学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
その名を聞いた瞬間、クローディアも美しい顔を曇らせた。
「悪いことは言いません、凜堂。あれは止めておきましょう。
そんなに危険なのか? という凜堂の問いにクローディアは真剣な表情で頷く。
「『
一拍置いて、クローディアは続けた。
「無限の瞳自体に戦闘能力はありません。その代わり、その名が示すとおりの無限にも近い力を内包しており、それを使い手へ与えます」
ざっくばらんに言ってしまえば、永久機関である。クローディアが説明している間にも六角形の中から放たれている視線は強さを増していき、容赦なく凜堂と
「それと同時にある代償をも使い手に与えます。異様なまでの渇望を」
渇望。読んで字の如く、渇くほどに望むことだ。渇望ねぇ、と凜堂は今一ピンと来てないのか、微妙な表情で頬を掻く。
「それって言うほど問題なのか? 渇望なんて、人間なら誰しも抱えているもんだと思うが」
程度の差こそあれ、人間は常に何かを求めている。人間とはそういう生き物だ。そして
「その渇望が、人格や精神を崩壊させるほどのものでも?」
凜堂の考えはクローディアの言葉に真っ向から否定される。
「……そんなに酷いのか?」
「えぇ。今まで、
「残りの半分は?」
「どうにか制御に成功し、ある程度の力を引き出す事は出来たのですが……渇望には耐えることが出来ず、精神的に衰弱し、所有権の放棄を余儀なくされました」
中には精神崩壊を起こしたり、発狂死寸前にまで追い込まれた者もいるとか。食欲や性欲など、渇望の内容に差こそあれ、どれもが持ち手の精神を破壊してしまうほどのものであることは確かなようだ。差し詰め、すぐに壊れてしまう玩具はいらない、ということだろう。
「そいつぁおっかねぇなぁ」
しみじみと呟きながら凜堂はその目を無限の瞳が収められた箇所から逸らさずにいた。相変わらず背筋には悪寒が走っており、注がれる視線を全身が拒もうとしている。だが、それ以上に凜堂の中で何かが叫んでいた。そこに自分の求めるものがあると。
「なぁ、ロディア。無限の瞳、見させてもらってもいいか?」
凜堂、と窘められるが、見るだけだから、と頼み込む。最初は渋っていたが、見るだけならとクローディアは端末を操作した。さっき、レスターが黒炉の魔剣を選んだときのように六角形の模様が凜堂とクローディアの前に下りてくる。
「これが
クローディアが取り出したのは立方体の透明なケースだった。その中には漆黒に輝く一つのウルム=マナダイトが収められている。
これがねぇ~、と凜堂はマジマジとそれ、無限の瞳を観察する。
「ってかこれ、どうやって使うんだよ? コアのウルム=マナダイトが剥きだしで、発動体も無いし」
「それはですね」
その時、凜堂と無限の瞳の視線が合う。瞬間、無限の瞳は莫大なオーラを放出してケースを破壊し、クローディアを吹き飛ばした。
「きゃあ!!」
「ロディア!! くっ!!」
一瞬、凜堂は意識を壁に叩きつけられたクローディアへと向ける。その一瞬を逃さず、無限の瞳は凜堂に突っ込んだ。凜堂が反応した時には既に無限の瞳は凜堂の眼前に迫っていた。
(避けられねぇ……!)
直撃を確信し、凜堂は無駄と思いつつも身を強張らせて衝撃に備える。しかし、無限の瞳は凜堂を攻撃する事はせず、彼の右目へと飛び込んだ。
「っ!!??」
それを認識した途端、凜堂は頭を殴られるような衝撃に襲われ、その場に膝を突いた。倒れる寸前に黒炉の魔剣を床に突き立て、どうにか体勢を保つ。
「り、凜堂……!」
「おい、大丈夫か!?」
『大丈夫ですか!?』
クローディアとレスター、それにスピーカー越しに職員が声をかけるが、凜堂はその声に反応しなかった。片膝をついた状態で動かずに固まっている。
「凜堂?」
もう一度、クローディアが呼びかけると、凜堂はゆっくりとクローディアに視線を向けた。その表情は苦悶に満ちていて、大量の脂汗をかいている。
「……ロディア。マクフェイル連れてこっから出ろ」
辛うじて、それだけを搾り出す。
「何を言って」
「早くしろぉぉぉぉ!!!!!」
凜堂の怒声にクローディアは身を竦ませる。その声はどちらかというと、絶叫に近かった。その声には普段の飄々とした色が欠片も見られず、どれだけ凜堂が切羽詰っているかが窺える。クローディアは頷き、レスターの元へと走った。
「マクフェイルくん、行きますよ」
「行きますよって、あいつはどうすんだよ!?」
「事態はよく飲み込めませんが、今の凜堂にとって私達が邪魔なのは確かなようです」
さぁ、とクローディアは半ば無理矢理レスターを連れてエレベーターへと向かった。二人がエレベーターに乗り込み、扉が閉まったのを視界の端で確認し、凜堂は大きく息を吐き出す。
「よく分からねぇが、お前は俺を試してるんだな? ……いいぜ、付き合ってやるよ、
凜堂が叫んだ瞬間、彼の体から漆黒の
「……う、るせぇなぁ」
それが凜堂の一番最初の感想だった。事実、凜堂の頭の中ではとんでもない音量の爆音が響いていた。例えるなら、数百組のデスメタルバンドが一斉に演奏を始めたような、そんな感覚。頭が砕けてしまいそうだ。軽く呻きながら凜堂は立ち上がる。多少、足下はふらついているが、支え無しに二本の足で体を支えていた。
「ここは?」
明滅するように見えたり見えなくなったりする目を見開き、凜堂は周囲を見回す。虚無、とでも言うべきなのだろうか。砂嵐を映すテレビの中に放り込まれたような、そんな感想をその空間は凜堂に抱かせた。
「……?
