台風の所為ではないんですよ!!だって、あの日オイラ出勤してましたからねぇ?
社に着くなり常駐の警備員さんが『あれ!今日、出勤してるの貴方だけですよ!?』
『え?部長が来ている筈なんですが?』
『●●社さんだけが出勤するとは聞いていたんですが・・・さっきも言ったように貴方だけみたいですねぇ・・・電機は使えますが、テナントのエアコンは切れてまして・・大丈夫ですか?』
外を見れば豪雨・・・当たり前ださっきまで外を歩いていたからなぁ・・・コンビニも閉店。タクシーは前日の段階で運行していないとの事。しょうがないから午前中に運航している電車を乗り継いで会社へ・・・
それで、この仕打ちか!!!!速攻で部長にライン!!既に読んだは付くのに、返事が無い・・・・
『打刻して社に居ます・・・・』
『大変ですねぇ・・・そうだ!飯に困ったらカップラーメンぐらいはありますよ?遠慮しないでくださいね!』
おじさんの笑顔が心に浸みた・・・・常日頃から挨拶しといてよかった~~
って!!!其処じゃないだろ!!部長の野郎!!!罵詈雑言のオンパレードを送り。この前の飲み会の後に行った〇っぱいパブの写メを送りつける。
『今度、この埋め合わせをしないと、奥さんのラインにこれを送りつけますよ!!』
ふっふっふ・・・奥さんとは会社の同期よ・・・密かに内偵情報を送っているのは秘密だw
慌てふためけ馬鹿どもが!!此処に俺を来させたことを後悔するがイイ!!ヒャッハァ~~~!!!
でも、僕。還れない・・・・台風が過ぎ去るまで。会社に居ましたとさ!!
疲れました・・・・産業医に『ちょっと休んだ方が良いねぇ~』だってさ!!
でも、休ませてくれない・・・・・・そろそろ転職すっかなぁ・・・・
港湾都市の朝は早い。いや、そもそも昼夜の括りが当てはまるものではない。人々は常に何かに向かって働き、船や荷は人の流れに沿って動き回っている。其処に在るのは商売に関連した時間の概念だけで、当事者では無い旅人の感覚では推し量れるものでは無かった。
久方ぶりの心地良い眠りから抜け出し、忙しく立ち働く宿の女達や出立の早い旅人でごった返す酒場兼食堂に顔を出す秀人。
「おはようございます!お早いお目覚めですね。今日は出立の日でしたね!」
「おはよう。君も朝から元気だね?まぁ、宿屋の人間で気が張っていないのも困りものか」
「ええ!それこそミゼラ姉さんに窘められてしまいます!・・あの・・迷惑でなければ便りを届けて頂きたいのですが・・?」
先程の元気溢れる態度から、少し控えめな口調になって囁く様に頼みごとを告げるファンフ。
「構わないよ。便りを出すにも費用が掛かるからね、喜んで引き受けよう」
十三、四にしか見えない鳥人種の少女の用件を、精一杯朗らかな顔をして受ける秀人。
「迷惑でしたか・・?ちょっと、お顔が引きつってますけど・・・?」
オッサンの精一杯の表情は、受け取り手である少女の情け容赦無い一言によって、無残に破壊されてしまっていた。
「……いや…慣れない事はするもんじゃ無いなと…何でもない。向こうに着いたらどうすれば良いか、聞いておこう」
「あっ・・・?忘れてました!入国管理所に着いたらですねぇ・・・・」
ファンフの重い一撃から立ち直って、ラッタナに着いてからの届け先に着いて尋ねる秀人だった。
「ヒデト様。こちらでお待ち願います。ただ今、ミゼラ駐在領事が参ります。少々雑務が残っていまして、御理解のほどよろしく願います」
港湾都市ミゼラの中心街。各国の代表部や宗教施設、大小様々な商館が立ち並ぶ場所で。真新しい白い壁が目を惹くドルガン国ミゼラ領事館があった。
