全面ほぼ黒一色の空間で、その主に幾筋かの光が走る。
「ギャアァァァァァァァァァ!」
犬のようなその体にその光が突き刺さり、棘だらけのその頭をより一層刺々しい物にしながら喚く。だがその光を放った当人は特に気にした様子もなく、動きの止まったそれにめがけて、銀色の銃口を向けると、
「落ちろ。」
先とは比べ物にならない強烈な閃光が、ソレの頭を体の一部ごと大きく削り飛ばした。
◇
「一丁上がり、っと。」
結界が解け、元に戻った街灯の点いた暗い公園で、キッカは銃口の煙を吹き消すと、周りに浮いていた剣を消し去った。
「お見事。」
「どうも。」
と、少し離れた所に居た巴マミが、賞賛の言葉を投げかける。結界が解けるとともに変身は解いたようで、見慣れた見滝原の制服で近づいてきた。まどかとさやかも一緒だ。
ここで、キッカの装いも光と共に変わる。黒コートから、見滝原の制服へ。そして先ほどまで手にしていなかった小さめの青い鞄が出現すると、その取っ手を掴んだ。
「変身できるんなら昨日もそうしてれば良かったのに。何でわざわざ衣装なんて用意してたのさ。」
「魔力で一から作るのと、そこにある物を強化するのと。どっちが楽だと思う?」
さやかの言葉にそう返しながら、キッカはリボルバーから弾倉を振り出すと、シリンダーの先についている「エジェクターロッド」と呼ばれる棒を押し込んだ。すると、ムーンクリップで繋がれた六発分の空薬莢が、シリンダーから排出される。
「リボルバーって一発一発薬莢を抜いて、また一発一発込め直してってすると思ってたんだけど。実際は違うのね。」
「爆発の熱と圧力で、薬莢はシリンダーにへばりつきますからね。この棒を押し込むのだって結構固いんですよ?」
排出された薬莢六個セットを鞄の中に入れると、今度はクリップで固定された六つの実包を取り出してシリンダーに放り込む。そしてそのまま振り戻して、今度はリボルバー自身を鞄に詰め込んだ。
「グリーフシード、落とさなかったね。」
「今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね。グリーフシードは持ってないよ。」
魔女退治の報酬が現れなかったことに対するまどかのコメントに、キュゥべえが補足する。
「魔女じゃなかったんだ。」
「ん?もしかして使い魔単体は、今日が初めて?」
「ううん。ただ、ちょっと大きかったから魔女かな~……なんて。」
キッカの問いに、まどかははにかみながら答える。確かに今倒した使い魔は、昨日の二体に比べればかなり大きかっただろう。ただの一般人であるまどかがそう思うのは無理もない事である。
「……と言う事は、はずれかぁ。」
「使い魔だって放っておけないのよ。成長すれば、分裂元と同じ魔女になるから。」
さやかの言葉に反応して、マミが口を開く。彼女の言う「成長」の方法とは、いわゆる「人食い」である。その事でも、彼女には使い魔を放っておくわけにはいかなかった。
「所で、秋水さん。他に魔女はいそう?」
「ん~……南の方に行った『使い魔』から、ちょっと反応を感じるけど。正確な位置は、全然ですね。」
先ほどと同じ単語。だが、与えられた意味は、先ほどの物とは大きく違っていた。
キッカが今、「使い魔」と言ったのは、彼女の操る小型の傀儡の事であった。その姿は、小鳥、ネズミ、蝶など様々な物があり、またキッカの思うとおりに動き、またそれが見聞きした物は全てキッカに伝わるようになっていた。先日の暁美ほむらの調査や、まどかの監視にも利用していた物である。
キッカは基本的に、これらの「使い魔」を街中にばら撒くことに依って、魔女や、その手下の使い魔を探索することが主であった。
「じゃあ、南の方に行きましょうか。」
「ええ、そうしましょう。」
キッカからの言葉を聞いて、マミが次の場所へと歩き出す。残りの三人も、その背中についていった。
「二人とも何か願いごとは見つかった?」
