艦これ ~The Splendid World~ 作:絹織糸
01話《川内》
−2052年12月8日−
河津伸幸はしまゆき型対潜護衛艦『しまゆき』の乗組員で、その日も反応のあるはずがないソナーを欠伸をしながら聞いていた。
――いくら精度を高めたって、見つける対象がいなければ意味ねえよなあ。
二年前、日本の領海で航行中のしまゆき型護衛艦『しらゆき』が突然雷撃を受け撃沈するという事件が起きた。乗組員約50名は未だ全員行方不明となっており、その船体も見つかってはおらず、その謎の多さが時の話題となった。ただ、話題になったからといって真相が解明されたかといえばそんなことはなく、唯一、沈没直前に『しらゆき』艦長の熊田功が「敵、ソナーに反応せず」という旨の通信を送ったことがわかった程度のことだ。
当初日本はこれを北朝鮮、或いは中国の仕業だと考えていたが、両国共にこれを否認した。
その後国会で対テロ防衛強化法が立法され、海防に回される予算が増えるに伴い、こうして本格的な対潜哨戒が常習的に行われることになった。
しまゆき型護衛艦『しまゆき』を海峡警備用に特化、改装して作られた海防護衛艦『しまゆき』はかつての世界大戦の時の海防艦のような対潜特化艦で、主砲を一基減らし、さらに対空装備をciws一基にのみにする代わりに、爆雷投射機の増設や、高性能の最新型ソナーを装備したりしている。何より1番印象的なのは両側に付けられた対潜水艦魚雷装甲、通称『ダミーバルジ』であろう。船体を横から覆うように付けられたバルジは、爆発的な衝撃を感知すると自動で艦から外れ、船体への衝撃を和らげる効果を持つという。
とはいえ伸幸自身は本当にダミーバルジが効果的なのかは知らない。演出で使用する魚雷は基本的に専用の模擬魚雷だし、その時は自動ではなく、手動のボタンで外したからだ。
ここ数年でソナーの技術は急速に進み、150ノットで急速潜行する魚雷の位置もほぼリアルタイムでの把握が出来る程になった。
――単艦で哨戒ができる時代なんだな。
だから、ソナーはしまゆきに向かう『何か』をキャッチし、また伸幸も直ぐにそれに対応した。
「ソナー反応あり!此方に向かう対象、2つ!」
緊急事態のサイレンが鳴り響く中で、伸幸は違和感を覚えた。
――この二つは両方とも魚雷なのだろうか。
――だとしたら、この魚雷を発射した艦は何故反応しない?
――急遽反応したというのなら、それは間違いなくこの近く、レーダーの探知範囲内にいるはずだ。
「船速を上げろ!大きく右に回れ!」
艦長の叫び声に、今世の技術では魚雷に追尾されるため、あまり船速を上げたところ意味は無いはずなのだが、しかし攻撃対象を見つからない今、爆雷の準備が整うまでは逃げる他ない。
と、伸幸は思ったのだが。
「対象、艦に近づきます。三、二、一……」
衝撃は無かった。ダミーバルジのおかげかとも思ったが、違う。魚雷が直進し、しまゆきの後ろを通りすぎて行ったのだ。
「対象、本艦を通過」
どういうことなのだろうか。
――旧式の魚雷なのか?
しかし自動追尾機能は30年も前には既に仕上がっており、つまり今のはそれ以上前のものだということになる。
疑問について思考を深めようとしたところで、先に身体が椅子から落ちる。
「……っ!?」
艦に衝撃が走る。そこまで強いわけでもないが、爆発的な衝撃。
咄嗟に起き上がりソナーを確認するが、魚雷がぶつかったのではないようだ。
乗組員の誰かが叫んだ。
「左弦、敵影を発見!攻撃を確認、左ダミーバルジが外れました!増設バルジのダメージからして通常の主砲ではなく、中口径だと推測されます!」
ダミーバルジが以外と役に立たなかったことよりも、伸幸は疑問を抱いたことがあった。
――中口径だと?