ドルガン議会議長であり、国家運営においての最高権力者であるイリア・アレクサンドル・フュードロフと。その夫であるグアディに、領事館を通じて連絡を入れてくれと。ドルガンを離れる時に、言われていたのだった。
『一応、二人ともドルガン議会名誉議員だから、何処の国に行っても身分は保証できる。ミド大陸内なら各都市に領事館もあるから顔を出しておいてくれ』
『貴方達の活躍で怪物達の侵攻も防げたから、報酬の代わりと言っては何だけど、イロイロと便宜を計れるように通達を出しておくわ』
ドルガン滞在中に夫婦の館で歓待され、そんな言葉を貰っていたのだった。
『クランドには内緒だけど。ヒデトが協力してくれたお陰で、各国要人ばかりか有力商人達にも伝手を持つことが出来たし…あと、巨人やエルフ、ドワーフなんかにも協力を申し出る部族が居て、とても助かっているわ』
秀人が協力した『魔薬』の調査と摘発で、各国の有力者や商人達の弱味を握った事はわかっていたが。巨人種やエルフ、ドワーフまで助力を申し出ているとは知らなかった。
『どうも亜人種の中でも『魔薬』が蔓延していて、対処に困っていたようなんだ。で、お前が処方してくれた薬のおかげで、中毒患者の治療に目処がついてな?それに対する感謝らしい…お陰で、ドルガンの地位はうなぎ登り。精霊魔法での治癒が中心だった世界に、薬草を含んだ薬学の知識もあって、財政面でも急激に発展しているって訳』
『そうなの。巨人種はともかくとして、エルフやドワーフの目立たない協力は大きいの。これで、アルバウムに対抗できるわ!』
グアディの言葉を継いで、イリアが熱の篭もった意見を話すが…チョットだけ目がイッチャッテイタ…
『お前の奥さん…かなり危ないよな…?』
『最初に別れた原因でもあるんだよね…どうにもアルバウムが『勇者』の能力を利用して国の内外を問わず好き勝手されたのと、国内の害虫に肚わた煮えくり返っていたみたい…お前さんが両方とも排除したもんだから、意趣返しも狙ってるんだよね…結果的にドルガンの民や、ミド大陸の弱者を保護する事が出来るんで、あんまり止めてないけどな?』
『…奥さんを迎え入れるって、大変なのねぇ…』
『…そんな目で見るなよ?お前も好きな女が出来たら分かるよ…』
溜息を吐きながら、少し疲れた様に返事を返すグアディ。それでもヘンなオーラを出しながら『…見てなさいよ、アルバウムにサンドラ教…もう好き勝手にはさせないわ!』などと、拳を握りこみ、其処に仇がいるかの様な気合いの入った視線を宙空に飛ばして、熱い演説をかますイリア。
既に最愛の人と、秀人の事が意識の中に無いらしい。
そんな女将軍を見ながら、二人して目を合わせ。肩を落として大きな溜息を吐く秀人とグアディであった…
「お待たせ致しました。ミゼラ領事、ミリア・アレクサンドル・フュードロフと申します。ええ、お考えの通りです。イリアは私の姉です。アレクサンドル家は長女のイリアを筆頭に四姉妹でして、私は次女になりますね。それぞれ他の大陸で領事を務めております。お話によるとラッタナ王国でクランドさんと合流後、
グアディの家での、過去にあった遣り取りを思い出していた秀人に、若い女性の声が流れてくる。一目見てイリアソックリなのに驚いた。違うのは髪の色だけで、他はほぼ同じといっても過言では無かった。普段の立ち振る舞いでも隙がなく、姉と同じ様に遣り手である事が推察できた。
「流民の立場から、ドルガン名誉議員に格が上がったことについては感謝している。君の
