学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男   作:北斗七星

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 綺凛ちゃん、綺凛ちゃん、綺凛ちゃああああああんんんんんん!!!!!!!!!

 うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 失礼、興奮しました。それでは読んでやってください。


向き合うべき傷

「『悪辣の王(タイラント)』と会ったのか?」

 

「ん? まぁ、ちょっとした世間話をですね」

 

 ヘルガの問いに凜堂は何気ない風を装って答える。ほぉ、とヘルガの眼光が鋭くなるが、凜堂はポーカーフェイスを貫き通した。

 

「あのディルク・エーベルヴァインと世間話を、か」

 

「はいでさぁ。今、星脈世代(ジェネステラ)を取り巻いている環境をどう思っているかをウィットに富んだアメリカンジョークを交えて話してたんです」

 

「とても世間話の題材にするような内容ではないな」

 

 苦笑を浮かべていたヘルガの表情がすぅっと引き締まった。

 

「『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』について聞いていたのではないか?」

 

「やっぱ、分かります?」

 

 図星を突かれたにも拘らず、凜堂は動揺するでもなく頭を掻いた。元より、こんな無理のある言い訳が通用するとは思っていなかったようだ。まぁ、そんな詳しいことは聞いてないんですけど、と凜堂は肩を竦める。

 

「『無限の瞳』の適合者が『蝕武祭(エクリプス)』とかいう碌でもないものに出てたってことくらいしか知れませんでしたが……後、その適合者が殺されたかも知れないって」

 

 殺された云々に関してはディルク自身、明言していなかったので真実かどうなのか分からないが。そんな凜堂の考えを見透かしたのか、ヘルガはゆっくりと首を振った。

 

「……いや、『悪辣の王』の言っていることは紛れもない事実だ」

 

「何でそう言い切れんです?」

 

「その適合者を殺したのは私だからだ」

 

 言い淀むことも、目を逸らすこともなくヘルガは凜堂を真っ直ぐと見据えながら言った。寸の間、ヘルガの言っていることが理解出来ずに凜堂の思考が完全に停止する。

 

「え、何の、冗談……」

 

「こんな性質の悪い冗談で人を驚かせる趣味はない。殺す気など毛頭なかったのだがね……いや、言い訳だな。それ以外の選択肢がなかったとはいえ、私が彼を手にかけた事実が変わる訳じゃない」

 

「選択肢が、なかった?」

 

 今だ呆然としている凜堂から視線を外し、深い後悔を顔に滲ませながらヘルガは太陽が沈んでいく水平線を見る。

 

「あの時、あぁしていなければこのアスタリスクは地球上から跡形もなく消し飛んでいた……それだけの力を有しているんだ、君の右目に宿ったそいつは」

 

 反射的に右目を瞑る。暗転した視界の中、右目の奥で何かが鼓動を放つかのように熱を持っていた。ゆっくりと瞼を持ち上げ、凜堂は声が震えないよう努めながら問うた。

 

「何が、あったんですか?」

 

 一度、大きく息を吐いてからヘルガは口を開いた。

 

「我々が『蝕武祭』に乗り込んだその日、丁度、『無限の瞳』の適合者が試合で出ていた。そこで彼は暴走した」

 

「暴走?」

 

 あぁ、と頷きながら当時のことを思い出したのか、ヘルガは口元を苦々しそうに歪める。

 

「『無限の瞳』の力を引き出しすぎたんだ。あれは最早……人ではない。あれは人のサイズにまで凝縮された災害、天変地異その物と言っても過言ではないと私は思っている」

 

 無意識の行動か、ヘルガはゆっくりと自身のわき腹を擦っていた。

 

「人としての全てを失い、ただ圧倒的な力を振るい続ける暴力機関。自らの存在が消えるまで、有象無象の全てを破壊しつくす。そういうものに変わっていた。止める方法も、元に戻す方法も分からない上に時間もなかった……と、すまない。話を戻そう」

 

 口から零れていたぼやきを引っ込める。

 

「つまり、貴方は暴走した適合者を止めるために殺したってことですか?」

 

