未だ日が昇らない、朝と夜の境目の時間。一人の男がサレハド村からローラナに向かう舗装もされてない道を、トボトボと歩いていた。背には見た事もない大きな弓を備え、腰には大きなナイフを留めている。明らかに旅人や商人の風体ではなく、ハンターのモノと思われた。
「しかし、いくら驕りとはいえ皆良く呑むよなぁ…それ以上にマクシームの呑みっぷりと言ったら…いくら巨大な体躯を誇ると言っても、身体全部に酒でも流れているんじゃないだろうか?」
ローラナに向かう道をブツブツと独り言呟きながら歩き続けるヒデト。
昨日酒場に居た飲み仲間達は、巨人種のマクシームの見事な…人によっては異常を感ずるほどの…飲み方が気になっていたが。朝まで飲み続けた後に、酒場のマスターの頼みで、ローラナに向かう途中にあるタンスクまで酒の注文書を届けるヒデトの方が、化け物だと感じていた。
曰く。あの二匹には付き合いきれない・・・。盛大な溜め息と、二日酔いの中で。心底後悔したか、しないとか・・・。
「朝まで飲んでいた人間に頼むことかね…でも、在庫がほとんど無くなってしまっちゃ営業にならないし。ハンター協会の正式依頼にもなっているから良いんだろう。」
頭で考えたことが、ついつい口に出てしまう。久しぶりに酔ったのかと思ったが,身体の動きに異常は無い。生体強化された肉体は、体内に取り込んだ食物や飲料に含まれる成分を無害化するのが常人よりもはるかに早い。生体強化機能抑制剤が入った酒じゃないと、酔うことは難しかった。
「後半は、マクシームの奢りだったから財布の心配をしなくても良かったが…」
酒に酔う事が難しいが、皆で酒を飲む雰囲気が好きで報酬を全て使う気になっていたのだが。『商店』での技能購入の為、お金はある程度残して置いた。それに、世話になりっぱなしの自警団への御礼も必要だし、宿代もないと心許ない。
何とか残したのは200ロド。宿代は一泊一食付きで50ロドになるから、早急に依頼をこなして生活費を稼いで来なければならない。そこで、マスターからの依頼だったから、丁度良かった。
ハンター協会の職員も宴会に参加していたので、事後処理での十つ星への依頼とゆう事になったのも有り難かった。
九つ星への昇格には、街の外での狩猟と採集依頼を10回こなさなければならない。しかも、採取依頼の場合は五つまで、残り五つは討伐でなければならない。
九つ星になる条件は最低限の武力らしい。金を稼いで最低限の装備を整えさせる目的があるのだろう。要するに振るい分けに近い。
十つ星では採集依頼だけでも完了できる事が多いが、ハンターを名乗るならば魔獣を狩れないと話にならないからだろう。さらには、上位者と組んでの討伐任務を受ける事が出来る能力。交渉や調整の能力も試される・・・らしい。
仮登録が完了した後に、グアディから聞いたハンター階級の話を纏めると、そうなる様だ。
『十つ星なんて、正直誰にでもなれる。だが、駆け出しだから金も無ければ装備も無い。だから、上位者のチームに加わって腕を磨くんだ。ハンターで重要なのは仲間・・だからこそ交渉や気遣い、調整の能力が必要なのさ。それに、八つ星になれば先導者としても試験があるしな?』
酔い始める前の会話が頭をよぎる。あれ?って事は、俺は誰か先導者が必要なんじゃないか?普通の協会ならある程度の大きさだから先導者が多く在籍しているが。サレハドは辺境の小さな協会で、2~30名しかいない。さらに、丁度八つ星の先導を買って出てくれるほどの知り合いもいない。
深く考えてもしょうがないな・・・取りあえずタンスクにも協会はあるのだから、マスターの依頼をこなしてからだな。最悪グアディに頼む事にしよう、奴は六つ星だ。
考えが纏まったのか、足取りも軽くタンスクに向かうヒデトだった。
タンスクまでは直線距離で60km。高地にあるサレハドから下りの道が続いていて、普通ならかなり厳しい道のりなのだが。生体強化された肉体にとっては、装備の重さを含んでも大した距離では無い。地図も協会の資料室で見る事が出来たので、近隣の村や街は頭に入っている。(といっても、開拓者の集落が数えるほどしかないが)
まともな測量や地形の作成を行っていないモノだったので、あまり用をたさないものだった。この世界の人間は恐るべき方位測定の魔術師か、若しくは魔法で全てにケリを付ける物ぐさのどちらかなのだろう・・・。すべからく、細かい事柄は自分で作成していかなくてはならない。
十つ星の行ける範囲なんて知れたものだから、そこまで神経質にならなくても良いのだろう。