「あら?そんなに何かを頼む様に見えましたか?姉夫婦から頼まれている事と、今回頼むことは別ですので。勿論、しっかりとした報酬は用意しております。アルバウムの『勇者』関連の『お仕事』をこなしたヒデトさんなら、造作もない事と思われますし」
「やれやれ…余程ドルガンは力を付けてきたと見える。アルバウムの内部事情もダダ漏れだな?」
「今回、ヒデトさんと『勇者』達で行った事がサンドラ教に漏れていまして…勇者ハヤトは仲間を疑う事が難しい方なんですね?ヒデトさんもサンドラ教の監視対象になっておりますよ?」
「ああ、周りをうろつく奴が出始めたな。ちょっかいをかけてくるわけじゃないから、放って置いちゃいるが。やはり宗教関連だったか…『魔薬』の流れをアルバウム国内でも追跡したが、途中でプッツリ切れていたからなぁ。昔から後ろ暗い事に長けた連中の存在を疑っていたけどね」
「まぁ、面倒である事は否定しません。ウチの議員に手を出すとどうなるかの警告は行いましたので」
「今朝。宿の女主人から、『港で身元不明の死体が上がったって』話をそれとなく聞いたよ…で、何をさせたい?」
挨拶がわりに、お互いの情報や行動を示し合わす秀人とミリア。双方共に、それなりに有用である事を見せ合う。手の内を明かす程、信頼しているわけではない事も言外に匂わす秀人。
「話しが早くて助かります。これからヒデトさんが向かわれる、ラッタナ王国での依頼なのですが」
メイドが運んできた
「…ラッタナ王国?ドルガンが関心を寄せる程の旨味がある国ではなさそうだが…?それに、クランドとイライダに合流出来たなら、直ぐにでも
こちらもお茶に手を付ける。どうやら淹れ方もシッカリと知り抜いているようで、スッキリとした感覚の中に仄かな甘味があり。塩気の多い海産物料理にお世話になっている秀人の舌を、安心させ休ませてくれるモノだった。
「そこまで御手を煩わせる依頼では無いと考えています。アルバウムの有力貴族を、あの様な状態にしてしまえるヒデトさんにとっては造作もない事でしょう」
この世界の服のセンスではないと思われる、膝丈までのタイトスカートから伸びる脚は美しく。お茶を飲むタイミングで流れる様に脚を組み替える。勿論、対面に居る秀人の視線を意識しながら。自らの持つ生来からの肉体を努力によって磨き上げ、女としての武器にまで昇華させていた。
「此方の能力を評価してくれるのは嬉しいが、アルバウムの貴族の事が何なのか知らないし、分からない。であるから何も言えない」
何処ぞの補完計画の司令の様に、顔の前で両手を組み。調光の入った
「………怖い方ですね?殿方に戦慄させられるのは久方ぶりです…本題に入りましょう」
何気ない秀人の仕草に背筋を寒くしながら、ラッタナ王国での依頼について話し始めるミリア。領事になる前に従事していた特隊で、過去に一度だけ今と同じ汗が流れた事を思い出していた。
秀人からしてみれば。交渉ごとなど、補給隊の連中と物資の遣り繰りについてでしか行った事が無かったから。過去に見たアニメ作品の偉そうで得体の知れないヤツを真似しただけであったが。まさか、ホントに相手が戦慄を覚えているとは考えずに、また面倒ごとが増えたとしか考えていなかった。
そんな事だから、ミリアに対しても普段通りの態度で接していた。それがまた、複雑な世界で生きてきたミリアに余計な誤解を埋め込む結果になっていたし。ミリアの秀人に対する評価が上昇する要因を構成していた。
漫画やアニメ、小説での遣り取りを参考にしながら会話に興ずる事で、ミリアに言外の
マストを三本も持つ巨大な帆船が、海風を帆に受けて舳先で蒼い海を切り裂きながら進んでいる。風の流れを掴んだのか、舳先で切り裂かれた海は白く波立っていた。船首に備えられたフィギュアヘッドは、祈りを捧げる白い女神が飾り付けられていて。船体全体の白い塗装も相まって、非常に優雅な印象を見るモノに与えていた。
