学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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 ども、遅くなって申し訳もないです。今回凄く短いですが、次話もすぐに投稿しますのでご安心を。


消えぬ悲しみに始まりを
『無限』を識る者


 界龍(ジェロン)第七学院(だいなながくいん)。アスタリスク南東に位置するその学園はこの六花において最大の規模を誇る。伝統的な中華風の建造物が多く、それぞれが無数の回廊で繋がれている。それらに囲まれるようにして庭園や広場があり、その様相は見る者に学園ではなく宮殿を連想させた。

 

 さて、この界龍第七学院だが、敷地内の一角に黄辰殿と呼ばれる場所がある。見た目は界龍にある他の建造物となんら変わりないのだが、界龍の中で最も重要な場所として界龍生徒たちには認識されている。その理由は黄辰殿の主にあった。

 

 黄辰殿の主。その者に与えられた二つ名は『万有天羅(ばんゆうてんら)』。界龍の序列一位であり、界龍を統べる主。三年前、六歳にしてその座に着いた少女の名は(ファン)星露(シンルー)といった。

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、楽しみじゃのう」

 

 界龍の回廊を歩く人影が二つある。一つは長い黒髪を蝶のように結んだ童女。もう一つは童女の傍らを歩く、女子と見間違われそうな容姿をした男子だ。この童女こそ、『万有天羅』范星露である。彼女の傍にいるのは(ジャオ)虎峰(フーフェン)、序列五位の星露の直弟子である。よく女と間違われるそうだ。

 

「随分と楽しそうですね、師父」

 

 楽しげに肩を震わせる星露に虎峰はため息を吐きたい気分だった。暗澹たる面持ちの虎峰を星露はちらっとだけ横目で見る。

 

「何じゃ虎峰。随分としけた面をしてるのう」

 

「七割ほど師父のせいなのですが……」

 

 ここ最近、正確には『鳳凰星武祭(フェニックス)』が始まった辺りから星露はひどく上機嫌だった。その訳を聞けるほど度胸のある生徒は少なく、また聞けるほど根性のある生徒がいても界龍の長は明確な答えを返さなかった。

 

 ただ、ルンルン気分故に起こす星露の行動に界龍の生徒は色々と被害を受けており、生真面目且つ直弟子である虎峰はそれが顕著だった。もっとも、残りの三割は星露が原因ではないのだが。

 

「本当におぬしはあの双子を毛嫌いしておるのう」

 

「別に毛嫌いしているわけでは……」

 

 そこまで言いかけ、虎峰は口を閉じる。嫌っているというか、馬が合わないのは紛れも無い事実だ。それは他の界龍の生徒にしても同じだろう。星露のいう双子とは(リー)沈雲(シェンユン)(リー)沈華《シェンファ》のことだ。それぞれ序列九位と十位に名を連ねる『冒頭の十二人(ページ・ワン)』である。ことコンビネーションにかけてこの双子に勝る者は界龍にいない。

 

 はっきり言ってこの二人、根っからの性悪だ。自分の才覚に対して相当な自負があり、それを裏付けるだけの力を持っている。ただ、その自負は傲岸不遜と言っても過言ではないレベルであり、尚且つ相手をいたぶるような戦い方をするため、多くの者から嫌われていた。

 

「まぁ、おぬし等の関係などどうでもいいんじゃが……そうじゃの。虎峰、準々決勝でおぬしに代わって奴が鬱憤を晴らしてくれるかもしれんぞ」

 

「奴とは(ソン)たちのことですか?」

 

「いんや、星導館の序列一位のことよ」

 

 くつくつと喉を鳴らす星露を驚いたように見ていたが、虎峰は戸惑いの表情を浮かべた。

 

「師父は宋たちがあの星導館のペアに負けるとお思いなのですか?」

 

「逆に聞くが、おぬしは宋たちが勝つと思っておるのか?」

 

 はい、と星露の質問に虎峰ははっきりと頷く。

 

「双子の肩を持つ訳ではありませんが、星導館の序列一位高良凜堂は今日の試合で純星煌式武装(オーガルクス)の使用に制限時間があることと、反動で動けなくなるという弱点を曝け出しました。これは余りに致命的です」

 

 その上、再度純星煌式武装を使うにはそれなりのインターバルが必要という噂もある。この噂の出所はレヴォオルフなので余り信憑性はないが、仮に本当だとしたら明日の試合までに回復しない可能性が出てくる。そうなった場合、ペアの片割れが序列五位の『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』だということを含めても宋たちが負けることは無いはずだ。

 

「……あやつらも同じことを言っておったが、おぬしまでそんなことを言うのか」

 

