午後4時50分。
夕日に照らされ、赤く染まった見滝原市立病院の入口付近に、一人の人物が駆け付けてきた。
黒いコートに、黄色のベスト。胸元にはクラバットと、一般感覚からすればかなり奇抜な恰好をした少女は病院の前に着くと、しきりに辺りを見回しだす。
恰好も相まってかなり目立つ行為だったが、数少ない通行人が彼女の存在に気付く事は無い。彼女のコートは魔術により強化された防護服でもあったが、同時に認識攪乱用の礼装でもあったからだ。今の彼女なら、たとえ雑踏のど真ん中に放り込んだとしても気づかれることは無いだろう。
……最も戦闘中や、何の処置も施していない人物との同行時などは、その効果を大きく減ずる事になるのだが、今は関係のない事である。
やがて彼女の目が、病院の壁のある一点を捉えた。その場に駆け足で近づくと、彼女は右手を掲げて一言小さくつぶやく。
すると、白い円形の板のようなものが出現した。知る者の間では、「結界の入口」と呼ばれるそれの様子を見て、少女……秋水キッカは思考を巡らせる。
(……結界こそ開いてるけど、この様子だとまだ完全に孵化した訳じゃなさそう。何とか間に合ったかな。)
先ほどから根拠の無い予感に苛まれていたが、魔女がまだ本格的に活動していない以上、まだ想定しうるような状況には陥る事はないと言う事である。
その事にふぅ、とひとまず安堵する。
(……と、なると。あまり大きな魔術を使う訳にはいかないね。まぁ、一応
右腰から06と呼ばれた銃を引き抜くと、シリンダーを振り出し確認する。薬莢底面の雷管部にはどれも撃針痕は無く、未使用の実包であることを示していた。
(……よし、行くか。)
そしてそのままシリンダーを振り戻すと、結界の中へと足を踏み入れた。
◇
結界の中に足を踏み入れて数分が経過した。当然、たった数分では最深部になど着いているはずがない。
が、キッカは前に進むその足を、早くも止める事となっていた。
「で、なんでこんな事になってるんですかね……」
「………………秋水キッカ。」
視線の先には、赤いリボンで簀巻きにされ、吊し上げられたほむらの姿があった。流石にこんなものを見て素通りするなどと言う事は、キッカには出来なかった。
(これを見たら余計に嫌な予感がしてきた……)
誰がやったのか。その理由を含めて容易に想像できたが、それがまた原因でキッカは頭を抱える。
「……今下ろすから、じっとしてて。」
そう言ってほむらに近づく。だが剣を出現させる様子は無い。流石にそこまでやれば、グリーフシードを刺激してしまうと言う理由からだった。
「手でちぎれるほど軟な作りじゃないよ?これ。」
「うん、わかってる。」
そう言いつつも、キッカはほむらを包むリボンの一部を、両手で掴んだ。動作的には、どう考えても無理やり引きちぎろうとしているようにしか見えない。
だが次の瞬間、薄くその両手が光ったかと思うと、その部分のリボンがいとも簡単に崩れ落ちてしまった。ほむらはその様子に目を丸くする。
リボンの一部が切れたことで、ほむらを縛る拘束が解ける。吊り上げられていたほむらは地面に着地すると、手首をさする。
「巴マミのリボンは相当丈夫だったはず……いったいどうやったの?」
「自分の持つ方向性を最大限利用しただけ。それより、マミさんは?」
説明ともいえないような返答だったが、一旦は保留することにしたらしい。ほむらがキッカの問いに答える。
「先に行ったわ。出来るだけ、急いだ方がいい。」
「……分かった。じゃあ、とりあえず進もうか。話は進みながらにでも聞くよ。」
そう言って、キッカは結界の奥へと足を向ける。ほむらもその後に続くことにした。
歩きながら聞いた話によると、今回の敵は巴マミにとって非常に相性の悪い相手なのだと言う。
なんでも、いくらかの外傷を与えたとしても無視して突っ込んでくることの出来る魔女なのだとか。
巴マミは接近させない戦術を確立はしているものの、基本的にそれは銃撃に敵が怯んだりすることを前提として組み立てた物だ。それを無視して突っ切る事の出来る魔女は確かに脅威だろう。そんなものを相手にすることになれば、苦戦は必至。しかも今回は、さやかにまどかと言う保護対象も存在する。そう、マミにとっては非常に不利な戦いとなる事は明白だった。
なぜそんな事を知っているのか?と言う疑問はあったが口には出さない。今その事について言及しても、恐らく答えは返ってこないだろうと言う判断からだった。
「それで警告に来たら、ものの見事に拘束されたわけですか。」
「……ええ、そうよ。無様だと思うのなら笑えばいいわ。」
自嘲的に言い放つ。その言葉は非常に刺々しい。
「そうやってつっけんどんな言い方するから拘束されたんでしょうに……
目的も、敵か味方かすらも分からない、その上この態度。そんなんじゃ信用されないのも当然だって……」
「その割には、あなたは私の言う事を随分あっさり信用するのね。」
キッカの言葉にほむらが意外そうに返す。
「ん~……別に全面的に信用したわけじゃないよ。
でも、そもそも私に嘘をつく理由も、敵対する理由も無いみたいだし。」
「……そう。」
グリーフシードを必要としないキッカは、基本的に魔法少女との利害関係において対立することはまずない。対立があったとしても、それは魔女の使い魔の扱いに関する事ぐらいのものだ。
ほむらはその辺り、別段騒ぎ立てる事も無かったし。理由はどうあれ、まどかとさやかが魔法少女となるのに反対である、と言う立場も同じであった。そう考えていくと、特に対立したりするような要素は全く持って見当たらないのである。
彼女が何者か、と言う事は分からない。だが特に対立するような事がないのであれば、荒波だてる事も無いだろう。つまりはそういう事だった。
「それよりも、一昨日の話。私に関しては明日でいいかな?」
「ええ、構わないわ。」
一昨日、初めてほむらと邂逅した時には、「また後日」と言う事になっていた案件についての提案に、ほむらは特に気分を害した様子もなく答えた。
この二日、結局二人が落ち着いて話を出来るチャンスは無かったといえよう。キッカの方はと言えば、学校が終わってすぐにマミ達についていかなければならなかったし、ほむらの方も、それを遠巻きに監視し続けていたのだから、当然である。
放課後がダメなら、学校で話し合う、と言う事も考えたが、昼休みの30分40分程度で話すのは、あまりにもせわしなさすぎた。
「じゃあ、明日。私の家なんかでどうかな?」
「それでいいわ。」
どこでやるか、と言う事はほむらにとってはどうでもいいことのようだった。キッカの提案に、ほむらはあっさりと肯定の意思を示す。
……と、そこで会話が終わってしまった。沈黙を抱えたまま二人は進み続ける。
(……会話、無いな。まぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけど。)
そんな事を頭の中で考えるキッカ。だがそもそも二人は現在、敵同士ではないが、味方同士でもないと言うような関係にあるのだ。それを考えれば、仮にも死地たる魔女の結界で、和気あいあいと話しあいながら進んでいるという事の方がおかしいのだろう。
"……キッカちゃんは、さ。"
不意に、頭の中に響く言葉。それは今日の昼、まどかから飛び出した、あの問いだった。彼女とのやり取りを、今一度思い返す。
(……実際、どうなんだろうね?)
