アザミのような貴方へ【完】   作:きょうの

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原作から外れた作戦に入ります。場面転換多いですがご容赦を。




第7話 Operation Distel Ⅰ

 

 

 帝国と戦争状態にある周辺国にとって、『おそるべきゼートゥーア』と『ラインの悪魔』は極めて邪魔な存在である。信じたくはないが、神でも味方したのだろうかと思うほどの偶然が重なり、つぶされた作戦は両の手では足りない。

 それは大戦の趨勢が確定しつつある現在でも変わりなく、どころかそれを確定づけるための策において彼らをどう対処するかは各国共通の難題であった。

 故に、それをどうにか排除しようと策が張り巡らされるのはごく自然なことと言えた。

 

 さらに、その中にあって連邦は少し変わった状況にあった。

 連邦首都強襲を機に、権力者ロリヤが『ラインの悪魔』に執心しており、そのことが軍の末端に至るまで知れ渡っていたのである。一時、魔導士の人権が剥奪されていたこの国において、対象を連れて来れば戦後も命が繋がるかもしれない。そう思わせる空気が連邦軍内部では培われていった。

 かくして、無謀なる『ラインの悪魔』争奪作戦が行われることとなる。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 その日、夜深い時間に彼らはふたりきりで向き合っていた。

 

「きみは今後の戦況をどう読むかね」

「私は一介の前線将校に過ぎません。それを口にする立場にはないかと」

 

 ターニャの脳裏をよぎるのは勝利を失ったあの日のことだ。当然ゼートゥーアもそれは承知の上で問うている。

 

「あれは我々の誤りだった。互いに祖国を思う身として、きみの忌憚なき意見を聞きたい」

 

 それを聞いて彼女の目に火が灯る。続いて出てきた想定に、ゼートゥーアは黙り込んだ。

 おおよそ彼の想定と変わらない。どころか、その一歩も二歩も先を行っていた。未だ己ではこの化け物に届かないのだと彼は自分を戒める。

 

「では、それを理解した上でこの作戦についてどう思う」

 

 渡されたものをターニャはじっくりと読み込んでいく。ゼートゥーアはその様すらつぶさに観察していた。

 読み進めていく彼女は険しい顔をするものの否とは言わなかった。おそるべき幼女。その内容を命じられれば、大人ですら動揺の一つも見せるだろうに、彼女はそれすら律しきる。

 

「私はこれが最善だと判断した。何か不足があるかね」

「いいえ、私もこれが最善だと判断いたします」

 

 言い切る彼女を前に、彼は腹を括るしかない。子どもを戦地に送るは軍人の恥。それをわかって彼は命じるしかない。

 

「閣下、私からもひとつよろしいでしょうか」

 

 苦い思いで告げようとしたとき、彼女が彼の言葉を遮る。一介の将校としてはあり得ないことだが、彼女にはその資格があった。

 

「聞こう」

 

 それは互いに先を見通すことが出来る者だということ確信した上での話だ。

 

「この作戦が成功すれば、決断の日は近いと存じます」

 

 そう、これはあくまでも前段階。その先が既にこの娘の頭の中には鮮やかに描かれているのだろう。

 

「そのときは私の作戦をご検討くださいますか」

 

 否と答えることは最早できはしない。

 だからこそ、ゼートゥーアはひとつだけ尋ねたいことがあった。

 

「貴官はその先に何を望む?」

「ライヒに黄金の時代を。ただそれのみであります」

 

 それは完璧すぎる軍人の答えだ。だが、彼が聞きたいのはそんな言葉ではなかった。

 

「今回の作戦、その先の作戦。それを理解して、貴様個人は何を思う」

 

 珍しくターニャは困った表情を見せた。

 

「それは小官の愛国心を疑われているという事でしょうか」

「そうではない。貴様とて自らの死を前に何も思わないわけではないだろう」

 

 作戦内容はもとより先に見える帝国の未来は、この大戦で活躍した者たちを待つ、死の運命を指し示しつつあった。

 ゼートゥーアのもとにはもちろん、彼女と例の将校とが軍務を超えた関係となっていることが伝わってきている。正直言えば幾度となくその真偽を確認させたが、それは揺るがなかった。

 

「どういう形たちであれ、手放すのを惜しいとは思わないのかね」

 

 彼女はようやく『彼』のことを聞かれているのだと気づいたらしい。

 

「惜しくないとは決して申せませんが、その感情は生者の特権でしょう」

 

 淡々とそう返されてはもう何も言えない。ああ、くそ。私よりこの子どもの方がよほど理解しているではないか。この化け物め。

 ゼートゥーアは一度目を閉じ呼吸を整える。

 

「……よろしい。では、予定通り貴官に任せる」

「はっ、成し遂げて見せましょう!」

 

 目の前で完璧な敬礼を返す彼女に、ゼートゥーアは苦い思いで見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 ターニャが新たなる戦地に飛んで数日が経った。

