アザミのような貴方へ【完】   作:きょうの

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今回短いですがご容赦ください。とうとう、あの男の登場です。



第9話 Operation Distel Ⅲ

「なぜ!なぜだっ!」

 

 重厚なオークの机に、感情のままに拳が振り下ろされた。

 連邦首都で激昂しているのは長官ロリヤである。

 

 彼の下に、彼が恋い焦がれる女神こと『ラインの悪魔』を捕虜にしたという報が届けられたのが昨日の昼過ぎのこと。信じられない思いで幾度となく情報の真贋を確認させ、踊り出さんばかりの喜びを讃えたまま最高のサプライズを受け取ったはずだった。

 

 しかし、その日の夕方には一転して、彼の掌から彼女がすり抜けてしまったという許され難い報告が上がってきたのだ。

 報告はそれだけにとどまらず、前線将校たちがかの少女をしたたか甚振っていたことや、彼女を帝国へ連れ戻したのが婚約者とされる青年将校の指揮によるものだということまで伝わっていた。

 

 おかげで彼の心情は暴風のように荒れ果てている。

 

 その怒気に中てられた部下たちは自らの些細な言動ひとつも彼の更なる勘気に触れぬように委縮しきっていた。今、何かあれば収容所では収まらない。

 

 だが、それは杞憂に終わる。

 

 ロリヤが“愛”と称するそれは傍目には狂っていた。故に彼は考える。

 彼女はきっと私とまだ遊びたいのだ、と。

 そう考えて、彼は自分の背筋がぞくぞくと甘く震えるのを自覚した。

 素晴らしい。彼女は私の事をよく理解してくれている。

 彼女が望むなら喜んで付きあおう。ついでに婚約者などとほざく男も消してしまえば、後顧の憂いも払えるというものだ。

 

 そこまで考えてしまえば、彼の行動は早かった。

 早急に同志書記長と会議を設定するよう部下に申し付けて、彼はひとりほくそ笑む。

 

 

 

 

「『ラインの悪魔』の捕獲に失敗したようだな」

 

 モスコーの地底に同志ヨセフの冷ややかな声が響いた。急遽集められた面々は会議開始早々に、今、最も触れてはならない話題にやすやすと触れられて顔面が蒼白となる。対して責められている筈のロリヤはニコニコと笑って否定する。

 

「同志ヨセフ、まだ作戦は完全に失敗したわけではありません」

 

 あろうことか作戦の失敗を否定し、まだ続けられると述べる。書記長ヨセフが胡乱げな顔をし、それを見た多くの者が固唾を飲んで状況を見守る。

 

「同志書記長、お考えください。かの将校を我が軍は追い詰めたのです。今やあれは傷だらけで身動きが出来ないと聞いております。今なら、帝国に潜り込ませている奴らの手でそれを奪うことが出来るでしょう」

 

 失敗した前線将校たちの粛清や処分が行われると思っていただけに、列席者面々は違和感を覚える。同志ロリヤは何を考えている?

 

「そこまでする必要があるのかね。これ以上の踏込は、帝国中枢にようやく忍び込ませた者にまで類が及ぶだろう。それは痛い」

 

 この国では兵士が畑で採れるとは言え、潜入捜査ができるまで教育をするのには時間がかかる。不要なことをするなと諌めるヨセフに、ロリヤはさらに否定を重ねた。

 

「いいえ同志書記長。今しかないのです。今、この時を逃せばあの悪魔を捕える機会はもう二度と訪れないでしょう」

 

 未だニコニコと笑いながら、躊躇いもなくそれを語るロリヤに場が凍りついていく。彼の考えていることがまったく理解できなかった。

 

「各国に先立ち、あの悪魔を我々連邦が手に入れる。首都襲撃による外交の傷を癒す機会です」

 

 そう言われて同志ヨセフの心が揺れる。偉大なる独裁者の面子を蹴り飛ばしたあの首都襲撃の一件は決して許せないものなのだ。

 

「周辺国との戦闘も分析させておりますが、戦線の鍵は常に彼女です。今、それをこの手にすれば、必ずや帝国へのとどめとなりましょう」

 

 それに、と彼は続ける。

 

「失敗した愚か者を我々の手で処分すれば弾の無駄です。兵士は畑で採れても、銃弾には多くの資源が使われているのは周知のとおり。帝国に処分させればよいではないですか」

 

 その結果、彼女が手に入るならば奴らの命など数に入らない。

 ごくり、と誰かが息を飲む音が響いた。

 やはり彼らは処分される運命なのだと知りたくもないことを知ってしまった。連邦の収容所と帝国の尋問ではどちらを選べば苦しみは少ないだろう。

 

「同志ヨセフ書記長、よろしければ皆の意見も聞きたく思います」

 

 それはダメ押しの一言だ。水を向けられた側が恐怖に固まる。もし、ヨセフがそれを望まなかった場合、どちらにつけば生き残れるのか。

 

「……よかろう、同志。帝国の息の根を止めるためだ」

 

 誰かがヨセフのその言を聞いて安堵の息を零す。これで賛成さえすれば良くなった。

 

 

 そして、全会一致を以て作戦は続行されることとなる。

 

 

 無事に許可を得られたことで、ロリヤは有頂天になっていた。

 

 傷だらけのまま帝国へと逃げ延びたというロリヤの女神。

 聞いた時にはそれを為した将校らをどうしようかと思っていたが、もう一度彼女を手に入れる機会を得た今となれば些細な事であった。

 

 どころか、彼女の傷を思い、ロリヤは歓喜に満たされていた。

 白い肌についたその傷を愛撫すれば、きみはどんな風に啼いてくれるだろうか。目の前で婚約者とされる男を殺して見せれば、その端正なお顔を歪ませてくれることだろう。

 それを思い浮かべただけで笑いが止まらなくなってくる。

 

 麗しのわが女神よ。今、迎えに行こう。

 

 




 真理省がアップを始めました。筆者のシベリア送りが近いようです。
 その時はみなさん、どうか探さずお祈りくださいませ……

2017/11/5 誤字報告ありがとうございます
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