学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 作:北斗七星
クローディアから連絡が来たのはその日の夜のことだった。聞かれて質問攻めにあうのは面倒だったので、凜堂は英士郎に一言断ってから寮を出た。高等部以上の学生に門限が無いのが幸いした。
『もしもし。夜分遅くに申し訳ありません。あれからまた会議が一件入ってしまいまして』
空間ウィンドウが開いていない。音声のみの通信のようだ。
「俺は構わないがよ、そっちは大丈夫なのか? 女子が出歩く時間じゃないだろ」
『えぇ、ですから凜堂。お手数ですが、私の部屋まで来てください』
何ですと、と凜堂はゆっくりと確認する。
「私の部屋って……女子寮だよな」
『えぇ。部屋は東南の最上階です。窓は開けておきますので』
「いや、そういうことじゃなくて……」
前回、凜堂は女子寮が男子禁制だと知らずに敷地内に入ってしまっている。それでウェルダンにされかけたのだ。もし、万が一見つかったら、今度こそ炭化されるまで燃やされることは確実だろう。
『大丈夫ですよ。私はユリスみたいに決闘を申し込んだりはしませんので』
「お前はよくても他の女子がな……そもそも、生徒会長が率先して校則を破るってどうなんだ?」
正直言って、生徒会長を辞任させられてもおかしくないレベルだ。
『では、お待ちしておりますね』
しかし、当の本人は悪びれるどころか、気にしてすらいない。自分が生徒会長であることを自覚しているのか疑いたくなるほどにその声は涼やかだった。
「もしもし、ロディアさん?」
ぶつっ、という音がしたかと思うと、クローディアの声は聞こえなくなっていた。その上かけ直しても拒否されてしまう。どうしても面と面を向けて直接話さねばならないことらしい。
「しゃあねぇ、行くか」
流石にこのまま回れ右して男子寮に帰るわけにもいかず、凜堂は意を決して女子寮へと向かった。
「リースフェルト……ってか、ロディア以外の女子に見つかっても俺の学園生活は終わるな」
下手を打てば人生も……。背筋に冷たいものが走るのを感じながら凜堂は慎重に歩みを進める。気分はダンボールを被って敵をやり過ごす伝説の傭兵だ。
「しっかし、こんな変質者その物の行動をしなきゃならない日が来るとはな……」
アスタリスクに来る前はそんなこと考えたことも無かった。来るとこ間違えたか? と自問自答している内に凜堂は女子寮に辿り着く。アスタリスクに来た初日に見たとおりのクラシックな外観だが、今の凜堂には女子寮が物々しい要塞にしか見えていなかった。
「あそこか」
凜堂は女子寮の壁を見上げ、一番上の階の窓が開いている部屋を確認する。少しだけ躊躇したが、凜堂は覚悟を決めて最上階へと登っていった……壁から。
「これ、見つかったら何の言い訳も出来ないよな」
慎重かつ迅速に壁を這い上がり、凜堂は目的の部屋に辿り着いた。
「ロディア、俺だ」
いきなり部屋には入らず、まず凜堂は中にいるはずのクローディアに呼びかけた。しかし、返事は返ってこない。不審に思いながらもう一度声をかけるが、結果は同じだった。
「入るぜ」
一言断り、凜堂は部屋の中に足を踏み入れた。そして即刻帰りたくなった。
「場違いすぎやしませんかね、俺……」
クローディアの部屋は凜堂と英士郎の部屋とは比べようもないくらい広かった。調度品の一つをとっても品が良く、寮というよりも高級ホテルの一室にしか見えない。物珍しそうに室内を見回す凜堂。どこを見ても部屋の主であるクローディアの姿は無かった。
「留守って訳は……いや、ありえるか」
どんだけぶっ飛んでいても、クローディアは生徒会長だ。もしかしたら何か急用が出来たのかもしれない。
(どうする? ここで待ってりゃいいのか?)