その中の、自分の応えた言葉に一石を投じる。
別に、彼女に嘘をついたつもりは無かった。まともな神経をすり減らしたと言うのも本当であったし、そのせいで怖くないと思うようになった、と言うのも嘘ではない。
だがそれらは、あくまで自己分析の結果でしかない。人が自分自身の顔を見る事が出来ないのと同じように、また自らの精神状態に関して完全な分析など、できようも無いのだ。……最も、それは他者に対する分析に関しても言える事なのだが。
そもそも正直な所。キッカには、自分が本当に「死」と言う物を恐れているのかすら分からなかった。
もちろん魔女にやられて死ぬのは嫌だ。が、「怖いか」と問われると少し違うよ様な気がするし、戦いに関しては色々と「
そんな事もあり、自分が本当に「死」を恐怖しているのかと言う判断材料が、彼女には全く見当たらなかった。一度本気で死ぬ目に遭ってみれば分かるかもしれないが、残念ながら進んでそんな目に遭おうとは思えない。
ふと、隣を歩く人間に意識を向ける。
暁美ほむら。四日前に転校したばかりで、一昨日の接触に加え、昨日の昼休みに一言二言交えただけと、あまり言葉を交わしたことのない人物でもあった。
その表情は普段と同じく無表情で、特にこれと言った変化は見られない。歩調や、呼吸なども同じく、である。
「ほむら。アンタは魔女退治や、死ぬのが怖いと思う?」
「え?」
いきなりの質問に、ほむらが驚いた様子を見せた。顔を見てみれば、あからさまに驚いた顔をしている。
「ん?……ああ、いきなり名前じゃダメだった?」
「え……いえ。別に構わないのだけど……どうして、そんな事を?」
いきなりそんな事を聞かれれば、誰だって驚くだろう。苦笑しながらもキッカはその問いに答えを返す。
「今日の昼に、まどかから全く同じことを聞かれてさ。私の意見じゃ、まず参考にならない内容だったな……と、思ってね。」
「…………そう、まどかが。」
そう言うと、何か思うところがあったのか、しばらく黙りこんでしまう。やはり、彼女にとって「鹿目まどか」と言う名前にはそれなり以上に意味を持つ物のようだった。
「……あなたは、なんて?」
「キッカでいいよ。私は……」
と、その時だった。結界の空気が一気に変わった。張り詰めた様子のそれに二人が奥を見据える。。
「……これは。」
「お目覚めですか。」
どうやら、結界を張ったグリーフシードが活性化を始めたらしい。キッカがリボルバーの撃鉄を上げる。
「嫌な予感がする。突っ切るけど構わない?」
「いいえ、全く問題ないわ。」
じきに大量の使い魔が湧出してくるだろう。その上魔女もほとんど目覚めたも同然であるならば、もはやコソコソとする必要など存在しない。
ほむらはその場で変身し、出現した鉄色の盾からアサルトライフル、89式小銃と呼ばれるソレを取り出すとセレクターを「ア」から「レ」に切り替えた。それに合わせるように、キッカも八つの光の輪と剣を出現させる。
目の前に数体の使い魔が飛び出してくる。目があるのかは分からないが、その使い魔たちは確実に彼女らの姿を捉えていた。
「そう。じゃあ、行くよ!」
そう言って、キッカは結界の奥へと駈け出した。
◇
「10点!」
飛び出してきた使い魔に、銀色の剣が突き刺さる。恐らく顔と思しき部分を、射撃用ターゲットに見立てたのであろう。キッカがそう声を上げる。
と、今度は至近距離から使い魔が飛び出してくる。数は六。ほぼ真横から跳びかかってきた。
「キャアァァァァァァァァァ!」
だがそれも容易に撃退される。キッカの周りの剣が閃き、一瞬にしてそれらを切り裂いた。
「ほむら!そっちは!」
「問題ないわ。」
声を上げて、後方のほむらに声をかける。走りながらの攻防だったが、きちんと付いて来てくれているようだった。
ちらりと後ろを確認してから前を見据える。
(もうそろそろ、使い魔の大群が現れ出す。)
先ほどからキッカ達に襲いかかる使い魔は、単体や、多くて一桁台と言う塊で現れて来た。恐らくまだ湧出し始めたばかりで、群れが出来上がっていないからだろう。
お陰で、今までほぼ立ち止まる事無く使い魔を殲滅できた。が、そろそろ群れが現れてもおかしくない。そうなれば、今までのように前に進む事は叶わないだろう。
(……使うか。)
キッカは右手を確認する。そこには、撃鉄の上がった銀色のリボルバーがある。
いつもなら、彼女が使い魔戦にそれを使う事は殆ど無い。計二十四発しかないそれを道中の使い魔に対していちいち使っていれば、一瞬で弾切れを起こす上、何よりオーバーキルもいい所である、と言うのが主な理由だった。
だが、彼女にとって今はそれどころではなかった。根拠などまるで存在しないにもかかわらず、どうしても嫌な予感が彼女の頭から拭えなかったからだ。そんな彼女にとって今一番大事な事は、一刻も早く最深部に着くことである。そのためには出し惜しみなどしている場合では無かった。
二人は曲がり角を回る。と、ついに見えた。使い魔の群れだ。距離は十数メートル、数は三十程度。
(拡散。範囲、射線軸より30度。)
「邪魔ッ!」
撃鉄が落ちる。すると、銃口から60度の範囲に渡って光の線が大量に射出された。光のシャワーとも言うべきそれは、使い魔を一瞬のうちに消滅させる。
