学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
「体力の限界by千○の富士」
「何を言ってるんだお前は……」
凜堂のボケた発言に弱々しい声で突っ込むユリス。試合終了後、二人は勝利者インタビューをキャンセルして控え室へと向かっていた。勝利者インタビューを断ると、報道関係者への心象が悪くなる上、観客からの人気が落ちてしまうこともあるようだが、今の二人にそのことを気にする余裕は無かった。それだけ今回の試合は厳しいものだった。
「本当、辛勝ってこういうことを言うんだろうな……あづづ」
「おい、大丈夫か?」
しかめっ面で腹を押さえる凜堂をユリスが慌てて支える。大丈V、と軽口で答えようとするも、きつく食い縛った歯の間から唸り声が漏れるだけだった。
「あんだけ無茶やった挙句に良いのをもろにぶち込まれたからな。正直、このままここで寝たい」
「その気持ちは痛いほど分かるが、そんなことをしたら風邪を引くぞ。寝るんならベットで寝ろ。幸い、明日は調整日で一日中休めるからな」
そうでした、と凜堂はどうにか己を奮い立たせ、半ばユリスに支えられながら歩いていく。
「次の試合までに体は回復しそうか?」
「人間、美味いもの食ってぐっすり眠れば割と回復するもんさ。大丈夫だろ。まぁ、俺が全力を出せるくらいになったとしても次の試合が面倒なことに変わりは無いんだけどね~」
凜堂のぼやきにユリスは渋面を作って応えた。凜堂の言うとおりだ。何せ、次の相手は……。
「あん?」
ふと、凜堂の足が止まる。一瞬、ユリスも怪訝な表情を浮べるが、凜堂の視線を追って驚きの表情を浮かべた。二人が視線を送る先、ついさっきまで死闘を繰り広げた相手が控え室の前に立っていたからだ。
「ほぅ、私と凜堂の合わせ技を受けてこうも早く回復するとは、大したものだ。敵ながら天晴れと言っておこう」
「今は敵じゃ無いだろ、ユーリ。よぉ、お二人さん、さっき振り。何か用か?」
「何、見事に俺達を打ち破った君達に祝福の言葉をと思ってな」
「俺達の完敗だった」
そう言って、包帯の巻かれた手を差し出す宋と羅。まさかの展開に二人は思わず顔を見合わせる。
「そ、うかい。そいつは態々どうも」
「う、む。ありがとう……と言えばいいのか?」
ぎこちないながらも二人はそれぞれに差し出された手を取る。今といい試合前といい、本当に武人然としたコンビだった。
「あぁ~、立ち話もなんだし茶でも飲むか?」
親指で控え室のドアを示す凜堂に宋は首を振って見せる。
「それは遠慮しておこう。君達の休息の邪魔をするのも忍びない……それに祝福だけしに来た訳ではないからな」
「と、言いますと?」
忠告だ、と宋。
「あの手の賭け。次の相手には通用しないと思ったほうがいい」
「ほぉ、それはどういう意味だ?」
宋の言葉にユリスは声音に険なものを含ませるが、宋は動じることなく言葉を続けた。
「言葉通りの意味だ、そう警戒しないでくれ『
「その言葉、素直に信じられると思うか? まして、次の私達の相手はお前達と同門だぞ」
「言いたいことは分かるが落ち着け、ユーリ。この二人が揺さ振りをかけてくるような奴じゃないって試合で分かってるだろ」
ユリスの肩に手を置いて凜堂は彼女を諭した。若干、不満そうに凜堂を見るも、ユリスは素直に険悪な雰囲気を引っ込める。彼女が警戒するのも無理は無い。何せ、二人の次の相手、即ち六回戦の相手は五回戦同様に
「同じ学園だからと言って必ずしも仲間意識を持っている訳じゃないさ。それとも、星導館は完全な一枚岩なのか?」
それは、と言葉を詰まらせるユリスの隣で凜堂がケタケタと笑う。
「ま、そういう内部不和があるのはどこも一緒だばらぁ!!」