この部屋で帰りを待つとなると精神負荷が凄そうだが、と凜堂が考えていたその時、前触れなく奥の扉が開いた。
「あら、早かったですね。すみません、シャワーを浴びていたものでしたから」
そこから現れたのは湯気とバスタオルを纏っただけのクローディアだった。ぎりぎり見えそうで見えない豊満な胸と太腿が異様なほどの色気を醸し出していた。
「ちょっと着替えてきますので、少々お待ちを」
平然とした表情で凜堂の目の前を通り過ぎ、隣にある寝室のドアノブを握ったところでクローディアが振り返る。
「覗きたければどうぞご自由に。ただし、責任は取ってもらいますけど」
冗談なのか本気なのか分からない声音だ。クローディアの言葉に対し、凜堂が返せるものは赤面させた顔に浮かぶ乾いた笑いだけだった。凜堂の反応に悪戯っぽい笑みを浮かべながらクローディアは寝室へと入る。残された凜堂は小さくため息を吐く。自分がからかうのはともかく、他人からからかわれるのは苦手らしい。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
「はい」
お呼びの声に敬語で答えながら凜堂は寝室に入った。予想通りと言うべきか、そこにはバスローブ姿のクローディアがベットに腰かけていた。どう考えても、これから男と話をする格好ではない。
「……いつも部屋だとそんな感じなのか?」
「えぇ。大体こんな感じですね」
正直言って、目のやり場に困る。言って直してくれるとも思えなかったので、凜堂は何気ない風を装ってソファーに腰を下ろした。そして、クローディアを真っ直ぐ見据え、
「眼福です」
と、一言。どうやら頭の中のネジが百単位で吹っ飛んでしまっているらしい。数秒後、自分で何を言っているんだと凜堂は頭を抱える。
「あらあら、こんな貧相な体で恐縮です」
貴方で貧相ならこの世の大部分の女性がまな板ということになりますが、と思わずにはいられない凜堂だった。
「こんな体で悦んでいただけるなら、いくらでも……」
不意にクローディアの表情が扇情的なものになり、潤んだ瞳を凜堂に向ける。ベットから軽く体を浮かせ、バスローブを脱ぐように手を動かしていた。
「……はっ!! そそそそ、そう言えば、さっきから気になってたんだが随分と豪華な部屋なんだな! これも生徒会長の特権か?」
彫像よろしく固まっていた凜堂だったが、ハッとするとあたふたしながら露骨に話題を逸らす。このまま雰囲気に流されていたら、取り返しのつかないことをしでかしてしまうという脳内の警鐘に従った結果だ。
「つれないですね。いえ、これは生徒会長ではなく、序列上位者の特権です。
「へぇ、ロディアも冒頭の十二人なのか」
「あら、悲しいことを言ってくれますね。凜堂はもう少し私に興味を持ってもいいのではありませんか?」
「そうだな。これからお前のことを知っていくよう努力するさ」
凜堂の答えにクローディアは満足げに頷く。
「今はそれで良しとしておきましょう。とにかく、生徒会長というのは実際は面倒なだけです。その上、実入りは少ないでし」
「それでも生徒会長の仕事をキチンとやってる辺り、相当な物好きだな」
「えぇ。面倒ごとが大好きですから、私」
どこか含みのある微笑を浮べながら脚を組みかえるクローディア。その動作が凜堂の視線を誘うが、凜堂はそれをきょくりょく無視して話を進める。
「お前のお願いっていうのも、その面倒な事に関係してるのか?」
「話が早くて助かります」
これを、とクローディアは携帯端末を操作し、宙に何枚もの空間ウィンドウを表示させた。それぞれ学年も違っており、特に統一性は見られない。
「彼らは今年の『
期待されていた。この言い回しの意味するところを凜堂はすぐに理解した。
