彼女と出会ったのは2006年の夏のことだった。
見滝原の近代都市化計画は始動に向けての議論が終了し、まさにこれから始まると言う段階であった頃。世間一般では夏休みに突入し、当時「8歳」だった私は主にその夏休みが原因で暇を持て余していた。
何故暇を持て余していたか、と問われれば答えは一つしかなかった。当時の私には「友達」が一人もいなかったのだ。
別に私がコミュニケーション障害を負っていて、学校において周りとうまく行かなかった、と言う訳では無い。なぜなら当時の私はそこに住み始めたばかりだったからだ。学校も既に夏休みに突入しており、クラスの面々との対面は二学期を待つこととなっていた。
そんな私に話したり遊んだりする友達などいるはずもなく。では何をしていたかと言われれば、私の両親が引っ越しと共に開いた「と言う事になっている」喫茶店でだらだら過ごしていた、と言うほかなかった。
もちろんやりたくて一日中そんなことをしていた訳では無かったが、いかんせんやることがない。当時の私が「魔女」と呼ばれる怪異の存在に気づいていれば、また違っていたのかもしれないが今言った所で詮無いことである。
……いや、むしろ知らなくて良かったのかもしれない。でなければあの日、あの場所に私は居なかっただろうから……
ある晴れた日の真昼の事だった。
開店したばかりのこの店には食事時であるにも拘らず、あまり客は入っていなかった。閑散とした店内でこの店に入ってきた数少ない客を眺めていると、入口のドアにかけていた鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいですか?」
私の「父」が新たに来た客にあいさつする。
大人の男女、それに一人の女の子。見覚えの無いであろうこの店に踏み込んだ新たな客は、子連れの親子のようだった。
「はい、そうです。」
「分かりました。では、こちらに。」
そう言って、彼らを椅子が四つあるテーブル席に案内する。女の子は初めて来る店だからだろうか、あたりをしきりに見回していた。
「メニューはこちらとなります。決まったら手を挙げて呼び出してください。」
「あ、わかりました。」
「では、ごゆっくり。」
メニューを渡すと父は一旦引き返す。どうやらお冷とおしぼりを取りに行ったらしい。その間にその親子はメニューを覗き込み、貼ってある写真を見て「おいしそう」などといった言葉をこぼしていた。
そしてそうこうしているうちに父がお盆におしぼりと三つのコップ、お冷の入ったピッチャーを載せて戻ってきた。
「こちら、おしぼりとお冷になります。ご注文の方は何になさいますか?」
「あー、じゃぁ…」
そうして注文が入れられていく。そんな風景を眺めていると、女の子から視線を向けられていることに気づいた。
別に視線を向けられるのはどうと言う事は無い。目立つ外見をしている事は十分自覚していたし、事実この店に初めて来た人はほぼ例外なくカウンター席でなにをするでもなく座っている私をもの珍しそうに見る物だった。
そして、その子の母親もその視線に気づいたらしい。
「あの子は、あなたの娘さんですか?」
「……ん?ええ、そうですよ。ちょっと待ってくださいね。
キッカちょっとこっちに来なさい。」
ちょうど注文されたメニューを書き留めたタイミングでそんな話を振られた父が私を呼ぶ。呼ばれた私は席を立ち、その親子の元へと向かった。
「キッカと言います。橘の花と書いてキッカ。
ほらキッカ、この子にご挨拶なさい。」
「はい、お父さん。」
そう言って私を見ていた女の子へ挨拶を促す。私は父からその子へ向き直ると、
「こんにちは、秋水 キッカです。」
「あ……えっと……」
と言って、軽く頭を下げた。
よく見れば、その子は若干身長は低いが私と同じぐらいの年のようだ。引っ込み思案なんだろう、女の子はいきなりの事に少々戸惑っているようだった。
「ほら、せっかく挨拶してくれてるんだから、アンタも返さないとね?」
「う……うん。」
女の子の母親もまた挨拶を促す。
そしてその子は数回呼吸を入れ、意を決したように口を開き。
「は、初めまして。鹿目 まどか……です。」
自らの名を、私に告げた。
随分と、懐かしい夢を見た気がする。
もう五年も前の記憶、それを私はどうやら夢に見ていたらしい。我ながら、こんなタイミングで彼女と出会った日の事を思い出すとは。文字通り夢にも思わなかった物だ。
そんな事を考えながら、上体を起こす。
随分と広い部屋だ、調度品なども必要最低限しかなく、それがまたこの部屋の広さを際立てているようだった。
そしてやけに赤い。
……いや、部屋が赤いのではない。どうやらこの部屋を照らす光源が赤いらしい。
窓の外を見ると真っ赤な丸い物体が浮いてた。この部屋は結構な高層階にあるらしく、そこそこの眺めだった。
そこまでの事を確認して今、何時なのか知りたくなった。広い部屋を少し見回す。すると目当ての物はすぐに見つかった。
壁掛け時計、年月日表示付き。少し遠いところにかけてある物に目を凝らす。
……どうやら、随分と寝坊してしまったらしい。
こりゃ「あいつら」にちょっと怒られるかな?
そんな事を思いながらため息をついた時
ドアが、突然開いた。
私がそちらを向く。
人数は六。全員女で歳は一人を除き皆私と同じぐらい。そして、その六人の先頭には
バカみたいな顔して固まっている「彼女」がいた。
なんて顔してるんだよ、と私は苦笑する。
……いや、むしろこれが当たり前の反応なのかもしれない。そこまで思い至って、あることに気づいた。
……ああ、そういえば。
まだ、言ってなかったな。
本当ならとっくに言ってしまっているべき一言。だが「寝坊した」せいで未だ言う事が出来ていなかった。
でもまぁ、今からでも遅くはないか。
きっと、彼女は許してくれるだろう。
やることを終え、帰ってきたのだ。ならば、言うべき言葉は一つだ。
そして私は彼女に笑いかけながら言った。
───────────────「ただいま」と。