学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

40 / 50
 遅くなってしまい申し訳ありません。


その名の意味

「くたばれ!!」

 

 イレーネが覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力を発動させる。紫の輝きが地面を走り、凜堂へと迫った。右手に黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)、左手に棍を下げたまま、凜堂は紫の光をじっと見下ろす。そして紫の輝きが自身に届く寸前、ステージに足の裏がめり込むほどの力で高々と跳躍した。

 

「それで避けたつもりかよ!?」

 

 紫の輝きを跳び越えた凜堂を目で追うイレーネ。すぐにステージに堕としてやろうと凜堂に狙いを定めるが、

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔火(プリムローズ)!」

 

 絶妙な間で入ったユリスのサポートがそれを許さない。

 

「鬱陶しい! 百葬重列(シェン・グエスティア)!!」

 

 イレーネがオーロラのような紫の波動を放ち、舞い飛ぶ九の桜草を全て消し潰す。自身の技を掻き消された光景を前にしても、ユリスは悔しがる様子も無く何時でも動けるように準備していた。元より、今のはただの時間稼ぎでしかない。本命はあくまで、

 

一閃(いっせん)纏威(まとい)”!!」

 

 この男だ。凜堂は空中で体を捻り、真っ黒に染まった棍をイレーネへと叩き付けた。頭上からの一撃を覇潰の血鎌で防ぐ。巨岩が落ちてきたような衝撃にイレーネは歯を食い縛り耐えた。彼女の足元に衝撃で幾つもの罅が走る。

 

「もぉいっぱぁつ!!」

 

 凜堂の攻撃はそれだけで終わらない。着地すると間髪入れずに棍を掬うように振ってイレーネを打ち上げた。

 

「ちぃ!」

 

 身動きの取れない空中で凜堂の攻撃を回避するのは無理だと判断し、イレーネは覇潰の血鎌を盾代わりにして前へと突き出す。イレーネの行動に凜堂の顔が待ってましたとばかりに輝いた。棍を頭上へと放り投げ、魔剣の柄を両手で握り締める。

 

一閃(いっせん)重音(かさね)”!!」

 

 次の瞬間、凄まじい速さと量の斬撃がイレーネを、覇潰の血鎌を襲った。綺凛の連鶴(れんづる)に比肩するのではないかと思えるほどの連続攻撃。威力ではなく、速さと手数を重視した一撃一撃が吸い込まれるように覇潰の血鎌のコア部分へと叩きつけられる。

 

「なっ!?」

 

 紫の輝きが魔剣の刃を防ぐが、その防御も完璧ではない。一発ごとに伝わってくる確かな手応えに奮起し、凜堂は魔剣を振るう腕を更に加速させる。覇潰の血鎌が悲鳴のような甲高い音を発していた。

 

「ラストぉ!!」

 

 最後の一撃を叩き込もうと黒炉の魔剣を大上段に振り上げたその時、見えない力が凜堂を弾き飛ばす。余りにも突然のことだったので碌に防御出来なかったが、それでも凜堂はすぐに体勢を整えて視線をイレーネへと向ける。怒りに満ちた表情を浮べるイレーネと視線が合った。

 

「はっ、まさかあたしじゃなくて覇潰の血鎌本体を狙ってくるとは思わなかったぜ……!」

 

 落ちてきた棍をキャッチする凜堂にイレーネは鼻で笑って見せた。凜堂の狙い。それは覇潰の血鎌の破壊にある。純星煌式武装(オーガルクス)を壊すという事は神話に出てくる伝説の武具を破壊するのとほぼ同義。それだけ、純星煌式武装というのはイカれた存在だ。だが、破壊する側が同じ純星煌式武装というのなら不可能な話ではない。

 

 成功すれば確実に勝てるだろう。だが、狙いがばれてしまった以上、一人で覇潰の血鎌を打ち壊すのは無理だ。そう、一人では。

 

「ユーリ、そろそろやろう」

 

「あぁ、分かった」

 

 だが、今の彼には全幅の信頼を置ける最高の相棒(パートナー)がいる。彼女、ユリスと協力すれば、今一度のチャンスが作れるはずだ。凜堂の言葉にユリスは頷き、星辰力(プラーナ)を練り始める。それを見て、イレーネは覇潰の血鎌を構えた。

 

「何するつもりか知らねぇが、手前を潰せばそれで終わりだ。次で決めてやるよ……!」

 