100年以上前の最後の世界大戦以降、世界の海軍の方針はそれまであった大艦巨砲の主義ではなく、レーダーで敵を発見し離れたところから攻撃をする現在の手法に変わった。よって主砲に攻撃力を期待することは無く、このしまゆき含め殆どの護衛艦には直径12.7cmの小口径の主砲しか積まれていない。
――敵は何隻なのか。
そんな伸幸の思考に呼応するように、声が上がる。
「敵影、数六!いずれも人型だと思われます!」
「人が主砲を使って攻撃するのか!?」
伸幸は思わず声を上げた。馬鹿馬鹿しいにも程がある。しかし、敵、しかも水上艦が6隻もいては対潜特化艦のしまゆきではどうにもならない。
再び、艦内に衝撃が走る。今度は先ほどとは比べものにならないほどの揺れで、伸幸はダミーバルジは案外役に立ったんだな、と掌を返すように数分前の認識を改めた。
「船体が傾いているぞ!穴が空いたんだ!このままでは沈没する!」
艦長が叫んだ。
「ダメコンへ急げ!」
副艦長のその声で、何人もの乗組員がダメコンへと向かう。
――ダメコンじゃあダメだ!
もともと装甲の薄い護衛艦が次の攻撃を耐えられるわけがない。たとえその一発を耐えられたとしても、後がないのだ。
ではどうするのか。賭けに近いが、伸幸には考えがあった。
――内火艇を探す。
対潜哨戒の時には内火艇は積まれていないこともあり、だから賭けだと思ったのだ。
内火艇は右舷側と左舷側に一つずつ積まれていて、伸幸は打撃の薄いであろう右舷側に単独で走った。仲間を連れて行きたい気持ちはあったが、もし無かったとき、伸幸は自分の責任になるのが怖かった。
――くそっ、船体が傾いていて走りにくい。
――賭けに勝った。
そこには内火艇というか小型クルーザーがあり、ハッチを開けて乗り込むと、海へと降りた。
「水は……ある」
水の確認をしてから、周りを見渡す。
右舷側は敵からは死角になっているので、少し走らせて敵影を確認した。
「……っ」
全身の肌が粟立つのを、伸幸は感じた。
モノクロのような黒い人影。腕には艤装があり、確かに口径が大きいように見えた。
黒い人影は唸り声を上げると、両腕の主砲を一斉射した。
実弾が艦橋を貫いたのを見て、伸幸は息を飲んだ。
――そんな。
海自に入隊して3年半、ほぼすべての時間を伸幸はしまゆきと共に過ごした。
そしてそれは、艦長含む乗組員についても同じだった。
「おい……嘘だろ……」
やめてくれ、と上ずった声にならないような声が出る。
沈んでいくしまゆきの前に立ち尽くす伸幸の内火艇に『敵』は気づいていないのか、それとも相手にするほどのものでもないと取られたのか、彼らは海の向こうへと去っていく。
――なんなんだ。
怒りと、悲しみに満ちた言葉を何度も、何度も伸幸は反芻し続けた。
約一時間後、落ち着きを取り戻し内火艇で本土に帰る途中の伸幸に、また敵に襲われるかもしれないという心配は不思議とわかなかった。
――一刻も早く、横須賀へ戻らなくては。
あるのはその使命感に似た何かと、仲間を失った喪失感のみだった。
しまゆきが哨戒していたのは、本土からおよそ80km離れた位置。3時間も走らせれば本土には着く計算だ。
「それまで電池が持てば……だが」
自分自身に言い聞かせるようにした忠告だが、恐らくそれは大丈夫だろうと伸幸は考えている。
――結構前だが、この艇を充電したのは俺なんだ。
――使われてさえいなければ、こいつは200kmの距離でも平気で走れる。
周りが全て海で、方角にはあまり自信はない。しまゆきが通ったと思われるルートを逆算しているだけだ。
「…………?」
周りが全て海なので、例えば洋上に何かあれば目立つため直ぐに気づく。目を凝らして見ると、そこには人が一人立っていた。
――そうか、人か。
「……え?」
伸幸の物理法則の認識が正しければ、人は水の上に立つことはできないはずだ。人だと?そう思ってから、たった一時間前の『敵』を思い出す。
――まさか、あいつらの仲間か?