「こいつら全員、何かしらの怪我を負って鳳凰星武祭への出場を辞退せざるを得なくなったのか」
凜堂に頷いて見せながらクローディアはウィンドウを消去する。
「原因は様々です。事故であったり、決闘中の怪我であったり……それ自体はこの都市では珍しくないので、そのために対処が遅れてしまったのですが、調べてみるとどうにも怪しいところがありまして」
「何者かの介入があった、ってとこか? リースフェルトみたいに」
「はい。先日のような直接襲撃されたという報告はありませんが、ユリスと凜堂の決闘の際にも狙撃という形で姿を見せませんでした。同じ様に彼らの場合も裏で同一犯が暗躍していた可能性があります」
ふぅん、と口元に手をやりながら凜堂は思考に耽った。
「証拠はあるのか?」
「いいえ。今のところはただの推測です」
それに、襲われた生徒のほとんどが非協力的なのだそうだ。中には犯人を見つけ出し、自分の手で落とし前をつけたいという者もいるらしい。それを聞いて、凜堂は強い呆れを表情に浮べる。
「おいおい、いくら自分の力に自信があるからってそりゃねぇだろ。理由は何であれ、襲われたんだから然るべきところに任しておきゃいいものを」
「皆さん、なまじ戦える力を持っていますから。事情を全て話せば少しは協力的になってくれるかもしれませんが、そういうわけにもいきませんし」
勿論、全部の生徒がそんな聞かん坊という訳ではないが。もし仮に犯人がそういった性格の生徒ばかりを狙っているのだとしたら、かなり計画的だ。
「ちなみにここだけの話なのですが、風紀委員はマクフェイルくんを有力な容疑者候補として念入りに調べています」
彼と取り巻きのランディには昨日の襲撃時間のありばいが無いそうだ。それを聞いて、凜堂は小さく一言。
「あんまり有能じゃないんだな、風紀委員って」
あらら、手厳しいですね、とクローディアも苦笑いする。
「マクフェイルの性格から考えて、んなせこい勝ち方でユリスに勝ってもあいつ自身が納得しないだろ。あいつが求めてるのはユリスとの真っ向勝負での勝利だ」
俺だったら警戒はするけど、そこまで重点的に調べたりはしないな、と凜堂は締め括る。
「にしても、容疑者候補になってるのってその二人だけか? もう一人いただろ。あのひょろいの。あいつは容疑者にはあがってないのか?」
「サイラス・ノーマンくんには完璧なアリバイがあるそうです。その時間帯は寮の部屋で勉強していたとルームメイトや友人が証言しています」
「そうかい……見事に手がかり無し、だな。こうも後手にならざるを得ない状況を作り出すとは犯人もそれなりにやり手だな」
「ですが、今回は私達に有利なことがあります」
次に誰が狙われるのか分かっているということだ。
「リースフェルト、か」
「えぇ。犯人が無差別に生徒を襲っているのなら、わざわざ姿を見せたりはしないはずです。そもそも、冒頭の十二人をターゲットにすること自体しないはず」
「つまり、犯人はそれが難しいって分かっていながら有力な学生を狙ったってことになるな」
自然と二人は身を乗り出し、互いの顔を寄せて小さな声になった。
「そこから推測するに、犯人は他の学園の意向で動いていると考えて間違いないでしょう」
わぉ、と凜堂は器用に片眉を持ち上げる。
「ってこたぁ、他の学園の奴が侵入してやってるってことか?」
「それはリスクが高すぎます。犯行場所のほとんどが学園内であることも考えて、犯人はうちの生徒でしょう」
「そこまでやるかぁ、普通……」
アスタリスクに存在する六つの学園、即ち星導館学園、聖ガラードワース学園、レヴォルフ黒学院、界龍第七学園、アルルカント・アカデミー、クイーンヴェール女学園は互いに覇を競い合い、そのどれもが友好的とは言い難い関係にある。
だとしても、今回の事件はアウトロー過ぎるのではないだろうか?