紺碧に広がる海を颯爽と駆ける帆船の船首。風の流れを掴みかなりの速度が出ている船の船首に、巨大な体躯を持つ屈強な男が腕を組んで海を睨んでいて、厳しい顔つきに似合わない笑みを浮かべていたのだった。そして、組んでいた腕を下ろし傍らに立つ従者に右手を差し出す。よく見れば、目元には見慣れない透明なガラス状の覆いを付けていた。
体躯では主人に及ばないものの、不可思議な光沢を返す皮鎧を纏った従者も鍛え上げられた鋼のような肉体を持っていた。主人に促されて差し出したのは、人種が扱うには余りにも巨大な『銛』であった。平均的な巨人種では扱う事が難しい大きさであったが。従者である人種は、重さなど感じないかのように主人である巨人種に『銛』を差し出すのであった。
3m程度はありそうな体躯から比べてみても、脇に構えた『銛』の全長は5mに及んでいたが。従者と同様に軽々と扱い、さらに大きな笑みを浮かべながら、船首前方に向けて視線を流し。肩口まで上げて『銛』を構える。
「
事も投げに『銛』を渡し終えた従者から、事務的なまでの冷淡な口調で海面下に潜む何かの情報が流れていた。
淡々と語られる数字に合わせて、身体中の筋肉を隆起させ。全身の力を効率的に『銛』に伝えるための動作に入る巨人種の男。巨人種特有の身体強化によって、全身が灼けた鉄の様な色合いに変化して行き、白い蒸気を上げていた。
「…2…今!」
従者の合図に合わせて、引き絞られた筋肉が作動し。肩口で構えられてエネルギーを溜め込んだ『銛』が未だ何もない空間に向けて、凄まじい速度で放たれて行く。
周りで二人にやり取りを見ていた人間達は、何故銛を持って船首に向かったのか解らず。さらに何もいない空間に向けて『銛』を放つ姿に失笑を堪えていた。ただ、笑いを堪えているのは。ハンターや傭兵などの職業と関わりが薄い金満家の子弟達だけであり。
船首に立つ男の事を知っている、船長を初めとする船員達や護衛の傭兵連中。乗り合わせたハンターや探索者は自らの装備を整え、臨戦態勢に移行していたし。旅慣れた商人集団は船の中央に避難して、身体強化を行っていたのだった。
人間が放ったとは思えない速度で空気を切り裂きながら、海面上の何もない空間に向けて突き進む巨大な『銛』
それ見た事かと、大きな嗤いを挙げようとした瞬間。
海面を水柱が突き破り、大きな影が躍り出す。その影の頭部と思われる場所に、十分な速度を与えられた『銛』が突き立つ。
何が自身に起こったか理解する事も出来ずに頭部を貫かれ、躍り出た速度のまま海面上を遊弋し、巨大な水飛沫を挙げて絶命した巨体を浮かべる青と黒の横縞に長い胴体。
「
「しかも、かなりの巨体だ・・・!?」
「くそっ!精霊魔法の探知圏外から狙っていたのか?だが、なぜ襲撃が分かったんだ・・?」
「マクシームは巨人種だから精霊魔法は苦手なはずだし・・そもそも海中に潜む魔獣を探知する魔法なんてないぞ・・?」
「隣で『銛』を渡していた従者が何か囁いていたのを、俺の風精魔法が捉えていたが・・・まさか、奴が・・!?」
「どちらにせよ、マクシーム殿達に助けられたのは事実だ。正直、あの巨体だと仕留める事は出来ただろうが・・こちらにも被害が出ていただろうしな?」
「隊長。あそこで嗤っていたボンボン共、震えて声を喪ってますぜ?出港からコッチ、いけ好かない態度でしたからイイ気味ですぜ」
「まぁ、船に損害が無かったのが一番だよ?帆を降ろせ!風精魔法停止だ!