手前の数体を打ち漏らしたが、それらは射出した剣で一掃する。この間、対応に足を止める必要はまるでなかった。
「また、すごい火力ね。」
「それはどうも!」
ほむらからの賞賛の言葉に応えつつ、尚も散発的に飛び出してくる使い魔を処理していくキッカ。
しかし、また次の大群が現れる。上から降り注ぎ、前面を囲むように現れた数は百を超えていた。
だが。
(拡散、二連射。共に射線軸より45度。)
左右前方のそれぞれに対して、二連続でトリガーが引かれる。計約180度にも及ぶ掃射で、その場の使い魔の殆どが蒸発する。悲鳴など上げる隙すらなかった。
そうして使い魔が一掃された結界を走る。すると、ある物が地面に落ちているのが見えた。
「これは……」
「行く先はこっちで合ってたみたいだね。」
それは巴マミが常用しているマスケットだった。と言う事は、マミはこの道を通ったので間違いないと言う事だ。
別にこれまで無根拠に結界を進んでいた訳では無い。しかし、それでも通り道を間違っている可能性は否定できなかっただけに、キュゥべえのサポートで最短距離を行っているはずのマミが通った痕跡があるのは非常にありがたかった。後は、これをたどって行くだけでいい。
「銃はまだ消えてない……つまり。」
「巴マミはいまだ健在、と言う事か。まだ間に合うかも知れんね。」
一体何に間に合うのか?と言う話ではあるが、なんにせよ、今は先を急ぐだけである。
そこから先へ、落ちているマスケットを頼りに走っていく。マミが数を減らしてくれたからか、大群との遭遇も、そこからしばらくなかった。
散発的に現れる一桁代の群れを、剣で一掃しながらキッカは思考する。
(……気のせいかな?落ちてる銃の数がいつもより……)
視線の先に存在する、白い長物。120センチ近い長さのあるそれの数が、どうもキッカにはいつもより多いように感じた。
いや、それだけではない。途中で、明らかに「砲」クラスの物もいくつか落ちてはいなかったか?彼女は、いつもここまで派手に暴れまわったりするような人物だっただろうか?
(……言い方は悪いけど、「調子に乗っている」感じがする。)
まるで「祝砲だ!」と言わんばかりのばら撒き様に、キッカが評す。となれば、マミがそうなった精神的な要因が何かある筈なのだが……内容こそわからない物の、原因は一つしか思いつかない。
(まどか……マミさんに一体何言ったのよ……)
五年来の付き合いにして、恐らくマミについて行って結界に入っているであろう友人に、頭の中でつぶやく。何かあるとすれば、どう考えても彼女しかありえない。
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない。」
どうやらあきれていたのが顔に出ていたらしい。ほむら呼びかけに無難に返す。
何があったかは分からないが、恐らく完全に舞い上がってしまっている彼女は、いつものコンディションとは言い難いだろう。
いい面もある事はあるのだろう。だが先ほどからしている嫌な予感のせいか、キッカには今のマミの状態が、あまりよろしい物とは言い難かった。
(……急ごう、余計に不安になってきた。)
また飛び出してきた使い魔を串刺しにしながら、そう思う。魔女の気配も近い、もうすぐ最深部だ。
だが前方を見据えると、嫌な物が目に入ってきた。
広場だ。半径50メートルほどで、こちらとは反対側に最深部への扉らしき物が見える。それはいい。広場があること自体は別に構わない。
使い魔が、そこを大量に陣取っていた。広場いっぱい、と言う訳では無かったが、それでもうんざりするような量の使い魔がひしめいている。
その光景にげんなりしながらも即座に決断すると、キッカがほむらに声をかける。
「扉まで強行突破するけど。付いてこれる?」
「当然。」
非常に頼もしい返答に、ほむらの方に一瞬にやりとすると、前を見据えて銃を構える。
そしてそのまま広場へと突入した。
(拡散。射線軸より30度。)
まずは一撃。前方の使い魔を蹴散らし道を作ると、出来た道が塞がる前に走り抜ける。
しかしそれでも半分ほど行ったと所で道がふさがってしまった。だが、それは彼女にとって十分想定内の出来事である。
(拡散。射線軸より30度。)
再びの一撃。また使い魔の群れの中に道が出来上がると、今度こそ扉まで強行突破する。
「……ッ、クソッ!」
だが扉まであと一歩の所で道がふさがってしまった。前方をふさぐ使い魔の数は、十八。
再び、キッカの右腕が上がる。三度目の射撃。
(拡散。射線軸より……)
と、その時だった。
激しい破裂音。すると、前方の十八が同時に消し飛んだ。
隣のほむらを見れば、89式小銃が煙を吐いている。どうやら彼女が対処したらしい。
これで、もう扉まで邪魔する物は何もない。その扉を改めて見る。
その扉から発せられる邪気は、それが最深部につながる物だと言う事を端的に示していた。そのまま扉まで走り込む。
「開け!」
そしてそのまま蹴破るように扉を開ると、最深部へと転がり込んだ。
そして、そこでキッカが見たのは……
立ち尽くす、巴マミ。そしてそれに、何か大きな黒い影が……
引き金を引いていたのは、殆ど反射だった。
照準は、影の先端。間に合うか、当たるかどうかなどと言う事は、全く考えていない一撃。
(間に合え!)