 イレーネの言葉に頷くように覇潰の血鎌が紫の輝きを強める。

 

万重壊(ディエス・ミル・ファネガ)!」

 

 イレーネが覇潰の血鎌を一閃させる。すると、拳大の重力球が虚空に現れた。大きさは今までの重力球に比べて小さい。だが、その数は今までの重力球を遥かに凌駕している。

 

「こいつぁまた、とんでもねぇ……」

 

 十、二十、三十と、際限なく増えていく重力球に凜堂は驚きを露にする。最初は重力球の数を数えていたが、百を超えた辺りで無駄だと止めた。

 

「あたしはコントロールするのが下手くそだけどなぁ、こんだけありゃ二、三発は当たるだろ。まずは手前だ、高良。まずはお前を潰す……!」

 

「流石にこれだけの数を全部防ぐのはきついか……」

 

 黒炉の魔剣は大振りであるが故に小回りが利かない。幾ら凜堂の神速の斬撃を以ってしても、無数の重力球を斬るのは限度がある。なら、棍はどうかといえば、こちらなら全ての重力球を凌ぐことが出来るはずだ。だが、相手は純星煌式武装。対してこちらはただの鉄の棒。重力球に触れた瞬間、ただの鉄塊となること間違い無しだ。

 

「……ユーリ! 悪いけど、あれを使うぞ!」

 

 考えた結果、凜堂は切り札の一つを切ることにする。出来れば最後の最後まで取っておきたかったが、出し惜しみをして負けては洒落にならない。ユリスもその事を理解しているので、分かった! と言葉短く答える。相棒の許可を得て、凜堂は棍を握る左手に力を込めた。漆黒の星辰力が棍へと注ぎ込まれていく。

 

「何をしたってもう遅ぇ! 潰れて消えろ!!」

 

 凜堂が何かをする前にイレーネは指示を出し、無数の重力球を凜堂目掛けて放った。ユリスの方にもいくらかいったが、それは全体の一割程度だ。それくらいの数、ユリスならば余裕で防げるだろう。そう判断し、凜堂は自身に殺到してくる重力球に集中した。

 

「……」

 

 深く深く息を吸い込み、意識を集中させる。脳裏を過ぎるのは綺凛と一緒にバラストエリアに落とされた時のこと。あの時、凜堂は綺凛から借りた千羽切を使って黒炉の魔剣に酷似した巨大な光の刃を作り出した。

 

 これはあの時の再現。凜堂は棍へと際限無く星辰力を注ぎ込み、光の刃を形成しようとする。ただし、今回はあの首長竜もどきを斬った巨大な物ではない。限界まで刀身を圧縮し、威力を極限まで高めていく。

 

 そして限界を超える寸前で星辰力を解放する。現れるのは光り輝く白き刃、舞い踊る黒の紋様。

 

禍津(まがつ)御霊(みたま)”」

 

 襲い来る重力球の大群。無数の重力球に凜堂が飲み込まれ、その姿が見えなくなる。刹那、二条(・・)の剣閃が重力球を両断した。放たれる剣撃は止まる事を知らず、迫る重力球の群れを悉く切り裂いていく。

 

「「「……」」」

 

 イレーネが、実況席の二人が、ギャラリーがその光景に言葉を失う。数え切れぬ重力球を撃退する凜堂の絶技にではない。彼の左手に握られた、絶対にあり得ぬはずの物を見てだ。

 

『……チャムさん。これ、どういうことなんでしょう? 何で、黒炉の魔剣が二本もあるんですか(・・・・・・・・・・・・・・・)?』

 

『いやいやいや……純星煌式武装を複製するなんて、幾らなんでもぶっ飛びすぎっすよ……』

 

 誰もが絶句する中、凜堂は押し寄せる全ての重力球を二本の魔剣で斬り捨てる。もう重力球が残ってない事を確認し、凜堂は軽く息を吐きながら新たに作り出した魔剣、禍津御霊の具合を確かめた。見れば見るほど黒炉の魔剣と似ている。ただ一つだけ違うのはコアの赤いウルム=マナダイトが無いところだけだ。

 

「ま、複製って言えるほど性能(グレード)は高くないがな。オリジナルに比べると数段劣る」

 

 でも、と一度言葉を切り、凜堂は禍津御霊をイレーネへと突きつける。

 

「純星煌式武装とやり合うには十分な威力さ」

 

「この、化け物が……!」

 

 忌々しさと恐れを孕んだイレーネの台詞に凜堂は薄く笑った。

 

「化け物? 違う、俺は『切り札』だ」

 

 言うや、凜堂は一気にイレーネへ肉薄する。凜堂の急襲にイレーネも即座に反応するが、突如として全身から力が抜け落ちるのを感じた。

 

(あれだけ補充したのにもうガス欠かよ!?)