ふと、凜堂は右手に握っていたはずの魔剣が無い事に気付く。それに制服の内に戻しておいた鉄棒も全て消えていた。
「どこに行った……ぐっ!!」
頭の中の騒音が更に大きくなり、凜堂は堪らずに膝を突いた。脳を掻き毟るかのような音。それはやがて確かな言葉となって凜堂の胸を刺し貫く。
『凜堂、何のためにその力を使うのか。それを自分に問い続けろ。そして、絶対に使い方を間違えるな』
『大丈夫よ、凜堂。貴方なら絶対に見つけられるわ。だって、私と凛夜さんの子だもの』
『ちび凜堂! 今のあんたは小さい上に弱いから私が守ったげる。でも、もし将来、私よりも大きくなって、強くなったらその時は私を守ってね』
「親父、お袋、姉貴……くそが、人の心に土足で踏み込みやがって」
それは彼が失ってしまったもの。決して、もう二度と取り戻せぬもの。次々に暴かれていく凜堂の過去。力の限りに拳を握り締め、凜堂は己の心の中に押し入ってきたそれに呼びかける。
「おうこら。人の中にずかずか入り込んできやがって……これ以上、見るってんなら見物料取るぞ」
目の前を睨む。そこに現れたのは黒いダイヤモンドのようなウルム=マナダイト、
ー……が、……まえ……とめ……か?ー
どこからか、声が聞こえる。直接、頭の中で響いているかのようだ。それが無限の瞳から発せられているものだと気付くのに数瞬を要した。
ー……れが、お前の……とめる……からか?ー
「言いたいことがあるならはっきり言えよ」
ーあれが、お前の求める力か?ー
あれ? と口にしかけ、凜堂は苦笑いする。凜堂の心は既に無限の瞳に見透かされた。なればこそ、凜堂が何を求めているのか、無限の瞳は凜堂自身よりも理解していた。
「あぁ、そうさ。あれが俺の求める力、いや、全てだ」
ー力が欲しいか?ー
「欲しいな」
ーなら、与えようー
宙に浮かぶ無限の瞳から黒い光が溢れ出す。それは力の塊だった。持つ者に全てを薙ぎ払い、力尽くで望みを掴み取らせる膨大な力。力を求める者であれば、それが己の身を滅ぼすものだと分かっていても手を伸ばさずにはいられない代物だ。そんなものを目の前にして、凜堂は、
「……しみったれたこと抜かしてんじゃねぇぞ」
手元に現れた
「仮にも“無限”なんて大層な言葉をその名に冠してるんだ。与えるなんてけち臭いこと言ってないで、全部寄越しやがれ」
手の中で光り続け、逃げ出そうとする無限の瞳を力の限り抑えながら凜堂は傲岸不遜に言い放った。無限の瞳が凜堂に与えようとした絶大な力。それは無限の瞳が持つ力の一端に過ぎず、そのことを見抜いた凜堂はそれ以上のものを要求したのだ。もしこの場に第三者がいたら、凜堂の底の見えない力への渇望に戦慄していただろう。今の凜堂からはそれだけの狂気が放たれていた。次に凜堂は右手に握った魔剣へと視線を落とす。
「よく、俺の求めに応じてくれた。お前は
凜堂の言葉に黒炉の魔剣のコアが肯定するかのように小さく明滅する。魔剣の反応に満足そうに頷き、凜堂は握り締めた左手へと視線を戻した。
「
何とも情熱的な告白だ。その告白を受け、無限の瞳は凜堂の手の中で一際大きく輝く。それは凜堂の要求に屈した屈辱からくるものではなく、己の正当な持ち主と出会えたことを喜ぶ歓喜の光だった。
「状況は!?」
中に飛び込むなり、クローディアは叫ぶように訊ねる。少し遅れてレスターも中に入ってきた。対して職員達は困惑半分、焦燥半分といった表情でガラスへと目を向ける。そこから見えてたはずの空間も今や漆黒の星辰力によって黒く塗り潰されていた。
「おい、何が起こってんだこいつは!?」
「我々にも何が起こっているのかさっぱり分かりません。彼と無限の瞳が接触したかと思えば、いきなり彼からとんでもない量の星辰力が溢れて気付けばこんな状態に……」