小高い丘を登りきると、その場所からタンスクを見渡すことが出来た。
サレハドよりも高いレンガらしきものを積んだ土壁に囲まれ、街の傍を流れるドゥナ河から引いた堀の広さはサレハドの二倍。サレハドから通じる道は、中州を挟んだ跳ね橋によって仕切られていて、少なからずハンターや街の人々が渡っている。
街の周りには大きな麦畑が整然と広がっていて、その作業路を荷馬車が進んでいた。
資料で確認したが、街の広さはサレハドの10倍程度。肥沃な大地が広がり、農業を産業の中心に置いている。街にも商店や宿屋、酒場。歓楽街まで備わっていて、サレハドの様に寂れた印象は無く人の往来も頻繁の様だ。
「どうも、ご苦労様です。」
中州から渡された橋門で、配置に着いているドルガンの憲兵に挨拶をしながらハンターのタグを見せ。握手するふりをしながら10ロドを握らせる。
「おお・・ご苦労さん。新顔だな?サレハドの者だな。十つ星か?頑張れよ・・?ハンター協会は門から入って、サレハド門広場の正面にある。二階建ての朱い塗装が施された屋根が目印だ。すぐ分かる。」
慣れた手つきでロド紙幣をしまい込む憲兵。
「ご丁寧にありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します。」
そう挨拶を返すが、もう用は無いのだろう。次の旅人の身分確認に入っている。こちらとしても、詮索されるのは願い下げだったから丁度良かった。
『いいかヒデト。何処の街に入るにも門衛にはある程度握らせるんだ。最初は10ロド、その後は5ロド程度で良い。十つ星なんてそんなもんだ。六つ星になるまでは階級に合わせて2ロド程度付け足してゆくんだ。それで、大抵の事は詮索されずに済むし、イロイロと情報も貰える。なに・・国の治安関係なんてそんなもんだぞ?六つ星に成ったら、向こうから声を掛けてくる。それほど、辺境での実力のあるハンターは不足しているんだ。』
サレハドから出る際に正門まで見送りに来てくれたグアティが、二日酔いの頭を抱えながら忠告してくれたことが思い出された。
国家の末端に、その国の本性がある・・とは、誰の言葉だったか?空を自由に跳ぶことが出来ない文明レベルの国家なんて、こんなもんだろう。
自国領内を行き来するのにも、護衛が必要な所に比べればマシな方だ。南の方の国では盗賊や山賊、ひいては海賊までいるらしい。
ま・・それを飯の種にしている連中もいるから、何事もバランスって事かもしれん。
そんな事を考えながら歩いてゆくと、賑やかな話声が飛び交っている広場に着く。周りを見渡してみると、広場の正面に赤レンガとシッカリとした木枠の窓枠を持った二階建ての建物があった。大きな木製のスィングドアが建物正面にあり、多数の人が出入りしている。
入口の所に、『ハンター協会タンスク支部』と読める看板が掛かっていた。この世界の言語は翻訳が可能で、会話もこなせる。では、文字は読めるのかと考えて、サレハドの協会の資料を閲覧してみたら。こちらも何の問題も無かった。
読む文字の下に、翻訳された文章が浮かんでくる仕様で、大変にありがたかった。文盲率の高いコノ世界に於いては一つの利点になりそうだ。
様々な種族で賑やかな広場を抜け、協会の建物に入る。大きな広間になっており、左右の壁にはランクに応じた依頼が張り出されていて、イロイロなパーティが仲間同士で依頼の内容について話し込んでいる。
「ようこそ!ハンター協会タンスク支部へ!」
正面にある三つの窓口のうち、空いている左端の受付さんに向かうと、協会職員の30代に見える女性が元気よく挨拶を放り込んで来る。
「こんにちは。サレハドで協会酒場のマスターからの依頼書を届けに参りました。」
そう答えて依頼書とタグを職員に渡す。
「分かりました。少々お待ちください。・・・・確認しました、依頼任務終了です。記録をタグに入れました。それと、コチラが報酬の50ロドです。初めての依頼達成おめでとうございます!これからも、頑張って下さい!」
明るい声で告げる職員。
「それと、十つ星の依頼は沢山ありますので掲示板を確認してみてください。もし、宜しければヒデトさんに合った依頼をご紹介する事も出来ますが、如何でしょうか?」
「随分と親切な協会だな?サレハドでは、ここまで丁寧な対応じゃなかったが・・・。でも、頼めるかな?」
職員の丁寧な態度に驚きつつ、紹介してもらう事にする。
「では、得意な事や武器などを伺って宜しいでしょうか?それと、魔法も?え・・?魔法はあまり得意では無い?弓は・・腕前のほどは・・?