護衛の傭兵連中、ハンターや探索者が。それぞれに今起きた神業のような『猟』に考えをぶつけ、納得した回答を得ようと話し合っていたが。目の前で巨体を遊弋させている貴重な獲物の事を思い出し、それぞれの仕事に掛かろうとする。
基本。航海中の『猟』で得た獲物は、乗船している皆の働きに応じて分配される事になっていたから。仕事に取り掛かる意気込みが違っていた。気の早い船員は、船足が止まりきらない中で大きな熊手を取り出し一番に
「まだだ!!もう一頭いるぞ!!」
しかし、獲物を前にして熱気に溢れる甲板上に。低く通る声が響き渡る。
甲板上の人間全てが、注意を促す声がする舳先の先端に立つ従者の男に注目する。皆の目が男に集中した瞬間。
前回を大きく上回る巨大で強烈な水柱が立ち上がり、創り出された波によって大きな帆船が動揺する。ある程度の距離がある筈なのに、突き上げられた巨大な水柱から降り注ぐ海水が、船員達や同乗者達の熱気を容易く冷ましていた。
強烈な速度で巻き上げられた海水が、空中に霧となって立ち込める。その霧の中に
「…………南海龍!?」
「南海の主が、何故この様な場所に?!普段はアンクワール諸島近海にしか出没しないのに……!!」
「海の主人に棲息域など関係無いだろうよ!オレ達の常識なんてちっぽけなものは通じないだろうさ?」
「………どうしますか?船長!」
「どうするも、こうするもねぇだろう!南海龍の気持ち一つで、オレの船など木っ端微塵よ!」
「で、で、でも…南海龍は人間には手を出さないって噂を聞きましたよ!こ、こ、今回も大丈夫ですよね?オレ、この航海が終わったら幼馴染と所帯を持つんですよ!?」
「………どうだろうな?奴さん結構気が立ってるんじゃ無いのか?見ろ、南海龍の周りの水精と風精の動きを。ありゃ尋常じゃない」
「ええエェ!!!死んじゃうんですか!??オレ達!!みんな吹き飛ばされて!!死んじゃうんですねぇ!???」
「黙ってろ!!こうゆう時はジタバタしてもはじまらねぇ!!お前も海の男なら、気合いを入れろ!!」
余りにも現実離れした光景に、慌てふためく船員。普段なら、そんな船員の態度を丁寧な言葉で諌める船長も、事態の展開に冷静さを失いわかかりし頃の言葉遣いに戻っていた。周りにひしめく旧冒険者三種の者達も、南海龍の逆鱗に触れない様に武装を下ろし、南海龍の動向を伺っていた。
『私の獲物を横取りしたのは、誰かしら?』
船に乗る全員の頭の中に、美しい女性の声が響いていた。余りにも唐突に、巨大な意識が脳内に語り掛けてくる状況に、精神が抗いきれない者達は意識を喪失し甲板上に倒れてゆく。意識を保った者も数十人程度でしか無く、その者達も大多数は動く事すらままなら無かった。
『あら?人間には重圧が大き過ぎたかしら?でも、話が分かりそうな者も何人か居るわね。其処の貴方が仕留めたの?人間にしてはやるわね。でも、蛇を追い込んだのは私。お互いの事情が重なり合っての結果だと思うけど?』
海中から伸び上がる首から頭部にかけて、銀の美しい光沢が皆の眼に映る。その頭部を軽くもたげて、伺うような仕草を見せる南海龍。
『確かに、仰るとうりです。貴女の存在に気付いていましたが、追い込んでいるとはしりませんでした。ここは獲物を半分づつで如何でしょうか?なんなら更に半分でも構いませんが?』
舳先に立つマクシームの傍に控えていた従者が、気負いすら見せずに南海龍に向かって話しかけていた。しかし、甲板上で意識を手放していない人間達には理解出来ない言語だったから。どの様な内容なのか判然としなかった。ただ、南海龍の呼び掛けに対して答えているのは、周りで蠢いていた風精と水精が落ち着いて行く様子から判断できていた。
『え?人間から話しかけられるなんて久方ぶりね。しかも私達の言語で!良いわ半分が妥当なところね。そんなにお腹も空いていないし。正直言って、彼氏と喧嘩してからムシャクシャしていたのが一因でもあるから…それに反応して精霊達が活発に働いてしまっていたのよ。驚かせてゴメンなさい?』
先程の軽い威圧を含んだ呼び掛けとはうってかわって、打ち寄せるさざ波の様な心地よい囁きが、皆の頭に染み入っていた。そして、後半部分の『彼氏と喧嘩…』のくだりが衝撃すぎて、大半の人間達は呆然としていたのであった。