「それが警備隊長としての私の職務だ」

 

 ヘルガの言葉に凜堂はただ呆然とするしかなかった。『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』という新星が現れた今でも尚、最強の『魔女(ストレガ)』と言われ続けている彼女に殺す以外の方法を取ることが出来なかったと言わせるほどの力を適合者に与えた『無限の瞳』。

 

「何なんですか、こいつは?」

 

 己の内から湧き上がった恐怖にそんな質問が凜堂の口から漏れていた。あくまで私見だが、と前置いてヘルガは答える。

 

無限の瞳(そいつ)は子供なんだ。遊びたくて遊びたくて仕方が無い、善悪のつかない悪たれ。力を振りまくという遊びがしたくてうずうずしているんだ」

 

 だが、遊ぶ間もなく無限の瞳は純星煌式武装(オーガルクス)という小さな牢獄の中に閉じ込められた。力を振るう(遊ぶ)ことが出来ず、欲求は際限なく膨れ上がっていることだろう。

 

「子供、ですか……差し詰め、適合者は玩具ってことか」

 

「その認識で間違っていないだろう。適合者(君たち)という玩具を手にする際、無限の瞳は自分の(遊び)に玩具が耐えられるかどうかを試そうとする」

 

 渇望、と凜堂は囁いた。適合者の精神を崩壊させるほどの欲望。それに耐えることが出来れば、第一段階はクリアしたことになる。

 

「自分の干渉の第一波に壊れなかった適合者に無限の瞳は力を与え、戦わせる(遊ばせる)。それがそいつにとっての遊びだからな……暫く経つと、無限の瞳はただの遊びでは満足出来ないようになる。すると、また別の遊びを適合者にさせようとする。君にも覚えがあるだろう」

 

 イレーネとの試合で黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を介して発現した、覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力を喰らったあの現象だ。ぐっぱっと右手を開いたり握ったりする凜堂をヘルガは横目で見る。

 

本来(・・)であればその段階にまで進んだ者は周囲とのコミュニケーションが困難になるほどの干渉を無限の瞳から受けるのだがね」

 

「……干渉って言っていいのか分かんないですけど、それらしいものならありました。力が欲しいかって」

 

 独り言のような凜堂の返事にヘルガは驚いたように目を見開く。

 

「まさか、もう? いくら何でも早すぎる。まだ、二段階目に進んで二日しか経っていないんだぞ? 彼が壊れても構わないというのか? それとも、壊れないと信じて……」

 

「詳しいんですね。無限の瞳に適合して、使えた奴は俺以外にいないって聞いてたんですけど」

 

 ぶつぶつと呟いていたヘルガの口がぴたっと止まった。

 

「蝕武祭に出てたって言ってましたけど、それ以外にもいたんですね。無限の瞳の適合者」

 

「お察しの通りだ。君と彼以外にも適合者はいた。表の記録には残っていないがね」

 

 正確には残せない、だが。 決して数は多くないが、それでも無限の瞳を使えた者は何人かいたのだ。何れも、星武祭のような正規の大会に出れない何かしらの事情を抱えた者だったが、とヘルガは言う。

 

「こんなことを言っては失礼なんだろうが、君は運がいい。少なくとも君は自分の意思で無限の瞳を使うことを決められた。彼らには選択の有無すらなかったからね」

 

「その、どうなったんですか。俺以外の適合者の人って?」

 

「私も殺してしまった彼以外について詳しいことは知らないんだ」

 

 勿論、持てるもの全てを使って情報を掻き集めたのだが、どれも信憑性がないものばかりだった。植物人間、もしくは仮死状態でどこかの治療院にいるとか、闇社会から抜け出せずに永遠と戦い続けているとか、社会復帰して立派に生きているとか、確固たるものは何一つ無かった。

 

「話題が逸れてしまった、話を戻そう。あの他者の力を喰らって己のものにする能力、私は第二段階と呼んでいるが、そこから更に先があるんだ。その先へと進んだ結果、彼は暴走を起こした。試合の直前、彼は言っていたそうだ」