余計な事を言おうとする凜堂をユリスの肘鉄が黙らせた。悶絶する凜堂に唖然とする二人にユリスは話の先を促す。
「まぁ、そんなに難しいことじゃない。俺達はあいつ等、つまり君達の次の対戦相手の
言い淀んだ割にははっきりと断言した。
「だからといってあの二人の弱点を君達に教えるつもりはないんだが、というか、その手のことを君達は受け付けないと思うが」
「あの双子より、君達のほうが好感が持てる。だから応援したくなった、それだけのことさ」
宋と羅は苦笑いしながら軽く片手を振る。苦笑で照れを誤魔化しているようだが、紛れも無い本心からの言葉のようだ。
「分かった、応援は素直に受けよう。それで、改めて聞くが、策が通じないというのはどういうことだ?」
「あの双子はそういった、策を弄することに悪魔的な才覚を持っている。欺き、騙し、不意を打つことに関して右に出る者はいないだろう」
「そしてあいつ等は君達のような戦法は絶対に取らない」
「戦法? ……あぁ、博打はしないってことか?」
ば、博打? と宋は凜堂が何気なく呟いた言葉に眉を顰めるが、気を取り直して話を続けた。
「君達は相手と自分を対等に考えた上で戦術を立てる。そこには当然リスクが伴い、君達はそれを受け入れてる」
要は戦闘における駆け引きの一つだ。それに敗れたからこそ、界龍の二人は素直に負けを認めているのだ。だが、次に戦う
「連中は相手と同じ土俵の上に立とうとせず、常に相手を見下し絶対的有利を構築して自らを絶対に危険に晒さない。そして好き勝手に相手を踏み躙る。そこに相手への敬意は欠片も無い、駆け引きの余地すらも。それが連中のやり方だ」
そして宋と羅はそれが気に入らない。君達も双子の試合を見ただろう、という問いにユリスは露骨に顔を顰め、凜堂は冷めた顔で肩を竦めた。黎兄妹といえば『鳳凰星武祭』の優勝候補であるため、当然データや映像に目は通していた。
試合、というかあれは試合と呼べるようなものではない。ただのワンサイドゲームだ。一方的に相手を甚振るかのような試合内容は基本的に善人である凜堂とユリスに強い不快感を覚えさせた。
「まぁ、お前達の言いたいことは分かった。ただまぁ、買い被られても困るがな。私達とて、楽に勝てるならそういうやり方を選ぶさ」
「世の中、勝てば官軍なんて言葉もあるからねぇ」
二人の言葉に界龍のコンビは薄く笑う。その笑みはどこか、二人がそんな手段を使うはずが無いという確信に満ちていた。
「それならそれで構わんさ。こちらの見る目がなかったと言うだけの話だ」
「策を使うなとまでは言わないが、気をつけることだ」
それだけ言って、二人は踵を返して去っていく。その後ろ姿を見送りながらユリスは顎に手をあてがう。
「どう思う」
「態々、こんなとこに来て揺さ振りかけてくるほど暇な連中じゃないでしょ」
「ま、そうだな」
校章で控え室の扉を開け、中に入る。そのままソファに直行し、二人仲良くソファに身を預けて大きく息を吐いた。宋と羅の言葉は気になるが、今はとにかく体を休めたかった。
「双子対策に連中の忠告を考慮に入れるが、それは明日話そう。観客がいなくなったタイミングを見計らってとっとと帰るぞ」
ユリスの言葉に凜堂は何の異議も唱えなかった。今は何よりも休むことが大事だ。何せ、次の準々決勝から決勝まで一日たりとも休みの日はないのだから。
「あぁ、それと凜堂」
何よ? と問う凜堂にユリスは悪戯っぽく笑ってみせる。
「次は準々決勝。つまり、後三回勝てば私達は晴れて優勝した事になる」
「ま、そうさな……今回みたいなしんどいのはもう勘弁して欲しいんだが、そういう訳にもいかねぇよな」