「しかし…イキナリ南海龍とはなぁ…俺も様々な冒険をこなしてきたが、伝説級の存在に話しかけられるとは思わなかったぜ?しかも内容が仕留めた獲物の取り分についてだってんだから俺の筋肉も流石について行けなかったか…まぁ、秀人が龍族と意思疎通ができるとはな…何処で覚えたんだ?」
「よく言うぜ?獲物の権利について南海龍に文句言ってたのは誰だっけ?まったく…時と状況を考えて物を言えよ?俺やお前はともかく、他の連中は生きた心地がしなかった様だぞ?さっき護衛の隊長と船長にお小言を貰ったよ…どうやら俺は巨肉の従者と勘違いされてるみたいだしな?テメェ一人なら何処でくたばろうが、肉弾突撃しても知ったこっちゃ無いが。巨人種は図太い奴が多いのか?言語に関しちゃ通じていたみたいだが、言葉遣いに関しちゃ正確ではなかったようだ…昔、似た様な連中とつるんでいてな。其奴らと似た言葉だったから、行けたのかも。ちょいと下品な言葉遣いだって窘められたが…」
船首手前の甲板上で、従者と一緒になって船の前方を見ながら南海龍とのやり取りを思い出しながら話しかけるマクシーム。その言葉を受けて、南海龍との会話が成立した事を説明する従者と勘違いされた秀人。
地球連邦航宙軍に入隊した後の新兵訓練期間。後期教育での異星人種との交流研修で、龍麟連邦共和國の新人達と親善目的で行った対抗演習での出来事を思い出す秀人。生物学的な発音に使う舌の構造が違うため、言語を習得するのに苦労した事が浮かんできていた。言葉で足りない場合は、南海龍と同じで念波を使用した遣り取りだったが、脳に直接語り掛ける方法は慣れが必要だった…龍麟連邦共和國は遥かに昔の地球に来ていたようで。地球の言語もある程度使いこなしていた。精神波を使用したコミュニケーションはある程度の適応が無ければ、不快な重圧でしかなかったから。適性があった秀人にとっては幸運ではあった。まさか、跳ばされた異世界で役に立つとは…
「そうか?追い込んでくれた事に関しちゃ感謝しているが。そこから先はハンターの仁義に反しない程度には交渉するのが普通だぞ?」
「………いやいやいや…相手を見てモノを言えっていってんの!怒らせちゃマズイ存在って居るだろ?」
「う〜ん…南海龍との死闘かぁ…躍動する筋肉を全力でぶつけ合う…俺の筋肉が、また一つ伝説を打ち立ててしまうのか…アリだったか…」
「馬鹿野郎!?冗談も休み休み言え!!陸なら兎も角…相手の領域だぞ?それに相手は女性だ!……イヤイヤ…俺は何をいってるんだ?マクシームの筋肉に毒されたか…」
「本気にするなよ〜冗談だ。それよりも南海龍との宴の後、何を話し込んでいたんだ?お前との話が終わったら、上機嫌で船を引っ張ってくれたが。お陰で二週間ばかり早くついちまいそうだがな」
お互いの狩りの成果の取り分について話が纏まった後。狩りの成果を祝って、軽い宴を開いていた。
さらには、マクシームが言っていたように。秀人と南海龍の一時間程の会話によって得られた協力により、目的地であるラッタナ王国周辺域まで牽引してくれたのである。竜族(特に高位に位置付けられた竜は、龍と呼ばれている)の行使する魔法は凄まじく、船体強度を上回る速力を発揮していた(速力の出し過ぎによる分解を防ぐために帆は畳まれ、船体にかかる水圧は南海龍の水精魔法により軽減されていた)
「まぁ、高位であるからこそ。俺達と同じ様な悩みを抱えてしまうのかもな…お前も南海龍の話を聞いただろう?前半は彼氏の愚痴。後半は二人に馴れ初めなんかの惚気話だったよ…他の龍に声を掛けたところが逆鱗に触れたらしい…要するに痴話喧嘩の愚痴聞きさ?」
様々な星間種族と、それに連なる生態系を見てきた秀人にとっては、龍族の巨体や念波を使った交流については問題がなかったが。まさか、異世界に跳ばされてまでも、同じ様な体験をするとは考えもしなかったのであった。
「………まさか、コッチの世界でも龍に会うとはな…高位な種族は、人間と違って高潔で神秘的だと思い込んでいた時期も俺にもありました…」
対抗演習後に友誼を結ぶ事になった龍族の士官が。同じ様な恋愛相談を持ちかけてきて閉口した事を思い出す。