先程の挨拶より親身をました様に聞こえる声で、依頼を提案する受付嬢だった。
受付の女性職員(アフレザとゆう名前だった)とのやり取りで、草原モグラの駆除以来を引き受ける事にする。魔法が使えませんとは流石に言えないので、親和性が極端に低いと伝えて納得してもらった。
弓の腕前については、裏手にある訓練場で見てもらって問題が無い事を確認してくれた。そして、依頼書の写しを受け取り街の外に向かい、麦畑のある郊外に向かった。
掘り返された農地に深々とフードを被った男が、大きな弓を構えている。弓の狙いの先を見ると、200m程の所にモグラの様な生き物が、農地に蒔かれたライ麦の種籾をあさっていた。
モグラの様な見た目だが、サイズは段違いで。70cm程はある様に見えた。
「さて・・上手くいくかな・・?」
囁く様に呟いた男の言葉が終わった瞬間、矢が放たれてモグラの頭部を射抜く。威力があったのだろう、頭部を貫通してしまっていた。
「あちゃ~、もう少し考えないとな・・『商店』で購入できるけど、専用の矢は高いから大事にしないと。」
獲物を仕留め、フードを外しながら歩き出す男。ヒデト。
「しかし・・モグラにしてはデカすぎるな。種籾の被害も無視できないけど、コイツが穴掘りしたら他の作物も大変な事に成りそうだ・・。」
フードを外した頭部が、夕日を受けて少し輝いている。
草原モグラを持ち上げ『ポケット』の『運搬』を選びながら、受付嬢の話を思い出す。
『見た事も無い弓ですね。魔法は付与されていないみたいですが・・威力的には巨人種の方達に並びますよ?あ!草原モグラの生態は資料室で確認する事が出来ます。陽が沈む辺りが、一番活発に動き周ります。麦畑を荒らしてしまうので・・この依頼も農家の方達からの依頼なんです。』
『何故そこまで入れ込んでいるんだい?しかも、十つ星の初対面ハンターに。』
『実をいうと、来てる十つ星の皆さん全てにご紹介してるんです。草原モグラは魔力に敏感で、すぐに逃げ出してしまいますし。土性魔法にも抵抗力があって、なかなか駆除するのが難しいんです。それに・・私の実家が被害に遭っていて・・被害も大きく成って収穫量も減り報酬も少なくて・・・魔力が弱く、弓が使えるヒデトさんが最適なんです。報酬額を聞いても、首を横に振らなかったので!どうか宜しくお願い致します!!』
受付嬢と話した内容を思い出しながら、依頼内容と報酬が書かれた依頼書に目を落とす。
「一体駆除で10ロド。依頼達成には10匹以上で、達成報酬は500ロド・・・。こいつで8匹目だから、後2匹だな・・。」
『ポケット』の『収納』欄を確認する。1匹あたり15kgに換算されている草原モグラ。今回は余分なモノを持っていないから『ポケット』の上限まで余裕がある。
次の獲物を探すためフードを被り直し、農地を慎重に歩き『生命探知』で気配を探る。右手前方200m、地表下50cmに反応が在った。
「『生命探知』も便利だが、もう少し探知範囲を広げたいんだよな・・。」
元の世界での戦闘距離感覚から離れられない。普段なら多種多様なセンサー機器が索敵や警戒を行ってくれていたから、奇襲を受けたり突発的な原住生物との遭遇を回避できたのだが、今現在、頼りになるのは自分の感覚のみ。
生体強化された感覚器官は、常人を遥かに超えた距離で知覚する事が可能だったが、それでも慣れた感覚を変えるのは難しい物だった。