 

 咄嗟に下がろうとするが、既に凜堂はイレーネの間合いに入ってきている。逃げの姿勢に入れば、一瞬の内に校章を斬られるだろう。やむを得ず、イレーネは覇潰の血鎌を構えて凜堂を迎え撃った。

 

 二振りの魔剣が覇潰の血鎌を襲う。覇潰の血鎌が悲鳴にも似た音を奏で、大量の火花を飛び散らせた。妙に力無い迎撃をしてくるイレーネを見て凜堂は彼女がかなりの消耗状態であることを見抜く。

 

「いくら能力が強くったって、高燃費ってのも考えもんだな!」

 

「手前が言えた台詞か!!」

 

 ご尤も! と軽口を叩きながら、このチャンスを逃してはならないと凜堂は攻めの手を加速させる。段々と苛烈になっていく凜堂の攻撃にイレーネは防御するのに精一杯だ。徐々に凜堂の攻撃に反応できなくなり、やがて剣圧に耐えられずに後ろに吹き飛ばされた。

 

「ユーリ、頼む!」

 

「任された!」

 

 凜堂の叫びに応じ、ユリスは予め準備していた火球を手元にを生み出す。六弁の爆焔花(アマリリス)九輪の舞焔火(プリムローズ)といった攻撃のための技じゃない。

 

「咲き誇れ、炎蔓の飾王花(アレクサンドリート)!」

 

 その火球を、ユリスは凜堂に向けて放った。背後を振り返ることはせず、凜堂は禍津御霊を後ろへと突き出す。飛んできた火球が禍津御霊の切っ先に刺さった。すると、火球が花のように開き、中から炎の蔓が飛び出して禍津御霊の刀身に螺旋状に絡みつく。

 

禍津(まがつ)奥義(おうぎ)……!」

 

 炎の蔓が禍津御霊を覆ったのを見て、凜堂は星辰力を禍津御霊へと注ぎ込んだ。刀身は変化せず、代わりに炎の蔓が輝きを増していく。炎の蔓の光が最高潮に達すると、凜堂は禍津御霊を思い切り振り抜いた。

 

禍津(まがつ)迦具土神(かぐつち)”!!」

 

 放たれるは巨大な炎の波。魔剣の刀身から解放された炎は濁流となり、イレーネへと襲い掛かる。

 

「嘘、だろ……」

 

 視界全てを埋め尽くした赤い津波にイレーネは絶望の表情を浮かべた。逃げ道はどこにも無いし、防ぐのも今の消耗し切ったイレーネには無理だ。なす術も無く、イレーネは炎の波に呑まれ、見えなくなった。イレーネを捕らえた炎の波は球状に変化して彼女を閉じ込める。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 顔を青ざめさせ、プリシラはイレーネに歩み寄ろうとするが、炎の波が彼女の接近を許さなかった。

 

 炎がイレーネを拘束したのを見て、凜堂は走り出した。元々、イレーネを倒すつもりで出した技ではない。あくまで、彼女の動きを封じるためのものだ。その割には威力や範囲が大きすぎる気がするが、こうでもしなければイレーネを止めるのは無理だ。

 

 炎の檻に駆け寄り、凜堂はその表面に禍津御霊を一閃させる。表面が切り裂かれ、開いた隙間からイレーネが顔を覗かせた。意識を保つのに精一杯のようで、虚ろな目で凜堂を見返しているが、覇潰の血鎌を放そうとはしなかった。

 

「終わりだ、覇潰の血鎌……!」

 

 カタカタと音を鳴らす覇潰の血鎌に狙いを定め、凜堂は黒炉の魔剣を振り翳す。バーストモードのリミットが迫っているのか、全身が酷く痛む。だが、ここで終わるわけにはいかない。引き攣る体を叱咤し、凜堂は魔剣を覇潰の血鎌のコアに振り下ろす。

 

 その時、覇潰の血鎌が一際強い光を放った。目が眩み、思わず目を閉じる凜堂。視覚が断たれた状態の中、魔剣を通して何か硬い感触が伝わってくる。コアを斬った感触ではない。

 

(こいつは……!)