「それはそうだろう。で、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたいって、何がよ?」
やはり考えてなかったか、とユリスは苦笑を作った。
「優勝した時の望みだ」
「あぁ、そういやそんなのあったな」
この男、完全にそのことを忘れていた。ん~、と首を傾げながら黙り込むこと数秒、凜堂は真顔できっぱりと言い放つ。
「全っ然思いつかん」
だと思った、と苦笑いしていたユリスの表情が真剣なものになる。
「お前が私のことを護るために戦ってくれるのはありがたいし、その、凄く嬉しい。だが、そろそろお前自身の願いと向き合うべきだと私は思う」
「そげんこっちゃ言われてもねぇ……」
と、頭を掻いていた凜堂の脳裏に前触れ無くある光景が浮かぶ。三人の家族に囲まれ、屈託の無い笑みを浮かべている幼き自分。もう、未来永劫取り戻す事の出来ないものがそこにはあった。
「今、この場ですぐに見つけろとは言わない。決勝戦までまだ時間はある。ゆっくりとは無理だろうが、少し考えてみたらどうだ? 私も……まぁ、アドバイスくらいは出切ると思う。お前の相棒だからな」
最後の台詞を言ってて少し恥ずかしくなったのか、ユリスは若干赤くなった頬を掻く。気恥ずかしさから顔を背けていたが、何時もみたいに凜堂が軽口で応えないので訝しげに視線を凜堂へと戻した。
「……」
組んだ両手を顎に当てて黙りこくる凜堂。何時ものおちゃらけた雰囲気は引っ込み、その顔には自嘲と諦観、そして諦めきれずにいる苦悩が浮かんでいた。
「凜堂、大丈夫か?」
相棒の異様な雰囲気にユリスは思わず顔を覗きこみながら声をかける。ハッとしながら凜堂は普段どおりの飄々とした笑みで応えた。
「あ、悪い。中々、思いつかなくてさ。いざ、考えてみるとパッと思いつかないもんだな」
なはは、と笑う凜堂。しかし、それはユリスの知る凜堂のものとはどこかずれているように感じた。
「凜堂、お前」
大丈夫か、と訊ねようとしたその瞬間を狙い撃つかのようにノックの音が飛び込んできた。余りの間の悪さにユリスが面食らっていると、開いた空間ウィンドウが来客の姿を映し出す。
『……やっほー』
『ど、どうもです』
そこには紗夜と綺凛の姿があった。
この二人も別のステージて勝利を収めており、凜堂とユリス同様に準々決勝へと駒を進めていた。
「あら、お二人さん。わざわざ来てくれたの?」
『は、はい。折角だからお二人にお祝いを言いたくて……』
何ともいじらしい限りだ。彼女達も試合後だというのにありがたいことだ。
「とりあえず、入ってきたらどうだ? 今、開けるから待っていろ」
扉のロックを解除しようとユリスがコンソールを操作しようとすると、綺凛が慌てた様子でそれを止めた。
『あの、実は私と紗夜さんだけじゃないんです。もう一人お客さんがいるんですが、案内してもよろしいでしょうか?』
『リースフェルトにお客さん』
「私にか?」
きょとんとするユリスに紗夜は空間ウィンドウの中で悪戯っぽく笑ってみせる。紗夜と綺凛が左右に一歩ずつ退くと、お客さんの姿が空間ウィンドウ内に現れた。そのお客さんを見て凜堂が一言。
「何故にメイドさん?」
そう。そのお客さんの着ている服がメイド服なのだ。見たところ、小学校高学年くらいの純朴で愛らしい容姿をした少女だった。凜堂はその少女に見覚えが無かったが、ユリスは違うようだ。唖然と口を開きながら一言を搾り出す。
「フ、フローラ?」
「へぇ~、遠いリーゼルタニアから一人で。凄いな」
「えへへ、それ程でも……フローラと申します。皆様、よろしくお願いします!」
凜堂の賞賛に嬉しそうにしていたその少女、フローラは腰が直角になるほど深々と頭を下げる。驚く事に彼女はユリスが救わんとしている孤児院からやって来たそうだ。