 

“誰かが、俺の隣にいた。力が欲しいかって俺に聞いてきた”

 

 凜堂の全身が粟立つ。その問いかけは前日、凜堂へと投げかえられたものと同じだった。これが何を意味しているのか、考えるまでも無い。激しくなっていく動悸を鎮めようとするが、一向に治まる気配は無かった。小さく荒い息を吐きながら凜堂は搾り出すように訊ねる。

 

「俺も、暴走するかもしれないってことですか?」

 

「……可能性は大いにあるだろう。無限の瞳は君を大いに気に入っているようだからな。自分の力を使わせようと、君が抵抗できないようなタイミングでアプローチをしてくるだろう。気をしっかりと持つことだ。明日の試合は特にね」

 

 はい、と答えようとするが、声を出せなかった。ただ、小さく頷く凜堂をヘルガはじっと見つめる。

 

「わか、りました。気をつけます。話ってこれで終わりですか?」

 

「いや、寧ろここからが本題だ……単刀直入に言おう。無限の瞳を手放して欲しい」

 

 今度こそ、完全に固まった凜堂にヘルガは厳しい表情を向けていた。

 

「今の話で分かってくれたと思うが、無限の瞳(それ)は本来、人の手に触れていいようなものではない。暴走の可能性があり、使用者だけでなく周囲の人間に危害を及ぼすかもしれない物を野放しにはしておく訳にはいかないんだ」

 

 もっと早くこうするべきだった、とヘルガは蝕武祭の時から後悔を抱えてきたが、今この場では関係ないと口にしなかった。

 

「君のような少年が背負う、いや、君に背負わせるべきものではない。その力で護るものを傷つけてしまっては本末転倒だろう」

 

 ふっ、とヘルガは表情を和らげた。

 

「先日の界龍(ジュロン)との試合、見させてもらったよ。見事なものだった。君は純星煌式武装(オーガルクス)を使わなくとも十分に強い。伸び代もまだまだある。そう遠くない未来、君は誰もが忘れないほどの者に成長しているはずだ」

 

 無限の瞳を手放させるため、煽てている訳ではない。ヘルガの瞳には純粋な賞賛が浮かんでいた。あの『最強』がここまで言うのだ。それは紛れも無い事実なのだろう。

 

 まともな者ならばこんな話を聞かされて尚、無限の瞳を持ち続けようと思ったりはしない。事実、凜堂も一瞬だけ本気で無限の瞳を手放すことを考えた。

 

「……冗談じゃない」

 

 だが、その思いは心の奥底から溢れ出してきた何かにあっという間に塗り潰されていた。

 

「十分に強い? 俺が? だったら、何で俺はあの日、親父を助けられなかった? 何で、お袋を、姉貴を……!」

 

 自虐じみた顔をしていた凜堂の口元が歪んでいく。歪みは凜堂の顔全体に広がっていき、やがて笑顔となった。そこに含まれた狂気にヘルガは思わず眉を顰める。貼り付けられたような笑顔をそのままに凜堂はヘルガを見やった。

 

「リンドヴァルさん、貴方の言葉を疑う訳じゃない。あの『最強』が言うんだ。俺は十分に強いんだろうさ」

 

 でもよぉ、と歪んだ笑みを深める。

 

「その十分な強さとやらで敵わない奴が世の中には山ほどいるんだよ。そんな連中が明日にでも襲ってこないなんて保障がどこにあるのさ?」

 

 伸び代? 成長? と凜堂は鼻で笑った。

 

「そんなもの要るかよ。俺は『今』強くありたいんだ」

 

 この世界は意思無き悪意に満ちている。その悪意の矛先がいつ何時自分の大切な人に向けられるかもしれない。

 

「強くなければ護れない、力が無ければ助けられない。無限の瞳(こいつ)は俺の求めていた力だ。どんなに危険だって手放してたまるか」

 

 凜堂の目が濁っていく。ほの暗い光が瞳の奥で怪しげに輝いていた。

 

「そうさ。例え、悪魔に魂を売ったとしても……」

 

