行動へと移った。制服の中から鉄棒六本を取り出し、器用に片手で棍へと組み上げる。

 

「させるかよ!」

 

 イレーネが阻止しようとするも、凜堂のほうが僅かばかり早い。棍に星辰力をチャージし、ステージへと突き立てる。

 

一閃(いっせん)轟気(とどろき)”!」

 

 凜堂を基点に衝撃波がドーム状に広がる。イレーネは咄嗟に覇潰の血鎌を構えて衝撃波の直撃を避けるが、後ろに大きく吹き飛ばされた。そこにタイミングを計ったように焔の戦輪が体勢を崩したイレーネに殺到する。

 

「マジかよ!?」

 

 宙に浮かんだままの状態でイレーネは無理矢理体を捻って戦輪をかわした。だが、自分以外には気が回らなかったようでトレードマークのマフラーを戦輪に焼き切られる。

 

十重壊(ディエス・ファネガ)!」

 

 覇潰の血鎌を振るい、イレーネは自身の周囲に黒い重力球を発生させ、戦輪にぶつけて相殺させた。

 

『これはのっけから素晴らしい攻防です! 高良選手とリースフェルト選手のコンビネーションも凄かったですが、それを耐え切ったウルサイス選手もお見事です!』

 

『あんだけ飛び回る炎の中に飛び込めるのは凄いっすね。リースフェルト選手のコントロールは相当な物ですけど、それを知ってても出来る芸当じゃないっすね。高良選手は相当リースフェルト選手のことを信頼してるみたいっす』

 

 実況と解説の声がステージに響くが、当事者達の耳には届いてないようだ。凜堂は右手に魔剣、左手に棍を構えたままイレーネを見据える。ユリスは後衛に控えたまま、次の技のために星辰力を練っていた。

 

「一、二ヶ月のタッグにしちゃあそれなりに出来るじゃねぇか」

 

「おいおい、この程度で褒めるのかよ。『切り札』と『華焔』のコンビはまだまだ底を見せてないぜ?」

 

 凜堂の軽口にイレーネは苦々しげに顔を歪める。口調こそおちゃらけているが、言ってることは紛れも無い真実だろう。

 

「そっちこそ、たった一人でよくそこまで出来るものだ」

 

 ユリスの言葉に息を整えていたイレーネは凶暴な笑みを浮かべた。覗いた口元からは鋭い歯が見える。

 

「一人じゃねぇさ。こいつはあたしとプリシラ、二人の力だ!」

 

 覇潰の血鎌がカタカタと揺れ、紫の輝きが地面を這うように動いた。まるで、嘲笑っているかのように。

 

「よけろ、凜堂!」

 

「言われなくても!」

 

 ユリスの声よりも先に凜堂は横へと跳んだ。さっきまで凜堂が立っていた空間が歪んでいるように見える。その辺り一帯の重力を強くしたのだろう。

 

「はっはぁ、そう簡単にゃ喰らってくれねぇか」

 

「何回か見たしな。避けるくらい、猿でも出来らぁ」

 

 ケラケラと笑いながらも、凜堂はいつ覇潰の血鎌の能力が発動してもいいように身構えていた。覇潰の血鎌の重力操作は発動させる前に範囲を指定する必要がある。なので、能力を発動させるのに一瞬だけだがタイムラグが生じる。並の者なら対応するのはまず無理だが、バーストモード時の凜堂には可能だった。

 

「見た程度で覇潰の血鎌(こいつ)を攻略したと思うんじゃねぇぞ!」

 

 イレーネの言葉に頷くように覇潰の血鎌が震える。

 

「なっ!」

 

 さっきよりも速いスピードで紫の光が地面を伝っていく。しかも、範囲がかなり広い。あっという間も無く凜堂は覇潰の血鎌の能力射程内に捉えられた。

 

「(こりゃ、完全に逃げるのは無理か!)……あら?」

 

 降りかかってくるだろう重圧に備えて凜堂は歯を食い縛ったが、彼を待っていたのは妙な浮遊感だった。見れば、両足がステージから離れて宙に浮いている。高さは二メートルほどだ。

 

「重力を強くするだけが能じゃないぜ。弱める事も出来るんだよ。それに強くするのと違ってこっちはそこまで疲労が酷く無ぇからな。こうやって広範囲を指定できる」

 