「受付で難儀していたようなので話を伺ってみたら、リースフェルト先輩のお知り合いだと仰るので」
「……皆、見てた」
綺凛と紗夜の簡潔な経緯の説明に凜堂は納得顔で頷く。メイドの格好をした小さな女の子が相手となれば受付の人も対応に困るだろうし、道行く人々の視線もホイホイと集めるだろう。
「あい、その節はありがとうございました! 沙々宮様、刀藤様!」
本人に自覚は無いのか、見る者を和ませる無垢な笑顔でフローラは頷く。何時までも廊下に立たせておく訳にもいかないと、とりあえず控え室の中に入ってもらったのだが、メイド服の女の子がいる光景は凄いシュールだった。
「全く、来るなら来るで連絡の一つも入れればいいだろうに」
困ったような口調だが、フローラを撫でるユリスの手つきは優しく、浮べている表情はとても穏かなものだった。
(……あんなリースフェルト、初めて見た)
(そんだけユーリにとって大切な子なんだろ)
凜堂と紗夜が小声で話していると、フローラは連絡を入れなかった訳を話す。
「でも、陛下が『鳳凰星武祭』のチケットをくれる代わりに姫様には絶対内緒にしておくようにって」
「相変わらずの様だな、兄上は……その服も兄上の入れ知恵だろう?」
「あい! この格好なら姫様もすぐ分かるって」
「分かるかどうかはともかく、見つけ易いのは確かだな」
「ですね……」
凜堂の合いの手に綺凛が小さな苦笑いで同意していた。普段のユリスからは想像もつかないが、どうやら彼女の兄はかなりお茶目な性格をしているらしい。いい意味でも悪い意味でも凜堂と気が合いそうだ。ユリスはと言うと、こめかみを押さえながら諦めのため息を吐いていた。
「でも、今はこの服がフローラの普段着みたいなものですから、着慣れてて楽ですよ?」
普段着ぃ? と驚きの声を上げる凜堂。
「おい、ユーリ。メイド服が普段着ってどんな孤児院なんだよ?」
「戯け、そんな孤児院がある訳無いだろ。フローラは王宮付きの侍女として働いているんだ。まぁ、まだ見習いもいいところだがな」
通りで妙にフローラがメイド服を着慣れている訳だ、と凜堂は納得する。
「あ、姫様。陛下からの言伝で、『年末までには戻ってくるように』とのことです」
「……どこぞからせっつかれたか。まぁいい。兄上に言われずとも、一度は戻らなくてはと思っていたところだ」
それに、とユリスはフローラの肩に手を置いた。
「久しぶりに皆の顔も見たいしな」
「あい! 皆、姫様を心待ちにしてます!」
輝くような笑顔でフローラは頷く。その言葉は紛れも無い真実なのだろう。
「だけど、驚きました。リースフェルト先輩が孤児院のために戦っていたなんて……」
「……自分のために戦ってるわけじゃないのは何となく分かってたけど、そんな理由があったんだ」
「い、いや、別に私はそんな大層な事をしている訳では……」
素直に尊敬の眼差しを向けてくる綺凛と紗夜(こっちは普段通りの無表情だが)に赤くなった顔を見られぬようユリスは顔を背けた。話の流れ上、ユリスの事情を話さなければならなかったのだが、彼女はそれがどうにも照れ臭いようだ。
「そういや気になったんだが、フローラの嬢ちゃん」
「あい、何でしょう?」
凜堂の問いに首を傾げるフローラ。
「
どうしても気になったので、思い切って聞いてみた。
「何だ、藪から棒に?」
いやさ、と凜堂は前置いてから話す。
「お前さん、故郷でのことって余り話さないじゃん?」
「……そうだったか?」
そうよ、と凜堂は返した。実際、ユリスが凜堂に故郷の事について話してくれたのは、サイラスの一件で服を繕ってもらうために彼女の部屋を訪れたあの時だけだ。
「まぁ、聞いて欲しくないってんなら無理には聞かんさ。ただ、相方のことをもっと知りたいってだけさね」