「ナルホド。俺達もアッチノ連中も違いがないか!色恋に関しちゃオレもてんで振るわないがな?秀人。お前、相談に乗れる程に経験があるのか?」
「そんなもんあるか!ただ、苛ついている奴は話を聞いてくれる存在が必要だってだけだろ?酒場に一人で行って黙々と呑んでいても、嫌な気分は中々晴れない。だが、皆で行って話を聞いて貰えれば結構イケるだろ?そんな存在がオレだっただけだ」
マクシームから振られた疑問に答える秀人。マクシームに龍族との顛末を聞かせながら、これからの事に思考を傾ける。そういえば、マクシームが南に向かう理由を聞いていなかった事に思い当たる秀人。
「………なぁ?なんでラッタナ王国に向かう事に決めたんだ?」
乗船する寸前に、暑苦しい巨人が騒がしく乗り込んできた事で、ちょっとした飲み会になったのだが。肝心の話はしていなかった。ただ、蔵人が遭難した事は知っていたのが驚きだったが。これには理由があった。蔵人より余程有名なイライダの遭難が報じられ、それに伴うあるハンターが蔵人だったのが分かったのだ。
「まぁ…故国の連中とイロイロあったし、アカリにもオレの不甲斐なさで迷惑を掛けたから…正直に言って面倒になったから、北部三ヶ国から離れたら気分も変わると思ってな?其処にイライダとクランドの遭難だろ?良いきっかけだから、南に行こうと決心したのさ!」
脇に置いてあった酒瓶に口をつけ酒臭い息を吐きながら、悩みなど微塵も無い明快な答えを返すマクシーム。
「……結構、繊細なんだな…」
莫迦デカイ脳筋だけでは一つ星には成れない事は分かっていたが。本人の正直な話を聞くと、見た目に反して繊細な事が分かった。だが、戦闘に関しては・・・自分に一番合った方法を限りなく追及した結果なのだろう。生来からの体格、種族としての特性、大威力を振り回すだけでは無い小技を交えた攻撃と防御。人生経験と備えていた繊細な性格もマクシームを一つ星に押し上げたのだろう。
勿論、性格の良さなのか。なんともほおっておけない人柄もチームが基本となるハンターや傭兵達には受けが良かったのだろう。
安心して前衛や、後衛を任せられる存在は貴重だ。それにコイツが突破されるような輩にはめったに遭遇しないし。そんな奴を狩に行く時点で冒険者失格だ。
生きて還って来る・・何処の世界でも基本原則は同じ。敗けようが勝とうが、生還できなけれな意味が無い。
生きてこそ勝利の美酒を味わえるし。たとえ敗北したとしても戦訓として取り入れ、自分の血肉にしていけばいいだけの話だ。生きていればリベンジする事も可能だしな。
「俺の事をなんだと思っていたんだ?脳筋は見せかけよ・・・!この頭の中には、他人には推し量れない繊細できめ細かな頭脳が輝いているのさ?お前も騙されるなよ・・・だいたいだな、脳筋だけで一つ星に慣れないぞ!今までの豊富な経験と、仲間達を団結させる・・・・」
「お~~~~~い!!!ラッタナ王国が見えたぞ~~~~!!」
俺の言葉を受けた後、繊細さを証明する様にクドクドと話し込むマクシーム。いい加減ウンザリした時に、見張り台に立つ監視員の声が甲板に響く。
その声を受けて船旅に飽きて来た連中が、陸が見える右舷側に集まってラッタナ王国での仕事や冒険、旅について話し始めていた。
俺もマクシームの話を切るのにいい塩梅だと考え、物見の連中と同じ様に右舷側に向かう。実際の所は隠蔽モードで展開してあるドローンが、上空3千mで索敵していたから何の驚きも無かったが。
ひとしきり騒ぐ連中の会話を聞きながら、蔵人の事に思いを馳せる。アイツ、連絡が取れるにも関わらず便りの一つも寄こしゃしねぇ・・雪白先生やイライダが居ないから羽根でも伸ばしてんのか?文句を言う筋合いではないんだが・・・なんかトラブルに巻き込まれやすい運を持ち合わせているから、どなる事やら・・・まぁいい。先ずはドルガンの代表施設にでも顔をだすか?四姉妹は居ないみたいだが、依頼に関しての情報と計画の詰めを話し合わなければならない・・長期間滞在する訳では無いから、迅速に行動しなければならん・・
はてさて・・・どうなる事やら・・?力を振えば誰かの目に留まる・・面倒な事だ。マクシームはどうするんだろう?アイツも俺達に同行するとは言っていたが・・・アレ?暑苦しいのが居ないな?