しばらく歩いたところで、マミが二人に問いかける。キッカにはその言葉に、ほんの少しだけ期待の色が混じっているような気がしたが、口には出さない。
「んー……まどかは?」
「う~ん……」
まだ何も思いつかなかったさやかが、まどかに話を振る。が、彼女もやはり何も思いつかなかったらしい。やはりまどかも口ごもるばかりで何も答えなかった。
「奇跡」はそう軽いものではない、と言うキッカの言葉の事もあった。が、彼女らには何より、命がけの戦いに身を投じてでも、叶えたいような願いがない。と言う事の方が大きかった。
全く思いつかない様子の彼女らを見て、マミが口を開く。
「まあ、そういうものよね。いざ考えろって言われたら。」
「……と言うより、無い方がいいんだよ。命を懸けてまで叶えたい願いなんてさ。」
マミの言葉にキッカが続ける。口調こそ砕けた物だったが、その言葉にはどこか強い重みがあるように思えた。
少しの間の沈黙。歩みを止める事も無く続いたそれを破ったのはまどかだった。
「……マミさんは、どんな願いごとをしたんですか?」
まどかには、ついぞ思いつく事は無かった命がけの願い。しかし、巴マミは魔法少女である。それは、確かに何かを祈り、戦いの運命を受け入れたと言う事に他ならない。それだけ分かれば、当然のように浮かぶ疑問だった。
その問いを受けたマミの足が止まった。先頭を陣取っていた彼女が止まったことで一行の行進も止まる。
「いや、あの……どうしても聞きたいってわけじゃなくて……」
「私の場合は……」
どうやらまずい事を聞いたらしい、と感じたまどかがあわてて繕おうとする。だがマミは、まるで何かを眺めるように空を見上げるばかりであった。
「考えている余裕さえなかった、ってだけ。」
視線を正面に戻すと、マミは左腕を目の前に掲げる。視線の先には、指輪に形を変えた彼女の契約の証がそこにあった。
「後悔しているわけじゃないのよ。今の生き方も、あそこで死んじゃうよりはよほど良かったと思ってる。でもね、ちゃんと選択の余地のある子には、キチンと考えたうえで決めてほしいの。
……私にできなかったことだからこそ、ね。」
巴マミにどんな出来事が降りかかったのかは、分からない。だが理不尽な理由で巻き込まれたのであろう彼女は、それを見返してなお微笑んでいた。
その微笑みに、言いたい事もあったであろうキッカも沈黙を守ったまま語ろうとはせず。またまどか達も、その言葉を最後まで黙して聞き届けるのだった。
◇
あれから一行は、一体の使い魔を倒した後、この日の`魔法少女体験コース`は終了する運びとなった。
帰宅後、その日の諸所諸々を済ませ、後は寝るだけとなったまどかが、寝間着でベットに横になる。
「……やっぱり簡単なことじゃないんだよね。」
「僕の立場で急かすわけにはいかないしね。助言するのもルール違反だし。」
さあ、これから寝よう。と、思っていたタイミングで現れたキュゥべえに声をかける。帰ってきた言葉はつれない物だったが、まどかもまた「キュゥべえらしい」と感じて苦笑するだけだった。
「ただなりたい、ってだけじゃダメなのかな?」
うっかりこぼれ出たように出た言葉。その言葉にキュゥべえが反応する。
「まどかは、力そのものに憧れているのかい?」
「いや、そんなんじゃなくって。うん……。そうなのかな。」
とっさに否定しようとするも、やはりその言葉を肯定する。まどかは、キュゥべえの言うとおり、確かに力そのものにあこがれていた。
そのままキュゥべえに向かって語りかける。
「私って鈍くさいし、何の取り柄もないし……だからマミさんやキッカちゃんみたいに、カッコよくて素敵な人になれたら、それだけで十分に幸せなんだけど。」
……昨日、キッカに言われたことを忘れたわけではない。「奇跡」と言う物は、決して軽くは無いという言葉。まどかには、戦って欲しくは無いという言葉。
