魔法少女の「    」   作:戦艦大和

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第四話「この世界は、いつだって……」

 喫茶、「秋水(シュウスイ)」。

 店主たる「秋水(アキミズ)治」氏の苗字の別読みから名づけられ、「秋の頃の澄み切った水」と言う意味の言葉を冠した店の前に、三人の少女と一匹の小動物が立っていた。

 

「ここが秋水さんの自宅?」

「はい。家自体の入口は横に回ったところにあるんですけどね。」

 

 夕日に照らされ、赤く染まった三階建ての建物をマミは見上げる。

 まどかの話によると、一階は喫茶店、二階以降は一家の居住スペースになっているらしい。

 

「五年ぐらい前にキッカちゃんが引っ越して来た時に出来たんです。」

「昔から結構遊びに来てたりしたよね。」

「結構いい感じの雰囲気の喫茶店ね。なんでこれまで知らなかったのかしら……」

 

 開店中の店内を外から覗きながらマミが言う。彼女はそういう店をよくチェックしていたはずだったのだが、この店については全く持って初耳であった。

 

「なんか、その辺不思議だよね。結構いい店のはずなのに、あんまり有名じゃない。」

「うん、お昼時になっても満席になってる所って、ほとんど見ないよね。」

 

 さやか、まどかが順番に語る。どこか落ち着いた雰囲気のいい店であったが、どういう訳か昔から知名度は殆どなかった。そのせいか、お昼時でもほぼ確実に二・三席あいていて当然、と言うような光景がよく見られた。

 

「そうなの?……また次の機会に客としてでも来てみようかしら?」

「あ、ここで何か食べるんならオムライスがいいですよ。卵の加減が良くて、ふわっとしてて……」

「へぇ……」

 

 マミの言葉にさやかがおすすめの品を挙げていく。マミもそれに反応するが、いつの間にか緊張感が吹き飛んでしまっている事に気づいて、堰払いする。

 

「え、えーっと。入口は横に回った所だったわね?」

「え、あ、ハイ。こっちです。」

 

 そう言ってまどかが店の右の方に向かう。そこには「秋水」と書かれた表札に、カメラ付きインターホンが取り付けてあった。

 

「じ……じゃあ、行きますよ?」

「ええ、お願い。」

 

 まどかが少し遠慮がちにインターホンのボタンを押した。

 ピーンポーンと言う電子音が鳴る。するとすぐに反応があった。

 

『いらっしゃい。鍵は開いてるから入ってきて。場所は私の部屋ね。』

 

 そう言ったっきり、インターホンの接続が切れる。

 まどかがマミの方を振り返ると、それを聞いたマミは口を開いた。

 

「……じゃあ、行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 秋水キッカの自宅。その三階南東方面にある一室が、秋水キッカの自室であった。

 

「ん、来たね。」

 

 扉を開いて入ってきたまどかたちに、キッカが声をかける。彼女は部屋の南東の隅に配されているベットに腰かけていた。

 

「ブッ!」

「き、キッカちゃん……その恰好は……?」

 

 服装は、先に会った時から変化は無し。あえて言うなら、ロングコートを脱いでいるぐらいだろうか。

 出落ちもいいところな服装で居たことに、さやかが吹き出す。先ほど公園に居た時はいいとして、まだ家でもこの格好でいるとは思わなかったようだ。

 

「実用を兼ねたコスプレだけど?」

「コスプレなんかい!」

「魔法少女じゃないからね。変身なんて……出来なくもないけど、こっちの方が低燃費だから。」

「どういう事かしら?」

 

 さらりと魔法少女であることを否定する発言が出たことに、マミが反応する。

 

「とりあえず何もなし、と言う訳にはいかないし。ちょっと飲み物を取って来るから、ちょっと待っててね。」

 

 そう言って部屋からキッカは出て行った。取り残された三人が、部屋のど真ん中に置いてある机を前に座る。

 