相手はこちらに背中を向けている。しかし、なんの艤装もない内火艇では攻撃することはできない。
それに、先程の『敵』とは違う部分が幾つかあった。白黒の見た目ではなく肌は人間らしい色で、フリルのついたオレンジの服を着ていて、マフラーをしていた。
――向かってみよう。
意思疎通が出来るかもしれないと考えた伸幸は、内火艇の向きを対象へと向けて進む。
しばらく対象は前方を見渡していたが、内火艇の距離が500mを切ったほどのところで、後ろを向いた。
「……誰!?」
両腕には主砲のような物が確認できる。幸いそれはこちらには向けられていない。
「それは、こっちの台詞でもあるな!」
怖気付いてはいけない、そう思いぶっきらぼうに大声で伸幸は返す。
「……あなた、もしかして軍人さん?」
それには答えず数十秒ほど内火艇を走らせ、距離を縮める。
会話が出来る程の距離になり、そして、
「ああ……そうだ。その通りだ」
と答える。
「……そう」
髪を両側で短い二つ縛りにしている黒髪の少女だった。顔立ちは整っている。
両腕に主砲、両脚に魚雷発射管のついている姿で海上に立ってさえいなければ、美少女と言うのが相応しいだろう。
「……今、何年?」
「えっ?」
思わぬ質問に伸幸は素っ頓狂な声を上げた。
「今は、昭和何年なの?」
――昭和だと?
いつの時代の話をしているんだ、この娘は。
「昭和何年かはわからないが……西暦なら2052年だよ」
「にせん!?」
「……何を驚いてるのかさっぱりなんだが、とりあえず、お前は何者だ」
「私?私は……」
彼女は少し迷うような素振りを見せてから、答えた。
「私は、……川内」
「……仙台?」
「違うよ、かわうち、って書いて川内」
「……なるほどな」
「私は川内。川内型軽巡洋艦一番艦、川内」
「…………」
『巡洋艦』ーー古い世界の産物だ。先の昭和の話といい、彼女の言葉には無理がありすぎる。どこか伸幸たちとは大きくかけ離れているような、そんな感じ。
「お前……川内、といったな」
「そうだね。私は川内」
「その、腕に付けているものは何だ?」
「……これは」
川内は自分の腕を見つめ、言う。
「分からない。分からないけれどーー知っている」
「…………」
「これは『14cm単装砲』。私の、武器」
14cmーー140mmの中口径の単装砲。現在の駆逐艦、或いは護衛艦に標準搭載されている主砲は基本的に127mmの小口径の単装速射砲であり、やはりその武器とやらも彼女が古い時代の『何か』であることを表しているのだろう。
「だが……とてもじゃないがそれは14cmの中口径には見えないな」
伸幸の目測でおよそ2cm程度。彼女のいうそれには遠く及ばない。
うーん、と川内。
「そう言われれば確かにそうだね」
拍子抜けするようなあっさりとした物言いに、伸幸は少し苦笑する。
「でも……これは、少なくとも私にとっては、『14cm単装砲』。それ以上でも、それ以下でもないの」
「……そうか」
川内、と伸幸。
「さっき、俺は軍人だ、そう言ったな。申し訳ないが、あれは半分嘘だ」
「えっ?」
半分、と川内はおうむ返しのごとく復唱した。
「俺は河津伸幸。海上自衛隊所属第一海上護衛総隊所属旗艦『しまゆき』の……乗組員だ」
元、と伸幸は心の中で密かに付け足した。
第一海上護衛総隊というのは、元々しまゆき型海防護衛艦『しまゆき』を旗艦に同型の『はまゆき』『かぜゆき』にすずや型ヘリ搭載護衛艦『みくま』の4隻で構成される艦隊である。しかし単艦ごとの持つその高性能故に、あまり艦隊を編成をして近海の哨戒をすることはなかった。
「自衛、隊……海軍じゃなくて?」
「これ以上は話すと長くなる。乗るといい。港まで連れて行ってやる」
「港?」
「ああ。横須賀だ」
「……そう。じゃ、乗せてもらおっかな」
伸幸と川内、2人を乗せた小船が無事横須賀へと到着するのはこの2時間後。
人類と深海棲艦との戦争が始まる、ほんの少し前の話であった。
「……川内」
「何?」
「俺の股下に隠れろ」
「……なんで?」
「そんな怪訝そうな目で見るな。お前のような得体の知れない存在の情報がマスメディアにでも捉えられてみろ。あっという間に拡散する。お前は今の所、軍事機密なんだ。俺が決めた」
「そう……だね」
変なことしないでね?と川内。