「わ、私のことをもっと知りたいのか、お前?」
「そりゃまぁ、大切な相棒ですし」
「そ、そうか……」
そうか、ともう一度呟きながらユリスは思わず綻びそうになる口元を片手で隠す。何の気なしの言葉なのだろうが、それでも大切と言われて悪い気はしなかった。
「……(じ~)」
「な、何だ沙々宮」
「……別に」
ジト目で視線を送ってくる紗夜を思わず睨むが、プイと顔を背けられるだけだった。ちなみに綺凛はというと、
(私のことも大切に思ってくれるかなぁ)
と、何とも乙女なことを考えていた。
「ん~、どんな感じと言われましても、特に変わったことはありませんよ?」
ユリスに話を止めようとする気配はなかったので、フローラは可愛らしく小首を傾げながら口を開く。
「フローラ達と一緒にいる時は優しくて暖かくて、そしてお城にいる時は凛々しくて格好いい、何時もの姫様です!」
そいつぁ良かった、と凜堂は微笑を零す。フローラの言葉が本当なのであれば、ユリスは彼女らしく
「そうだ。折角だから写真でもご覧になりますか?」
「写真ってぇと、故郷の?」
あい! と元気良く答え、フローラはポシェットから携帯端末を取り出す。
「別に見て楽しめるようなものでもないぞ?」
「……それを決めるのは私達」
「わ、私も気になります」
気乗りしない様子のユリスとは対照的に紗夜は興味津々の様子。綺凛も遠慮がちではあるが、写真が気になるようだ。
「これが
フローラは楽しげに空間ウィンドウを次々と開いていく。大きな行事の集合写真から、日常の何気ない一コマと何でもござれだ。映っている場所も人もその時々の写真で異なるが、皆が皆、心から楽しそうに笑っている。ユリスが、子供達が、シスターが笑顔を浮かべていた。
「出来る限り、思い出を形にしておきたいというシスターがいてな。何でもない日常の写真があるのも子供達が彼女の影響を受けたからだ」
「ふ~ん、いいことなんじゃない?」
苦笑しているユリスの説明を聞きながら凜堂は一枚の集合写真を見る。孤児院の前で撮ったのだろうか、建物の前にユリスと子供達、そしてシスターが並んでいた。その写真も御多分に洩れず、皆が笑顔を浮かべていた。ユリス達の絆が見て取れる一枚だ。まるで、家族皆で撮っているかのような。
不意に凜堂の胸の中で何かが痛んだ。凜堂自身、分からない何かが彼の胸中を引っ掻いている。
「……楽しそうだな。ユーリも、子供達も」
「確かにそうだが、それ以上に大変だぞ。こいつ等の相手をするのは。正直、『鳳凰星武祭』の戦いの方が楽なんじゃないかと思えてしまうほどだ」
口ではそんなことを言っているが、ユリスが浮べている表情はとても優しかった。何時もの凜堂であれば、彼女のその顔を見て胸が暖かくなるような気分になるのだが、今の凜堂にはユリスの笑顔を見ていることが苦痛だった。
「……フローラ、この写真は?」
凜堂が思わずユリスから目を逸らすのと同じタイミングで紗夜がフローラを手招きする。何でしょう? と問うてくるフローラに紗夜は一枚の空間ウィンドウを指し示した。
「あぁ、それは姫様がフローラの髪を洗ってくれた時のものです」
そこには浴室に入るユリスとフローラの写真があった……両者共にバスタオル一枚の姿で。
「わあぁぁっ!?」
悲鳴を上げながらユリスはフローラの手から携帯端末を引ったくり、一瞬で全ての空間ウィンドウを消す。ユリスの余りの剣幕に皆が押し黙る中、大きく肩を上下させていたユリスはギロリ、なんて擬音が聞こえそうな勢いで凜堂を睨んだ。
「みみみ、見たか!? 見たのか!? 見たんだな!?」
「いや、見てないってばさ。そんな本人の許可も無いのに」
「許可があっても見るなぁ!!」