光の線が、一気に伸びる。影の先端は、もうすでにマミの目の前だ。そして、
光が、影の先端を抉り取った。
「マミさん!」
巴マミの名前を呼ぶ。確かに黒い影に当てはしたが、果たして間に合ったかどうかは微妙だった。先ほどまでマミが立っていたところを確認する。
だが、そこにマミはいない。影も、形すら見当たらない。
キッカがとっさに辺りを見回す。
すると、いた。巴マミだ。先ほど立っていた場所から少し離れた所で座り込んでいる。隣にはどういう手品を使ったのか、先ほどまでキッカの隣に立っていたほむらがいる。
「……え、なに?私……」
「下がっていて。後は、私がやる。」
どうやらマミは、自身の身に起こったことに少々混乱しているようだったが、無事なようである。その様子を見て、キッカは一息ついた。
「キッカちゃん!」
と、キッカを呼ぶ呼ぶ声が響いた。そちらを見ると、かなり驚いた様子のまどかとさやかがいる。キュゥべえも一緒だ。
キッカは二人の元へ向かう。かなり青ざめた様子だったが、何事も無かったようだ。二人に声をかける。
「ごめん、遅れた。」
「よ、よかったぁ……」
まどかが安堵の声を漏らしてキッカを迎える。まだ少し顔が青かったが、かなり安心した様子だ。
「なんで、転校生と?」
「途中で簀巻きにされてたから、助けた。なんでそんな事になってたかは、知らん。」
続けて、さやかがキッカに声をかける。理由に関しては、あえて伏せておく。後でマミ本人から話させた方がいいだろうと言う判断からだった。
唐突な爆発音が鳴り響く。
まどかとさやかが驚いて音源を見てみると、黒い影を翻弄するほむらの姿があった。
瞬間移動のような挙動で、黒い影をかわしつつ、爆破していく。まさに一方的な展開だった。
そんな様子に安堵したキッカだったが、次の瞬間、自分の手元を見て一気に青ざめた。
シリンダーを振り出す。そこに見えるすべての薬莢に、くっきりと撃針痕が付いていた。これは、シリンダー内の銃弾は、すべて撃ち尽くされていると言う事に他ならない。
(後一発使ってたら、確実に間に合わなかった……!)
それはつまり、先ほど一撃が最後の一発だったという事だ。もし道中でもう一発使っていれば、どれだけ早くリロードしたとしても確実に間に合わなかっただろう。
「どうしたの?」
「……なんでもない。」
どうやらこちらの様子に気づいたらしい、まどかが声をかけてくる。わざわざ不安にさせるような事を口にする必要は無いだろう。適当にごまかすと、シリンダーから空薬莢を叩き出し、左のベルトポーチから実包の束を突っ込んだ。
改めて戦場を眺めると、戦いは佳境に差し掛かったようだった。黒い影はすっかり疲弊した様子で、ほむらの方は全く持って余裕そうだ。
どうやら脱皮することである程度再生するらしいが、脱皮するたびに爆破され、また脱皮すると言う事を繰り返している。既に黒い影は死に体だ。
と、次の瞬間。ひときわ大きな爆発が影を包み込んだ。どうやらもう限界だったらしい。脱皮することも無く、完全にその体は四散した。
「……やっ、た?」
さやかが一言つぶやく。あまりにも単調であっさりとした幕切れに、その語尾が疑問形になっている。それほどまでに、この魔女は強烈な印象を残していたのだろう。
かくして、その場にいた者たちを凍りつかせた凶悪な魔女は、その存在を消滅せたのだった。
◇
「命拾いしたわね、貴女達。」
結界が解けと、同時に変身を解きながら、ほむらがそう言い放つ。
場所は見滝原市立病院の前だった。結界の中ではかなり動いていたはずだが、現実での位置は大して変わらなかったらしい。
と、ほむらが何かをを拾い上げる。黒い球体に銀製の細工と針が刺さったような物体、グリーフシードだ。
「これは私が貰うけど、構わない?」
「うん。私は構わないけど、マミさんは?」
そう言ってマミに声をかけるキッカ。マミはと言えば、自らの身に起きたことに、まだ少し顔を青くしていた。
「……ええ、構わないわ。」
まだ憔悴した様子だが、何とか普通に返答する。が、ほむらはそちらを一瞥するだけで、何も言わずにグリーフシードをスカートのポケットに突っ込んだ。
「これで分かったでしょう?魔女退治がどれだけ危険か。」
そしてそのまま、まどかたちの方に向き直ると、強い口調で言葉を放つ。
「一瞬でも気を抜けば、死ぬ。こんな生活を、私たちは毎日続けなければならない。」
いつもなら、真っ先にほむらに突っかかっていくさやかすら口を開かない。彼女らには、それ掛け今回の出来事は大きかったと言う事だった。
「これが、魔法少女になると言う事よ。……よく、覚えておきなさい。」
言い終わると、二人に背を向け歩き出す。
そしてその背中が見えなくなるまで、その場にいる人間は誰一人として声を上げようとしなかった。
◇
とあるマンションの一室。ファミリー向けの大きい部屋であるそこに、一人の少女がベットに寝転がっていた。