 どろりとした不快な風がヘルガの頬を撫でる。見れば、凜堂の周囲にどす黒い星辰力(プラーナ)がゆっくりと渦巻き、世界その物を侵すかのように漂っていた。視界に入れるだけで怖気が走るような、そんな不快感を見る者に覚えさせる星辰力を前にヘルガは静かにため息を吐く。

 

「高良君、ここは君が力を振るう場所ではないぞ」

 

 おもむろに肩に手を置き、凜堂の目をじっと覗き込む。微かに手に力を込めると、凜堂の目に普段の輝きが戻ってきた。霧のように発生していた星辰力もいつの間にか霧散している。

 

「……あ、れ。俺は」

 

「揺らいでいるな」

 

 ヘルガはただ一言、そう告げた。

 

「『悪辣の王』から何か吹き込まれた、という訳でもないな。もっと、別の根深い何かだ。それが君の心に隙を作っている」

 

 心当たりがあり、凜堂は無言で視線を落とした。

 

「気をつけることだ。無限の瞳はその隙に容赦なく付け込んでくるぞ。心を強く持ち、自分を見失わないように」

 

 凜堂の肩から手を放し、ヘルガは背を向ける。

 

「君の意思はよく分かった。どの道、君の右目から無限の瞳を取り出す術が無い以上、手放すことは不可能だ」

 

 とある伝手で知り合いの研究者に無限の瞳の活動を抑える眼帯を作ってもらい、凜堂に渡すつもりだった。だが、渡されたところで凜堂はその眼帯を使わないだろう。

 

「高良君、これだけは覚えていてくれ。もし、君が無限の瞳の力に呑まれて暴走したならば、私は星猟警備隊(シャーナガルム)の隊長として君を殺さねばならない……そんなことはさせないでくれ」

 

 あんなのは一回だけで十分だ、とヘルガは凜堂にも聞こえない声量で呟いた。前途ある若者の未来を奪うなど。

 

「では、これで失礼させてもらう。明日の試合、頑張ってくれ」

 

 それだけ言うと、ヘルガは歩きだした。何も言えず、ただ彼女の背中を見送る凜堂。

 

「高良君」

 

 不意にヘルガの足が止まった。

 

「君が何のために無限の瞳を使うのか。それを忘れないことだ」

 

 それだけ言って、今度こそヘルガは去っていった。何のために、と凜堂は手を握り締める。

 

 何のために無限の瞳を使うのか。

 

「力が欲しいからだ」

 

 なぜ、力が欲しいのか。

 

「……そんなの決まってるわな」

 

 そんなこと、最初から分かりきっている。

 

 

 

 

「ここまでの映像を見て分かるように黎兄妹の最大の武器は星仙術の多彩さだ。特に幻惑系のものについてはアスタリスク一と言っても過言ではないだろう。兄の(リー)沈雲(シェンユン)は『幻映(げんえい)創起(そうき)』の二つ名が示すとおり、有るはずの無いものをさもそこに有るかのように見せる術を得意としている。妹の黎沈華(シェンファ)、『幻映(げんえい)霧散(むさん)』は有るものを無いように見せる術を使う。まるで凹と凸のように上手く噛み合った連中だな」

 

「だな~」

 

 ユリスの感想に凜堂は心ここにあらずといった様子で答える。場所は星導館学園のユリスが使用するプライベートトレーニングルーム。あの後、凜堂はフローラの安全を確認して戻ってきたユリスと明日の試合に向けて話し合っていた。

 

 ユリスは黎兄妹の試合内容を映した空間ウィンドウの前で自身の所見を語っていた。

 

「やはり、双子というだけあってコンビネーションは抜群だな。他の追随を許さないと言ってもいい。言葉どころか、大したサインも無しに完璧な連携を見せている。テレパシーか何かでも使っているのかもしれん」

 

 ユリスにしては非常に珍しく冗談を口にした。普段の凜堂であればまさか、と笑いながら軽口の一つでも返していたのだろうが、今日の凜堂にそんな余裕は無かった。押し黙っている凜堂をユリスは気遣わしげに見る。