 ベット周辺にぬいぐるみが散乱しているまどかの自室や、三角形のガラステーブルと言う小洒落たインテリアのあるマミの自宅などに比べると、随分と「女の子らしさ」に欠けた部屋だった。

 机の類は、勉強机に折り畳みの机が二脚。それに、部屋のど真ん中の机は、布団を取っ払っただけの炬燵だった。窓に掛かっているカーテンも布団も無地の黄色で、特にこれと言った柄もついてない。置いてある本棚も、一番上の列が「日本の歴史」と言う漫画が占有している事以外、特筆すべき様な本は見当たらなかった。

 

 しばらくすると、オレンジジュースのパックと色の違うコップ四つを盆に載せてキッカが戻ってきた。それぞれの前にコップを配してジュースを注ぐと、机を挟んでマミと向かい合うように座した。

 

「っと。じゃあ、まず自己紹介から行きましょうか。

 私の名前は秋水キッカ。名前は橘の花、と書いて橘花(キッカ)と読みます。

 もう聞いてるとは思いますが、まどかたちとは小学三年生の頃からの付き合いになりますね。」

「私は巴マミ。見滝原の三年生で、魔法少女をしているわ。

 ……それで、あなたは一体何者なのかしら?」

 

 先ほど、確かに彼女が魔法を使うところを見たマミだったが、本人は魔法少女ではないという。しかしマミは、魔法を使う存在を魔法少女と魔女の二つしか知らなかった。

 この問いに対してキッカは考え込むように数泊置くと、こぼれ出て来たように言葉を紡いだ。

 

「うーん……魔術師、魔女、奇術師、魔法使い、魔導師……年齢を加味すれば、魔法少女でもいいんだろうけど……単語が被るから魔女と魔法少女はダメか。

 魔法……と言うより魔術が使える普通の人間。としか説明できないかな……」

 

 見方によれば、はぐらかしているようにも聞こえる回答。だが本人は自分の身分と言う物をあまり考えたことが無かったらしい。それ以上の説明の術を持たないようだった。

 

「魔法と魔術は違うの?」

「いや、私が勝手に呼び分けてるだけ。私が『すごい』と思った物を魔法、それ以外を魔術って呼んでるだけです。」

 

 気になった一言を問っていくマミ。彼女の質問はまだ続く。

 

「魔術は誰でも使えるの?」

「才能と方向性は十人十色でしょうけど、多分少しは出来るんじゃないですかね?六割ぐらいは魔法少女みたいに戦うのはキツイと思いますけど。」

「そう……ちなみに魔法少女については、どのぐらい?」

「キュゥべえとか言うのと契約するとなれる、魔女と使い魔っていうのがいる、魔女を倒すと報酬がもらえるらしい……これだけですかね。キュゥべえとの接触は避けてたから、説明は受けてないですので。」

 

 キッカの言葉を受けて、確認のためにマミがキュゥべえの方を向く。すると今まで聞きに回っていたキュゥべえが口を開いた。

 

「確かに君とは今まで一度も会った事が無かったね。所で五年前の秋ごろから魔女を倒して回っているのは、君かい?」

「うん、そうだけど?」

 

 キュゥべえの問いを、キッカはさらりと肯定する。

 

「魔女退治をしていたなら、僕とも遭遇すると思うんだけどね……いったいどういう手品を使ったんだい?」

「一種の認識阻害魔術だよ。キュゥべえと、私を探そうとする人間から見つからないように設定してたからね。……まぁ、流石に戦闘中に遭遇されたら効果なんてない訳ですが。」

「だからあれだけ探しても見つからなかったのね……でも戦ってると、その魔術も意味は無いのよね?偶然見つかるとは思わなかったの?」

 

 何ともない事のようにキッカは返すと、再びマミが疑問を口にする。それに対してキッカの口が再び開く。

 

「活動時間帯が違いますからね。巴さんは遅くても10時には帰ってるみたいですけど、私は10時から1時にかけてが活動時間帯ですから。」

「随分と夜遅くに戦うのね。」

「当然でしょう、でないと学校やまどか達との生活に支障が出ますので。」

 