「無論、あってはならないことです。
「……お前も?」
凜堂の問いにクローディアは無言で応える。数秒の気まずい沈黙の後、凜堂は話の腰を折ったことを詫びながら先を促した。
「どの学園もやってのける、と言いましたが、ガラードワースとクイーンヴェールの二つは除外してもいいでしょうね」
どちらもイメージがある。仮に二つの学園のどちらかが犯人だとして、事件が露呈した時に被るダメージが大きすぎる。今回の事件で得られるメリットとそのデメリットの釣り合いが取れていない。次にクローディアはレヴォルフ黒学院の名を挙げる。
「この手のことが得意なのはレヴォルフですが、あそこが力を入れているのは『
となると、残されたのは界龍とアルルカントの二つだ。と、そこまで話したとろでクローディアは肩を竦める。
「まぁ、ぶっちゃけるとどこの学園がやっているかなんてのはどうでもいいんです」
軽くずっこける凜堂。
「こ、ここまで話しておいてどうでもいいのか?」
「はい。問題なのは他の学園が絡んでる以上、こちらも迂闊な行動を取れない、という点なのです」
けろりとした表情で言いながらクローディアはじっと凜堂を見つめる。
「実のところ、星導館学園には統合企業財体直轄の特務機関が存在します。上の許可がない限り私でも自由に動かすことが出来ませんが、風紀委員よりも遥かに強い権限を持っています。ですが、彼らを動かせばそう遠くない内に相手も気付くでしょう。統合企業財体はお互いの動向を厳しく監視していますから」
一旦、言葉を区切ってから続ける。
「そうなれば、犯人を影で操っている学園も即座に手を引くでしょう。それは間違いありません。でも、それでは意味が無いんです。何の証拠も得られないのであれば、それは我々の敗北ということになります」
そして統合企業財体は無意味な敗北を許さない。
「確実に犯人を捕らえられる証拠や保障がない限り、その特務機関殿は動かせないってことか」
「逆に言えば、それまでは向こうも襲撃を続行させる可能性が高い、ということです。そこで凜堂にお願いがあるのですが」
と、ここに来て漸く本題に入った。凜堂は反射的に居住まいを正し、クローディアと向き合った。
「暫くの間でいいので、ユリスの側にいてあげてくれませんか?」
「リースフェルトの側にぃ?」
お願いの内容が意外なものだったので、思わず凜堂は素っ頓狂な声を出す。
「ユリスは近い内にまた襲撃されるでしょう。多分、次のはあの子だけの力だけでは対処できないはずです」
その時はユリスの力になって欲しいのだそうだ。
「俺があいつの力にか? 俺じゃなくても別にいいんじゃねぇの?」
「いえ、凜堂じゃないと駄目なんです。既に知っていると思いますが、あの子は他人と距離を置くきらいがあります。その点、あなたには気を許しているようですし」
そりゃないな、と凜堂は断言する。自分で言うのもなんだが、こんな胡散臭い奴に気を許すお人よしもそうそういないだろうとも。対してクローディアは小さく笑った。
「貴方は本当に鈍いですね」
「失礼な。こう見えても昔はドン・ファンなんて呼ばれてて……すみません、見栄張りました。本当は女の子とお付き合いしたことなんて一度もありません」
自分で言ってて悲しくなってきたのか、凜堂は声を徐々に小さくしながら両手で顔を覆う。が、それも一瞬のことで、すぐに何時もの凜堂に戻った。
「俺じゃ役者不足も甚だしいと思うがな」
「出来る範囲で構いません。身の危険を感じたら逃げてくださっても結構です。それに側に誰かがいるだけで抑止力にもなるでしょう」
「……オーライ、やりましょ。どこまでやれるか分からんけど、出来るだけ期待に応えてみますよと」
「それを聞いて安心しました」
安堵の息と共にクローディアは表情を綻ばせる。