 

 答えに辿り着く前に凜堂は何かに吹き飛ばされ、木の葉のように宙を舞った。痛む体は思うように動かず、ステージに背中を強かにぶつけた。

 

「っつぅ~……」

 

「大丈夫か、凜堂!?」

 

 息が止まり、悶絶する凜堂にユリスが走り寄る。数回、深呼吸を繰り返してから大丈夫と頷き、凜堂は体を起こしてイレーネに視線を向けた。

 

「マジか……」

 

「ば、バカな!」

 

 凜堂に倣ってイレーネを見たユリスはそれを見て顔を驚愕に歪める。

 

 さっきまで炎の檻があった場所に覇潰の血鎌を携えたイレーネが立っていた。彼女の周囲には凜堂と炎の檻を吹き飛ばしたのだろう巨大な重力球が展開されている。

 

「まさか、あれだけ消耗した状態で覇潰の血鎌の能力を引き出したのか? いや、でもそんなことをしたら……」

 

 ユリスの言葉に凜堂は頷いた。覇潰の血鎌の消費量は尋常じゃない。大技一つを使っただけでほとんどガス欠状態になってしまう。そこから凜堂の、黒炉の魔剣の渾身の一撃を防ぐほどの重力球を発生させるにはプリシラから血の補給をしない限り無理だ。補給なしでそんな真似をすれば、確実に命を落とす事になる。

 

(でも、現にあいつは生きてる。今まで全力を出していなかったのか? それとも……)

 

「お姉ちゃん、無事だったんだ!」

 

 嬉しそうに顔を輝かせるプリシラ。最愛の妹の言葉にイレーネは応えようとしない。俯いたままだ。

 

「まさか……!」

 

 凜堂の背筋に薄ら寒いものが走る。根拠は無いが、確信できた。あれはイレーネではない……!

 

「プリシラ! 今のそいつに近づくな! そいつは今……っ!!??」

 

 プリシラに警告を飛ばそうとしたその時、凄まじい重圧がステージ全体を覆いつくした。

 

「がぁ!!」

 

「な、何だと!?」

 

 地面が罅割れるほどの重力にステージの所々が悲鳴を上げている。覇潰の血鎌の重力操作であることは確かだが、威力と範囲が尋常じゃない。ステージの九割以上が紫の光に呑まれている。凜堂とユリスも意識を飛ばさないようにするので精一杯だった。

 

「どうなってるんだ、これは!?」

 

「イレーネぇ!!」

 

 どうにか首を動かし、二人はイレーネを見る。そして信じられないものを目の当たりにした。二人同様に重力で動けないプリシラにイレーネが引き摺るように足を動かして近づいている。予想だにしなかった光景にユリスは愕然とするが、すぐに柳眉を吊り上げて怒鳴った。

 

「ウルサイス! 貴様、妹を巻き込むとはどういうつもりだ!?」

 

「無駄だ、ユーリ。今のイレーネはイレーネじゃない。あいつは覇潰の血鎌だ……!」

 

「な……純純星煌式武装が奴の意識を乗っ取ったとでもいうのか?」

 

 多分、と答えようとすると、上からの圧力がより一層強くなる。歯を食い縛る二人の眼前で、イレーネは物のようにプリシラを抱き抱えてその首に牙を突き立てていた。覇潰の血鎌はこれ以上無い程に禍々しい光を放ち、全てを嘲笑うかのようにカタカタとその身を揺らしている。

 

「とにかく、どうにかしねぇと。このままじゃプリシラが殺されちまう!」

 

 他ならぬ姉の手で。そんな惨劇だけは絶対に避けねばならない。凜堂は歯茎から血が滲むほど歯を食い縛り、無理矢理立ち上がった。体の所々からブツブツ、という何かが引き千切れるような音が聞こえる。それに伴って全身に激痛が走るが、そんなものに構ってる時間は無かった。

 

 しかし、どれだけ力を込めて体を動かしても脚はのろのろとしか進まない。亀にでも負けることが出来そうな鈍い歩み。イレーネまで十メートル程度しか離れていないのに、その数十倍の距離があるように感じられた。

 

