学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
「探し物、ですか?」
そ、と凜堂はクローディアに頷いて見せた。注意深く観察してみるが、凜堂が嘘をついてる様子は無い。それ以前にこの場で嘘を言って彼にプラスになることはない。彼の言った、探し物を探すというのは紛れも無い真実なのだろう。
「その探し物というのは? もし良かったら、お手伝いしますが」
「結構だ」
クローディアの申し出を凜堂は一刀両断する。少なくとも、彼の探しているものは彼以外の人間には見つけられない代物だからだ。
「欲しいものは自分の手で手に入れるさ」
「そうですか。では、気が変わりましたら仰ってください。何時でも手伝いますので……あ、そうそう。大切な事を伝え忘れてました」
「何だよ?」
「我が学園の特待生には各種費用の免除以外にもいくつか特権があります。その中の一つには学園が所有している
「純星煌式武装ってあれか? ウルム=マナダイトとかいう特殊なマナダイトを使ってるっていう」
えぇ、とクローディアは頷く。
万能素やマナダイトを用いた研究は落星工学と呼ばれていて、数多の科学技術の分野を開拓した。中でも最もその恩恵を受けているのがマナダイトをコアにした万能素変換式エネルギー武装、
既存の武器などと違って威力の調整が可能。その上、発動体は掌に収まる程度のサイズという運用面での絶対的な利点があり、現在では個人が所有するほとんどの武器が煌式武装となっている。
そして、マナダイトの中でも極めて純度の高いものはウルム=マナダイトと呼ばれ、それをコアにして作られたものは
ほとんどの純星煌式武装は統合企業財体に管理管轄されているが、その一部は運用データ収集という名目で各学園に提供されている。
「純星煌式武装を嫌う方もそれなりにいるので、使うよう無理に強いることはありません。それに純星煌式武装の中には副作用が必要となる場合もあります」
アスタリスクではその副作用のことを“代償”と呼んでいるそうだ。その他にも純星煌式武装には適合率なるものも存在するようで、星導館学園ではその適合率が八十パーセント以下だと、希望があっても使用の許可は出せないそうだ。
「それで、いかがされますか?」
「そうだな。そんじゃま、使うかどうかはともかく、見るだけ見させてもらいましょうかね」
凜堂の返答にクローディアは予想外といった感じで小首を傾げる。
「あら、意外ですね。てっきり興味ない、の一言で片付けられると思ってたのですが」
「なぁに、ちょっとした好奇心さ」
微かに苦笑しながら首を竦める凜堂をクローディアは推し量るような目で見ていた。彼の言う、ちょっとした好奇心とやらで純星煌式武装なんて重要なものに関わるような人間に見えないからだ。そんなクローディアの視線を受け流すように凜堂はケラケラと笑う。
「ま、その適合率ってのがどうなるか分からないんだし、期待しないで待っておくさ」
「そうですか。では、詳細は追って連絡します。一応、学園から通常の煌式武装をお貸しする事は出来ますが、いかがしましょう?」
必要ない、と凜堂は首を振る。既に凜堂は自分の武器を持っている。純星煌式武装という大きな力を持ったものならともかく、ただの煌式武装なんて彼には無用の長物だった。
「あぁ、そう言えば」
「何でしょう?」
「さっき言ってた最後の転入続きって何をすればいいんだ?」
転入に関する書類やら何やらの面倒なことはアスタリスクに来る前に全て片付けたはずだが。あぁ、そのことですか、と何かを言いかけ、クローディアは不意に口を噤んだ。
「?3?」
「こんなこと……いや、でも今を逃したら……」
疑問符を頭上に浮べる凜堂を余所にクローディアは何かを呟きながら周囲を見回している。そして何かを決心した表情を浮かべ、凜堂を真っ直ぐに見つめた。
「では、最後の転入手続きを行ないますので、目を閉じていただけますか?」
「は、目を? 分かった」
何で転入手続きで目を瞑るんだ? と疑問に思わないわけではないが、凜堂は言われたとおりに瞼を下ろした。クローディアが席を離れたであろう椅子が軋む音。目の前にクローディアの気配が近づいてくる。
(……はっ!? まさか、不良や極道なんかが気合いを入れるために思いっきり殴ったりするなんてのがあるけど、それに近しい何かをするつもりなのか!?)