「・・・・・・ふっふっふっ・・・・遂に来たか・・・思えば長い旅路だった・・・俺様のモノに見合うものを持つ強者を探す旅も・・・ラッタナで遂にまみえるのか・・・感慨ぶかいわ!!」
なんぞ甲板のど真ん中で拳を握りしめ。世紀末覇王の様なオーラを醸し出しているレッドデビルが呟いている。周りが怯えてるから、声でも掛けて落ち着かせなければ・・・いや、水でもぶっかけた方が良いかな?
「何をそんなに興奮しているんだ?ラッタナ王国にお前に見合う強者でもいんのか?それとも南海龍には及ばないが、強大な魔獣でもいるとか?」
「よくぞ聞いてくれた!!
赤筋肉をマスマス隆起させる赤魔人・・・
「マクシームに見合う者かぁ?そいつはもう人間やめてんじゃねぇか?」
落ち着かせる様に『ポケット』から冷やしておいた大吟醸『赤龍』を取り出し、一升瓶ごとマクシームに渡す。
「おおっ!!!すまんな!!聞け、ヒデト!!この書籍に拠れば・・・ラッタナ王国繁華街にその店があるのだ!!其処に俺を受け入れてくれる猛者が居る筈なのだ!!」
一升瓶を一気に呷り、酒臭い息を吐き出しながら。少し興奮気味に答えるマクシーム
「・・・・店?繁華街?酒飲み仲間でも居るのか?・・・いやいやいや・・・この本何処で手に入れたんだよ・・・『南国の夜の歩き方!!巨人種編』って・・・風俗本じゃないか!!しかも巨人種って?!」
「しっていたか・・?流石ヒデトよ!!様々な場所で、さまざまな冒険をこなしてきたが・・・俺を満足させることが出来たモノは居なかった・・・だが!!!ラッタナには居るのだ!!連絡は入れてある!!上陸したならば、すぐに向かうぞ!!!向かうは『南国夫人』!!!」
甲板上に響き渡る大音声で叫び、筋肉ダンスを踊りながら興奮している赤の覇王・・・確かにアノサイズじゃ、まともに相手できる女性って同じ種族しかいないもんなぁ・・・そら、興奮すんだろ・・・でもなぁ繊細って言葉は取り消させてもらうわ・・・
やっぱり・・・筋肉達磨だったわ・・・・・
「何を意気消沈しとるんだ!!これから暑い戦いが待っているのだぞ!!!消沈だけに、小チンかぁ!?が~はっはっはっは・・・・・!!!」
異世界に跳んできたから、少しはマシな連中でもいると考えていたけど・・・全然、かわらんわっ!!!
コイツと一緒に旅をするのか・・・雪白先生の事もあるし・・・面倒な事になりそうだ・・誰か、コイツを止めてくれ・・
凄まじいオーラをソソリタタセテいる覇王の横で、頭を抱え込み打ち沈む秀人の姿があった・・・