 キッカがジュースに口をつける。すると次に問いを発したのはキュゥべえだった。

 

「じゃあ君が戦う理由は何なんだい?さっき君はグリーフシードについて『必要ない』って言ってたよね?グリーフシードが必要ないなら、君が戦う理由は無いと思うのだけれど。」

 

 魔女との戦いと言う物は、常に命がけだ。出来れば、誰もやりたくは無い事だろう。にもかかわらず魔法少女が魔女と戦うのは、見返り(グリーフシード)があるからこそだ。

 しかし、キッカは魔法少女ではない。他に使い道があるならまだしも、それは先ほどの公園での彼女の一言が完全に否定してしまっている。そう、彼女が魔女たちと戦っても何の見返りもないはずなのだ。

 

「手元に銃が有った。外には凶暴な狼がいる……さぁ、どうしますか?つまり、そういう事だよ。」

 

 力があるから、倒した。気負いもせず、緊張した様子もなく言い切った。

 

「じゃあ、あなたもこの街のために?」

「それはちょっと違いますね。私の知らない人間が、知らない場所で、勝手に死んでいく分には、責任なんて持てませんし、持つ気もありませんので。」

 

 だが、何も(おおやけ)に対する無償のボランティア、と言う訳では無かったようだ。キッカがそのまま続ける。

 

「流石に目の前で誰かが手に掛けられそうになってたら、助けますよ?目覚めが悪いので。

でも、あくまで私の目的は『友達や学校での日常を守る事』ですから。」

 

 先と同じく、やはり気負う事もなくキッカは言い切る。彼女の言葉はまだ続く。

 

「私は、まどかたちと普通に過ごしたい。そして、それを阻害しうる存在たる魔女の事も容認できない。だから、叩く。それだけです。」

 

 言う事は言った、と言わんばかりのキッカ。だが、マミはこれを聞いて尚……いや、より一層分からない事があった。

 

「……分からないわね。あなたにとっても、魔法少女にとっても、魔女は敵。しかもあなたは、グリーフシードの事で対立することも無いはず。戦力が増える分、あなたにとって得な話のはずなのに、なぜ私たち魔法少女と連携しようとは思わなかったの?」

 

 魔女を共通の敵としながら、利害関係の対立もあり得ない。ならば、手を組んでもよかったはずである。いや、むしろそちらの方が、より安全且つ効率的に魔女を処理できたはずだ。

 それに対してキッカは、また一口コップを傾けてから答えた。

 

「ああ、それなんですけどね?実は巴さんが魔法少女になる前に、別の魔法少女がこの街に来たんですよ。

 その時に何が気に入らなかったのか、よそから来た癖して『とっとと出てけ』なんてのたまう物ですから。ボコボコにして叩き返した事がありまして。『ああ、ちょっとこりゃ連携は無理かな?』と判断した次第で。」

 

 それから、とキッカは続ける。まだ理由はあるらしい。

 

「私を経由で、キュゥべえがまどかたちに関わってほしくなかったから。さっきも言ったように、私は普通に暮らしたかった。だからまどかたちには関わってほしくなかったし、キュゥべえにも会わせたくなかった。……まぁ、今となっては、ですが。」

「キッカちゃん……」

 

 キッカの言葉に、まどかは少し申し訳なさそうな顔をする。さやかも口にはしていないが、若干申し訳なさそうな雰囲気を出している。

 だがマミの質問はまだ続いた。

 

「所で、秋水さん。さっき公園で暁美さんと話してたようだけど……あの子とは、どういう?」

 

 キッカに放たれた次の質問は、マミに対して、敵対するかのような行動、言動をとる魔法少女、暁美ほむらについてだった。キッカは先ほどの公園で、まるでほむらと協力関係にあるような会話をしていたが、一体どういう事か?と。

 その問いに対してキッカは少し考え込む様子を見せた。

 