どういう思考を経ればそんな結論に辿り着くのか一切不明だが、凜堂は己を襲う(と予測した)痛みに耐えるため、思いっきり歯を食い縛った。そして彼を襲ったのは、
「えい」
鋭い痛みではなく、柔らかな衝撃だった。というか、柔らかくて心地よい。凜堂がゆっくりと目を開くと、彼に両腕を回しながら胸に顔を埋めているクローディアの姿がそこにはあった。押し付けられた柔らかくて心地よい物体は彼女の胸だろう。はい? と固まる凜堂を意に介さず、クローディアは頬ずりを続ける。からかわれているのかそうでないのか判別がつかず、凜堂は動けずにいた。
「やっと……やっと会えた……」
しかし、彼女の唇の間から漏れるその声はからかいで出せる類のものではなかった。知らず知らずの内に凜堂はクローディアの頭へと手を伸ばし、優しく撫でていた。一瞬、クローディアは動きを止めるが、すぐに嬉しそうに頬ずりを続けた。
「……ふふ、何て。早速、可愛い反応を一つゲットです」
驚きました? と、悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべながらクローディアは凜堂から離れる。その声に微かな名残惜しさが感じられたような気がしたが、錯覚だと凜堂はその感覚を無視した。
「そりゃ誰だって驚くっての。何だ? 星導館学園だと、転入生に生徒会長が抱きつくなんて恒例事業があんのか?」
「あ、誤解しないで下さいね。誰にでもこんな真似をしているわけじゃありませんよ。こう見えて、貞操観念はしっかりしてますから」
そうかい、と凜堂は力の抜けた笑顔を浮かべる。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からないので、考えるのが面倒になったのだ。
「それで? 今のがマジで転入手続きだったのか?」
「そのことですか。それは嘘です」
マジ? と言葉を失う凜堂にクローディアはマジかマジでマジだShow Timeです、と相も変わらず素敵に微笑んでいる。
「ユリスを止めるのはあぁ言っておくのが一番効果的でしたから」
悪びれた様子も無いクローディアに凜堂はポカンとしていたが、やがてだらしなく開いていた唇を閉じ、愉快そうに口角を持ち上げた。
「お前、凄く面白いな。ロディア」
「ロディア……ですか?」
あぁ、と凜堂は頷く。
「俺は気に入った奴は名前で呼ぶけど、特に気に入った奴のことはあだ名で呼ぶことにしてるんだ。嫌なら普通に呼ぶが」
少し考え込んでから、クローディアは首を横に振る。
「いえ、ロディアで構いません」
「そうかい。じゃ、これからよろしくな、ロディア」
「こちらこそ」
互いに笑みを浮かべ、二人はがっしりと握手を交わした。
「あ~、そういうわけでこいつが特待転入生の高良だ。適当に仲良くしろ」
おざなり、ここに極まり、だ。もっとこう、言い方があるのではないかと思う凜堂だったが、隣に立つ一年三組担任の教師、谷津崎匡子に色々と求めるのは無駄だろう、と教室に入った時点で察していた。先ず第一にこの人物、真っ当な教師には見えない。スラリとした長身は素敵だが、如何せんその鋭すぎる目つきが全てをマイナスにさせている。口調も態度も教師のそれではなく、はっきり言ってしまえば不良にしか見えない。
そして何よりも目を引くのはその手に握られた釘バットだ。どう考えても教職員の持っていて良い代物ではない。しかも、相当に使い込んでるらしく、所々に赤黒い染みや硬くなった肉片のようなものがついていた。
「ほら、さっさとしろ」
釘バットに視線が釘付けになっている凜堂に匡子は挨拶しろと促す。
「うっす。ドーモ、皆サン。コンニチハ。高良凜堂DEATH」