だが、彼女はそれ以上に焦がれていた。誰かを守るために戦う、彼女らに。そのための力に。そして何より、その有り方に。
鹿目まどかは役立たずだ。言い方は悪いが、これがまどかの自分自身への評価の大意である。誰の役に立つことも出来ず、ただただひたすら周りに迷惑をかけるだけの存在。
だが、彼女らは違った。巴マミはこの街を護るために戦い、キッカもまた、ああは言っているものの、誰かの助けになっていることは確かだ。
そんな彼女らが、「役立たず」なまどかにとって、非常にまぶしいものとして映り、またそれらに羨望を抱くのは、もはや必然であった。自分もああなりたいと、そういうふうにありたいと。
故に、彼女の望みは、彼女の思う幸せはそれだった。何かをなせるだけの力が。「役立たず」の自分から、彼女らに追いつけるだけの力が。欲しい、と。
「まどかが魔法少女になれば、マミや、キッカよりずっと強くなれると思うよ。」
「え?」
そんなまどかの気持ちを知ってか知らずか、キュゥべえが思いもよらぬ言葉をかけてきた。そのまま続けて口を開く。
「もちろん、どんな願い事で契約するかにもよるけれど。まどかが産み出すかもしれないソウルジェムの大きさは、僕にも測定しきれない。これだけの資質を持つ子と出会ったのは……」
「あはは、何言ってるのよもう……嘘でしょう?」
「いや……」
彼なりの励ましのつもりだと受け取ったまどかが、その言葉をさえぎる。キュゥべえも何か言おうとしたが、聞く耳を持とうとしない様子を悟ったのか、それ以上口を開く事は無かった。
少ししゃべったことでのどが渇いたまどかがベットから立ち上り、部屋のドアに向かう。
…………その足取りが、まるで逃げるようなものだったことに、その場にいる者が気づくことは無かった。
◇
「……それで、何の用かしら?」
「………………」
夜の公園。既に本日の`魔法少女体験コース`は解散し、各々が帰路に就いた頃。巴マミと、暁美ほむらが、街灯に照らされたそこで相対していた。
「あしたで、彼女たちを連れまわすのは終わりにするそうね。」
「……ええ、そうよ。秋水さんから聞いたのかしら?」
「今日の昼休みにね。」
ほむらからの確認に、マミの声のトーンが少し落ちる。
「それがどうかしたのかしら?これは、私と秋水さんとの間で既に決めたことよ。あなたには関係のない話だとおもうのだけれど。」
「ええ、そうね。本音を言えば、今すぐにでもやめてほしかったけど。どちらにしろ明日で終わるのだし。そのことについては何も言わないわ。」
マミが怪訝な顔になる。何か文句があるとすれば、この事だろうと思って口にしたのだが、そうではなかったらしい。
では何故このタイミングで話しかけて来たのか。マミには皆目見当がつかなかった。浮かんだ疑問をそのまま投げつける。
「……そう。じゃあ、何の用で話しかけて来た訳?」
「……この件が終わった後、もう彼女達に関わらないで欲しい。」
思わぬ言葉にマミが目を見開く。だが、当然そんな要求はのめる筈が無い。即座にマミが言い返す。
「どういうつもり?人付き合いであなたにどうこう言われる筋合いは無いと思うのだけれど。」
「あなたは二人を魔法少女に誘導している。無関係は一般人を巻き込もうとしないで。」
「無関係じゃないわ。彼女達はキュゥべえに選ばれた。それに、魔法少女になるかどうか決めるのは、私たちじゃなくて彼女達よ。……それとも、彼女達が魔法少女になって、グリーフシードの取り分が減るのが不満な訳?」
「そんな事に興味は無いわね。勝手な事を言わないでもらえるかしら?」
向き会う両者が互いににらみ合い、沈黙する。誰もいない夜の公園に、一触即発の空気が流れる。
数刻の間。マミがその沈黙を破って口を開く。
「……分からないわね。あなたの目的は一体何?はっきり言わせてもらうけど。あなたの行動は矛盾だらけよ?」
キッカの話だと、ほむらは戦力を求めているらしい。だが実際の行動はどうだろうか?