齢15、6ほどの少女だったが、この部屋に彼女以外の住人はいない。表札にも「巴マミ」と書かれているだけで、それ以外の名前は見当たらなかった。
なぜファミリー向けの部屋に、成人もしていない少女が一人住んでいる、というアンバランスな状況になったかと言えば、全ては三年前に起こったある出来事が原因だった。
トラックと、三人家族の乗った軽自動車の正面衝突事故。
トラック運転手が居眠りを起こし、反対車線に突入。走っていた軽乗用車に、正面からまともに激突し。結果、トラック側は運転手が骨折。軽自動車側は運転席、助手席に乗っていた人物が即死し、後部座席に乗っていた一人も重傷を負うと言う大惨事となってしまった。
原因は、トラック運転手が規定時間を超える操業をしていて疲労がたまっていたとかで、運送会社の管理責任が云々などと言う話があったが、彼女にとってそんな事はどうでもよかった。
重要なのは、彼女はその事故で両親を喪った事。そして、
その日、彼女が魔法少女となった事、であった。
それ以降、彼女は見滝原を守るために戦ってきた。
一般には知られていない、そしてこれからも知られることも無いであろう怪異、魔女。
それとの戦いは常に命がけで、彼女の最初の祈りで繋がれた命を、みすみす危険にさらす行為でもあった。
何故、自らの願いをふいにするような行為に走っているのかと問われれば、その理由の一つに「後ろめたさ」が有るだろう。
あの日、あの場所で。彼女はその場に現れたキュゥべえにひたすら祈った。「助けて」と。その結果、巴マミの命は助かった。
だが、よく考えれば彼女は自分の両親も助けれたはずである。どうすればよかったか、などと言う事も分かっている。あの時、彼女は願えばよかったのだ。家族全員の救済を。
故に彼女はこう思った、「あの日、私は自分の事しか考えていなかった。そのせいで、自分の親も助けれたはずなのに、自分しか助からなかった。」と。
無論、仮定の話に過ぎない。既にそれは過去の出来事で、そうしたところで実際どうなっていたかなど分かりようも無い事だ。
だが、少なくとも彼女はそう思った。自らのわがままで、親を犠牲にして生き残ったと。
だから彼女は誓ったのだ。他人を犠牲にして得たこの力は、他人のために使う。自分で独占する事などできないと。
寝転がったまま、窓の外を見る。真っ赤な球体は、その身を半分以上地に沈めている。後幾らかすれば、完全に日は落ち切るだろう。
(ご飯……は、今日はいいや。食べる気には、なれないわね。)
まだ憔悴した様子の彼女の心は、未だに大きく揺れていた。今日、突如現れた命の危機は、それだけ彼女にとって大きいものだったと言う事だ。
先ほども言ったが、魔女との戦いは常に命がけである。そんな戦いに身を投じている彼女だが、別に彼女の自らの命の価値が矮小化された訳では無かった。いや、むしろ大きくなったと言うべきだろう。
何せ、彼女の命は自らの両親の犠牲の上に成り立っているのだ。それをふいにすると言う事は、その犠牲の意味すらふいにすると言う事だからだ。
それ故彼女の生存に対する執着は、並の人間、魔法少女等よりも大きいものだった。
(……このまま、寝てしまおうかしら?)
今日は、疲れた。風呂には入っていないけれど、それはまた明日朝にシャワーを浴びればいい。そんな事を考えているときだった。
インターホンの呼び鈴が、部屋に鳴り響く。
一体誰だろう?と、その身を起こす。特に宅配便で物を頼んだ覚えも無ければ、誰かを呼んだ覚えも無かった。
そのまま部屋の中を歩いていき、玄関へ向かう。特に外を確認もせずドアを開けると、意外な人物がそこにいた。
「あら?秋水さん?」
「どうも。」
マミの問いかけに、キッカは右手を軽く上げながら応える。
「今日は帰ったんじゃ、無かったの?」
結局、今日の`魔法少女体験コース`は中止となっていた。マミの精神状態上、とてもではないが出来るような状態ではなかったのは事実であったため、彼女の言う通りこの日は皆、帰る事になったのだ。
そして、今日の中止・解散を提案してきたのは当のキッカであった。まどかやさやかにも家に帰るように促した彼女が、一体なぜここにいるのかがマミには分からなかった。
「いったん帰りましたよ?取りに行く物もありましたし。
……とりあえず、上がってもいいですか?」
「え、ええ。構わないわよ。」
とりあえず、玄関先で立ち話をするわけにもいかないので、彼女を部屋に招き入れる。
「おじゃまします……と、へぇ……なかなか……」
「今、お茶を入れるわね。」
そう言って、キッカをガラステーブルの前に座らせると、キッチンに向かう。マミは洗っておいたティーカップとポットを戸棚から取り出し、作業を始める。
その作業の合間に、キッチンからキッカの方を何度か伺うが、あたりを少し見回すだけど特に何をしようと言う気配も無い。一体何をしに来たのだろうか?