「しっかし、分からんな。どうしてそんなにリースフェルトに肩入れしてるんだ?」
「あら、生徒会長が自分の学園の生徒を守るのは当然じゃありませんか?」
「それだけじゃ無さそうだから気になってるんだが」
凜堂の言葉にクローディアは視線を逸らしながら囁くように答えた。
「私も他の学生と同様に己の願いを叶えるためにここに来ました。そのための必要なことをしているだけです」
「願い、か」
どこかしみじみとした様子で凜堂は小さく呟く。彼にも願いはある。もっとも、その願いの内の一つは未来永劫成就されることはないが。
「そうそう。引き受けていただいたからには報酬が必要ですね」
「報酬? いや、そんなもん要らんが」
遠慮する凜堂だが、クローディアは徐に立ち上がると凜堂に歩み寄った。その動きは緩慢だが、どこか得物を見つけた蛇を連想させるほどに滑らかだった。
「あの、ロディアさん?」
「うふふ……」
声をかけるも、返ってくるのは妖艶な微笑だけだった。これはまずい、と警鐘を鳴らす本能に従って立ち上がろうとする凜堂を押しとどめるようにクローディアはしなだれかかる。
「あの、もしもしぃ?」
「私を求めても、構わないんですよ?」
「何てぇ!?」
耳元で蠱惑的に囁きながらクローディアは凜堂の体に両腕を回し、ソファーに押し倒した。細い外見とは裏腹にその体は一寸の隙も無いくらいに鍛えられていた。例えるなら、最低限の装飾のみを施された日本刀のようだ。意外と筋肉質な、男らしい感触を存分に楽しみながらクローディアは潤んだ瞳で凜堂の顔を覗きこむ。
「辛いんじゃないんですか? おくびにも出してませんが、本当は
いいんですよ、私にぶつけてくれても。艶然と微笑みながらクローディアは凜堂の唇を指でなぞる。その一方、凜堂は、
(本当に美人だな、ロディアって)
と、冷静にそんなことを考えていた。実際、クローディアの柔らかな肢体を感じる全身は燃えるように熱く、心臓は早鐘のように鼓動を刻んでいるが、思考だけは妙に冷えていた。緊張やら何やらが一周振り切れて逆に冷静になった、といったところだろうか。
(って、冷静になってる場合じゃないな)
思考はともかく、体の方は非常に正直なので、このままだと色々と大変なことになる。そうならないようにするため、凜堂は行動に移った。
「ちょいと失礼」
「え? きゃっ!」
ひょいとクローディアを抱き上げ、今度は逆にベットへと押し倒した。凜堂の予想外の反撃にクローディアは可愛らしく小さな悲鳴を上げる。
「り、凜堂……」
「……」
無言でクローディアの顔に見入る。一気に形勢逆転され、クローディアは顔を棗のように真っ赤にさせて凜堂の視線を受け止めていた。長い長い沈黙(実際は数秒程度)の後、凜堂は納得したように頷く。
「やっぱ綺麗だな、ロディア」
それだけ言って、凜堂はクローディアの上からどいた。予想と違う展開にきょとんとするクローディアに悪戯っぽく笑いかける。
「悪いがロディア。そういう報酬はノーサンキューだ」
「……それは私に魅力がないということでしょうか?」
いんや逆々、と凜堂は手を振る。
「お前はすんごい魅力的だ。だからこそ、報酬なんて形でそういうことをするのは嫌だ」
そういう関係になるなら真っ当な恋愛の末になりたい、と凜堂は言い切った。
「ま、そういう訳だからロディア。もし、そういうことをするなら、まずは恋人から始めよう。うん、話はそれからだ……じゃあな!!」
言うや、凜堂は一足で寝室から飛び出し、窓へと向かった。
「まずは恋人から……そうですね。それが大切です。既成事実なんてその後に幾らでも作れますし」
なんて恐ろしい台詞が去り際に聞こえたが、凜堂は空耳だと自分に言い聞かせ、クローディアの部屋から外へと飛び出していった。