まず、先ほどまでのやり取りでも分かるように、まどかとさやかが魔法少女になるのを嫌がっているようだ。だが、どのような相手を想定しているかは分からないが、戦力を欲しているなら、魔法少女の数は多いに越したことはないはずである。
その上、巴マミとは協力するどころか、敵対するような行動までとっている。とてもではないが、戦力を欲している人間の行動とは思えなかった。
「矛盾なんてしてないわ。私は、私の目的のために、常に最善の行動をとっているつもりよ。」
ほむらがマミの問いに言葉を返す。だが、あくまで目的を答えるつもりは無いらしい。尚も睨み合いは続く。
「……いいわ。どちらにしても、私はあなたを信用できない。秋水さんはどういう訳か信用しているようだけど、私には無理よ。」
そうマミが言い放つ。その言葉は、宣戦布告とほぼ同一のニュアンスが含まれていた。
「……貴女とは、戦いたくないのだけれど。」
「なら、二度と会うことのないよう努力して。話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから。」
ほむらに付き放つように言葉をぶつける。どうやら、これ以上の話し合いの余地は無いと判断したらしい。取りつく島も無し、とはまさにこの事だろう。
そのままマミはほむらに背を向けて歩いていく。ほむらはしばらくその背中を見送った後に、反対方向に歩き出した。
◇
11月29日、火曜日、午後1時ごろ。
キッカ、まどか、さやかの三名は、見滝原中学校の屋上に陣取っていた。昼食は既に終え、志筑仁美は委員会の関係で、ここにはいない。
「魔法少女体験コースも今日で終わりかぁ。」
「え?あれってそんな呼び方してたの?」
「キッカちゃん知らなかったの?」
さやかの一言に反応するキッカ。相当軽い名前を付けられていた事に苦笑する。
「仮にも命に係わる危険な事なのに、軽すぎでしょ。」
「あははは、ごめんごめん。……って、別に私が言い出した訳じゃ無いじゃん!なんであやまってんだろ?」
「………………」
「……ん?まどか、どうしたの?」
キッカの言葉にさやかがふざけながら返す。楽しそうに笑う両名だが、まどかが反応しなくなってしまった。様子が変わったことに気づいたさやかが声をかける。
「……キッカちゃん。」
「何?」
「……キッカちゃんは、さ……怖くないの?魔女と、戦うのが。」
突然の質問に、虚を突かれたようだ。キッカは驚いた顔でまどかの方を見ると、数刻おいてまどかに口を開く。
「……怖くないように、見えた?」
「……うん。昨日も、すごく堂々としてたから……」
巴マミもそうだったが、この数日で見た戦う彼女らは、とても堂々としたものだった。どんな敵でであろうと倒して見せる、と言わんばかりのその姿は、何も怖いものなどないのではないかと錯覚させられるほどであった。
だが、彼女にはいくら考えてもあり得なかった。自分がどれだけ大きな力を持っていようとも、決してそのようには立ち向かえる自分が想像できなかったのだ。
「……怖くないか、か。」
キッカはまどかから視線を外すと、空を見上げた。目を細め、何かを思い出し、懐かしむようなその表情を、まどかはただ黙って見つめる。
「……普通なら『怖い』と答えるべきなんだろうけど。それじゃあ、嘘になっちゃうね。」
「……え?」
「怖くない、と言えば語弊はあるかもしれないけど、そうだね。」
穏やかにそう言ったキッカは、相変わらず何かを懐かしそうに眺めていた。非常におだやかな様子だがまどかの内心はそれどころではない。
確かに、まどかには自分が堂々と魔女に立ち向かっている図は浮かばなかった。だが、それでも、その堂々としていた彼女らも、多少なりとも恐怖と共に戦っていると思っていた。
だが、それは間違いなのか?ただ、私が臆病なだけなのではないか?と言う思考がまどかの頭を駆け抜ける。
「……多分、怖くないと思うのは、私がおかしいだけだと思うよ。」
キッカの声にまどかが顔を上げる。どうやらいつの間にか、顔を下げてしまっていたようだ。