やがて、一通り用意したマミはそれを持って机の方へと向かっていった。
「お待たせ。」
「ああ、どうも。いただきます。」
ソーサーに乗ったカップを取ると、それに口をつける。
「……うん、おいしい。上手ですね。」
「気に入ってもらえて良かったわ。それで、どうしてここに?」
「ん?ああ、そうだった。ちょっと待っててくださいよ……」
マミの問いにそう反応すると、持っていたカバンに手を入れて何かを取り出した。そして、それを机の上に置く。それを見た瞬間、マミは大いに驚いた。
真っ黒な球体に、串が突き刺さったよ言うな物体。回ってもいないにもかかわらず、コマのように自立しているそれは、まぎれもなくグリーフシードだった。しかも、穢れなどの様子を見るに、明らかに未使用の物だ。
「今日、結構魔法を奮発してたましたよね?だから穢れも結構貯まってるんじゃないのかなー……と、思いまして。」
「そんな、悪いわ。今回グリーフシードを手に入れられなかったのは、あくまで私の責任なのに……それに、」
さらに何か言おうと口を開きかけたが、その前にキッカに口をはさまれてしまった。
「まぁ、いいですよ。私には一応不要な代物ですし。それに、これまで溜まる一方だったから、腐るほど余ってるんですよね。」
「でも……」
そこからさらに反論しようとするが、言葉が出ない。彼女にはこれ以上その贈り物を断る理由が見つからなかったのだ。そのまま沈黙してしまう。
そしてそのまま、キッカもしゃべらなくなってしまった。部屋にやり場のない空気と沈黙が流れる。
しばらく、その状態が続いた。お互い、語ろうとせず、動こうともしない。
最も、だからと言ってお互いの頭が働いていないと言う訳でもなかった。この沈黙をどうにかしようと考えていたマミは、ある考えに思い至った。
(もしかしたら、彼女は……)
この部屋に、マミの元に来た理由。それは、もしかすると……
「秋水さ……」
「……銃を。」
「え?」
その事について、キッカに問おうとした時だった。唐突に、キッカが口を開く。
「銃を、見せてくれませんか?いつも使ってる、アレ。」
「え……ええ、別に構わないけど……どうして?」
突然の申し出に驚くマミは、そのまま彼女に理由を問った。すると、キッカまた鞄に手を入れると、今度は別のある物を取り出した。
リボルバーだ。それも、彼女がいつも使っているあの銃である。銀色に輝くそれを机に置く。
「実はこれ、自作なんですよ。」
「え、そうなの?」
キッカの言葉に、マミは驚いた様子を見せる。てっきり銃自体は既製品で、特殊なのは銃弾だけだと思っていたからだった
「ええ、それでちょっと銃の知識もある事もあって、マミさんの使ってる物はどんな物なのかなー……と思った次第で。」
「へぇ……分かったわ。弾と、火薬は抜いておくけど、構わないわよね?」
「ええ、全く。」
やはり、銃を作ったことが有る人は、他人の銃にも興味を持つものだろうか。と、マミは感心しながら銃を作り上げた。
いつもと同じ、白い銃。それを手に取ると、キッカに手渡す。
「あなたの銃も、見て構わないかしら?」
「ええ、構いませんよ。その為に持ってきましたから。」
そう言うと、また彼女も机に出した銃のバレルを握ると、黒いグリップをこちらに向けて手を伸ばしてきた。マミはそのままグリップを握りこみ、受け取る。
随分と重い銃だ、と言うのがその銃の第一印象だった。大体三キロぐらいだろうか?この重さを頼もしいと取るか、邪魔な物と取るかは人によって別れそうな重さだった。
だがよく見てみると、重いだけではない。その重さに見合うだけの大きさも、この銃は備えていた。
バレル長は、二十センチほど。全長は、四十センチ程だろうか?マミの想像する拳銃などに比べれば、はるかに大きいものだ。それを考えれば、この重さも納得できるような気がした。
と、銃の左面を見ると、銃身に刻印が彫られているのが見えた。アルファベットのそれを声に出して読み上げていく。
「ア・キ・ミ・ズ……アキミズ、M06?これが、この銃の?」
「ええ、アキミズM06、30口径回転式拳銃。一般的な命名方式にならって付けただけですけどね。」
どうも、銃の名前と言うのは「設計者・もしくは発売している会社の名前」「『モデル』の略の『M』と、設計もしくは採用されたされた年の四桁もしくは下二桁」の二つを以って、命名される事が多いのだと言う。今回の場合で言えば、設計者はキッカなので「アキミズ」、2006年に設計したのでその下二桁を取って「M06」としたのだそうだ。
「へぇ……そういう風に名づけられてたのね。」
「この世に存在する大概の兵器の名前なんてそんなものですよ。ただ場所によって『M』が『式』になったり。その後に続く数字も、その土地独自の暦にならってつけられたり、単純に何番目に設計したかって理由でつけられたりで、結構バラバラですけどね。」
兵器と言えば、複雑そうな名前を付けていそうなイメージがあったが、蓋を開けてみれば案外単純な理由でつけられていたことが、マミにとっては意外な事だった。最も、合理性が求められる軍隊において使用される機材に、わざわざ複雑な名前を付ける筈が無いのだが。