「あのなぁ……そもそも下に人の入るスペースがちゃんとあるんだよ、この内火艇は」
海上を走る間、伸幸は100年前の大日本帝国の敗戦と、その後警備隊から始まった自衛隊について川内に話した。加えて、先程起こった事件の一連の流れに関しても。
彼女にはおよそ記憶と呼べる記憶がなく、自分がかつて帝国海軍の第三水雷戦隊の旗艦や輸送部隊を務めたりしていたという事しか覚えていない、と伸幸は本人から聞いた。
そして川内本人については、彼女は主砲の他にも幾つか『装備』を所持していた。
――これは『九六式水上偵察機』。夜間迷彩を施してあるの。
――二基しかないけど、これは『61cm四連装魚雷発射管』。
――あとは、夜戦用の照明弾と、探照灯ね。
川内の言うそれはサイズこそふたまわり以上も小さいものの、伸幸の祖父が有していた戦時中の海軍兵装の図鑑に載っているものと酷似していた。
――彼女は本当に『川内』なのか。
石炭を動力として航行し、その為の四本の煙突が特徴的な川内型軽巡洋艦。そのネームシップ、川内の人となった姿がこの娘なのだろうか。
馬鹿馬鹿しいと一蹴されそうな話ではあるが、これまでの経緯ーー自動追尾もない低速の旧式魚雷を運用するソナーに探知されない謎の標的に、突如砲撃を受け、伸幸を残し轟沈した『しまゆき』。そして海上に立していた彼女、川内。考えてみれば、どの話も極めて馬鹿馬鹿しい。
そして横須賀が見える前に、謎の沈没を果たした『しまゆき』の話題にマスメディアが数多駆けつけているであろうことを予見した伸幸は、川内に隠れることを提案した。
一八〇〇付近のことであった。
「……あのさ、河津、さん」
「どうした?」
「ちょっと、狭くってさ……」
「すまない。窮屈だがもう暫くの辛抱だ」
「いや、あの……」
言葉を濁す川内に対し、不思議を覚える伸幸。
下を覗いて見れば、運転の為に大きく開かれた伸幸の股のちょうど間に顔を出す川内の姿があった。
「…………」
「…………」
「ちょっと目の遣り場に困るっていうか……その……」
「……本当にすまない」
長年の護衛艦暮らしの所為で女性に慣れない伸幸は、その川内の姿に少し心を揺らす。
――いかん、集中、集中だ。
「……『はまゆき』だ」
10分以上気まずい時間が続き、ようやく陸の様子が視認できる程度にまで近づいたところで、同艦隊に所属する艦の航行しているのに気づく。
見てみれば、艦橋付近から灯の点滅しているのが確認できる。つまるところ、モールス信号である。
「わ、れ、は、ま、ゆ、き、せ、い、ぞ、ん、し、や、は、つ、け、ん、せ、り」
――「我『ハマユキ』、生存者発見セリ」。
生存者というのは恐らく、沈没したしまゆきについてであろう。
伸幸は手旗信号で返そうと思ったが辺りは冬の午後6時に相応しい暗さで、これで伝えるのはやや困難だ、そう考えた。
「川内。探照灯を出してくれるか」
「いいよ。なんて打つ?」
軽巡洋艦『川内』を名乗る彼女はどうやらモールス信号もできるようだ、と伸幸は感心する。
「『我『シマユキ』。貴艦ニ救助求ム』」
この時伸幸の股間から発光したとほんの僅かの間だけはまゆきのクルーの間で話題になったのは、この場合は完全に蛇足である。
−2052年12月9日−
この日伸幸と川内は幕僚長含む上位幹部らによって構成された緊急の会議に駆り出されることになった。
時刻は現在〇一〇〇。
「あの人が総司令官?」
「厳密には海上自衛隊幕僚長という役職だが、まあお前に合わせて言うならそうなるな」
松嶋純士。現在の海幕長の名前だった。自国の護衛艦が再び原因不明の撃沈を遂げたというあまりにも異例の事態に、海幕長だけでなく陸や空の主要人物も集まっているという。
「……川内」
「なに、河津さん」
「正直、お前がこれからどのような処遇になるかは俺にはわからん……だが、悪いようにはならないよう尽力しよう」
「……ありがとう」
それから、改めて、伸幸は質問をする。
「お前は一体ーー何者なんだ?」
「私は……」
――私は『人』なのか、果たしてそれ以外の『何か』なのか。
軽巡洋艦川内に宿るその心に、そんな疑念が渦巻く。
間もなく会議は始まる。
緊急事態であるため、挨拶は完全に抜きに、「河津水雷士」と海幕長から声がかかる。
「はいっ」
伸幸は立ち上がり、言う。