「うーん……実をいうと、まともに会話したのは今日が初めてなんですよね。」

「そうなの?」

「はい。どうも戦力を欲してるらしい、ということぐらいしか。」

 

 尚も考え込む様子を見せるキッカを見て、マミもまた考え込む。どうやら本当にそれ以上は何も知らないらしい。

 

「戦力ねぇ……」

 

 キッカから少しでも情報を得ようとしたマミだったが、結局彼女に与えられたのは、更なる混乱のみだった。

 戦力が欲しい。何が目的なのかは分からないが。それはマミと敵対するような行動や、まどかたちの契約を嫌がっているかのような言動とは一致しない物だ。戦力が欲しいなら、魔法少女の数は多いに越したことはないだろうし、戦力になり得るマミに敵対するような行動を取る理由などないはずだ。

 と、そこまで考えていたところで、キッカが口を開いた。

 

 

「質問は、以上でいいですか?」

「……ええ、一応聞きたかったことは聞けたし。私たち魔法少女については大体知ってるみたいだけど、しておいた方がいい?」

 

 キッカへの質問を終えたうえでマミが提案する。それに対してキッカは少し思案してから答えた。

 

「うーん、そうですね。大体把握はしてますが、まだ一度も話は聞いて無いんで。一応聞いておきます。」

「じゃあ、その説明は僕にやらせてもらってもいいかな?彼女にも素質があるみたいからね。」

 

 キッカの回答に、キュゥべえが割り込んできた。マミはその言葉を聞いて、考え込むような動作を見せる。

 

「……そうね、分かったわ。あなたに任せる。」

「ありがとう、マミ。」

 

 そしてキュゥべえが軽やかに机に跳び乗ると、キッカの方を向き、口を開いた。

 

「じゃあ、キッカ。改めまして。僕の名前はキュゥべえ。僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 

 

 

 

 結局のところキッカが知らなかったのは、契約の対価たる奇跡の事と、魔女退治の報酬たるグリーフシードが、どのように作用して報酬たり得ているのかと言う事だけであった。

 全てを聞いたキッカがキュゥべえを見つめる。

 

「……なんでも、ねぇ?」

「そう、なんでもさ。」

 

 キュゥべえの言葉を反芻するキッカ。とても胡散臭そうに感じているようだった。そのまま目を細めてキュゥべえを見つめる。

 

「…………」

「そんなに信用できないかい?」

 

 キュゥべえの一言にキッカが黙り込む。だがそれもしばらくすると、懐疑的な眼差しを突き立てながらではあったが、口を開いた。

 

「一応、理解はした。契約する気は無いけど。」

「まぁ、そうでしょうね。」

 

 魔法を元から使える身であるが故に、「魔法少女」と言う物に魅力は感じなかった上、特に渇望するような願いも無いため、契約するような理由が微塵も無い。キッカにしてみれば、ただただひたすら胡散臭い契約など、断るのは至極当然であった。

 

「……まぁ、一応これでお互いに関する情報交換は終了して、本題に入りましょう。」

 

 そうキッカが声のトーンを上げて改めると、そのまなざしをマミに向けながら口を開いた。

 

「巴さん、あなたは昨日からまどか達を魔女退治に連れて回ってるみたいですけど……」

「……やめろ、と言う訳ね。」

「ええ、そうです。」

 

 実を言うと、ここに来る前にまどか達から「キッカは自分たちの友人である」と言う事を伝えられた時から予測していた文句であった。自分の友人を、大なり小なり危険な場所に連れて行こうというのだ。文句の一つも無い、と言う方がおかしい。

 だが、マミとて理由もなく巻き込んでいるようなつもりはない。マミはキッカに向かって口を開く。

 

「でも必要な事よ?実際に魔女と戦った事の有るあなたなら分かるはず。」

「分かりませんね。魔女と戦った事があるからこそ、余計に。」

 

 だがキッカはマミの言葉にぴしゃりと返し、そのまま言葉を続ける。

 