「はぁ、色々あぶなかった……やれやれ、だな」
どうにか誰にも見つからずに女子寮を抜け出した凜堂は近くの鉄柵に背を預けながら小さくため息を吐いた。
「ま、ロディアの行動はともかく、リースフェルトのことだな……あいつの側にいたら犯人ごと丸焼きにされるんじゃねぇの俺?」
「おい!!」
「なんとぉ!!」
突如、頭上から声をかけられて凜堂は心臓が口から飛び出しそうなくらいに跳び上がった。恐る恐る見上げてみると、窓枠から身を乗り出すユリスと視線が合う。
「そんなところで何をしている?」
「あぁ~、ちょいと野暮用でね」
さっきまで生徒会長の部屋にいました、なんて口が裂けても言えない。言ったら最後、男子生徒の丸焼きが出来上がるだろう。
「何だって? 聞こえないぞ」
言うや否や、ユリスは窓枠を蹴って飛び降り、仰天する凜堂の目の前に着地した。部屋着ということもあり、非常にラフな格好をしている。
「……俺、時々お前が本当にお姫様なのか疑問に思う時があるんだが」
「また貴様は口を開けば失礼なことを……まぁいい。あ、言っておくが、私が窓から飛び降りたのはこの前お前を追いかけた時が初めてだからな?」
それが中々便利らしく、時々この方法で外に出ているそうだ。何てことをしてしまったんだ、と頭を抱える凜堂の視線がユリスの手に握られた便箋へと向けられた。凜堂の視線に気付くと、ユリスは慌ててそれをポケットに押し込んだ。
「手紙か?」
「う、うむ。まぁ、そんなところだ」
そうか、と言っただけで、凜堂はそれ以上何も言わなかった。どこか触れて欲しく無さそうな、それでいて嬉しそうなユリスの態度から自分が踏み込むべき領域ではないと察したからだ。
「で、こんな時間にこんな場所で何をしているんだ?」
「……天体観測、かね」
天体観測? と訝しげにユリスは凜堂と一緒に夜空を見上げる。確かに夜空には無数の星が煌いていた。
「そ。上を見ながら歩いてたら何時の間にかここに迷い込んでたわけだ」
よくもまぁこんな嘘がスラスラ出るもんだ、と半ば自分に呆れながら凜堂は肩を竦める。ユリスも少し疑わしそうな目で凜堂を見ていたが、まぁいいと頷いた。
「ところで高良。明後日の日曜に予定は無いか?」
「明後日? 別に何も無いけど」
「ならば、約束通り市街地を案内しよう」
「マジか。んじゃ頼むぜ」
「それでだ。その……お前は私に案内を頼んだんだよな」
「え? そうだが」
他に頼んだ奴なんていないぞ、と凜堂。分かってる、と頷きながらユリスはもじもじしている。
「だからその、今度は邪魔が入って欲しくないというか……私にも自分のペースがあってだな」
そこまで聞いて、凜堂はピンときた。
「もしかしてサーヤのことか? なら、心配ないと思うぜ」
「何故だ?」
「あいつ、寝坊で休んだの全く反省してないって言われて谷津崎先生から補習って名目で仕事手伝わされることになったんだと」
そのことで紗夜は凜堂に泣きついたが、こればっかりは自業自得だと凜堂は心を鬼にして紗夜を突き放した。これで少しでも紗夜の寝坊癖が治ればいいのだが……無駄な望みだろう。
「そうか。沙々宮も気の毒に……そういうことならいい、うん。では、これで失礼しよう。詳細は追って連絡する」
ではな! と挨拶をしてユリスは女子寮へと戻っていった。帰りは普通に入り口からだった。
「日曜か。一応、学園の外だが襲ってくる可能性は……否定できないか」
警戒しておこう、と凜堂は踵を返して男子寮へと帰っていった。
どうも皆さんこんばんわ、北斗七星です。
パシフィック・リム見ました? 自分は見ました。うん、最高だった。
もし、見ようか見ないか迷ってる人がいたら見ることをお勧めします。浪漫という言葉が好きなら、絶対に見るべきです。では、次回で。