 

「凜堂、聞いているか?」

 

「一応、聞いてるぜ……三割くらい」

 

「ほとんど聞いてないではないか」

 

 ユリスは目を半目にして自身が怒っているとアピールする。返ってきたのは申し訳なさそうに項垂れる、覇気を失った凜堂の謝罪だった。

 

「……ごめん」

 

「謝るくらいなら最初からキチンと聞いておけ……私、のせいか?」

 

 え、と顔を上げる凜堂をユリスは後ろめたそうに見つめ返した。

 

「ずっと、朝連絡をした時から気になっていた。今日のお前はどこか様子がおかしかったからな……いや、正確には昨日、フローラが私たちに会いに来てからだ。なぁ、凜堂。お前、私とフローラに自分と姉上を重ねているのではないか?」

 

 そんなこと、と否定しようとするが、完全にユリスの言ったとおりなので言葉が出てこない。これ以上ないほどに図星を突かれ、凜堂はうろたえるしかなかった。凜堂の反応にユリスはやはりか、と顎に手を当てる。数秒ほど迷った様子を見せるも、決然とした顔で凜堂に向き直った。

 

「……凜堂。私はこれから、お前を酷く不快にさせることを承知の上で話すぞ」

 

 お前は、とユリスは一度口篭るが、意を決したように凜堂に言い放った。

 

「お前は……過去に囚われすぎているのではないか?」

 

「っ! そんなこと……」

 

 ない、と断言できない自分がいた。気色ばみ、思わず語気を荒げそうになるが、すぐに凜堂は萎んだ風船のように肩を落とした。

 

「お前がアスタリスク(ここ)に来たのは護りたいものを見つけ、今度こそ護り抜くためだろう?」

 

 ユリスの問いに頷く。高良凜堂はそんな手前勝手な望みを叶えるため、アスタリスクに訪れた。そしてユリスという少女に出会った。

 

「前にも言ったが、お前が私を護るために戦ってくれるのは凄く嬉しい。嬉しいんだが、一つ気がかりがある。凜堂、お前は私を護り抜いた後、どうするつもりなんだ?」

 

「ユーリを護り抜いた後……」

 

 答えられなかった。それは当然だろう。何せ、考えたことなど一度もなかったのだから。

 

 これが物語か何かであれば、それでいいのだろう。凜堂はユリスを最後まで護り抜きましたとさ。めでたしめでたし、ハッピーエンドで終わりだ。しかし、現実は違う。現実は彼らが死ぬまで続いていく。

 

「凜堂、宋達との試合の後、私が優勝した時の望みを聞いたらお前は思いつかないと言ったな? あの時は私もお前がそういう奴だからと深くは考えなかった」

 

 だが未来について問われ、答えることの出来ない今の凜堂を見てユリスは確信した。凜堂は『今』だけしか見ていない。自分の先についてを考えず、ただユリスを護ることだけを考えている。それも彼が過去に体験したことを二度と繰り返さないためだ。

 

「お前は幼少の頃、家族を失った。過去の経験からお前は今度こそ大切なものを護ると誓った……だが、その誓いは同時にお前自身の未来を封じる鎖になった」

 

 反論しようにも声が出なかった。口を開いては押し黙り、何かを話そうとしては言葉を失うを繰り返し、やがて凜堂は自嘲気味に笑った。

 

「うん、そうだな……ユーリの言うとおり、なんだと思う」

 

 変わったつもりだったんだけどなぁ、と凜堂は右手で顔を覆う。結局、自分はあの頃から何一つとして成長していなかった。変わってなんかいない。ただのちっぽけで無力なガキだ。

 

「なっさけねぇなぁ、俺」

 

「ご、誤解するな。何も、それが悪いことだと言ってる訳ではないぞ!?」

 

 誰だって過去を思い返し、悔やむことはあるだろう。凜堂はただ、それが他人よりも大きかったというだけの話だ。

 

「完全に過去を振り切れる者などいない。お前に限らずな」

 