「そもそも、無関係な一般人を連れて結界に入ること自体が理解できませんよ。」

「無関係では無いはずよ?心配なのは分かるけど。彼女たちはキュゥべえに選ばれたんだもの。こちら側の事を知っておかないと、踏み込んだ時絶対に後悔するわ。」

 

 戦いの厳しさを知らずに踏み込ませ、後悔させる訳にはいかない、とマミは訴える。それに対してキッカは少し考え込む様子を見せたが、すぐに口を開いた。

 

「……なるほど、確かにあなたが連れまわす如何で、こちら側に踏み込めるかどうかは変わらない。ですが、それでも反対ですね。」

「じゃあ、なぜ?こちら側への入口がある以上、命がけである事を理解していない状態のまま、放っておくわけにはいかないのは分かるでしょう?」

 

 マミの言葉にキッカが返していく。

 

「どちらにしても、彼女らが無力な一般人である以上、危険なことは変わりません。」

「友達が心配なのは分かるわ。でも、必要な事よ。何も知らないまま魔法少女になれば、絶対に不幸になる。」

 

 マミが言い終えると、部屋を沈黙が包み込む。お互いの顔を見つめあう二人の間に緊張が走る。一方、当事者たるまどかとさやかは、二人の空気に口出しすることが出来ない。

 

 しばらくその状態が続いたが。やがてキッカがあきらめたようにため息をつくと、口を開いた。

 

「……なら、期間を決めませんか?命がけである事を伝えるのに、いつまでも引っ張りまわす必要は無いと思いますけど?」

 

 渋々、と言った様子ではあったが、妥協案を示してくるキッカにマミが考え込む。

 

「そうね、確かにいつまでも連れまわす訳にはいかないわね。分かったわ。じゃあ、いつまでにしましょうか?」

「じゃあ、明後日まで。私としてはそれ以上は認められませんね。もちろん私もついていきますけど、問題ありませんよね?」

「……ええ、問題ないわ。明後日までね。」

 

 数泊置いてからマミが返す。マミの回答に緊張が和らいだのを感じ取ったのか、まどかとさやかが「ほっ」とため息をついた。

 

「そういう事になったけど。鹿目さん、美樹さん。構わないわよね?」

「い、いえいえ!全然かまわないですよ!むしろこっちがどうこう言える問題じゃないですし。」

「私としては、今すぐ辞めて欲しいぐらいなんだけどね。」

 

 マミの言葉に恐縮しながらもさやかが答え、キッカが一言漏らす。

 

「ご、ごめん。キッカちゃん……」

「……まどかが謝る事は無いよ。踏み込むか否かを決るのは私じゃないし。踏み込んで後悔されるのがいや、と言うのは私も同意見だし。……出来ればこんなことに関係を持ってほしくなかったけど、今更言ってもしょうがないし。」

 

 キッカは若干諦めのニュアンスを含んだ言葉を吐いて、三度コップを傾けて空にする。

 

 と、ここでマミが右手をキッカの前に差し出してきた。

 キッカはその手を見て、マミのい顔に視線を移すと、彼女の意図する所を掴んだ。

 

「とりあえず、これからよろしく。秋水さん。」

「……ええ、よろしくお願いしますよ。巴さん。」

 

 そう言って、キッカはその右手を自らの右手を差し出して握り返した。

 

 

 

 

 

 

 「さて、じゃあ何から話すべきか……」

 

 キッカの部屋。そこには現在三人の人間が部屋の真ん中の机を囲っていた。

 

 一人は細めのピンクのリボンで髪の毛を二つにまとめている少女、鹿目まどか。

 もう一人は短髪で、黄色の二つの髪留めがアクセントとなっている少女、美樹さやか。

 最後の一人は、日本人らしからぬ金髪の髪を、青いヘアゴムで短めのポニーテールにまとめている少女、秋水キッカ。

 