 でも、歩くのを止めてはならない。可能性はまだ残っている。

 

 『星武祭(フェスタ)』では意識を失ったら負けというルールがあり、選手の意識の有無は校章が判断している。今だに敗北宣言がされていないのはイレーネの意識が微かに残っているからだ。そこに希望を見出し、凜堂は歩き続けた。

 

「よぉ、クソ馬鹿野朗」

 

 そしてイレーネの前へと辿り着いた。凜堂が呼ばわってもイレーネは何の反応も見せない。その手の中にある鎌が嗤うだけだ。

 

「聞こえてんなら返事くらいしやがれ」

 

 やはり、何も返ってはこない。一つため息を吐き、凜堂は焦点の定まっていない、幽鬼のようなイレーネの目を見詰めた。

 

「何も言いたくねぇってんならこれだけ聞かせろ。お前、妹を『護る』ためにその力を手にしたのか? それとも、妹を『使う』ためか?」

 

「……あ……」

 

 凜堂の言葉に一瞬だけイレーネの目に光が戻る。覇潰の血鎌が鬱陶しそうに光を放って凜堂をどかそうとするが、黒炉の魔剣を叩きつけられて強制的に黙らされた。

 

「お前には聞いてねぇ、黙ってろ。お前に聞いてるんだ、イレーネ・ウルサイス、お前だけに聞いてるんだ!」

 

 他ならぬ彼女に。プリシラ・ウルサイスの姉であり家族のイレーネ・ウルサイスに聞いてるのだ。

 

「お前はその力で何をする? 壊すのか、護るのか!?」

 

「あ、あたし、は……」

 

 イレーネと目が合う。それだけで答えは分かった。静かに頷き、凜堂はこの戦いを終わらせるために黒炉の魔剣を振りかぶる。覇潰の血鎌のコアを叩き切ろうとするが、それよりも覇潰の血鎌の方が速かった。

 

「あああああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 イレーネの絶叫がステージ中に響く。同時に不可視の力が凜堂を弾き飛ばした。三度、宙を舞う凜堂。咄嗟に防いだのでダメージは少ない。イレーネから数メートル離れた所に着地し、凜堂はもう一度イレーネに呼びかけようと息を吸った。

 

 次の瞬間、今までのものとは比べ物にならない程の重圧が凜堂を襲った。山その物が圧し掛かってきたような重さに耐えられず、凜堂は片膝を突く。どうにか視線だけを持ち上げてみると、自分に向かって紫の輝きが集まってくるのが見えた。

 

(全力で俺を押し潰すつもりか!?)

 

 どうやら、凜堂に黙らされたことが相当気に入らなかったらしい。覇潰の血鎌は今、凜堂を潰す事に全力を注いでいた。

 

「く、そ、がぁ……!!」

 

 指一本動かせない圧力の中、凜堂は搾り出すように吐き捨てる。そんな凜堂を嘲笑うように覇潰の血鎌が揺れた。やがて凜堂の体は紫の輝きに覆われ、彼は何も見えなくなった。

 

 

 

 

「凜堂……!」

 

 顔を青ざめさせながらユリスは跳ね起きる。ステージ全体を呑み込んでいた紫の光は一点、凜堂に集中しているので、能力の範囲外にいるユリスは普通に立つことが出来た。

 

 問題は凜堂だ。今までの一部始終をユリスは見ていたので、凜堂がどうなったのか知っている。ステージの上にある、光で作られた紫の繭。中がどうなっているのか見えないほど色が濃い。その中に凜堂はいる。ステージ全体を覆っている時点で立つことが困難なほどの圧力だったのだ。それが一点に集中したとなると、いくら凜堂とて長くはもたないだろう。

 

「待っていろ、すぐ助ける!」

 

 ユリスはアスペラ・スピーナを構え、視線を力なく項垂れているイレーネに、彼女の右手から離れない覇潰の血鎌へと注いだ。今や、イレーネは覇潰の血鎌の使い手ではない。ただの燃料を補給するためのパーツに過ぎない。そして役目を果たせなくなれば使い捨てられるだろう。

 

「道具風情が人間を舐めるな!!!」

 

 耳障りな嗤いをする覇潰の血鎌に嫌悪を露にしながらユリスは目の前に魔方陣を描き、持てる全ての星辰力を注ぎ込んだ。煌々と赤く輝く魔方陣にユリスは細剣を突きつけた。

 