職員の一人がしどろもどろになりながらも状況を説明していたその時、ガラスの向こう側を支配していた星辰力が綺麗に掻き消えた。
「凜堂!!」
クローディアがガラスに張り付くように室内を見下ろす。彼女の視界に映ったのは、部屋の中央に立つ凜堂の姿だった。右手には発動状態の黒炉の魔剣が握られており、右目からは炎のように黒い星辰力が揺らめいている。
『……流石に……ちょっと、疲れた、な……』
肩を大きく上下させ、顔に大粒の汗をかきながら凜堂はクローディア達を安心させるように笑って見せた。
「戻ったぜ、ロディア」
気さくな声と一緒に生徒会室の扉を潜る凜堂。あの後、早々に医務室へと連れて行かれた凜堂は学校医に全身を隈なく診察された。クローディアは凜堂に付き添いたかったようだが、レスターが適合率検査に失敗したことの事務処理をしなければいけなかったらしく、先に生徒会室に戻ってきていた。ちなみにレスターと愉快な取り巻きの二人の姿は無かった。
「お帰りなさい、凜堂。それで、どうでした?」
「どうもこうも、健康そのもの。変な風になったところなんてどこにも無いさ」
ここ以外な、と凜堂は瞼越しに右目を小突く。結果的に言うと、
「取り出すには右目ごと抉り出すしかないんだと」
「そんなことは絶対にさせませんのでご安心を」
「いや、そう言ってくれるのはありがたいんだが……」
確かにクローディアは星導館学園の生徒会長なので、それなりの権力を持っている。言葉の通り、凜堂のことを守ってくれるだろう。だが、もしもクローディアの権力が役に立たないような相手が出てきたら。例えば、アスタリスクを運営している統合企業財体とか。凜堂が何を考えているのか察したのか、クローディアは微笑みながらそれはないでしょう、と首を振る。
「確かに
「何でそう思うんだ?」
クローディアは答えず、代わりに大きな空間ウィンドウを凜堂の目の前に表示させた。それは凜堂と無限の瞳の適合率を示すグラフだった。これがどうしたんだ、と言おうとしながらグラフを目で追っていた凜堂は最終的な適合率を見て言葉を失う。
「……これ、桁一つ間違えてないか?」
「いえ、正常な数値です。私も信じられずに十回ほど確認しましたが、間違いありません」
両手を組み直しながらクローディアは真っ直ぐ凜堂を見つめる。
「適合率五百九十三パーセント。無限の瞳とこれだけ高い適合率を持ち、尚且つ代償の渇望が欠片も見られない貴重な人材を傷つける訳がありません」
右目を抉られる心配よりも、これから来るであろうスカウトの嵐を心配した方がいい、とクローディアは微笑む。凜堂は額に手をやって呻いていたが、悩んでいても仕方ないと気を取り直した。
「ま、そのことは追々悩むとして……一応、これで俺はこいつとあいつを使っていいんだよな?」
凜堂の言うこいつとは無限の瞳、あいつとは黒炉の魔剣を表していた。凜堂の問いにクローディアははっきりと頷く。無限の瞳は勿論、黒炉の魔剣に関しても凜堂は九十四パーセントと高い適合率を示した。これで文句を言う者など誰一人としていないだろう。もっとも、黒炉の魔剣は登録手続きのため、今は手元にないが。
「それでロディア。これだけじゃないだろ?」
「と、言いますと?」
惚けるない、と凜堂は薄い笑みを口元に浮かべた。
「適合率検査の前に言ってたじゃねぇか。俺に頼みたいことがあるって」
そのことですか、とクローディアは居住まいを正した。
「そのことなのですが凜堂。それはここで話せることではないので、追って連絡します」
「ここじゃ駄目なのか?」
頷くクローディア。
「壁に耳あり障子に目あり、と言います。二人きりのように見えて安全ではないのですよ、ここは」
生徒会長に安全じゃないと言い切らせる生徒会室。それでいいのか、と苦笑いしながら凜堂は了解の意を示した。