 巴マミとキュゥべえの姿は、そこには無い。既に話すことも無くなった事や、一人暮らしであるが故に、夕食の準備をしなければならなかった事から、本日は一旦解散する事にしたからだった。

 

 ……そう、会談は既に解散していた。しかし、では何故まどかたちがこの部屋に残っているのか?と言うと、解散の直後キッカがこんな事を言ったからである。

 

「ちょっと、三人だけで話をさせて欲しい。」

 

 本日の会談。その殆どは、マミとキッカの間で言葉が交わされたのみで、キッカとその友人二人がゆっくり話すようなことは、あまりなかった。出来れば、彼女らともゆっくり話す時間が欲しい。と言う理由からだった。

 特に門限も定められている事も無かった二人は、その言葉に乗ってこの部屋に残ることにした。彼女らもまた、キッカと話しておきたいと思っていたからだった。

 

 そして現在。新たに注がれたジュースを載せた机を囲んで三人が向かい合っている。キッカの一言の後に言葉をつづけたのはさやかだった。

 

「いやー。にしても、ここ最近色々な事が起こりすぎて、さやかちゃんは大パニックですよ。」

 

 さやかがおどけたように言う。

 魔女と魔法少女に初遭遇したのが、二日前。さらに、その非日常に踏み込めるということまで言われ、さらに今日の出来事である。

 よくよく考えてみれば、この数日で彼女らの認識する世界は大きく変わったと言わざるを得ないだろう。

 

「まさかキッカちゃんが魔法使いだなんて、全然気づかなかった。」

「出来れば魔術師と呼んでほしいね。そっちの方がかっこいいし。」

 

 まどかの言葉に笑いながら返す。その笑みは完全にいつものキッカと同じ物だった。

 

「そう言えばキッカ。私たちになんか魔法掛けてたみたいだけど、どんな魔法掛けてたのさ?」

 

 先ほどの会談では、ついぞ話題に上らなかったことを聞くさやか。まどかも「そういえば……」とつぶやきながらキッカの方を向く。終始このことが話題にならなかったことから失念していたらしい。

 

「魔法?……ああ、あれね。まどかたちが命の危険を感じると私に伝わるって魔法だったんだけど……ごめん、不安にさせたかな?」

「うーん……思ったよりしょぼいねぇ……」

「さ、さやかちゃん……」

 

 あっさり告げられた内容は、どうやらさやかにとっては少々拍子抜けな内容だったらしい。しかし、流石にこの発言にはまどかもあきれているようだ。

 

「仕方ないでしょ。アンタらに気づかれないようにしようとすると、それぐらいの事しか出来ないんだから。……というか、どんなのを想像してたのよ。」

「えーと、何かすごそうなバリア張ったりとか!」

「『何か』ってなんなんだよ!」

 

 さやかの言葉に、その場の三人が笑う。その様子は、完全にいつもの彼女らの風景と、何ら変わる事は無かった。

 

 

 しばらくそんな益体も無い話をしていると、キッカが雰囲気を改めて「ところで」と、切り出した。

 

「……まどかたちは、どうするつもり?」

 

 キッカの言葉に、残る二人の様子も、若干真剣な物へと変わる。「どうするつもり」とは、言うまでもなく決まっていた。魔法少女になるか否か、と言う事に他ならない。

 まどかは数刻押し黙ると、遠慮がちに口を開いた。

 

「……やっぱり、キッカちゃんは反対なんだよね?」

「当然。出来れば『魔法』の『ま』の字も知ってほしくなかったし、関わってほしくも無かったけどね。」

 

 キッカの言葉に、まどかが恐縮する。だがその言葉に諦めの要素が混じっているのは、すでに巻き込まれてしまっている以上、今更こんなことを言っても詮無い事である、と言う事なのだろう。

 

「キッカが私たちを巻き込みたくなかった理由って、やっぱり危険だから?」

「それもあるし……魔法少女、と言う物が胡散臭いから、かな?」

 

 キッカの口にした思わぬ言葉に、二人は驚く。そして、その言葉にいち早く反応したのはさやかだった。

 