相変わらず空を見つめたままだったが、まどかに向けて言葉を続ける。
「魔術を得てからさ。ホント、『色々な事』がありすぎたせいかさ、怖くないのよ。私の倒せる魔女も。そして多分、私が
「え?」
キッカのこの言葉は、まどかに先ほど以上の衝撃を与えた。
どうあがいても倒せない……つまり、どうあがいても相対すれば死ぬと言う相手、と言う事である。それが本当の事なら、彼女は……
「それって……死ぬのが、怖くないって事?」
そう、彼女は死をも恐怖していない、と言う事になってしまう。
彼女の言う「色々」とは何なのか、まどかには分からない。だが、そのせいで死をも恐怖しなくなったというのなら、一体どれほど凄絶な体験だったのか。まどかには全く見当がつかなかった。
「うーん……死ぬのが怖くない、と言う訳じゃ無いね。これはただ……神経が擦り切れちゃってるだけなんだと思う。」
だが、そんな単純な事と言う訳では無かったようだった。よくわからない、と言う顔をしているまどかにキッカは続ける。
「確かに、死ぬことは怖い。だから、命を狙ってくるような敵と戦えば、誰だって怖がる。でも、いちいち怖がってたら戦ってられない。だから、命を懸けて戦う人間っていうのは、その恐怖を大なり小なり押さえつけながら戦ってる物なのよ。
でも、いつからだったかな?どんな敵と戦ってもさ、何故か怖さを感じなくなっちゃったのよ。多分、戦ってる内にまともな神経を擦り切っちゃったんだと思う。命を狙ってくる相手を恐怖できないって、明らかにまともじゃないでしょ?」
さびしげな顔で、キッカは尚も語る。
「痛みを感じない人間って、ものすごく脆いんだ。何故かって、自分が致命的な傷を負っていても、気づけないから。負っていたとしても、そのまま気づかず進めちゃうから。
それと同じように、私は敵からの恐怖を感じれない。だから、どんなに相手が強くても突っ込んで行けちゃう。……いわば、壊れた暴走特急みたいな物、かな。」
死ぬのは、怖い。だが、戦いの中で恐怖を感じる事が出来なくなってしまった。その結果、どんな敵でも構わず突っ込めてしまう。それがキッカの「怖くない」と言う言葉の意味であった。
「そんなの、とてもじゃないけどまともじゃない。だから、私なんかと、まどかを比べる事なんて出来ないよ。」
さみしそうな顔で、そう締めくくる。キッカは語り終えたが、誰も口を開こうとしない。沈黙が屋上を包み込む。
確かに、まともではない。恐怖を恐怖と感じられなくなるなど、一体どんな経験を積めばそんな事になるのか。まどかには皆目見当がつかなかった。
「死なない……よね?」
「え?」
まどかが小さくつぶやく。その言葉が意外だったのか、空を見上げていたキッカの顔が、まどかの方を向く。
「キッカちゃんは、死なないよね?生きて、帰ってきてくれるよね?」
キッカの目線の先には、酷く不安げなまどかの顔があった。最も、それはある意味当然かもしれない。自分の友人から、そんな言葉を聞かされれば、誰だって不安になるだろう。
それに対してキッカは笑いかけながら口を開いた。
「大丈夫。そう簡単に死ぬ気は無いし、負けるつもりはない。戻ってくるよ。きちんと、ね。」
その言葉に嘘偽りはない。そう思わせるような声が、屋上に響いた。
◇
午後4時、30分ごろ。
まどかは見滝原市立病院のロビーに立っていた。理由は例のごとく、上条恭介のお見舞いに行ったさやかの付き添いである。今日はキュゥべえにも一緒だったが、今日は一人でいたいという気分だったこともあり、さやかと共に恭介の所へ行って貰っている。
尚、キッカはこの場にはいない。いつもならさやかの面会中、まどかの話し相手となっていたのだが、今日は学校が終わるとまっすぐ家に戻ってしまった。理由は、今日最終日の`魔法少女体験コース`の準備らしい。
……最も、準備と言っても、いつものあの銀色の銃をどうこうするだけらしいが。
(そう言えば、あの銃。どこで手に入れたんだろう?)
