ヒュドラの毒牙   作:蛇好き

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#2 漁

ダイナは三歳になった。

 

「舟に乗りたい!」

 

そうダイナは叫んだ。

 玄関を出てすぐの船着き場。

そこでダイナはささやかな抵抗としてロープを固く握り、出航を阻止しようとしていた。

 

「いや~参ったな」

 

父親が頬をボリボリと掻きながら、迷った視線を投げる。

 

「とうちゃんがこっそりお酒を飲んでるの、かあちゃんにばらすぞ」

 

この歳で脅しを覚えたか、と感慨に耽る。

 しかし、ダイナが産まれて以来、タバコも酒も禁止されている、この事が知れたら、どうなる事がわかったものじゃなかった。

 

「わかった! かあちゃんには内緒な!」

 

だっこして船にのせ、ロープをほどく。

 

「出航だ!」

「出航!」

 

元気よく出航した二人は帆に風を受けて、沖まで進む。

 あのゴツい釣竿を投げて、ダイナに持たせると、船の左から右端へ移り、網を落とす。

 

「待つか」

「おう!」

 

威勢よく返事をして、握った釣竿の反応を待つ。

 

「とうちゃん! 動いた!」

 

ダイナには漁師見習いとしての感覚が息づいている。

手伝いとして乗った船で嫌というほど体に染み込ませた釣竿に魚が掛かる感触。

 それは幾年経とうとも忘れることはない。

 

「お、すげぇな」

 

釣竿を少し上げて合わせたら、リールを巻いて海面へと引き揚げる。

 

「もうすぐだ」

 

期待は高まり、ジッと水面を見つめる。

 

「……来た!」

 

魚影が現れた。逸る気持ちを抑えて慎重に引く。

 遂に水から魚が顔を出す。

糸をたぐって、舟の上にのせる。

 尾びれで甲板を打ち、舟が揺れる。

 

「こいつ、活きが良いな」

 

強引に暴れる魚を押さえ、絞める。

 

「今日は市に卸すんだよ。卸さねぇとかあさんが怖ぇからな」

 

 ぶるり、と父親が震えた。

母親が恐怖の対象であり、かつ、絶対に怒らせてはならない存在だとダイナは理解した。

 

 

 

照り付ける太陽が眩しく、暑い。

ヒリヒリと皮膚が痛む。

 ふと横を見ると、父親が日に焼けていた事に、改めて気づく。

 

「暑いか?」

 

ダイナはこくりと頷いた。

 

「毎日こんな日射し浴びるとな、だんだん慣れてくるんだよ、もしお前が海に出たいと思うなら、こんぐらいへっちゃらになることだ」

 

父親はダイナの頭をポンポンと優しく叩いた。

 

「そろそろだろ」

 

そういって、網を引く。

 

「ここ持ってな」

 

端をダイナに渡して、網をたぐりよせる。

 

「結構重いぞ」

 

ダイナにはもう大漁である事がわかっていた。

 手伝い時代に幾度なく引いた網。

重さ、魚の生み出す微妙な振動、手応え。

 それらがダイナに大漁である事を雄弁に語っていた。

 

「とうちゃん、大漁だ!」

 

わざと子供らしく叫んで、大袈裟に飛び跳ねて、純真無垢な子供を演じる。

 なぜだか、わからないが、ダイナには転生者であるという事をバレてはいけない、という認識が最初からあった。

 

「重…すぎる」

 

やっとの思いで舟に引き揚げると、とてつもない程の魚がかかっていた。

これほどの量は流石に滅多にお目にかかれない。

 

「お前、ツイてんな」

 

ダイナに笑ってみせる。釣られてダイナもニカッと笑い、拳を合わせた。

 

「こんくらいの量だと二十万ベリーはくだらねぇな」

 

すぐに金の計算にシフトする。

 もう父親はさっきまでの純粋な笑みを見せてはいない。

 今は子供には見せられない、邪な笑みを浮かべている。

 我に返ると、父親は市へと舟を進めた。

 

 

 

 

「ざっと見て、目算では二十万、質が良ければ三十五万ベリーは行くよ」

 

そう聞いた父親は目を爛々と輝かせて、魚達を見詰めた。

 

「とりあえず値が付くまで待機、だな」

 

少し待つと、値が出た。三十万ベリーとの事だった。

期待以上だ、と父親は喜んで、近くにある自宅へ駆け戻った。

 

「今日は大漁でよ、三十万ベリーが手にはいったぞ!」

「よかったじゃない!」

 

札束を金庫に仕舞ったら、ダイナの元に全速力で戻る。

 

「ごめん! 金仕舞いに行ってた!」

 

素直に、父親はダイナに頭を下げた。

 

「とうちゃん、おれ大丈夫!」

「ダイナは強い子だな!」

 

そして、そのままダイナを抱き上げ、家に駆け戻った。

 

「飯食ったら、ダイナと海に探検しに行っていいか?」

 

家に帰るなり、開口一番に父親は母親に訊ねた。

 

「構わないわよ」

 

と、二つ返事で承諾した所に、父親への信頼が見てとれた。

 

「但し、日暮れ迄には帰ること」

「はい!」

 

父親に代わって、ダイナはぴょこんと飛んで返事をした。

 

 

 

昼食を掻き込む様にして、胃のなかに収めた後は、舟に乗り込んだ。

 父親がオールを漕いで、ダイナは帆を張る。

 

「海、綺麗だね」

 

穂先に立って、水平線を見ていたダイナは呟いた。

 

「だろ? この景色を独り占め出来るってのはこの仕事の特権だよ」

 

父親は誇らしげに胸を張った。

 適当に、当てもなく舟を進ませていた。

 すると、雷鳴が遠くから聞こえ、ポツリ、と雨が降り始めた。

 

「結構やべぇかもな」

 

ダイナは歴戦の海の勇士が不安を溢すのを見て、焦り始めた。

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