至極ご尤も。しかし、凜堂がその写真を見てないのは紛れも無い事実だ。
「フローラ、あれ程あの写真は消せと言っておいただろう……」
「うー、でも、折角の姫様との思い出が……」
こう言われてはユリスも言い返せない。
「こんな可愛い子の大切な思い出を消させようとするなんて、鬼、悪魔、ユリス!」
「……天をも畏れぬ鬼畜っぷり」
余計な茶々を入れた凜堂と紗夜にユリスの鉄拳が振るわれるが、完全な自業自得なので言及しないでおく。
「……それにしても、こんな小さな子を一人でよこすのは感心しない」
頭頂部にたんこぶをこさえた紗夜がフローラの頭を撫でる。身長的には紗夜もフローラと大差ないという突っ込みを飲み込み、凜堂は頷いて同意の意を示す。このくらいの年の子、それも女の子が遠出をするのであれば、保護者がいてしかるべきだ。
それにここはアスタリスク。『
「えっと、それには事情が……」
「兄上は昔の私同様、自由にできる資金を余り持ち合わせていない。だが、統合企業団体に従順なのでそれなりに融通は利く。『星武祭』のチケットまでなら伝手でどうにか出来たのだろうが、移動費用や滞在費までとなると無理だ」
恥ずかしそうにしているフローラに代わってユリスが投げ遣りな口調で説明する。察するに孤児院の皆でどうにか一人分の費用を捻出したのだろう。そしてアスタリスクに来た一人がフローラだったということだ。
「だけど、フローラは一人で大丈夫です! これでも姫様と同じ
落ち込んでいた雰囲気を振り払うようにフローラは両手をグッと握り締め、力強く言い切った。何とも勇ましい限りだ。彼女が星脈世代だというのは控え室に入った時点で分かっていた。アスタリスクに来る一人に選ばれたのもその辺りが一因だろう。
「勇ましいねぇ、ユーリの妹分は」
感心した様子の凜堂とは対照的にユリスは難しい顔をしていた。
「お前はまだそんなことを言っているのか……何度も言っているが、お前がそんなことをする必要は無い」
「フローラだって皆のお役に立ちたいんです!」
「お前はまだ小さい。そんな時から将来を狭めるようなことはしなくても」
「界龍の生徒会長さんはフローラよりも年下だって聞いてます! だったらフローラにも……!」
可愛らしい見た目とは裏腹にフローラはとても頑固な性格をしているようだ。
(誰に似たんだか)
心の中で囁く凜堂。
「そこで序列一位を引き合いに出すとはお前も大きく出たな……」
呆れ顔でユリスはため息を一つ。そこで助け舟を出したのは彼女の相棒である切り札だった。
「ま、お前さんがんなことする必要、というか時間は無いと思うぜ、フローラの嬢ちゃん」
予想外からの援護射撃にユリスは驚き顔で凜堂を振り返った。紗夜や綺凛、フローラが視線を送る中、凜堂は親指でユリスを指す。
「フローラの嬢ちゃんがアスタリスクのどっかの学園に入る頃にはここにいるユリスさんが全ての目的を達成しているからさ」
だろう? と挑発とも取れる凜堂の問いかけに驚いていたユリスは当然だ、と凛々しい顔で薔薇色の髪を後ろに払った。
「フローラ、最後に会った時にも言ったな。私は必ずお前達を助ける。そして、あの国を変えると。そのために全ての『星武祭』を制するとな。それとも何だ、お前は私に任せておくのが不安か?」
「そ、そんなことないです!」
「ならばよし」
ぽんぽんとユリスはフローラの頭を優しく叩く。こういう少し意地の悪い物言いをするようになった辺り、凜堂が彼女に変化を与えたことが窺えた。
「流石はリースフェルト。目標も志もその態度と同じくらい大きい」
「沙々宮、喧嘩を売っているなら買うぞ?」
ユリスの睨みもどこ吹く風といった様子で紗夜は頷いていた。
「でも、そうはいかない。少なくとも、この『鳳凰星武祭』は私達が勝たせてもらう」