キッカの戦闘スタイルは、基本的にあの異様に大きな拳銃に、魔法で出現させた剣によるものだった。
剣の方の使い方は、主に二通り。空中に浮いた剣を動かして切りつけるのと、剣を射出してぶつけるのと、である。
空中に浮いた剣を動かす、と言っても制約はある。基本的に動かせるのはあの光の環の付いたものだけらしく、また動かせる範囲もキッカを中心に半径約二メートルの範囲のみ。また一度でも制御を外れた剣は、もう操作する事が出来ず、新たに剣を光の輪から作らねばならないとか。
そんな制限がある故か。使い方としてはどちらかと言うと、後者の方法が圧倒的に多かった。最もそれすらも、光の輪が付いている、つまり制御下にある物しか射出できないそうだが。
また彼女が剣を射出する方法も独特である。数本の剣を、それぞれタイミングをずらしながら射出するのだ。理由としては、それぞれの光の輪が、剣の射出・再生成をタイミングをずらして行う事で、一種のマシンガン効果を得ているのだとか。確かに出てくる使い魔を次々磔にしていくそのさまは、まるでマシンガンのようだったと思う。
そして、あの銀色の銃。拳銃としては異様な大きさを誇るそれは、先ほどまでの剣とは違い、魔力で作り上げらられたものではないらしい。理由を聞いたのだが、どうやら魔力で作られただけの銃では、使用する弾薬の威力に耐えられなかったからだという。
使用している弾薬の規格は、現実に存在する「7.62×51mmNATO弾」という物をそのまま使っているらしい。が、問題はそれではなく、それに封じ込められていた魔力だった。
その威力は、見た目こそ巴マミのフィニッシュブローに比べれば若干地味だが、掠めただけで、体躯の大きな魔女の体を大きくむしり取るというとんでもない物だ。確かに生半可な強度では、銃の方が耐えられないだろう。
しかも、ただエネルギーを打ち出すだけでなく、任意に拡散させたり、収束させたり、時には榴弾にすらできたりと、結構な自由度を誇る武装らしい。この辺りの複雑な術式を、ただ魔力だけで再現するのは結構骨なんだとか。
時には魔女すら一撃で葬るような彼女の銃だが、何も無制限に撃てるわけではない。彼女はその銃弾を、最初から銃に込められてる分に加えて、クリップに留められた実包3セット、つまり計24発しか持ち歩いていない。最も、その威力を考えれば、それでも十分な気はしてくるが。
(やっぱり、自作なのかな?でも銃って作るの難しそうだと思うんだけどなぁ……)
考え続けるも、全く分からない。そのような事を考えるには、まどかには銃の知識が致命的に欠けているのだ。当然である。
「お待たせ。」
と、物思いにふけっていると、さやかに声をかけられた。キュゥべえも一緒だ。だが、見舞いに行っていたにしては、お早いお帰りである。一体どうしたのだろうか?
「あれ?上条君、会えなかったの?」
「何か今日は都合悪いみたいでさ。わざわざ来てやったのに、失礼しちゃうわよね。」
どうやら今日は会う事が出来なかったようだった。そんな愚痴を聞きながら、病院のロビーを出る。
と、病院を出てすぐまどかがその足を止めた、目線は病院の壁に固定されている。
「ん、ん?どうしたの?」
「あそこ。何か……」
さやかも一緒に病院の壁を見る。この病院の壁は真っ白なのだが、一部分だけ黒くなっている。どこか不吉な色に変色した壁の中心には、何かが……
「グリーフシードだ!孵化しかかってる!」
キュゥべえが驚いたように声を上げる。グリーフシード、それは魔法少女の間では報酬として扱われるアイテムであるが、根本的な所を言えば「魔女の卵」である。それが孵化しかかっていると言う事はすなわち、魔女が生まれかかっている、と言う事に他ならない。
「嘘……何でこんなところに。」
先日のマミの言葉が蘇る。確か彼女はこう言っていたではないか?