「そんなことも出来るのか」

 

 感心した様子で凜堂は浮き上がった自身を見下ろす。手足を動かしてみるが、力を加えられるものが何も無いのでどうする事も出来ない。体がくるくると回転するだけだ。

 

「感心してる場合か……待っていろ!」

 

「させる訳ねぇだろ!」

 

 凜堂を助けに向かおうとしたユリスに重圧が襲い掛かる。動きを完全に読まれていたようだ。

 

「ぐぅ……!」

 

 紫の光に押し潰されて倒れこんだユリスは苦しげに顔を歪める。どうにか立とうとしているが、膝を立てることすら難しい。

 

「あたしは『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』ほどコントロールはよく無いけど、止まってる的なら外さないぜぇ。単重壊(ウーノ・ファレガ)!」

 

 イレーネは目の前に重力球を発生させ、凜堂に狙いを定めた。いざ、放とうとしたその時、前触れ無しにイレーネがその場に膝を突く。顔色が良くなく、息も荒かった。

 

「ちっ、あれだけ補充したのにもう尽きたのかよ。流石に同時に三つの能力を維持するのは難しいか……!」

 

 消耗こそ激しいが、能力は今だに持続している。

 

「まぁいい。まずはお前からだ、高良!」

 

 今度こそ重力球を撃とうとするが、的である凜堂を見てイレーネはあんぐりと口を開いた。それはステージにいるユリスとプリシラ、実況と解説、そして観客も同様だった。

 

「やっべ、結構楽しいぞこれ!」

 

 覇潰の血鎌の能力に捕捉された高良凜堂。どうにか逃れようと四苦八苦しているかと思えば、擬似的な無重力状態を全力で楽しんでいた。両手両足をばたつかせ、くるくると回りながら子供のような笑顔を浮かべている。

 

「ははっ、世界がぐるぐる回ってらぁ! あはははは、あははははぎぼぢわるい……」

 

 調子に乗った罰が即行で当たったらしい。顔を青くさせながら口元を押さえている。唖然としながらイレーネは顔色を悪くさせた凜堂を見ていたが、怒りに顔を染めながら吼えた。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ、高良! 真面目にやりやがれ!!」

 

 その瞬間、凜堂の目が光る。棍をイレーネに向けたかと思えば、その先端が軽い射出音を上げて伸びていった。目を見開くイレーネの足下に棍の先端が突き刺さる。凜堂が手首を回すと、鉄棒を繋いだ星辰力が急速に縮んでいった。棍が元に戻る動きを利用し、凜堂は低重力地帯から抜け出す。

 

「ふざけてなんてねぇさ!」

 

 元に戻る勢いをそのままに凜堂は黒炉の魔剣で重力球を叩き切った。更に元に戻った棍を支えにして体を浮かせ、イレーネに蹴りを叩き込む。

 

「がぁ!!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 無意識の内に後ろへ跳ぶことで衝撃を流したようだが、それでもかなり効いたようだ。プリシラの元まで吹き飛んでいく。碌に受け身も取れてないところを見るに、かなり疲労しているようだ。

 

 素早く棍を引き抜き、凜堂はこのチャンスを逃すまいと二人に向かって早駆ける。

 

「凜堂、そのまま突っ込め! 咲き誇れ、銀槍の白炎花(ロンギフローラム)!!」

 

 立ち上がったユリスも炎の槍を顕現させ、凜堂を援護する。

 

重獄葦(オレアガ・ぺサード)

 

 だが、二人の攻撃は地面から現れた格子状の紫の壁に阻まれた。足を止めて凜堂は魔剣を壁に打ち付けるが、硬い感触が伝わってくる。かなりの力を込めて作られた壁のようで、そう容易に突破は出来ないようだ。それに突破したところで、イレーネが血を補充するのを止めるのは無理だろう。

 

「もう少し、蹴る方向を考えるべきだったか」

 

 己の迂闊さに歯噛みしながら凜堂は地面を蹴り、一跳びでユリスの隣まで戻った。二人の視線の先でイレーネはプリシラの首に牙を突き立てていた。その光景に凜堂は顔を顰める。それは横に並ぶユリスも同じだった。

 