 

 ゼートゥーアから秘密裏に告げられた作戦「オペーレーション・ディステル」を受け、明日からはレルゲンも同じ司令部へ一時赴任することになっていた。彼は慌ただしくその用意に追われている。

 

 そんな中、彼の執務室をノックする音がした。入室許可を出せば、ターニャの副官である。彼は途端に訝しげな表情を見せる。

 

「サラマンダー戦闘団大隊長副官、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレヴリャコーフ中尉であります」

「貴官はデグレチャフ中佐に同行していたはずだろう」

「はっ。レルゲン准将閣下に至急お渡しせよとのことで、こちらをお持ちいたしました」

 

 何やら固いものが入った封筒を受け取り、レルゲンはそれをすぐさま開封する。そこには黄色と黒色のリボンを付けられたレルゲン邸の鍵が入っていた。 

 

「……中佐は何か言っていたか」

「はい、いいえ。ご覧いただければわかるとのことで、他は何も預かっておりません」

 

 ヴィーシャは何が入っているかも聞いていなかったようで、鍵にちらちらと視線を送っては戸惑いの表情を見せている。

 

 レルゲンは彼女にもう下がってよいと伝えて、彼はひとり考え込む。

 そして、何かに思い当たったように新たな指示を出した。

 

 

 

 

 レルゲンが方面軍司令部へ赴任した日の夜、マルガはひとりレルゲン邸で刺繍をしていた。ふたりともにしばらく帰れないと聞いていたので、秘密のこの手仕事をするには良い機会だ。

 

 いつか完成品を見せたら、喜んでくださるかしら。

 ふふふと楽しげに微笑みながら、彼女の手が銀糸の花を咲かせていく。

 

 古い置時計が日が変わったことを告げる頃、突然玄関が乱暴に叩かれた。闇夜に紛れるように訪れた軍人らの雰囲気に、出迎えたマルガは顔をひきつらせた。

 押し入られるように中へ招き入れ、扉を閉めた途端、彼らは邸内をそこに敵がいるかのように視線を巡らせる。

 

「……あの、いったい何の御用で…?」

 

 困惑する彼女を置いてバタバタと人が散っていく。それを制止しようと声をかけると先頭で入ってきた軍人の冷たい声音が彼女を捉えた。

 

「マルガ・ブラウアーさん。これより我らの指示に従っていただきます」

 

 何が起こっているのかまったく理解が出来ない。誰か、と声を上げかけて、愛すべきふたりの姿が浮かぶ。今なお戦地で戦い続ける彼女の主たち。年老いて先の知れた人間ひとりがために助けを求めようなどとは到底許されない。

 胸元でぎゅっと手を組み、彼女はただ嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 さて、場所は変わって連邦軍と向かい合う帝国軍拠点。

 ターニャはサラマンダー戦闘団に即応体制で待機命令を出し、管制室でそのときをじっと待っていた。

 ゼートゥーア閣下の策に奴らがひっかかれば、そろそろ動きあってもいいはずだ。

 

 ふと、それに伴ってレルゲンに言づてたものの存在を思い出す。

 彼はあの鍵の意味に気付いてくれただろうか。

 危ういものを嗅ぎ取って、少しでも敵に察せられぬようにと考えた結果、ああいう形でしか表すことが出来なかった。彼なら大丈夫だという確信にも似たものを抱きはするが、やはり万が一を思えば不安がよぎる。

 

 ままならないものだな。

 

 ターニャがそう思っている所にノイズ交じりの報告が上がってきた。

 それを受けてターニャが即座に命令を飛ばす。

 

「無粋なお客さんのお出ましだ。サラマンダー準備したまえ」

 

 しばらく飛行すると予定ポイントに敵航空魔導士が陣取っていた。彼女はヴァイスに指揮権を移譲し、予定通り先頭に立って敵をひっかき回す。

 

 状況は時間が経つにつれゼートゥーアの想定したものへと変化していく。

 

 ということはやはり、私自ら陽動をしなければならないのだな。

 わざと防御膜を薄くし、攻撃を受ける。

 

 ああ、くそ、痛いじゃないか。まったくもう一度こんなことをするとは。

 

 だが必要なことは終えた。

 そう思って、ヴァイスやヴィーシャの側に下がろうとした。そのとき。エレニウム95にノイズが走った。

 

「はぁっ!?こんなときにかっ!」

 

 どうにか制御下に置こうともがくが、攻防戦の中でそんなにうまくいくはずもない。

 最近出て来ないと思えば!狙ってやがった!くそっ、存在Xに災いあれっ!

 割れた防御膜が煌めく中、彼女はスローモーションの世界の中を落ちていく。

 

 

「中佐殿―――っ」

 

 

 砲弾に燻る空で、部下たちの叫ぶ声がやけに耳についた。

  

 

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