"それから、病院とかに取り憑かれると最悪よ。"
"ただでさえ弱っている人たちから生命力が吸い上げられるから、目も当てられないことになる。"
「マズいよ、早く逃げないと!もうすぐ結界が出来上がる!」
「またあの迷路が?」
「キ、キッカちゃんを呼ぼう!」
そう言ってまどかが携帯を取り出す。電話帳を開いて、ほぼトップに出て来た「秋水橘花」の所を押すと、そこからさらに音声電話の項を押した。
早く出て、と焦りながら待つことスリーコール。無事彼女の携帯につながった。
『はーいもしもし。まどk』
「キッカちゃん大変なの!病院にグリーフシードが孵化しかかってて!それで!えと、えと。」
『……マジで?』
キッカの言葉をさえぎって、まどかが叫ぶ。勢い余って言う事を言いきった事にも気づかずおろおろしていたが、大体の事は伝わったらしい。
だがキッカからの返答は、あまり芳しいものではなかった。
『……ごめん、今すぐにはそっちに行けない。』
「え、どうして?」
キッカからの回答に驚くまどか。キッカが電話越しに続ける。
『今メンテナンスしてたから、銃はバラバラになっちゃってる。』
「そんな!」
『今すぐ組み立ててそっちに向かうから。まどかたちは結界ができる前に離れて。
それから、近くにマミさんがいると思うから、探し出して連れて行って。多分そっちの方が早い。』
なんというタイミングの悪さ、これが運命のいたずらと言う物か、と思ったが、キッカの指示に頭が冷える。
「わかった。マミさん探してくる。」
『私も出来るだけ急いでいく。いい?絶対にその場にとどまろうなんて思わないでね?』
その言葉を最後に、キッカの方から電話を切る。恐らく銃を組み立てる作業に戻ったのだろう。
「さやかちゃん。」
「うん、大体聞こえてた。」
携帯をなおしたまどかがさやかの方を向く。会話の内容は大体聞こえていたらしい。
「まどか、先行ってマミさんを呼んで来て。あたしはこいつを見張ってる。」
「そんな!でもキッカちゃんは。」
いきなりキッカの言いつけを破るような事を言い出すさやか。まどかが何か言おうとするが、そのままさやかは続ける。
「あの迷路が出来上がったら、こいつの居所も分からなくなっちゃうんでしょ?放っておけないよ。こんな場所で……」
あまりにも危険すぎる行為。だが、さやかの気持ちは容易に察することができただけに、まどかには説得することができない。
「まどか、先に行ってくれ。さやかには僕が付いてる。」
と、キュゥべえが口を開く。
「マミならここまで来れば、テレパシーで僕の位置が分かる。ここでさやかと一緒にグリーフシードを見張っていれば、最短距離で結界を抜けられるよう、マミを誘導できるから。」
キュゥべえからの提案。時間がない以上、さやかを説得することは無理だ。一瞬逡巡するが、まどかも決断する。
「ありがとう、キュウべえ。」
「私、すぐにマミさんを連れてくるから。」
そう言ってさやかに背を向けて走りだす。
先ほどキッカは、マミが近くに居る、と言った。何が根拠なのかは知らないが、今はそれを信じるしかない。
そして、さやかから見えなくなった頃、あたりを結界が包み込んだ。
☆あんまり銃を知らない人向けの解説コーナー★pt2
・エジェクターロッド:シリンダーの前の部分についてる棒。シリンダー内の空薬莢を排出するための物。一回押すだけで全て排出される。尚、縁(リム)のついた薬莢しか排出できないので、縁のない(リムレス)薬莢を排出できない。(ムーンクリップを使えばこの限りではない。)
・7.62×51mmNATO弾:アメリカやヨーロッパ諸国によって構成された軍事同盟、NATOの間で用いられている統一規格弾の一種。要は「同盟国同士で同じ弾使えば便利じゃね?」ってことで決められた弾。ライフル用、リムレス。正直これを拳銃で撃とうなんて思ったやつがいるなら、間違いなくそいつの頭は狂ってると思う。
【挿絵表示】
画像はWikipedia「7.62x51mm NATO弾」より引用