「それって、マミさんが私たちに嘘をついてるって事?」

「あー、言い方が悪かったね。正確に言うと、魔法少女と言う仕組みそのもの……もっと言うなら、キュゥべえが胡散臭い、と言う事かな。」

「それって、どういう……?」

 

 キッカの訂正に、まどかが問う。確かに先ほど、キッカがキュゥべえから説明を受けた時に、キッカはかなり懐疑的な態度をとっていた。だがまどかには、そのような態度の理由が未だに分からなかった。

 

「まず言いたいのは、私達を魔法少女にして、魔女と戦わせて……それで、キュゥべえは何を得るの?っていうお話。」

「何を……得る?」

「もっとはっきり言うなら、『目的はなんだ?』って事。」

 

 キッカの言葉を反芻するまどかに対して、キッカははっきりとした答えを出す。だがその答えにさやかが異を唱えた。

 

「それは、魔女を倒す事じゃないのかな?ほっとくと人に危害を加えるみたいだし……」

「なんで?確かに魔女は人間には迷惑だけど、キュゥべえたちにとってはどうなのさ?」

 

 キッカの言葉に、さやかは一瞬押し黙る。だが、すぐにその口を開いた。

 

「きゅ、キュゥべえにも襲うからじゃないの?」

「だったら最初からそう言っていてもいいはずだよね?『僕たちを助けて』とか何とかとでも言ってさ?」

「そ、それは……」

 

 今度こそさやかが沈黙する。どうやら事のおかしさに気づいたらしい。キッカが言葉を続ける。

 

「そ。私たちを魔法少女にして、魔女を倒させても、キュゥべえには何の利益も入ってこないのよ。少なくとも、キュゥべえの話を聞く限りは。」

 

 魔女がキュゥべえにとっても害悪となる存在であったならば、まだ信用できたかもしれない。が、結局最後までそのような話は聞かれなかった。また、話を聞く限りでは、キュゥべえに入る物は何一つとして存在しない。つまり全く目的が見えないのだ。キッカとしては、そのような存在の言葉を信じろ、と言う方が無理だった。

 キッカの言葉に考え込む二人。だがキッカがキュゥべえを信用していない理由は、これだけではなかった。

 

「それから……『どんな奇跡だってかなえる』っていう言葉。正直さっきのよりも、こっちの方が理由としては大きいかな?」

 

 魔法少女の契約。その最大の売りたるそれを疑問視した言葉が、キッカの口から飛び出す。だがこちらに関しては、二人も内心思っていたことなのだろう。さほど大きな驚きを呼ぶことは無かったようだ。

 

「まぁ、確かにそれは胡散臭いけどさ。」

「でもキッカちゃん。マミさんは願いをかなえてもらって魔法少女になったんだよね?もしキュゥべえが嘘ついてたら、マミさんが言ってくれると思うんだけど……」

 

 巴マミは基本的に善良な人間である。と言うのがキッカの彼女の見立ててであった。二人を魔法少女に誘導しているような気は多少見られるものの、騙すようなまねをする事は無いだろう。その事を考えれば、確かに契約は履行され、彼女の望みは果たされたのだろう。

 ……だがそうだったとすれば、キッカにとってはさらに理解できない事態となるのだ。まどかの問いにキッカが口を開く。

 

「……もし本当になんでも叶うんだとしたら、本当にそれこそいよいよもって胡散臭くなるんだよね。」

「どういうこと?」

 

 さやかの反応に、キッカが続けていく。

 

「これは魔術を扱う者としての見識になるんだけどさ……なんでも叶う道具、めんどくさいから纏めて『願望機』って呼ぶけどさ。これを用意するのって、普通すさまじい時間と労力を要するのよね。」

「願望……機。」

 

 まどかがキッカの言葉を反芻する。

 