「朔日一四五〇頃、『しまゆき』のソナーは本艦の右に2つの魚雷と思われる直進する物体を突如観測しました。本艦は直ちに回避行動を取り、物体は本艦の後方を通過。物体を発射したであろう艦はソナーの探知範囲内にいたと考えられますがこれを確認できず、目測でも同様のため潜水艦だと考えられます。その後一四五三、何かの攻撃を受け艦体に一部損傷、左弦の増設バルジが破壊されました。敵影の距離と威力からして中口径以上の主砲、若くは我々の既知の範囲でない最新の主砲によるものではないかと推測されました。これらの水上艦は目視による確認で6隻――6つの人影による砲撃だということが判明。同時に敵の砲弾が本艦左弦の装甲を貫通、浸水を始めました。そしてその後数発の砲撃を受け、一四五七、海上自衛隊属海上護衛総隊旗艦『しまゆき』は沈没しました」
長い報告を終え、伸幸は座る。
「何か質問はございますか」
松嶋海幕長の言葉に、幾つもの手が挙がる。
その内指された1人が質問を始める。
「水雷士、その人影というのはどういうことかね」
「信じがたい話ではありますが、兵装を積み攻撃を行った『敵艦』は間違いなく人型でした」
「……ふむ。相手の意見を根拠もなしに否定するのは好みじゃないが、さすがにそれはどうもわからんね」
「申し訳ありません」
今迄単なる水雷士として『しまゆき』で活動していた伸幸には、いまいちこの場をどういう風にして乗り切ればいいのかがわからない不安があった。
その後も脱出経路など幾つかの質問をこなし、次へと会議はすすんだ。
「『川内』」
海幕長の点呼が上がる。
「……はい」
先にしていた打ち合わせ通りに、川内は立ち上がる。
「君はいったい、何ものなのかね」
「…………」
またこの質問か、と川内は呆れたわけでもうんざりしているというわけでもないが、思う。
この数時間で多数の軍人ーー正確には自衛官に同じ質問をされ続け、川内は自分でも答えがわからなくなっていた。
だから伸幸は、
――お前が何者かだなんて、正しい答えがわかる奴なんていない。
――だから心配をするな。お前は、お前だ。
――お前がただ一人知るお前のことを、お前がお前について知っていることだけを、包み隠さず話せばいい。
そう川内にフォローした。
「私は……川内」
自信を持って、彼女はこたえる。
「私は川内型軽巡洋艦、そのネームシップ、『川内』。それ以上でも、以下でもありません」
「……そうか。では、以上だ」
「…………」
「何をしている。着席したまえ」
――驚いた。
この場で川内を質問攻めにあわせるのがこの会議の目的だと伸幸は踏んでいたーーそれがただの一言で終わってしまったことに、伸幸は驚いた。
「河津水雷士の処遇については追って伝える。二人とも、退室したまえ」
勝手に呼び出されて勝手に追い出されるというのは伸幸としてはどうにも気分がいいものではなかったが、所詮は下っ端の水雷士、長く会議に参加させる必要などないという事なのだろう。
「なんていうか、あっさりだったね」
部屋を出て一番、川内。
「そうだな」
「私達、これからどうなるんだろうね」
「……俺は恐らく、同じ一海総の『はまゆき』か『かぜゆき』に転任だろうな」
――艦が、仲間がなくなったところで、仕事は仕事。自分が護衛艦乗りである限り、何度でも海で戦わなければならないはずだ。
「お前についてのことは、俺にはわからないな」
「そう……だろうね」
「川内はこの後はどうするんだ?」
「精密検査、だって……」
「そうか……」
俺とお前とは今日でお別れだ、と伸幸は言う。
「え?」
「お前がもし本当にかつての軍艦なのだとしたら、お前は一級の軍事機密になることは間違いない。というか、もう既にある程度そういう状態になっているだろう。そうしたら、俺のような水雷士は二度とお前には近づけん」
「そうなんだ……なんか、残念だね」
「かもな」
「じゃあ……もし次会えたら遊ぼうね!」
「じゃあって何だよ」
伸幸は苦笑する。
「まあ、いいさ。約束してやろう」
無邪気な川内のその笑顔は、まさしく見た目の歳相応といえるものだった。
「じゃあ、またな」
うわべだけの『また』を残して、伸幸はその場から去った。
河津伸幸……二等海尉。護衛艦『しまゆき』において水雷士を務める。
川内……帝国海軍によって建造された5500t型の軽巡洋艦の一つ、川内型軽巡洋艦のネームシップの名を冠した少女。