 そんな事が出来るものがいたとすれば、もうそれは人ではないだろう。 

 

「でも、凜堂。私達は生きているんだ。今を、そしてこれから先の未来を」

 

 過去は振り返るものであって、引き摺るものではない。まして、引き摺って生きていくには凜堂の過去は余りに重すぎる。

 

「いい機会、とは口が裂けても言えんが、『鳳凰星武祭(フェニックス)』の優勝を機会にこれから先、自分がどう生きていくかを考えてみてはどうだ? いきなり言われてもすぐには思いつかないだろうが、夢やなりたいものはないのか。私は応援するぞ」

 

 夢ねぇと数秒考え、凜堂はポツリと呟いた。

 

「……夢なら、あるかな」

 

 なぁ、ユーリ、と凜堂は今にも泣き出しそうな顔をユリスに向ける。

 

「死んだ人を生き返らせるって、幾らなんでも無理だよな!」

 

「……っ! 凜堂、お前……」

 

 無理に明るい声音で話す凜堂にユリスは何と言っていいか分からず、ただ呆然とすることしか出来なかった。空元気で出していた笑い声が小さくなっていき、凜堂は深々と息を吐きながら胸に手を当てる。

 

「分かってんだ、分かってんだよ。俺がどんだけ益体もないこと考えてるかって……でもさ、消えないんだよ。痛みも、後悔も……!」

 

 頭では理解している。心も納得している。それでも尚、彼を苛む傷はなくならない。血を吐くように吐露する凜堂にかける言葉が見つからず、ユリスはただ立っていることだけしか出来なかった。

 

「会いたいんだよ、会って話したいんだよ、親父とお袋、姉貴と……!」

 

 くそっ! と大きく悪態を吐き、凜堂はユリスに背を向けた。

 

「り、凜堂」

 

「悪い、ユーリ。とてもじゃないけど、話し合えるような気分じゃない。今日は帰らせてもらう」

 

 明日までにはどうにか気持ちを切り替える、とだけ言い、凜堂はユリスの返答を待たずに足早にトレーニングルームを出て行こうとする。思わず、ユリスは凜堂の背に手を伸ばしたが、結局何も言えなかった。

 

「本当にごめん」

 

 振り返らず、凜堂はトレーニングルームを後にした。一人残されたユリスは立ち尽くしながら両手で顔を覆った。

 

「私は、私は何て愚かなんだ……!」

 

 ユリスは凜堂に返しても返しきれない借りがある。凜堂にはいつも助けられてばかりだ。だから、自分も凜堂の助けになれればと考えた。凜堂が過去に囚われているという結論を出した時、凜堂が未来に目を向ける切っ掛けになればと思いこんな話をしたが完全に裏目に出た。ユリスの行いはただ、凜堂の古傷を白日の下に曝け出して抉っただけだ。

 

「謝らなければ……どの面下げて?」

 

 動き出した足が止まる。それに謝りに行ったところで逆効果にしかならないのは目に見えている。

 

「今の凜堂を元気付けられる者……」

 

 一人、思い浮かんだ。ユリスは一瞬だけ躊躇するも、携帯端末を取り出して震える指で操作する。最近覚えた番号を入力し、相手が出るのを待つ。数秒後、見知った顔が空間ウィンドウに映った。




 どうも、こんばんわ。アニメ化効果を肌で体験してる北斗七星です。にしても凄いわね。お気に入りが500、UAが60000越えですって。こんな拙作を多くの方に読んでいただけてありがたい話です。三屋咲ゆう先生は偉大ですなぁ、ありがたやありがたや。




 さって、こっからは少し真面目な話。最近、同じ内容の指摘をいただきましたのでそれについて少々。この作品、主人公を置き換えただけジャンという指摘がいくつかありましたが、そりゃそうでしょうね。そういう風に書いてますから。

 自分に改める気はないので、そういう作品が嫌なら読まないでください。嫌いなものを態々読んでご自分の時間を無駄にすることもないでしょう。

 今後、そういった指摘があった場合、かなり適当に返事をしますので。では。

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