ね、と紗夜に突然視線を向けられ綺凛は慌てていたが、やがて小さく、だがはっきりと頷いて見せた。
「はい、私達だって負けません。譲れないものがありますから」
まるで漫画か小説の中に出てくる登場人物のようなやり取り。これにフローラは目をキラキラと輝かせた。
「刀藤様と沙々宮様は姫様たちのライバルなのですね!」
「「「ライバル?」」」
三人の声が重なる。暫しの沈黙の後、互いに示し合わせたかのようなタイミングで凜堂を見た。はえ? と凜堂は首を傾げる。彼には三人に見られる心当たりが無かった……少なくとも彼自身には。
「きゃー、の○太さんのエッチ、とか言えばいいか?」
「どこにそんな台詞を言う要素がある、それ以前に誰がの○太だ」
呆れた、というか冷めたユリスの突っ込みに軽く傷つく凜堂だった。
「ま、俺等がぶつかるとしたら決勝だ。まずはお互い、そこまで駒を進めないとな」
互いのペアが違うブロックにいるため、もし戦うことになるとすればそれは必然的に決勝戦だ。そしてその決勝戦に行くまで互いに試合を残している。そしてその決勝戦に到るまでの試合には避けることが出来ない相手がいる。
「アルルカントのとこのお人形さん共に勝つ算段ついてんのか?」
アルディとリムシィ。毎試合、相手に一分間の攻撃の自由を与え、その上で今だに傷一つ負わずに勝ち進んでいる
「それは本番までのお楽しみ。こっちとしては凜堂達のほうが心配」
「次の試合、界龍の冒頭の十二人がお相手でしたよね」
相手が相手なだけにその心配も当然のものだった。
「まぁ、勝ってみせるさ。明後日には凜堂もバーストモードを使えるようになっているだろうし、どうとでもなる」
とは言ってみるが、ユリスの表情は浮かない。宋と羅の忠告がどうにも引っかかっていた。微妙な沈黙が控え室の中に落ちる。その沈黙を破ったのはメイド服の少女だった。
「あ、もうこんな時間! それでは皆様、フローラはこれで失礼します。次の試合も頑張ってください、全力で応援します!」
立ち上がり、ペコリと頭を下げる。そのまま控え室を出て行こうするフローラにユリスが呼び止める。
「待て、フローラ。ホテルまで送っていく」
「フローラは一人で大丈夫です。それに姫様はお疲れでしょうし」
いらぬ気遣いをするな、とユリスはフローラの額を小突く。
「凜堂、明日のことだが」
「作戦会議なら午後でも十分できっしょ。久々の再会なんだし、色々と話すこともあんだろ」
行ってこい、と手でジェスチャーする。
「なら、そうさせてもらうとしよう。どちらにしろ、お前も私も体を休めたほうがいい。午後からのほうが私としても助かる」
そうして、翌日の打ち合わせの大まかな予定を決め、その日は解散となった。
「にしても、本当に仲がいいな。あの二人」
「そうですね」
「……(こくり)」
手を繋いで廊下を歩いていくユリスとフローラを見送る三人。
「ふふ、こうやって見ると、リースフェルト先輩がフローラちゃんのお姉さんみたいです」
「……そうだな」
自然と綺凛の口から零れた言葉に凜堂は僅かに声のトーンを下げる。小さくなっていく二人の後ろ姿を見詰める凜堂の双眸に抑えきれぬ羨望の色があることに気付いたのは紗夜だけだった。
ども、こんばんわ。アスタリスクのアニメが待ち遠しい北斗七星です。普段、余りアニメとか見ないんですが、今回は見ないとなぁ。
どうでもいいけど、アニメのディルクの声って杉田さんなのね。何かちょっとイメージと違ったな……。だったら、誰が良かったんだよと聞かれたら返答に困りますが。
きり良く『鳳凰星武祭』の終わりまでやってくれると嬉しいんだけど。この小説も早いとこ『鳳凰星武祭』を終わらせにゃいかんな。では、次話で。