 その筈なのだが、星露は足を止めるとつまらなさそうな顔をしながら振り返り、軽くジャンプして虎峰の額をぺちりと叩いた。威力、音共に大したものではなかったが、前触れ無く叩かれてかなり驚いたらしく、虎峰は目を白黒させながら星露を見る。

 

「もちっと視野を広くして考えたほうが良いぞ。あれはあの小僧の弱点にはならぬ。仮に弱点だとしてもそこまで決定的なものではないわ」

 

「お、お言葉ですが師父。『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』と『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』が使えぬ以上、高良凜堂は」

 

 そこじゃよ、と星露は虎峰の言葉を遮る。

 

「おぬしも双子も、というよりも、アスタリスクにいるほぼ全員に言えることじゃが、おぬし等はあの小僧ではなく、小僧の持つ純星煌式武装に目を向けすぎておる……虎峰。おぬし、あの小僧が何時から純星煌式武装を使い始めたか知っておるか?」

 

「え? は、はい、勿論です」

 

 その辺りの情報は凜堂が序列一位になった時点で諜報機関が調べたので知っている。凜堂が純星煌式武装を持つようになったのは六月、即ち彼が星導館学園に転入してから間もなくだ。

 

「ですが、師父。それがどうしたと……」

 

 言いかけて、虎峰はあることに気付く。凜堂が転入したのが六月、そして『鳳凰星武祭』が開催されている今は八月。つまり凜堂は純星煌式武装を手にして二ヶ月ほどしか経ってないにも拘わらず、『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』を降し、『吸血暴姫(ラミレクシア)』を打ち破ったのだ。

 

「確かに高良凜堂はその二つ名の由来でもある『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』を使えぬかも知れぬ。だが、だからといって確実に後れを取らないと言えるほどに弱いかはまた別の話よ」

 

 二つの純星煌式武装を同時に制御するという離れ業をやってのけ、その上使い始めて間もないのに最強クラスの敵に勝つ。それ程の難行を成し遂げている者が弱いといえるのか? 答えは否だ。

 

「あの『無限』に見初められたのじゃ。この程度で躓くような男ではあるまいよ」

 

 そうですか、と頷いたところで虎峰は星露の言葉に首を傾げる。まるで『無限の瞳』のことを知っているかのような口ぶりだ。

 

「師父。『無限の瞳』について何かご存知なのですか?」

 

 虎峰の問いに答えず、星露はまた歩き始めた。慌てて追いかける虎峰には見えなかったが、彼女の口元に浮べられた笑みは本当に、本当に楽しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして別の場所。ある人もまた今日の凜堂の試合映像を見ていた。均整の取れた肉体を警備隊の制服に包んだ、凛然とした風貌の美女。ヘルガ・リンドヴァル。星猟警備隊(シャーナガルム)の隊長にして『王竜星武祭(リンドブルス)』二連覇を成し遂げた、アスタリスク史上最強の魔女(ストレガ)と言われている女傑だ。

 

 そのヘルガが試合映像を見ながら美しい顔を険しくさせていた。試合の様子を映した空間スクリーンは先ほどから同じ場面をリピートしていた。凜堂が龍のような紋様を浮かべた黒炉の魔剣で覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の光を切り裂き、覇潰の血鎌と同様の能力を発動させている場面だ。

 

「『無限の瞳』に魅入られた者がまた現れたか。いや、寧ろ入れ込んでいるのは彼ではなく奴か」

 

 小さく息を吐きながらヘルガは試合映像を消し、別のものを空間スクリーンに映す。そこには凜堂の詳細なデータや経歴などが書かれていた。このデータは凜堂が無限の瞳を手にしたと聞いた時から集めていたものだ。かなり読み込んでいるので凜堂の生い立ちや素性など、ヘルガはかなりのことを知っていた。

 

「こんな過去を生きてきたとすれば、誰も喪わなくていいように絶大な力を欲するのも頷けるな……最初から奴の与える渇望をクリアしていたことも納得がいく。奴が気に入る訳だ」

 

 この先、凜堂はどんどん無限の瞳の力を引き出していくだろう。そして無限の瞳もまた、凜堂に力を際限無く与えていくはずだ。その先に待つ結果がどのようなものなのか、ヘルガは知っている。故に彼女は厳しい表情をしていた。

 

「今だかつて、奴の力に呑まれなかった者はいない……会って話をする必要があるな」

 

 もし仮にヘルガの考える未来が現実のものとなった時、彼女は凜堂を殺さねばならない。険相な顔つきのまま、ヘルガは空間スクリーンを閉じた。


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