「咲き誇れ、呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)!!!」

 

 主の命により現れた焔の竜が咆哮を轟かせる。それは覇潰の血鎌の嗤い声を掻き消し、ステージ全体を震わせた。焔の竜が再び吼え、覇潰の血鎌に向けて飛びだっていく。

 

 いくら純星煌式武装といえど、これだけの威力を持ったものの直撃を受ければ唯では済まない。覇潰の血鎌は重力球を作り出し、焔の竜にぶつけた。焔の竜と重力球が派手な音を上げてぶつかり合う。

 

「負けるな……!」

 

 焔の竜が押し返されるのを感じながらユリスは光の繭を見た。覇潰の血鎌が重力球にいくらかの力を割いたためか、微かに色が薄くなっている。ユリスはその中に凜堂の姿を捉えた。片膝を立て、蹲っている。

 

「何している。立て、立つんだ凜堂。お前が止めるんだ。あの悪魔の、覇潰の血鎌の嗤いを!」

 

 小さく、だが確かに凜堂の肩が揺れた。

 

「凜堂ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ユリスが名を叫ぶ。それに応えるように凜堂は黒炉の魔剣を振り上げた。

 

 

 

 

 何も見えない、何も聞こえない、動く事すら出来ない。気が狂いそうになるほどの痛みと重さを与えてくる圧力の中、どうにか凜堂は意識を手放さずにいた。

 

(……考えてみりゃ、滑稽な話だ)

 

 何もすることが出来ない中、凜堂は小さく唇を歪める。考えるのはウルサイス姉妹のこと。

 

 何とも皮肉な話だ。妹を護るために手にした力のはずなのに、今はその力に振り回されて妹の命を危険に晒し、あまつさえ自分自身すら死にかけているのだ。まるで、三文役者が演じる陳腐な悲劇を見ているようだ。

 

 そんな下らぬ悲劇を二人の少女に演じさせ、その様を嗤い愉しむ非道の輩を許していいはずが無い。ふつふつと湧き上がる怒りに凜堂は拳を震わせる。同時に、自分の中で二つの意思を感じ取った。

 

 黒炉の魔剣と無限の瞳。二つの純星煌式武装が、凜堂とはまた別の怒りを露にしていた。それは覇潰の血鎌に対する憤怒。己が主に膝を突かせた不届きものに向けて放たれる殺意だった。

 

 魔剣と魔眼。一人の人間を主としながら決して交じり合う事のなかった二つの魔が凜堂を通して繋がり合う。

 

「行くぞ、お前等!」

 

 凜堂に呼応するように二つの純星煌式武装が熱くなりだす。そして黒炉の魔剣が変化を始めた。コアのウルム=マナダイトが光り輝き、白い刀身の上の黒い紋様が踊るのを止めて何かを描こうとしている。徐々に形を変えていき、黒い紋様が一体の動物を映し出した。それは龍。大きく顎を開き、敵対者を喰らわんとする一体の龍だった。

 

『凜堂ぉぉぉぉぉ!!!!!』

 

 ユリスの叫びが耳朶を打つ。同時に上から覆い被さってきた重力が弱まった。狙い澄ましたかのようなタイミングに凜堂は口元を綻ばせる。

 

(本当、お前は最高の相棒だよユーリ!!)

 

 相棒の声に応えないわけにはいかない。凜堂は力を振り絞って立ち上がった。紫に染まった世界の中で一人立つ凜堂。満身の力で黒炉の魔剣を振るう。咆哮のような刃音と一緒に紋様の龍が顎を閉じた。

 

 その時、光の繭が食い千切られたように掻き消えた。

 

 覇潰の血鎌の嗤いが凍りつく。天に突き上げるように掲げた黒炉の魔剣をゆっくりと下ろし、静まり返ったステージの上で凜堂は宣言した。

 

「悪いが、俺がステージ(ここ)に立っている以上、悲劇なんて起こさせない」

 

 何故なら、

 

「こっから先は俺のステージだ!!」

 

 『高ら』かに、『凜』と『堂』々と。その名の意味を全身で表しながら凜堂は覇潰の血鎌を見据えた。




 高らかに凜と堂々と。だから高良凜堂。どうでもいい主人公の名前の由来でした。

 どうでもいいけど、この作品投稿してから一年経ったんだな。光陰矢のごとしとはよく言ったもんで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。