「なら、私の銃はどうなるのかしら?初めてその銃を作ったのが三年前だから……」
「さしずめ、『トモエM08』と行った所じゃないんですか?」
「ふふ、なんだか語呂が悪いわね。」
「だったら、この銃のスペックから名付けることにでもしましょうか。」
キッカの答えに、マミがそう返すと。彼女の銃を持ち直し、機関部を見て口を開く。
「作動方式は、パーカッションロック。随分とハンマーの首が長いな……」
そうして、キッカは彼女の銃を調べていく。途中、ライフリングの本数が多いと驚かれたりしたほかは、特に驚いた様子を見せることなく分析していく。
そんな様子のキッカを見ていると、マミの心に先ほど浮かんだ考えが、再び浮上して来た。なぜ、彼女が今日、マミの元へ現れたのか。
もしそれが目的でないにしても、マミにはこの状況が尚更分からなかった。よくわからない現状に、彼女の頭はさらに混乱する。
「どうして……?」
思わずこぼれ出てしまった言葉、どうやらキッカには聞こえていたらしく、視線の先は銃からマミへと変わっている。
「……あなたは、私を責めないの?」
「……どうして、そう?」
マミの言葉に、どういう事を言っているのか悟ったのだろう。だがあえて、その理由を問うようにマミに言葉を返す。
「……今日、暁美さんの警告を無視した上に、拘束したことよ。」
一旦そこまで言い切ると、マミはそのまま言葉を続ける。
「私は暁美さんの警告を無視して魔女に挑んだわ……その結果、鹿目さん達を危険にさらした。秋水さん達がもし遅れていたら、魔女の矛先は鹿目さん達に向いていた……」
「………………」
マミの言葉にキッカは黙って耳を傾けている。マミの言葉は尚も続く。
「もし、私が暁美さんを信用していれば、そんな事にはならなかったはず。……ずっと、あの子たちのために戦ってきたあなたには、私を責める権利が有る筈よ。なのに、どうして……」
マミの判断ミスで、キッカの護っていた者を危険にさらした。その事でキッカには彼女を責める権利があるし、心情的にもそうあって当然なはずである。
だが今の状況はどうか?彼女は責めるどころか互いの銃の談義をはじめだし、挙句グリーフシードまで提供するなどと言っているではないか。彼女には、それが全く理解できなかった。
そんな彼女の言葉を、目を伏せて聞いていたキッカは、少し間を置いてマミの顔を見る。その目には、やはり責めるような感情は見られない。
「……別に、私はあの時の判断は間違ってなかったと思いますよ?」
「……どういう事かしら?」
キッカの思わぬ言葉にマミは驚く。あの時、まどか達を危険にさらした決断が、間違いでなかったら一体なんだと言うのだろうか?そんな思考が彼女の頭を駆け巡る。
「流石に問題が全く無かった、と言う訳じゃ無いですよ?私も合流していないのに、まどかを結界に連れ込んだ事は、流石に問題だったと思いますけど。」
「………………」
口を閉ざして耳を傾けるマミに、言葉を続ける。
「でも、少なくともあの時の判断自体は間違いじゃ無かったと思う。」
「どうして?さっきも言ったけど、そのせいで鹿目さん達を危険にさらしたのに……」
「どうして、も何も。それを一番分かってるのは、『魔法少女』と言うのもを知ってるマミさんじゃないんですか?」
「それは……」
キッカの言葉に、マミは口ごもる。なぜなら、実際彼女の言う通りだったからだ。
問題なのは、暁美ほむらがどういう人物なのか、能力を含めさっぱり分からないことだった。そんな魔法少女を、マミは安直に信用するわけにはいかないのだ。
魔法少女と言う物は基本的に同じ地域に存在すれば対立を起こすことが多い。原因は言うまでも無くグリーフシードである。魔法少女の魔力回復の唯一の手段であるソレを巡っての戦闘と言うのは決して珍しくないのだ。
また、その戦闘において、本気で殺しにかかってくる手合いの者も、決して少なくは無い。戦闘を仕掛けなくとも、何らかの形で陥れたり、不意を打って背中を刺してくることだってある。さらに過激な連中になれば、「魔法少女候補」すら殺そうとする人間すら存在する。
もし、ほむらがその手合いであった場合、信用すれば取り返しのつかないことになっていただろう。マミの不意を打って背中から刺してしまえば、後の
さらに、そこは魔女の結界である。相手が魔法少女にしろ候補にしろ、殺すにはうってつけの場所である。何せこの中で死んだ存在は、生きた人間が外に持ち出そうとしない限り、例外なく結界の崩落と共に死体ごと消滅するのだ。死人は一切の証拠も残さず、ただの行方不明として扱わる事となり。これ以上に楽な証拠隠滅は無いだろう。
結果として見てみれば、暁美ほむらはそういう人物では無かったのかもしれない。だが、そういう事も十分ありうるのが魔法少女の世界なのだ。その事を考えれば、マミの判断は決して間違った物とは言えないのだった。
「…………なら、どうすればよかったのよ。」
しかし、だとすれば。
ほむらを信じるのが間違いで、彼女たちを危険にさらした判断が正しいものだと言うのなら。一体どんな判断をすればよかったのか?