「一例を挙げると……ある願望機は、再現不可能とまで言われる複雑な魔方陣を敷いて、その上魔力の濃い土地で六十年間も魔力をため続け、その上でもう一つ大きな儀式を行った上で、やっとたった一回分の願望機として機能するような物だったりするからね……」

「六十年……うわぁ……」

「それだけして、一回だけ……」

 

 キッカの語るあんまりな内容に、絶句する二人をよそに、キッカはかまわず続けた。

 

「さっきの『目的が分からない』って言う話にもつながるけどさ。そんなものを私たちに使わせて、一体何を得ているのか全く分からない、っていうのはかなり怖いと思わない?奇跡なんてそう起こせる物じゃない事を考えれば、『知らない間にとんでもない対価を支払う羽目になってました』とかありそうで……」

「……それって、キュゥべえが私たちを騙そうとしてる、ってこと?」

 

 さやかがキッカの言葉を受けて口を開く。それに対して、キッカはコップを傾けてから数刻考え込む様子を見せた。

 

「……正直、分からない。多分、本人に聞いても素直に答えるとは思えないし。ただ、まだ何か喋って無い事があるのは、確かだと思う。」

 

 部屋を沈黙が包む。与えられる奇跡と、命がけの戦いとで、一通りの実利とリスクが示されていたつもりになっていた。が、「奇跡」と言う物はそんなものでは釣り合わない物らしい。その事を頭にとめて、また改めて考え込んでいるようだった。

 

「…………もうそろそろ、解散した方がいいかな?」

 

 キッカが窓の外を見て、口を開く。空は既に闇色に染まり、幾ばくかの星が見え始めていた。

 時計を見ると、時間は既に8時を過ぎている。随分と長い間話し込んでしまっていたらしい。

 

「ん。そうだね。」

「もうこんな時間……」

 

 二人も随分長く話し込んでいたことに気づいたようだ。時計を見ると荷造りを始める。

 

「予定より遅くなっちゃったね。」

「早く帰った方がいいんじゃない?」

「そうする。」

 

 そんな会話をしながら、二人は立ち上がると、ドアの方へと向かっていく。

 

「じゃあまた明日、学校で。」

「また明日。」

「…………さやか。」

 

 ドアを開け、別れの挨拶をするさやかを、キッカは呼び止める。だが、彼女はそれ以上口を開こうとしない。

 

「どうしたの?キッカ。」

「………………いや、なんでもない。また明日。」

「う、うん。」

 

 だが、結局キッカは何も言わずに別れのあいさつを済ませた。さやかは少し気になった様子だが、そのままドアを閉じて出て行くのだった。

 

 

 二人が出ていき、部屋にはキッカだけとなる。彼女は立ち上がるとそのままベットにあおむけに倒れこんだ。

 

 彼女が最後に口にしようとした言葉。その原因は、昨日のさやかの発言であった。

 

 

"何で……私達なのかな……?"

 

 

"不公平だと思わない?こーゆーチャンス、本当に欲しいと思っている人は他にいるはずなのにね……"

 

 

 何故、昨日あの場に居なかった彼女が、この言葉を知っているのか?と問われれば、暁美ほむらに対する調査の一環のせいであった。

 理由こそ不明ではあったものの、彼女がまどかに執着しているのは確かである。であるならば、まどかにも監視をつけておいた方がいい、という判断からまどかをその日一日中監視していたのだ。故に、昨日の屋上で交わされた会話は、当然把握していた。

 

 キッカは仰向けのまま天井を見つめながら、思考をめぐらせる。

 

(確かに、不公平だ。そういうチャンスを欲しがってる人間は、他にいくらでもいるだろうさ。……でもね、さやか。)

 

 そこに居ない人物に向かって、呼びかける。キッカはそのまま口を開き、

 

「この世界は、いつだって不公平で、不平等だ。」

 

 先ほど言えなかった言葉を、虚空に投げた。

 




 戦闘、梨。まさか、こんなことで丸一話つぶすことになるとは思わなんだ。

 そして願望機の一例……いったい何聖杯なんだ……
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