「さて・・・もう少し近づいて地表に出るのを待つか・・。」
資料室で見た草原モグラの項目に、警戒範囲が記載されていたが、多く見積もっても100m程度だった。この数値は現世界人を基準にしたもので、魔力を感知されてしまう距離だった。
魔力を持たない事が感知を難しくさせて、魔獣達に対してアドバンテージを持っている事になる。事実、夕暮れからの一時間で8匹を仕留めた事が証明になっていた。
「お・・出て来たな?よし・・・9匹目っと・・。」
地表から鼻を出し警戒した後に姿を現した草原モグラの頭部に、ヒデトの放った矢が命中していた。
ドルガンの中心都市タンスクに夜の帳が降りる。街の外壁の通路や門に明かりが燈り。タンスクに向かう道には狩を終えたハンターや、農作業を終えた人々が、光精やランプの明かりを頼りに街に向かっていた。
その人の流れの中で異彩を放つ者が居た。両肩で大きな天秤棒を担ぎ、二つの天秤棒の前後に3匹ずつ、合計12匹の草原モグラを吊るしていた。
草原モグラはヒトを襲う事は無いが、農作物を荒らす害獣で繁殖力も強く、しかも地中を動き回り土性魔法にも抵抗力があるので狩るのが難しい。加えて魔力に敏感で、魔法で攻撃しようとすると地中に潜ってしまう。
上手く仕留めても売り物になるのは肉だけで、素材としての旨みも少ないから労力に対しての報酬が釣り合わない。
大抵、どこのハンター支部でも塩漬け以来の上位に入ってしまう、厄介な魔獣だった。
その厄介なモグラを12匹も仕留めた男に、皆の注目が集まるのは無理からぬことだった。
「おお・・草原モグラを12匹か・・?凄い事だぞ。本当に十つ星なのか?」
行き交う人の明かりを手助けに、タンスクの門まで得物を背負って辿り着いたヒデトに憲兵から声がかかる。
「ああ・・昼の憲兵さん・・?」
昼間はあまり見る事は無かった憲兵に顔を向ける。正直、賄賂を握らせた門衛さん。としか覚えていない。
「昼間はすまなかったな?俺はサレハド門の守衛長ガトスだ。それにしても、よくこんなに草原モグラを狩れたなぁ?いや、俺の実家が農家でね。コイツの被害に悩まされていたんだ。出来れば、タンスクの農家の為に駆除依頼を引き続き受けてもらえないか?」
30代に差し掛かろうとしている風貌のガトスが、頭を下げそうな勢いで頼み込んで来ていた。
「そんなにオオゴトなのか?いや、悪気はない。依頼があれば引き続き受けるつもりだったから。」
気味が悪い程に丁寧になったガトスを見ながら、依頼を引き受ける事を話す。それにしても、実家が農家の割合が高いのは、タンスクが安定した農業都市だからだろう。
ここで、農家中心の依頼を受けるのも悪くは無いと考える。守衛長までが農家出身であるならば、依頼をこなしてゆけば人々の好感度も上がり、いろいろと便宜を図ってもらえるかもしれない。
「そうしてくれると助かるよ。草原モグラの被害も莫迦にならなくてな?そうだ・・・これからは門衛番に握らせなくてもいいぞ。それと、何か情報が入ったら伝えよう。そうだな・・街に出入りする時に屯所に顔を出してくれ、他の連中にも伝えておく。改めてよろしく頼む。」
ヒデトの肩を叩きながら、笑顔を浮かべるガスト。
「こちらこそよろしく。で・・旨い料理を出す店を知らないか?」
タンスクに着いてから食事を摂っていない事を、腹の虫が知らせていた。