誰一人として笑う者はいなかった。盛大に滑り、顔を引き攣らせる凜堂を見る生徒たちの視線は様々だった。興味津々なもの、警戒しているもの、無関心なものなど多々色々だが、友好的なものが少ないのは確かだ。その中の一人だけ、何とも複雑そうな表情で凜堂を見ていたが、それに関しては凜堂にも心当たりがあった。
「席は……丁度良かった。火遊び相手の隣が空いてるぞ」
「だ、誰が火遊び相手ですか!?」
匡子の言葉にその少女、ユリスが顔を真っ赤にして食って掛かる。
「お前だお前、リースフェルト。朝っぱらから派手にやらかしやがって。売られたってんならともかく、こんな時期に
「ぐっ……」
歯噛みしているユリスの隣の席に腰を下ろす凜堂。ちらり、と隣を見てみるが、ユリスは頑なに視線を合わそうとしなかった。
「まさか、同じクラスとはな」
「全く、悪い冗談だ」
同感、と授業の準備をする凜堂にユリスは視線だけを向ける。
「お前には借りが出来た。要請があれば一度だけ力を貸すが、それ以外でお前と馴れ合う気は無い」
「そいつぁ好都合だ。俺もお前みたいなボンバーガールと仲良くなんてなりたくないからな」
「だ、誰がボンバーガールだ!?」
you、と酷薄な笑みを浮かべながら凜堂は怒りで頬を紅潮させるユリスの顔を指差す。その笑顔と妙に発音の良いyouがユリスの神経を逆撫でした。
「うるせぇぞボンバーガール」
ユリスが凜堂に怒声を浴びせる前に匡子が待ったをかける。担任にまで
「ははっ、大した奴だな、お前」
後ろの席からかけられた声に振り返ると、そこには精悍な顔に人好きしそうな笑みを浮かべた男子が手を差し出していた。
「お姫様にそこまで言い返すなんて凄いぜ」
凜堂がその手を握ると、男子は嬉しそうにぶんぶんと上下させる。
「俺は夜吹英士郎。一応、お前のルームメイトってことになるな」
「高良凜堂だ。ルームメイトってこたぁ、寮のか?」
あぁ、と英士郎は頷いてみせる。
「そっか。なら、これからよろしくな、ジョー。俺のことは凜堂でいい」
「こちらこそよろしく……って、ジョー?」
「あぁ。知らないか? 明日のジョーって漫画」
いや、確かに俺は
「ま、いっか。しっかし、転入初日から
「やり合ったっつうか何つうか。面白いかどうかは……お前の主観に任せる」
その後、ホームルームが終わると予想通りと言うべきか、凜堂の周囲にはちょっとした人だかりが出来ていた。訊ねられる内容は勿論、今朝のユリスとの決闘のことだった。
「どうしてお姫様と決闘することになったんだ? その辺の情報って全然入ってきてないんだよな」
「いや、それよりも生徒会長が決闘を止めに来る前にお姫様と何か言い争ってたけど、何でだ?」
「そんなことよりもお姫様の攻略法だ! どうやってかわしてたんだよ?」
「確かにあれだけの時間、それもあんな棒切れ一つで凌いでいたなんて普通じゃないぞ」
と、興味津々なのもいれば。
「そんなの『
「全くだ。身のこなしにしろ、反応速度にしろ、全て凡庸だ。あの様じゃ『
「うちのスカウトも見る目なしね。何であんなのが特待生なのかしら?」
あからさまに冷淡なものもあった。とまぁ、毎回授業が終わるとそんな感じでクラスメイトや他のクラスの生徒にまで質問攻めに会い、軽薄な笑みを浮かべながら質問を受け流していた凜堂も放課後になる頃にはかなり疲れていた。
「元気だな、ここの生徒は」
「お疲れさん。人気者は辛いな」
深々とため息をつく凜堂の肩に英士郎の手が置かれる。人気者ね、と凜堂は薄く笑って見せた。
「人気者なのは俺じゃなくてボンバーが……リースフェルトのほうだろ?」
危うくボンバーガールと言いそうになり、慌てて凜堂は言い直した。ユリスがその場にいたら凜堂に詰め寄っていただろうが、幸いなことにユリスの姿は既に教室の中には無かった。
「連中が聞きたいのは俺の話じゃない。『リースフェルトと戦った何某』の話だ。別に俺じゃなくても、リースフェルトと戦ったってんなら、そいつに話を聞きに行ったろ」