「ユーリ、大丈夫か?」

 

「問題は無い。お前が早々に動いてくれたお陰で、覇潰の血鎌の能力もすぐに解除されたしな……時に凜堂。一つ聞きたいのだが……あの低重力を楽しんでいたような態度は相手を油断させるための演技か? それとも本気で楽しんでたのか?」

 

 暫しの沈黙の後、凜堂は囁くように答えた。

 

「……すまん。半分以上楽しんでた」

 

「……後で一発殴らせろ」

 

 はい、と殊勝に頷く凜堂にユリスは思わず噴出す。殴る気など更々無いが、これくらいの意趣返しはしておくべきだろう。さて、とユリスは表情を引き締めた。

 

「凜堂、準備は済ませた。私は何時でもいけるぞ」

 

「オーライ。いっちょ、やったりますか」

 

 魔剣と棍を握り直し、凜堂は前に進み出た。試合開始から、凜堂がバーストモードになってから三分近くが経過している。出来れば、そろそろ片をつけたかった。

 

「……待たせたな。それじゃ、第二幕と洒落こむか」

 

 重力の壁が溶けるように消え、イレーネが現れる。口元を拭うイレーネの背後では荒い呼吸を繰り返すプリシラが座り込んでいた。それを見て凜堂は苦笑する。だが、その目は笑っていなかった。

 

「本当、おっかねぇ代物だなそいつは。力を引き出すには自分、もしくは誰かを傷つけなきゃならない」

 

「何だよ、藪から棒に? 怖気づいたってんなら、さっさとギブアップしな」

 

 こっちも戦意喪失した相手を叩きのめす趣味は無いしな、と嘯くイレーネ。すぅっ、と凜堂の顔から表情が消える。

 

「本気で護れると思ってるのか、その力で?」

 

「……何が言いてぇ」

 

「そんな力でお前のやりたい事が出来るのかって聞いてんだよ」

 

「……黙れ」

 

「その力で彼女を護れるのか? 妹を怯えさせるような力で?」

 

「……黙れよ」

 

「最愛の妹を傷つけなきゃいけないような力で護れるのか!?」

 

「黙れってんだよ!!」

 

 振り下ろされた覇潰の血鎌を黒炉の魔剣で受け止める。鍔迫り合いをしながらイレーネは激しい怒りを込めた視線を凜堂に叩きつけていた。

 

「部外者が知ったような口叩いてんじゃねぇぞ! お前に何が分かる!? あたしにはな、これしか無かったんだよ、プリシラを護る力がこれしか!!」

 

 満身の力で覇潰の血鎌を振り抜き、凜堂を突き飛ばす。矢継ぎ早に繰り出される覇潰の血鎌の斬撃を凜堂は無言で捌いていった。

 

「プリシラを怯えさせる? プリシラを傷つける? んなこと、あたし自身が一番知ってんだよ! でも、あたしにはこいつしかいないんだ!!」

 

 イレーネは叩きつけるように覇潰の血鎌を振り下ろす。黒炉の魔剣と覇潰の血鎌の刃が接触し、雨のように火花を散らさせた。

 

「だったら、こいつに縋るしかねぇじゃねぇかよ……!」

 

 搾り出すようにイレーネの口から出た言葉。彼女自身、自覚があるかどうか分からないが、今のイレーネは泣き出しそうな、子供のような顔をしていた。

 

「……そうか」

 

 短く答えると、凜堂は魔剣を振り切ってイレーネを弾き飛ばした。

 

「なら、お前は何もしなくていい。こっちで勝手に終わらせる」

 

 お前にとっちゃ余計なお世話だろうけどな、と凜堂は二つの得物を構える。澄んだ視線がイレーネを射抜いた。

 

「……あ」

 

 その姿、その視線にイレーネは思わず手を伸ばしていた。その様は驚くほど弱々しく、そして儚い。まるで、助けてといってるかのようで……。

 

 イレーネはすぐに手を引っ込めたが、凜堂はそれを見逃さなかった。真っ直ぐな光を宿した双眸が彼女を見据える。そこに迷いは無かった。




 後二話で三巻を終わらせられると思う……多分。一応、無限の瞳の力が引き出されるのは次話です。さって、頑張って書くかな~。では、次で。

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