そう、小さくつぶやいたマミに、キッカが言葉を返す。
「どんなに正しい判断でも、必ずしも結果が伴うとは限らない。この世界は、そういう風にできてるんですよ……」
「………………」
どれだけ正しい行動であろうと、結果はその時になってみなければ分からない。そして今回の場合、結果的には悪手ではあった物の、その行動に間違った所は無かった。
だから、責めない。責めれる事ではない。そう、キッカは言い切った。
「……なら、どうして。ここに?」
「………………」
だがそれであれば今度こそ分からない。
今日の失態を責めに来た訳では無い。先ほどの様子では、ただ銃の話をしに来た訳でも無いだろう。
では何故彼女は此処へ来たのかと言われれば、今度こそ見当がつかなかった。
窓の外の太陽は、既にその身を地平に落としている。西の空こそまだ若干明るいものの、もう数分すれば完全に暗くなるだろう。そんな中で、キッカは口を開く。
「そう……ですね。
今日の事で、結構キてるようでしたし。それのフォローもしないまま帰る、と言うのも気が引けた、と言う事もありましたし。何より……」
そこまで言って、一呼吸置く。そして、マミの顔を見ながら、はっきりと言葉をつづけた。
「マミさんに、謝らなければならない事がありますから。」
「え……」
キッカの言葉に、思わず声が出る。それほどまでに、マミにとってはその言葉は意外な物だった。
そして、驚いた様子のマミをよそに口を開くと。
「これまで一人で戦わせることになって、すみませんでした。」
そんな、謝罪の言葉が飛び出て来た。
◇
謝意を表す言葉を口にしたキッカが、驚いた様子のマミの顔を見る。少しの間、マミは呆けたように固まっていたが、数刻置いてから復帰すると、口を開いた。
「……一人でも戦う事を決めたのは、私よ。あなたが謝るような事じゃないわ。」
無理やり戦わされていた訳では無く、あくまで自分の意思で戦ったと言うマミ。先の言葉を自らに対するある種の侮辱と受け取ったのか、その言葉には棘があるが、キッカの真意はそこでは無い。
「ええ、確かに戦うのを決めたのはマミさんです。ですが、それでも一緒に戦うと言う事をせず、一人にしたのは違いありませんよ。……どれだけ辛い事かは、よくわかっていたはずなのに。」
そんな言葉を口にしながら、キッカはつくづく思う。何故、彼女の事に頭が回らなかったのだろう、と。
少し、巴マミの置かれている状況を整理してみよう。
彼女が魔法少女として活動を始めたのは、三年前の話だ。キッカの知る限り、彼女は二年前の一時期を除き、その三年間を一人で戦い続けてきた。
また、彼女の魔法少女としての活動時間帯は放課後から遅くて夜の10時頃までだ。はっきり言うが、そんな生活では他人とまともな交流を持っているとは思えない。その上、家族に関しては既に死別してしまっている。
想像してみて欲しい。他人との交流も無く、家族もいない。頼れるのは自分の力のみで、毎日命がけの戦いに身を投じる日々。その上、その戦いの結果が誰かに評価される事は無く、敵地で死ねば死んだことすら気づかれない……
そして、そんな環境がどれだけ彼女の心を圧迫して来たかなど、考えるまでも無い。正直な所、これまで彼女が精神疾患に罹患しなかった事が奇跡に思えてくるぐらいである。
「一人で戦う事が辛い事だなんて、分かり切っていたはずなのに。私はマミさんを一人にしたままでした。」
同じく「表に出ることの無い戦い」に身を投じるキッカには、それが容易に想像できた。また、共に戦う者さえいれば、孤独に苦しむことも無かったであろう事も分かっていた。
だがキッカはそれをしなかった。そんな辛い環境を強いてしまった。キッカに言わせれば、これは完璧に自らの落ち度と言う他に無かったのだ。
「そんな事に、今日の今日まで全く気付かなかった。……これが謝らずにいられますか。」
「………………」
キッカがそう言って口を閉じると、お互いを見つめあう。
少し離れた国道を走る車の音が、部屋に響く。お互いに、これ以上かける言葉が見つからないまま、また何か行動を起こすことも無いまま時間が過ぎていく。
と、その時だった。
部屋に電子音が鳴り響く。この部屋への新たな来訪者を知らせる音に、マミは今日幾度目かの驚いた様子を示していた。
「……き、今日は、だれかお呼びで?」
「う、ううん。今日は、誰も呼んでないはずなのだけど。」
先ほどの発言のせいで、奇妙な空気になってしまったからか、二人の言葉は若干ぎこちない。
だが来客を待たせるわけにはいかない。マミは立ち上がると、玄関の方へ向かっていく。こんな時間に来る来訪者が気になり、キッカもその後ろからついていった。
マミが玄関の鍵を外し、ドアを開ける。するとそこには、帰ったはずのまどかとさやかが立っていた。
「こ、こんばんわ……」
「こんばんわ。」
「あなたたち……どうしてここに?」
時間帯的にも既に帰宅している物と思っていた二人の来訪に、マミは驚く。それに対し、まどかが口を開く。
「え、えっと……この前ケーキ出してもらって、マミさんケーキ好きなのかなーって思って……駅前においしい店があったから、いっしょに食べようかなー……なんて」
若干、答えになってないような気もしたが、まどかは笑いながら手にした白い箱を持ち上げて答える。その言葉にさやかが続く。
「今日、マミさんすごく辛そうだったから、見てられなくて……頼りないかもしんないですけど、私達でよければ頼ってください。」
そうさやかが、言い切った時だった。
巴マミが、突然座り込んでしまった。
「ま、マミさん!?」
「やっぱり、どこか怪我してたんじゃ……」
「違う……違うわ……そうじゃないの。」
突然の行動に仰天する二人に、マミは声を返す。その涙でぬれた声には、さみしさや悲しみではなく喜びと感謝の色が含まれていた。
そして彼女はしばらく泣き続けた。目をはらし、次々とその滴を垂らしながら。
ただただ「ありがとう」と、そう言い続けるのだった。
☆あんまり銃を知らない人向けの解説コーナー★pt3
・89式小銃(89式5.56mm小銃)
自衛隊で採用されているアサルトライフル。1989年に採用されたから89式。通称、「89(ハチキュー)」
・セレクター
マシンガンの安全装置であり、連射できる物の場合は連射、単発を切り替えるための部品。大体全部レバー式。
・撃針痕
銃というものは、実包の底の雷管をたたくことで発火するようにでききているが、これはその際に薬莢に残るたたいた後の凹みである。ちなみに、これの形状でも撃った銃を特定できる材料になるんだとか。
さすがに二回連続で文章が消し飛んだのは痛かった。もう何度エタろうかと……
しかも文章量は約二倍。ちかれた……
あ、後需要はあるかどうかは知らないけど、一応橘花の銃のスペック貼っときますね。
アキミズM06 .30口径回転式拳銃
種別:リボルバー
口径:30口径(7.82mm)
銃身長:230mm
ライフリング:エンフィールド式・六条右回り
使用弾薬:7.62×51mmNATO弾
装弾数:6発
作動方式:ダブルアクション
全長:398mm
重量:3,000g
銃口初速:約840m/s(約3024km/h)
参考:スミス&ウェッソンM586・スミス&ウェッソンM66
備考:バレル左側に「AKIMIZU M06」、右側に「7.62×51mm .30Caliber」とそれぞれ刻印されている。
色:全体に銀色、グリップ部は黒