だろ? と肩を竦める凜堂に英士郎はご明察、と軽く手を叩く。
「あいつ等だって内心、リースフェルト本人に話を聞きたいはずだぜ。ま、それが出来るかどうか甚だ疑問だけどな」
くく、と凜堂は軽く喉を鳴らすようにして笑う。この学園でユリスに気軽に話しかけられる人物なんて、それこそクローディアくらいのものだろう。
「と言うかよぉ、ジョー。一つ聞きたいことがあるんだが」
「その呼び方で固定なのか俺……まぁいいさ。それで何が聞きたいんだよ」
「何でここにいる連中はお前も含めてリースフェルトのことをお姫様って呼ぶんだ? あだ名か何かか?」
「あだ名ってぇか何てぇか……正真正銘お姫様なんだよ」
はぁ? と首を傾げる凜堂に英士郎は懇切丁寧に説明してくれた。落星雨以降、欧州ではあちこちで王政が復活した。その背景には統合企業財体などの思惑があったのだろうが、それはどうでもいいことだ。大事なのは、ユリスがその王政を復活させた国の内の一つのお姫様だということだ。
「リーゼルタニアって国の第一王女って訳だ。全名は確かユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レナーテ・フォン・リースフェルト。ヨーロッパの王室名鑑にも載ってるぜ」
へ~、と頷きながら凜堂はぼそりと一言。
「長いな、名前」
「驚くとこそこかよ!! 変わってるな、お前」
別に、と凜堂は軽く両手を挙げてみせる。実際、彼はユリスにそれほど興味はなかった。というか、余り関わりになりたくないというのが本音だ。恩人であろうが、失礼があれば爆撃する危険人物。それが凜堂のユリスへの今の評価だった。
「俺が悪かったのは事実なんだが、いきなり顔面ボンバーは過激すぎるっての」
「そのことなんだけどよ。何でお姫様と決闘する羽目になったんだ? 俺にだけでいいから教えてくれよ」
目をキラキラと輝かせながら英士郎は凜堂に訊ねる。苦笑いを浮べながら凜堂は両手でバッテンを作った。
「申し訳ございませんが取材はマネージャを通してください、ってね。ってか何でそんなこと知りたがるんだよ?」
英士郎がただの好奇心で聞いてくるような人物に見えず、逆に凜堂は質問を返していた。
「そりゃ、俺が新聞部だからだな。ほれ、キリキリ吐いて俺に明日の一面記事のネタを提供しな!」
と、英士郎が凜堂から情報を搾り出そうとしたその時、彼の携帯端末が鳴り出す。一言凜堂に断ってから英士郎が空間ウィンドウを開くと、そこではボブカットの女性が怒声を上げていた。どうやらその女性は新聞部の部長らしく、英士郎は呼び出しを喰らったようだ。
「ま、そういうわけだから俺は行くぜ。早くしないと何言われるか分からないからな」
「自業自得だろ。手前の仕事ほっぽって、決闘なんか見てた罰だろ」
凜堂の言葉に英士郎は面白そうに目を細める。
「へぇ、俺があの場にいたの知ってたのか?」
「そりゃな。俺の
なので、凜堂も英士郎があの決闘の場にいたことを知っていた。
じゃ、と片手を上げて教室から出て行こうとする英士郎の後ろ姿を凜堂が見送ろうとしていると、英士郎は振り返って凜堂を見た。
「なぁ、凜堂。今朝の決闘、本当に勝てなかったのか?」
「さぁ?」
何とも気の無い返事だ。
「リースフェルトの星辰力が尽きるのが早ければ勝てただろうし、俺が避けれなくなるのが早ければ負けてただろうし。そんだけの話だ」
そう話す凜堂の表情は本当に勝敗などどうでもいい、と語っていた。
「ふ~ん、勝ち負けには興味なしか」
凜堂の返答に頷きながら、今度こそ英士郎は教室から出て行った。教室に一人残された凜堂は大きく息を吐き出しながら天井を仰ぐ。
「少なくとも退屈だけはしなさそうだな、この学園は」